”Benchwork study Laboratory" 英国式 靴作り教室 -154ページ目

目標、手持ち3足生活

 目標に決めてから、なかなか達成できずにいることがある。それは、「手持ち3足生活」である。私は人が所有する靴は3足で十分ではないかと考えている。1足では靴を休ませることが出来なく、修理に出すことも出来ない。聞いた話によると、靴は履いたら2日は休ませるべきとのこと。そうでないと、靴の中の湿気が取れないそう。なので、3足が最低必要ということになる。夏と冬の気温の差があるので、妥協して「夏3足、冬3足」がベストではないだろうか。


 しかし、この3足を選ぶのが大変。私は学生時代に下北沢にあった輸入物の靴屋でアルバイトをしていたり、靴の会社に就職していたことも手伝ってか、一時は100足くらい靴を所有していて家族から「イメルダ婦人」と呼ばれていたこともある。もう、そんなアホらしい消費はしないが、(この十数年スニーカー以外靴を買ったことがない)どうがんばっても下駄箱の中にスペースが出来ない。帰国に際して、ほとんど履いたことがない靴は、デザインが好きなもの、思い入れのあるものでも、泣く泣く処分した。私の考えなしの行為が靴を追いやる羽目になってしまったことを深く反省。もう2度と考えなしに、自分の靴を作ることを禁じている。しかし、私の下駄箱の中には現在15足の靴が並んでいる。目標の倍以上のオーバーだ。昨夜、靴の手入れをしながらこの15足を6足に減らす作業に取り掛かった。


 まず、靴たちをじっと見つめる。なんだか、ふてぶてしい態度の3足の靴が目に入る。3足ともローファーだ。ローファーは脱ぎ履きが簡単でジーンズにもスカートにも合いやすい。が、なんだかしまりがなくて、テレビをポカーンと口を開けて見ている爺さんみたいだ。ローファーよ、さようなら。


 ブーツが4足。ひざ下までのロングブーツは、私がロブを退社するときロブの職人達がプレゼントに作ってくれた、涙の1足。これは履かずにとって置こうと思い、押入れへ。ジップ ブーツとサイドゴアを残す。


 残り10足。スニーカーが3足。アディダス のスーパースターとスタン・スミスに白のコンバース。う、悩む。なんとか、スニーカーは1足にしたいが。。。。生産地を見る。スタン・スミス(インドネシア)、スーパースター(韓国)、コンバース(ベトナム)ん~。何処も大差ないが、スマトラの被害で現在も復興にがんばっている、インドネシアをとる。


  時計を見ると夜中12時半。11時半に初めて1時間経過。アホな。。。とりあえず、8足になった。目標までもう少し。


 

デザイン

2足目に入った人達の多くは木型製作(調整)からですが、なぜかデザインから入る人がいないのに今日気づきました。靴作りは切ったり、打ったり、削ったり、研いだり、普段の生活ではもはや行われない手の動かし方などをして楽しいですが、デザインは日常生活で「ふとひらめく」アイデアなどを入れられて、私はデザインすることは俳句を作ることと似ているのではないかと思う。日常生活に材料がごろごろしていて、何でもない見落としがちなことがふとした瞬間、詩になることに気づく。詩として残したいと思う。そんな感じで、デザインできれば、作る靴がもっと楽しくなると思います。


 今日、お教室のNさんがハンカチとして使っていた、白地に赤く太いスッテッチのような模様のある手ぬぐいを、偶然私も持っていてびっくり。購入したときに、その模様を元に靴のデザインが頭に広がって、そのアイデアを忘れないために購入したのですが、そういう物や写真やアイデアを書き込んであるノートを集めるのも楽しい。私はアイデア帳を20才の時から続けていて、現在は4冊目。ノートに雑誌の切り抜きやスケッチや布や革の切れ端などその時気に入ったもの、靴や小物に使えそうなものをどんどん貼り付けていく。後々、自分の興味の移り変わりも見れて面白いですよ。


