世界征服を企む悪の結社の活動員であること
なつかしのヒーローモノの悪役たちが企てる世界征服というテーマの実現性と構想、征服後の世界の展望についてのおもしろおかしくも真面目な考察がなされるが、これは読者を現代社会のあり方の考察に誘う仕掛けのようなものである。
腹を抱えて笑った後に、今の社会の価値基軸に異を唱えることこそ現代の悪の思想であるという、著者の主張が現れ、読後感は爽快だ。
*
そこであたりを見回してみると、現代のアメリカ的平和、グローバリズムを標榜する傲慢な価値の押しつけ。
これこそが現代の中心的価値観だとするのならば、これを支える民主主義と自由経済では私たちの社会に足りないモノを考え、アメリカ的価値軸を修正しようとする試みこそすべては”悪”の思想と言うことになる。
民主主義と自由主義経済は道具として恩恵はよく分かってはいるが、野放しのままでは社会に様々な歪みをもたらすこともみんなの知るところだ。
もちろんここで年寄りの大好きな自由主義経済と社会主義経済の不毛な二元論を持ち出すわけではない。民主主義はその地域にいる同種の’人間’にしか恩恵は及ばないし、自由主義経済は、誰のものでもない資源や誰も引き取り手の無い廃棄物に対しては機能しないからである。
そもそも、私たちの社会の枠組みは「経済成長」ありきで成り立つモノだが、この経済成長を可能にするためには、枯渇する資源を食いつぶし奪い合うことと、処理の限界を上回る廃棄物を生み出すことが必要になっている。事実各国至る所で頻発する紛争は突き詰めれば資源争奪の利を獲得するためであるし、CO2排出を巡る問題はなんのことはない廃棄物の押し付け合いである。
こんな現代の大悪事とは?
現代の成長原理に沿った社会経済活動を否定すること、たとえばフェアトレード、環境ボランティア、消費情報に踊らされる事をやめること、ゴミ情報溢れるネットを捨てて人と人とのつながりを大切にすること。これを実践しようとすることはすべて、成長至上の価値観から見れば世界転覆を企てる悪の組織の仕業である。
そんなわけで普段の私はショッカーにも死ね死ね団にも勝る悪の活動員であることが明らかになってしまった。
今ある見せかけの平和の価値基軸にノーを。新しい平和と共存を目指す価値観にイエスを。
どうれ、それでは今日もせっせと悪事に励むことにしよう。
よろず人生悩み相談承ります(その2)
どうしたわけか、我が家にこのところ間違い電話が多い。
なぜなのだろうかとかかってきた電話の話を聞いてみると、どうやら最近役所が「市民電話相談室」(仮名)のようなものが設置したのだが、その中には(1)命の電話相談(2)お金と生活の電話相談(3)ちょっと世の中に文句を言いたい電話相談、などという区分があって、この(3)のあまり深刻でない要件の電話相談窓口が我が家の電話番号と酷似しているために、おっちょこちょいの相談主が電話してくるのだということがわかってきた。
たいていは、ダイアル先の名違いを指摘して切るのだけれど、話も話であるので私もたまに機嫌がいいときは即興で電話人生相談の相談手をしてあげることにしている。
勝手なことを?、いやいや、これだって善意の市民ボランティアと言うものだ。。。
(相談例その1) 20台男性
ちょっと聞いて下さい、朝の通勤電車の中で困った状況に出くわしました。荷物をたくさん持って回りにぶつかりながら載ってきた女がいたのですけど、音楽プレーヤーのヘッドホンから音を垂れ流しながら大声で携帯電話で延々しゃべって、髪のブラッシングして化粧をして、むせ返るほど香水振りまいて降りていきましたが、誰も注意もしませんでした。いったいあの女は何なのでしょう、そもそもなぜみんな黙って見ているのでしょう。
(回答)かわいそうな人だからです。
「そんな程度」の彼女がこの社会の中でせめて人並みに生きていくのはどんなにか大変なことでしょうか。
