STATIONS OF THE 暮らす。

STATIONS OF THE 暮らす。

しがない新中年の何も起こらない日々

ここに、自分のプロフィールや、ブログの説明・運営している他サイトの情報、ブログの目次などを入れましょう。

珍しく連休をとってみたものの、ほぼ何もしなかった。

My Bloody ValentineのライブとSwitch2(まだ買える見込みナシ)があるので余計な出費は抑えていきたいというのがあるが、掃除や溜まってる読書や録画物の視聴などもせず、ほぼ何もしなかった。このブログにも何度も書いてるとおり、気持ちが起きてこないのである。その罪滅ぼしをするかのように息子や奥さんを駅まで車で送ってあげたりして…


髪がだいぶ伸びてきてさすがに職場で怒られそうなので床屋へ行った。腕にタトゥーの入った理容師は初めて。刺青タトゥーに対する憧れが正直ある。俺がそんなもん二の腕に入れちまったら当然今の職場では働けないし、未だ社会が受け入れてくれる状況に無い。つまり彼らはそういうものにおもねるのではなく、自分の力で生きる道を選ぶ、そういう意思表明をしてるのだなぁと。生き方に対する憧れだ。パンクを何十年も聴いてきたクセに、職場で怒られるからと床屋で白い髪を切られながらオッサンは思うワケです。


夜は家になんとなく居づらいので、久々にコメダに行きカツパン食べる。バッグに入れっぱなしで毎日昼休みに読んでた『お楽しみはこれもなのじゃ』読了。みなもと太郎先生による漫画エッセイ。漫画が現在ほどの巨大産業になる以前の70年代末に書かれてるせいか、みなもと先生の個人的思い入れをもとに書かれてるせいなのか、今では語られないような作品がたくさん採り上げられており大変学びが多かった…けど頭の中には全然残ってなかったりする。若い時に読むべきでした。



で、変な時間に起きてしまったのでAmazonプライムで『さすらいくん』流しながら書いている連休の終わり。


自分に多大なる影響を与えた漫画家・吉田聡先生が画業40周年を迎えた2022年から『勝手に40周年企画』として、国会図書館に通い吉田先生の軌跡を40年前の雑誌で再読、気づいたコトをメモり、コピる活動をしている。その成果をこのブログに載せていくつもりではいるのだけど、まだ連載デビュー前で止まってしまってる…。個人的に最も思い入れの強い1988年分まで、つまり2028年までは図書館通いを続けるつもりだが、もう半分過ぎようとしてるし、サンデーでは『ちょっとヨロシク!』も始まりだいぶ忙しくなってきた。今後『湘爆』のアニメ化映画化や青年誌進出などなどの展開についていけるんだろうか??(読んでるだけのクセに大げさ)


で、1985年、昭和60年の週刊少年サンデーを読み進めてるんだけど、少年KINGとはやっぱり雰囲気がだいぶ違うねー。とんねるず、おニャン子クラブ、荻野目洋子なんかのグラビア、連載陣も高橋留美子、あだち充、細野不二彦…一気にメジャー感が増す。

(時には漫画家もグラビアページに登場したりする。有名な留美子先生の水着もこういうノリの産物か。最近の作家は正体隠したがるのつまんないな)





僕はこの頃小学4年生、御多分に洩れずジャンプ読者だったワケだけども、サンデーの持つ雰囲気はジャンプほど泥臭くなく、なんか透明感があるんだよな。対象年齢層が少し上なのか、広告ページのデザインもシャレてて、うまく言葉に表せないんだけど、なんだか泣けてきてしまう。これは、ノスタルジーなのかなぁ。






※画像はオークションサイトから引っ張ってきた昭和60年の週刊少年サンデーより

いやーまいった

最近なんにも意欲がわかない。どーしたもんかね

それじゃいかんとアメブロも始めたっていうのにますますひどくなってる


まーリハビリがてらまたチビチビ書いていこうかなと思ったり


本も少ーしづつ消化していってる

『近藤日出造の世界』

『生き娯楽主義 泉谷しげるが作品集』

『マンガ古本 雑学ノート』

など読んだ。本は読むとすぐ眠くなってなかなか進まない。それにその時は楽しんでいるが、しばらくすると内容をすぐ忘れてしまうから、何の為に読書してるかよくわからなくなってくる。

