早春の野を歩く
春まだ浅いとは言うものの、二月の終盤ごろからは冬型の天候が弱まったことをはっきりと感じさせる日が周期的に現れるようになった。まさに三寒四温の時期。
日中春風を受けて、町中から公園や野原を経て、並木道が次第に農地へとつながっていくあたりを歩いてみた。
地面を見れば頭をもたげ始めた野草の芽が点々と緑のサインをつけ始め、空を見上げれば、冬の間硬質に澄み切っていた空気の透明度がやわらいでぼんやりとかすんできた。さらに木々に目をやれば、膨らみ始めた木の芽が幾千もの小枝をほのかに色づけて、木立ちがかすかにもやったように見えだしている。こうしてあたりすべてに混じり始めた春の色は知らないうちに濃くなっていくのだろう。
毎日の変化はわずかでも、あるときふと気がつくとあたりの色が一変していつのまにか春があふれていることを感じることがあるものだが、季節の移ろいとともに自分自身も絶えず変化していることは忘れがちだ。忘れがちというよりは、あえて変化を強いられる自分に目を向けないようにしていることがある。
春の訪れは心浮き立つ一方で、いつも漠とした不安と隣りあわせだからだろうか。それは春には常に、進学や進級、就職や引越しなどに伴う別れと出会いという、変化への恐れがついて回るためかもしれない。
でも変化を恐れ、臆病が自分自身を単なる傍観者にとどめて、いやなことから全て逃げ出して、何もしないでいたらそのとき人は自由だといえるだろうか。
流されて生きるとしたらそれは世の中の奴隷になりかねない。
世の中は明確な行為を持たない私をまたいいように弄ぶことだろう。
自発的な意思を持たない無為な時は私を運命の奴隷にしかねない。
運命はなり行きに任せの私を無気力と怠惰の泥沼に運んでいくだろう。
人は自分の心の奥底から湧き上がる声を意識してなくてはならない。
心の声は明確な意思として現れ、明確な意思は自発的な行為となって
はじめて現実における力となる。それは君を自由へと運んでいく力だ。
そう、自由とは目先の利得にとらわれない自発的な行為のことなんだよ。
散歩のとりとめもない想念が、意識の中で明確な思考の体を見せ始めてきたところで、畠地の小道が途切れた。見渡すと霞のたなびく野原の向こうにひときわ目立つ花の木が立っているのが見えたのだが、それは未来への変化を恐れない自然たちの明確な意思表示のようだった。
値上げの春の未来地図
*
近頃コンビニやスーパーの食品棚を見て違和感を感じることが多い。
一言で言えばあれこれ値上げされたということである。コンビニのカップラーメンなど標準サイズで160円位であるし、パンで100円未満のものはほとんど見かけなくなったが、さらにこの値上げは続くのだろう。
輸入食品・飼料全般も高止まりしている上、石油も高いとあっては、企業は値上げするか更なるコスト削減を迫られるのだが、個人としては商品サービスの値上げに加えて賃金の抑制というつまらない近未来が待っているのだろうか。
そんな未来のシナリオ
その1 みんな食費を抑えようとするので、ダイエットは単にベルトを締めるだけとなり、ダイエットという言葉自体消滅、無駄なカロリー消費は悪徳であるという認識が広まり、痩身エステやスポーツジムは次々倒産する。一方で太っているほど美しいという美の価値基準の転換が起こる。
その2 一度飽食に慣れた日本人にはカロリー抑制などできるわけがなく、さらに安い食品を求めて検査の網をかいくぐって中国毒菜以上に得体の知れない食材が流入し、時折奇病が流行する。
その3 安全でおいしい食材は金持ちの占有物となり、低所得者層はよくわからない輸入食材やマクドナルドに群がる。経済格差の進展は健康格差の拡大となり、健康保険料の負担が増して政局は迷走し、社会不安が増す。一部で金持ち向けの安全な食材を狙った米騒動がおきる。
