Hiroshiのブログ -309ページ目

Hiroshiのブログ

今後不定期投稿となります

<数値目標>

https://www.duolingo.com/learn
エメラルドリーグ+20XP,56209XP,学了十三分钟汉语。

 

https://www.youtube.com/watch?v=rqCA-PAqcdE&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=12

HSK4 #10~12 背了四十四分钟单词。

 

https://www.youtube.com/watch?v=DId-6d4QA84

チャイナ娘くまちゃん,十四分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=93VZUEQE5xk

【完全版1~1200】HSK5,1h29min~1h43min,背了半小时单词,再三刻苦!

 

https://www.youtube.com/watch?v=7B6_ejmdGqw&list=PLX5jhIuWaM7gkN2-iTCRDLqf-XqXbhCcf&index=116

【青島日美】中級114~116,再三学习十五分钟的汉语。

 

https://www.youtube.com/watch?v=PJRSQtZjhvI

王陽のほぼ毎日中国語,学习九分钟频道。一共两个小时五分钟。

金曜日分の補習完了!

 

 

 

 

『東アジアと日本』

吉村武彦他、角川選書、令和4年(2022年)<西暦で統一してほしいところ。

 

日本古代史関係はこちらに十分な知識がないし、解釈次第でいろいろ好きなことを述べているという印象がある。それに閉鎖的な雰囲気のある分野。あまり普段は読まないというか、近づきたくない分野。今回はどういうわけか手に取ってみた。途中で放り出すかもしれないが、、、

 

昔、ある古代史関連のシンポジウムの体験を記録しておこう。これは聴衆からの質問を聞くチャンスがあったが、実際にはシンポジストの話だけに終わった例。

https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5222/trackback

 

 

『知られざる沖ノ島祭祀』
シンポジウム、九州国立博物館ミュージアムホール、
2018年、1月20日(土)1~5PM
シンポジウムに参加する。参加無料。
http://www.kyuhaku.jp/event/event-171201.html

シンポジウムでは講演の最後に質問を受付けその後の討論会で「できる限り答える」ということだったが、全くそのようには思えなかった。オルガナイザーの筋書き通りに最後の討論会が進められた感じ。

 

それなら最初から質問など受付けなければいいのに、ちょっと不愉快に感じた。質問は以下のように演者の内容に即して、具体的に箇条書きしたので数秒で解答できるはず。 

ちなみに日本分子生物学会のような巨大学会でも質問がでたら時間の限り答える。たとえ初歩的質問でも。それが研究者のマナーでしょう。この分野では外野の質問は無視できるのか?

 

 

こうした体質が日本古代史学界の一般的体質なのかどうかは知らないが、その体験があるので、普段はあまり近寄らないようにしている。

 

今回ちょっと興味のある内容がありそうなので読み始めてみた。ま、途中で『それって、貴方の印象でしょう?』て、投げ出すかもしれないが(笑)

再録5:私に大きな影響を与えた1冊

 

『修道院と農民』

歴史学にも数量的解析が可能だと初めて実感させてもらった本。

 

これも最近、AKさんところでのコメントに関連したもので、西欧中世前期(7世紀頃)と百済の7世紀頃の農民の収穫物取り分が、ある前提を置くと(この前提には問題あり)ほぼ同じになるという偶然に気がついた。AK氏のblogでのコメントは以下の通り。

https://ameblo.jp/xuzhoumeso/entry-12754423212.html#cbox

 

******

 

黄河流域は小麦地帯だと思いますが。それなら西洋経済史の定量的研究が比較参考になるかと思います。佐藤彰一著の『修道院と農民』によれば、7世紀ごろの西欧では1粒の種籾から3粒が収穫されたとか。(これはその後、ロマネスク期に革命的技術革新で10粒まで上昇します)
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/83/trackback

だとすると、7世紀ごろの西欧の農民の取り分は、

1>3-0.3-1=1.7と計算されます。
0.3=10分の1税、1=来年の種籾として保管。これは収穫3の半分強(1.7)。

今読んでいる本に、同時期7世紀前半の百済から出土した木簡には貸付種籾の5割が利子だとする記載があるとか。同様な様式は7世紀後半の太宰府出土の木間でも見られるとか。

*もし収穫量が西洋中世並み=1粒の種籾から3粒が収穫されると仮定すると。

1>3-1.5=1.5が農民の取り分。1.5=5割の利子付きの返却。来年用の種籾は再度借り出しとなり、ほぼ同じ程度で収穫量の半分(1.5)。

偶然?に西欧と百済(多分当時の中国)で、農民の取り分はほぼ同じになりました。

但し、《稲と小麦では収穫比率がかなり違う》のではと想像します。つまり稲は小麦類よりも種に比べ収穫量が多かったのでは?