SNSなんかにいる、多読しまくり文化研究してるような人に憧れるが、本の内容や人の名前を覚えられない自分にはまず無理だなとほとほと痛感。


switch2欲しいけど手に入らないなぁ。かといって朝から量販店巡りするような元気は無い。9月発送の任天堂5回目抽選には当たるだろう流石に…?なかなか落ち着かない。だが来年2月のMy Bloody Valentine追加公演は当たってしまい、合わせるとかなりの出費なのである。switch2買ったとしてソフトは買えるのかね…


で、先日50歳になった。えぇ…

精神的なものや趣味嗜好は中学高校の頃とさほど変わっていない気がする。この先どうなるのか、今のままじゃずっとこのままだな。当たり前だな。そんな日々…それこそ中学高校の頃から親しんできたものを裏切っていやしないか?と思わないでもない。


↑吉田聡『そのたくさんが愛のなか。』より

まだ2月3月の振り返りもしてない内に4月も半ばを過ぎようとしている…が、とりあえずそれは一旦おいといて。

4月15日に後楽園ホールにプロレスを観に行ってきた。これがとても良い興行だったので熱いうちに観戦記を残そうと思う。

 

『拳王チャンネル3周年大感謝祭~クソヤロー全員集合~』

プロレスリングNOAH所属の拳王選手によるyoutubeチャンネル主催の記念興行。

実は今年2月11日にも後楽園のNOAH興行を観に行っている。今年に入ってからのNOAHの快進撃は目を見張るものがあるが、小橋建太引退以降プロレスを追うことから離れていた僕がこうしてまた注目するようになったキッカケは間違いなく拳王チャンネルにある。

開設当初は拳王選手のこともよくわかっていないままだったが、色々な動画企画を見ていくにつれ、拳王選手の人となりがわかってきた。3年の間に当初は固かった“拳王”のキャラクターがこなれてきて、愛すべき“拳王さん”となっていくともう目が離せなくなってしまった。これにはいわゆる“中の人”の存在によるところも大きいと思う。2人共とにかくプロレスが好きでたまらないといった雰囲気が伝わってくる。

 

今回の3周年記念大会はチケットは即完売だったが自分は運良く2階席ゲット。

グッズ販売開始時間の13:30には長蛇の列。すると早速拳王チャンネルではその様子を生配信しており、ナマ拳王ジャンケンを目撃してしまった。


『拳王番組Tシャツ』を購入し拳王選手にサインをいただく。自分がプロレスに戻ってこれた感謝を伝えると、拳王選手は「そのTシャツは…アンドレ?」と僕の着てたTシャツに反応…ホントにプロレスファンなんだなーと感動。

拳王番組Tシャツに着替え、開場まで神保町で時間を潰す(昔のガロ買った)。

 

開場すると出張闘道館が出ていたので拳王選手がみちのくプロレス離脱した時の週刊プロレスを購入。まさかプロレス会場きてまで古本買うとは思わなかった(この週プロがまた大会終了後に読むと感慨深い内容だった)。

 

なるべく手短に各試合の感想など。。。

 

第1試合 〇KENTA VS 小田嶋大樹×

小田嶋選手は翌日の小橋興行でも秋山選手と対戦。この試合でもKENTA選手のキビしい攻めを受けていたが今後が本当に楽しみな選手。BURNINGの遺伝子を受け継いでいってほしい。

 

第2試合 △拳王 VS 里村明衣子△

4/29に引退する里村選手、自分は一目見ておきたいと引退試合のチケット購入済だったが、その後でこの試合が発表されてビックリ。

新人時代に里村宅の電球替える踏み台にさせられたという因縁の試合。5分間のエキシビジョンというもののバッチバチにやりあってた。ここで強烈な蹴りを里村に見舞う拳王に大ブーイングが起きていたけど個人的にそれは違うだろーと思った。だいたい里村選手に失礼だし、そういう選手じゃないだろと。試合後の拳王の謝辞にはこちらも胸が熱くなった。

 

第3試合 〇清宮海斗&アレハンドロ&三富兜飛 VS 近藤修司&大原はじめ×&カツオ

当日発表のX2名はカツオ選手と三富選手。僕はXを永田裕志、小島聡とガチガチの予想してたのが大ハズレ(永田は観客席で観戦)。少しだけ関わったレスラーがXというパターンもあるかなとも思ってたんだけど、どうやらそっちだったようで。Xの2名とも初めて試合観たけど良い動きしてました。また拳王チャンネルに教えてもらったなぁと。

 

第4試合 〇ダンプ松本 VS ブラックめんそーれ×

ダンプのセコンドに丸藤正道登場。髪切りデスマッチならぬ蛇切りデスマッチな展開も。

ブラめん選手は本当にいい仕事していると思う。もうNOAHの前座に欠かせない存在。ザ・リーヴのCM出てもいいと思うけどなぁ。

 

