デジタル化構想 & 『コロナ後の世界』7 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<Think globally act locally!>
今日は早朝から目が覚める。幸い補習学習分もないので早朝から「高齢者のためのスマホ学習会」のパンフレットを作成し、町内配布(回覧)の準備を行う。

完全にボランティアだが、人はお金のためだけに働くものではない。社会貢献も1つのインセンティブになる。特にリタイヤして暇を持て余した老人には生きがいにもなる(笑)

今年度の新公民館長さんとも相談して、構想を具体化してきたので後はやるのみ! 下の写真は「客寄せ」用のマッサージチェアーとポスター。「公民館デジタル化構想」が発展して、「老人デジタル化構想」まで膨れ上がるとは思わなんだ(爆)

 

 

写真

後は役場を動かして公民館にWifi導入を進めたい。かかる経費(月3000円程度)は自治会が払うのだから財政的問題はない。ただ個人契約だという制度面を役場が肩代わりするだけ。そんな知恵も役場は出せないのか!?

ま、公務員は別に頑張らなくても給料は出るので、仕事を増やすことは嫌いだからね~




『コロナ後の世界』7
文科省が進めた制度改革を進める一方で、日本の大学の学術的発信力はひたすら低下した。これは論文数にも、その質の上でも歴然としている。この制度改革が果てしない会議や書類作成を強要し研究や教育に向けるべき時間とエネルギーを消耗させたことは大学人なら誰でも知っていると著者は言う。p171

まさにその通りで文科省や政治家はそれを全く無視した。著者によれば、その目的が下部組織として大学を支配体制に組み入れることにあったとする。それゆえ、学術力の衰退は意に介さなかったという。p172 

そうだろうか? もしそれが事実なら驚くべきことだが、そうだと同意できる状況にはない。只、単に官僚と政治家が無能だったのではないかと感じている。

ただし、後半の著者の意見。すなわち政府にとっては「管理コストの最小化が最大目標」であり「何をクリエートするかよりも、どうマネージするかの方が優勢した」との著者の意見には完全に同意できる。p180


「反知性主義とは何か」の章で、著者はそうした輩の傾向をうまく表現している部分が有る。彼らは、

『あなたが同意しようと、しまいと私の語ることはいささかも揺るがない』という。p183 また、それに対する賛同者は、

『一読して胸のつかえが消えました』
『頭の中のモヤモヤが一挙に晴れました』という。p191

いずれも良く見るパターンである。私が時々、訪問する反中反韓blogでも良く見る傾向(笑)

現実社会は複雑だ、それを「胸のつかえが簡単に消える」ような解釈など、ありえないということが何故判らないのか? これは現下のウクライナ情勢だって「ウクライナ可哀想、ロシア悪し」の一辺倒の世論も危険。

プーチンにはプーチンの論理があり、正義があるとの見方が何故できない? これも1つの「反知性主義」。