その4 全般に無気力な日本人はあきらめムードで淡々と事態を受け入れる。困ったもんだと思うがそのうち何とかなるだろうと、特に何も行動を起こさない。ただ淡々とエンゲル係数が上昇して家計は逼迫し、困窮する人が増えていく。
今のところ、大日本下品党のシンクタンク予想では その4に至る確率は40% その3が30%、その2は20%、その1は10%となっている。もちろん2、3と4のあわせ技の未来だってありえるだろう。
さて、私は野山へ狩猟採集にでもいきましょうかね。。。
春の野に出でて若菜摘む わが衣手に袖はなければ
ねぼうの効用
一時間寝坊した。
平日で、会社にも行かねばならない。
しまった、と思ったが慌てても仕方がないし、慌てるような私でもない。
なんといっても学生のある時期毎日非常に眠く、
一日4時間しか起きていなかったので、「ナポレオン」と言われていた私である。
(つまりしばしば20時間は寝ていた)
その後会社に入ったら二日あわせても4時間寝るのもままならず、
川の向こうのきれいな花畑で女の人がおいでおいでと
手招きしているのも見てきた私である。
この結果「自分の時間を仕切ることができるのは自分だけ」という意識が
はっきりしているので、この日のようなときは時計によって仕切られ
社会的に強制される時間はまったく重視しない。
結局会社には2時間遅れてついた。もちろん、誰も文句など言わない。
(それは日ごろの勤務振りのせいでもあるが)
それはともかく、この時期1時間遅いと、起床も活動の開始も
体が非常に楽だった。
会社に着いても妙に体が楽である。
なんでも、人間の生体時計の一日は25時間なので、
24時間で一回りの社会的リズムに無理にあわせることで
様々なひずみが起きている、という話を聞いたことがあるな。
信憑性のほどは知らないけれど。
してみると、生体時計優先の体に優しい生活者としては、
ある日、夜12時に寝て翌朝7時に起きていたら、次は夜1時に寝て朝8時に起きる、
さらに次は夜2時に寝て朝9時に起きる。
これを続けていくと当然夕方5時に寝て夜の12時に起きて学校に行く
なんて事も起きてくるわけで、一般の社会的生活にはなじみにくい。
それに私のような者は、早く起きようと遅く起きようと、夜眠くなる時間は同じだったりするものだから
1時間遅く起きたら1時間遅く寝るなどというワザが通用するはずがない。
要するに、朝起きられないのは人の生体リズムが一時間ずつ後ろにずれていくというわけではなくて、
朝日の昇りきらない寒いうちから動き出すのは体に悪いということだろうか。
するとどうせなら、サマータイム法案なんて愚にもつかない一斉早起き運動なんかより
冬時間、ウィンタータイム制を導入してもらったほうがありがたい。
地理的にも暑さの質もヨーロッパより東南アジアに近い日本でサマータイムをやろうというと、生理的にも受け入れがたいうえ、一斉早起きはどうせ誰かの儲けのためという意図が透けて見えるから、嫌悪感をあらわにする人はとても多いが、気温が少し上昇してから活動できる冬時間・ウィンタータイムなら、まだなじみやすく導入も容易かもしれない。
さらに春になって冬時間から平常時間に戻すことは、結果的に相対的サマータイムの実施のようなものだし、うっとうしい嫌われ者のサマータイム導入論者も、ここはひとつ発想の転換でウィンタータイムに方針転換してはどうだろう。
私はどっちにしてもサマータイム導入なんかには賛成しかねるが、フン。
鳥のように自由な心
このところ毎日気温が上がらず、冷たい空気が滞留した日が続く。
大寒どころか立春も過ぎた今だが、
まだ冬の底を這う寒さの極点付近を通過する時期らしい。
平日は気温も日の高さにも関係なく時間になればいやおうなく
仕事に巻き込まれていくのだが、休日の朝ともなると
起床時間をだいぶ過ぎてからもたもたと射し込んできた日の光が
