人生をアートで埋める -9ページ目

人生を振り返る 文学編

突然だが、読書遍歴について振り返ってみたい。
ぼくは正直いって高校2年生頃まで、小説などのいわゆる「字の本」はほとんど読んだことがなかった。江戸川乱歩、赤川次郎、夢枕獏などは多少読んだが、とにかく漫画ばっかり読んでいて、活字は苦手だった。高校2年生の時、課題で読書感想文を書かされたのだが、そのために読んだ遠藤周作の『海と毒薬』が恐らく人生で初めて読んだ「文学」だったと思う(ちなみにこの作品は、ぼくの好きな俳優、奥田瑛二の主演で映画化されており、後年その映画も見た)。
高校3年生になるぐらいの頃、山川健一という作家に出会う。運命的な出会いだったと言っていい。作家でもありミュージシャンでもあるというそのスタンスに興味を持ち、とりあえず読みやすそうなエッセイ集(『恋愛真空パック』)を読んでみたのだが、そこで一気にはまってしまった。ロックンロール、特にローリングストーンズのフリークでもある彼の、その「ロックな」文体、思想はかなり刺激的で、ぼくの頭の中の何かを確実に覚醒させた。以後当時手に入るだけの彼の著作を集め、小説やエッセイを読みあさり様々な影響を受けることになる。また、同時期にSF作家のフィリップ・K・ディックにもはまり、彼の小説も沢山読んだ。ぼくの場合、漫画でも音楽でもそうなのだが、一度好きになるとその人のすべての作品をそろえたくなる傾向があり、それは現在でもまったく変わらない。
山川健一が好きになったということは、同時に彼の好きなものも好きになることであった。作家でいえば、横光利一とヘンリー・ミラーという二人の作家について知り、大学に入ってから、読んでみることになる。横光利一は文体が現代的でとても好きだった。また、ヘンリー・ミラーは『北回帰線』を読んで、その文章、または彼の生き方のかっこよさに衝撃を受けた。この『北回帰線』はぼくの生涯でもっともインパクトのあった小説である。
大学に入ってから村上春樹を読み、その流れで村上龍も読んだ。この二人に関しても当時出ていた作品のほとんど全てを読んだと思う(1994年か95年頃までの話)。ディックの次にはレイ・ブラッドベリにはまり、数多くの短編を読んだ。また、村上春樹の流れでカート・ヴォネガットも沢山読んだ。
大学3年生になった頃、島田雅彦に出会い、彼にも多大な影響を受けた。文学の申し子のような彼の著作から三島由紀夫やドストエフスキーなどに興味を持つことになる。特に三島由紀夫にはかなりはまって、彼の作品もほとんど読んだ。政治的な思想にはあまり興味がなく、とにかく彼のヒロイックで耽美的な世界にしびれた。同時期に澁澤龍彦にもはまった。三島由紀夫との繋がりも深い澁澤龍彦だが、澁澤的美学というものがあるとすれば、猛烈にそれにも影響を受けた。澁澤龍彦からジョルジュ・バタイユを教えられ、彼の『マダム・エドワルダ』にも衝撃を受けた。サド、マゾッホ、ロートレアモン、ランボー、アポリネール、セリーヌ、ジュネ、マンディアルグといった作家の本もよく買ったし(読んでないものも多いが…)、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』やポール・ヴァレリーの『テスト氏』なども興奮しながら読んだものだ。島田雅彦の影響でニーチェなども何冊か買い、いわば哲学というものにも興味を抱き、浅田彰や柄谷行人などにも手を出すのだが、これは挫折した。
三島由紀夫をほぼ読み尽くしたあと、吉行淳之介にはまり読みまくった時期があったが今となってはあまり好きな作家ではない。しかしその後三島とは思想的に相対する作家(しかし対談もしておりお互いに敬意を持っていた)、高橋和巳にはまり、これは未だにぼくの中に大きな存在としてある。高橋和巳の無骨というかとにかく硬質な文体が好きだ。『憂鬱なる党派』を6畳一間の部屋で一人で孤独に読み耽ったことを昨日のことのように思い出す。大学卒業後は、高橋和巳から秋山駿、大江健三郎に流れて、いろいろ読んだ。大江健三郎は『万延元年のフットボール』までの作品はすべてが完璧にかっこいい。村上龍など問題にならないくらいに過激で挑発的だった。特に『性的人間』には感激した。
山川健一、ヘンリー・ミラー、島田雅彦、高橋和巳、そして秋山駿、その5人が大きく影響を受けた作家として挙げているのがドストエフスキーで、当然ぼくも読んだ。『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフは、今でもぼくの一番のヒーローである。小品だが『地下室の手記』も、これはぼくのために書かれた小説だ、などと思う。ドストエフスキーといえば、日本では埴谷雄高だろう。というわけで、埴谷雄高も少し読んだ。代表作『死霊』は途中までしか読めなかったが。高橋和巳や秋山駿もそうだが、彼らの著作はとにかく「個」としての自分に響く。一人で世界に立ち向かっていくための言葉や思想を与えてくれるのだ。
海外の作家としてはチャールズ・ブコウスキーにもかなりはまった。彼の『死をポケットに入れて』という本には本当に助けられた。ブコウスキーがいなければぼくは死んでいたかもしれない、と本気で考えることがある。
20代半ばを過ぎてギャラリーに就職してからは、アーティストとしても作家としても池田満寿夫にかなりはまった。小説も面白いが美術にまつわるエッセイも面白い。池田満寿夫はヘンリー・ミラーを尊敬していたり、澁澤龍彦とも交友があったりと、予期しないところで好みの作家がリンクしていく、というのも楽しい。
それ以降は、少し肩の力が抜けてきたようだ。植草甚一の映画や本に関するエッセイなどを読み、その流れで小林信彦にはまる。ただし彼は小説には興味が持てず、エッセイやコラムしかほとんど読んでいない。そして小林信彦から片岡義男に行き、彼の膨大な著作を古本屋で買いそろえることが楽しみな時期があった。片岡義男の世界にも大きく影響を受けたと思う。