******

 

 

『修道院と農民』

副題;「修道院と農民―会計文書から見た中世形成期ロワール地方」佐藤彰一(著) 名古屋大学出版会、1997年出版。75年に発見されたサン・マルタン修道院「会計文書」の体系的分析により、この文書がカバーするロワール地方を観察の場とし、史料が語る農村社会の構造と変動の様を介して、古代から中世への移行の様相を具体的に解明した力作。 

この中の「聖餅の神秘論」という同じ史料から出発して、私が計算をしたところでは1モディウスは約18Kg。ところが、歴史家H・ビィットヘフトの計算では104.56Kg。史料というのは9世紀半ばに書かれた文書で以下ちょっと、長くなりますが全て引用します。

『現在の3ヌミは大粒小麦153粒の重量に等しい。この3ヌミは1スタテールに等しく、練り粉状の大聖餅1つの重さである。火を通すことにより、それは全重量の6分の1を失う。小聖餅は1ヌムスを越えない重さである。重量について語ろう。大聖餅より大きくもなく、また小さくもないこの3ヌミ{の聖餅}はもし古よりの習慣にしたがって作られたならば、大粒の小麦153粒と過不足なく等しい重さを示す。そして300ヌミは昔の25ソリドウス・ポンドの重さがある。 その12ポンドはそれゆえ3600ヌミであるが、このは小麦1セクスタリウスに等しく、これから、それを以て1人の人間が1週間生きることが出来る、もしくは7人の人間が1日を生きることが出来る7個のパンが得られる。さらに公正かつ正規の1モディウスは均等なる17セクスタリウスからなり、これを以て神の加護により、食卓に集う119人にパンを購うことができる。』 p370

私は最後の行の「1モディウスは・・・119人にパンを購う」から出発して、1斤半の食パンを作るのに450gの小麦粉が必要であるとし、また1斤半の食パンで2人の1日分の食料と考え、以下のように計算した。1モディウス=119 x 450g / 2 = 26.8kg これは9世紀半ばの史料で、シャルル・マーニュが旧3モディウスを2モディウスに変更したので、これを7世紀の旧モディウスに変換すると新1モディウス= 26.8kg=旧1.5モディウス、すなわち、旧1モディウス=17.9kg。

同じ史料から出発してこれだけの違いが出たのは(勿論、私が何か間違いをしたのでしょうが)H・ビィットヘフトが最初の行の「3ヌミは大粒小麦153粒の重量に等しい」という事を元に計算したからだと思われる。しかし「1モディウスは成人の男子1人が運べる容量」だとするならば104.56Kgは、無理ではないか?私の推理した17.9kgの方が少なくともの史料とは整合性があるように思う。

私の計算の問題点は、現代の方法で作った食パン1斤半が2人分の食料となるという仮定で、これが1人分しかならないとなると、それだけで1モディウスは36kgになってしまう。ただし、それにしても、とても104.56Kgにはならない。何故なら1人で4斤以上食べることになるわけで、現代の飽食の時代でもこれは多すぎ。また当時の収穫量が1粒の種籾あたり3粒程度の時代に、パンばかり食べていたとは到底思えない。それから「1モディウスは・・・119人にパンを購う」という記述を算定に使った点についてはかなり妥当だと思われる。 それは、9世紀のコルビー修道院長アダルハルドウスはスペルト小麦に関して、24新モディウスの麦から製粉後に10新モディウスの小麦粉がもたらされるとしているp384 この記述から著者は9世紀には12新モディウスの小麦の収穫があれば1人の生存を1年間支えることができる計算になるとしている。p384 一方、私の根拠とした記述から計算すると、365 / 119 x 1 = 3.06 約3新モディウスの小麦粉で1人の生存を1年間支えることができ、これを小麦に換算すると 3 x 24 /10 = 7.2新モディウスの小麦となる。これは、著者が別の計算によって得た新12モディウスと大差ない。

