板橋の自然健康ヨーガ教室 -211ページ目

蝶を追う少年




‘天才とは、蝶を追っていつのまにか山頂に登っている少年である’


                         ~米国作家 ジョン・スタインベック’~


‘一目で天才のごとく見える人はすでに真の天才ではない。

      一目では天才と見えない天才こそが真の天才なのです’


                         ~エースをねらえ お蝶夫人~



‘自分の記憶に残るプレイの中で、決めようと思ったプレイはまず記憶に残らない。‘決まったな’と後から思えることがあるんだ’


                          ~ギター・リスト ジェフ・ベック~


結果を意識して行う行動は、最高の域までは達しないという。


凡人が狙っても到達地点はたかが知れている。


ならば狙うより、行為に専心しよう。


そこが天才と凡人の分かれ目なのだ。


誰でも天才にはなれる。






 

色眼鏡




昨日、とある銀行のATMに行った。


そこは結構、広いところで警備員が1人いる。


入った途端、一つの光景が目に入った。


腰の曲がったおじいさんが一生懸命ATMの前に立って作動している。


そしてそのおじいさんの後ろで、


Tシャツ、短パンに野球帽を被った青年が立っていて、おじいさんに向かって何やら言っている。


私は、無意識にその隣に付いて、通帳記帳をした。


よく見るとその青年の腕にはしっかりとタトゥーが入っていた。


はっきりは聞き取れないが、青年がおじいさんに指図しているように感じる。


もしかして?と疑った。


私の記帳も終わり、ATMから離れると、少しの間その二人の様子を見ていた。


おじいさんは、慣れない為か、作業が遅いようである。


そしてその青年は振り込み完了用紙を持っていた。


おじいさんは、何件かに振込みをしているようである。


その二人、祖父と孫や仕事上の関係とはとても見えない。


その青年、おじいさんの後ろに立ちながら、なんか周りを気にしている風である。


一瞬、警察に連絡した方がいいかなと思った。


しかしやたらに通報して、こちらの見当違いだったらとんでもないことになる。


頼りなさしげな警備員も1人立っている。


あまり見ていると気づかれるので、不審に思いながらもATMから出てきた。


犯人が直接現場にいて指図することもまずないだろうと思いながらも腑に落ちない。


何でもない普通の行為をしていたのなら、二人にとって私は甚だ迷惑な人物である。


何とも嫌な目をもったものだ。






実行




最近、素晴らしいブログを発見した。

本のソムリエさんのブログだ。

この方は、1日1冊本を読んで、その本に記されている良い言葉や、概要、
そしてそこから得られたものなどを毎日紹介してくれるのだ。

本を通して、1人でも多くの人の心が豊かになってくれればという願いから、
会社勤めの合間を縫って、1日1冊本を読み、そしてきちんと紹介してくれる。
大変な労力だ。

その本のソムリエさんが昨日、紹介してくれた本を本のソムリエさんの言葉でご紹介します。

「目先の利益を捨てなさい」広岡等

‘無料でコーヒーをサービスし、雨の日に車で来店されたお客様には、
お客様が濡れないようにとドアの横に立ち、傘をさしてくれるカー用品ショップがあるそうです。
そして、社長が社員に「オイル交換に人生を懸けなさい」と言っている不思議な会社です。
その結果として、一店舗売上高日本一を達成。これは必然ともいえるでしょう。
しかし、こうした常識を超えたサービスを行うようになったきっかけは、
創業年度に大赤字となったことです。
お客様から、はっきりと「落第」の烙印を押された時、
社長が「損してもお客様が喜べばいい」とふっきれた時から、
すべてが好転しはじめたのです。
新しいサービスを考えた時、コストや社員の反対を考えると
判断に悩むことがあるかもしれません。
しかし、最終的には、お客様のためになるのかどうか、
これが判断基準とするべきなのでしょう。

これを読むだけでも、広岡等社長の会社はビジネスではなくて、
真の奉仕をしているということが分かる。
本のソムリエさんも然りだ。

カルマ・ヨーガという教えがある。
無私無執着の行為。
マザー・テレサ、ガンジー、シヴァーナンダ。
これらの人達は、私欲を捨てて、人々の為に生きた人達だ。
私欲を捨てるということは、ちょっとやそっとで出来ることではない。