 せっかく作る自分の靴。3足目は自分のデザインで「オリジナル」な靴を作れたらいいですね。

 

映画

どうも暑さのせいか、気分がだらけて夏休み気分。見たい映画も沢山やっていて、丸々2日ほど仕事も家事も育児も放棄して、映画三昧をしたいと切実に思っている。

 まず、「スプラウト」う、う。サーフィン映画です。もーサーフィンってだけで、絶対良いに決まっている!などと思ってしまう。

 

 他に「ジャマイカ・楽園の真実」というジャマイカのドキュメント映画。ブジュ・バントンが出演ってだけでも見たくなる。ジャマイカはボブ・マーリーの歌に象徴されるように、貧困と悲惨な国状の国。その国から生まれたレゲエやロック・ステディーは陽気なリズムに痛烈なメッセージが入っている。明るく切ない音楽。レゲエ映画の代表作「ROCKERS」と「THE HARDER THEY COME」があるが、両作品ともジャマイカ人の抜け出せない悪循環のサークルを映している。この映画をまだ見ていない音楽ファンは絶対見てください。出演しているジミー・クリフもかっこいいが、出演者全員のジャマイカン・ファッションがすごくいい!これをファンキーと呼ばずになんと呼ぼう。まー両作品とも1970年代製作。「ジャマイカ・楽園の真実」は2001年製作だから、現在のジャマイカが見れるでしょう。期待。


 それから、見たい映画の多くはなぜか、レイトショウ。私の13歳の時からのヒーローの映画もやっている。「ボブ・ディランの頭のなか」。ボブ・ディランのレコードは20数年間、擦り切れるほど聴いている。彼の曲をギターやウクレレで弾きながら歌うのが私の長年の趣味である。しかも彼の曲を弾く時、私は感極まって涙をながしつつ、ジャカジャカ弾くので、未だに夫から気味悪がられる。(笑)あー、早く観に行かなくちゃ!


  もう一作品は「ボーン・トウ・ブギー」。これはすでにチケットを買ってあるのですが、グラムロックの泣く子も黙るT・REXのドキュメンタリーフィルム。それだけでも、十分見る価値があるが、なんと監督、カメラはビートルズのリンゴ・スターだって!!!ロック ファンにはたまらない。。。

 

 すでにこれらの映画見た人います?


 話は変わるけれど、明日は8月6日。60年前のこの日広島に原爆が落とされた。60年経った今でも、原爆による後遺症で苦しみ続けている人達がいるのに、世界には約3万発の核弾頭が存在している。そして、原爆を落とされた、唯一の被爆国「日本」は唯一原爆を落とした国「アメリカ」の戦争に支持している。「郵政民営化」なんてたいして重要でもないことに青筋立てて、わがままな子供のように「意見が通らなくっちゃ、解散ダー!」などとやっている場合か?終戦60周年。60年前の犠牲は何のためだったのであろうか?「靖国神社参拝」「「君が代強制」「外交能力のない極右政治家」日本はどうなってしまうのだろう。愛国心などが人を幸せにするのだろうか?人間を尊重しない国などないほうが良い。人の命より国が重要だとは思えない。

よく噛んで、腹八分目

 連日暑さが続きますが、洗濯物がよく乾くので気持ちがよい。自宅のベランダで栽培しているハーブ類もかなりモサモサして、しそもバジルも毎日大量に食べているのに、ちっとも減りません。今日は2,3日前に干しておいたとうもろこしの皮が硬く乾燥したので、その皮を細く引き裂いて束ねて、自家製のたわしを作りました。このたわし、お皿洗いに我が家では重宝しています。見た目も「農村生まれ」って感じでかわいい。


