せつなさを生きる
ぼくの大好きな漫画に、つげ義春の『無能の人』という作品がある。売れない漫画家の主人公とその妻、息子の三人の貧乏暮らしを物語の軸とした、独特なユーモアと寂寥感に満ちた作品だ。その中のエピソードで、珍しく家族三人で旅行に行く話がある。山奥の汚い民家のような旅館、静かな夜、寝床で妻が「こうしているとこの広い宇宙に私たち三人だけみたい」と、主人公の夫に語りかける。「いいじゃないか、俺たち三人だけで……」と彼は返すのだが、ぼくはこの場面が大好きなのだ。後に竹中直人が自ら主演でこの作品を映画化したが、やはりこのシーンはきっちりと再現されていた。
昨日と今日は二日休みがとれたので、ずっと妻と一緒に過ごした。ぼくは友達も極端に少ないし、妻は韓国からぼくだけを頼って一人で来ているわけで、当然、仕事以外の時間は妻と過ごすことが多い。一緒にいると、まるで世界中でぼくたち二人だけで生きているような気がしてくる。
妻は最近仕事を探している。アルバイトでも正社員でもどちらでもよく、興味のある会社に連絡し、履歴書を書いて面接を受けにいく。しかし、思ったようにうまくいかない。外国人であること、そして主婦であるということがネックになっているのだろう。彼女は日本でいえば早稲田大学クラスの大学を卒業しているのだが、そんな学歴もほとんど通用しないようだ。陽気な性格の彼女は、韓国のアートフェアなどでは、他のギャラリーのオーナーから「ぜひうちで働かないか?」と誘われるほどのキャラクターなのだが、その人柄や、日本語の能力などもあまり結果に響かない状態だ。
外国人であるということで、様々な壁がある。区役所での手続き、外国人登録の手続き、その他いろいろ面倒なことが多い。ぼくたち二人とそれを取り囲む世界、という感じに世界は分断されてしまったような気がしてくる。なんとかその外の世界と折り合いをつけなければ生きていけない。
しかし、彼女はあきらめない。ひたむきにまた仕事を探して面接を受けようとしている。周囲の世界と戦おうとするのではなく、必死で片手を差し出そうとしている。彼女を見ているととてもせつない気分になってくる。せつない、というのは決してネガティブな感情ではない。ぼくに何ができるだろう、と考える。自分の無力さを思い知る。毎日は、このせつなさを生きることだ。
昨日と今日は二日休みがとれたので、ずっと妻と一緒に過ごした。ぼくは友達も極端に少ないし、妻は韓国からぼくだけを頼って一人で来ているわけで、当然、仕事以外の時間は妻と過ごすことが多い。一緒にいると、まるで世界中でぼくたち二人だけで生きているような気がしてくる。
妻は最近仕事を探している。アルバイトでも正社員でもどちらでもよく、興味のある会社に連絡し、履歴書を書いて面接を受けにいく。しかし、思ったようにうまくいかない。外国人であること、そして主婦であるということがネックになっているのだろう。彼女は日本でいえば早稲田大学クラスの大学を卒業しているのだが、そんな学歴もほとんど通用しないようだ。陽気な性格の彼女は、韓国のアートフェアなどでは、他のギャラリーのオーナーから「ぜひうちで働かないか?」と誘われるほどのキャラクターなのだが、その人柄や、日本語の能力などもあまり結果に響かない状態だ。
外国人であるということで、様々な壁がある。区役所での手続き、外国人登録の手続き、その他いろいろ面倒なことが多い。ぼくたち二人とそれを取り囲む世界、という感じに世界は分断されてしまったような気がしてくる。なんとかその外の世界と折り合いをつけなければ生きていけない。
しかし、彼女はあきらめない。ひたむきにまた仕事を探して面接を受けようとしている。周囲の世界と戦おうとするのではなく、必死で片手を差し出そうとしている。彼女を見ているととてもせつない気分になってくる。せつない、というのは決してネガティブな感情ではない。ぼくに何ができるだろう、と考える。自分の無力さを思い知る。毎日は、このせつなさを生きることだ。