東の部屋を満たすようになってもまだ、なかなか活動に入れないものだ。
この日も朝の光が明るく窓のを照らして、
布団のなかから障子に映りこむ木の枝の影を眺めていると、
そこに小鳥がやってきて影絵のアニメーションが始まった。
二羽でやってきた小鳥はどうやらメジロらしい。
盛んに動き回るさまは影を見ているだけでもかわいらしく
ほほえましいが、やがてひとしきり影絵を披露すると
さえずりを残してどこかへ飛び去っていった。
人は鳥を見ると自由を感じるらしいが、悩みなく何者にも妨げられることなく
飛び回り精一杯さえずって生を燃焼していくように見えることに人は
憬れるのだろうか。
実際の鳥としての生活はえさや寝床を得るのにも大変なことだろうが、
目の前の生に取り組み日々を精一杯さえずる彼らに、人は悩みない
自由の憧れを勝手に想像するらしい。
想像、その通り想像力こそは人に与えられた特別の営みであるが、
私たちが自由と不自由にとらわれることがあるのもまさに想像力のためだともいえる。
あの時こうすれば・・もし今度こうなったら・・誰かにこう思われたらどうしよう・・
私たちが目の前のことに精一杯生を注ぐことができずに不自由を感じるのは、過ぎ去った記憶に悩んだりまだ来ぬ将来の不安におびえるためだったりするものだが
過去はもう死んだものであり何も自分に及ぼさないし、未来はまだ来もしないうちに
既に勝手に悩む対象にしているものだ。
まさに私たちは自分の想像力ゆえに自身を不自由にしているのだとも言える。
誰しも自由になりたいと願い、何者からか自身の解放を願うが、
私たちの心の枷は行き過ぎた想像であり、行き過ぎた想像とは妄想に他ならない。
自由を願う私たちが解き放つべきは妄想にとらわれた私たちの心である。
私たちは自由を願うとき、まず自身の妄想からこそ解き放たれるべきであるのだ。
記憶や将来の不安、あるいは他人が何を考え何を言うかなど、どれも私たちの手の外のことである。自分の力の及ばぬことは運命の手に任せておけばいい。
障子の枝の影を見ているとやがてまたやってきたメジロが無心に何かをついばみ始めた。私たちの愛する鳥たちの無心の姿は、過ぎ去ったものからもまだ来ないものからも離れて今ここにある生を生きる姿である。
私たちは自分の力の及ぶことにのみ集中し力を注げばいいだけのことだ。
このとき私たちは確かに心の枷がはずれ、運命からも神からさえも自由になるのだろう。
求めない (あなたも行ける無我の境地)
毎日もやもやとした憂鬱にとらわれている君、
どこも悪くはないのになんとなく気分の上向かない君、
何か頭にもやのかかったようにはっきりしない気分を引きずる君、
これといった理由もなくいつもいらいら不機嫌な君、
もやもやの気分をもうこれ以上引っ張らないために、
今日はこれひとつで気分一新の、簡単な方法を教えてあげよう。
君! 君はまず鼻の穴をほじってみたまえ。
誰の目にも留まらぬところで一人になって、何も考えず鼻の穴に指を入れ
ただ無心に鼻の穴の内側を掻いてみるだけでいい。
どの指だってかまわない
とにかく大切なのは掻き始めることだ
何も 考えない
何も 求めない
君は掻くことで自由になるのだ
指はどっち向きでもかまわない
とにかく掻くこと以外は放念するのだ
何も 見えない
何も 聞こえない
光も音も君の意識に何の意味をも結ばない
掻くことで君の気分は不思議にすっきりしてくるだろう
そして慣れてきたら鏡を用意しよう
掻きながらあさってに向けた君の視線の先に
鼻に指を突っ込んだ君の呆け面が見えたらしめたものだ
意識の高みに達した君はきっと知るだろう
なんてこの世のは小さいのか・・・
なんてこの世界は低いのか・・・
そしてなんて鼻の穴の力は偉大なのかを知るだろう
鼻の穴に願いを掻けるとき
地表には、高みを飛翔する君の影が映り
君が誰であろうとかまわない
健康長寿は心がけしだい?
