貿易投資相談所。
その後も仕事は順調だった。相棒の北浦君は、見た目と仕事ぶりが全く違い、あっという間にお客さんと仲良くなって、新規案件をどんどん取ってくる。当時は、韓国や中国、アジアから輸入される海産物がピークに達していた。回転すしネタの状態にまでカットされた刺身や、パン粉がまぶしてある白身魚などが、次々と門司港に輸入されていた。
さて、俺についてだが、周囲からは「万年所長」と揶揄されることもあったが、実際、1999年4月から2011年3月までの12年間所長を務めた。
商社業界も大きく変わった。大手商社の寡占が進み、我々のような中小商社は、どうにかこうにか生き残ろうと、ニッチ市場に焦点を当てるようになった。例えば、南半球のオーストラリアでイチゴを生産し、冬のクリスマスケーキの時期に合わせて輸入したり、あの手この手を使って生き残りを図った。
ただ、祖業の貿易だけでは、この厳しい競争に立ち向かうには、到底かなわないことを誰もが感じていた。

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