ユートピア実現の拠点 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

ユートピア実現の拠点

性懲りもなく私は新しき村を「ユートピア実現の拠点」とするべく、その可能性を探ってきましたが、やはり「ザインとしての新しき村」と「ゾルレンとしての新しき村」の乖離は絶望的だというのが偽らざる実感です。最大の問題は殆どの村人に「ゾルレンとしての新しき村」に対する意識がなく、「新しき村の理想を実現しよう!」という情熱が感じられないことです。私は最近、村で40年以上生活しているH氏とよく話をするのですが、その彼でさえ「村はもう終わったのかもしれない…」と苦笑まじりに呟いています。H氏がそのように呟く理由は、主に比較的若い村人の生活態度(結局、「個人の生活」に閉じこもってしまう傾向)にあるようです。


こうした村の雰囲気を根源から変えるにはどうすればいいのか。少し乱暴な言い方になりますが、私は「村は一度閉鎖するしかない」と思っています。すなわち長く村で生活してきた人達の老後生活をしっかりと保障(それくらいの経済力は未だ村にあるでしょう)した上で、「新しき村の事業」を一から始める(たとい村の経営規模が縮小しても)ということです。言うまでもなく、これは現時点では妄想にしかすぎませんが、「ユートピア実現の拠点」としての新しき村の将来はこの方向にしかないでしょう。私はもはや「ザインとしての新しき村」に固執する気はさらさらありませんが、「ゾルレンとしての新しき村」の事業をいつでも始められるように準備を進めていくつもりです。