「そんな程度」では周りからは白い目で見られ、勤め先でもろくな扱いを受けず、交際範囲も程度が知れていますし、仮にそんな彼女がパートナーを見つけても、どうせ相手はいずれ刑務所にでも行くか、稼ぎがないか、暴力を振るうか、ろくな男ではないでしょう。そんな程度の彼女はそれでも生きていかねばならないのです。乗り合わせたみんなはそんな彼女を哀れんでそっとしてあげたのでしょう。今度見かけたら、そっとおひねりに小銭でも包んで渡してあげなさい。
(相談例その2)40台男性独身
なんだかんだ言っても世の中にお金以上の価値なんてありません。もっと良い収入を得るため、私は無制限の残業も会社の付き合いも厭いませんし、仕事の資格を取るため休日もぜんぶ勉強のためにあてています。時は金なりです。遊んだりボーっとしている時間は無駄です。
(回答)働くあなたは素敵です。
あなたの将来はばら色・黄金色・錦色の光に満ち溢れています。毎日会社の仕事に粉骨砕身して稼げば、働くためだけに生きる今は大変つらくても、最後はきっと立派な養老院にいけて、立派なお葬式が出せることと思います。明るい将来がとても楽しみですね。
(相談例その3)30台女性
人生は楽しむためにあると思います。楽しみを我慢して人生に何の意味があるのでしょうか。仕事は経済手段に過ぎませんから、休暇に遊ぶことだけが真実の人生です。私は流行のファッション以外は身に着けませんし、世界中いたるところの観光地にも行きましたし、ゲーム機も映画も気の利いたレストランもたくさん知ってます。
(回答)あなたの生き様は素敵です。
みんながあなたのように生きてくれたら、企業はどんなに好都合なことでしょう。「求めない」だの「足るを知る」だの「清貧」だの余計な雑音に耳を貸さず、馬鹿一般市民は黙って流行に踊らされて稼いだ金を全部吐き出せばいいんです。消費機能として生きるのが、馬鹿一般市民の務めです。いっぱい消費と物的満足を堪能して、その上人並みの幸せまで要求するなんて、あつかましいにもほどがありますよね。あなたは現代消費社会の鑑です。
(相談例その4)年齢性別不明
人は金や物だのにとらわれず夢と希望に生きるべきだと思います。現世のお金や名誉なんて運命がその気になればすぐに取り上げてしまうことでしょう。ぜひ役所の広報記事でも金儲けのばからしさや日常の雑事とらわれるつまらなさをもっと取り上げてください。
(回答)その通りです。あなたは全面的に正しいので、人の評判に臆せず地上のあらゆる困苦を退け夢と希望にだけ生きるべきです。あなたのお金は私が責任もって使い込んで差し上げますので、余分なものはすべて私に預けてください。
・・・われながら見事な相談手ぶりだが、今日届いた役所の広報に、「市民電話相談が思うような効果を挙げず、相談手に関する苦情が多いためこの原因を分析中」というような記事があった。
私もボランティアでこんなにまじめに協力してあげているのに、役所の相談手たちはもっとしっかりしてもらいたいものだ。
むかし昔に捧げるバラード
カーティス・ロウのバラード
がきの時分にはよく、おいらは雄鶏が鳴くより前に起きだして
小遣い稼ぎにラムネのビンを集めては村の店屋で金に換え、
カーティス・ロウという爺さんの所にもっていったもんだった。
カーティス・ロウってのは縮毛の白髪の黒人で、
一杯引っ掛けてさえいればいつもご機嫌だった。
飲めばいつも持ち出したドブロ・ギターをひざに乗せ、
日がな一日そいつを弾いてくれたもんさ。
「歌っておくれよ、カーティス、
酒代くらいおいらが稼いでくるから、あんたはギターをチューニングしておきな。」
みんなはカーティスを役立たずと言ってたけれど、どいつもみんな馬鹿だったのさ。
だって、カーティスは世界一のブルース弾きだったんだから。
カーティスは60くらいに見えた。オレはたぶん10歳だった。
おれはママにむちでひっぱたかれても、それでもカーティスのところに出かけていった。