true-山川片岡

この辺りまでがぼくの読書遍歴であり、今は相変わらずこれらの作家の本を集めたり、読み返したりしている。新しい作家を積極的に読んでいきたいという気持ちはほとんどない。ぼくの好きな作家、その作品はほとんど手に入れてしまっており、あとはこれらを死ぬまで楽しんでいきたいと思っている。
文章がうまいと思う作家は高橋和巳と片岡義男。まったく対照的な文体だが、意味が簡潔に、直接的に相手に伝わる、という意味では二人とも素晴らしいと思う。
ちなみに読んでみたがあまりはまらなかった作家は、吉本ばなな、山田詠美、中上健次、原田宗典、矢作俊彦、佐藤正午、夏目漱石、太宰治、佐伯一麦、吉本隆明、野間宏、柴田翔、ゲーテ、ジャン・コクトー、ポール・オースターなどなど。もちろん、遠藤周作も。縁がなかったということだろう。

true-ミラーバタイユ

印象派にふれる

小学館から「週刊西洋絵画の巨匠」というヴィジュアル・ブックが刊行されている。迷ったのだが、買い物のついでに現在までに出ている三冊をまとめて買ってしまった。創刊号はゴッホが取り上げられ、以下、モネ、ルノワールと続く。ぼくはギャラリーに勤めているのだが、最近ではコンテンポラリーな絵画に触れることが多い。改めて絵画の王道というべき印象派の作品に触れると逆にとても新鮮だったりする。また、絵画の歴史についても今一度しっかり勉強したいという気分でもあったので、非常に分かり易い解説のついたこの本はなかなかためになった。
それにしてもゴッホはすごい。ひまわりも自画像もいいが、ぼくは何と言っても「星月夜」という作品が好きである。そのダイナミズム。しっかりと絵の具をキャンバスに刻みつけたマチエール。映像をも超える圧倒的な躍動感。何度見ても素晴らしい作品である。やはり絵画というものはこうでなくちゃ、と思う。
大学時代、山川健一の『印象派の冒険』(講談社)という本で初めて印象派絵画というものに触れて、特にゴッホとロートレックが好きになった。小林秀雄の『ゴッホの手紙』(新潮文庫)や『近代絵画』(同)も読んだ。いわばぼくは文学から絵画に入ったのだった。
風景画はあまり好きではないが、さすがにゴッホやモネには魅入ってしまう。現在にいたる油絵の歴史は彼らが間違いなく作った。あとはその遺産だけで生きえていると言ってしまいたい。最近のつまらないコンテンポラリー作家などより、ずっとゴッホの方がラディカルだし、攻撃的だとぼくは思う。
飽きっぽいぼくだが、この「週刊西洋絵画の巨匠」、何号まで買うだろうか?

