北野武監督『アキレスと亀』を観る | 人生をアートで埋める

北野武監督『アキレスと亀』を観る

北野武監督の最新作『アキレスと亀』を妻と映画館で観た。北野武については、熱烈なファンというほどではないが、何本か映画を観ている。特に『TAKESHIS’』はかなり面白かった。ぼくは日本映画をほとんど観ないし、日本の俳優でも好きな俳優はほとんどいないが、北野武の映画だけは別だ。今回の『アキレスと亀』はアートをテーマにした映画ということもあって、職業柄かなり楽しみにしており、必ず観ようと思っていた。
映画の宣伝文句として、ひたすら芸術を追い求める画家と、それを支える妻との夫婦愛を描いた映画、という触れ込みだったが、観終わってからの印象はかなり違う。画家は異常なまでに芸術だけを糧として生き、妻はそれに巻き込まれていく。夫婦愛というような美しい関係性ではなく、ただ芸術に翻弄されるだけの悲しき夫婦がそこにいる。北野武らしいブラックなユーモアも横溢し、人が易々と死ぬ場面も多く、どこか暗いムードが全体を支配している。芸術とは何か。美術品の価値とは何か。ただのまやかしではないのか。そういったシンプルなテーマがわかりやすく提起される。登場する画商はいかにもずる賢く描かれ、苦笑を禁じえない。
劇中、妻が夫のあまりの無神経さに「(あんた)狂ってる…」と驚き嘆くシーンがあるが、この映画に出てくる登場人物すべてが狂っているようにぼくには見えた。それはつまり我々の社会そのものが狂気の世界であるということなのだろうか。アートの現場にいるとそれは歴然としている。ただの落書きのような絵が何千万という価値を持ってしまう世界なのだから。結局は誰もが翻弄されているのだ。
一言でいってしまえば、この映画は悲劇だ。幼い頃に夢を「持たされて」しまった者の悲劇だ。芸術家になるという夢と折り合いをつけなくてはならなくなってしまった者の悲劇であり、それは一生を台無しにしてしまいかねない。より深く夢を見た者は、より深く罰せられなければならない。きっとそういうことなのだろう。
この映画、ぼくは概ね好きなのだが、不満を挙げるとすればラストシーンである。つげ義春の漫画を原作として、竹中直人が監督した『無能の人』という映画があるが、その映画のラストシーンと酷似しているような印象をもった。シチュエーションはもちろん違うが、ぼくとしては残念だった。