 私はイギリスへ行くまで料理はほとんどしたことがなく、本当に食べ物に興味がなかったのですが、イギリスは「まずい」「高い」「店員の態度が悪い」ので外食は出来ず、自炊をする羽目に。とにかくカレッジ時代はお金がなかったので、「安い食材で美味しく沢山作れるもの。」を心がけ、試行錯誤して料理をするようになったのですが、出来るようになると料理は楽しい。カレッジ生活は朝から晩まで「靴」「靴」「靴」。。。。その合間に、料理を作る楽しさは格別。カレッジを卒業してからも料理は毎日楽しく色々と挑戦もしました。イギリスでは日本の食材は日本の3倍の値段。だから、大豆をチャイナタウンで買ってきて、自分で豆腐や納豆を作ったり、豆腐から油揚げを作ったり、ぬか床を作ったり。。。その後エスカレートして、マヨネーズ、ケチャップ、ソースも自分で作るようになってしまった。自分で手をかけて作ると大切に食べれるようになります。大切に食べると、にんじんはにんじんの味。玉ねぎは玉ねぎの味がすることが解る。当たり前のことだけれど、そうやって意識することってほとんどないのでは?


 忙しいとどうしても食事の時間が短くなるが、本来人間は口に食べ物を入れたら50回は噛まないと胃や腸に負担がかかるそう。内臓の調子の悪い人は、この50回噛むことさえすれば、改善するそうです。


 私のヨガの先生曰く「人間が一日3回食事をしなくてはいけないなんてルールはない。多くの人はお腹がすいてもいないのに、時計を見て食事をする習慣になってしまっている。これが多くの病気の原因。腹八文目が健康の秘訣。」


 よく噛んで、腹八文目。子供の頃、親によく言われたな。親に言われるとうるさく感じるのに、ヨガの先生(他人)に言われるとありがたいのはなぜだろう?

 

祭り

 すごい!「リヤカーマン」。写真を見ると迫力ありますね。聞いたとき馬鹿にしてごめんなさい。。。。早速、本を購入します。井上洋平氏の話は友人から聞いていましたが、こちらも本を購入し楽しみたいと思います。わー、今年の夏はワイルド・トラベラー研究(?)を楽しみます。しかし、すごい人たちがいますね。シノミヤさんも、また自転車での旅がしたくなったら是非実現して、旅の話を聞かせてくださいね。ワイルド・トラベラー情報まだまだお待ちしています。


 私もワークショップまで自転車で通おうかな?とか思い始めています。ま、一時の熱ですけど。


 土曜日の午前中のクラスで「リヤカーマン」の話が出て、午後のクラスでは「日本の三大祭り」が話題に上りました。(一体、靴はどうなっているのだ?笑)私の父方の実家が静岡県の三島市で、(午後のクラスに参加の、笑いを提供してくれるM氏は、その三島市から通ってくださっている)「三島大社祭り」という、とても大きなお祭りに子供の頃毎年行っていました。今年は十数年ぶりに家族で行こうと計画しています。で、私は両親から長年、三島大社のお祭りは「日本三大祭りの一つ」と聞かされていました。それを、M氏に言うと「え~僕ぜんぜん行ったことないですよ~、そんな大きなお祭りだっけ~?」との返事。「え???」ちょっと私は治まっていためまいが出てきました。夜店が3キロほどもダーと続き、お神輿もふんどしを締めた日本男子が汗を飛ばしながら、威勢のよい掛け声をかけ20台以上連なるし、お囃子もぴーぴーひゃらひゃら、りんりんりんりんと幻想的な音を唸る。お囃子は今思えば、かなりサイケデリックでトリップしてしまうほど非現実的な音楽だ。あの、三島大社が三島市在住のM氏に馬鹿にされた!!教室が終わった後、実家に直行し母と妹に尋ねる。母も妹も「今更なにを言ってるの、あの三大祭の一つを!!」私はほっとし家に帰る。が、心配になってネットで調べてみる。そして、「日本三大祭り」を検索すると30箇所くらいダーと全国各地の祭りが出てきた。「三大」と言えども「3箇所」に限定されているわけではないらしい。しかも、ダーと出た30箇所に「三島大社祭り」の名前はなかった。。。。。この祭りが、「三大」でないのなら、本物の「三大」に入っている祭りはどんなに凄いのだろう。。。。浅草の祭りも「三大」に入っていました。行かねば。。。