一方、歴史家の計算の問題点は小麦の容量(モディウスは葡萄酒にも使う)からパンの原料となる小麦粉の重さを推定する際の誤差。すなわち、容量から重量への変換、さらには脱穀にともなう重量損失を正確に算定するのは難しいと思う。

不思議なことに、著者が特に言及していないことを1つ。世帯の10分の1税の平均額は2.2モディウス、即ち総生産量は22モディウス。p518 これから各世帯が1年間に消費可能な平均穀物量を計算すると。22 - 2.2(税)-7.3(種籾)=12.5モディウス。これは著者の計算による、1人の生存を1年間支えることができる18モディウス(=12新モディウス、私の計算では10.8モディウス)にさえ及ばない。確かに本文中でも「慢性的な飢餓状態」との記載があったが、むしろこのことは、穀物以外のカロリー源が重要であったということではないでしょうか? この時代の農業はかなり初歩的な段階で、かなりのカロリーを動物性食物から穫っていたと考える方が私には納得しやすい。「西欧精神の探求:革新の12世紀」堀米庸三編p41にも豚肉の消費量は12世紀当時でさえ1日平均で1キロとなっている。 これには異論も多いだろうが已然として初歩的農業の時代に穀物以外のカロリー源が重要であったということはあり得るだろう。

 

この本は7世紀に作成された「会計文書」の解析で、主要資料は20数葉の獣皮紙の断片からなるもの。9世紀に作成されたある写本の装丁用の皮材として流用されていたとのこと。 日本だと<襖の裏紙に>に当る。 写本用に自在に寸断された状態から、パズルを解いていくように、はるか昔、メロビング朝の農民生活を描くというのは、まさにロマンそのもの!

因みにこの巻末に会計文書史料、1569人分の農民の名前と、彼らが負担すべき貢租の量を記載したものがそのまま載せてある。 例えば「Col. Monte村の農民Loedoaldは、小麦2、燕麦1モディウスを納める」とか。#98 

全体のほぼ4分の1を占め、3章からなる第1部はいわば総論。 トウール地方の地形や気候の解説にはじまるが、最も重要な部分は、後半の修道院と司教座教会の関係についてでしょう。特に修道院特権。これにより管区司祭からサン・マルタン修道院の自立が保証されたとか。 そしてその物質的基盤となるのが、司教座教会へ修道院が納入すべき貢租の免除。 

第2部ではその実態を示す会計文書の各論的解析ということになる。この2部4章にはこの獣皮紙の表裏における文字の方向性や天地関係、それに覚え書き等から、この文書が貢租徴収人が携えていた単葉形式の実務文書であり、この他に「所領明細書のような台帳形式の文書と、未完納者リストがあったはずだ」とする筆者の推論は推理小説を読むみたいで非常に面白い。ところでこの本、文部省の科研費で刊行されたもの。 こんな本が公立図書館で誰でも自由に借りれるのはすばらしいことではないでしょうか?

7章の「賦役と農民経営」は情報満載。 再三 <収穫の> 10分の1という言葉が出てきました。 つまり、もし1粒の種籾から3粒の小麦が得られるとすると。
10 - 3.3(来年用の種籾)- 1(10分の1税)= 5.7
が農民の取り分となるが、それからさらに領主に納める分があるとするなら収穫の極めて僅かな部分しか農民の手に残らないことになる。

筆者が参考資料とした同時代の「バイエルン部族法典」には10分の1税の他にも、週3回の賦役、麻束1、蜂蜜10壺、鶏4羽、卵15個を納めるような規定があり、農民の負担は相当なものだったことが判る。p329-330 特に直轄地における賦役は大変だったでしょう。その他、場所によっては、豚10分の1税というのもあったようです p337。 さらに、「ル・マン司教事績録」の中に収録されているアイグリベルトウスの文書には、

『…聖母マリア修道院に上記のヴィラ(村)の”すべての”10分の1を…葡萄酒について、乾草について、全ての家畜および薫製肉についての10分の1を、すべて欠けることなく同修道院に納付するよう…』p340とあるそうで、10分の1とは穀物だけでなく”すべての”生産物にかけられていたよう。
 
