真夜中の出来事 | 酒とホラの日々。

真夜中の出来事


残業を終えて遅く会社から帰ると、細君がお帰りの挨拶もそこそこに洗濯機が壊れたと訴えてきた。昨日までは順調に回っていたはずだがこの日突然ウンともスンともいわなくなってしまったらしい。電気屋やメーカーに連絡しても修理は3、4日後に整備員が来訪して点検の後、見積もりをとってから判断してもらうとのことで、日々洗濯物は出てくるのだからそんな悠長なことには付き合いきれないと、細君はまたひとしきり不平を訴えるのだった。
  
「まだ、これ買い換えてから5年くらいだろう? 普通洗濯機の耐用年数なんて10年以上はあるんじゃないのか。まだ新しいの買うという気分じゃないよなあ」
「それはそうなんだけどね、毎日出てくる洗濯物がたまる一方だから困るのよ」
「なに、昔なんか雨が降ったら洗濯物はお休みだったわけだし、洗濯自体もたらいと洗濯板で手作業していたわけだから、どうしても急いで始末しなければ困るものだけちょいちょいと洗えば3日や4日くらいなんとかなるだろう」
「あのね、この洗濯機は9キロいっぺんに洗えるの。洗濯物の量も昔とは違うし、それに3日たって見積もりもらってそれじゃ修理にまた3日とか言われたらどうするのよ」
「洗濯物を出さなきゃいいのさ。毎日洗わないと困るような下着だけならたかが知れているし、何ならオレが踏み洗いでもたたき洗いでもしてやってもいい」
「結構です。あんたみたいな大雑把な人間がやったら、デリケートな下着もみんなたちまちボロ雑巾になるのは目に見えてるわ。それよりも問題は脱水よね。たいていは手洗いで何とかなるにしてもこんな大きなシーツやバスタオルなんか絞るのも一苦労だわ」
「んん、それはオレが何とかしよう」
「あんたのその馬鹿みたいな握力で絞るのだけはやめてよね」
「おまえはまたそうやってひとを野蛮人みたいに言う。もっと科学的な手段を使うから心配するな」

    

私には勝算があった。洗濯機はともかく脱水機の原理は単純で、遠心力で水気をふき飛ばしてやればいいだけのことである。私は早速簡易脱水機の製作に取り掛かったがつまりザルをひとつ用意し、適当な長さの紐を三本ほど結びつけるだけのことである。このザルにぬれた洗濯物を入れて紐の端を持ってぐるぐると振り回せば水分は飛ばされて脱水が完了するというわけだ。私は作りながらもザルを振り回す腕に力が伝わる様子が想像されてなんとなくわくわくしてきたものだった。
  
あっという間に完成した人力脱水装置と洗濯物をもって表に出ると、この晩は切れ切れの黒い雲間に下弦の月が出入りする暗い夜だった。
  
「ほどほど暗くて、試運転にはおあつらえ向きの空模様だな。明るいところでこんなこと近所の人に見られるのもナンだからな」
「ねえ、本当にやるの?やっぱりやめようよ」
「何を言うか、どれもこれも洗濯機が困れて困っているお前のためじゃないか。まあ、あっという間に絞り終わるから見ていな。ん、これはちょっと紐が長いからちょっと広い場所が必要なのが難点だな・・・」

  

私は家の前の道の真ん中に立つと、そろそろとザルを回し始めた。いい年をした大人が夜中に通りでザル回しである。これは人には見られたくない。

 
だだ、脱水は快調でたちまち飛び出した水がしぶきとなって道路や家の壁に当たる音がする。これはイイ。調子に乗った私は最後の止めのひと絞りとばかりにさらに回転速度を上げたのだが、そのとき突然ザルが軽くなった。え?と、紐の先を見るとなんとあるはずのザルはなく、なにやら謎の飛行物体が暗い夜空に放物線を描き家の屋根を越えていくのが見えたのだった。さらにその飛行物体は家の屋根を越えるあたりで外側の半球状のカプセルと内容物が分離し、内容物だけがさらに遠くを目指して飛行を続けていくようだった。
  
その直後にどん、と鈍い音がしたのは裏の家の雨戸に内容物が命中したのだろう。

 
「・・・あーあ、アレ私の下着もはいってたのにどうするのよ!」
「ん、今日は暗いし、もう家に入るか。捜索隊の活動は明るくなってからにするか」

 

などといいつつ家に入って片付け物などを始めようとすると、なにやら裏の家が騒がしくなってきた。なんだか人も集まってきた気配もする。これはいつまでもほうかむりしているわけには行かないようだ。仕方なく恐る恐る裏の家へ回ってみると、なんと裏とその両隣の人たちばかりか、いつの間にか警察までやってきているのだった。

 

これはなにかとんでもないことになったのだろうか、謝りにきたはずがうろたえて足のすくんでしまった私だったが、そこで近所の人たちから聞かされた事の次第はこうだった。

裏の一家が夜中、二階で就寝中に不振な物音に気づいてすぐに起きて雨戸を開けてみたところ、なんと泥棒が干してあった洗濯物の下着を盗もうとしているところだったのだという。もっとも雨戸を開けて外を見たときにはすでに泥棒の姿はすでになく、あわてた泥棒が放り出していった下着が二階のベランダの雨戸の前に散らばっていたのだということだった。
 
「あの散らばった洗濯物は、絶対に泥棒のしわざよ。最近隣の町内で下着泥棒が頻発していたっていいますでしょ。この辺も物騒になったわねえ」
「・・本当に怖いですねえ」

 
ひとしきり泥棒を非難し、被害の品を確認した後(なんと我が家も被害にあっていたのが判明した)、警察の事情聴取などに協力したのは良識ある市民としては当然である。
  
こうして夜中の下着泥棒騒動がひとまず終息して家へ戻ろうとすると、並んで歩く細君がいたずらっぽい笑みをたたえて言った。

 
「あの下着泥棒、捕まるかしらねえ・・」
「・・さ、さあ、どうかなあ」

 
その時夜空に糸引いて飛ぶ洗濯物の残像が見えたような気がして、あわてて空を見上げると、いつの間にか雲は晴れていて、明るい月が全天を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

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