サービス
商売をする上ではっきり決めなくてはならないことがあります。
それは‘商品の値段です。
値段をいくらにするかは商売人にとってとても悩むところです。
1円でも多く値段を付けたいというのは誰しも本音だと思います。
しかし売り手の希望からお客様側に立って、少しずつ値段を減らしていき、提供価格が決まっていきます。
不景気になればなるほど‘値段の安さ’を売りにする商品が増えていきます。
これが買い手側にとっての一番のサービスなのでしょうか?
私はサービスと商品の値段は関係ないと思っています。
あるレストランに行ったとします。
そのレストランは斬新で、なんと900円コース料理を食事が出来るとします。
‘うちはこの価格で提供しているんですから’というのが伝わってくる内容の薄い食事だったら次はないと思います。安くて美味しいものは他でも食べられるのですから。
次に他のレストランでその十倍以上の1O,OOO円のコースを食事したとします。
その料理の裏には、料理人の影の努力が伝わるような味を感じ、スタッフのきめ細かい気遣いを感じたらどうでしょう?
年中は行けないとしても、年に一回の何かの記念日にはあそこで食事をすることを目標にしようという気持ちは生まれてくると思います。
‘価格をここまで安くしたのだからこれだけね’では続いていかないでしょうね。
商品を提供された後に金額のことを忘れさせてくれるような商品提供、ここにはっきりとした値段が付けられない最高のサービスというものがあると思います。
今、こういうサービス増えればそれだけ経済の基盤はしっかりしてくるのではないかなと素人ながら思ったりもします。
毒素
一昨日、成瀬貴良先生のヨーガのレッスン(ヨーガ・サンガティ池袋教室 )に参加しました。
池袋教室は今年最初のレッスンということで身体の各関節をほぐし、毒素を抜いていく‘パヴァナムクタ・アーサナ’が中心でした。
インドの古い言葉のサンスクリット語で、
パヴァナ=風、毒素
ムクタ=解き放つ
という意味で、手足の関節から身体の毒素や不純物を解き放つアーサナです。
やり方は、心臓に遠い足の指の関節から呼吸に合わせて曲げ伸ばし、そして回していきます。
そうすることにより各関節に溜まっていた毒素が抜けていき、間接の稼動範囲が広がり、関節炎防止にもなるのです。
今までは、「毒素」という言葉を聞いていたのですが、一昨日、先生は、
「身体が硬いのは、筋肉が硬くなっているのではなく、二酸化炭素が溜まっているから硬くなっているのだ」と仰いました。
‘毒素’から‘二酸化炭素’という言葉に変わっただけで、突如、頭の中で‘パヴァナムクタ・アーサナ’のイメージが変わりました。
朝、起きた時というのは身体が硬いものです。これは筋肉が硬くなっているのではなく、寝ている間に二酸化炭素が身体に溜まってしまっているのです。
そう考えればこの二酸化炭素を取り除いていけば、身体や頭はすっきりするということになります。
まずは深いゆっくりとした呼吸で身体全体の二酸化炭素を追い出し、酸素を沢山取り入れてあげる。そして身体の各部分から二酸化炭素を抜いていくには‘パヴァナムクタ・アーサナ’や、身体全体の伸ばしていく‘スーリヤ・ナマスカーラ(太陽礼拝のポーズ)’が最適です。
ただ脳にも二酸化炭素が溜まります。だから頭がぼーとしたり、眠気が覚めなかったり、軽い頭痛があったりするのです。
脳にも新鮮な酸素に入れ替えてあげることが必要です。身体の浄化法‘カパーラバーティ’なんかは最適な浄化法です。やり方は言葉だけでは危険なのでここでは省きますが.....。
このように朝起きたら、少しの時間でもヨーガで身体の二酸化炭素を出してあげるだけで一日の身体や心の調子が全然違ってきます。
何となくだるい時には、「あー、二酸化炭素が溜まっているんだな」と感じ、軽くゆっくり動かして二酸化炭素を出してあげようと気付くだけで全然違ってくると思います。
身体全体に酸素をたっぷり取り入れて、1日を前向きに歩みたいものですね。
お金を貯めること、使うこと
「お金を使った人が使い方を本当に知っている人で、一生、全知全能を搾ってお金を儲けたのに、使わないでそのまま死んだ人が最大の浪費家ということになりませんか」
これは「金儲けの神様」と言われた台湾人の邱永漢(きゅうえいかん)さんの言葉です。