出来そうもないから、出来た人を尊敬するのではなく、
大事なのは、‘出来る範囲でやる’ということだろう。

誠意ある行動に優劣はない。やるかやらないかだ。

48歳のミュージシャンが本日、こんな事を言っている。

‘自分の夢を叶えたい
欲しいものを手に入れたい
自分を変えたい
と人一倍アピールするヤツほど行動しない

やれと言ったところでやらんヤツはやらん。’

ドラえもん



私は映画が大好きである、と言っても数はそれほど見ていない。


私の記憶が確かなら、初めて観た映画は5歳の時に日曜洋画劇場でTV放映された


ブルース・リーの‘ドラゴン危機一髪’だ。


ブルース・リーという俳優は当然知らなかったが、5歳ながら完全にリーの強さに魅せられたのを覚えている。


それから2年後の小学2年生、ブルース・リーの幻の遺作と話題になった


‘ブルース・リー死亡遊戯’を近所のおじさんに映画館へ連れて行ってもらった。


この映画を観て、ブルース・リーという名前がきっちり脳に刻まれ、自分の中で特別な存在となった。


来る日も来る日もブルース・リー。


そして小学3年生になって映画雑誌‘ロードショウ’や‘スクリーン’を毎月発売日に本屋で立ち読みしていた。


なぜ発売日に本屋へ向かうのか?


これらの雑誌には、先一か月のテレビで放映される番組予定表が載っていたからだ。


一日でも早くこの予定表を見て、ブルース・リーの映画がテレビで放映されるかをチェックしていたのだ。


1本の映画は1、2年に一回テレビ放映されるかされないかであった。


そんな確立の中、予定表にブルース・リーの映画を見つけた時には、


本屋で立ち読みしながら、身体に震えが走ったものだった。


テレビ放映日まで、心の中で毎日カウントダウン。


遂にの放映日には、一秒のシーンも見逃すまいと瞬きもしないようにと気をつけたほど。


終わった後は何とも寂しい思い。


そうこうしながら数年を過ごし、


テープレコーダーをテレビの音声の出る小さなスピーカーにくっ付けて音声を録音する技を身につける。


音声を無事録音出来た翌日からはしつこいほど繰り返し復習。


それから少し時間が経ち、信じられない物が世に出現した。


‘ビデオデッキ’だ。


テレビで放映された映画を何回も何回も繰り返し映像付きで観ることが出来るようになったのだ。


夢のような出来事、ドラえもんのポケットから出てきたようなドリーム・アイテムだった。


ビデオで録画して、当然ながら繰り返し繰り返し観るのだが、そんな中で次第に自分の中で変化が起こった。


小さい時にテレビ放映された時に味わったあの高揚感が次第に薄れていったのだ。


そしてレンタルビデオの出現。


テレビでカットされていた映画をノーカットで観ることが出来る。


それもダビングすれば自分のコレクションに出来る。


いつでも観たいときに観ることが出来るようになったのだ。


小さい時には信じられないようなことも、何でも手に入りやすい世の中になると、


それと同時に失うものがあることに最近気がついた。


一期一会の喜びだ。


現在はテレビ放映で映画を観ることがほとんどなくなった。


観たい映画はレンタルで借りてくる、またはもっと生意気になってDVDソフトを購入する。


現代ではノーカットの映画は当たり前のこと、未発表映像も見られる時代である。


こんな時代では、


いつ観られるか分からないテレビ放映の映画を観たときのあの感動はもう二度と味わえないことだろう。


完全なものを観ることが出来るのに寂しさを覚える。


そう、何でも夢をかなえるアイテムを持っているドラえもんは、


夢のままで、実際には存在しない方がいいのだろうと私は思う。










キールタンの集いのお知らせ

このブログ名でもあり、私のヨーガの師、成瀬貴良氏が代表のヨーガの勉強会

`THE YOGA LIFE SOCIETY'で来月、キールタンを行います。

キールタンとはどういうものなのか?

