人生をアートで埋める -12ページ目

亀山郁夫とドストエフスキー

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読んでいる。よく売れていると話題になっている亀山郁夫の新訳版だ。わずかな通勤時間を使ってかなりスローペースで読んでおり、2ヶ月かかってようやく全体の半分だ。さすがに呆れる。しかしここにきて物語は急展開を迎えており、これからペースが上がっていきそうだ。
亀山郁夫という人にも興味が湧いている。「カフェ・カラマーゾフ」という名のブログを読んでもものすごく真面目で好感が持てる。本人も文学的世界に耽溺しているのだろう。こういう人をぼくは支持する。秋山駿や大江健三郎などもそうだが、根っからの文学的人間という感じでかっこいいとぼくは思う。ドストエフスキーだけでなく、ロシア芸術、特に二十世紀初頭に花開いたロシア・アバンギャルドに関しての著作も面白そうだ。
ただし、今回のドストエフスキーの訳文に関しては、実はあまり好きではない。かつて読んだ工藤精一郎の訳文の方がぼくには合っているような気がする。読みやすさよりも、ゴツゴツして硬質な文章がぼくは好きなのだろう。ただ、面白さは相変わらずで、亀山郁夫による丁寧な解説や様々な問題提起はスリリングな読書に一役かっている。
本棚

キム・ギドク

韓国のキム・ギドクという映画監督の作品をDVDで何作か観ている。昨年、「絶対の愛」という映画を映画館で観てから興味を持っていたのだ。今のところ、監督デビュー作となった「鰐」、「ワイルド・アニマル」、「春夏秋冬そして春」、「サマリア」、「うつせみ」、「弓」を観た。来月には最新作となる「ブレス」が日本で公開されるので、それもぜひ映画館で観たいと考えている。世界的な映画祭での受賞歴も豊富な彼の映画は一言で言って、とても静謐だ。台詞も少なく、主役級のキャラクターがほとんど話さないという映画も多い。出てくる人は何らかの形の弱者、もしくは敗者である。社会から逸脱した場所で生きている人々。その映像の端々に何とも形容しがたい「悲しみ」のようなものがつきまとう。愛を描いても絶望的な愛だ。暴力もリアルな痛みを伴って描かれる。そして、とても美しい風景や象徴的なモニュメント、あるいは四季を感じさせる情緒豊かな場面が物語の随所に描かれる。感情をあまり感じさせない、突き放した俯瞰的な映像である。その結果、美しく誠実な映画、という印象が残る。映画、あるいは作品作りに対して誠実なのだ。キム・ギドク自身は韓国映画界の異端児と称されているらしいのだが。静かな映画という意味では、多分に宗教的な色合いも感じられる。呪術的といってもいい。要するにどこか禍々しい雰囲気が横溢しているのだ。現実とは少しだけ時空がずれた異世界のようなイメージだ。出てくる女優もいい。はかなげで悲しみそのもののような女優だちだ。多くの男を虜にし、その人生を徹底的に破壊してしまいそうな女達だ。
とにかく、以上のような理由によってキム・ギドクは、ぼくの好きな映画監督の一人になった。

杉真理ライブ

名古屋のライブハウス「BlueNote」で杉真理のライブを観た。杉真理は、ぼくがもっとも敬愛する日本のシンガーソングライターだ。昨年、彼はデビュー30周年を迎え、かつてのアルバムが次々とリマスター及び紙ジャケットでリイシューされた。今年の1月には、竹内まりや、伊藤銀次、松尾清憲、村田和人、堂島孝平など多くのゲストを招いてまさに30周年記念となるニューアルバム『魔法の領域』がリリースされた。東京では記念ライブが何度か行われたが、名古屋では初である。というより、名古屋でのソロライブ自体、恐らく10年ぶりのことだろう。ぼくが前回名古屋で見たライブが20周年という冠がついていたから間違いないと思う。もちろんインストアライブや、松尾清憲らと結成しているバンド・ピカデリーサーカスでは何度か名古屋にも来ている。しかし、それにしても久しぶりだ。とにかくようやく名古屋に来てくれた、という感じで感慨もひとしおだった。思い出を語りだすと切りがないが、ぼくが初めて杉真理の音楽を聴いたのは高校一年生の時だった。1990年である。周りにはもちろん誰も杉真理について知っている人はいなかった。そんなことはどうでもよく、ぼくはひたすら彼の音楽を聴いた。大好きだった。ぼくにポップスの楽しさを教えてくれたのは間違いなく杉真理だ。杉真理の音楽に出会わなければ、ぼくの人生はとてもありふれたつまらないものになっていただろう。彼の音楽には、とにかく音楽そのものへの愛情と敬意がつまっていた。粋なセンスとユーモア、流麗なコーラスへのこだわり、そしてたった3分の曲の中でその一曲の世界が完結していた。精神性は皆無で、ひたすらに綺麗に美しく、それはポップスだった。ポップであることへの情熱とこだわりはずっと一貫していて、その音楽世界は普遍的である。つまり、古くならない。そこが素晴らしい。
家でぼくが杉真理ばかり聴いているので、妻も多少興味を持ってくれた。今回はぼくに付き合ってくれて、一緒にライブを楽しむことができた。初めて入ったBlueNoteは大人の空間だった。客層もかなり年齢層が高い。
開演時間通りに、名うてのミュージシャンをそろえたカルパッチョスなる名前のバンドを従えて杉真理は登場した。50歳を過ぎているのにまったく変わらない、無邪気な少年そのものである、その佇まいに気持ちが和む。「Nobody」や「スキニー・ボーイ」といったぼくが大好きな80年代の名曲で始まり、新作『魔法の領域』で一番好きな「Welcome Home」も早々と披露され、冒頭でぼくの興奮はクライマックスを迎えた。その後も次々と名曲が繰り出され、ずっとぼくは笑っていた。隣で妻も手拍子をしたり楽しそうにしている。幸福な気分を味わった。こんなに楽しいライブは初めてかもしれない。ぼくは本当に杉真理の音楽が好きなんだな、とずっと自分で自分に確認し続けていた。他の音楽なんて、どうでもいい。杉真理の音楽だけがぼくを幸福にしてくれるのだ。何年経っても、本当に素晴らしい音楽だった。
杉真理のことを考えると、とにかく前向きになれるような気がしている。高校生のころと変わらず、ぼくには杉真理の音楽が必要だ。あのころ、ずっとぼくは一人で聴いていた。大学時代も、そのあとも。でも今は一人じゃない。その事実もぼくを感動させた。ライブ終了後、妻の薦めで、ホルモン焼きの店に繰り出しビールを飲んで、二人でホルモン焼きを食べた。頭の中で杉真理の歌声を響かせながら。