Nさんは、10年以上前に奥さんにも先立たれ、今は息子世帯と同居のかなりの高齢男性だ。
どこかが決定的に悪いというわけではないものの、このところは通院を繰り返し
その高齢から言って言葉は悪いが、もはやお迎え待ちというのが周りの見る目と扱いである。
そのNさんが近頃しきりに肩と首の凝りを訴えるようになった。いまさら過度な運動療法もできないから、筋肉の凝りを和らげる内服薬を主体に治療に当たることになったのだが、しかしどうしたわけかNさんは断固としてこの薬を拒否したのだった。
その一方で背中や肩が痛いの、湿布や電気療法はさっぱり効かないのとしきりに訴えるから周囲も困ってしまって、内服薬の説得を行ったのだが、やはりNさんは頑としてこれを受け入れなかった。
「筋肉の張りをとる内服薬といえば、ていのいい筋弛緩剤じゃろう。肉が緩んでは困るんだよ。」
「でも、いまさら筋トレでもやるわけでもないでしょう。こんな程度では運動には差し障りはありませんよ。」
「いや、わしは運動や筋肉トレーニングの心配しているのではない。」
「じゃ、なんですか。この薬飲めばすぐに肩こりくらい楽になりますよ。」
「・・・・」
なかなか事情を話さなかったNさんだが、根気良く話を聞いているうちに、ようやくその懸念とやらを打ち明けてくれた。
Nさんいわく、男には男として緩んでしまったら困るところがあるというのだ。
男たるものがしかるべきときにだらんと緩んでいたら、それはお相手にも失礼というものでいつなんどきしかるべき出会いが巡り来てもいいように準備しておくのが、男のたしなみというものだから、それを妨げるようなことは断じて受け入れがたいということだった。
「・・・男のたしなみ?礼儀ねえ。」みんなあきれていたが、
再度断っておくと、Nさんは日本人の男性平均寿命年齢をはるかに上回る相当な高齢者である。
『しかるべき出会い』とやらに、いまさら何の用があるのか?
病院と家族の関係者はあきれて顔を見合わせていた。
その後、Nさんは肩こりの薬が男の礼儀(?)を妨げるようなことはないことを説明され安心して薬を服用したとのことだった。
「やれやれ、お迎え待ちどころかまだまだ長生きするよ、Nの爺さんはよ。」
とは、関係者の談であるが、本当にたぶんその通りなのだろう。。。
********************************************************以上***********
真夜中の出来事
残業を終えて遅く会社から帰ると、細君がお帰りの挨拶もそこそこに洗濯機が壊れたと訴えてきた。昨日までは順調に回っていたはずだがこの日突然ウンともスンともいわなくなってしまったらしい。電気屋やメーカーに連絡しても修理は3、4日後に整備員が来訪して点検の後、見積もりをとってから判断してもらうとのことで、日々洗濯物は出てくるのだからそんな悠長なことには付き合いきれないと、細君はまたひとしきり不平を訴えるのだった。
「まだ、これ買い換えてから5年くらいだろう? 普通洗濯機の耐用年数なんて10年以上はあるんじゃないのか。まだ新しいの買うという気分じゃないよなあ」
「それはそうなんだけどね、毎日出てくる洗濯物がたまる一方だから困るのよ」
「なに、昔なんか雨が降ったら洗濯物はお休みだったわけだし、洗濯自体もたらいと洗濯板で手作業していたわけだから、どうしても急いで始末しなければ困るものだけちょいちょいと洗えば3日や4日くらいなんとかなるだろう」
「あのね、この洗濯機は9キロいっぺんに洗えるの。洗濯物の量も昔とは違うし、それに3日たって見積もりもらってそれじゃ修理にまた3日とか言われたらどうするのよ」
「洗濯物を出さなきゃいいのさ。毎日洗わないと困るような下着だけならたかが知れているし、何ならオレが踏み洗いでもたたき洗いでもしてやってもいい」
「結構です。あんたみたいな大雑把な人間がやったら、デリケートな下着もみんなたちまちボロ雑巾になるのは目に見えてるわ。それよりも問題は脱水よね。たいていは手洗いで何とかなるにしてもこんな大きなシーツやバスタオルなんか絞るのも一苦労だわ」
「んん、それはオレが何とかしよう」
「あんたのその馬鹿みたいな握力で絞るのだけはやめてよね」