手を鳴らし、足で調子をとってカーティスと一緒にいるのは最高だった。
カーティスは一曲二曲やってくれるたびに、また一杯ひっかけた。
カーティスが死んだ日、葬式には誰も来なかった。
年寄りの牧師が二言三言何か言うと、カーティスは土に埋められた。
カーティスの一生は生きる痛みをブルースで歌うことだったけど、
一生を終えたその日にこそ、本当はカーティスはブルースを歌うべきだったんだ。
カーティス、あんたが今いてくれたらきっとすごい有名人だったろうになあ。
カーティスを役立たずと言っていたやつらはどいつもみんな馬鹿だったのさ。
だってカーティス、あんたは世界一のブルース弾きだったんだから。
*
この曲を歌ったレーナード・スキナードが飛行機事故で主要メンバーを失い
解散を余儀なくされてから30年が過ぎた。輸入CDを聞き取りながら訳してみたが
昔ほんの子供の時分に意味も分からず聞いていた英語の曲を
最近再入手したCDで聞いてみると、歌の印象とともに時代の空気がよみがえるとともに
歌詞を知って再発見することも多い。
私の物心ついた子供の頃には、もうすでにあまり町中には物乞いや路上をさすらう
独自の生活を送る人はいなくなっていて、社会はだいぶ均質化していたのだけれど、
その少し昔にはどこの町にも堅気の市民からはじきだされつつもその周辺で生きる名物人間が
いた話をよく聞いたことがあったものだ。
そんな彼らははみ出し者として蔑視される一面で、顔の見える個性豊かな一個の個人として語られ、
社会のあり得べき一員として確かに許容されていて、
一種の愛情を持って眺められる存在でもあったようだ。
かつての日本は猛スピードで経済的な豊かさが推し進められた市民社会ではあったけれど、
そんな社会からあぶれ出た、乞人やヒッピー、路上芸人たちでも
なんとか生きる隙間がまだ世の中にはあったのだろう。
今では社会のあぶれ者は顔のないホームレスや闇の存在となり、
在るべきではない社会矛盾として個性も行動も忌避される
アンダーグラウンドの住人だけとなってしまった。
*
子供の時、かつていたという、名物乞食の男が最後はどうなったのか、怖々聞いてみたことがあった。
天皇行幸だか、都市再整備だか、何かの折、予防注射だからとだまされて薬殺されてしまったと
いうことである。
豊かで平和な社会にいることを本当に感謝しているけれど、
この豊かな社会はそんな時代をひた走ってきたのだろう。
「カーティス・ロウのバラード」を収録したレーナード・スキナード二枚目のアルバム
セカンド・ヘルピング。
豊かな食品産業のはぐくむ、豊かな日本の食文化
友人のN氏はあの大規模ファーストフードチェーン、アクドナルドの店長をしている。
都内のおしゃれな一角に大きな店を構えてたいそう忙しいのだが、
全国有数の看板店舗であるのはN氏の自慢だ。
ちょうど今、アクドナルドが新商品「ミステリアス・フライド・アック」を
全国展開しているのをご存知だろうか。
あの新商品のコマーシャル撮影だってN氏の店で行われたものなのだ。
撮影当日はアクドナルドのイメージキャラクターを勤める人気モデルの女性をはじめ
多数の関係者とアクドナルド社の社長も来店していた。
撮影ではモデルの女性がアクドナルドの社長と一緒に
新商品ミステリアス・フライド・アックをおいしそうに食べるものだったが、
撮影前にN氏は社長にエスコートされたモデルさんに挨拶をした。
「今日はご苦労様です。当店で撮影があるなんて光栄です。
いつもアクドナルドを召し上がっているのですか。」
するとモデルの女はむっとしたように不機嫌に吐き捨てた。
「ええ~?、あんなナニ使ってるかわからないゲロアブラしょっぱいの
食べるわけないじゃない。モデルをなめんじゃないよ!」
すぐにアクドの社長も不愉快そうな顔をして割り込んだ。
