ぼくは何をするのか | 人生をアートで埋める

ぼくは何をするのか

1974年10月20日に生まれたぼくは、あと一ヶ月余で34歳になる。
ぼくにとって35歳という年齢が、男性にとってのひとつのターニングポイントになる年齢だという妙な確信がある。根拠は特にない。昔からそういう気がしていただけだ。
その前には、27歳という年齢もぼくにとって意味があった。27歳のとき、何かが起こる。そう直感していた。実際、27歳になったとき、ぼくはそれまで勤めていたアルバイト先を辞め完全に失業者となり、約五ヶ月の間悶々とした挙げ句、就職をした。現在も勤めているギャラリーにである。いわば27歳を転機にモラトリアムの時代が終わり、ぼくは社会に出た。
そして今、35歳という年齢をあと一年余という期間を経て迎えようとしている。
ぼくはそのとき、何をするだろう。何をしているだろう。
33歳が終わろうとしている今、ぼくの中にいくつかの思いがある。
35歳までに今のギャラリーから独立したいという思いと、35歳までに何か自分の作品を創りたいという思いだ。
前者について。35歳を過ぎてまでサラリーマンでいたくない、という気分が強い。誰かの下で誰かのために働くのではなく、仕事に傾ける労力のすべてを自分のために使いたいという欲求が高まっている。ただし、独立に関してはまったくの白紙である。資金もない。人脈もほとんどない。しかし、白紙なら白紙にとりあえず何かを書きださなければ白紙は白紙のままだろう。まず、「独立」という言葉をぼくは頭の中に物体のように置いてみる。何か妙な気分の良さが生まれる。甘美な気分。独立。自分になる。自分を中心に世界が回りだす。
後者について。かつてぼくは漫画家になりたかった。それが自分の進むべき当然の未来だと信じて疑わなかった時期がある。音楽に夢中になったこともある。ギターをかき鳴らして作詞作曲をした。それこそ曲を創りまくった。しかし、それらすべてが空しく消えた。何かをもう一度創りたい。自分がこの世界に生まれてきた証を残したい、などと大袈裟なことを真顔で言い切ってしまいたい。漫画一本でもいい。キャンバスに何か絵を描いていもいい。曲を作って録音してCDを作ってもいい。とにかく35歳までに、これが自分の作品だというものを創りあげたい。
男には何度か思春期が来る、と佐野元春が言った。ぼくもそう思う。ぼくは今、何度目かの思春期を迎えた。自分の蒼さを取り戻したいとぼくは考える。35歳まで、時間は少ない。NO TIME。ぼくという人間をここに刻もう。