村本来の活動
村内において、私は明らかに異分子、すなわちウィルスです。しかし、コンピュータ・ウィルスとは違って、そのシステムを乱すことだけが目的なのではありません。あくまでも「村本来の活動」ができるシステムの構築を目指しているのです。
「村本来の活動」とは、言うまでもなく理想社会を実現する活動に他なりません。具体的には公益事業の推進ですが、その内容については徐々に明らかにしていくつもりです。ここでは、それを推進していく労働のあり方について考えてみたいと思います。
先ず、これは少し内容の問題にも関わってきますが、内橋克人氏の言われる「社会的有用労働」と「企業内有用労働」という区別に基いて言えば、新しき村の公益事業が前者であることは明白です。すなわち、営利(金を稼ぐこと)を目的とする労働ではなく、あくまでも社会にとって意味のある労働ということです。勿論、きれいごとだけでは生きていけません。生活していくためには、お金を稼ぐことも必要になるでしょう。しかし、だからと言って、「社会的有用労働」を断念することはできません。
確かに現在の社会で「社会的有用労働」をしようとすれば、それはボランティア活動ということになります。しかし、それでは本当に持続する活動にはならないでしょう。それ故、これも内橋氏が言われていることですが、「食えるボランティア」もしくは「継続するボランティア」というものが必要になるわけです。つまり、「社会的有用労働」で食っていけるシステムの構築――これが新しき村の当面の課題になると思うのです。
村内会員
私は現在村内会員である人のことをとやかく批判するつもりはありません。私が問題にするのは、あくまでも「村内会員」という概念です。と言うのも、それはどうしても閉鎖的な傾向をもたらすからです。
例えば、新しき村の活動をスポーツに見立てれば、村内会員はグランドでプレーする選手であり、村外会員は観客席で声援を送るファンである、というのが現在の基本的な構図だと思われます。私はその構図をこそ批判したいのです。
尤も、村内会員が「村本来の活動」を積極的に推進していれば話は別です。村外会員はそれをサポートする役にまわってもいいでしょう。しかし、村内会員が生産事業に追われて他の活動に手がまわらない現状においては、村外会員が「村本来の活動」を担っていくしかないと思うのです。言い換えれば、新しき村の将来を切り開いていく可能性は村外会員の活動にしかないのです。しかし乍ら、今の状況では、村外会員の主体的な活動は村内で認められないでしょう。先ず、それを認めさせることが突破口になると思います。
何れにせよ、村は今のままでは駄目です。一昨日の定例会では、体験入村を希望する或る大学生のことを話し合いましたが、総じて歓迎しない雰囲気でした。やはり自分達の生活を外部の者に乱されたくないという閉鎖的な意識によるものと思われます。勿論、積極的に歓迎すべきだとの意見も出されましたが、残念乍ら少数にすぎません。私としては必ずその学生の体験入村を実現させるつもりですが、そうした小さなことから村内の閉鎖的な雰囲気に風穴を開けたいと思っています。
村外会員
言葉の整理をしておきます。と言うのも、今後の活動は村外主導で行なっていこうと思っていますが、村外会員が村で活動するということには、どうしても寄生的なイメージが付きまとうからです。勿論、それは私の本意ではありません。そもそも繰り返し述べている「新しき村の会員に村内も村外もない」という私の立場からすれば、「村内・村外」という言葉を用いること自体に抵抗があります。しかし、埼玉県は毛呂山町に実在する村を基準に考えれば、否応なく「内と外」ができてしまいます。それ故、「村外会員」という言葉について、少し整理が必要だと思うのです。
確かに実体としての村には「内と外」があります。しかし、関係態としての村にはそのようなものはあり得ません。すなわち、「新しき村の精神」に共鳴する人々によって形成される輪(ネットワーク)に「外」はない、ということです。共鳴者それぞれの共働する関係が村なのです。従って、実体としての村には「村外会員」はありますが、関係態としての村にとって「村外会員」というものの存在は原理的に不可能だと言えるでしょう。先ず、この点を確認しておきたいと思います。