NO TIME DIARY -男は35歳までに何をするのか-週刊西洋絵画の巨匠

せつなさを生きる

ぼくの大好きな漫画に、つげ義春の『無能の人』という作品がある。売れない漫画家の主人公とその妻、息子の三人の貧乏暮らしを物語の軸とした、独特なユーモアと寂寥感に満ちた作品だ。その中のエピソードで、珍しく家族三人で旅行に行く話がある。山奥の汚い民家のような旅館、静かな夜、寝床で妻が「こうしているとこの広い宇宙に私たち三人だけみたい」と、主人公の夫に語りかける。「いいじゃないか、俺たち三人だけで……」と彼は返すのだが、ぼくはこの場面が大好きなのだ。後に竹中直人が自ら主演でこの作品を映画化したが、やはりこのシーンはきっちりと再現されていた。

昨日と今日は二日休みがとれたので、ずっと妻と一緒に過ごした。ぼくは友達も極端に少ないし、妻は韓国からぼくだけを頼って一人で来ているわけで、当然、仕事以外の時間は妻と過ごすことが多い。一緒にいると、まるで世界中でぼくたち二人だけで生きているような気がしてくる。
妻は最近仕事を探している。アルバイトでも正社員でもどちらでもよく、興味のある会社に連絡し、履歴書を書いて面接を受けにいく。しかし、思ったようにうまくいかない。外国人であること、そして主婦であるということがネックになっているのだろう。彼女は日本でいえば早稲田大学クラスの大学を卒業しているのだが、そんな学歴もほとんど通用しないようだ。陽気な性格の彼女は、韓国のアートフェアなどでは、他のギャラリーのオーナーから「ぜひうちで働かないか?」と誘われるほどのキャラクターなのだが、その人柄や、日本語の能力などもあまり結果に響かない状態だ。
外国人であるということで、様々な壁がある。区役所での手続き、外国人登録の手続き、その他いろいろ面倒なことが多い。ぼくたち二人とそれを取り囲む世界、という感じに世界は分断されてしまったような気がしてくる。なんとかその外の世界と折り合いをつけなければ生きていけない。
しかし、彼女はあきらめない。ひたむきにまた仕事を探して面接を受けようとしている。周囲の世界と戦おうとするのではなく、必死で片手を差し出そうとしている。彼女を見ているととてもせつない気分になってくる。せつない、というのは決してネガティブな感情ではない。ぼくに何ができるだろう、と考える。自分の無力さを思い知る。毎日は、このせつなさを生きることだ。

2008年を振り返る

2008年ももう少しで終わろうとしている。2008年という一年はどういう年だったかと誰かに聞かれれば、「結婚した年です」とぼくは答えるだろう。それは恐らくぼくが死ぬまで変わらない回答になる。2008年は、結婚をした年だったのだ。そしてその間における生活は結婚生活というものになる。新婚生活、といってもいい。ぼくの生活は当然大きく変わった。結婚するということは、家族を作る、家庭を作るということであろう。ぼくは今から14年前の20歳の時に親元を離れて一人暮らしを始めた。その時が自立した時だと考えていたが、結婚して家庭を作ってようやく自立、あるいは独立するのだということがわかった。そして、ぼくは結婚生活を、つまり2008年における生活を大いに楽しんだ。思っていた以上に楽しい日々だったと、今改めて振り返ればそう感じる。少なくとも今のぼくにとっては最高のパートナーと出会えたと満足している。
結婚して、具体的に変わったことが三つある。一つは煙草をやめたことだ。最初は禁断症状にも多少苦しんだがそれ以降は意外に順調に煙草から離れることができた。ただし、今でも煙草を吸っている人を見ると羨ましいとは感じる。ただそこに戻りたいかと言われるとそういうわけでもない。煙草というものはすっかり別世界の嗜好品となった。そして二つ目は太ったことだ。結婚してからおよそ10キログラム太った。お腹が出てきたし、首周りも太くなった。最近仕事で久しぶりに会う人、そのほとんどに「太ったね」と言われるようになった。結婚するまでぼくは「太る」という概念とは無縁だった。「ダイエット」などという言葉は一生自分には関係ないと思っていた。しかしいとも簡単に太ってしまった。太る自分というものが新鮮で面白かったが、そろそろ飽きてきた。来年は痩せようと思っている。変わったこと三つ目はテレビをほとんど見なくなったことだ。お笑い番組と美術系の番組をたまに見るぐらいで、そもそもまったくテレビをつけない日も多い。すっかり流行には縁遠くなってしまった気がする。しかしテレビを見なくてもそれほど日常生活に支障がないことも事実だ。新聞を読んでいるし、仕事中もネットで最新のニュースなどを見たりするからだろう。
仕事に関して振り返ると今年も例年通り忙しく過ごした。ぼくが働いているギャラリーは国際的なアートフェアに積極的に参加しているのだが、ぼくは東京で2回、韓国で1回のアートフェアに参加した。今年の夏頃までは美術シーンというものは世界的に活況な様子だった。海外の有名オークションで村上隆のフィギュアが16億円で落札された、などというニュースも日本で大きな話題となった。しかし、リーマン・ブラザーズの経営破綻以降の全世界的な金融恐慌、不景気の波が一気に美術市場を席巻し、まさにバブル崩壊といった様相を呈している。例えばトヨタ自動車のような会社が象徴的だが、一夜にして状況が激変してしまった。来年も厳しい状況が続くだろう。なんとか活路を見出さなければ。
それ以外のことについてだが、今年も音楽は杉真理ばかり聴いていた。自分でも呆れるくらいに。来年2月には松尾清憲の過去のアルバム8枚がすべて紙ジャケで再発されるらしいし、来年も杉真理&松尾清憲の音楽にはまり続けるだろう。しかしさすがに全然違うものも聴きたくなってきた。来年はもっといろいろな音楽を聴こうと思う。
読書量も減った。その中でも美術関係の本ばかり読んでいる。たまにドストエフスキーを読んだり、真崎守の漫画を読み返したりしているが。
考えてみればぼくの20代の10年間は本やCDを様々な方法で収集し続けた日々だった。そしてぼくにとって大事なものというものは、もうその大半は手に入れてしまったと思う。30代の10年間はその集めたものを吟味する10年間にしたい、などと考えている。来年は特に、勉強したいと思っている。文学、音楽、漫画はもちろんだが、美術についてももう一度。映画もヒッチコックとフェリーニの映画を集中的に観たいと思っている。またこれまで苦手だった経済のこともいろいろ調べていきたい。
とにかく総合的に考えて、今年はいい年だった。来年は飛躍の年にします。

