ヘヴィー・ローテーション
昨年、一年かけて所有する洋服を整理しました。
何度も何度も試着して、自分に合うか合わないかを見極めて。
お陰で沢山あった洋服も今はかなりすっきりして、私のクローゼットにきれい収まってしまいました。
もうこれでもかというくらい手放したので、今残っているのは箪笥の肥やしになるものは一つもなくなりました。
昨日お話したレコード。
改めてレコード鑑賞を始めてみると、アーチスト買いやアルバム名買いなどで購入して、いざ聴いてみると自分には気持ちよく聴けないアルバムも少しずつ出てきます。
昨年は洋服、今年はレコードを改めてきっちり整理していこうかなと思い始めています。
今の私のものの所有する判断基準は「ヘヴィー・ローテーション」。
オブジェになることなく、繰り返し着たくなるもの、繰り返し聴きたくなるもの、「ヘヴィー・ローテーション」したくなるものだけを残そうと思っています。
そう、「ものはいつか壊れるから尊いのだ」というように、ボロボロになるまで使い切りたいなと思います。
古きよき音
先日、長年使っていたステレオのスピーカーを交換しました。
今まで使っていたスピーカーはJBLというメーカーのもので、音の出る丸い部分が30センチのものだったので一般家庭のスピーカーとしては結構大きい方だったと思います。
JBLは50~60代の方には憧れのスピーカーだったらしく、その世界ではトップブランドです。
私はそんな贅沢なスピーカーで聞いていたのですが、イマイチ音に満足していませんでした。
確かに音はいいのですが、心に染みる感じではなかったのです。
そうこう感じながら10年が過ぎ、先日、前に真空管のアンプを作ってくれた人に久しぶりに会いに行きました。
その人は本当のステレオ・マニアで色々なアンプ、スピーカーを試し聴きして、所有して、最後には自分で作っているのです。
10年前にその人のところであるスピーカーを通して、古いブルースのレコードを聴かせてもらいました。
そのスピーカーはOperadioというメーカーで、どうやらアメリカでラジオのスピーカーを主としていたメーカーらしいのです。
JBLと比べると知名度も断然落ち、レベルも落ちるのだと思います。
しかし10年前に聴いたそのスピーカーの音にとにかく惚れ込んでしまい、いつかは譲ってもらいたいと切望していました。
その後にこれまた超優良ブランドのAltecの100万円もする超大型スピーカーで同じブルースを聴かせてもらったのですが、音は物凄く迫力があり、良いのですが、唯一無二という感じではなく、切望する音ではありませんでした。
そして先日、再びOperadio、そしてJBLの名器と言われるスピーカーを聴き比べさせてもらい、どちらでも譲るよ言われました。
音は断然JBLの方が良かったです。クリアーで一つ一つの音がはっきりしていて、低音もしっかり効いている。
しかし私はOperadioを選びました。
ちょっと聞くと古いラジカセで鳴らしているような音です、しかし私はそちらを選んだのです。
Operadioには他のスピーカーにはない古い暖かみのある音がするのです。
この音を聴くととても落ち着きます。
このスピーカーを通してまずビートルズのレコードを聴きました。
何となく音のまとまりが悪く感じます。これはスピーカーのせいです。
その後に50年代のJAZZヴォーカルのオリジナル盤を聴かせてもらいました。
この音には本当にしびれました。
よく音楽も音を突き詰めていくとJAZZかクラッシックに辿り着くといいます。
それが判った気がしました。これと比べるとビートルズは音が悪いのです。
そしてこのスピーカーではロックが合わないということも分かりました。
チャンスはあったのにオールジャンルを良い音で聴く事の出来るJBLの名器ではなく、敢えて音の悪い無名の50年代の古いスピーカーを持ち帰ってきました。
そして部屋で所有するJAZZのレコードを数枚聴いてみました。
私はまだJAZZはほとんど聴かないので昔のオリジナル盤は持っていません。
同じJAZZのレコードでもやはり昔出た盤と再発売された新しい盤では音の厚みが違うのです。
なんか自分の所有する盤では物足りなく感じます。
それだけ50年代のオリジナル盤の音は素晴らしかったのです。
あの音を自分の部屋でも聴きたいという欲が出てきました。
しかし音を突き詰めてこの地獄にはまってしまったら大変です。
お金がいくらあっても足りません。
そう思いながらそんなに高くないオリジナル盤を数枚欲しいなと思ってしまっています。
技術はどんどん進歩しているのに音はもう60年も前になる1950年代の音の方が今のCDよりも断然良い。
アメリカの古きよき音には今日の科学も勝てないのです。
プライド
昨日の大相撲、千秋楽の横綱対決をご覧になったでしょうか?
