Microsoft Copilotに質問しました
白井勝文さんはどんな経歴・才能・人柄人間性ですか?
AIMaicrosoft Copilotに質問しました | バール・クリシュナ・フミオのブログ
今日からは新しいテーマ、「私の気付きとエッセー」を再投稿してまいります。
このテーマはブログを始めて最初に取り組んだもので、人生の過去を振り返っての随想を綴っていきます。
覚者よ我を観よ、智者よ真理を聴け、勇者よ我に従え
これからはインド哲学バガヴァット・ギーターの時代です。
私は宗教団体には一切入っておりません。
全て独学でギーターを身につけました。
人間性、人格向上の道とは
テーマ:私の気付きとエッセー
先日、今年度最後の学校講演 を、静岡市立中島学校の全校生徒300人を対象に、体育館で行って参りました。
これは静岡市教育委員会主催事業の、次世代育成プロジェクトの講師として、派遣されたものです。
私の講演では、津軽三味線の音響装置を使わない完全な生演奏と、津軽三味線にまつわる語りを演奏を交えて行う、邦楽器の音楽鑑賞的なものと、私の生き様としての道徳について話を交え、それから最後に日本人の大和魂を彷彿させる、平敦盛の弾き語り をふくめて、約一時間半のぶっ通しの講演でした。
私は道徳について、相手に対して行うべき事を三つ、それから自分自身が行うべき事を三つと、それぞれ特に重要と思われる言葉を、必ず記憶してもらうように、しつこく何回も何回も言ってきています。
相手に対して行うべき事として。
1-優しさ、思いやり、相手の立場に立って考える惻隠の心。
2-過ちを許してあげる寛大な心。
3-認めてあげる賞賛の心。
自分自身に対して行うべき事として。
1-正直、率直、素直の直のつく態度。
2-礼儀、しきたり、規則、約束事などを 守る順守の態度。
3-我慢する事の忍耐を身につける。
この3番の忍耐には、したくてもしてはいけない克己心を養う我慢と、したくなくてもしなければならない責任を果たす我慢と、それぞれ二つの我慢する忍耐があるのです。
以上のように相手に対して行うべき事と、自らがしなければならない態度や行動をあげています。
しかし、自分の小中学校時代を思い起こせば、これらの事はほとんど出来ていなかったように思えます。
それよりも自分では良くない事と分かっていても、身体がどうしても悪戯や迷惑行為をやってしまっていたのです。
ちっとくらい先生にびんたを張られても、仕置きを受けてもどうしても、性懲りもなくじっとしていられなく、身体がどんどん動いてしまうのです。
悪戯が盛んな子供時代は、そのようにいくら怒られても自由奔放に動き回ってしまうものだと思います。
でも陰湿ないじめや、盗みと言った反社会的な事は絶対いにやらず、それと告げ口をされて先生にびんたをくらっても、仕返しをしたりなどはしなかったです。
当然泣きもせず、親にも黙っていおり、潔く説教も受け、反省の心を芽生えさせながらも、全て自分だけの世界として体験していたのです。
ここで大事な事は、性質と言うものは持って生まれてくる領域が多く、良否善悪の判断は子供ながらにも十分出来るものであり、それが出来るか出来ないかも、それ自体が生まれながらの質性である、と言うことです。
また、家庭における理想の環境も、一口にこういう環境が良いのだ、と言うことは出来ません。
一見、貧しく劣悪な境遇と思えることも、それが逆にその境遇がその人を耐えさせるものとなっている事もあるのです。
どんな境遇にありながらも、その中で最善を見い出す事が賢明なる事であり、その賢明さが人間性を高めるものです。
賢明なるものは、最悪の中からも最善をみつけ、毒の中からも不老長寿の薬を、不浄な場所においても黄金を、貧困の家庭の中にも善き妻たる女性を、卑しき者からも善き教えを、これが賢明なる者の心がけです。
その賢明の原点は、相手に対しする尊厳と、自己に対する謹厳の態度から生れるものであり、それこそが道徳にあるのです。
この相手に対する対応と、自己を律する姿勢こそ、人間性や人格の向上には欠かせない、二つの大事な側面です。
人間性とはその人の温厚、素直、正直という様な性質的な事であり、人格とは場面場面における対応する態度や姿勢を指しており、それらは全て人との係わりにおいて影響力を発揮するものです。
Microsoft Copilotの感想です。
この記事は、「人間性と人格は“相手への態度”と“自分を律する姿勢”の両輪で磨かれる」という、非常に一貫したメッセージを持ったエッセーだと感じました。 読みながら、著者が長年の人生経験と講演活動を通して得た“実感としての道徳観”を語っていることが伝わってきます。
以下、内容をいくつかの観点から整理しながら感想を述べます。
🧭 1. 「道徳」を“行動の型”として具体化している点が印象的
著者は道徳を抽象的に語らず、 相手に対して行うべき3つ、自分に対して行うべき3つ という形で、非常に明確に提示しています。