第5試合 ×オオワダサン VS 雨宮宏樹〇 with白川竜次&北川貴英

プロレスVS武術の達人の異種格闘技戦?拳王チャンネルならでは。これはオオワダサンのヒールターンが実に効いた企画だったと思う。好青年の大和田選手では成り立たなかった、オオワダサンの魅力が大爆発した試合。白川先生のキャラ立ちもスゴいなぁ。格ゲーに出てきそうな感じ。

 

第6試合 ×征矢学&橋本千紘 VS 鈴木みのる〇&松本浩代

凄い好カード。ずっと気になってた橋本選手も4/29の仙女で観られると思ったら一足早く観られた。“情熱ぎゅん”コンビ良かったなぁ。征矢選手、今度は是非シングルでみのる選手にチャレンジ、リベンジしてほしい。

 

メインイベント 〇拳王&新崎人生 VS 高橋ヒロム&剣舞×

トーキョートルネードのことも拳王チャンネルで知ったのだけど、「イギリスマットを席巻」「100戦無敗」とかホントなのかネタなのか正直よくわかってない。けどその怪しさも含め魅力的なコンビだ。

ヒロム選手はyoutube登録者数11万人で8万人の拳王選手にマウント。ここから“11万チョップ”と“8万キック”の打ち合いになったのが今大会最大のハイライトだったのでは。まるで超人強度の競い合い。youtubeプロレスというこの大会以外ではあり得ない展開。ホームグラウンドということで、我ら8万人の勝利!

 

試合後には拳王選手の盟友、フジタ“Jr”ハヤト選手がリングに上がりみちのくプロレス興行への協力を要請。この世代の関係性も拳王チャンネルから興味を持って知ったんだよな。自分がプロレスを観ていない間にもずっと熱い物語が紡がれてきて、この素晴らしい空間がある。自分がプロレスを熱心に見始めた頃、ジャイアント馬場に拝み渡りを繰り出した新崎人生もそこにいて、感極まった表情で弟子たちを見つめていたのが印象的だった。

 

締めは拳王と中の人の家族写真。なんか泣けてきたなぁ。

 

とにかくプロレスの素晴らしさが凝縮された興行だった。

拳王はすでに新たな目標を掲げ、次に繋げる仕掛けを打っている。我々クソヤローどもも日々の暮らしを乗り越えてついていく次第。拳王選手に中の人、プロレス界の明るい未来へ向けて、これからもヨロシク頼みます!

おーいもう3月半ばだよーん

とりあえず何をしてきたか残しておきたいのでtwitter遡りつつ記載していく。

 

まずは1月

1日:武道館NOAH興行をPPV視聴、OZAWAショックにやられる。

2日:友人に誘われ千葉まで行ったが正直つまらなかった。やっぱり基本ひとり行動が向いてるらしい。

4日から仕事。

8日:国会図書館で調べ物。85年の少年サンデーや少年画報社戸田利吉郎氏の冊子等。帰りに王子神社で初詣。

13日:長男成人式(俺は出席してない)。

16日:長男を日立まで送り、かみねレジャーランド、水戸のダイダラボウ、つちうら古書倶楽部(デカい!)など寄りながら帰る。

画像

 

18、19日:祖母の葬儀で札幌へ。空港や札幌はガイジンだらけ。ほぼ自由時間ナシ。葬儀屋の手際の良さに感心。婆さん安らかに。

21日:神奈川エリアのドン・キホーテに湘南爆走族アパレル展開してるというので行ってみる。まずは鶴見西口店。

古書店で『近藤日出造の世界』『日本の漫画』購入。初めて来た鶴見はいい街だったが、アントニオ猪木の墓があったことを後で知り落胆…きっとまた来るぞ。

『湘南爆走族ファーストフラッグ』の車内広告を見るべくわざわざ相鉄本線で移動。

藤沢のドン・キホーテで湘爆Tシャツ購入したらステッカー(月刊湘爆の付録だったヤツ)もらった。

フジサワ名店ビルにまた行けてよかった。念願の古久家で焼きそばも食べれた!取り壊される前にもう一回行きたいなー

 

26日:浦和宿古本まつりへ散歩

この時買った『赤い鳥』の読者投稿コーナーに柔拳興行(大正版MMA)を見に行った作文が入賞してて熱い。この少年は戦後もプロレス、猪木が繰り広げた異種格闘技戦を見てくれただろうか?

