草莽崛起~阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)のブログ

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自虐史観を乗り越えて、「日本」のソ連化を阻止しよう!

「士は武士なり。君下に武士を立てて衆人直耕の穀産を貪り、若し之れを抗む者あれば武士の大勢を以て之を捕縛す。是れ自然の天下を盗むが故に、他の己れを責めんことを恐れてなり」(安藤昌益)

 



「侍をして国中にあらしむべからず」(播磨土一揆)




「君民の共に重んずる所は社稷である。社稷を重ぜざる民は民ではない。社稷を重ぜざる君は君ではない。」

「君を主とするから、暴君政治の弊が起る。民を主とするから、賤民政治の弊が起る。」

「憲法即ちコンスチチューシヨンといふ語は、本質といふ意味である。國の本質は、社稷の外にはない」 (権藤成卿『自治民範』平凡社、一九二七年、二七八~二七九頁)。

 



1) 資本主義の自動調整メカニズムとしての産業循環

「中位の活況、生産の繁忙、恐慌、沈滞の各時期」    (Kapital,Ⅰ.MEW,Bd.23,S.661 )

 恐慌⇒「毎回産業循環の終点になる」  

     (Kapital,Ⅰ.MEW,Bd.23,S.697 )

    ⇒「つねに一大投資の出発点をなす」 

     (Kapital,Ⅱ.MEW,Bd.24,S.185-6)

 

恐慌を通じて、個別資本は、自分が抱える「過剰な」生産能力を強制的に解放させられる。資本と労働力の排出。⇒賃金と利子率の低下=一大投資の出発点。

 

 このこの反転は、単なる回復・反復ではなく機軸産業の転換(いわゆる「構造改革」、「構造転換」をともなうことが多い。旧来の機軸産業の衰退と新しい機軸産業の台頭である。 

 

2) 新古典派の失業理論

完全競争を前提⇒失業は一時的であって、継続しない。もし、失業が継続して生じているならば、賃金を下げるべきなのに労働者(あるいは労働組合)が高い賃金を要求するからであり、この場合、失業は高い賃金をえるための自発的失業である。

一般の商品と同様労働力も供給過剰で価格低下し、それによって需要が回復し失業はそれほどの長期を要さず解消されるとみなしている。しかし、この見方は、労働力市場を資本蓄積と切り離して考察している点で一面的。資本蓄積が賃金や失業率を規定しているのであって、その逆ではない。

3) ケインズの新古典派批判

有効需要が、完全雇用[1] が実現した場合の生産物の供給量を吸収しきれないなら、失業は解消しない。すなわち、 完全雇用の場合の総供給量が1兆円分に対し、現実の有効需要が8000億円分しかない場合、完全雇用を行って生産した場合、必ず2000億円分が売れ残る。だから、各企業は8000億円の有効需要に見合う程度までしか供給量を増やそうとしない。したがって、企業にとってみれば、労働力も労働力市場に存在する全労働力を雇い入れる必要は無いため、完全雇用は実現せず、失業は解消しない。

 

「経済体系は自己調整的ではなく、意図的な指導なしには現実の貧困を潜在的な豊富に移行させることはできないのである」(ケインズ「豊富の中の貧困――経済体系は自己調整的か」)

 

 

問題はなぜ、有効「需要は、総供給を吸収しうる規模に達しないのか?」である。ケインズは、その理由を流動性のワナに求める。貨幣需要の増大は実物需要を抑制する。つまり、蓄蔵の欲求・必要が投資や消費を抑制する。⇒国家による通貨管理の必要性を主張

 

[期待しうる利潤――それを規定している剰余価値の潜在的な生産可能量――の減少が停滞の基本要因。金融政策も財政政策も根本的な解決にはならない。]

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[1]つまり、労働市場に存在する全労働力を雇い入れて生産した場合。
 
 

UB40 - I Got You Babe ft. Chrissie Hynde

マルクス自身の理解は、もう少し複雑です。

労働が尊いなら、ジャンジャン労働しよう、過労死も受け入れようぜっとなるはずですが、逆です。労働時間如何に縮めるかが、人類の未来にとって重要なんだとか。

「労働が価値を生む」というのは、必ずしもいいことではなくて、労働が価値という物神になって絶対的な力をもって人間を支配するヤバいことにつながるんだとも考えていますね。

人間は労働をやめることはできないけど、それに費やす時間を減らしていくことが肝要なんだと、資本論の第3部の草稿で書いています。ただし、その場合、生産性を引き上げることによって必要な物財の量は確保しながらという条件が付きます。

 

The Jam - Precious (Compact SNAP!)

 

社会秩序がより生産に適した形に変化すると生産力が向上するのはわかりますが、それとは逆に生産力の向上が社会秩序を生産に適するよう変えうる、ということをこの文章(私の質問で示した引用)は示している気がします。

そういう理解であってますか?それなら、生産力の向上を目指す目標・動機こそが、より良い生産体制への改良という形で社会を変革しうる、という意味なのでしょうか?

