人生をアートで埋める -4ページ目

岡本太郎

今年生誕100年を迎えるということで、岡本太郎の展覧会が東京国立近代美術館で開催されるという。それに伴い、様々なメディアで岡本太郎が取り上げられている。今月号の「芸術新潮」と「美術手帖」は岡本太郎の大々的な特集号となっており、つい買ってしまった。また、筑摩書房からは岡本の数々の著作を再編集したセレクション「岡本太郎の宇宙」が刊行され始め、その第1巻となる『対極と爆発』(ちくま学芸文庫)も買った。岡本太郎は天才というしかない存在なのだが、驚くのはその圧倒的なエネルギーだ。生きることのエネルギーを放出し続け、その作品を観ることはそのエネルギーを浴びることだと思う。上手い下手、いい悪いといった価値基準を超越して、その作品はそこにある。
『対極と爆発』には、名著『今日の芸術』が収められている。この本を読んだのは数年前だが、とにかく凄まじい本で、すべてのアーティスト志願者(…と書くと、バカみたいだが)必読の書であると思う。伝統にしがみつくのではなく、伝統を自分で作るのだ、と彼は語る。あらゆる制約、常識、約束事から自由であれ、と。画壇的なるものへの呪詛に満ち、どこにも属さず、ただひたすら我が道を貫いた彼の姿勢がよく理解できるし、何よりも彼がそれを実行し生き抜いたことに、頭を垂れるしかない。その他にも花田清輝や野間宏といった文学者との座談会なども収録され(はっきりいって何を言っているのか全く理解できないのだが)、とても興味深い1冊である。ジョルジュ・バタイユとも親交のあった岡本太郎は多分にアバンギャルドな文学者としての側面もある。
東京での展覧会、なんとか機会を見つけて見に行きたいものだ。

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ぶらぶら美術・博物館

毎週火曜日の午後8時からBS日テレで放送中の「ぶらぶら美術・博物館」というテレビ番組をたまに観ている。山田五郎を中心に、お笑い芸人のおぎやはぎと、女優の相沢紗世が様々な美術館を見て回り、感想を述べ合ったり解説したり、という番組である。山田五郎が美術に関する博識ぶりを披露し、作品について熱く語るのだが、おぎやはぎや相沢紗世ははっきりいってそれほど美術に強い関心があるわけでもなく、冷めた調子でそれを受け流していく番組、と言い換えてもいい。正直いってぼくとしては、おぎやはぎも相沢紗世も邪魔なだけでどうでもいいのだが、番組的にはバラエティ色も出ていいのだろう。
今週はいつものように美術館ではなく、銀座の画廊巡りというのがテーマだった。絵は美術館で鑑賞するためのものだけではなく、購入して自宅で楽しむこともできるのだ、ということにスポットを当てていた。出てきた画廊は、ギャルリーためなが、相模屋美術店、ギャラリー玉英、柳画廊の4社。錚々たる画廊といっていいだろう。高額な作品も多く紹介され、その価格を聞いていちいち驚く出演者たち、という演出。それぞれ画廊のオーナーやスタッフが自分たちの画廊の特色やイチ押しの作家を紹介していく。作品の説明のやりとりが、普段ぼくも展覧会でお客さんとやっていることと同じで、なんだか恥ずかしくなってしまった。小磯良平の版画に「EA」と記載されていて、「EAって何ですか?」「それは作家保存版という意味です」なんていうやりとりは、ぼくも死ぬほどやってきている。大御所の画廊ばかりで大変僭越ではあるのだが、他人事とは思えない、とてもリアルな番組だった。
それにしても、山田五郎が作品を2点購入したのには驚いた。2つの画廊のそれぞれイチ押しの若手作家のものでどちらも20万円ほどのものだった。いや、本当に買ったのかは定かではないが、その作家のものを2、3点観ただけで「よし、買った!」と言ってのけた山田五郎。いいお客さんだよな、と心から思った。

ギャラリーフェイク

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美術の勉強をしよう、ということで、とりあえず家に数冊あった漫画を読んでみた。細野不二彦の『ギャラリーフェイク』という作品。以前から気になっていたのだが、買ったままあまり読んでいなかった。3巻まで読んだ。面白い。荒唐無稽な面もあるが、1話1話完結していてその情報量、密度は濃いし、勉強になる。絵画だけでなく、宝石や茶道具など幅広く扱っているのもいい。これからブックオフ辺りで買い集めて読んでいこうかな、と思った。ぼくはかなりの漫画マニアではあると思うのだが、この手のメジャーな作品には極めて疎い。結構人気があったようで単行本も多い。ヒット作なのだろう。細野不二彦といえば『さすがの猿飛』や『GU-GU ガンモ』が有名だが(古いか?)、全然好きではない。むしろぼくは『BLOW UP!』という作品がとても好きだった。ジャズの世界で生きていこうとする若いサキソフォンプレイヤーの話だ。単行本全2巻と短いが、何度も繰り返し読み返した。映画監督を目指す若者たちを描いた『あどりぶシネ倶楽部』という作品もあったな、と思い出した。ぼくにとって細野不二彦はその2作品だ。この『ギャラリーフェイク』も漫画としてよく出来ている。全然好きな絵柄ではないが、話のまとめ方もうまいし、人物造形も巧みである。さすがだな、と思う。