「おまえはまたそうやってひとを野蛮人みたいに言う。もっと科学的な手段を使うから心配するな」
私には勝算があった。洗濯機はともかく脱水機の原理は単純で、遠心力で水気をふき飛ばしてやればいいだけのことである。私は早速簡易脱水機の製作に取り掛かったがつまりザルをひとつ用意し、適当な長さの紐を三本ほど結びつけるだけのことである。このザルにぬれた洗濯物を入れて紐の端を持ってぐるぐると振り回せば水分は飛ばされて脱水が完了するというわけだ。私は作りながらもザルを振り回す腕に力が伝わる様子が想像されてなんとなくわくわくしてきたものだった。
あっという間に完成した人力脱水装置と洗濯物をもって表に出ると、この晩は切れ切れの黒い雲間に下弦の月が出入りする暗い夜だった。
「ほどほど暗くて、試運転にはおあつらえ向きの空模様だな。明るいところでこんなこと近所の人に見られるのもナンだからな」
「ねえ、本当にやるの?やっぱりやめようよ」
「何を言うか、どれもこれも洗濯機が困れて困っているお前のためじゃないか。まあ、あっという間に絞り終わるから見ていな。ん、これはちょっと紐が長いからちょっと広い場所が必要なのが難点だな・・・」
私は家の前の道の真ん中に立つと、そろそろとザルを回し始めた。いい年をした大人が、夜中に通りでザル回しである。これは人には見られたくない。
だだ、脱水は快調でたちまち飛び出した水がしぶきとなって道路や家の壁に当たる音がする。これはイイ。調子に乗った私は最後の止めのひと絞りとばかりにさらに回転速度を上げたのだが、そのとき突然ザルが軽くなった。え?と、紐の先を見るとなんとあるはずのザルはなく、なにやら謎の飛行物体が暗い夜空に放物線を描き家の屋根を越えていくのが見えたのだった。さらにその飛行物体は家の屋根を越えるあたりで外側の半球状のカプセルと内容物が分離し、内容物だけがさらに遠くを目指して飛行を続けていくようだった。
その直後にどん、と鈍い音がしたのは裏の家の雨戸に内容物が命中したのだろう。
「・・・あーあ、アレ私の下着もはいってたのにどうするのよ!」
「ん、今日は暗いし、もう家に入るか。捜索隊の活動は明るくなってからにするか」
などといいつつ家に入って片付け物などを始めようとすると、なにやら裏の家が騒がしくなってきた。なんだか人も集まってきた気配もする。これはいつまでもほうかむりしているわけには行かないようだ。仕方なく恐る恐る裏の家へ回ってみると、なんと裏とその両隣の人たちばかりか、いつの間にか警察までやってきているのだった。
これはなにかとんでもないことになったのだろうか、謝りにきたはずがうろたえて足のすくんでしまった私だったが、そこで近所の人たちから聞かされた事の次第はこうだった。
裏の一家が夜中、二階で就寝中に不振な物音に気づいてすぐに起きて雨戸を開けてみたところ、なんと泥棒が干してあった洗濯物の下着を盗もうとしているところだったのだという。もっとも雨戸を開けて外を見たときにはすでに泥棒の姿はすでになく、あわてた泥棒が放り出していった下着が二階のベランダの雨戸の前に散らばっていたのだということだった。
「あの散らばった洗濯物は、絶対に泥棒のしわざよ。最近隣の町内で下着泥棒が頻発していたっていいますでしょ。この辺も物騒になったわねえ」
「・・本当に怖いですねえ」
ひとしきり泥棒を非難し、被害の品を確認した後(なんと我が家も被害にあっていたのが判明した)、警察の事情聴取などに協力したのは良識ある市民としては当然である。
こうして夜中の下着泥棒騒動がひとまず終息して家へ戻ろうとすると、並んで歩く細君がいたずらっぽい笑みをたたえて言った。
「あの下着泥棒、捕まるかしらねえ・・」
「・・さ、さあ、どうかなあ」
その時夜空に糸引いて飛ぶ洗濯物の残像が見えたような気がして、あわてて空を見上げると、いつの間にか雲は晴れていて、明るい月が全天を照らしていた。
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二月といちごとバレンタイン
2月の第一日目、繰り返し流れる農薬の混入された食品のニュースを横目に会社へ出かけた。
