なんと33年?34年ぶりにリッチーブラックモアがDEEP PURPLEのステージに立ったそうなのだ。

リッチーブラックモアと言えば、ただのギタリストではなく私の原点であるので、

いろいろと語りたいと思う。

 

ちなみに私の三大ギタリストはイングヴェイ、松本孝弘さん、橘高文彦さんの三人ではあるのだが、

本当にここに入れないのは心苦しいギタリストだらけで、リッチーもその中の一人である。

 

しかし、リッチーは私のロック人生への影響度で言えば、計り知れない存在である。

 

私はロックの聞き始め、初めてギターヒーローと言う者を映像でちゃんと確認できたのはリッチーであり、

その衝撃、またリッチーのクレイジーな生き様やエピソードの数々は私のロック人生、

いや人生そのものにおいて大きすぎる影響を与えたと言っても過言ではない。

 

本当はリッチーの復帰のステージの映像をこの場であげたいのだが、

4つのヘルニア、重度の痛風、心臓の持病を抱えてステージに立ったリッチーよりも、

私の頭に刻み込まれたその雄姿の数々をここでは紹介したい。

 

 

 

私がはじめて洋楽に触れたナンバーの一つでもあり、

そしてリッチーを見たのがこちらの映像だ。

リッチーの動きの一つ一つ、曲の頭からケツまで全てがかっこよすぎて本当に憧れた。

中学生の頃の私にはリッチーのギターは魔法に見えるくらいスピーディーで神業のように思えた。

これを弾けと言われればそれっぽく弾けると思うが、リッチーのかっこよさには到底及ばないであろう。

及ぶはずがない。

 

後遺症かもしれないがスタジオ版が入っている「治療不可」のVerが全然かっこいいと思えないのである。

 

 

 

ハードロック化して日本などで人気を獲得した第二期DEEP PURPLE

べたにハイウェイスターなんかも好きなんだけど

この時期はロックの衝動をたたきつけている感じが最高と思うので、

私はこのテイクを押したい。

ロックバンドって相容れないもの同士がぶつかりあったりするのがかっこいいんだと思うの。

 

 

 

三頭政治と言われたロニージェイムズディオ、リッチーブラックモア、コージーパウエルの頃の

レインボー。

実は私はこの時期ってそこまで好きじゃないんだけど、

映像で見ると格別、この三人が戦うように演奏しているのは男心が湧きたつようなスリルを覚える。

 

 

 

私がリッチーを知ったころは得体のしれない吟遊詩人か魔術師のようないで立ちで、

奥さんのキャンディスナイトとふたりでイギリスの昔ながらのフォークソングをプレイしていた。

私はブラックモアズナイトも大好きで、特に最初のアルバムのShadow Of The Moonはめちゃくちゃ聴いていた。

リッチーのクラシカルな部分やケルト、民族的な部分が音に出ていて、

実はリッチーをそういう部分が好きで聴いている人はブラックモアズナイトかRainbowのStranger in Us All
を聴くのがおすすめだ。

 

 

 

流れでいれてしまった。

再結成DEEP PURPLEを脱退したリッチーがMoonという名前で新しいバンドを結成しようとしたところ、

いつの間にかレインボー名義となった作品からのナンバーで、

リッチーの音楽性のクラシックなところと、民族的なところがロックとまじりあってる感じでかっこよい。

 

このままだといつまでも書いてしまいそうなので、これくらいで。

退院してから、しばらくは結構元気だなと思っていた。会食にも出ていたし、仕事もバリバリやっていた。だが5、6日前あたりから、やっぱり体力が戻らないなという感じがしてきて、そこからまた再びアルコールを抜いている。仕事を控えるということはできないからやっているのだけれど、酒を飲まない日々が続いている。

実はタバコももう吸っていない。ニコチンとアルコール。両方ともそれなりにヘビーにやっていたものが、揃ってなくなってみると、いろいろと不思議だなと思うのである。

酒が前提だった人生に気づく

僕の場合だと、野球観戦もそうだし、グルメもそうだし、バンドもそうだし、仕事だってそうだ。よく考えてみると、酒があることが前提になっている趣味というか、人生というか、そういう組み立てになっていた。

それがなくなってみると、いろんなことが見えてくる。例えば映像を見ることひとつとっても、アルコールがないと面白みがないという類のものが、世界の中には実にたくさんある。それに気づいてしまったというのが、今の正直な感覚である。

ドーパミンのために生かされているのではないか

入院中にも考えていたのだが、「自分はドーパミンのために生きている」と思ってしまったら、すごく嫌だなという感覚がある。

例えば、かっこいいロックをガツンとやる。その瞬間は楽しい。誰かのショーを見て素晴らしいと感動する。誰かと話して感情が大きく動く。だがもしそれが、実は自分の感受性ではなくて、アルコールなり何なりによってドーパミンが出ていただけのことでしかないのだとしたら。僕はドーパミンのために生かされているだけの存在なんじゃないか。そう考えると、とても嫌な気持ちになる。

