先ずは、「本当に生きる道、生き方」のテーマから、次のテーマ「これからはインド哲学バガヴァッドギーターの時代」そして9月21日からは「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」そして11月11日からは「バガヴァッドギーターをひも説く」を書き始めました。
そして12月25日で40回シリーズの序説を終了し、次はいよいよギーター第二章戦場でのクリシュナと友のアルジュナとの宗教哲学問答70回を12月26日から始めました。
尚、第一章はクリシュナの友アルジュナが、従兄弟や親族や恩師と戦わなければならなくなったその経緯や戦場での様子が書かれている内容の為割愛しました。
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
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<その他の語り>
2014-03-18 08:59:58テーマ:バガヴァッド・ギーターをひも説く
アルジュナは言うのであった。
おおクリシュナよ、尊敬する長老や軍術の先生に、どうして私が弓を向けられましょうか。
私はむしろ、彼等を礼拝したいくらいです<ギーター2章4節>
当時は、長老や師匠のような立派な年長者に対しては、尊敬の念と拝礼をしなければならない。
論争や口答えすらしてはならず、時には、手ひどい仕打ちをされても、柔らかに対応するのが道とされていた。
このような事が常識の世界にあって、どうして彼等と戦うことなどできようか。
それにクリシュナでさえ、その様な目上の者に逆らうような事をしたことは無いでいではないか、それも根拠の一つでもあった。
師と仰ぐ立派な人々を殺すくらいなら、私は乞食をして暮らす方がよい。
たとえ欲深でも年長の人を殺せば、勝利物は血で呪われましょう
<ギーター2章5節>
聖典の法規によれば、師たる者が言語同断な忌まわしい行いをしたり、正気を失って正邪の判断力が無くなった場合は、弟子は師を見捨ててもよい、とされている。
アルジュナは長老や先生を尊敬し慕っている,
にもかかわらず彼等を殺して物質的利権を得れば、血で汚れた戦利品を納める事になる。
ああ私はいかにすればよいか、敵に勝つべきか負けるべきか、殺せば私も生きることを望まない、ああ~なんという戦いだろうか。
<ギーター2章6節>
クシャトリアの義務とはいえ、聖典の法則にさからってまで今ここで戦った方が良いのか、それとも戦わずに乞食になった方が良いのか、アルジュナは迷った。
正義はこちらにある、必ず勝利するとは言え、その後の自分は苦しむだろう、と彼は想っている。
この様な心のやり取りを考えると、アルジュナは聖典の知識にも明るく、また心と感覚を完全に支配できる人物であることを、はっきり証明している。
また、王家に生まれながらも乞食になってもいい、とまで言うことは、これはもう無執着の心を表わしている。
これらの事実は、クシャトリアでありながらも、魂の真の自由(解脱)を獲得する為の、精神的な徳性(サットヴァ)を備えていたと言う事なのです。
第二章<P144~146>
このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)