 

靴職人という「男の仕事」(と長年されていた)をしていると、「女性だと苦労したでしょう?」とか、「男だったら。。。と思ったりするのでは?」などと、聞かれたことがあるが、それはまったくなかった。大体私は、「欲しい欲しい」とばかり言うフェミニストは大嫌いで、小さい男女の条件差などにぶちぶちというくらいだったら、自分で勝ち取ればよいじゃないか!と思う。イスラム教のような宗教でなく、選挙権も持っている日本では、女であることは痛くも痒くもないし、私は女でよかったと思っている。しかし、ただ一つだけ「男だったら、絶対したかった。。。」と思うことがある。


 それは、自転車での一人旅で世界中を回ること。雑誌やテレビで見たイギリスと実際のイギリスはぜんぜん違かった。アフリカ人の友人から聞いたアフリカの様子も違うし、スペイン人の友人に案内されて訪れたスペインも。「百聞は一見にしかず。」実際体験し、この目で見ないと解らない事が日本の外にはごろごろしている。この「ごろごろ」を拾い集める事が出来るなんて、心にとても贅沢な生活である。自転車の一人旅は自然を肌で感じ、生きるために自転車をこぎ、多くの人たちに会える。しかし、野宿も多く、得体の知れない人間や動物もいる中で、いくら体を鍛えて、ムキムキ筋肉で「近寄ると、私の空手チョップを食らうわよ!」と言っても、「女」であると難しい。


 だから、ワイルドな旅をしている人を私は憧れの目で見てしまう。男友達が一人でメキシコを旅して遭遇した危険な話が大好きで、私は酒の肴に何度彼に同じ話をさせただろう。。。

 

 世界9万5千キロを7年半かけて、自転車で旅した日本人がいる。2003年に帰国した、私と同じ歳の青年。彼はその旅の5年間、在英日本人向けの週間フリーペーパー「英国ニュースダイジェスト」に旅模様を連載していた。毎週旅路であった様々な事柄、出会った人々、その国々の習慣。。。毎週本当に楽しみに読んでいた。ページの端には世界地図に彼の通った跡を線で引いたものが載っていて、それを見るだけでもわくわくしたものです。月に1回くらいは読みながら、泣いてしまうこともあった。帰国後、この連載が本に(「行かずに死ねるか!」 石田ゆうすけ:著書  実業之日本社 出版)なったが、本に載ったのは連載のほんの一部で(連載は膨大な量のため)残念だったが、それでも十分に笑いあり、涙あり。元気をくれて、旅がしたくなる本です。


 ものすごい数の日本人が毎年海外旅行に出かける。そして、お決まりの観光地へ行き、お土産屋でお金を落とし、外国を味わった気になる。そんな人たちの旅行話ほど退屈なものはない。本当の旅というものがしたい。昔の人々は歩いて何処にでも旅をした。芭蕉のように俳句を詠みながら旅をするような、身のある旅を1年ぐらいかけてしたいものだ。