中国では出荷される製品の半数が残留基準を守らない毒菜と呼ばれる危険な作物だという話もあるらしい。まさに『チャイナクリスク』。 昔映画にもあった 『チャイナシンドローム』とは暴走した原発のメルトダウンだったが、日常口にする食品のリスクもまた同様のレベルの危機感を覚えずにはいられない。
昨年のアメリカで中国製品の排除を売り文句にした「チャイナフリー」の表示が出てきたときにはなにかヒステリックなものを感じたものだったが、今度は日本でもまじめに考えねばならないのかもしれない。もっとも日本では「中国産原料非使用」ではなくて「国産品」の表示となるだろうが。
相変わらず毒物混入食品のニュースがディスプレイに流れる電車に乗ってジェームズ・クネンの『Strawberry Statement』を読んだ。この本(邦題は「いちご白書」)を買うのは私の半生においてこれが二度目だ。
ジェームズ・クネンがこの本を書いたのは確か19のときだったが、一度目に私がこの本を買ったのは私がクネンの執筆年齢に達するよりまだもっと若い歳で、角川選書の黄色を基調としたカバーの美しい本だった。装丁が気に入ったのと、憧れの60年代後半の空気と反体制の活動家について回るどこかしら知的な気分だけがその購入の理由だった。
だが、一度目の本は結局読みもせずにどこかに紛れてなくなってしまった。
大学紛争に象徴される反体制運動の当事者は私のはるか上の世代で、その映像を批判的な観点で見せられて育った私たちは、当時の文化や知的な議論にあこがれつつも迷惑なことをやったものだという印象があって、彼らに全面的な共感を持つことに抵抗があったかもしれない。
それがいちご白書を読む妨げになっていたのだろうと私は思っていた。
だが読まずに本をなくしてしまってから何年かが経って、そんな身近で起きる反体制運動や衝突への抵抗の薄まった今初めてこの本を読んでみると二十歳前後の若者のみずみずしい日常の描写にたちまち引き込まれてしまった。大学紛争は大きな事件でこの本の書かれた動機でもあり主なテーマではあるけれど、この本の魅力はクネンが見聞きし過ごす日常そのものと若い感性の躍動にある。
友人との会話、親との確執、ヒッチハイク、行きずりの人、女の子のうわさ、デート、なんでもない風景、社会へ憤ること、突然誰かを好きになること・・・。
歳をとってすれた人間には取るに足らない日常の一場面も、柔らかな感性にかかるとみな新鮮で、ありきたりの場面のどれもがみな朝のようにみずみずしい。
ページの向こうには二十歳のころの感覚の懐かしさとともに、私ももっと感じておくべきことや、やっておくべきことがあったのではなかろうかという気分もついて回るようだった。だから二十歳のころの記憶はいつも甘酸っぱいのだろう。
*
ぼうっとして本から目を上げると電車内のディスプレイのさっきのニュースは一段落していて、今度はこの時期らしいバレンタインデーの広告が次々と流れていた。広告はどれもチョコレートと告白を巡るドラマ仕立ての映像だった。
私にはもう今さら何のしがらみも思惑もなくただひたむきに誰かを好きになることは難しいかも知れないが、断りなく誰かを好きになったり、誰かに好意を告げられることの当惑やためらいを思い出して、どちらも今の自分だったらもう少し上手くできただろうになあと、ほんの少し残念に思って電車を降りた。
幸せのものさし
カート・ヴォネガットが晩年のエッセイの中で、人生で日常で、もしそのときがあったら、こんなことを折に触れ思い出し自問しそしてつぶやいてみてほしい、というようなことを言っていた。
「これが素敵でなければ何がそうだって言うんだ?」
ヴォネガットの実例では叔父と木陰でソーダを飲みながらたわいもないおしゃべりをしているときだった。この場合「素敵」は「幸せ」と読み替えてもいい。つまり、
「これが幸せでなければ、いったい何が幸せだって言うんだ?」
自分が幸せであることを自覚できるということは幸せの実態そのものに他ならない。幸せの判断基準を自分の中に持つということは大切なことだ。
