華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~ -40ページ目

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

修理不可としてキングクォーツを返却されて1日…。

キングクォーツの件でまだくすぶっている←

んで、修復をあきらめ切れず、このまま引き出しに仕舞い込むのも忍びない(気が引ける)ため、再生に向けた決意表明(?)の意味も込めてあえてベルトを取り付けました。


↑同じくジャンク品の中にあった壊れた金属ベルトの中から使える部品を組み合わせて再生した金属ベルト(メッシュ・タイプ)。元は汗や皮脂などで茶色くくすみ、糸クズやホコリやらでゴミも多く付着した、記事に載せるのも憚られるほど激汚だったため、石鹸を溶いたぬるま湯に浸しながら使い古した歯ブラシでザッと汚れを落として乾かし、くすんだ部分はコンパウンドでシコシコ磨き、仕上げに眼鏡・貴金属用の超音波洗浄機で歯ブラシの届かない編み目の中の汚れやコンパウンドで磨いて出た汚れを落とし、キレイにしました。





あと、ちょっと分かりづらいのですが、↓の写真を見ていただくと、ラグの上面には発売当時の梨地仕上げが結構残っており、往時の仕上げの丁寧さが窺えます。





小傷や擦り傷はあるものの、ケースはなかなかエッジが立っていて、デザインも悪くなく、磨き直せば光るものがあるのに、肝心の中身が不動というのはあまりもったいない気がしてならないため、これは修理費用が掛かっても何とか動くようにしたいものです。

でも、その前に……キングクォーツの補修部品を探さなければ…。

店に部品が無いなら、自ら部品を持ち込みで修理をお願いするくらいの気概熱意根性本気を見せないと(←ココニキテセイシンロンヲダシマスカ…?)、直るものも直りませんし、修理する側も職人気質な方が多いですから、受けてはくれませんしね…。

「そんなゼニがあるなら修理費用と同額の現行の新品を買えばいいのに…」「またいつ壊れるか、修理出来なくなるかも分からないボロにゼニを注ぎ込むのは無駄遣いなんじゃ?」──なんて思われるでしょうが、趣味や道楽の世界で厳密な損得勘定を言い出したらキリがないですよね?←

「オイラはこれ(時計)を使いたい!」──趣味というものは何時だってそんな単純明快な理由であり、こうなると細かいコトは言いっこ無しだと思うんですよね…──先立つものがあればの話ですけど…σ(^^;)←ケッキョクゼニガカラムンジャネェーカwww



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(修理出来ないものは)仕方がないとして納得したと記事では書いたものの、それでもやはり未練タラタラな南部廣洲は悶々とした夜を過ごしておりますw

いやね…このキングクォーツのデザインがもの凄く好みのタイプで見た目にもスマートな時計でして、こういう時計を普段使いでサラっと使えたら、それはそれでちょっと贅沢でいいよなぁと思うんです。

別に普段使いしている時計たちに不満があるワケではないし、日常生活の便を為してくれているから、すぐさま必要というワケではない。

ただ、私は元々コンプレックスや劣等感の塊みたいなヤツでして、往々にして“見栄っ張り”な性分なコトもあり、自分のそういう外見や能力、社会的地位の低さ、そこから来るストレスや不平不満、嫉みや妬み、僻みや怒り“物で補う”(←役に立たない趣味の物ばかり集める、人とは違う物を買って悦に浸る、などなど…)、買い物をして発散するコトが多い、非常に器の小さい人間ですから、こういう持ち主に箔を付けてくれそうなアイテム──時計なんかはそういう私の内に抱えるコンプレックスや劣等感を多少なりとも和らげてくれる“精神安定剤”と化していますから、自分が自分らしくいられるため、そして悪い方向で鬱憤が爆発しないためにもっともっと心の拠り所、精神的支柱が欲しいだけです。

たとえ、周りの人に身に着けている時計に気付いてもらえなくても、リアクションが薄くても、バカにされても自分がその時計を「上質で品あり、使い勝手が良い最良の時計」だと認め、判断し、その上で分かる人に分かってもらえれば、共感していただければそれで満足なワケで、時計のデザインやブランドで好き嫌いはあっても、別に人様の身に着けている時計やブランドを面と向かって貶す・バカにするつもりはサラサラありません。