 話は変わるが、「国際人」なんてばかばかしい言い方をするのは日本人のみではないだろうか?難民も受け入れず、外国人が就労ビザを得るのもとてもとても難しい国。そんな日本でどうして他国との本当の交流が出来るのであろうか?大体、日本人の多くは愚かにも「難民」がどのような人たちかも知らない。(私も外国に出るまでは恥ずかしいことに知らなかった。)ただの貧乏人くらいに思っているのではないだろうか?日本に帰ってきて「靴難民」なんて言葉を聞いたが、こんな言葉を作った人も、無知の一人であろう。たかが、靴を仕事に出来ないくらいで「難民」などと言うのは。では、「難民」とはどのような人たちなのであろうか?それは「人権の最後の最後まで奪われた人々」。国内紛争などによって、自分の国の政府から、住民票、身分証明書、家、財産、国籍までも取り上げられてしまった人々。生きている証明がないから、何処の国へも行けない。そして、自分の国へいると迫害されてしまう。難民には、医者や弁護士や大学教授だっている。そんな肩書きは、最悪の支配欲、政権欲、統制欲の前では無力だ。現在の難民の数は世界中で千八百万ないし二千万人以上と言われている。その人々が行き場に困っている。食べ物も水もなく、マラリアなどの病気に犯され。こんな状態の人々を見て見ぬ振りをし続けている。政治の風向きでちょこっとお金を送ったりする。「共存」とか「和平」は日本人の大好きな言葉だが、戦争を始めるより何十倍も、「平和の糸口」を見つけることは難しい。


 さて、私に何が出来るか?何も出来ない。無力感に打ちひしがれる。ただ、選挙権は持っている。そして、自分の意見を持っていれば、目の前に問題が突きつけられたとき、「イエス」か「ノー」をはっきり叫ぶことが出来る。政治に無関心でいることは、間接的に欲に狂った人殺しのろくでなしに加担していることであると思う。



パターン

今週火曜日に靴職人が集まって、月一で行われている「勉強会」がありました。今月のテーマは「よりフラットで強度のあるアッパーを作るための工夫。」って事で、パターン・カッティングのあれこれ。パターンカッターが10人集まれば、10通りのやり方がある。というのはよく耳にしていましたが本当にそうであることが、よくわかりました。一応、パターンをどのように作っているかデモンストレーションしあったのですが、まー他の方達のパターンの多さ!!手間暇かけてますね~。人によっては、パターンの原型となるスタンダードを2枚も3枚も作ってから、実際のパターンを切ったり、甲の部分の革が木型にピーんと張るように色々調整したり。

 で、私のパターン。あまりのシンプルさに「目からうろこ。。。」と言われました。しかし、私のパターンがどうして早く切れるのか、それは「適度に薄くやわらかい紙を使う」からだな、やはり。今回の勉強会でも再確認しましたが、硬い紙でパターンを作ると平面でしか見れない。だけれど、やわらかい紙でパターンを作ると、そのパターンを実際に木型に貼り付けて見ることが出来、立体になった時の形がすぐにわかる。これは、解りやすいし、失敗が少ない。パターン作りはは頭に描いたものを実際に再現できるようになると本当に楽しい。私はパターンを切っている時は本当に頭の中が空っぽになり、瞑想しているような感じになります。何でだろ?


 話は変わって、昨日水曜日は小田急デパート11Fで開催されている「職人の何とか展」(昨日行ったのに覚えていない。。。)へ行ってきました。朝、ワークショップへ行こうと電車に乗ったら、つりビラ広告になんだかそそるようなことが書いてあったので、寄り道して新宿へ。11Fへ行ってがっかり。ただの物産展と同じのりで、かなり地味で活気もない。しかしこれは、電車のつりビラがいけない。そして、私もいけない。大体、職人をデパートの催し会場で見たって、良いわけがない。職人は自分の工房で、自分の仕事机に並べられた工具を器用に扱ってこそ見がいがある。そう思い直して、会場内でハンコを作っている職人さんやステッキを作っている職人さんの普段の仕事場風景を想像しながらワークショップへと向かったのでありました。


花火

 気温のせいか、体調を崩している人が多いですね。どうぞお大事に。


それから、スキンステッチのオールは浅草の「ひうちや商店」さんで購入できるそうです。住所は浅草6-1-16 電話03-3876-0841で「甲革のステッチ用」と尋ねれば出してくれるのではないかと思います。一応、私は火曜日に浅草へ行きますので見てこようと思っています。数本買ってくる予定なので、欲しい方はお知らせください。