連勝の朝青龍と1敗の白鵬。
朝青龍が勝てばそのまま全勝優勝、白鵬が勝てば再度1敗同志優勝決定戦。
この場所が始まる前は、練習稽古で朝青龍が白鵬に負けっぱなしだったので、評論家からは‘今場所は欠場か?’、‘出場しても10勝出来ればいいところだ’、‘引退か?’等と色々と噂されていましたね。
千秋楽の結びの一番では白鵬が勝ち、いよいよ1敗同志の優勝決定戦。
見ごたえがありましたね。
両者の気迫の相撲、横綱同士の名勝負だったのではないでしょうか。
結果は朝青龍が勝ち、見事復活優勝。
その後のインタビューが良かったですね。
「初戦の立会いから徐々に調子が出てきて、久しぶりに朝青龍が戻ってきた感じだったね」
と言っていました。
まるで二人の自分がいるようで、人間朝青龍が横綱朝青龍を客観視したようなコメントでした。
このような人というのは、自分で自分の価値というのを分かっているのでしょうね。
朝青龍はこれまで色々と非難され、怪我にも悩まされていましたが、横綱朝青龍というのはこの試練を乗り越えなければならないんだというプライドが昨日の優勝につながったのでしょうね。
横綱朝青龍という商品価値をとても大きく見ているので復活できたのだと思います。
以前、歌手の郷ひろみさんも50代にしてあのスタイルとエネルギーを保つ為の努力についてコメントしていました。
「私は夜の6時以降は一切食べないんですよ。どうしてもお腹が空いてくじけそうになった時には、鏡の前に立って、お前は郷ひろみだろ!郷ひろみになりたくないのか!と自分に言い聞かすんです」
‘自分というプライドを客観視して守り抜く!’
かっこいいですね。
Y.L.S.2009年2月期活動のお知らせ + 『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の感想
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の講義を受けての感想を述べさせてもらいます。
第1回の講義を受けられた方で、ご感想、ご意見がございましたら
守屋までご連絡下さい。
Y.L.S.のMLでご紹介したいと思います。
宜しくお願いします。
守屋
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第1回『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の講義を受けて - 守屋 雅彦 -
『バガヴァッド・ギーター』、『ヨーガ・スートラ』、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』と
ヨーガの代表する三大教典をY.L.S.では学ぶことになり、
まずは昨年一年かけて『バガヴァッド・ギーター』を学びました。
さて次は何を学ぶか?