その上で、私は「村外会員」という言葉の意味をディコンストラクトしたいと思います。と言うのも、その言葉はこれまで、言わば「武者小路実篤ファンクラブの会員」もしくは「村内会員の支援者」という二次的な意味にしかすぎなかったからです。それを今後は「村本来の活動=公益事業を主体的に推進していく者」という意味にしたいのです。
勿論、我々は現在、実体としての村を前提に活動しているので、「村外会員」という言葉を否定することはできません。しかし、たとい「村外会員」としての活動であっても、それは村内の活動とは独立したものであるという自覚が必要になるでしょう。真の意味での「新しき村」を創造していくという連帯感――そこに関係態としての村の「会員」であることの意味があると思います。
トロイの木馬
問題は、「実体が関係態に先立つ」という現実に即して如何に活動するか、ということです。言うまでもなく、私にとって「新しき村は共同体のままでいい」ということはあくまでも暫定的な認識であり、「共同体としての新しき村」は言わば自転車の補助輪の如きものです。最終的には補助輪などなしに自由に自転車を乗りこなせるようにならねばなりません。しかし、当面は補助輪の存在を前提にして、今後の活動について考える必要があるでしょう。
では、具体的にどうすべきか。先ず、「共同体としての新しき村」は村内会員が運営し、「関係態としての新しき村」は村外会員が担っていく、というこれまた暫定的な認識を示しておきたいと思います。勿論、村内中心の現体制においては、村外の活動は村内のそれに寄生するものでしかないでしょう。しかし、村外会員が増え、その自主的な活動が盛んになれば、現在の力関係は必ずや逆転できるものと信じます。ただ誤解のないように断っておきますが、その逆転は村内会員の否定を目的とするものではありません。あくまでも村内と村外が対等に活動できる体制を実現するための第一歩なのです。
かく言う私は現在、村内会員ですが、理念的にはすでに(むしろ、最初から、と言うべきかもしれません)村外会員だと言えるでしょう。言い換えれば、村内会員としての私の役割は、村外会員の活動の活性化を村内から画策することにあります。主体的な意志をもった村外会員による「新しき活動」が進めば、自ずと関係態は築かれていくと思われます。
実体と関係態
単に「一所懸命に働く」ということだけであれば、新しき村の外でもそれを実行している人はたくさんいるでしょう。むしろ、公益法人として様々な優遇措置を受けている村よりも外の方が、更に一所懸命に働かざるを得ぬ状況にあると言えます。重要なことは、一体何のために一所懸命に働くか、ということに他なりません。
私自身は、「一所懸命に働く」ことがそのまま「自己を生かす」ことにつながるような社会を実現したいと思っています。すなわち、「自己を生かす」ことをするために嫌々「一所懸命に働く」のではなく、その両者が統合されるような社会です。それが「祝祭共働態」なのですが、それを実現するためには如何にすべきでしょうか。
私は「卒啄同時」とか「入村ではなく参画」とか勝手なことを言っていますが、現実に新しき村を共働態へと変革することは並大抵のことではありません。殆ど不可能だと言ってもいいでしょう。そもそも現に目に見える形で実在する新しき村は「実体としての共同体」以外の何ものでもなく、それを「関係態としての共働態」へと変革することは実体としての村を無に帰すること(つまり、事実上の村がなくなるということ)を意味します。論理的にはそうならざるを得ません。しかしそれは、例えばスクリーンなしにフィルムを上映しようとするに等しく、現時点では全く非現実的なことです。(現時点では、と強調するのは、私は「実体なき関係態」というものの可能性を遠い将来に展望しているからです。)