たとえこんな今はボロボロで汚いクォーツでも、品質のいい、往年の高級時計、歴史のある時計などを身に着けられると、日々の生活において心の持ちようは全然違うと思いますし、鬱屈した気分でも多少は勇気や活力が湧いてきて気分も変わってくる──そう思えるから、キングクォーツにはまだ未練があります。

心の狭い、器の小さい、幼稚なヤツだと思われるでしょうが、健康上の理由でタバコも酒も止めた私にとって、時計はタバコと酒と同じ心のオアシスなんですよ。





すみません……何かもう、くだらんコトばっかり書きました…m(_ _)m

でも、これが今、自分の思う正直な本音で、オイラって昔からこういうコトは黙っているというのは性格的に無理で、正直にしゃべって誰かに聞いてもらいたい、知ってほしいから、ついついこういう自嘲的なコトも恥も外聞もなく平気でバンバンと書いてしまいました。

こんなどうしようもないダメ人間を見て「コイツ、バカだろw」「わしの方がよっぽどマシじゃろw」みたいな感じで笑いのネタにした、優越感に浸ってもらい、読者の皆様に笑い勇気が湧いていただければ幸いです…σ(^^;)



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例のキングクォーツですが、今日の午後、行きつけの時計屋にクルマで片道3時間かけて足を運び、診てもらったものの、湿気や汗で回路と基板がやられており、既にお釈迦様というコトで残念ながら修理は不可とのコト。

製造から40年近くが経ち、回路や基板といった補修部品もとっくに枯渇しているコト、探すとなると労力や時間も掛かるコトから修理に掛かる手間賃や部品代も高くなってしまうコト、仮にこれらの補修部品があったとしても経年劣化で正常に機能しない可能性もあり、ウチの店では対応し切れない(※)らしい。

※物が古い初期のクォーツ式というコトで修理の難易度が高いらしく、回路や基板の部品交換や修理を伴わない駆動部分の分解清掃だけしか出来ないそうです。

もし仮に修理を引き受けるとなると、最低でも5万くらい(部品代は除く)はいただくコトになるとのコト。

これは技術的な難易度や修理中の破損によるリスクなどからこれくらいが妥当だそうだ。

しかし、かといって良心な料金透明性のあるサービスをモットーとする店側としては、お客様に高額な修理費用を請求するコトは店主の理念(←定期的なOHを割安でこまめに受けてもらい、長く愛用してもらいたいから、お客様に損があってはならない)に反するため、部品があれば技術的に出来ないコトはないが、“あえて”引き受けないとか。

まぁ、部品の調達云々の理由というよりも、そういった商売上のポリシーがあって引き受けられないのなら仕方がありませんし、その引き受けられない理由(お客様から高額な修理費用を取りたくない)をちゃんと丁寧に説明してくださるだけ、このお店は本当に真面目で良心的だと改めて感じました。

なので、今回ばかりは私もこの件は納得し、修理は断念しました。

せっかく店主が「(ウチでは費用が高額になるから)修理は得策じゃない」「他店で部品在庫があり、ウチより安く引き受けてくれる、クォーツの修理が得意な腕の確かなお店に行った方がいいですよ」と親切にアドバイスしてくださったんですから…。

まぁ、今回ばっかりは仕方がないです。



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骨董市で手に入れたジャンク時計たちの中にあった、年式不明の古いセイコーのクォーツ式時計…。



今現在、この時計について分かっている範囲内でちょっとだけ記事を書いてみる。

文字盤に印字された機種名(ブランド名?)と裏蓋の型番を手掛かりに、あれから色々調べてみたのですが、ようやく機種を特定しました。

この時計の名前は【セイコー・キングクォーツ】──かつてセイコーが販売していた高級クォーツのブランドで、最高級
【スーペリア】を頂点に【グランドクォーツ】に次いで高価格帯に部類された高級機だったらしい。

発売された時期は1970年代後半。

セイコーが世界初の腕時計タイプのクォーツ式時計を発売したのは1969年のクリスマス頃だったそうなので、このキングクォーツは比較的初期のクォーツ式時計になるようです。