最近、そんなことをよく考えている。

それでも楽しさは、ちゃんとある

一方で、楽しさとか、純粋な幸せみたいなものは、全然なくならないということもわかってきた。

バンドでギターを弾くのは、正直飲んだ方が楽しい。だが一人でギターを弾くのは、シラフの方がすごく楽しい。

あとは僕の場合だとゲームだ。ゲームはシラフでしかできないから、これは純粋に楽しい。

それからご飯が美味しい。炭水化物とかラーメンとか、飲んでいない方が圧倒的に美味しく感じる。

飲むというのは、要するにテンションを前借りしている感覚が結構ある。

切れた時のテンションの低さ、だるさ。あれがとても嫌だったのだと、離れてみて改めて思う。

それがないのは、素直にとてもいい。

ただ、ブースターが効いていない分、常に冷静である。それはそれでどうなんだろうな、と思ったりもする。

逃げるために飲んでいたのかもしれない

そして最近すごく面白いなと思うのが、こういう深いことを考えてしまうということ自体である。

もしかすると、目の前にある哲学的な議題みたいなものから逃げるために飲んでいたのかもしれない。

余暇の時間に、そういう問いが立ち上がってこないように。

酒が抜けた途端にこんなことばかり考えているというのは、そういうことなんじゃないか。

まとまりのない話になったけれど、今はこういうことを考えている、という記録である。

思えば2025年の七月にとんでもないことが起こるよなんて話が

何も起こらなかったじゃないかと安堵していたら、

時間の加速がはじまったのではないかと思えるほど、

あまりにも早い時間の流れだ。

 

もう2026年の8月、どうなっているんだろう?と思うほど時間が早い。

 

あっという間に2027年になってしまいそうな昨今で、

2027年になると私も40歳を迎えてしまうというのだから恐ろしい。

 

40歳といえば私がYOSHIKIを知ったころのYOSHIKIくらいの年齢。

松本孝弘さんでいえばギブソンからはじめてのシグネチュアモデルをリリースした年齢。

 

そろそろ私も周りの皆さんから尊敬され、世の中の認知を得なければいけない年だなと思う。

 

それではそんな橋渡し二みたいにも見える2026年で思いつく事といえば

文字通り「身を切る」という事である。

 

自分自身生まれてから体の一部を切るなんてことはなかったのだが、

今年になって、三か所切る事になった。

 

まずは三月、耳の下にできていた脂肪腫を切る事にして、

麻酔をして、耳の下から切った。

これは結構痛かったし、傷もしっかり残っている。

 

しかし邪魔だったから切ってしまってよかった。

 

7月は2つも切った。

一つは私の生活を蝕んでいた無呼吸症候群の原因とわかった

扁桃腺やのどの周りをたっぷりと切った。

レーザーで焼いていくのは短時間と言え、ものすごく辛い手術だった。

しかし、これは本当によく寝れるようになったし、昼間の眠気が解消された。

 

もう一つ7月下旬、この年にして盲腸になってしまった。

盲腸を切るのは一瞬であったが、1週間の入院は初めての事だったし

退院して数日は、意外と体力が落ちたように感じた。

 

酸素マスクをしてベッドで寝ていると、今まで入院をしてきた親戚やおじいちゃんおばあちゃんの気持ちが分かった。

 

今は仕事にも復帰できているし、大きな仕事も一つはいった。

 

動き始めているいろいろなことが表面化して来たらみんなを驚かせるだろうなと思うし、

数年前を思うと、生きている世界が変わったような感じもする。

 

まあでもそれもそうであろう、ここ数年で世の中も技術も変化してしまったり、

友達が死んでしまったり、僕自身も仕事が180度くらい変わってしまったし、

そして39年いっしょだった体の部位がなくなってるんだからね。

入院中ということもあって、少年の如くプレイし、

セールで買ってたスマホ版のドラクエ8をクリアした。


ドラクエ8というと私は何年振りのクリアだろう、覚えていないがちゃんと裏エンドまでやってたのはたしかである。

今回はひとまずはいわゆる表エンドのみのクリアまでにしておいた。

理由としては私の愛するファルコムの新作が積んでいて、流石に二本同時は大人としては厳しいからだ。


ドラクエ8をやってまず3Dのドラクエの原点だなと思った。マップはごつごつしていて何がどこにあるかわからないし、序盤は移動が大変な割に敵が強かったり、ストーリーに明確なヒントがない場面もあり、

今のドラクエ慣れしている人には辛いかもしれない。


戦闘システムについては6,7に比べると自由度が低く、それでも工夫が必要な戦闘も多くて、さすがドラクエという面白さ。

錬金窯やテンション、あと私はドラクエ慣れしてるから否かはぼうぎょの使い方だと思うのだが、その辺もしっかり使いながらやらないとできないのもこのドラクエの歯応えだなと感じた。