「なんだ君、失礼じゃないか。私たちはアクドナルドでビジネスはしているが、
あんなもの食うのは、馬鹿と貧乏人だけだ」
あっけにとられるN氏を残して二人は撮影の準備に行ってしまった。
N氏はそれでも撮影に使う新商品の準備をせねばならなかった。
撮影で社長とモデルが並んで食べる「フライが決め手の新バーガー」は、
店長自らが油で揚げることになっていたからだ。
確かにアクドナルドなどを常食するのは何も考えない愚か者だろう。
栄養バランスなど考慮の外だし、卑俗で粗雑な味はいったい何が旨いのかもわからなくする。
アクドが安い肉や穀物を入手するために乱開発や低賃金労働を強いているのも公然のことだ。
N氏が呆然としながらも厨房に向かうと、ちょうど店の裏口には出来立ての大きな犬の○ンが
湯気を立てていた。近くのマナーの悪い犬の飼い主が始末もしなかったらしい。
あるいはアクドナルドに批判的な人間が抗議のつもりで主要店に目をつけたのかもしれない。
N氏は黙々と犬のフ○を拾うと、これを厨房でコロモをつけ油で揚げてパンにはさんだ。
社長とモデルへの撮影用のスペシャルというか、
普段食べもしないあのふたりにとっては何を食っても同じことだろう。
カメラの前で作りたてのミステリアス・フライド・アックを口にした二人は
一瞬目をむいたのだが、すぐに気を取り直して叫んだ。
「おいしー!、アックってめっちゃ最高!!」
やがて全国放送されたCMには、ホカホカと揚げたてのアックを
口いっぱいにほおばる二人の笑顔があった。
*
相変わらず店は繁盛しているが、こんなんでいいのか、と
時々ふと、疑問にまとわりつかれるようになったN氏である。
おみやげの喜び
旅のお土産をもらうのは大好きだ。
たとえどんなに小さな旅の、どんなに一見つまらないようなものでも
おみやげはちょっとした気遣いとメッセージをまとっている。
とはいうものの、実用性に疑問符のつくキーホルダーやストラップ、
安っぽいアクセサリーや置物、
妙に長期保存の利くお菓子、俗っぽいぬいぐるみや飾りもの・・・・。
そんなおみやげの置き場所や扱いにも困って いらいらすることもあって、
先日など引き出しの奥などに放り込んで忘れていたお土産がたくさん出てきたことがあった。
それでも何気なくお土産を一つ一つ眺めてみると、どのお土産も小さくともきらきらするメッセージを
発しているのに気がついた。
「とっても楽しかったよ」「君の事、気にとめてるよ」「「わすれてないよ」「君にも見せてあげたかったよ」
・・・・
さらには、ささいなお土産でもそのお土産を誰かに選ぶためには、たいてい
小さくとも楽しい検討の過程と、ちょっとしたわくわく感が伴うことは誰しも同じだろう。
こんなに私のことを気に留めてくれるたくさんのメッセージがあることを
私は引き出しの奥にしまいこんだまま忘れていたらしい。
これはあの人から、これは両親から、これは家族から、これはあの友達から、、、
’つまらない’お土産品をひとつひとつ手にとって眺めてあふれかえるメッセージに
ひたってぼーっとしていると、B女がやってきて「何してるの?」と私の
呆けた様をみてあきれて笑っていた。
そこで私が一つ一つ’つまらない’お土産品の由来と思い出を説明すると
彼女もまたメッセージにひたりきってボーっとしてしまったのだった。
*
実は昨日は寝つきの良い私がなかなか寝付かれなくなって困ったのだけれど
特に興奮したわけでも体調に変化があったわけでもなく、原因におもいあたること
がなくなんとも不思議だった。
ふと思い出すと、そういえば昨日は沖縄からのお土産がたくさん届いていたのだったのだが、
それできっと、旅のわくわく感とともにお土産についてやってきたかの地の精霊たちの名残が、
夜通しはしゃいでいたからなのだろうと思い当たって、私はひとり大いに納得したのだった。
おみやげにまといつく楽しい気分だけで人生を組み立てるわけにはいかないが、
