音を作ることと絵を描くこと
遠出したときとか、せっかくだし映画館にも寄ってくるようにしているこのごろ。
こないだ清春さんのバースデーライブを観に東京に行った時、翌日は映画『ECMレコード サウンズ&サイレンス』を観てきた。
この映画はレコードレーベルECMのプロデューサー、マンフレート・アイヒャーのドキュメンタリーなんだけど、この人がとにかくすごい。レーベル所属アーティストの作品に自分自身が徹底的に関わっていって、まず録音から現場に参加するし録音後のミックスも自分で指揮をとる。世界中色んな場所に行ってコンサートのディレクションまでやる。仕事量がとんでもないし、とにかく生の音に対する感性がすごい人なんだなあと思った。
そして映画を観ながら、前日の清春さんがライブ中のトークで言ってたことをなんとなく思い出してた。最近流行りの、デジタルビートに乗せて歌うようなやつってあんまり良くないよねっていう……「あれって嘘のやつでしょ?」と冗談めかして話していたんだけど、『ECMレコード サウンズ&サイレンス』の中でアイヒャーがひとつひとつ音を作ろうとしているのを観ていると確かに、デジタルで簡単に作れてしまうのは嘘かもしれないという気持ちになる。もちろん冗談半分の話なんだけど。
でもそもそも、自分がCGでイラストを描いてるのも「これ嘘のやつだよね?」と思いながらやってる笑
自分が絵を描き始めたころはまだイラストレーターがCGを使わずに手で描くのが当たり前だった時代で、挑戦してみたけどなかなか難しいなあという感じで、、、そんな中でPCゲーム制作をするようになって、グラフィックを用意しないとなあということでCGイラストをやるようになった。
ただ、その時点でまだ完全に手描きのイラストには満足していなかったんだよね。もともと手描きでやっててそこに満足できないままCGを使うようになってしまった。さらにその後、ゲームのグラフィックとしてではなく単独のイラスト作品としてCGを使った絵を発表してみたら意外と評判が良くて、こんなのでいいの?と思いつつその方向でやり続けているのだけど、いまだにこれ嘘のやつだよね、という気持ちがある。ずっと感じていたことがこの2日間で言語化された気がする。
それでもオールCGで描いているわけじゃなく手描きでやっている部分もわりと多いから、何かこだわりというか理想のようなものは作品の中に残していると思っているんだけど。まあCGを使いこなしきれてないだけのような気もするので、どっちにしても常に何か足りていない感覚はある。
ちなみに清春さんがこういうことを言うのって、単に否定的というよりは「今の自分のスタイルとかポリシーには合わない」という意味が込められてる雰囲気がありますね。アーティストの心情として、そういうスタンスを取らないと作れないものもあるという考えは分かる気がします。
だからそんなに深刻な、絶対にこれは駄目みたいな話ではないのだけど、自分としてはそのくらい美学を持った人に自分の絵が否定されても仕方ない、という気持ちも持ちながら作っているというところはあります。
素材も含めて期限内にゲームを完成させる
12月14日のオンラインイベント「MY GAME FES VOL.2」に合わせて新作ゲームを公開するために制作を開始しました!
締め切りがあると……かなり焦るということが分かります。
約1ヶ月で新作完成。昔もそのくらいの期間でゲームを作ったことはあった。『shotgun one's feel.』はそのくらいの制作期間だったはず。ただ、その時は結局BGM制作は諦めたのだった。BGMも作りかけてはいたのだけど、最後まで完成させようとすると絶対もっと時間がかかりそうだから、いっそ音は無しにしようと(後にバージョンアップでBGMを追加)
素材も含めて期限内にゲームを完成させるというのは難しい。まず素材のクオリティーをどこまで求めるのか……
特に音楽はどのくらい時間をかけたら良くなるか予測しづらい、と思っていた。たとえば、たまたま良いメロディーが思いついちゃったらすぐできたり、伴奏のフレーズが決まらなくてなかなかできなかったり、とか、、
でも最近は、慣れてきたおかげで少し見通しを立てられるようになってきた気がする。
そもそも考えてみれば、グラフィックも初心者の頃は見通しが立たなかった。普通に落書き程度の絵は描けたとしても、それをゲーム画面で見やすく清書して加工して……みたいな部分は結局センスだけではなく慣れの問題が大きい。経験を積んでからなら、このくらいの描き込みで、ゲーム中で雰囲気を出すためにこのくらい加工して、と事前に考えることができる。
BGM作りもそれと同じで。ゲーム中に流すならこのくらいの作り込みで……みたいなことが分かってくると、完成までどのくらいかかるか分からない!という焦りは減るよね。まずはこのシーンに曲をつけよう、みたいな判断もわりとすぐできるようになる。なんか当たり前のことだけどね、、、
というわけで1ヶ月完成を目指すのだ、、、
こういうグラフィックにこういう音楽を組み合わせたらもっと雰囲気が出るよね、みたいな、ちゃんとコントロールした制作ができたら良いと思う。
当然ゲームそのものも手を抜かずに……!