東京のアートフェア「TCAF」に参加し、絵を買う

ぼくが働いているギャラリーが、11月22日から24日まで東京・新橋にある東京美術倶楽部で開催されたアートフェア「東京コンテンポラリーアートフェア(TCAF)2008」に参加したので、販売員として妻と二人で東京に出張し、会期中ずっと会場で接客、販売を行ってきた。
「TCAF」は去年からスタートしたアートフェアで、会場や開催時期、規模もほとんど去年と同じである。参加ギャラリーは40、そのうち韓国のギャラリーが3軒ほどある以外はすべて国内のギャラリーで占められている。インターナショナルなアートフェアとはとても言い難い。国内のアートフェアとしては「アートフェア東京」というものもあり、これは毎年4月に東京国際フォーラムで開催され、規模はTCAFよりもずっと大きく、認知度も高いが、同様に参加しているのは国内のギャラリーがほとんどである。アジアでは上海、北京、香港をはじめ、ソウル、シンガポールなどでも大規模なアートフェアが乱立しているが、それらに比べて東京は、海外のギャラリーからの注目度が圧倒的に低いといえるだろう。
それはともかく、今回のTCAFは、それなりに来場客は多かったが、やはり不景気の影響だろう、なかなか売上は厳しかった。いくつかのギャラリーでは10万円以下の安価で手頃なサイズの小品はそれなりに売れていたが、大きな売上という意味ではどこも乏しかったのではないだろうか。ぼくも知り合いのギャラリーの人や、近くのブースの人と話したがやはり一様に彼らの表情は険しかった。もちろんぼくの働くギャラリーも非常にきつい結果だったので、気分としては暗い日々だった。
ただ、アーティストの女性と一緒に居酒屋でいろいろ話す機会があったり、様々なギャラリーで面白い作品に出会えて、有意義なことも多かった。日本のアートシーンは面白い、とぼくは思う。クオリティも高いし、何よりセンスがいい。どのギャラリーもしっかりとカラーを持っているのがいい。勉強になった。
実は、今回とうとう絵を買ってしまった。クムサンギャラリーという韓国の有力ギャラリー(東京にも支店がある)で扱っている、キム・ソヒという韓国出身の若い女性アーティストの作品である。実は彼女の版画作品を10月にソウルで行われた版画のアートフェア「SIPA」で初めて見て、とても気に入っていた。その時はなんとなく買わずに終わったのだが、今回再び出会い、我慢しきれずについに買ってしまった。彼女はもともと版画家志望らしいのだが、今回はキャンバスにアクリル絵具で描いた、いわゆる本画も出していて、それも買ってしまった。つまり2点だ。東京にある、現代アート専門の某有名画廊も彼女の絵を買ったということらしいので、これは将来が期待できるかもしれないとぼくは確信したのだ…。幸い、妻も作品を気に入ってくれて、購入を後押ししてくれた。妻はぼく以上に、早く独立して自分たちでギャラリーを展開していくことを夢見ている。今回はその新たな一歩ということだろう。
韓国人の妻を持つぼくが、初めて買った現代アートが、韓国のギャラリーの韓国人のアーティストのものだった、というのも何かの縁だろう。高い買い物だが、気分は悪くない。