たわいもないおみやげのやりとりに喜びを見いだせるということは
人生を形作る部品の一つではある。
きれいで安全な社会はステキです
ところがある日、集金にやってきた販売員が言った。
「Captain-Jackさん、ごめんなさいね、申し上げにくいことなんだけど実はあの健康飲料、途中から麻薬が混じってたらしいの。製造過程がずさんでいろいろと混入してしまっていたらしいのよ。責任者はお詫びの会見をするんだけど、それにしてもねえ、、、いまさらあのサプリやめたらものすごい禁断症状が起きたりして、自殺したりする人もいるらしいからすぐにはやめるわけにはいかないのよねえ。ほんとうにごめんなさいね。」
「ええ?、なに、絶対安全だって言ってたのに、なんだ、あんた人を麻薬中毒にしておきながらどういうつもりだ、おい!」
「だからー、ごめんなさいっていってるじゃない。あんただって、毎日この薬のおかげでいい気分で暮らしていたんだし、これからも薬は配達するんだしい、じゃ、まあそういうことで、今後もよろしくおねがいしますね」
健康食品の販売員だと思っていたら麻薬の売人だったとは。。。呆然と立ちすくんでいると今度は電力会社の集金がやってきた。
「CaptainーJackさん、ごめんなさいね、テレビでご存知でしょうけど、ほらあれ、漏れちゃってたんですよね、放射能。」
「え? うちにやってくる電気は事故原発製でない電力だけですよね?」
「ああー、ごめんなさいねー。それが事故った原発製も混じってたらしいのよー。 でも大丈夫よ、お宅なんか原発から100km以上あるしい。」
「え、それじゃなんですか、私はいままでウソの製品を買い続けていたという ワケなんですか。私は農産物も遺伝子組み換えでない低農薬のものしか 食べないんです。それを電力会社は、今頃になって、、」
「だからー、ごめんなさいって言ってるじゃない。 ウチの社長がテレビで謝ってるの見たでしょう? それともなに、あんた地球温暖化防止に文句でもあるわけ? いまさら電気止めて 原始人ごっこする根性もないくせに、貧乏人が文句言うんじゃないよっ」
「はあ」
呆然とした私は気がつくとテレビをつけていた。そう、現代人はなにも考えないと自動的にテレビをつけるらしいのだが、私も頭が空の状態ではテレビをつけるらしい。そのテレビではいつものように、健康的で明るいCMタレントたちが新商品に囲まれて、まるで悩みのかけらもないかのようにきれいで快適な生活を演じていた。
どうも原子力や新技術が人間を幸せにしたかどうか、きっと疑問を持ってはいけないのだろう。そう思うことにして、とにかく今日を前向きに明るく生きようと気持ちの切り替えを図ることにしたのだった。。。
そのうちなんとか、なるだろう~。
悠千会に出席し俳句鑑賞を行った芸術の秋
悠千会という日本伝統文化の啓蒙活動をする集まりがあるのをご存じでしょうか。全国にメンバーを抱え、主には侘び寂びにつらなる風趣を愛でることに関係するさまざまな活動を行っています。
メンバーはこれまで社会で活躍し、今は一線を退いた後の人生の余白に一点の彩りを添えるべく参加されている方が多く、私のような若輩者が行くのは気が引けるものです。それでも先日町内の名士である古老のお誘いを受け、末席に参加してきたのでした。
さすがにメンバーは年配の方が多いとはいえ、各界で活躍していた階層が多いだけあって、悠千会が招聘する講師は常に一流と目される先生ばかりです。この日は俳句の鑑賞がテーマでしたが、講師はなんとあの有名な鴨田雅厳先生でした。鴨田雅厳先生はNHKの俳句教室でも添削と指導を担当されているので、きっとご存知の方も多いことでしょう。この日は先生がその場で句を作って読み上げられ、参加者がこれを鑑賞するものでした。
先生は中空から句の手がかりをつまみとるように手をかざし、宙に視線をさまよわせます。私たちはまさに芸術作品が紡がれる瞬間に立ち会うわけです。先生はそのままの姿勢でできあがった句を一句一句、おごそかに読み上げらるのでした。