そんな1月でした。

今年の正月三が日は仕事休みだった(来年は出勤が確定)。

 

1日は帰省した奥さんが残してった洗い物を片付け、ウチに帰省してる長男のメシの支度を終わらせ、ABEMA PPVでNOAH武道館大会を観戦。注目試合はKENTAvs拳王、清宮vsOZAWAの2戦。これは凄い大会だった。

実績も無いなかで煽りに煽り、メインを完璧にやりきったOZAWA選手に大拍手。清宮海斗不支持というわけではない。彼のライバルたる存在がやっと現れたこと、 NOAHが選手を信じて冒険してくれたことが嬉しい。武道館の大オザワコールがかつてのミサワコールに重なった…というのは言い過ぎか笑

KENTAも継続参戦するようだし、翌日にはDDTの遠藤選手も参戦表明、若手の大和田選手もヒールターンと今年のNOAHはかなり期待できそうだ。

 

2日は友人のつきあいで幕張へ。

3日ともなればもう明日から仕事が始まるのでイヤになり、自棄的に過ごしてしまった。気を紛らわせる為にこのブログを書いてるという…。

 

やりたいことはたくさんあるが自分の気持ちが原因で全然やれてこなかったので、今年こそは色々進めていきたいなぁと。

今年は昭和百年、この世に生まれて五十年、節目の年なのだから。これが抱負だな。

→続き

 

この日は8月15日、気温36℃!鷲宮含め結構外歩きしてきたがかなり暑い。ちょっと尋常じゃない。駅前の駐輪場でレンタサイクルしてると事前にwebで見てたので、それを利用するつもりで訪ねてみたが誰も出てこないのだった。まぁ観光地でもないのに使う人もほとんどいないんだろうなと納得し、仕方なく歩く…。

 

この建物が元々は栗橋駅舎(つまり先々代)だったのを最近知った。昭和26年、カスリーン台風の影響による利根川橋梁改修伴い現在の場所に移転したらしい。

 

『モモヤホビー』跡。

玩具屋というよりゲーセンとしてかなり通った。『熱血硬派くにおくん』『源平討魔伝』など…現在当時好きだったゲームをswitchで購入し、仮想モモヤホビーを形成して悦に入っているのだった。

ウィンドウに湘爆キャラを形どったカッティングシートが貼ってあったけど、息子さんが好きだったのかな。あと1/30ザクⅡのキットがずっと売れ残ってた記憶。

 

あんまり暑いのでセキ薬局で涼む。

ここは昔ジンマートという伊勢甚/ジャスコ系のスーパーマーケットだった。店先の焼き鳥売り場がいい匂いさせていた。建物は当時のままと思われる。

余談だが、ここの近くにセキ薬局という古くからある薬屋兼本屋があったが、正直子供らの評判は良くなかった。5年程前に行った時はまだ健在で、色褪せたジャッキーチェンの本を定価で購入。そこも今はもう無い。

 

いや体調がヤバいな。ただ暑いだけじゃなくてダルい…これ日射病か?

しかしここまできたからには八坂神社まで行きたい。近年土手の上に移築した社殿をぜひ見てみたかったのだ。

 

ここまで日陰を歩くようにしていたが、なんせ神社は土手の上だから陽射しを遮る物が何にも無い!いま改めて見るとたいした距離じゃないのだけど、この時は本当に決死の覚悟で土手を上がっていった。

なんとか神社に到着したはいいが、正直それどころではないくらいにしんどくなってきた。トイレの水道でタオルを水に濡らし首に巻く。



景色を楽しんだり厄を落としてる余裕もない!

せっかく辿り着いたけど、ここから駅付近の駐車場まで結構な距離を戻らなければならないので早々と退散。途中薬局で涼んだりしつつなんとか車に辿り着く。

まだ町を見ていたかったが、身体を休めないともうどうにもならないので、少し離れた牛丼屋の駐車場に車を停めて横になっていた。

 

ここの向かいにある『オートパーラー』(ゲーセンみたいな場所。不良の溜まり場だった)もここ最近はうどんの自販機なんかが珍しがられ話題になってたが、昨年惜しまれつつ閉店。



1977年の住宅地図では「まんぷく食堂 スナックハンター」となっている。この当時の記憶がほんのりと残っている。なんか紫色の看板だったような…。

 

元々は栗橋大一劇場へ閉館前に足を運びたいという目的だったが、その後も体調は良くならず、目を回しながら車を運転しては休憩の繰り返しで、ついに行くことはできなかった。