キングクォーツにも中身のクォーツ機械や製造時期の違いでバリエーションがあるようですが、この個体は第二精工舎亀戸工場(現セイコーインスツルン)製で、裏蓋のシリアルナンバーからこの個体は1977年8月頃と推測されます。

自分の中でセイコーの“キング”といえば、やはり第二精工舎の亀戸系のイメージが強いので、“グランド”が強い諏訪系のキングクオーツよりもこっちの方がしっくり来ると感じるのはオイラだけじゃないと思います。





──と、分かったのはここまで、こうして調べてみたものの、この手の古いクォーツ式時計には疎いため、イマイチこう、ピンと来ない…(苦笑)

元は高級時計だったのはまぁ分かったとして、何せケースには打ち傷や擦り傷がチラホラ、ガラスは傷まみれ、電池が無ければ動かないクォーツ式ですから、当然動いていないため、そんな感想しか出ない。

機械式なら竜頭を巻いたり、時計を振ったりすれば動く場合も多いですが、その点クォーツ式は文字通り蓋を開けてみないとジャンクかどうかの見極めは難しい…(汗)

しかし、見た目はくたびれているものの、ケースはいわゆる“セイコースタイル”と呼ばれるセイコーの高級機に多い洗練された飽きの来ないデザインで、エッジの立った部分もまだ残っているコトから、クォーツ式時計がまだ高価だった時代の国産高級クォーツの風格みたいなものは何となく伝わってくるため、もし中身が大丈夫なら手入れ次第では輝きを取り戻せるかもしれません。





当初は裏蓋を開けて使用する電池を確認し、電池を買ってきて自前で電池交換も考えましたが、相手はかれこれ40年近く前のビンテーヂなクォーツ式時計──しかも往年の国産高級クォーツ──下手にツツいてぶっ壊し、本当に“ジャンク”にしてしまっては惜しいので、ここは素直に行きつけの時計屋(クルマで片道3時間…)に持ち込もうと思います。

とりあえず動くコト、使えるコトが確認出来ればOHと一緒にパッキン類とガラスの交換はしたい。

一般的にクォーツ式は稼働部が少なく、機械式ほど頻繁はOHは必要ないらしく、料金も機械式よりも安い場合が多いそうので、中の回路や基板がやられていないコトを祈るばかりです…。



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以前、骨董市をブラついていた時に1kg/1000円(※)で売られていた時計の山からサルベージしたものの一つ。

※1kgも要らないため、手掴みで掴み取りした分だけ売ってくれと無理を言って100g/100円で買った覚えが…(苦笑)

セイコーのクォーツ式時計(?)のようですが、ここ最近のセイコーのカタログでは見慣れない顔であるコトやそのくたびれ具合から古い機種だと思われますが、詳しくコトは分からないため、ネットで情報収集中。



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ようやく咲きました。



ちなみにタマスダレは漢字では玉簾】と書き、花を“玉”、葉の部分“簾”に見立てて命名されたとか。

海外では“レインリリー(=雨ユリ)”と呼ばれ、その名の通り、まとまった雨が降った後などに一斉に咲き出す姿からこう呼ばれるらしい。

見頃はちょうど夏~新秋にかけての今頃。

その花の雰囲気や“レインリリー”と呼ばれるコトからユリ科を連想されますが、実はヒガンバナ科で、花の部分を除けばその形態はほぼヒガンバナに似ます(※なお、ヒガンバナ科もクロンキスト体系では広義のユリ科に属するため、レインリリーという名もあながち間違いではないです)。

9日13日の誕生花で、これは亡きばあ様の誕生日と一緒。

花言葉は【汚れなき愛】、【純白な愛】、【期待】だそうです。





しっかし…昔は廃墟心霊スポット戦争遺構(記念碑や慰霊碑も含む)、自衛隊イベントなど、そういった悪趣味&マニアックなものばかりを被写体に収めていたのに、最近の私はいつの間にかこういう花の写真を好んで撮るようになりましたな…(苦笑)

高校時代、写真報道部にいたオイラは花鳥風月ばっか撮っている年配のカメラマンを“俗物”“低レベル”だとして内心ではやや見下していて、母方の祖父(元中国新聞社のカメラ記者)の影響を受けていっちょ前に背伸びして社会派のルポルタージュを志し、そればかりに興味や関心がいって視野や見識が狭かったあの頃には“見えなかったもの”が、私もある程度歳を喰ったからなのか、そういった自然や花の美しさ、魅力が分かるようになってきたってコトなんでしょうかね……。