ところでこの本では、発掘された貨幣の重量の時代別変化をグラフにして議論を進めるところがあり、以前読んだ「死者と生きる中世」のパトリック・ギアリの方法論に通じるものを感じました。 これが現代の史学のスタイルなのでしょうか? 文献考証だけのものよりはるかに私には説得力がありました。

僅かな獣皮史に残された記録を元に、千年以上も前の農民の生活を再現させるという仕事は当にロマンそのもの。 研究は時としてこのような面白さがあると思います。確かに実際の研究では、多くの時間がルーティーンの仕事で潰される地味なものですが、とはいえ、やはり推理や想像が大切。 想像は創造につながる。 例え「独断や偏見」と陰口を叩かれようとも、真実を掴めば「鋭い洞察」に変わる。

<数値目標>

https://www.duolingo.com/learn
エメラルドリーグ+20XP,56189XP,学了十二分钟汉语。

 

https://www.youtube.com/watch?v=xer8C_poG98&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=10

HSK3~4 #8~10 背了四十分钟单词。一共五十二分钟。

土曜に補習決定。

 

运动;爬山散步 4.8km,7808 步,11楼。

 

 

本日は特別、朝から古代中国の農業生産について調べたい気分満々で、勉強に力が入らず、結局早々に中断。朝から図書館に行き色々調べる。結局、『氾勝之書―中国最古の農書』を取り寄せる。福岡市内に1冊しかない貴重本で総合図書館蔵。

 

ところが、実に意外?web検索で期待していた以上の成果が得られる。古代の麦藁の解析で小麦の収穫率が驚異的な高さだったことが知られている。何と!10倍。驚異的だ。

 

それにしても良い時代になったものだ、ネットで簡単に調べられる。但し、ネット情報は所詮断片で結論だけ。その結論を出すプロセスが重要だと考える点からすれば、やはり物足らない。その結論の信頼性も不明だ。ここはやはりオリジナル情報、あるいは原本に当たるしかない

 

运动;爬山散步km, 步,楼。

 

 

 

 

<色々なこと>

安倍氏の国葬?:

別に党葬ならば文句を言う気はない。でも何故国葬? 安倍氏の暗殺は悲劇だと思うが、それとこれとは別。

 

金権オリンピック:

五輪閉幕までの約4年間で約4500万円の給与??? またしても金権オリンピック故の不祥事。二度と来なくていいオリンピック!

https://news.yahoo.co.jp/articles/80f73eccb8d851ab1902d28dfc8f6ffebfc03de3

 

 

 

 

 

<インフレターゲット達成!>

日銀さん、2%インフレターゲット達成おめでとう!

https://news.yahoo.co.jp/articles/6ec3c5cdc41f052bda13b7a1a75ebff26ad8709a

 

「円安麻薬」の茨の道はこれからですね!

https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12742840097.html

 

そもそも論で言えば、ゼロ金利政策の目的はデフレ脱却だったはず。それが今はインフレの渦中にある。何かおかしくないか? 素人でも判る理屈を説明してほしい。

 

 

 

 

<古代中国の小麦の播種率は10!>

中国では歴史的に、ヨーロッパ地域と比べて小麦の収穫率が驚異的な高さだったとされる。当時のトルファンは車師国と呼ばれるオアシス都市国家で、漢と抗争を繰り返していたが、収穫率10倍。これは当時の麦わら3100株の解析から出されたもので極めて信頼できる。

https://www.excite.co.jp/news/article/Searchina_20140402100/

 

漢代の史料(氾勝之書―中国最古の農書)もあるが、解析によれば疑問だらけのよう。

https://www.amazon.co.jp/dp/4540860410

 

ある研究者はこの記載には間違いがあると考え、播種率を17とした。いずれにせよ、西欧に比べ桁違いに良い(ロマネスク期以前は3程度)

https://zae06141.client.jp/agricltural_productivity.html#%82T%81D%8C%C3%91%E3%92%86%8D%91%81i%8A%BF%89%A4%92%A9%8E%9E%91%E3%81j%82%CC%94_%8B%C6%90%B6%8EY%90%AB

 

 

以下はそこから色々考えたこと。

 

ということは、西欧では穀物からカロリーを摂るだけでなく、否、むしろ肉食が主なるカロリー源である可能性がある。事実『西欧精神の探求:革新の12世紀』の中で、木村尚三郎氏の「西欧農耕民の心」によると、西欧中世には一人で年間平均3頭の豚を食べていたとか。それから計算される豚肉の消費量は12世紀当時1日平均1キロ。但し、この数字はちょっと疑問。

https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/79/trackback

 