 

その通りだと思います。

上の説明でも、結論的には、生産関係の変革によって生産力がさらに向上するという説明になっていますが、そもそもは、生産方法の改良により農奴制の下で生産力が上がり始めることから話が始まっています。

自然との間の物質代謝をより合理的なものにしようという人間の努力こそが、歴史の駆動力です。いわゆる「階級闘争史観」は、マルクス自身の採るところではありません。

 

 

Sam Cooke - A Change Is Gonna Come (Official Lyric Video)

 

生産関係とは何かということが、カギとなります。生産関係というのは、直接生産者、つまり現場作業の直接的な遂行者が、その遂行に必要な用具や機械、原材料などに対してとる関係を意味します。

より具体的に言うと、用具や機械、原材料などの生産諸手段を、自分のもとして扱う場合、自分が属する生活集団(血縁集団とか、村落共同体とか)の共同利用の対象として取り扱う場合、自分の労働力を賃金を払って購入するなどした他人(雇い主)の意思に従って取り扱う場合等々の違いがあります。

ヨーロッパにおける隷農制から農奴制農奴制から隷農制への移行を例に説明します。

いわゆる中世ヨーロッパの封建制の初期、農民は、自分たちの生活のための農地を保有する一方で一帯を支配する領主の所有地で一週間のうちの決まった日数働くことを義務付けられていました。作物としての年貢ではなく、労役を年貢として提供していたのです。

つまり、農民保有地に対しては、一部を農民同士の強度利用の対象として、また一部は自分たち家族の利用する土地として取り扱い、さらに領主の土地の方は、自分を支配する当の領主の意思に従って取り扱っていました。領主側は、自分の所有する土地で領民たちが生産したものをすべて受け取っていたのです。

例えば、7日のうち1日は安息日として残り6日を均等に分割していたとします。週のうち3日は、自分の土地を耕し、3日は領主の土地を耕すということです。その村の農民保有地の全体と領主所有地とは同じ面積だと仮定します。

農民保有地と領主所有地をそれぞれ週6日ずつ一年耕し続けると、農民保有地と領主所有地それぞれで、ある作物が30トンずつ、計60トンとれたとします。その状態から、農機具の改良などが進み、新しい工作方法なども工夫され生産力が上がっていきます。こうした生産方法改良の試みは、農民自身の取り組みですから、当然ながら、どちらかといえば、彼ら自身の保有地の方により積極的に適用されます。領主に強制されてしぶしぶやる場合があるとしても、結局は自分たちの農地の方でこそより真剣に改良の努力がなされたはずです。

その結果、生産力の向上は、農民がある程度自分の裁量で扱うことのできた農民保有地の方でより急速に上がったのです。

例えば、農民保有地では年60トン、領主所有地では年45トンになったとしましょう。この場合は、生産関係に生産力が衝突するといっても、生産力の向上が全く妨げられているわけではありません。しかし、労働の内容を決めることもままならず、生産物も全く自分のものにならない土地での労働の生産力向上の取り組みは、農民にとってあまり気の進まないものであったために、生産力向上のペースが、衰える結果となったのです。

しかし、領主のなかでも賢明な人々や、農民側でも先見の明があり交渉にたけた人々がとが、生産関係を変えることによって、生産力向上の鈍化を切り抜ける道を見いだしていきます。彼らは、従来の領主所有地をすべて農民が自分の裁量で取り扱える農民保有地に組み込むことにしたのです。領主のための耕地は、なくなり、すべてが農民の保有地となり、そこでは農民が基本的に自分の裁量で農作業を行うことができます。その代わり、その収穫物の一定割合を現物で領主に収めることにしたのです。

それまでの倍の土地が、農民保有地として耕されることになり、生産力向上の効果は、その全範囲に及びます。つまり面積が2倍となった農民保有地では、今では年に120トンの収穫が得られるようになったのです。そしてその収穫の4割を領主におさめ、6割を農民が自分たちのものにするというように年貢の水準を定めれば、領主は年々、48トン、農民は72トンを手にすることができます。

それだけではありません。拡大された保有地で農民たちさらに生産方法の改良に努め、全体の収量は、120トンにとどまらず、150トン、180トン等々と増加していきます。それによって、領主の取り分は、60トン、72トンと増加し、農民側の取り分も、90トン、108トンと増えていきます。

農民の自己裁量をかなり認めていた農民保有地と区別して、農地の一部を領主所有地として領主の直接管理下に置き、領主の指示の下で耕作させるという生産関係がやがて生産力向上の妨げとなり、その状態から、抜け出すために、農地をすべて農民の裁量にゆだねるという生産関係の変革が行われ、その結果、生産力向上のペースが上がることになったのです。

このように、ある生産関係のもとでの生産力の向上は、一定の水準に達すると生産関係によって制約を受けることになり、その制約を取り除くためには生産関係を変えなくてならない状態になります。マルクス経済学では、この状態を生産力が生産関係と衝突している状態と呼んでいるのです。

生産関係というものは、直接生産者の立場や権限として現れ、ある立場や権限の下で生産力を発展させた直接生産者たちは、さらなる生産力向上のために、新しい立場や権限を必要とするようになるのです。