人生をアートで埋める -11ページ目

北野武監督『アキレスと亀』を観る

北野武監督の最新作『アキレスと亀』を妻と映画館で観た。北野武については、熱烈なファンというほどではないが、何本か映画を観ている。特に『TAKESHIS’』はかなり面白かった。ぼくは日本映画をほとんど観ないし、日本の俳優でも好きな俳優はほとんどいないが、北野武の映画だけは別だ。今回の『アキレスと亀』はアートをテーマにした映画ということもあって、職業柄かなり楽しみにしており、必ず観ようと思っていた。
映画の宣伝文句として、ひたすら芸術を追い求める画家と、それを支える妻との夫婦愛を描いた映画、という触れ込みだったが、観終わってからの印象はかなり違う。画家は異常なまでに芸術だけを糧として生き、妻はそれに巻き込まれていく。夫婦愛というような美しい関係性ではなく、ただ芸術に翻弄されるだけの悲しき夫婦がそこにいる。北野武らしいブラックなユーモアも横溢し、人が易々と死ぬ場面も多く、どこか暗いムードが全体を支配している。芸術とは何か。美術品の価値とは何か。ただのまやかしではないのか。そういったシンプルなテーマがわかりやすく提起される。登場する画商はいかにもずる賢く描かれ、苦笑を禁じえない。
劇中、妻が夫のあまりの無神経さに「(あんた)狂ってる…」と驚き嘆くシーンがあるが、この映画に出てくる登場人物すべてが狂っているようにぼくには見えた。それはつまり我々の社会そのものが狂気の世界であるということなのだろうか。アートの現場にいるとそれは歴然としている。ただの落書きのような絵が何千万という価値を持ってしまう世界なのだから。結局は誰もが翻弄されているのだ。
一言でいってしまえば、この映画は悲劇だ。幼い頃に夢を「持たされて」しまった者の悲劇だ。芸術家になるという夢と折り合いをつけなくてはならなくなってしまった者の悲劇であり、それは一生を台無しにしてしまいかねない。より深く夢を見た者は、より深く罰せられなければならない。きっとそういうことなのだろう。
この映画、ぼくは概ね好きなのだが、不満を挙げるとすればラストシーンである。つげ義春の漫画を原作として、竹中直人が監督した『無能の人』という映画があるが、その映画のラストシーンと酷似しているような印象をもった。シチュエーションはもちろん違うが、ぼくとしては残念だった。

ルー・リードのブートレグを聴く

ルー・リードのブートレグを久しぶりに買った。タイトルは「I NEED A NEW ILLUSION」というもので2枚組だ。2005年ドイツでのライブ音源で、音質はまあまあだった。
ブートレグというのはいわゆる海賊版であり、そのミュージシャンが契約しているレコード会社から正規に発売された音源ではなく、レコーディングのアウトテイクやライブ音源が流出したものを第三者的なレコード会社がアンダーグラウンドなルートで販売しているもので、もちろん本来は違法なのだが、海外の有名ミュージシャンに関しては当然のように大量に出回っている。特にビートルズ、ボブ・ディラン、レッド・ツェッペリンはブートレグの種類が多いことで知られ、マニアは日夜収集を続けている。熱烈なファンにとっては正規盤だけではまったく飽き足らない。レコーディングのアウトテイクや未発表曲、デモ音源、ライブ音源といったすべての音源を手に入れたい、と考えるのが人情というものである。ただし、一旦足を踏み入れるとなかなか抜け出せない地獄でもある。つまり、すべて買いそろえなければ気が済まなくなり、ついつい膨大な費用が投じられることになる。底なし沼のような悲劇が待っているのだ。
ぼく自身はそれほどのマニアではないが、ルー・リードに関しては見つけるとつい買ってしまう。しかしそれほど数も流通していないし、ぼくも中古CD屋を探し回るようなこともないので、コレクションというほど持っていない。少しずつ増やしている、という感じだ。
今回のブートレグは、最新アルバム『The Raven』(2004) のツアーのもので、このアルバムからの曲が多く入っているのだが、「My House」や「Charley’s Girl」など普段あまり聴けない多少マニアックな楽曲も演奏されていて興味深い。ぼくの一番好きなアルバム『Set The Twilight Reeling』(1996)からも珍しい2曲が演奏されている。CDのインナーにはルー・リードのパートナーとなったアーティスト、ローリー・アンダーソンとの仲睦まじい写真が掲載されていた。『Set The Twilight Reeling』は、そのローリーに捧げられたアルバムでもあり、愛に溢れていてぼくは好きなのだ。1960年代のヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代のことが多く取りざたされるルー・リードだが、ぼくはここ10年ぐらいのルー・リードが本当に好きである。このブートレグも実に素晴らしいライブ音源だった。
ルー・リード