「・・・朝顔の 外にこぼすな 竿の露・・・」
「先生、すばらしい!!」「すてきです、せんせー!」
「・・・んん、ちょっと女性(にょしょう)にはむずかしかったかの?」
「いえいえ、とてもすばらしいお作品です。皆感動しました!」
一同の賞賛と興奮冷めやらぬうちに先生が次の句を読み上げられました。
「・・・そっと手を やさしく添えて 一歩前・・・」
「おおうっ、」 「侘びだ、これこそ侘びというものだ、すばらしいっ!」
「・・・使用後も 北なくすまい 美女軍団・・・」
「ああ、先生は女性(用)のこともちゃんと考えていてくださったんだ。。。」
「鴨田雅厳先生、ばんざーい!」「せんせー!」
感動のあまり涙ぐむ女性参加者もおりました。先生の句は次々に読み上げられ、熱気に包まれたままこの日の会は閉幕したのでした。先生の句が感動した参加者の手によって書き写され、会場や各人の家の名句にふさわしいしかるべきところに貼り出されたのは言うまでもありません。
しかるべき場所って? それはしかるべき場所ですよ。
秋の折り返し点
今週、無数の小さなオレンジ色の花をまとった樹木から
甘い芳香が放たれて、あたり一帯が押し包まれた。
今年もキンモクセイの季節が巡ってきたのだ。
華やいだ香りとにぎやかな眺めに一時心も浮き立つが、
この木の花の時期は短く、あんなにたくさんの花も
あっという間に地面に落ちてはどこかに行ってしまう。
秋をつかまえようとしては指の隙間からもれだして、
たちまち流れ去っていくようなもどかしさもまたつのる。
だから私は秋の半ばはいつも落ち着かない気分になるらしい。
運動会も秋祭りもひと段落して、花も散り実りきった種の去った後の空気は、
ひたすら静かな秋の気配が濃くなるから、
秋には寂しさや退滅のイメージもまたついて回るのだが、
そこにあるのは決して死や衰弱ばかりではない。
たしかに若々しい夏の空気は、
外への伸張、勢い、上り坂の向こうにある期待を感じさせるが、
そんな外向きに発展する季節の後に、これからやってくるのは内省の季節だ。
なにもしないようでも、自分を省みて次の方向を考え、
ステップを踏み出すタイミングを図る時期はきっと必要だから
春に備えた植物が力を蓄えるように、人もまた内なる充実を図るべき季節なのだろう。
その意味で秋と冬はとても豊かな季節だ。
秋のいい時期は短いが、この豊かな季節を豊かなままとらえたいものだ。
満開だったキンモクセイの花も、今日あたりからはそろそろ散り始め、
帰り道にはオレンジ色の刺繍が施されていた。
こうして今年もまた秋は折り返し地点を過ぎて、深く静かにふけていく。
自由の戦士に黙礼 チェ・ゲバラ没後40年
1961年にスイスのジュネーブで国際開発貿易会議が開かれたときのこと、一人の学生がキューバの代表に会いに行った。会ったのはその宿泊先のホテルである。キューバからやってきた代表者の工業大臣に学生は、自分もキューバ革命に参加するため連れて行ってくれと熱願する。するとキューバからやってきた代表は学生の手を引いてレマン湖を見晴らすバルコニーに連れて行くと、湖岸に立ち並ぶ世界的に有名な製薬会社のバイエルや食品会社のネスレなどの大企業群の輝くネオンを指し示してこう言った。
「君はスイスに残って、この怪物たちと闘うのだ」
学生は後にジュネーブ大学の教授となり、スイスの大企業や市場主義経済の不正を暴露し糾弾し、国連人権委員会でも活躍するジャン・ジクレール氏。そして彼に諭したキューバの代表の工業相とは、あのチェ・ゲバラである。
