糸魚川駅北大火四周年 (401) | 糸魚川ジオパークのおじさんのブログ

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日本で最初に世界ジオパークに認定された糸魚川ジオパークの魅力や出来事などを紹介します。

糸魚川駅北の大火があってから今日は四年目の記念日になります。本日は気温7℃ですが、大火の日は18℃もあったようです。当地の人がジモンと言う南風の日でした。午前10時半頃、出火の初期はそれ程強風とは認識していなかったので直ぐ鎮火するだろうと思っていたのですが、強風による飛び火で海岸方向の中心市街地にあちらこちらに火の手が上がりました。その時の火勢の凄さは今でも眼に焼き付いている感じです。

大火の日の気象図と本日の気象図を比較すると気圧配置が大きくことなっています。本日は西高東低の典型的な冬の配置ですが、大火の日には日本海に発達した低気圧があり太平洋側に高気圧があって、糸魚川では南方向きからの風が吹く典型的なジモン風状態であったのです。糸魚川の大火の歴史を見ると昭和時代からの記録では、同じ日か、その近日に大きな火災が発生していますが、必ずしも南風だけではないのです。昔は横町からの出火が多かったので北西風も大火になり易く、糸魚川地域の海岸部の市振や大和川・浦本他では北西風の大火災が歴史に多く残っています。

 昭和3年8月19日 南風  :  昭和29年8月19日 南風

 昭和7年12月21日北西風 : 平成28年12月22日 南風

火災後の復興計画は国からの支援もあり、市の取り組みも適切に実施され、火災や災害に強い街づくり、賑わい創出の街作り、住みよい街作りなど目標を掲げて来ました。四年経過した現在、火災以前と街はどのように変ったでしょう。

  ( 大火四週年復興祈念のイルミネーションの一部  海浜公園にて)

 

 火災跡地では密集した商店街は見られなくなり、元の商店の数が減少し空き地が多く、また駐車場やミニ公園が増加しました。建材も準耐火建築が増え、貯水槽の新設で防火施設も火災には確かに強くなりました。路地裏の道路も広くなり、誰でも使用可能な40mm消火ホースも各所に配置されました。駅前ヒスイ通りの消火栓も覆いが取り払われて消火栓が一目でわかる様になりました。以前、街あるきガイドの時、お客様から糸魚川には消火栓がないのですか?と質問されたことがありましたが・・・・

地下に巨大な防火貯水槽も設置され、浜側の貯水槽との連結も終り、300m3の防火用水が確保されたことは大きな進歩です。

 (キターレの200トン槽と消防署跡地の100トン槽の接続が終了)

 

幅員の狭い小路も倍の広さに拡張されま防火と緊急車両の通行が容易になりました。↓ '(重寿司の通り)

糸魚川市内全域に、誰でも操作可能の40mmホースが接続されるようになりました。

 

商店街や個人の所有する駐車場に月極駐車場が増加した為か、元の月極駐車場が「まちなか駐車場」として市を訪れるお客様の駐車場となりました。約10年以上前には自分も「駅北まちづくり実行委員会」の一員としてまちなかの駐車場問題に取り組んだことがありましたが、漸く実現に至りました。

現在も、各種街造り団体の取り組みがあって、賑わい創出に尽力しています。大火災から四年目を迎え、浜に点在する空き地公園でイルミネーションの作成や点燈が行われていますが、高齢化と若者の流出が年々進む為、人口減少に歯止めをかけることが喫緊の状況といえます。また、古い建物の密集した地域が全て改善されたものではないこと、被災地域以外にはまだまだ、火災に弱い密集地が各所に残っています。安心して住むことの出来る糸魚川市の建設にはこれが始まりとなります。

      海浜公園でイルミネーションの点灯

            「頑張ろう糸魚川」