ゲームの背景グラフィック作るのムズイ
いつも思うのだけど、ゲームを作ってていちばん大変なのが背景の絵を用意すること。
絵として風景イラストを描くこと自体はそれほど難しくないんだけど、問題はゲームに使える構図を考えること。ゲームの背景としてしっかりこういう場所に主人公がいるよ、ということを伝えつつ、物語上の場面イメージも表現したイラストを考えるのは大変。さらに主人公のグラフィックをその背景の上で歩かせたり、アドベンチャーゲームとして探索できる場所を用意したり、ということまで両立させようとすると必要な要素がとても多い。そういう要素全部を1枚の絵の中だけで成立させる、という苦労が場面ごとに襲ってくる、、、
シナリオ的に何か特殊なシチュエーションを表現しようとするほど難しいよね。的確に情報を伝えたいぜ!大変だけどうまく描けると達成感はあるよ。
最近作ってるゲームは特にマップ探索要素の無いノベルが多いのでそんなに難しくない……のかというとそうでもない。映像作品の背景を作るのとも似てるのかも? プレイヤーに場面の情報を伝えることとキャラクターがいる場所を 表すこと、ひとつの画像で分かりやすく表現するのは独特の難しさがある。プレイヤーの視点をどこに置くかによって体験の感覚が変わるだろうからそこは丁寧に探って作りたいと思う。
今後は久しぶりに探索アドベンチャー的なものをどんどん作っていきたいなーという感じなので!背景グラフィックを制作する苦労がどんどんやって来ると思います。がんばろう!
11月
11月が来たよ~
ここ最近は11月1日からのオンラインイベント「クリエイターズ文化祭」のためにずっとゲーム作ってたので、そのことしか記憶に無い……あと今ドーナツ食べたということ……というのは嘘で、色々なことを覚えています。
新作『海に至る道』は最初、8月の「24時間ゲーム制作(テーマは夏)」に参加しようと思って作り始めたものだったのだけど、24時間で作り切れないくらいやりたいことが増えて、ようやく今完成したという感じだった。
わりと自分がアイディアを考える時の癖?が、いきなりシリーズ展開を考えてしまうこと。たとえばRPGを作るとして、こういう続編があったら面白いかも!?というところまで最初から考えちゃう。RPGツクール始めたての初心者みたいだ。まず一作完成させてから、という考え方が無い(無いのか)それはそれで悪くないとは思っているのだけど、じゃあ実際一作完成させてさらに続編を作る仕事量ってどのくらいなんだ、という部分を考えていないことが多いかもしれない。
だから今回は24時間ゲーム制作をきっかけに発想するから始めて、まず一作完成させる労力を実際に味わうところまでひといきにできたのが良かったと思う。すごく短い作品だけど、何はともあれこれが一作完成させるということか、ということを今まで以上に実感した気がする。シリーズ展開から考えるのが悪くないというのは、実際実現したら面白いに違いないから。それで、じゃあその実際に実現させる労力を払えるのか、というのが、本当にできてしまう範囲をつかむことができたのが今回だった。
ところでいつも考えていることのひとつが、昔のフリーゲームを思い出しながらゲーム制作をしたい、ということ。本当に昔の、初心者が時間をかけずに作ったみたいなやつ……その手軽さだからこそ、ダウンロードしておいて気が向いた時に気楽に起動できるようなやつ……そんなのを作りたい。そういうのを、単にそういうゲームの雰囲気を真似して作るのではなく、今の時代に自分が作る意味があるような形で作りたい。
新しいゲームのことを考えてるときが楽しいんだよね。まだ企画がまとまってない状態から、少しでも理想に近づけるために徐々に具体的にしていく。完全に企画が固まってないからこそ、まだ見つけてない方法で理想に近づける余地があるんじゃないだろうか……と考えてる時間。
そこで、結局なにか無難なところとか元からあるアイディアだけでまとめてしまわないように、まとまりかけても簡単にまとめてしまわないように、しつこく考え続けていきたいと思う。
ということで次回作は、最初から完成させるための仕事量を見据えつつ、新しいアイディアを根本から考えていくということも両立していけたらよいな。