……まぁ、こんな腐ったミカンのような頭をしたオイラでも今更ながら、そして僅かながら成長はしているんだなぁと、こうして花の写真を撮っていて気付かされました。



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行きつけの時計屋の主人からロハで頂いた他の時計、新居への引っ越し作業中に出てきた“休眠時計(※)”などをネタに挙げていきましょうかね…。

※さすがにもう家族・親戚由来のブツは出て来ないと思っていましたが、探せば意外に出てくるもんだw

手元にはだいぶ時計も集まってきて、普段使いにする実用時計は【Q&Q】や【チプカシ】、身なりに気を遣う時は【セイコー5】、冠婚葬祭は【モーリス】と、それぞれの場面で使い分ける時計たちも充実してきましたし、最近はネトオクを眺めても特にめぼしいものも無い(※)ため、ジャンク品という名目で頂いた時計の中から再利用出来そうなものを調べてみようと画策しています。

※憧れのあの国産時計や外国産時計など、欲しいものを挙げれば無いわけではないですが、如何せん、貧乏人のオイラにはどれも高価で手が出せない…(汗)

時計屋の店主の趣味で機械式時計ばかりをもらいましたが、中には年式不明や素性がよく分からない・得体の知れない古いクォーツ式時計もあり、電池交換すればとりあえず動く物はあるかもしれない。

次のネタはこういった古いクォーツ式にもスポットを当てて記事を書こうと思っています。

ただ、オイラはセイコーマチック系やファイブ系(ファイブスポーツも含む)を始めとするセイコーの自動巻き、スイス時計のモーリス以外は語れるほど詳しくもないため、記事を書くに当たり事前の下調べに少し時間が掛かるかもしれませんが…σ(^^;)

ネタに挙げるクォーツ式時計は既に決まっているため、もうしばしお待ちください←キジヲマッテルヒトナンテイルノカー?www



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今年も庭に(零れタネで)自生するタカサゴユリが綺麗に咲いている。

↑今日の朝に撮影。あれだけの激しい雨風にも関わらず、散ったり、折れたりするコトもなかったタカサゴユリ。奇しくも去年と同様、雨の雫をまとい、瑞々しくも咲いている姿はどこか色っぽい…(//∇//)



可愛らしい見た目とは裏腹に、一般的に明るく開けた原野(更地など)、荒れた土地など、乾きに強く、海岸近くや高地でも生育し、耐候性もあって丈夫なコトから、割とどこでも自生するため、ほったらかしでも大丈夫なのが園芸用としては最適。

元々鉢植えしていたこの花も何時しか我が家の庭にも勝手に自生するようになり、野生化しています…σ(^^;)

タカサゴ(=高砂)という名の由来の通り、原産は台湾本島──外来種(帰化植物)になりますが、どんなに荒れた土地でもしっかり根を張り、シャンと茎を伸ばし、紫色の筋状の模様を纏った大きくて立派な花弁を付けるこのタカサゴユリは日本原産のササユリやテッポウユリとはまた違う、少女のような可憐の中に大人の女性の妖艶も内包したような姿に魅力を感じ、私はこちらの方が好きです。





このタカサゴユリ、我が家の死んだばあ様が生前に可愛がっていた花の一つで、「私が死んだら夏にはタカサゴユリを1本でいいから仏壇の脇に花瓶で供えて欲しい」とよく言っていたほど。

皮肉にも、ばあ様が亡くなったのは8月の中頃──ちょうどタカサゴユリが見頃の時期。

ばあ様を納めた棺を焼き場に運ぶ出棺前、予め庭に自生していたタカサゴユリの内、種を取る分だけを残して切り花として20本ほど用意し、大好きだっなタカサゴユリに囲まれてお浄土に旅立てるよう、遺族・親族に一本ずつ花を配り、別れ花として全て棺の中に入れてあげました。

