ユートピアの実現可能性
素朴な思いから始めてみます。私は楽しく生活したいと思っています。では、「楽しい生活」とは如何なるものでしょうか。私はそれを個人幻想と共働幻想の関係において思耕してきました。勿論、厳密に言えば、その間に対幻想がありますが、話を簡単にするために無視しています。しかし、愛する人と共に暮らす「楽しい生活」は広い意味での共働幻想に含まれると思われます。その意味において、「楽しい生活」は個人幻想によるものと共働幻想によるものの二つに大別できると言えるでしょう。
確かに個人として生きることの楽しさはあります。そして、その楽しさを保障する社会としてユートピアを考えることもできるでしょう。しかし私が求めているユートピアはそれに尽きるものではありません。私はあくまでも「個人が共働して生きることの楽しさ」に基くユートピア――それが祝祭共働態なのですが――を求めているのです。果たして、そのようなユートピアは実現可能でしょうか。
その可能性は偏に、祝祭共働態としてのユートピアにどれだけの共感が得られるか、という一点にかかっています。尤も、「具体的なプロジェクトを示してくれなければ、共働したくてもできないではないか」という意見もあるでしょう。当然だと思います。しかしこの便りでは可能な限り「ユートピアの理念」を追求し、具体的なプロジェクトについては「土曜会」その他で進めていくつもりです。先日「言葉でユートピアはつくれない」との苦言を戴きましたが、ここでは敢えて「言葉によるユートピア」を極めてみたいのです。言うまでもなく、それは「ユートピア実現」の往相に過ぎないのですが…。
新しき村-共同生活=?
昨日は10年ほど前に離村され、今は三重で自然農を実践されているHさんが突然来られ、色々と話をしました。その中で、「自分は離村しても新しき村を今でも愛しているが、もう共同生活はこりごりだ」という言葉が出ました。Hさんの言う「共同生活」の真意は定かではありませんが、私も最近同じような思いを抱いています。と言うより、「新しき村の変革」の第一歩は共同生活を一度やめることではないか、とさえ思い始めています。
尤も、一口に共同生活と言っても、殆どプライヴァシイのない軍隊のような全体生活から経済面だけの共同生活(一つの財布)まで、様々でしょう。そして今の新しき村の生活が後者に近いことは言うまでもありません。では、その生活の何が問題なのでしょうか。
確かに個々の生活費の殆どを村全体で賄ってくれる御蔭で、個人は気楽に日々を過ごすことができます。また食事や入浴なども共同で行なうことによって、かなり経済的になります。しかし、そうしたメリットにも拘らず、一つだけ大きな問題があります。それは、気楽な共同生活に胡座をかいて、共働の次元が開けてこないことです。
おそらく、これだけでは誤解を招くでしょうが、私は決して「気楽な生活」を否定するつもりはありません。面倒くさいことの一切は全体で処理して、自分は出来る限り「個人の生活」を楽しもうとするのは悪いことではないでしょう。しかし、そこで止まるならば、「新しき村の生活」にならないと私は思います。「新しき村の生活」は気楽な「共同生活」を超えて、「共働生活」の実現にまで至らねばならないのです。こんな言い方をすれば、ストイックな求道者のみが「新しき村の生活」に値するような印象を与えてしまうと思われますが、それは私の本意ではありません。しかし、どうも今は適切な言葉が見つかりません。「共働生活」の本質については、もう少し思耕を深めてから述べたいと思います。
ユートピア実現の拠点
性懲りもなく私は新しき村を「ユートピア実現の拠点」とするべく、その可能性を探ってきましたが、やはり「ザインとしての新しき村」と「ゾルレンとしての新しき村」の乖離は絶望的だというのが偽らざる実感です。最大の問題は殆どの村人に「ゾルレンとしての新しき村」に対する意識がなく、「新しき村の理想を実現しよう!」という情熱が感じられないことです。私は最近、村で40年以上生活しているH氏とよく話をするのですが、その彼でさえ「村はもう終わったのかもしれない…」と苦笑まじりに呟いています。H氏がそのように呟く理由は、主に比較的若い村人の生活態度(結局、「個人の生活」に閉じこもってしまう傾向)にあるようです。