グローバリズムという経済利益の市場主義と価値観の単一化、人間の排除主義は巨大企業によってくまなく世界に伝道され、私たちを飲み込んできたが、実際のところ、 時代の渦中にあって世の中の活動に流される私たち人間には、なにが起きているのか、なにが本当の問題なのかわからないのかも知れない。だが、チェ・ゲバラには当時にあって、私たちの今いる現代に及ぶ病根までを見通すことができたようだ。私を含め、さよでもアカでもない人間でも先のエピソードには揺さぶられるものがあることだろう。
いうまでもなく第三世界において英雄でありまた、若さというエネルギーを、理想のために費やす人間はかくも純粋になれるのかという事を体現してみせたチェは、その思想や行動をよく知らない人間をも今もって引きつけるカリスマである。不正と抑圧から人々を解放する理想のために闘い、望んだとおりにその戦いの中に果ててから今日はちょうど40年になる。
ジャックもガイも、シンゾーもタロウも、みんなアーティスト
どうしてそんなふざけた話ばかり思いつくのかと聞かれることがある。
さて、どうしてだろう。
私の文を書くという遊びがいつから始まったのかわからないが、
話を作ろうとしたことは小学生のころにも一度ある。
胸ときめく冒険譚、息詰まる動物物語、そんなものを私も
書けるものだろうかと思って、頭を空にし物語がわいて
出てくるのを待ったのだが、待てど暮らせど物語はわいてこなかったし
ラジオが空中の見えない電波を捉えて音声を流すようには
どこからもお話は送られても来なかった。
私はお話を作るのに向かないいらしい、と文章を書くという遊びには
それからしばらく手をつけることはなかった。
実際のところ、イメージは無からは生じない。この事実を具体的な言葉として
私に提供してくれたのはフランスの哲学者バシュラールだった。
あるとき読んだ彼の著作「空と夢」の冒頭に
「想像力とはイメージを歪曲する力である」というようなことが書いてあり
くそ生意気なガキだった私は目からうろこが落ちる思いだった。
それで文章を書くようになったわけではないけれど、
これに関して思い出すのは、当時子供の間ではやっていた
たわいもない遊びに名前の文字ずらしと言うものだ。
それはこういうものだ。
ながさわ まさみ これを一文字シフトして
みながさわ まさ
あるいはこんな
まつだ せいこ 一文字シフトして
こまつだ せい
一文字シフトでまったく別人の名前のようなものができるが
引きずられた元の人間のイメージが歪曲されてまたなんとも面白かった。
あるとき、ひとりで退屈していたわたしは
なんとなく知り合いの名前をシフトしたのだが、それは
村井重人
むらい しげと これをシフトして
とむらい しげ
こうして婆さんの暗殺者、「弔いシゲ」が生まれた。
情け無用の仕置き人、狙った相手はどんな非情な手段を使っても必ず仕留める。
得意技は故人に線香をあげにやってきた相手が手を合わせた瞬間に
潜んだ仏壇から飛び出して仕留める仏壇返し!
むちゃくちゃな設定とストーリーを法事で親戚やいとこに披露して、私は世間のごくわずかしかいない
読者の顰蹙をかったものだった。
私が思うに一番難易度が高いのはこっけいな話だと思う。
逆に簡単なのは論説文や美しい情景描写、悲しい話、叙情的な話である。
これらはむやみに難しい言葉や決まったパーツとなる要素を並べていけば
そんなに難しくなく出来上がる。
一方、こっけいな話はこっけいと思わせるための毎回新鮮な独自の要素が
必要になる。量産はできないし、どんなにがんばっても(がんばらないけど)
いつもいいものができるとは限らない。
より困難でよいものにトライするとするところに手ごたえと楽しみがあるのは
スポーツだって、楽器だって、絵だって同じことだ。
誰にとってもその楽しみこそは浮き世の憂さや苦をちょっとの間隅に追いやってくれる。
そして何でも下手でもいいから、より良いものにしようとすることこそ楽しみと充実の秘訣だ。
だから、どんなに批判を受けようと皮肉られようとも、文を書くのは素人の私の
ある種の挑戦とでも言うべきトライアルであるのだろう。