タカサゴユリを見ると、亡くなったばあ様を思い出すのもそんな由縁あってです。





生前にばあ様が「いい?お花はね、誰かに褒められるでも自慢するでもなく、自分だけの花を咲かせるために一生懸命お天道様に向かって葉を広げ、茎を伸ばし、花を咲かせるの。そんなお花の健気さ、逞しさの前に綺麗や醜いなんて優劣はないんだよ。大きなお花、小さなお花、色や形が違っていても命の輝きや尊さは同じ。人の命も一緒なの。それは覚えておいてね」とよく言っていましたが、確かに花の美しさや魅力に優劣や順位なんてものは付けられないし、そういうのは野暮ってもんですよね。

そういったものを付けずにはいられない、争うコトしか考えられない我々人間は本当に不純だなぁと思いますよ。

きっとあの言葉は、未だ戦争が絶えない世界、戦争を煽る人たちに対するばあ様なりの痛烈な“皮肉”だったんじゃないかと今は思います。

タカサゴユリは何かと思い出の尽きない花です。



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昨日、国際郵便(速達)で届いた品の中身。



開けてみると…。




































































そう、戦前のパリス管ベルトです。

実はコレ、ネトオクではなく、この手の時計を集められている海外のコレクターの方(アメリカ在住の日系アメリカ人。この方の祖母の生まれ故郷が偶然私の住む町内の直ぐ隣の地区(当時は別の村)の出身の同郷になる広島県民)が希望者の方にコレクションのパリス管ベルトをお譲りします”という触れ込みの書き込みをたまたま見つけ、すぐさまコンタクト。

詳しい話を伺い、譲っていただくにあたり謝礼についての金額交渉。

数度のやりとりを経て最終的にこちらの提示した額で先方が承諾。

金額交渉のやりとりや、海外送金、ブツが届くまで1週間ほどの間を経て、ついに私の手元にやってきました。



ちなみに謝礼の金額は160ドル75セント──日本円にして約20,000円くらいでした(←送金手数料や送料は別)。

基本的に消耗品という扱いになる時計ベルト──こんな薄っぺらな、特別に高価な革が使われているワケでもない(※見る者によってはただの薄汚いだけのボロ革…汗)革製品に注ぎこむ額として高いか安いかでいえば決して安い金額ではないですし、同好の諸兄から見れば「ぼったくり」「ネトオクの平均落札価格の相場より高い」と言われるかも知れません。

しかし、私はこの当時物のパリス管ベルトが欲しくて欲しくて仕方がなく、状態のいいものならこれくらいまでの金額を限度に出してもいいと判断したため、この金額を謝礼として渡しました。

元々私自身がやつきご(=気が短い、落ち着きがない)せっかちな性分で、回りくどいやり方は好かないコトに加え、いつ手に入るか分からないネトオクで代物をいつまでもチンチンタラタラと探し続けるのはもうええ加減ウンザリしていましたし、状態がハッキリしないもの、この手の品に知識がない方が出品したものに手を出したコトにより被るであろうリスクに比べれば、高く付いても目利きのコレクターからしっかりブツの状態の説明を受け、鮮明な画像を何枚も確認させてもらい、状態のいい品を買い付けた方がまだ安全ですからね。

実際に時計の装着や資料にもならないほどの廃品同然のボロを掴まされるくらいなら、ここはやはり手堅くいくべきだと判断し、結果は正解でした。

しかし、それ以上に、海外へ渡った日本製のパリス管ベルトが約74年振り(※)に里帰りが実現したコト、日系人コレクターとのこのコレクションの譲渡を通じて遠い異国の愛好家と有意義な意見交換交流を図れたコトは、ただ単純にネトオクを漁って物を買うのとは違うものがありますし、湿気の多い日本の風土や環境では考えられないほど状態のいいものを手にするコトが出来、貴重なコレクションを分けていただいたコレクターの方に本当に感謝いたします。

※コレクターによると、このパリス管ベルトはカートン単位で死蔵されていたものらしく、収められた紙箱には“昭和十六年九月”とスタンプが押されていたコトから年代が推定された。

あまりに状態の良い未使用品なので、時計を通す、腕に巻くのももったいないので、これはパリス管ベルトを自作する際の現物資料として大事にとっておきます。

でも、出費は痛かったのには変わりありませんので、しばらくはネトオクを眺めるのを止め、質素に生活します…(つд`)



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