先ずは、「本当に生きる道、生き方」のテーマから、次のテーマ「これからはインド哲学バガヴァッドギーターの時代」そして9月21日からは「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」を最後に、再投稿してまいりました。
これらはバガヴァッドギーターを学ぶた為のプロローグのようなものでした。
さてこれからは、いよいよ本番の「バガヴァッド・ギーターをひも説く」の再投稿記事
110件を毎日アップして参りますので、バガヴァッドギーターとはどんな教えなのかを知って頂きたいと思います。
そして40回シリーズで序説を紐解いていきます。
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
<その他の語り>
2013-12-29 07:56:38テーマ:バガヴァッド・ギーターをひも説く
この物質界で生きる人間は、肉体を持って活動する為、たとえその人が労働者だろうが、経営者だろうが、政治家だろうが、科学者、文学者だろうが、自分の肉体を維持するために、仕事をしなければなりません。
この肉体を維持する為の行動は、本質的には動物としての基本的本能と言えます。
したがって、その人が肉体を維持するだけに労働をしているとしたら、その活動は高度な社会文明のなかで、他の動物より知的で複雑な活動をしている、と言う違いだけです。
そこで、他の動物と人間の決定的な違いは、生活の中に信仰と言う行為があるかないかの違いにあります。
この信仰と言う行為には、その前段階の信心と言う心の段階と、信仰を超えた崇拝帰依の心の段階があるのです。
信心とは信ずる心と書いているように、何かを信じることでその対象物は物質次元のものとなっています。
お金や物に対する信心、学歴や知力に対する信心、芸術や美的感覚にたいする信心などがあり、それらの信仰は感覚欲望を満たす為の対象物となっています。
次の信仰には、感覚欲望を満たそうとして、また苦しみから逃れるために、神仏を信仰する姿と、自己の本性が魂であると悟った人が、魂の精神的発展のために神仏を信仰する姿の二つがあります。
信仰を超えた崇拝帰依の心の段階とは、魂としての究極の境地であり、この段階での信仰対象は創造至上主神クリシュナだけです。
それ以外の信仰はすべて、クリシュナへの崇拝帰依に行く為の、途中段階か部分的信仰に過ぎません。
ギーターでも、信仰(ウォシップ)と崇拝帰依(バジャティー)は完璧に区別されております。
信仰(ウォシップ)と崇拝帰依(バジャティー)の決定的な違いは、その対象がクリシュナひとつであると言う事と、神仏に何かを求める様な信仰ではなく、自らの行為の全てをクリシュナに捧げるという、積極的なる究極信仰なのです。
私達が携わる仕事は魂としての責務(カルマ)であり、その仕事を通じて生活を維持しなければなりません。
その目的は、他者に対する奉仕貢献であり、クリシュナへの崇拝帰依の心を持ちながら、義務を立派に果たすことです。
序説<P84>
このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
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我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。
貴方の新しい精神世界を築いて欲しいです。
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バール・クリシュナ・フミオ
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)