そうさ スキニー・ボーイ
やせた喉で 昨日と明日のすきまから
お前の歌 捜し出すんだ
(「スキニー・ボーイ」1982)

ナポレオンフィッシュと泳ぐ日

佐野元春が1989年に発表したアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』が特別限定編集版として再発売された。未発表のアウトテイクやアルバム未収録の音源をまとめたCDと、同年のライブツアーから8月の横浜スタジアムでのライブ(未発表)を収録したDVDが特典として付加されている。このアルバムは、エルヴィス・コステロのプロデューサーとしても知られるコリン・フェアリーをプロデューサーに迎え、コステロのバックバンドのメンバーやブリンズレー・シュワーツといったミュージシャンが参加、大半の曲がロンドンでレコーディングされた。シンプルなコード進行、シンプルなメロディー、日本語にこだわった歌詞、シャウトするヴォーカル、ソリッドな演奏。その結果、とても痛快なロックンロールアルバムに仕上がった。1989年という年は、中国・北京での天安門事件や、ベルリンの壁崩壊など世界的にも激動の一年であった。もちろん日本では昭和から平成に変わった年でもあり、バブル経済の絶頂期でもあった。そうした時代背景の中で作られたこのアルバムは政治的な色彩も感じられるが、佐野元春のキャリアの中でももっとも攻撃的でラディカルな印象を受ける。尖ったアルバム、と言ってもいい。とてもバブルの頃に出たアルバムとは思えない。むしろそうした浮かれたムードを蹴散らすような挑発的で硬派な言葉と歌、演奏だ。
今回、ロンドンでレコーディングする前に、佐野元春の当時のバックバンドであるザ・ハートランドと行われたレコーディングセッションから、お蔵入りになっていた楽曲が数曲披露された。アルバムに収録されたバージョンのいわば試作品である。特に歌詞が変わっているものについては佐野元春の歌詞の推敲の経緯が伺われて興味深い。そしてこの特典音源の中でももっとも重要なのは「枚挙に暇がない」という曲。埋もれていたアウトテイクであり、今回初披露の軽快なスカナンバーだ。かなり面白い。それにしても「枚挙に暇がない」という言葉のチョイスはすごい。他にも「俺は最低」「愛することってむずかしい」といった曲もあり、この頃の佐野元春がいかに新しい語彙を持って日本語のロック表現に立ち向かおうとしていたか、あるいは「ガラスのジェネレーション」「サムデイ」などから彷彿される自身のパブリックイメージをいかに払拭しようとしていたかがわかる。
DVDのライブでは、よりロックンロール色を強めたステージを展開している。歌っているというよりは、なかばやけくそ気味に吼えている、という感じだ。ここでもかなり攻撃的な印象。躍動感に満ち、より高い次元を目指す孤高のロックンローラーといったところだろうか。エネルギッシュでパワフルだ。佐野元春はこのあと1990年には更にやけくそ気味でヘヴィなアルバム『タイムアウト!』を発表し、やがて『スウィート16』『ザ・サークル』という二枚の傑作アルバムを生み出すことになる。この流れは、まさに一人のミュージシャンの進化、あるいは深化の軌跡であると思う。
ぼくがこの『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』を初めて聴いたのは大学一年生の頃だった。15年前である。破壊的なボルテージの高さに圧倒された。特にタイトルナンバーは最初から最後まで、すべての音がぼくにとっては完璧な曲。歩いていると空まで歩いていけそうに軽快なドラミング。現代詩的な抽象表現を凝縮させた歌詞。ファンファーレのように高らかに奏でられるホーンの響き。何かの始まりと、同時に終わりを象徴する曲。佐野元春が一番知的でラディカルで諧謔性が強かった時期。大好きな曲だ。ナポレオンフィッシュという言葉がまずかっこいい。アルバムに収録されている曲の歌詞のどこにも「ナポレオンフィッシュ」という言葉は出てこない。当時のインタビューで佐野元春は、ナポレオンフィッシュという魚は実は見たことがない、できれば一生見たくない、と発言していた。でも、このアルバムのタイトルはナポレオンフィッシュでなくてはいけないとある日確信したのだ、と。そういった佐野元春流のレトリックにぼくはいちいち感動したものだ。ちなみにぼくもナポレオンフィッシュという魚をまだ見たことがない。ただこのアルバムから与えられたイメージは果てしなく大きい。
ところで、このアルバムを発表したとき、佐野元春は33歳だった。つまり今のぼくと同じ年齢だ。ライブ映像を見ながら不思議な気分だった。同い年の佐野元春がそこにいる。どこまでもタフで熱いが、鋭利な視線はきわめてクールだ。革新的でいいよ、ぶっ壊していいよ、命は短い、陽気にいこうぜ、と言われている気がした。1989年よりさらに激動の時代を生きる今、「俺はくたばりはしない」と歌うこのアルバムは有効だ。