というのは、それは単純計算して1年で合計360キロということになるが、これから計算される豚の体重は150キロ以上になる。 今日のヨークシャーやバークシャーといった食肉用に品種改良されたものなら兎も角、当時の豚はイノシシに毛が生えたようなもの。中世の写本(ベリー公のいとも豪華なる時祷書)に描かれる豚は農婦によって抑えられ、屠殺されている。つまり、その体重はたかが知れているとても150キロとかにはならない。 著者は現代の肥育された豚の体重で計算したのではないかと疑われるからです。


自己流に計算しなおすと、農婦が押さえつけられる大きさの豚を40キロとして、骨、皮は除き食用になる部分が30キロなら、30 x 3 / 365= 0.25キロ 端境期に集中して食べたとして、1日0.5キロくらいではなかろうか? 歴史の大家に対して畏れ多いことですが、これが私の結論です。

 

 

 

 

金曜朝のNHK-BSの『プレミアムカフェ』

(1)シチリア(2014年) (2)中国羅平(2014年)

https://www.nhk.jp/p/pcafe/ts/LR4X1K4WV7/episode/te/Y1KXXM6878/

 

たまたま点けたテレビで発見した番組。シチリア分は最後の部分だけ、アーモンドの花が満開状態は日本の桜に似る。最後の便りではアーモンドの時期に開催されるシチリア最大のお祭りはコロナ下、規模を縮小して行われたとか。

 

雲南では菜の花畑。蜂蜜作りの家族と民宿を経営する家族の話。日本人観光客が少なくなったと嘆くが2014年の放映だから、多分2012年の反日運動の影響だろう。それはそうだろう、反日していて日本から観光客を期待するのがおかしい。抗日有理,爱国无罪の結末

 

ところで当時はまだ現金が普通に使用されている。キャッシュレスではなかった。わずか8年前のこと。こちらの方はコロナ下の便りはなし。ちょっと残念。

 

 

 

 

『コミュニティーカフェ』2

コミュニティーカフェの要件として

(1)地域の困りごと

(2)必要とされること

(3)解決する方法

(4)空間と地域資源

(5)実行

だと、著者は言う。p138

 

このうち(1)〜(3)は高齢者のデジタル学習という1点で共通するし、(4)は自治体公民館という場が既にあり、最近Wifiも導入でき。スマホで使用予約して、暗証番号で自由に住民が使えるようになったので条件はクリアーしている。となるとあとは(5)だけだが、現在進行中。

 

長く続ける鍵として著者は情報共有を上げる、ここではSNSや会合を使うことを紹介しているが、p175

 

これについてはTimeTreeというソフトで参加者全員が「要望」をあげたり「予約」を自由に出来るようにしているが、ほとんど利用されていない。今のところ、こちらは全て用意するレベル。しかしこれはまだ初めて2ヶ月、8回しかやっていないので当然だろう。今後の課題。

 

その他、著者は補助金や助成金の利用も挙げる。p198 実際、Wifi導入は町の予算と後ろ盾がついたことで可能になった。お金よりも役場が後援したことが本来個人契約のWifi設置の壁を壊した。これは重要。そしてその為に議員さんや町長さんに個人的に運動したことも効いているだろう。

 

成果だけでなく、課題も発信すべきとの意見。p204

 

まさにこそ。まだ始めたばかりだから成果は別として既に課題、つまりアンドロイドスマホ使用者の参加というのは今後の課題として出ている。

 

1つ解決の難しい点がある。それは常設性。ここで挙げられている例は全て誰かが常にそこにいる施設。p221

 

しかし自治公民館は無人。必要に応じて、スケジュールに従い集まる場。これはどうしようも無い。しかし、ここにこそ現在のITを使えば必ずしも人が張り付く必要がない、遠隔操作が可能な時代になったからこそ出来ることもある!

