結婚と禁煙100日目
昨日は、妻のカウントによると、韓国で結婚式を挙げてからちょうど100日目だったらしい。それを祝して、夜はささやかなパーティーを二人で行った。パーティーといっても、焼き肉を食べまくってビールをいつもより沢山飲んだだけだが、何かとお祝いというのは楽しいものだ。こういう時間も大切だと思った。100日というのはなかなか感慨深い数字である。100日間、ぼくが仕事で会社に行っている間以外の時間はほとんど妻と過ごしてきたことになる。それでも全然飽きないというのは、やはり我々の相性はいい、ということなのだろう。ぼくは結婚に対して何の願望も持っていなかった。どちらかというとネガティブな印象があった。結婚に対する不安は大きかった。しかし、100日過ごしてみて得た結論は、結婚は楽しい、というものである。今後何があるかわからないが、結婚100日目という一つの通過点においてぼくは結婚を充分に楽しんでいる。
ぼく個人に関して、結婚して大きく変わったことは、煙草を止めたことである。結婚100日は、禁煙100日でもある。これは結婚式の当日の朝まで煙草を吸っていたので、この換算に間違いはない。17、18歳のころから煙草を吸ってきたぼくは、ヘビースモーカーともいえないが、約15年にわたって、1日に1箱近くは吸ってきたと思う。特に大学時代は友人達と夜通し煙草を吸い続け、部屋中を煙でいっぱいにしていたものだ。どんなにお金がなくなっても煙草を買うお金だけは確保していた。かつて禁煙を試みたこともあったが、丸1日さえ続かなかった。というより本気で煙草を止めようとしたことがなかった。健康のことなどまったく念頭にない。ぼくは煙草を愛していた。そんなぼくが何故止めたかというと、妻と約束していたからだ。「結婚するまでに煙草を止めるよ」と。あまり現実感を持って約束したわけではない。しかし、実際に結婚が近づくにつれてぼくも焦りだした。結婚寸前に何度も禁煙を試みるが失敗。結局結婚式当日の朝までホテルで吸う、というダメっぷりを露呈した。だが、それ以来ぼくは煙草を止めた。日本に来て新婚旅行中がもっとも苦しかった。泊まっている旅館で妻に隠れて吸おうと何度も思った。しかし踏みとどまり、なんとか軽い禁断症状を乗り越え現在に至っている。禁煙補助剤や禁煙セラピー的なものにも一切頼らなかった。そんなものは必要ないとわかっていた。つまり、禁煙というのは意志だけで可能だと知っていた。逆にいうとぼくはギネスブック並に意志が弱い男なのだ。意志さえあれば何でもできる、と知っていた。実際止めることができた。ぼくの家族や知人はびっくりしていた。ぼくとしては何か偉大なことを達成した気もしない。ただ、ぼくの意志の力というのは恐ろしく大きな可能性を秘めているかもしれない、
などと言ってみたくもなる。今後も恐らく吸うことはないだろう。
禁煙した途端に煙草嫌いになる人も多いと聞くが、ぼくは今の所そんなこともない。確かにレストランや路上でふいに煙草の匂いがしてくると不快ではあるが、それ以上に煙草を吸っている人を羨ましく感じる。いいなあ、と思う。ぼくは今でも煙草を愛している。煙草を憎むことはできない。禁煙100日をぼくは少し誇らしげに、しかし大部分はせつない気分で迎えたのだった。早く「煙草を止めて本当に良かった…」としみじみ思える日が来ることを願っている。
ぼく個人に関して、結婚して大きく変わったことは、煙草を止めたことである。結婚100日は、禁煙100日でもある。これは結婚式の当日の朝まで煙草を吸っていたので、この換算に間違いはない。17、18歳のころから煙草を吸ってきたぼくは、ヘビースモーカーともいえないが、約15年にわたって、1日に1箱近くは吸ってきたと思う。特に大学時代は友人達と夜通し煙草を吸い続け、部屋中を煙でいっぱいにしていたものだ。どんなにお金がなくなっても煙草を買うお金だけは確保していた。かつて禁煙を試みたこともあったが、丸1日さえ続かなかった。というより本気で煙草を止めようとしたことがなかった。健康のことなどまったく念頭にない。ぼくは煙草を愛していた。そんなぼくが何故止めたかというと、妻と約束していたからだ。「結婚するまでに煙草を止めるよ」と。あまり現実感を持って約束したわけではない。しかし、実際に結婚が近づくにつれてぼくも焦りだした。結婚寸前に何度も禁煙を試みるが失敗。結局結婚式当日の朝までホテルで吸う、というダメっぷりを露呈した。だが、それ以来ぼくは煙草を止めた。日本に来て新婚旅行中がもっとも苦しかった。泊まっている旅館で妻に隠れて吸おうと何度も思った。しかし踏みとどまり、なんとか軽い禁断症状を乗り越え現在に至っている。禁煙補助剤や禁煙セラピー的なものにも一切頼らなかった。そんなものは必要ないとわかっていた。つまり、禁煙というのは意志だけで可能だと知っていた。逆にいうとぼくはギネスブック並に意志が弱い男なのだ。意志さえあれば何でもできる、と知っていた。実際止めることができた。ぼくの家族や知人はびっくりしていた。ぼくとしては何か偉大なことを達成した気もしない。ただ、ぼくの意志の力というのは恐ろしく大きな可能性を秘めているかもしれない、
などと言ってみたくもなる。今後も恐らく吸うことはないだろう。
禁煙した途端に煙草嫌いになる人も多いと聞くが、ぼくは今の所そんなこともない。確かにレストランや路上でふいに煙草の匂いがしてくると不快ではあるが、それ以上に煙草を吸っている人を羨ましく感じる。いいなあ、と思う。ぼくは今でも煙草を愛している。煙草を憎むことはできない。禁煙100日をぼくは少し誇らしげに、しかし大部分はせつない気分で迎えたのだった。早く「煙草を止めて本当に良かった…」としみじみ思える日が来ることを願っている。