土曜日の午後の教室中、かなり大きな地震があり大揺れでした。土曜の午後のメンバーはとても呑気な雰囲気で、地震の最中も冗談を言って呑気に笑っていましたが、帰宅時に駅周辺大混雑で、「明治神宮前」では千代田線が止まっていたので、テクテク歩いて「原宿」駅へ。そこではもっと多くの人だかりで、さらにテクテク歩いて「渋谷」へ向かいました。どうせ、渋谷も止まっているだろうと、「タワーレコード」へふらふらと入って行き、「GRATEFUL DEAD」の”RARE CUTS&ODDITIES”と「MISSY ELLIOTT」の”THE COOKBOOK” を購入。両アルバムともよかったっす。MISSY ELLIOTTは期待を裏切らないし、GRATEFUL DEADのこのアルバムは1966年録音で、まだそれほど長髪でもなく、”WAKING THE DOG”などもやっていて、かなりファンキーな曲もあり、デッドのルーツが聞ける一枚。かっこいいっす。


 さて、そんな道草を喰って渋谷駅に着くと、電車は遅れはあるものの普通に電車は走っていて焦りました。なぜなら、息子と花火大会に行く約束をしていたから。。。狛江の駅へ着くと、ママちゃりをギアー3にして、全速力で自宅近所の実家へ。急いで簡単な夕食で胃を満たしてから、即刻多摩川へ。

 多摩川の水面に映る色とりどりの花火。いちいち我々親子は「すごーい」「きれー」を連呼し、うっとり。は~日本の花火はいいな~。風情があって。

 

 イギリスにも花火大会がありますが、日本とはかなり違います。こちらは11月5日に「ガイ フォークス」と呼ばれる「FIREWORKS」が行われますが、由来はガイ フォークスというテロリストが国会議事堂を狙ったためにつかまり、拷問されロンドン中を引きずりまわされた後、体をばらばらに切られ、燃やされた日を祝って(?)長年行われています。花火会場ではガイ フォークス人形を作り、それを燃しながらロックやポップミュージックが大音量でがんがん流れ、ビール片手にお祭り騒ぎ。あちこちの大きな公園で行われます。

初めて行った時は日本の花火大会との大きな違いに驚きました。日本の方がいいわ~。


 イギリスとテロとの関係はとても長く、未だにIRAとも解決はつかないし、最近はアルカイダによるテロもロンドン住民を怖がらせています。昨夜のニュースではロンドン警察はテロリストを発見したら「銃殺してよい」と指令がでているそうで、昨日1人射殺されましたが、人違いだったとか。。。だんだん戦争時の狂った心理、狂った社会が迫ってきているのを感じて寒気を覚えます。アメリカを支援している日本だって、明日にも同じようなテロ事件が起こる可能性があります。


 私がサポートしているグリーンピースで「平和の羽根プロジェクト」を行っています。興味のある方は以下のアドレスをご覧ください。私達一般庶民はとても無力ですが、世界平和はみんなの願い。小さなことでも行動しなくては。「生きることとは行動することです。」


<!---ここから--->
<a target="_blank" href="http://www.greenpeace.or.jp/cyberaction/hiroshima60/banner " >
<img src="http://www.greenpeace.or.jp/campaign/nuclear/hiroshima/image/bh180a.gif " width="180" height="70" alt="NO MORE ヒロシマ・ナガサキ Stop 六ヶ所再処理工場" border="0">
</a>
<!---ここまで--->

 

スキンステッチ

 スキンステッチに関しての質問が多いので、今日はスキンステッチのやり方を少し見せましたが、コツは革の厚さと糸の太さのバランスと、革をなだらかな曲面の上においてスッテッチしてゆくことです。これから、アッパー作成を始める時、アッパーにスキンステッチを入れる人も入れない人も、一度挑戦しませんか?スキンステッチも色々な縫い方があるので、少しずつ覚えていけばデザインの幅が広がりますよ。


 わーい、明日は「調布の」花火大会に出かけます。ハル様、嬉しい情報ありがとうございました!