いずれもblogを書き始める前に読んだ本で記録に残していないが、これも影響を与えた本。これも感想のみ。

 

 

 

『ヨーロッパの知的覚醒』

フィリップ・ヴォルフ著。ロマネスクの3人の思想家、アルクイン、ジェルベールそしてアベラールに焦点を絞り、その足取りを辿りことで西欧精神文化の礎が築かれたと云う時代に迫る。

「アルクインの章」では、当時、文字を書くという行為は、それまで特異な才能を有する者にしかできない、しかも手間のかかることであったことを、書体等の実例を挙げて説明する。その為アルクインはカロリング体に代表される新しい書体を開発していくことでこの問題を解決しようとした。また句読点を打ち、誤訳等を防ぐ改善化の普及も指導したとか。


「ジェルベールの章」では、彼が遠くイベリア半島にイスラームの英知を求め「零」をはじめとする新しい学問を西欧世界にもたらした。 

 

一方パリでは「批判と推論」を書いたアベラールがサント・ジュヌヴィエーヴの丘に集まった学生達に直接講義することによって後の大学と呼ばれるものの原型を築いた。

彼等は『教義』に囚われず自らの理性を信じ真理を探究した知の巨人達である。この最初のミレニアムの始まる頃、人々は西欧精神文化の礎が築かれたと云う。

 

カロリング・ルネッサンスがしばしば指摘されるように、独創性に欠け、真に哲学的、科学的思想を有していなかったとしても、特定のわずかな科学者、哲学者だけのものでなく、広く知識層を広げた。西欧における目立たないが、確かな1歩であること。

 

 

…まさにこの時代が「私のロマネスク時代」。西欧中世史関連の読書とフランスの人との共同研究を進めていた時期。

 

 

 

「脳の中の幽霊」

ラマチャンドラン著
 

「何故、人は失った腕に痛みや痒みを覚えるのか?」

 

との問いに対し著者は『我々の身体感そのものが全くの幻であり、脳が便宜上一時的に構築したものだ』という驚くべき仮説を語る。そして簡単な実験で我々は自分の鼻が数十センチ伸びたような錯覚を容易に得ることができることを示す。もしこれがその体感だけで終わるなら普通の娯楽TV番組の体験物と大差ないだろう。しかし著者はそこから脳の機能に関する興味深い考察を展開し、彼の仮説を検証しようとする。

彼は脳各部の機能分担と、フィードバック機能を用いてこの事例を見事に推理してみせる。その謎解きは科学であると同時に哲学であり、また推理小説でもある。もっとも、上等な研究と云うものは往々にして推理小説的であるものだ。


これらの否認や自己欺瞞は程度の差こそあれ正常な人の日常生活の中にも見え隠れするのではないかと感じた。そうした知識に基づき、より俯瞰的、第三者的に自分を観察できることを知った

 

 

 

<追加の再録シリーズ>

今回は図。ちーさんのところのコメントで書いたのがきっかけ。これも大切な資料。今月一杯でteacupがなくなるので慌てて、重要のだけ再録しています。

 

 

野生イネの北限と栽培イネの進化:

亜熱帯原産で、もともと多年草=栄養繁殖する野生イネの北限は長江の南。河姆渡遺跡も実は北限ギリギリ。だから籾が、しかも沢山取れる品種が生まれた。つまり寒冷期に死滅しそうなので「種」を残すために多年草:株分け繁殖から、タネを沢山作るという変化の生存戦略とそこに食物としての米が欲しいヒトの手が加わったとの仮説がある。

 

野生イネの北限図

<数値目標>

https://www.duolingo.com/learn
エメラルドリーグ+20XP,56169XP,学了二十三分钟汉语。

 

https://www.youtube.com/watch?v=svq8CaeWyqU&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=8

HSK3 #6~8 背了四十一分钟单词。

https://www.youtube.com/watch?v=93VZUEQE5xk

【完全版1~1200】HSK5,1h4min~1h29min,背了一个小时二分钟单词,再三刻苦!