こうした村の雰囲気を根源から変えるにはどうすればいいのか。少し乱暴な言い方になりますが、私は「村は一度閉鎖するしかない」と思っています。すなわち長く村で生活してきた人達の老後生活をしっかりと保障(それくらいの経済力は未だ村にあるでしょう)した上で、「新しき村の事業」を一から始める(たとい村の経営規模が縮小しても)ということです。言うまでもなく、これは現時点では妄想にしかすぎませんが、「ユートピア実現の拠点」としての新しき村の将来はこの方向にしかないでしょう。私はもはや「ザインとしての新しき村」に固執する気はさらさらありませんが、「ゾルレンとしての新しき村」の事業をいつでも始められるように準備を進めていくつもりです。
ユートピアとエスペラント
若い頃の拙い論文の中で、私は「エスペラントほど醜悪な言語はない」と書きました。それは碌にエスペラント運動のことを知らないで、単に個々の民族語を廃して合理的な世界共通語に統一してしまうものと誤解していたからです。汗顔の至りです。
言うまでもなく、エスペラントはそれぞれの民族語に取って代わるものではなく、あくまでも世界中の人々が自由に意思疎通できるための道具に他なりません。すなわち、日本人同士では日本語を用い、それ以外の国の人達とは中立的なエスペラントで会話するということです。それが理想だと思います。
勿論、エスペラントが本当に中立的な言語か、ということに関しては異論もあるでしょう。率直に言って、やはりヨーロッパ人にとって有利な言語だと思います。しかし、未だ問題があるにせよ、現時点ではエスペラントが世界共通語としては最善のものではないでしょうか。純粋に人工的かつ中立的な言語が実際的ではない以上、私はエスペラントをこそ世界共通語として普及すべきだと考えています。
しかし乍ら、エスペラントの普及はユートピアの実現と同じくらい困難なプロジェクトです。むしろ、それらは相即していると言った方がいいかもしれません。殊に、英語が国際語として圧倒的な支配力をもっている現状においては、エスペラントの普及など殆ど不可能に近いでしょう。とは言え、英語帝国主義を批判して、何とかエスペラントを普及させようと頑張っている人は世界中にたくさんおられます。ただし、これは優劣の問題ではなく、あくまでも理念の問題だと私は思っています。つまり、かつての私が誤解していたように、「英語を廃して、エスペラントを!」ということではないのです。重要なことは、民族語と民際語の区別です。そして民際語としてのエスペラントの普及は、競争原理に対する共生原理の普及と密接に関係していると思います。
ユートピアと言語の問題
全世界の人間が連帯する共働態を実現するためには、世界共通の「民際語」(最近は、国に基いた国際語という言葉ではなく、民衆に基いた民際語という言葉が用いられるようです)の普及が不可欠だと思われます。周知のように、「民際語」と言えばポーランドの眼科医ザメンホフが提唱したエスペラントが有名ですが、現実には英語という民族語が国際語としての支配力を得ていることを否定できません。実際、私も少しずつエスペラントを独習していますが、確かに文法などは合理的にできているとは言え、やはりそれをマスターするのは容易なことではありません。未だに英語の方が理解しやすいというのが実情です。
しかし、これは単に学習量の問題にすぎません。外国語と言えば英語が支配的である教育制度で育った人間がエスペラントよりも英語の方になじんでいるのは当然であり、もしスタート・ラインが同じなら、エスペラントの方がはるかに簡単であることは間違いないと思います。また、様々な民族に対する公平性という観点からも、世界共通語は英語などの自然語(民族語)ではなく、あくまでも各民族にとって中立的な人工語でなければならぬと思っています。尤も、これは理念的な要請にすぎず、英語帝国主義と言われる現実の前では余りにも無力です。
確かに、その良し悪しは別にして、これだけ世界中に英語が普及している現実からすれば、英語を世界共通語として認めた方が理想に早く近づけるのかもしれません。しかし、私はやはりエスペラントの理念に固執したいと思います。その理念を放棄して、英語支配の現実に妥協することは、結果的に「真のユートピア」の実現を遅らせることになると確信しているからです。