それ故、私は最近、新しき村は共同体のままでいいのではないか、と思い始めています。と言うのも、今の段階では、実体なしに関係態を築くことなどできないからです。つまり、先ず共同体としての村があり、それに各自が主体的に関係することによってのみ共働態は実現する、ということです。実体が関係態に先立つ――これが現実だと思います。
入村と参画
以前の便りで、パウル・ティリッヒの「同一化」(identification)と「参与」(participation)の区別について述べたことがあります。すなわち、彼によれば、仏教がリアリティとの「同一化」を目指しているのに対し、キリスト教は人格的な神の働きに「参与」することを求めているというものです。そうした仏教とキリスト教の対比の是非は別にして、「同一化」と「参与」の区別に基いて、共同体と共働体の差異を次のように定義することができるでしょう。
共同体:単一の理念によって形成される組織への「同一化」が求められる実体
共働態:個々の人間が様々な理念から「参与」することで形成されていく関係態
更に、この差異に基いて、共同体への「同一化」を「入村」、共働態への「参与」を「参画」と呼びたいと思います。その上で、私の「ユートピア実現」に向けての戦いは、新しき村を共同体から共働態へと移行させることであると明言しておきます。
勿論、私は「新しき村」に固執するつもりはありません。全く白紙の状態から共働態を実現していく方が現実的だと判断すれば、直ちにそうするでしょう。しかし、今は新しき村の可能性を活かす方向で、もう暫く努力を続けてみようと思っています。具体的には、この便りやHPを通じて、我々の活動への「参画者」を一人でも多く結集することです。そのためには、「入村」という古い概念を一掃する必要があるでしょう。「入村」ではなく、「参画」――重要なことは、常に主体的かつ自由であることです。
関係態としてのユートピア
新しき村にもHPがあり、一応私が管理していますが、先日「この内容では村外会員が増えることはあっても、入村者(村内会員)の増加にはつながらない」との御意見を戴きました。確かに現在のHPには色々と問題があります。もともとそのHPは、私と入れ違いに村を離れた人が作成したもので、私はそれを引き継いだ形で手直ししているにすぎません。できれば全く新しく作り直したいのですが、私にその技術がないので、現在のフレームに「接木」を余儀なくされているのが現状です。しかし、その「接木」に私の理念が反映されていることは言うまでもありません。先ず、その理念について述べたいと思います。
村のHPには、村に関する客観的情報(村の生活と公益活動の内容、生産事業の概要など)もさること乍ら、村で生活する人間の声(主体的意見:自分の理想とする新しき村についての見解など)が中心になるべきだ、と私は考えています。それ故、村のHPを引き継ぐ際に、定例会で皆に次のように言いました。「私は、皆さんのそれぞれの主体的な意見が村の声であるべきだと思っています。すなわち、誰かが検閲して、HPに載せるべき村公認の意見とするのではなく、それぞれが自分のページを持ち、そこで自由に自分の意見を述べていく――勿論、個人の誹謗中傷など、余りにもひどい内容のものは自ずと排除されるでしょうが、基本的に個々の主体的な活動を自由に発信していくHPにしたいのです。」尤も、主体的な意見を寄せる者は殆どおらず、主に私が中心に意見を述べているだけなので、結果的に村のHPは私の「私物化」の様相を呈しています。しかし、それは私の本意ではなく、あくまでも個々の多元的な声の饗宴こそが私の目指したものなのです。
さて、冒頭に述べた村のHPに関する意見についてですが、私は「村外会員が増えさえすればいい」と思っています。そもそも私は、新しき村の精神に共鳴する会員に村内も村外もなく、また新しき村そのものを実体とは考えていないので、「入村」ということを余り重要視していません。勿論、村で生活し、共に理想実現のために共働してくれる同志が来てくれるのを心から待っています。しかし、それは「入村」ということとは微妙にズレるのです。