ぼくは何をするのか

1974年10月20日に生まれたぼくは、あと一ヶ月余で34歳になる。
ぼくにとって35歳という年齢が、男性にとってのひとつのターニングポイントになる年齢だという妙な確信がある。根拠は特にない。昔からそういう気がしていただけだ。
その前には、27歳という年齢もぼくにとって意味があった。27歳のとき、何かが起こる。そう直感していた。実際、27歳になったとき、ぼくはそれまで勤めていたアルバイト先を辞め完全に失業者となり、約五ヶ月の間悶々とした挙げ句、就職をした。現在も勤めているギャラリーにである。いわば27歳を転機にモラトリアムの時代が終わり、ぼくは社会に出た。
そして今、35歳という年齢をあと一年余という期間を経て迎えようとしている。
ぼくはそのとき、何をするだろう。何をしているだろう。
33歳が終わろうとしている今、ぼくの中にいくつかの思いがある。
35歳までに今のギャラリーから独立したいという思いと、35歳までに何か自分の作品を創りたいという思いだ。
前者について。35歳を過ぎてまでサラリーマンでいたくない、という気分が強い。誰かの下で誰かのために働くのではなく、仕事に傾ける労力のすべてを自分のために使いたいという欲求が高まっている。ただし、独立に関してはまったくの白紙である。資金もない。人脈もほとんどない。しかし、白紙なら白紙にとりあえず何かを書きださなければ白紙は白紙のままだろう。まず、「独立」という言葉をぼくは頭の中に物体のように置いてみる。何か妙な気分の良さが生まれる。甘美な気分。独立。自分になる。自分を中心に世界が回りだす。
後者について。かつてぼくは漫画家になりたかった。それが自分の進むべき当然の未来だと信じて疑わなかった時期がある。音楽に夢中になったこともある。ギターをかき鳴らして作詞作曲をした。それこそ曲を創りまくった。しかし、それらすべてが空しく消えた。何かをもう一度創りたい。自分がこの世界に生まれてきた証を残したい、などと大袈裟なことを真顔で言い切ってしまいたい。漫画一本でもいい。キャンバスに何か絵を描いていもいい。曲を作って録音してCDを作ってもいい。とにかく35歳までに、これが自分の作品だというものを創りあげたい。
男には何度か思春期が来る、と佐野元春が言った。ぼくもそう思う。ぼくは今、何度目かの思春期を迎えた。自分の蒼さを取り戻したいとぼくは考える。35歳まで、時間は少ない。NO TIME。ぼくという人間をここに刻もう。

東京デイズ

8月6日から20日まで仕事で東京・渋谷に出張していた。二週間にわたってのホテル暮らしだった。仕事上、出張はよくあるのだが、二週間ずっとというのは初めてだった。韓国人の妻はその期間、韓国に里帰りしてもらった。
渋谷の街に二週間いたわけだが、ほとんど出歩くこともなく、仕事が終わればどこかで一人で食事してホテルに帰った。仕事先の人と2回ほど夜に食事をしたが、それ以外は誰とも食事しなかった。通常は、東京に住む知人や、同じように出張で来ている同業者の人と飲みに行くことが多いのだが、今回はやめた。静かな日々を過ごした、と言っていいだろう。食事にはあまり興味がないので、5軒ぐらいの店を昼食・夕食含めてローテーションしていた。一番多く食べたのは「ウェンディーズ」のハンバーガーと、「富士そば」のもりそばだ。せっかく渋谷に来ているのだからもっと満喫すればいいのに、と仕事先でよく言われたが、それでぼくは満足なのだった。
ちょうど渋谷のセンター街に「BOOK OFF」が開店したので、そこに2,3回通って大量に本とCDを買い込んだりした。出張に行くとホテルで読もうと思って本を数冊持っていくのだが、結局現地で新しい本を買ってしまい、持っていった本は全然読まない、というのがパターンだが今回もそうだった。机に本とCDを積み上げ、妻に借りて持って行っていたノートパソコンでCDを聴きながら、本をペラペラとめくり、缶ビールを飲みながら、北京オリンピックをテレビで観戦。これがパターンだった。
文化村で「青春のロシア・アバンギャルド」という展覧会を観たが、それ以外はどこのギャラリーや美術館にも行く時間がとれなかったのは残念だった。もう少し融通が利くといいのだが、そういうわけにもいかない。二週間休みなしで働いて、さすがに最後の二日間ほどはきつかった。
21日、韓国での家族との日々を満喫した妻と名古屋の空港で再会した。無事にまたいつもの生活に戻っていった。気がつけば、夏が終わろうとしている。

新しい家族

去る7月13日、韓国に住む妻の両親と姉妹、ぼくの両親、兄貴一家、親戚数名を招いて結婚披露宴の意味を込めた小さな食事会を開催した。今年の2月に韓国で結婚式を行ったが日本では何もやっていなかった。その後、結婚報告のハガキを親戚に出したところ、反響が大きく、せっかくだから何らかの宴席を催さなければならないだろうと考えて行われた。妻にしてみれば久々の家族との対面ということもあるが、彼女の家族からも以前から日本で何か披露宴的なものをやってほしいという要望があったことも事実だ。結果的に無事に食事会を終え、皆さんに満足していただけたと思っている。