CDで音楽を聴くことを意識する
ゲームの画面作り
スーパーゲ制デーでポストしたことについての補足。
#スーパーゲ制デー
— 広川なつき (@whiteophidion) October 11, 2024
ゲーム画面の表現を試行錯誤中。いつもながら、ゲームっぽくないけどゲームっぽい手触りはあるような、ちょうどいい手作り感はあるようなところを目指して作りたい。そしてその手触りに合うBGMを考えて曲を作り中 pic.twitter.com/cND2sHtRvE
これはいま制作中のゲームの画面の雰囲気をどうしようか試してるところ。
ここに書いた通り「ゲームっぽくないけどゲームっぽい手触りはある」感じを目指したい。今までに作ったゲームも、なんかこういう雰囲気にしたいな~というイメージはぼんやりとあったのだけど、言葉にするとしたらこんな感じかもしれない。
まず、いわゆるドット絵とかゲームらしいグラフィックにしなくても、コントローラーで操作できればなんでもゲームになるでしょ、という発想が最初にあった。当たり前のことではあるんだけど、まずそこから考えていこうということで。
「ゲームなんだからこういうグラフィックじゃないと」という先入観を無くして、自分の作りたい世界を絵にすることを心がける。そうするともっと色んなものを参考にして作っていける。映画を観て、この画面の感じをゲームにしよう、とか。それもたとえばドット絵に落とし込むのではなくて、自由に自分の絵で再現してそれをゲームとして動かす、という発想で。
だから「ゲームっぽくないグラフィック」ということが前提にある。作ってみたら結局ゲームっぽい、とかでもいいんだけど。発想としてゲームっぽくしようとは考えないようにしている。
そして案外大事だなと思うのが、見た目にもゲームっぽい手触りを作ること。
画面の雰囲気づくりとしてはゲームらしさにこだわらないけど、それでも何か操作できそう、とか操作したい、という感覚をプレイヤーに与えないといけないなって。しかも実際にボタンを押して操作する前に、見た目からして何か干渉したいと思わせることが大事だと思う。
このあたりはもう直感的な部分なので、具体的に何がどう、とかはないのかもしれない。ただ、参考になるのが昔の個人制作ゲームで、昔の個人が作ったPCゲームって案外最近のゲームよりもゲームらしくないものがわりとあった気がする。ドット絵というよりもペイントで描いただけのグラフィックとか。それでも何か、遊びたいと思わせる見た目のものもたくさんあった。直観に訴えかける何かがあったのかも。
ゲームらしさにこだわらないグラフィック、を突き詰めていくと、たとえば美麗な絵画のような画面作りということも思いつく。でもあまりに絵として完成されすぎていると、そこにプレイヤーが干渉して動かしてしまうということに心地よさが無くなる気がする。動かさないでそのまま眺めてるほうが完成されてるじゃん、みたいになってしまうとね。だから画面のどこかのバランスが崩れてるくらいが良い。
だから結局参考になるのはアニメーションなのかも。背景はしっかり描き込まれてるけどキャラクターはセル画で描かれてて明らかに動く前提で描かれてる、みたいなバランスだったり。
ノベルゲームだとずっと静止画と文章を表示するだけというパターンもあるけど、それでも考え方としては同じだと思ってる。決定ボタンを押してメッセージを送っていくことで何かが変わっていく、という重力みたいなものが画面から感じられないと面白さにつながらない。
それが具体的に何なのかというのが言葉にしづらいので、とにかく試しに作ってみて、これは動かしたいと思えるものができるまで色々やってみるしかない。これはたとえば絵を描いていて、この人物のバランスを敢えて崩したほうが面白いかも、みたいなことを直感で探っていくのと同じなので、それを判断する目さえあればそんなに難しいことではないと思う。
吸血鬼ノスフェラトゥのリメイク
映画関連のニュースで驚かされることってけっこうあるよね。
あの映画の続編が作られるの!?みたいなこととか、、、
最近驚いたのは、F・W・ムルナウ監督の『吸血鬼ノスフェラトゥ』のリメイクのニュース!