佐野元春「月と専制君主」

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佐野元春のセルフカバーアルバム『月と専制君主』を聴いた。デビュー30周年を記念した制作されたアルバムだ。
セルフカバーアルバムを作る、というアナウンスがあった時にはあまり期待していなかったのだが、収録曲が公表された時には驚いた。安易なヒット曲集といったものではなく、アルバムの中でも地味だったり、ライブでもあまり取り上げられない曲が多かったからだ。実際聴いてみて、それはとても満足できる内容だった。結論を言ってしまえば、様々な音楽的趣向を凝らした、とても素晴らしいアルバムだ。
中でも個人的に良かったのは、「C'mon」という曲。アルバム『Stones and Eggs』(1999)に収録されている曲で、その時から好きな曲だったが、アレンジがガラッと変わり、ダン・ヒックスを思わせるアコースティック・スウィング調になっていてかなりクールでかっこいい。また、「君がいなければ」という曲も元々大好きな曲で、これがカバーされたこともうれしい。佐野元春のヴォーカルは、近年喉の調子の悪さが指摘されている。高音が出ない、声量がない、といったことだが、そのヴォーカルも新たな魅力を感じさせるものになったのではないか。ぼくは今の佐野元春の歌声が好きだ。
表題曲である「月と専制君主」も良かった。この曲は全然好きな曲ではなくほとんど聴き返すことがなかった。LOVE PSYCHEDELICOが参加した「彼女が自由に踊るとき」や、トム・ウェイツみたいなアレンジになった「クエスチョンズ」もそうだ。アルバム全体にアコースティックな雰囲気が漂い、アナログ的な柔らかな温かさがある。とても優しい、聴き心地のいいアルバムだ。

30周年ということでメディアに登場する機会も多くなった。雑誌でも特集が組まれたりしている。音楽雑誌「ミュージックマガジン」は10年以上ぼくが購読している雑誌だ(その姉妹誌「レコードコレクターズ」も)。佐野元春へのインタビューがよかった。
「別冊カドカワ」では、様々なミュージシャン達からのコメントが載っていて興味深い。杉真理と伊藤銀次、堂島孝平による佐野元春を巡る鼎談もあった。「佐野元春への30の質問」というページでは「佐野さんが今思うつまらない大人とは?」という質問に、「愚痴を言ったり、当人のいないところで悪口を言ったり、『しょうがないや』と諦めたり、愛すべき人をちゃんと愛さなかったり、そういう人ですね。」と回答していた。肝に銘じよう、と思う。

昨日はフジテレビ系の「ミュージックフェア」というテレビ番組に出演し、レミオロメンと共演していた。そういえば20周年の時にも同番組に出演し、その時はエルヴィス・コステロと共演していたな、と懐かしく思い出した。レミオロメンとは「約束の橋」と「ヤングブラッズ」を歌ったのだが、早く新曲が聴きたい、と痛切に思う。新曲で勝負する佐野元春が早く観たい。

人生をアートで埋める宣言

人生をアートで埋める。
今年はこれをテーマに毎日を生きてみようと思う。
ぼくは美術画廊に勤務している。国内外を問わず近代絵画の巨匠から、無名の現代美術作家まで幅広く取り扱っている画廊だ。働き始めてから3月で丸9年を迎える。10年目に突入だ。10年といえば、ベテランといっていいのではないか。しかし、自分がベテランであるという自覚は皆無だ。情けない。なんとなくダラダラと仕事をこなしてきただけのような気がする。腰がすわっていなかった。
とりあえず、今年は初心に帰って、もう一度美術について勉強しようと思う。本気を出して、必死に勉強して、もっと真面目に仕事に取り組んでみようと思う。
36歳にもなって、馬鹿みたいだ。いや、まぎれもない馬鹿だ。100%の馬鹿だ。
ぼくはこの世界で生きていく。この美術の世界を泳いでいく。そう決める。決めることにした。少なくとも今年一年は。
考えてみれば、この仕事は素晴らしい仕事だ。
ぼくは昔から漫画や音楽が好きだったわけだが、そういった趣味の領域において培った見識も仕事に生かせるような気がする。好きな漫画を読んだり、文学を読んだり、音楽を聴いたり、映画を観たり、ということが、間接的にせよ、美術の世界にも繋がっていく。すべてがフラットに、アートであり、その世界に漂う存在としてぼくがいる。
仮にぼくがクルマのセールスマンや銀行員であったなら、こうはいかない。趣味は趣味として完結し、仕事とは切り離されるだろう。
趣味も仕事も関係ない。ぼくはアートを生きていくのだ。
例えばぼくは大学時代、澁澤龍彦にハマった。彼の著作を濫読した。今、ふと彼の本を開くと、そこには加山又造について、あるいは池田満寿夫について書かれていたりして嬉しくなる。繋がっているのだ、と思う。ぼくの大好きなミュージシャン、ルー・リードは、アンディ・ウォーホルのプロデュースによってデビューした(ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとして)。繋がっているのだ。
とにかく今年はアートについて学び、遊び、思考し、一生懸命仕事をして結果を出そう。そう決めた。今頃こんなことを言って、遅過ぎるだろうか。「遅いと思った時こそが、一番早い時だ。と、韓国では言うよ」と妻が言った。さすが韓国人だ。
政治も経済も世界情勢もどうでもいい。ぼくはアートに生きる。ぼくの観るもの、聴くものすべてがアートである。
3日後には「もう会社辞めたい」などと言っているかもしれないが。とにかくがんばろう。