善人の村
私は新しき村の悪口ばかり書いているように思われるかもしれません。しかし、それは違います。新しき村に関心をもつ方がこの便りを読まれて不快になられるとしたら残念に思いますが、私は村の批判こそすれ、決して村の悪口を言っているつもりはないのです。そのことを少し視点を変えて述べてみたいと思います。
私は先の便りで「新しき村にも癌の如き存在がいる」と書きましたが、それはあくまでも私の求める「ユートピア」の観点からのことであって、村人の殆どは「馬鹿一」のような善人ばかりです。例えば、昨日こんなことがありました。午後の労働に出ようとした時、私はうっかり車を脱輪してしまったのです。雨の中、途方に暮れていると、K氏が助けに来てくれました。水田係の彼は雨のために午後は休みだったのですが、私の困っている様子を自室から察して出て来てくれたのです。もしかしたら昼寝の最中だったかもしれません。エゴイストの私なら、おそらく助けを求めてくるまで、知らぬ振りをきめこんでいたでしょう。しかし彼はすぐに私を助けに来てくれて、わざわざ他の車をまわしてきて私の車を引っ張り上げてくれたのです。こうしたことがごく自然にできるのが村人なのです。
しかし乍ら、私は思うのです。今の新しき村がK氏のような「善人の村」であっても、それだけでは「新しき村の実現」にはなりません。そもそも今の村はかつての養鶏の成功による蓄えを食い潰して成り立っているにすぎず、この「善人の村」が早晩経済的に破綻することは目に見えています。それに「善人の村」なら世界各地に見出され、何も新しき村に限られたものではないでしょう。新しき村の使命(もしくは存在理由)は、そうした「善人の村」が経済的にも成立する「新たなシステム」を先駆的に創造していくことにこそあるのではないでしょうか。その意味において、新たなプロジェクトに挑戦することなく、ただ徒に「善人の村」の維持にのみ努めることは結果的に「新しき村」の否定に等しいと思います。私が繰り返し批判しているのは、正にこの点に他なりません。
下からのユートピア創造
NHKのドラマ「ハルとナツ」(原作・脚本 橋田壽賀子)を観ています。これは昭和初期にブラジルに渡った姉ハルと日本(北海道)に一人残された妹ナツの苦難に満ちた人生を描いたものですが、こうした言わば「おしん」の新たなバージョンとも言うべき人生に直面すると、私の「真のユートピア」に関する確信が揺らぎます。
先日の便りにも書きましたが、苛酷な「どん底」生活をしている人にとって、私がここで求めているユートピアは観念的に過ぎるでしょう。言い換えれば、最低限、「食うに困らぬ社会」こそ彼等が切に望んでいるものであり、更には「搾取されることなく、地道に働きさえすれば、それに応じた豊かな生活ができる社会」がユートピアになると思われます。私とて、それがユートピアであることを否定するつもりは全くありません。ただ「真の(究極的な)ユートピア」はそれに尽きるものではないと考えるのです。
ドストエフスキイは『作家の日記』の中で、「パンの問題が解決された後にこそ、本当に恐ろしい問題がやってくる」と書いています。またリースマンは(確か『孤独な群集』の中で)「食うに困らぬ社会」を実現したと思われる北欧の福祉国家において自殺率が高い点を指摘しています。こうした現実を私はかつて、欠乏のニヒリズム(貧困の絶望)と過剰のニヒリズム(豊かさの絶望)の関係で述べたことがあります。すなわち前者が克服されると同時に後者が生まれるということです。
言うまでもなく、「欠乏のニヒリズムから求められるユートピア」と「過剰のニヒリズムから求められるユートピア」は質的に異なっています。ただし私はそれらを分離して考えてはおらず、あくまでも「重層構造としてのユートピア」の実現を求めています。それが私の確信なのですが、一気に「重層構造としてのユートピア」を実現しようとするのは、やはり現実的ではないでしょう。世界に苛酷な「どん底」生活をしている人が一人でもいる以上、その人達の救いとなるようなユートピアの実現こそ先決問題だと反省している次第です。
新しき村は修道院にあらず!