物には消費があり無くなりもしますが、使い古されて無くなることはありません。
使ったら自分の手元から他人の手元に移るだけでお金はなくならないのです。
まさに「金は天下の回りもの」なのです。
お金は使ってこそ始めてその価値が出るものであり、ただ眠らせて置くだけでは‘紙切れ’と同じです。
使い切れない程お金を蓄えている人は、そのお金を使う義務があると思います。
お金で自分を心底幸せにすることは出来ませんが、お金で他人を幸せに導くことは出来ると思います。
そう、お金をどう蓄えるかを考えることも大事だとは思いますが、お金をどう使うかを考えることはもっと大事なことだと思います。
成人式
昨日は成人式でしたね。
私の時は(もう20年近く前になりますが)、成人式は1月15日と決まっていたので、何となくここ最近の成人式の日というのはしっくりきません、まあ、もう当事者でもないですからね。
そしていつからか毎年お決まりになったニュースが「荒れた成人式」。
きっと今年は俺達がやってやると前々から計画していたことなのでしょう。
若いからエネルギーが有り余っているのでしょうね。
私達の時代にはそういったニュースは聞かなかったように思いますが、当時、そのように暴れた人を見たら同じ年ながら怖い人達だなと思ったでしょうけども、今ニュースの映像を見ても‘お子ちゃま’にしか見えません。過去暴れた成人者も10年、20年経つときっと‘あの頃はかっこ悪かったな’と素直に思えるときがくるのでしょうね。
そして昨日、新宿のホストクラブの模様をテレビで放映されていました。
成績が上のホストの誕生日となると、何百個というシャンパングラスが積み上げられていくシャンパン・タワーなる催し物をお客さんからプレゼントされて、そのグラスに何十本もの高級シャンパンや150万円もするブランデーが注がれていきます。
それが全てお客さんからのプレゼントということで、その日にかかったプレゼント代は300~400万円くらいとのこと。
昔は、自分には出来ない世界のホストに憧れた時もありましたが、今、映像を見ると若いなとしか思えません。
そう感じてしまうのは、私がもうそういう満ち溢れたエネルギーを持ち合わせていないのか?
到底、あの乗りにはついていけません(これでも前は結構乗りが良かったんですよ)。
昔、洋服や行動の面で親に注意されたことが多々あります。
その都度、‘お父さんは、お母さんは考え古いんだよ’と反発して聞く耳を持ちませんでしたが、今思えば親の言うことが正しかったことが分かります。
昨日、成人式を迎えた人達もこれから色々と羽目を外すことでしょう。
人様に迷惑をかけなければ、その位溢れんばかりのエネルギーを発散させた方がいいのかもしれませんね。
その年齢、その年齢相応の行動、品格というものがあり、黙っていても、月日が経てば自然とそこに落ち着いてくるのでしょうね。
いつの日も、若い時は良かったと思っても、あの頃の自分に戻りたいなと思うことのない現在の自分でありたいなと思いました。
目線
現在は大不況だと言われています。
その厳しさをひしひしと感じている方も多いことと思います。
しかしその感じ方も2通りあると思います。
一つは、実際自分の身に被害を被って肌で感じている方。
もう一つは、新聞やニュース、周りを見て、間接的に頭で感じている方。
私は現在の状況を見て思うのですが、ニュース番組やワイドショーで‘不況だ、大変だ!’と騒ぎすぎると感じています。
この不況を大体的に取り上げて、そして派遣村などの様子をとても被害的に取り上げて。
このような報道が多いと、みんな頭で不況ということを感じてしまい、自然と買い控えも出るでしょうし、目線も下に下がってくると思います。
突然解雇になった方に対しても、被害者だという目、同情の目だけで見るだけでは、当事者はより被害者意識が強くなり、道に灯が薄くなってくると思います。
面接時に目線が下向いている方を雇う余裕のある会社はないと思います。
そう、私達は必要以上に心に不況という風を強く吹かせ、その気が日本国内、そして世界に漂い始めていると感じるのは私だけでしょうか?
この不況を肌で感じている方は被害者意識を持ってはいけない。
そしてまだ頭で感じている方は周りの空気に流されてはいけない。
だってこの連休、街を歩けば凄い人だし、昨日だってご飯を食べたでしょ。
目線はしっかり前を向きましょうね。