個人的にすごく気になる、、、気になるポイントがたくさんあるので。
まずF・W・ムルナウ監督の映画が好きだということもあるし。『吸血鬼ノスフェラトゥ』自体、ホラー映画の元祖的なところがあって、特にゴス的なホラー映画の元祖と言ってもいいんじゃないかなあと思っていて。前にも自分の中でゴシックホラー映画ブームが来てた時に注目した映画だった。ちょうどそのタイミングでのリメイクのニュース。
さらにリメイク版は『ノースマン』のロバート・エガースが監督で、吸血鬼ノスフェラトゥを演じるのがビル・スカルスガルドという組み合わせで、北欧映画ファンとしてもなんとなく気になるところ。
しかも『ノスフェラトゥ』って既にヴェルナー・ヘルツォーク監督が1979年にリメイクしたことがあるわけでしょ。その時の吸血鬼役がクラウス・キンスキーで、何気にオリジナル版の吸血鬼の独特のイメージを見事に再現したビジュアルでさすが!という感じだった。
それに対して今回のビル・スカルスガルドは『IT』のリメイクで有名な殺人ピエロを演じて、すごいクオリティでイメージを更新しつつ再現してくれた俳優。そのビル・スカルスガルドが、既に1979年に完璧なクオリティのリメイクがされているノスフェラトゥをもう一度現代に再現するということになるわけで……『IT』での素晴らしい演技をまた見せてくれつつ、それに加えてさらにキンスキーを超えてしまったりするのだろうか。『IT』が本当に良かったのでリメイクのニュースを見た時点でもうそこまで期待してしまう。
そうなると、ビル・スカルスガルドがさらに何か別の作品のリメイクに参加して、有名な怪人をリメイクする俳優として活躍していったら面白いよね。そんなことあるか!?
ゲーム作る、映画を観る
いま作ってるゲームがうまく作れるか不安だ。
でもそのうまくいくか分からない感じも含めて楽しめたらいいよなあ。というか、それが創作ということなのだと噛み締めつつ手を動かしていきたい。
こういう感じのが作りたいな~というビジョンが明確じゃない物を作りたい。今までに知らなかったもの、自分の感覚の中からしか生まれないものを生み出そうと思う。
最近映画をめっちゃ観てる。
やっぱり映画って観てる間、手を動かさなくていいのが良い。制作しててずっと手を動かした後のひと休み、みたいな感じで映画を観る。観ること自体は疲れるけど。目も使うし。でも手を動かさなくていいというだけでも良い。何もしなくても終わりまで楽しめる。
逆にもう制作の合間に映画を観る時間を探す感じになってる。なかなか、2時間とか時間空けてその間なにも作らなくてもいいやって思える時間はそんなに無いというか、、、あるんだけど気づかなかったというか。映画を観る、という選択肢を自分の中に最初から持っておくことによって、この時間は手を休めよう、という判断を前向きにできるようになったと思う。
そういう生活をしているからか、観たい映画も自然と増えていく。いわゆる、配信サイトのウォッチリストがどんどん増えていく状態!そしてまた映画を観る時間を探す、という生活……
あと何かあったかな。日記書こうとするとだいたい食べ物の話になっちゃう。
とりあえずコーヒーを飲もう。コーヒーを飲むのは良い。
うむうむ……
コーヒーをうまくいれられるようになりたいね。
旅行振り返り日記も時間を見つけて書きますね。
10月、まだ色々やりたいね
10月になったよ!
まあいいか。
9月は旅行に行ったり色々してるうちに過ぎていきました😌
制作に関しては昔から複数の作品を並行して作り続けてきた感じだけど、それが初めて悔いなくできるようになってきたと思う。
今までは、もっとあれもこれもできたんじゃないかな……という微妙な手応えの無さをずっと感じていた。ひとつの作品に絞っていない分、集中しきれていなかったのかなんなのか。
それに比べて最近は絵を描きながら音楽も作るよ、みたいなことが、どっちにも深く集中しながら並行してできている。気持ちの切り替えに時間をかけなくても別のことに取りかかれるみたいな。
でもその分、このへんが限界かな、と感じるようになった。全力で集中して体力的にもできることをなるべく多くやって、実際にそれができてるからこそ、じゃあもうこれ以上は無理なのでは……というのが実感できるところまで来た。
前から、限界まで頑張りたいな~とは思っていたのだけど、実際に限界が見えるくらい頑張ってしまうとその先は無いのかな……という感じになってしまう。
今後はこの限界をこえていかないと! まだ他にも作りたいものがたくさんあるので、、、
漫画とか全然描けてないのやばい😵💧
まあ一度できることを限界までがんばってみないとその先も無いのかなって思うし、ようやくそれを考えられるところまで来たということなんだろうね。
SNSやってます
このごろは色々と新しく始めたSNSが軌道に乗ってきた!?というか使い慣れてきたので、そっちでも日常のことを発信してます。