結婚と禁煙100日目

昨日は、妻のカウントによると、韓国で結婚式を挙げてからちょうど100日目だったらしい。それを祝して、夜はささやかなパーティーを二人で行った。パーティーといっても、焼き肉を食べまくってビールをいつもより沢山飲んだだけだが、何かとお祝いというのは楽しいものだ。こういう時間も大切だと思った。100日というのはなかなか感慨深い数字である。100日間、ぼくが仕事で会社に行っている間以外の時間はほとんど妻と過ごしてきたことになる。それでも全然飽きないというのは、やはり我々の相性はいい、ということなのだろう。ぼくは結婚に対して何の願望も持っていなかった。どちらかというとネガティブな印象があった。結婚に対する不安は大きかった。しかし、100日過ごしてみて得た結論は、結婚は楽しい、というものである。今後何があるかわからないが、結婚100日目という一つの通過点においてぼくは結婚を充分に楽しんでいる。
ぼく個人に関して、結婚して大きく変わったことは、煙草を止めたことである。結婚100日は、禁煙100日でもある。これは結婚式の当日の朝まで煙草を吸っていたので、この換算に間違いはない。17、18歳のころから煙草を吸ってきたぼくは、ヘビースモーカーともいえないが、約15年にわたって、1日に1箱近くは吸ってきたと思う。特に大学時代は友人達と夜通し煙草を吸い続け、部屋中を煙でいっぱいにしていたものだ。どんなにお金がなくなっても煙草を買うお金だけは確保していた。かつて禁煙を試みたこともあったが、丸1日さえ続かなかった。というより本気で煙草を止めようとしたことがなかった。健康のことなどまったく念頭にない。ぼくは煙草を愛していた。そんなぼくが何故止めたかというと、妻と約束していたからだ。「結婚するまでに煙草を止めるよ」と。あまり現実感を持って約束したわけではない。しかし、実際に結婚が近づくにつれてぼくも焦りだした。結婚寸前に何度も禁煙を試みるが失敗。結局結婚式当日の朝までホテルで吸う、というダメっぷりを露呈した。だが、それ以来ぼくは煙草を止めた。日本に来て新婚旅行中がもっとも苦しかった。泊まっている旅館で妻に隠れて吸おうと何度も思った。しかし踏みとどまり、なんとか軽い禁断症状を乗り越え現在に至っている。禁煙補助剤や禁煙セラピー的なものにも一切頼らなかった。そんなものは必要ないとわかっていた。つまり、禁煙というのは意志だけで可能だと知っていた。逆にいうとぼくはギネスブック並に意志が弱い男なのだ。意志さえあれば何でもできる、と知っていた。実際止めることができた。ぼくの家族や知人はびっくりしていた。ぼくとしては何か偉大なことを達成した気もしない。ただ、ぼくの意志の力というのは恐ろしく大きな可能性を秘めているかもしれない、
などと言ってみたくもなる。今後も恐らく吸うことはないだろう。
禁煙した途端に煙草嫌いになる人も多いと聞くが、ぼくは今の所そんなこともない。確かにレストランや路上でふいに煙草の匂いがしてくると不快ではあるが、それ以上に煙草を吸っている人を羨ましく感じる。いいなあ、と思う。ぼくは今でも煙草を愛している。煙草を憎むことはできない。禁煙100日をぼくは少し誇らしげに、しかし大部分はせつない気分で迎えたのだった。早く「煙草を止めて本当に良かった…」としみじみ思える日が来ることを願っている。