成瀬氏からコメントがありますので下記に開催の詳細と共にご案内します。


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(成瀬講師から)



ハリオーム! 成瀬です。

今後、Y.L.S.やヨーガ・サンガティではヨーガの実技や講義に加え、不定期ではありますがキールタンも行なっていきたいと思っています。

キールタンとはインド版の讃美歌のようなものです。神や聖者の名前を、楽器などを使って繰り返し歌います。

マントラが集中を重視するために比較的単調に唱えるのに対し、キールタンはとても音楽的要素が強くバクティ・ヨーガと同じようにたいへん情緒的ともいえます。

ヨーガには心の働きや感情を弱めていくラージャ・ヨーガ、知識や知性を重視するジニャーナ・ヨーガなどがありますが、

キールタンは知性を引っ込め、情緒や感情を表に出すバクティ・ヨーガの一部でもあります。

どうか、キールタンを行うときは理屈や知識を働かせず、感情やそのときの気分に任せるようにしてください。

知性や学問だけでは深い体験の境地高いレベルの意識を実現することはできません。


日本のヨーガのスタジオや学校では、あまり行なわれていませんが、インドではヨーガ・アーシュラム以外にも、寺院や一般の家庭でも行なわれています。

わたくしが最初にキールタンに出会ったのは、1977年の最初のインド旅行のときでした。

ベナレスの迷路みたいな路地を散歩していて迷子になってしまい、偶然にもキールタンを歌っている家の前に出てしまったのです。

道に迷った恐さも忘れ、あまりにも優雅で懐かしい感じのするハーモニュームの音色と雰囲気に思わず聞きほれてしまいました。

その後、シヴァーナンダ・アーシュラムに滞在したとき、そこでまったく同じ雰囲気と出会ったときの感動は今でも忘れられません。

そのときに初めて、それがキールタンというものであることや、独特の音色を出すアコーデオンのような楽器がハーモニュームという名前であることを知りました。

わたくしのもっとも尊敬する聖者スヴァーミー・シヴァーナンダは、子供の頃からキールタンが大好きな人だったといわれています。

事実、シヴァーナンダの最初の布教の旅はキールタンを歌いながら行なわれました。

そのせいでしょうか、今でもシヴァーナンダ・アーシュラムにはキールタンが絶えず流れています。


(キールタンの歌い方)

多くのインド音楽と同じ、キールタンも即興ですので、あまり決まった型があるわけではありません。

基本的に、その曲をリードする人に続いて歌います。

通常は、ハーモニューム(オルガン)、ドーラク(太鼓)、マンジーラ(シンバル)などのインド楽器を使います。

何も楽器がなければ手拍子でリズムを取るとよいでしょう。

参加する人の気持ちや情熱が楽器の代わりをしてくれます。

キールタンは人に聞かせるためにあるわけではありません。

歌が上手とか下手とか、声が良いとか悪いとか、そういうことはまったく関係がありません。

自分自身が気持ちよくキールタンそのものに入れるかどうかが重要です。

歌詞カードがあっても、あまりそればかりを見ていてはキールタンに入り込めません。

比較的短い言葉の繰り返しが多いので、リードする人に続いて、大きな声で歌ってください。

きっと、なんともいえない気持ちになることでしょう。

歌い終わった後は、しばらく静かに坐ると良いでしょう。


【日 時】  2008年・823日(土) P.M.18:00~   



【会 場】  仲町地域センター B2F 音楽練習室 

      板橋区仲町205TEL 03-39581101


*B2Fの音楽練習室には入り口正面の受付の左横を抜け、自動ドアがあるのでその先のエレベーターからB2に降りてください。


 ・東武東上線「中板橋」(池袋駅から4つ目)下車7

 ・東武東上線「大山」(池袋駅から3つ目)下車9


【地図】

http://www.machi-info.jp/machikado/itabashi_city/index.jsp?mode=2&lon=139.6996464&lat=35.74800139&scale=2500

【参加費】 ・500


       

【問い合わせ・申込み】  



成瀬講師まで

TEL/FAX 03-5392-1176
k.naruse-yoga@lime.plala.or.jp


宜しくお願いします。


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なかなか日本では経験することが出来ないのでこの機会に是非味わってみてください。

【交通】