昨日の便りで「新しき村にも癌の如き存在がいる」と書きましたが、これは誤解を招く表現だったかもしれません。と言うのも、今の村にヒトラーのような存在がいるわけではないからです。もしそのような独裁者の存在が村の問題ならば、話はむしろ簡単で、私も戦いやすいでしょう。私の言う「癌の如き存在」とは、「新しき村本来の使命を忘れて、現状維持にのみ努める事勿れ主義の人」に他なりません。
尤も、そうした「穏健派」から見れば、私の方が「癌の如き存在」なのかもしれません。しかし、繰り返し申し上げているように、私は自分の求めている「新しき村」のみが絶対的なものだとは思っていません。勿論、私なりの確信はありますが、「新しき村」の真にあるべき姿をめぐる議論こそ私の望んでいるものなのです。しかし残念乍ら、そうした議論ができる雰囲気は今の村内にはありません。むしろ一部の村外会員の間に、そうした機運が高まりつつあるような気がしています。
何れにせよ、私が最も問題だと思っているのは、村の生活者が個々の生活に閉じこもってしまいがちである点です。「義務労働さえしっかり果たしていれば、あとは個人の勝手だろう」と思われるかもしれませんが、それでは村の外のサラリーマン生活と変わらないでしょう。言うまでもなく、サラリーマン生活が悪いわけではありませんが、それは明らかに「新しき村の生活」とは根源的に異なります。確かに「新しき村の生活」の本質は「自己を生かすこと」にありますが、それは決して「個人の生活を中心に生きること」に終始するものではありません。その意味において、世俗的に個人生活を享楽することは言うに及ばず、個人生活の純化である修道院や禅刹での生活も「新しき村の生活」ではないと私は考えています。それらは「新しき村の生活」の往相にすぎません。
排除の論理と連帯
癌細胞は切除する他ありません。さもなければ、その組織は死に至るでしょう。すなわち癌細胞との共生は不可能だということです。しかし乍ら、医学的にその可能性があるかどうかよくわかりませんが、人間社会においては癌細胞のような悪玉を善玉に変えることが一つの課題になると思われます。言うまでもなく、結局この問題は性善説と性悪説に収斂するでしょう。
果たして悪人を善人に変えることは可能でしょうか。しかし、この問題は「一体誰が悪人と善人の区別をするのか」ということと相即しています。癌細胞なら医学的に明確に特定できるでしょうが、人間社会の或る組織において誰が癌なのかを特定することは簡単なことではありません。
「神の前に、神と共に、神なしに生きる」という言葉で有名なボンフェッファーは、牧師の身でありながら、ヒトラー暗殺計画に加わります。それは結果的に失敗に終わり、ボンフェッファーは逆にベルリン陥落直前に処刑されてしまいますが、「ヒトラー暗殺」という彼の決断は深い苦悩の末に出されたものだったに違いありません。それは「汝殺すなかれ」という教えもさることながら、次のような聖書の言葉に関係するものです。
あなたがたはどう思うか。ある人が、羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。(マタイによる福音書:18章12-14節)
明かにヒトラーはドイツ(というより全世界)にとって癌だ。しかし彼は「迷える一匹の羊」ではないか。彼を救うことにこそ、キリスト者としての自分の使命があるのではないか――ボンフェッファーはそんなふうに考えたのだと思います。しかし彼は苦悩に苦悩を重ねた結果、「癌としてのヒトラーの排除」を決断しました。「迷える一匹の羊」を処分しなければ、残りの「九十九匹の羊」はおろか、全世界が滅んでしまうからです。おそらく、彼のこの決断を誰も(神さえも)非難できないのではないでしょうか。
さて、話が少し大きくなってしまいましたが、真のユートピアを実現しようとする際には、どうしても癌の如き存在が立ちはだかります。率直に言って、スケールは小さいながらも新しき村にもそうした存在がいます。しかし今の私は、そうした存在を村から排除する戦いに労力を費やすよりも、新たな連帯の輪を築くべきだと思っています。決して癌の如き人間を無視するわけではありませんが、現実にはそうせざるを得ないのです。
北風と太陽
昨夜の土曜会は私を含めた村内会員3名、村外会員1名、そして村外会員になることを希望されている新しい方1名の計5名で行ないました。色々と率直な意見が出され、時に互いに不愉快な雰囲気になる場面もありましたが、それはそれで個々の新しき村に対する立場が明らかになって良かったと思っています。
私個人としては、新しい人との出会いが徐々に増えつつある現在、昨年事実上却下された「新生会」の具体的プロジェクトを再度提出する可能性があるかどうかを見極めたいという思いがありました。勿論、たった一回の会でその結論は出ませんが、昨夜の話し合いの雰囲気ではやはり難しいというのが実感です。
簡単にまとめて言えば、「村はこのままでは駄目だ。根本的に変革しなければならぬ」という私のラディカルな意向に対して、「そんな村の批判ばかりする反体制的な態度では何も変えることなどできない。今の村にも良いところはあるのだから、それを評価し、皆と理解し合いながら少しずつ変えていくようにすべきではないか」という意見が出されました。すなわち私は北風・急進派だというわけです。言うまでもなく、私は所謂「批判のための批判」をしているつもりはなく、むしろ心情的には太陽・穏健派だと自認していますが、どうやら他者の印象は正反対のようです。
尤も、私が本当に北風かどうかは別にして、「今が変革の秋(とき)」だとは思っています。今変わらなければ、村は永久に「新しき村」になる機会を失うでしょう。しかし、こうした私の思いは比較的若い村内の人にさえ理解されません。このような状況で再び「新生会」の提案をしても、同じ轍を踏むだけです。そして、結局私の一人相撲に終わるのなら、今後は村の外で相撲を取る方が賢明かもしれないと思い始めている次第です。