7月12日(土)
日中は仕事。夜7時過ぎ、定時通りに退社。地下鉄矢場町駅で妻と待ち合わせ、二人で金山へ。名鉄に乗り換えて中部国際空港に向かう。お腹が空いていたので、空港に着いてからおにぎりを買い、食べる。8時50分頃、韓国の家族が到着。両親とお姉さんと妹。約五ヶ月ぶりの対面。6人で再び名鉄に乗り、金山。タクシー2台に分乗して栄のホテルまで行く。ホテルの部屋に集まって少し話す。お母さんからキムチを大量にもらう。妻と二人でタクシーで帰宅。

7月13日(日)
休日だが、早めに起きる。10時半にホテルの下まで出向き、全員集合。栄のデパート「ラシック」できしめんを食べる。その後ラシックをぐるぐる見て回る。女性4人はノリノリだが、お父さんはやや退屈そうだった。矢場町のパルコに行き、「Cat's Garden」というカフェで特大のパフェを皆で食べる。巨大だったが、さすがに6人だとペロリとたいらげてしまった。一度解散し、妻と帰宅。夕方の食事会にそなえ着替える。ご家族4人が今池にある我々の家に来る。6人でまたタクシーに分乗し、食事会のある某ホテルの料亭に向かった。料亭で担当者の人と席順の打ち合わせなどをしていると、ぼくの両親や親戚も集まってきている。予定時刻の夕方5時より少し早く食事会スタート。総勢21名。親戚のほとんどは7,8年前の兄の結婚式以来の再会で、中には15年ぶりぐらいの人もいる。ぼくが前に立って軽く挨拶をし、乾杯。その後は各自適当に食べて飲んで盛り上がる。ビールをついだりつがれたり。韓国のご両親も緊張の様子だが、終始和やかに会は進んだ。最後に全員で記念撮影して7時過ぎに終了。解散となり、全員を見送る。妻と韓国の家族と一緒に宿泊しているホテルに戻り、部屋で少し話したりする。「あたたかい人たちばかりで安心した」とお母さんの言葉にホッとする。妻と帰宅。いろいろ気を使って疲れた一日だったが、気分は晴れ晴れしい。

7月14日(月)
朝早く起床。妻と8時にホテルに出向き、お父さんと待ち合わせ。お父さんだけ今日帰国するので、その見送りだ。3人で中部国際空港に行き、朝食にオムライスを食べる。9時40分頃お父さんは旅立っていった。平静を装っていた妻も別れの際には涙ぐんでいた。その後二人で矢場町に戻り、ぼくは出社。忙しく仕事をする。夜、妻とお母さん、お姉さん、妹と、家の近所の居酒屋「世界の山ちゃん」で合流する。手羽先やどて煮、みそ串カツ、刺身などを食べる。大好評だった。さらに近所のカラオケボックスに流れ、2時間みんなでカラオケ。当然だが、みんな韓国の曲を歌いまくる。韓国にもいい曲がたくさんあるな、と実感。ぼくは米米クラブ「浪漫飛行」、ザ・ブーム「星のラブレター」、ミスター・チルドレン「彩り」、ゴダイゴ「銀河鉄道999」などを歌った。お母さんも含め、みんな歌が上手で驚く。かなり盛り上がって、その夜は解散。

7月15日(火)~16日(水)
仕事で金沢に出張する。デパートで展示作業や販売の仕事をする。妻たちは回転寿司に行ったり、「矢場とん」でみそカツを食べたり、買い物したりと楽しんだようだ。

7月17日(木)
昼から名古屋に戻る。会社で仕事し、夜は再び家族と合流し今池駅近くの居酒屋で食事する。刺身や焼き鳥などを食べ、とにかく韓国の家族は大満足。「日本料理は本当においしい」と絶賛していた。居酒屋の隣がカラオケボックスで、再び流れ込む。大いに盛り上がった。ちなみにぼくは徳永英明「壊れかけのRadio」、山下達郎「Your Eyes」、くるり「ジュビリー」、ザ・ブーム「星のラブレター」(またかよ!)、チューリップ「ぼくがつくった愛のうた」などを歌う。楽しい夜だった。

7月18日(金)
朝早く起床。妻と別ルートで金山に行く。家族も一緒だ。今日でお母さんたちも韓国に帰国する。みんなで中部国際空港へ。朝食にそれぞれうどんやオムライスを食べる。楽しい日々を送れた、とお母さんも姉妹も満足しているようだった。最後にお母さんが妻とハグしたあと、ぼくともハグをしてくれて、なんとなくジンときてしまった。妻と二人でまた帰り、ぼくは仕事に出向いた。

妻の家族と時間を過ごして、やはり愛着みたいなものが確実にわいてきたのを感じている。言葉はまったく通じないのだが、それでも何かは通じ合った気が、錯覚かもしれないが、している。新しい家族ができた、と素直に思いたい。そして、この縁を大切にしなければと思っている。今年に入ってずっと続いてきた「結婚」という一つのイベントがようやく一区切りついた気がする。いや、本当に楽しくなっていくのはこれからだな。そう信じてやっていこう。
食事会