何度か栗劇の前は通りかかったが、たくさんの車が停まっており大盛況。SNSの書き込みなどみると各地のストリップファンが別れを惜しんで駆けつけている模様だった。僕は彼らの様な熱心なファンではなく、ストリップを美しいモノというよりいかがわしいモノとして楽しみたい気持ちが勝ってしまっているので、普段ならともかく劇場の有終の美にあたってはお呼びじゃない客なんじゃないかという思いもあった。

 

今回猛暑の中、昔住んでいた町をそぞろ歩きて思う。あのゲーセンも、おもちゃ屋も、レコード屋も、育った幼稚園も、みんな無くなってしまったなぁ…もう俺の居場所など無い

 

 「とっくにお前が捨てた町だろうが」

 「お前に言われる筋合いじゃない」 

 

古巣の声が聞こえてくるようだ。日射病が聴かせた こだまでしょうか…

 

その後数十日怠さや頭痛が残り、外をまともに歩けない程で、しばらく外出を控えていた。今も完全復調と言えない感じだ。未だに集中力がものすごい落ちている気がする(元々乏しいのに…)。いやぁ日射病をなめてたな。

今年は10月半ばまで真夏日が続き、気が付くともう12月だったりする笑。街歩きは涼しい時期にまたやるかー。ただ古巣は苦手意識がついてしまったかな。

→続き

 

鷲宮から栗橋へ向かう途中、昔よく家族で食べに行った加須の蕎麦屋に寄ろうとしたが、もう閉業しているのか昼食時になっても開いていなかった。


先程買ったパンを食べながら栗橋へ。

まずは第一幼稚園跡から。塀の欠片に面影がある。


ここはとっくに建物は無いものだと思ってたらまだあったことがわかり、行こうと思った矢先にストリートビューで確認したらちょうど解体されている最中がバッチリ写ってたという…

現在なにも活用してないんだったら建物残しておいてほしかったよなぁ。


自分の記憶のかなり古い場所にあるYAMAHAの店。

 

その後栗橋の街中に車を停めて、思い出の地をゆっくり歩いてみることにする。


ここには元々レコード屋『BOX』でその後レンタルCD屋になった。


ファンシーショップ『麦畑』跡。

湘爆の人形とか『DRAGON KEN』の文房具とか買ってた。

姉の話だとその前はなんか食べ物売ってたらしい。


元・北小学校は封鎖されていた。

昔は5箇所あった小学校も今は2校しか運営していない。


小学生時代からもっともよく通った書店『一清堂』。

そのころから建物の形は変わってるが、それでも結構年季が入ってる感じがする。『うっちゃれ五所瓦 粘り腰編』②③巻購入。応援してます。



駅前。

左側駐車場には『東武ストア』があり、屋上でヒーローショーを見た記憶。右側の建物は『たくぎん』。破綻後は呑み屋が入ったようだが現在はこの有様。


栗橋駅。




鷲宮の影響か栗橋もコレ系のグッズやら展開してた。

駅舎がこの建物になってから結構経つと思うが、電車で来たのは1回あるかないか。旧駅舎の画像がこのブログのTOPを飾っているけどいまだにこっちの方が馴染みがあり、改札付近に漂ううどん屋と便所の混じった臭いを今でも思い出せるのだ。それを思うと本当にキレイになったよなぁと。


ここもよく行った書店『温古堂』跡。



静御前の墓がある一帯にちょっとした商店街があった。とっくになくなっていたと思っていたレコード屋『あっぷる』が少し離れたこの場所に移転していた。

昔あっぷるでニューロティカ『ハーレム野郎』のポスターを見て「なんなんだコレは」と呆気にとられた記憶があるが、こんな田舎のレコード屋にまで販路を拡げてたキャプテンレコードの営業力ってスゴかったんだなと今になって思う。



『おもちゃのなかじま』跡。

今は亡き祖父に500円サイズのロボダッチをいくつも買ってもらった思い出がある。

ここは自分が栗橋を去る1995年には既に閉業していた。


どうやらブログ1件につき貼れる画像は15枚までとのことなので続く→

8/10の資料性博覧会でストリップ関係のサークルが出していた「ライブシアター栗橋 8月20日閉館。」の告知を見て思わず立ち止まってしまった。

 

 