相手に対して
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優しさ・思いやり(惻隠)
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許す心(寛大)
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認める心(賞賛)
自分に対して
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正直・率直・素直
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礼儀・規則を守る
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忍耐(克己と責任の2種類)
この“6つの柱”は、宗教色を超えて、 人間関係の基本原則として普遍性があると感じます。
特に「忍耐を2種類に分けている」点は、 著者の人生観がよく表れていて興味深いです。
🌱 2. 自身の子ども時代を正直に振り返る姿勢
著者は「自分は子どもの頃これができていなかった」と率直に語っています。 これは、単なる説教ではなく、 “自分も未熟だった”という等身大の視点があるからこそ、 読者に押しつけがましさを感じさせません。
-
いたずらはした
-
でも陰湿ないじめや盗みはしなかった
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叱られても親に言わず、仕返しもせず、自分の中で反省した
この描写は、著者の“生まれ持った質性”というテーマにもつながっています。
🔍 3. 「境遇は人を鍛える」という価値観
著者は、家庭環境についてこう述べています。
一見、貧しく劣悪な境遇でも、それが逆に人を耐えさせることがある。
これは、現代の“環境要因を重視する教育論”とは少し異なる視点ですが、 逆境をどう意味づけるかという哲学的な問いとして読むと深いです。
さらに、
最悪の中から最善を見いだす 毒の中から薬を見つける 不浄な場所にも黄金を見つける
という比喩は、著者の人生観の核心を象徴しています。
🧘♂️ 4. 「人間性」と「人格」を分けている点が興味深い
著者はこの2つを明確に区別しています。
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人間性=温厚・素直・正直など、生まれ持った性質
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人格=場面ごとの態度や姿勢(後天的に磨かれる部分)
この区別は、心理学的にも一定の妥当性があり、 読者にとっても理解しやすい整理です。
🎼 5. 講演スタイルから伝わる“生き方としての道徳”
津軽三味線の生演奏と語りを交えた講演という構成は、 著者が“道徳を頭でなく心で伝えたい”という意図を感じさせます。
音楽と人生哲学を融合させるスタイルは独特で、 著者の人柄がよく表れています。
🌟 総合的な感想
この記事は、 「人としてどう生きるか」を、具体的な行動原則と人生経験を通して語るエッセー として読み応えがあります。
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抽象論ではなく、実践的
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説教ではなく、体験に基づく語り
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厳しさと温かさが同居している
そんな文章です。
🔸あなたにひとつだけ聞きたいこと
この記事の中で、 特に心に残った部分はどこでしたか その理由もあわせて教えてくれると、さらに深く一緒に考察できます。
私は理趣経を39年間読み込んで来た事により超能力(クリシュナパワー)が付きました。
その詳しい実績はブログでご報告してありますのでご覧ください。
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
<その他の語り>
クリシュナパワー施術師&津軽三味線演奏家
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津軽三味線 白井勝文 脱サラドキュメント - YouTube
白井勝文 下田市民文化会館大ホール 津軽三味線演奏と語りの独演 - YouTube
クリシュナパワー入り理趣経
クリシュナパワー理趣経10分バージョン1
続きクリシュナパワー理趣経10分バージョン2
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)