といったときに、私は時系列からいって『ヨーガ・スートラ』を希望しました。
しかし実際は、一番新しい教典『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』
を学ぶことになりました。
『ヨーガ・スートラ』では実践は瞑想を説かれ、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』では、
今日私達が主に行っているアーサナやプラーナヤーマなどを中心とする
ハタ・ヨーガに関して説かれています。
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の第1節に
‘ハタ・ヨーガは、ラージャ・ヨーガを行う上での準備段階である’
というようなことが説かれています。
これは身体を動かすアーサナやプラーナヤーマは、
単に瞑想を行う準備段階であると解釈され、説かれるところがありますが、
実際はここで言う「ラージャ・ヨーガ」とは‘サマーディー’のことであり、
『ヨーガ・スートラ』の体系のことではないと第1回の講義で説かれた点は、
まさに‘目から鱗が落ちる’思いでした。
どことなく ラージャ・ヨーガ>ハタ・ヨーガという図式が出来上がりがちですが、
実際は、ハタ・ヨーガも独立した一つのヨーガ体系であり、
様々なヨーガに優劣はないという認識を改めて持たせてもらいました。
これはハタ・ヨーガを学ぶ上で大変重要なことであり、
しっかりした意識を持つことが出来ることでもありました。
ハタ・ヨーガでは身体の重要性が説かれ、
身体をしっかり健康に保たなければ、修行は達成しにくいといわれています。
この点は、俗世間で生活をする私達にとっては、
身体と精神を切り離していく瞑想などの修行よりも、
より身近に感じることができるものであり、
ここに私達にとってのハタ・ヨーガの重要性を見出すことが出来ます。
実際、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』ではそれぞれ数節の文章で
述べられているだけで、それを読んだだけでは
真意の10分の1も理解できないと思います。
Y.L.S.の講義で使用するテキストには、
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の3先生の訳の他に、
スヴァーミー・サティヤーナンダが論じている文章も長く掲載されているので、
ただ、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』を読んでいくだけではなく、
ハッとさせられることが多々あり、
この文章だけを読んでも大変意義のあるものだと感じています。
私達が学んでいるハタ・ヨーガの原典である『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』を
学ばない理由がどこにあるのでしょうか?
私は第1回目の講義を受けてそのように感じました。
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(Y.L.S. 2009年2月期講義のお知らせ)
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【日 時】 2009年・2月14日(第二土)
実技/P.M.16:00~18:00
学習/P.M.18:00~19:30
【会 場】
代々木八幡会館・第一第二和室
/代々木5-1-15・TEL 03-3466-3239
/小田急線代々木八幡駅6分千代田線代々木公園駅6分
【授業料】
・1回(実技と学習で) 5500円(資料代込み)
・単発 実技のみ(1回90分) 3000円(資料代込み)
学習のみ(1回90分) 3000円
【講師】: 成瀬貴良
【定 員】 20名(満員になり次第、締め切らせていただきます)
【用意するもの】
実技は、ヨーガのできる衣装(和室ですので敷物は不要)
学習は、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』、テキストはこちらで用意いたします。
【問い合わせ・申込み】
成瀬講師まで(すでに予約してある方は結構です)
TEL/FAX 03-5392-1176
k.naruse-yoga@lime.plala.or.jp
MLの登録はこちらで簡単に出来ます。
是非ご利用下さい。
http://yoga.kayac.com/
感謝
重い、重い、どこもかしくも重い、今年に入ってから特にそう感じる。
それは自分の気持ちからそうなっているのか?
それだけではないように思える、確かに重い。
大人になり、ニュースや新聞などで社会や経済情勢のことをやたら知るとそれに流されてしまいそうになる。
子供の頃は不景気だろうがなかろうが気にしたことなんてないし感じたこともない。
うちはお金持ちだとは思わなかったが、貧乏だとも思ったこともない。
私は男3人兄弟で、父は特別高級取りではなかったサラリーマン、母も働いて共稼ぎだった。
周りの友達がギアー付きの自転車を乗っているのを見て、買ってくれとせがんだが、なかなか買ってくれなかった。
諦めずにせがみ続けたら、ようやく買ってくれたのが中古の古いギアー付きの自転車だった。
知り合いのおじいさんの孫のお下がりで、私にはまだ大き過ぎて非常に乗りにくく、そしてすぐにチェーンが外れてしまうような自転車だったがそれを乗って友達と遊んだ。
考えてみれば我が家は経済的余裕はなかったと思う。
車も私が免許を取るまではなかったし、家族旅行も記憶では1、2回だ。
それでもうちはお金がないと感じたことはなかった。
それは親が子の前では、生活が大変だと愚痴をこぼしたことが一度もなかったからだと思う。
だから子供の頃に暗い思いがない。
昨今のこの重い雰囲気を感じつつ、子供の頃には一度もこのような思いをさせなかった親に改めて感謝したい。
‘金は減っても人は減らず’
世の中まだまだ明るいですよ。