 

https://www.youtube.com/watch?v=TJyRod2XZ9E&list=PLX5jhIuWaM7gkN2-iTCRDLqf-XqXbhCcf&index=113

【青島日美】中級109~113,再三学习二十五分钟的汉语。

 

https://www.youtube.com/watch?v=vidiehtNQCo

『責任編集長:周来友』,看了二十八分钟频道。

 

https://www.youtube.com/watch?v=2ckeFvWp3WA&t=6003s
Useful Chinese with Chris,50min~1h6min, 听写十六分钟。

一共三个小时十五分钟。

 

运动;爬山散步  5km,  6986步,6楼。

 

 

 

 

<自信過剰の中高年症候群>

朝のNHKニュースで「50代社員会社の行方を左右する?!」というのが話題になっていた。番組では良い面だけを強調していたが(あるいは遠慮した?)実態は逆だ。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220715/k10013717591000.html

 

個人的経験からも50代で個人差、能力差が大きく現れ、使い物にならない50代が増える。ところが本人はそれに気がついていない。それどころか、ここでも何度も話題にした『自信過剰の中高年症候群』が蔓延している。

https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12634134882.html

 

年をとれば自然と力がつくわけではなく、逆に老化で退化する。そのためには常に鍛錬が必要、頭も体もだ。常に新しい知識を仕入れ、体力を維持し、進化することが必要。リタイヤした者も無縁ではない。そうでないと日本は『ジャマおじ、ジャマおば』に足を引っ張られる

https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12716700138.html

 

、、、だから70過ぎても若い者に混じってダンスができるように頑張ろう?! 

それにしても昨夜の男性が回転しながらの女性のリードは難度が高い。足がついていかなかった(涙)

 

 

 

…おっと、話を元に戻して(汗)

 

ここは日曜のスマホ学習会に向け、新な知識を身につけよう。次回はNFC(近距離通信機能)関連と詐欺メール対応。さらに皆さんを「マイナーポイント2万円ゲットしよう!」と誘ってみた。はい、私は既に申し込み完了してます♪ 

 

2図

 

…ところでマイナンバーカードは大昔に取得したが(既に1回更新済み)、それでも対象になるのだろうか?? そうでないと不公平だよね!

 

 

 

 

『コミュニティーカフェ』

副題:まちの居場所のつくり方、続け方,齋藤保著、学芸出版会、2020年初版。

 

この本を読みもうと思ったのはこの2ヶ月くらい公民館を使い「高齢者のためのスマホ相互学習会」を始めたことで、何か参考になることはないかとの思いから。

 

参加者の中に、やがて「担い手になる人材」を生み出す力学が重要だという点。p41 

 

その通りだと思う。今は最初だから自分が引っ張っていかないといけないが、最初の方針でも「相互学習会」という視点を強調していた。そのうち他の人がリードしてもらいたい。それまでの間のピンチヒッターのつもりだ。

https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12739013408.html

 

実際、スマホ初心者はすべてAndroid携帯という予想外のことがわかり、iPhoneユーザーとしては困惑している。ここは知識を持つ若いアンドロイドユーザーを今後リクルートしないといけない。その意味では地域の大学生とかのボランティアを期待しているのだが、これは募集しないといけないでしょうね。今後の課題。

 

横浜市戸塚区の「ドーリームハイツ」の例が紹介されている。この団地は1970年代に建設され2300世帯、人口8000人だとか。p97 サイズとして地元の団地より倍大きく、20年以上古い。(地元は1303世帯、3239人)高齢化率は52.7%だとか。高齢化は日本どこでも深刻な問題となりつつある。

 

地元の団地の高齢化率は分からないが、町全体では20%程度。しかし、20年先は同じくらいになるはず。学習会を始めようと思いついたのも国勢調査で高齢者世帯が多く、スマホを使いこなせていない住民が非常に多いことに気がついたから。

https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12722687899.html

 

さらに公共交通機関が縮小される一方で、車の運転に不安を抱える高齢者が多くなっている。現在自治体では車を運転しない高齢者対象に福祉バスが運行されているが来年には廃止され、オンデマンドバスの導入が始まるがスマホが使えない高齢者をどうするかという具体的提案がない。ここは町長に個人的に働きかけた点でもある。公民館にWifiが導入できたのもそうした「裏工作」が効いたのではないかと思う。

https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12720096848.html

 

この本の中でも公民館にWifiが導入され、そこでは意外と子供たちの遊び場にもなっているとか。p112 子供がWifiでゲームに興じることを問題視する人もいるだろうが、逆にこうした場に若い人が入ってくる、そうした機会を広げるという面も評価してはいいのでは? 最近スタバなどでも中高生がそうして半分勉強、半分遊んでいる光景をよく目にする。

 

沢山の事例紹介の中で「辺鄙な立地」の例がある。p126 その場合もその条件にあった対応が必要。駅前の便利な場所とは違う方法が必要。これはこの団地の場合参考になる。