私が「入村」する際に、「村に骨を埋める覚悟があるか」と問われました。私は「そんな覚悟はない」と答えました。或る閉じられた空間の前で、恰も踏絵を差し出されて、その中へ入る覚悟があるか否かを問われるような共同体は私の目指す「新しき村」ではないと思ったからです。尤も、こうした私の考えは今でも充分理解されてはおらず、それが私の活動に対する不信感にもつながっているでしょう。実際、現在の村は未だ共同体であり、そこに求められるのは一元的に村に骨を埋める覚悟のある「入村者」に他なりません。私はそうした共同体の構造をこそぶち壊したいのです。
「真のユートピア」は共同体(実体)ではなく、あくまでも共働態(関係態)であるべきです。従って、その関係態の輪を広げていくことこそが重要だと思います。
善きサマリア人の譬え
イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」(ルカによる福音書)
私は昨日の便りで、今の村では単に「一所懸命に働いている」だけでは駄目だ、と述べましたが、おそらくその真意は正確に伝わっていないでしょう。勿論、その責任は私自身にあります。「一所懸命に働いている」ことの問題性をうまく表現できないのです。
それは単に経済性の問題ではありません。すなわち、今の状況で一所懸命に働いても村を経済的に豊かにすることなどできない、ということだけではないのです。確かに村の経済には根本的な構造改革が必要だと思います。しかし今ここで問題にしたいことは、例えば草刈に精を出すことには意味がない、ということではないのです。
私は「自分は草刈を含めた農作業だけに専念するつもりはない」と言う時、冒頭に引用した「善きサマリア人の譬え」を思い出します。村に雑草が生い茂る。そして村の景観を美しく保つためには、誰かが草刈をしなければならない。――そうした状況において、結果的に草刈をしないのは、追いはぎに襲われた人を見て見ぬ振りをする祭司やレビ人に等しいのではないか。少なくとも、自分は「善きサマリア人」ではない、と思うのです。
しかし乍ら、私は次のようなことを考えます。確かに目の前に苦しんでいる人がいれば、とにかく直ちにその人を助けようとすべきです。それは人間として当然のことでしょう。しかし、そうした次元とは別に、その「苦しみ」を根源的に解決するためには、敢えてその現場を離れることも必要になると思うのです。ここには私がたびたび問題にしている「研究と実践」のディレンマがあります。
例えば、或る病気に苦しんでいる人を救う実践とその病気についての研究です。勿論、最終的には研究と実践は統合されますが、その過渡期において研究者は実践の現場から離れることを余儀なくされるでしょう。尤も、これはあくまでも日常の生き方の問題であって、災害などの非常時には研究者といえども現場に駆けつけると思われます。私が言いたいのは、研究者と実践者ではその立場に質的な違いがある、ということです。
「善きサマリア人」は明らかに実践者です。私もそのような実践者になりたいと思っています。しかし、特に「ユートピアの実現」という課題について言えば、真の実践を行うためには研究者でもなければなりません。すなわち、医療の現場とは異なり、「ユートピアの実現」の現場では研究と実践は同時に行なわれねばならぬ、と思うのです。どうもうまくまとまりませんが、時間がないので本日はこれくらいにしておきます。
村の生活
Y氏との件は一応の決着を見たものの、後味の悪さは禁じ得ません。と言うのも、彼が一所懸命に労働していることは間違いないからです。だから、言わば働き者のやる気を失わせる結果になることを恐れるのです。これは単に仏心から言うのではありません。そこには、私が目指す「村の変革」に必然的に伴う問題があるからです。
Y氏に限らず、村の人は本当によく働きます。その点では、村には何も問題がないように見えますが、私はその現状をこそ変革しようとしているのです。勿論、それは「よく働く」現状に対してではなく、その労働が村本来の使命と絶縁している現状に対してに他なりません。