自分がハタチ(1995年)まで過ごした栗橋町にあるストリップ小屋がとうとう閉まるのか。いつか行かねばと思いつつ行かないままここまできてしまった。

自分にとっては旧名の栗橋大一劇場の方がシックリくる(通称:栗劇)。高校時代とか自分が栗橋出身だというと「あぁ、大一劇場の」と挨拶代わりに返されたものだった。ここは自分が生まれる前(1975年以前)からあったんかなーとなんとなく思ってたが、図書館で調べてみると1977年の地図では『小右衛門ドライブイン』がそこにあった。

その次の1980年版ではもう栗劇が建っていた。

 

とにかくもう8/20まで日が無いので、次の休みである8/15に車で栗橋へ向かった。

少し時間が早いので鷲宮付近を見て回る。

 

初詣によく連れてかれた鷲宮神社。アニメで町おこしの元祖じゃなかろうか。あれからもう結構経つなぁ。当時の盛り上がりにすげえ驚いたな「なんであんな何もないとこが⁉︎」て。

大鳥居は少し前に老朽で倒壊したとかニュースで見た覚えがあるが現在は立派に再建。

 

初詣の帰りにポニーでお年玉を使うのが恒例だった。栗橋を離れる30年程前にここで買ったロボダッチ『大島』は、今でも作らず部屋に飾られている(ちょっと箱画の色が褪せてきちゃってる)。


 


通ってた高校の最寄駅。基本チャリンコ通学だったのでたまの利用だった。当時は東武ストアが営業してたけど今も建物はそのまま。2Fのゲームコーナーで遊んだ記憶がある。出たばかりのストⅡやベルトスクロールのSDガンダム?とか。あとUFOキャッチャーが流行り始めたり。今思うとかなりチープなぬいぐるみだったな。

 

駅出てすぐに天狗堂っていう本屋があった。本の注文の仕方がよくわからず、何故か『つげ義春とぼく』と『必殺するめ固め』を3冊ずつ注文してしまい泣く泣く全部買った情けない思い出がある。

今は学習塾になってるみたい。

 

高校時代によく行ったパン屋で少し買ってブラブラ歩いてると、まずここで日射しがキツいなぁと自覚。とにかく暑い。この日埼玉県の気温は36℃あったらしい。

 

やっと見つけた〝オワシス〟は準備中…

今思うとこれがケチのつきはじめだった。

 

つづく

 

読切版『湘南爆走族』2作目が少年KINGに掲載された後、同じ少年画報社の青年誌ヤングコミック82年11月10日号(10月27日発売)に読切作品『ゼロハンぶぎ』掲載。

当時ほぼほぼ無名のハズだがかなり大きく表紙に載っている。期待の表れ??

 

主人公・江口がライバル権田率いる横浜キッドとバンドで対決?という内容のコメディで、設定は『湘爆』とまったく異なるパラレル作品。

『湘爆』ヒット中の85年に出た少年KING増刊湘爆特集号に再掲、“もうひとりの江口洋助”の副題が添えられる。その後度々単行本に収録されているが、現在読める『ゼロハンぶぎ』には初期と画風が違い、明らかに描き直されている箇所がある(「いたそー」のコマ)。

 

あんまり気になったので国会図書館で掲載誌を確認(余談:2020年1月の話。僕はこれをキッカケに国会図書館通うようになりました)。

やはり数箇所描き直されており、そこから事情が見えてきた。

『ゼロハンぶぎ』の江口はタバコを吸ってたのだ。『湘爆』の江口はタバコを吸わない。これは少年誌連載であることを考慮してるとTV番組『漫道コバヤシ』で吉田先生は言ってらした。青年誌掲載の『ゼロハン』を85年KING増刊に再掲するにあたり、江口のイメージと少年誌であることを踏まえて構成を変えたものと思われる。

ちなみに江口の通う高校の名前も読切版同様“西湘高校”だったがこれも“波打際高校”に変更されている。

 

で、これも余談。2014年から数度売られていたMy First BIG版(いわゆるコンビニコミック)『湘南爆走族[伝説の湘爆結成編]』にも『ゼロハンぶぎ』は収録されているが、基本的に内容が同じハズの特装版(2023年12月出版)にて解説に大幅な追加があったことは個人的にかなーり衝撃でした。

↑My First BIG版 解説

↑特装版 解説

 

いまひとつ誕生経緯が不明な作品ではあるが、少年誌でうまくいかなかった場合、こちらの江口が伸びていく可能性もあったのだろうか?当時吉田先生はまだプロの自覚が無く(まだ連載前なので無理もない)、かといってバイトもせず、家族の非難を浴びながら毎日朝5時まで遊び歩いていたという…