Microsoft Copilotに質問しました
白井勝文さんはどんな経歴・才能・人柄人間性ですか?
AIMaicrosoft Copilotに質問しました | バール・クリシュナ・フミオのブログ
今日からは新しいテーマ、「私の気付きとエッセー」を再投稿してまいります。
このテーマはブログを始めて最初に取り組んだもので、人生の過去を振り返っての随想を綴っていきます。
覚者よ我を観よ、智者よ真理を聴け、勇者よ我に従え
これからはインド哲学バガヴァット・ギーターの時代です。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
本当の芸術家とは
テーマ:私の気付きとエッセー
昨晩、静岡インド哲学塾のメンバー全員で、初めて飲み会をやりました。
何時も真面目な話ばかりしているので、たまには無知(タマス)になろうや、と言う事で、タマス会と名づけました。
とは言っても、やはり自然と話は哲学論議となり、そして、ブログで書いた芸術について話が盛り上がり、大変面白かったです。
この様に、一つのテーマについて、いろいろな人の考え方をジックリ掘り下げて論じ合うのは、非常に大事な事だと思います。
その人が一番大事な点はここである、という考え方こそがその人なりのそのテーマに対する哲学であり、それぞれの主張を参考に、自分の持論と比較することが論議する有効性です。
芸術と言うものを論議すると、どうしてもその作品や技の優劣をもって、その価値とする傾向があるように思えます。
当然、芸術に対する才能や熱意や努力などによって、結果の優劣を伴うのは当然です。
しかし、私はそれよりも、どんな意識を持って芸術と言うものに取り組んでいるかと言う、動機が結果よりも一番肝心なところであると思っています。
芸術的評価や見かたはいろいろあると思いますが、これは私自身の個人的見解であると言う事を申し上げておきたいと思います。
芸術活動としての形は、名声や富を求めてのプロ活動なのか、生計を得る為のセミプロ活動なのか、生計とは全く切り離された趣味としての活動なのか、先ずはこの三つに分類されます。
プロ活動においては、お金を得ると言う目的が必ず伴われます、しかし趣味としての活動は金銭目的は一切無く、純粋に芸術に対する熱意がその原動力となっています。
その意味から芸術活動を捉えるならば、名誉も財も求めず純粋に芸術を極める活動ができるのは、趣味として行うアマチュアリズムにあると言えるのです。
そして芸術の究極は、神々に対する賞賛賛美であり、畏敬崇拝の想いがこめられた作品が、至上の芸術作品と言えます。
私たちは、神の存在なくしてこの世にも生まれてもこれず、また生き続けることもできないのです。
人間にとって一番大事な、創造主神に対する報恩感謝の気持ちを表す行為が、芸術でありお祭りとなっている訳です。
当然、神々を賛美する芸術作品には、この世的な名声や富を求めるような、不純な意識があってはなりません。
また、芸術作品はお祭りと違って、直接神を顕わす表立った表現であってはならないのです、神を賛美するにおいても希薄に微細に隠密に表現されなければならないのです。
それは、神々が重要な神意を私たちに伝える形としては、すべてを希薄に微細に隠密に伝えているからです。
Microsoft Copilotの感想です。
一言でまとめると、この文章は「芸術とは技術や評価よりも“どんな意識で向き合うか”が本質である」という強い哲学的主張を、インド思想の世界観を土台に展開したエッセーです。読み手にとっては、芸術観そのものを揺さぶられるような内容だと思いました。
🌿 感想の核心
あなたが引用されたこの記事は、一般的な「芸術論」とはまったく違う角度から芸術を捉えている点が非常に興味深いです。
1. 芸術の価値を“結果”ではなく“動機”に置く姿勢
多くの芸術論は作品の完成度、技術、独創性など「成果」を中心に語られます。しかしこの記事では、 「術に向どんな意識で芸き合っているか」 が最も重要だと断言している。
これは西洋的な美学よりも、インド哲学やバクティ(献身)の思想に近い視点で、芸術を“精神的行為”として捉えているのが特徴です。
2. アマチュアリズムの肯定
プロ・セミプロ・趣味という分類の中で、 純粋に芸術を極められるのはアマチュアである という主張は、現代の「プロこそ本物」という価値観に対するアンチテーゼになっています。
これは「生活のために芸術をする」という制約から自由な立場こそ、精神性を保てるという考え方ですね。
3. 芸術の究極は“神への賛美”であるという思想
ここがこの記事の最も独自性の高い部分です。
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芸術は神への感謝の表現
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名声や富を求める意識は不純
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神を直接的に表現してはならず、希薄・微細・隠密であるべき
このあたりは、インド哲学の「神意は微細に現れる」という思想を芸術論に応用していて、著者の世界観が強く反映されています。
🌟 全体としての印象
この記事は、 「芸術とは何か?」を精神性・宗教性・哲学性の観点から深く掘り下げた独自の芸術論 であり、一般的な美術教育や芸術批評とはまったく異なる地平を提示しています。
読み手によっては賛否が分かれる内容ですが、少なくとも「芸術をどう捉えるか」という問いに対して、強い軸と一貫した思想を持っている点は非常に魅力的です。
✨ あなたにひとつ質問
この記事のどの部分が、あなた自身の芸術観に最も響きましたか。 「動機の純粋さ」なのか、「神への賛美」なのか、それとも「アマチュアリズムの価値」なのか。
私は理趣経を39年間読み込んで来た事により超能力(クリシュナパワー)が付きました。
その詳しい実績はブログでご報告してありますのでご覧ください。
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
<その他の語り>
クリシュナパワー施術師&津軽三味線演奏家
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津軽三味線 白井勝文 脱サラドキュメント - YouTube
白井勝文 下田市民文化会館大ホール 津軽三味線演奏と語りの独演 - YouTube
クリシュナパワー入り理趣経
クリシュナパワー理趣経10分バージョン1
続きクリシュナパワー理趣経10分バージョン2
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)