例えば、先日の対話の際にY氏は「義務労働をしっかり果して、その後自分の好きなことをする。それが村の生活だ」というようなことを言いましたが、こうした発言に現在の村における労働の問題点が如実に現れていると思います。実際、Y氏の言うような個人主義的な生活が「村の生活」なら、それは一般のサラリーマン生活と何ら変わるところはないでしょう。むしろ、村外の生活の方が自由に好きなことができるようにも思えます。しかし、その点を指摘すると、Y氏は「村に来てからの方が、自分の好きなことができている」と言いました。それはおそらく、村では今のところビジネスの面でそれほどシビアになる必要はなく、単に農業労働に汗を流していれば日々の生活が保障されるからでしょう。しかし、そうした生活の保障がいつまで続くものか、その点を深く認識している村人は多くないのが現状なのです。
何れにせよ、今の村では単に「一所懸命に働いている」だけでは駄目なのです。こんなことを言えば、「一所懸命に働いている」人達を馬鹿にしているように聞こえるかもしれませんが、決してそうではありません。しかし、その点を皆に理解してもらうのは実に難しいことです。「村の変革」の必要性を如何にして訴えるか――それが今の私の課題です。
Y氏との対話
昨日朝食をとっていると、「日比野さん」と背後から呼びかけられました。振りかえると、Y氏が難しい顔をして近づいてきます。「こいつ、また無駄飯を食うなとでも言いに来たのか…」と少し身構えましたが、意外にも「食事中、申し訳ないですが…」と丁寧に切り出しました。
「今度の会でまた草刈のことを言うつもりですが、どうせ曖昧な議論になって、時間ばかりかかってしまうと思います。それで事前に日比野さんと話し合って、一応の結論を出しておきたいんですが、どうですか」――これがY氏の用件でした。H氏から「Yとは全く話にならない」と言われていただけに、彼の方から対話を求めてくるとは本当に驚きました。正直言って、「一本とられた」という気もしましたが、私は何だか嬉しく、「それは実にいいことだ」と彼からの申し出を歓迎しました。そして、午後8時から食堂で話すことにしたのです。
しかし、対話は余り実りのあるものにはなりませんでした。私は最初に「これは単に草刈だけの問題なのか、それとも私の書いたり言ったりしていることに対する根源的な反対に基くものなのか」と問い質しました。彼は「草刈だけの問題だ」と答えましたが、話を進めていくうちにそうではないことを認めました。やはり彼の根本的な立場は「今の村の義務労働は農業なのだから、それに専念すべきだ」というものでした。それ故、私は昨日の便りで述べたような村の歴史における「農業現実派」と「芸術理想派」の対立について話し、自分の立場を大略次のように説明しました。
「私は決して食うための労働を他人に任せて理想だけを追求しているつもりはない。自分なりに義務労働は責任をもって果している。しかし、公益法人である村の仕事は理想の追求にこそあると私は思っている。そして、理想の追求という仕事とそれを経済的に支える労働とが調和する新しい体制を摸索しているのだ。私が今後村でなすべきことと思っているのは、そうした活動だ。それ故、結果的に農業だけに専念することはできないだろう。これは決して農業労働を避けるための口実として言っているのではないことを理解して欲しい」
こうした私の説明に対して彼は「難しいことはよくわかりませんが…」と前置きして、「自分も農業をやりたくてやっているのではない。それが村の義務労働だから、嫌々やっているにすぎない。だから、もし農業以外の活動が村の義務労働として認められるのなら、自分としてはもう何も言うことはない」と語りました。そして、「その点を今度の会で確認して欲しい」と言いましたが、最後には「村の雰囲気は大体わかっていますので、やはり確認しなくていいです」と締め括りました。
結局、はっきりしない終わり方で、別に喧嘩別れしたわけではありませんが、何だか非常な虚しさを感じました。「自分なりに納得したので、もう何も言いません」というのが事実上の結論になりましたが、彼が納得していないのは明らかで、「もう全てが面倒になった」というのが本音でしょう。私としては、彼がこの件でやる気をなくし、ますます閉鎖的になってしまうのを心配せざるを得ません。