私はある点で親が大変嫌いだったが、それはいつも世間の付き合いにおいて他人を意識した文句ばかり言っていたからである。だれそれはこんなことばかり言っている、誰そればあんなことを言うに違いない、だれそれはこんなことを考えるに違いない・・などなど。 またそ親の近所付き合いや交友関係にも問題があり、大人の誰も彼も(私にはそう見えたが)、見栄のために家を建て、ねたみのために車を買い替え、そしりのために口をきいては、何か起きれば自分はいつも被害者で、言い訳と非難が話題のほとんどだった。
これは絵に書いたような不幸な人々というか、決して幸せにならないために日々を過ごすようなものである。家を建て代える動機が見栄を張るためという一事をもっても、幸せの基準が他人の目という自己の外にあるということであり、たとえ立派な家を熱望して御殿を建てたところで、その後にやってくるのは満足ではなくて別な欲望と形を変えた欲求不満だけだろう。 こんな当たり前のことがなんでみんなわからないのか不思議でならなかった。
世間の思惑や他人の目、他人にどう思われると思うかなどという実態のないものに幸せの基準を置くというのは、悪魔に幸せの構築を委託しているようなもので、自分の尻にムチと焼きゴテをあてて永遠に届かぬ地平線を追いかけているに過ぎない。
まさに絵に描いたような愚か者である。しかも決して幸せのやってこない愚か者である。紀元前の哲学者エピクロスは言っている。
「今自分の持っているもので幸せだと思わない者は、たとえ全世界の主になろうとも
不幸な人間である。」
幸せの秘訣は自己を肯定することとも自足することとも言える。幸せを他者と共有し分け合おうとすることは良いことだが、幸せの基準だけは自分の中にしっかりと留め置いておかねばならない。
国会に敬礼!
もう細かいことは忘れてしまったが、昔子供の間で歌っていた戯れ歌があった。
たぶんこんな風だったかも知れない。
天皇がおならした。
すると侍従長が聞きました
「へーか?」
皇太子のトイレが長い。
すると侍従長が聞きました
「でんか?」
陛下、殿下、猊下、閣下、先生、様、殿等々、尊称・敬称の類は多いが、外人となるとまたこれが面倒で、相手にミスター誰々と呼びかけたら、いやオレはドクター誰々である、あるいはプロフェッサー誰々である、と当人から訂正を受けることも多々あるが、なんともばつの悪いものである。
その点、パラメキア共和国で敬称はすべての相手に対して一つしかなく、間違えようがなく便利だ。大統領も議員も先生もそこらのオッサンもすべて同じ敬称でよいのだ。
ちなみにその敬称は日本語風に発音すると「ノバカ」というのだが、これ一つで相手が誰であれ最高の敬意を払うことになるのだから、これは便利なことである。どんな風に使うのか、試しにかの国の新聞の解説記事を敬称はそのままに日本語に訳してみよう、するとこんな具合になる。
【1月15日付けの新聞「デイリー・パラメキア」解説記事の日本語訳】
日本では安倍前総理ノバカの突然の辞職のあとを継いだ、福田総理ノバカが政権を担当して三ヶ月が過ぎた。これまでのところ、お坊っちゃん総理と揶揄された安倍ノバカに比べ、ひょうひょうと厳しい質問をかわしている様は、渡辺喜美行革担当大臣ノバカが「ぼけキャラ」と評した通り、老獪さを感じさせる。
福田総理ノバカは、防衛省の不祥事や厚生労働省の年金問題といった難題を抱えながらも、選挙対策委員長に古賀誠ノバカを据えたことで選挙における党内安定を得て意外に長期政権になる可能性すらある。
また、ここへきて臨時国会を一段落させたところで、福田総理ノバカが何をやろうとしているのか方向性がおおよそ見えてきた。基本的には福田総理ノバカは安倍ノバカや小泉元首相ノバカ以上に大企業とアメリカ寄りの厳しい経済政策の支持者で、日本においては個人の増税と労働環境の企業向け緩和策により、経済格差が広がるのは避けられないということである。福田ノバカによりもたらされる社会格差は、日本における人々の分断とさらなる社会不安をもたらすことになるだろう。
・・・繰り返し断っておくが、「ノバカ」というのはパラメキア国における唯一の敬称である。「ノバカ」とは、「様」と「閣下」と「先生」と「シャチョー」と、「いよっ大統領!」を一緒にしたような敬称なのである。
だがまあ、どうということのないありふれた新聞解説がちょっと敬称を変えただけで一気に真理をついているように感じるようになるのは、はて、なぜなのだろう。。。