 



仕事

 前回の THINK2 のコメントに出てきた本多勝一氏は「貧困なる精神」を連載されていますが、考えさせられます。他に私はロバート・キャパやユージン・スミスなどのフォトジャーナリストにかなり刺激を受けてきたので、日本のフォトジャーナル月刊誌、広河隆一の編集する「DAYS JAPAN」などは、世界の現状をよりリアルに見る事が出来るように思います。。平和な世の中あっての「楽しい靴作り」。罪のない人々を殺す軍隊の軍靴なんかはこの世から消えて欲しい。


 さて、靴の話に戻ります。今日は親友の靴職人Y氏のワークショップに顔を出し、彼と彼のスタッフと妄想話に盛り上がった。靴を作っていると毎日数時間うつむいて手元を見つめて仕事をするので、自然と自分のうちにこもり、さまざまな妄想が浮かんでくる。今日聞いた二人の妄想は大概、ひょんなことから「うひょうひょ」または「うはうは」な生活を手に入れた場合の妄想だそう。私は「うひょうひょ」だとか「うはうは」が解らなくて、聞き返すと「例えば、新聞読んでて『あーこの株買っとこ~』と百万円分の株をポンと買うとか。。。」だそう。かなり経済的な鬱憤がたまっているようです。本当に靴職人に会うといつもお金に対する愚痴が出てくるな~。という私もそうだけれど。


 「あまり夢のないことばかり言わないでくださいよ~」と言われるのだけれど、靴を作りって他に愚痴ってこれといってない。しいて言えば、靴作りに完璧ってないので、難し過ぎることぐらい。

 イギリスでの仕事中は、ほとんどヘッドホンして好きな音楽聴いてたか、、口と手を同時に動かして職人仲間と一日中話し込んだり、黙々と手を動かしながら、人に邪魔されずに妄想三昧ってのが、ワークスタイルでした。のんきすぎたな~。


 私は結構すき放題な事して生きてきました。高校卒業して、親と学校から半強制的に短大に行かされたが、短大などほとんど行かず、音楽に明け暮れていました。私はスカバンドのメンバーでコルネット(トランペットの小さいの)を吹いていました。下北沢に当時あった「zoo」というナイトクラブのお抱えバンドでインディーズからとエピック・ソニーからレコードも出ました。週に最低1回はライブが東京、横浜を中心に地方へも行ってました。gigや練習のない日は、ナイトクラブとライブハウス、パンクス・バーに入り浸って、とにかく夜遊びが私のすべてでしたが、バンドでは生活できるほどの収入はないので、短大卒業後音楽の次に好きな「靴」の会社に就職。その後、夜遊びもバンドも24歳になるまで、このペースで続いてましたので、数年間睡眠時間平均3時間くらいでした。


 ところが24歳になって、ふとすべてが嫌になり人生を一からやり直すつもりで、イギリス行きを勝手に決定。それには多額の費用が必要でした。今までの給料は夜遊びとコレクションのレコード(それと、モゲワークショップで靴作り!)にすべて費やしていたので、貯金は微々たるもので、私の人生で最もつらい「好きでもない仕事をお金のためにする2年間」が始まったのでした。


 似合わぬ制服を着て派遣会社からさまざまな会社へ派遣され、寂れたデパートの一角で水着の販売をしたり、電話での家庭教師勧誘のバイト(これは、最低で精神的に荒んだ。。)牛丼屋でウェートレス(これは一週間持たなかった)。今まで、遊び呆けていた罰として当然なのかもしれないが、精神的にも肉体的にもぼろぼろでロンドンに着いた時は天国のように感じました。は~昔を振り返ると、好きなことをして生活が出来る自分は幸せだなー。愚痴など言うとバチが当たりますね。


 しかし、本当に夢はかなうものですよ。夢の実現の仕方は二つ。「諦めない」「目標に向かって行動する」これのみだと断言できますね。グッド ラック!