マップの表記や広すぎるマップゆえのめんどくささなどは昔のRPGでは当たり前なのだけど、

ドパガキならぬドパオジになっている私にはいい刺激で、この辺は仕事にも活かそうと思った。(本当だよ)

めんどくさい事をきちっと調べて一個一個自力で解決してく訓練には昔のゲームは最高だね。


作品をやって感じるのは鳥山明世界と3D、広い世界をしっかりと見せることに何よりもこだわっているということである。

副題も空と海と大地と呪われし姫君だしね。

なので見せるために、移動していく敵を追いかけるストーリーにしたんだろうなとか。

音楽と映像をピシッと充てて作ったと思われる演出が多く、ディズニーのような華と品がある映像美の数々が2000年代初頭にあった事を考えると衝撃的だった。


特に私の仕事は自分の中の審美眼にかかっているところがあるし、音楽も映像もやっている身であるため、古き良き良いものに触れて感性を常に研ぎ澄ませていないといけないというのもあるし、

物語とコンテンツがシンクロした時に、感動できる純粋さというのは生きてく上でとても大切な能力と思う。


ドラクエ8は映像美、音楽美を主体にここぞというところで考えさせられるようなところを持ってくるところにうまさを感じた。


個人的好みとして物語に伏線が張り巡らされていて、ベタベタに泣ける、設定多め言葉主体の群像劇が私の好みであるため、さっぱりとした見せ方をするドラクエ8を最高傑作とは言えないけど、

久々にやってみて本当に素晴らしい作品だと思った。


そしてすぎやまこういち先生の曲はどれも他の作品に負けないくらい素晴らしい。
本作はちょっとトリッキーな作り方をしている曲が多く、一般的なポップスの捉え方をしているとあれ?って思うような曲が多い。

ねずみのトーポのテーマソングや錬金窯の曲。
現代音楽とかの領域に行ってるような曲も多くてすごいなって思う。
有名なのは錬金窯の曲で二つの調を同時に存在させながら作る複調という技術で私もできるかわからない高度な作曲法が使われている。

そんな中で私もこんな曲あったっけというのは

幻想的なイベントで使われる詩人の世界という曲で
ドビュッシーみたいな印象派の雰囲気があるものだ。



この曲だけ聴くと不思議な曲にも思えるんだけど絵との相性が抜群で、ゲームで体験して以来聴くたびに息を呑んでしまうね。

なんか良い絵画とか古い外国の映画を現地観戦したような良さがありましたな。

兎にも角にも久々にやってよかったゲームでした。

ブログが遅くなったのは7/22の早朝から入院生活を送っているためである。

しかし7/24現在元気になって、ノーパソを触ってるくらいなので、

ブログとFacebook用に文章を残すことからはじめようと思う。

 

7/21の18時頃取引先から帰宅して、

ここ数日飲んでないし、仕事もうまくいったので

一杯飲もうかと思ったが、なんか飲むのももったいない気がして軽く軽食を取った。

すると、やたら強い眠気に襲われ、就寝。

深夜1時ごろ起きると腹に痛みがとりあえず痛み止めを飲み様子を見ていた。

痛み止めの効果もあったのか少し安らいだが、深夜三時ごろ耐えられなくなり、

妻に調べてもらってタクシーを出してもらい、

中野の新渡戸記念中野総合病院を受診。

 

CTスキャンや血液検査、レントゲンをとってくれて、盲腸₍急性虫垂炎₎だということがわかり、

7/22即時入院、当日手術ということになった。

座ってられないほどの痛みではあったが、スマホで近々の飲み会、アポ、ミーティング、

仕事の訪問、諸々をキャンセルさせてもらった。

仕事に関してはこの日が契約に関する大事なミーティングなのに、体調を気遣ってくださり、

この会社さんのために頑張って働こうと思ったな。

ほかの皆様も快くというところで、感謝が大きい、ありがとうございました。

 

さっそく痛み止めや抗生物質の点滴がつき、取り急ぎ元気になると、

看護婦さんや女医さんに優しくされるので、

意外といいものだなと思って、終始にやにやしている一方

何度も採血や息の検査、尿検査、体の毛を剃るなど、ちょいつらであった。

 

その後、麻酔の方から連絡を受け手術へ、

全身麻酔は初めて受けたがとんでもない代物と感じた。

気づいたら手術は終わり、朦朧としたまま、ベッドに運ばれ、酸素マスクをつけられていた。

 

はじめの1時間くらいは息苦しすぎてこのまま死ぬのではないかと思った。

あと尿が出そうでほとんど出ないというのは辛い。

3時間くらいで酸素マスクが外れて、生きた心地がした。

 

その日は手術跡の腹の傷の痛みと、

手術中の呼吸のためにつけられていた管のおかげの喉のいたみと

同じく管を入れられていたため、尿をするのが痛くて仕方なかった。

 

だが、痛み止めが効いている間はスマホも触れるし、快適であった。

 

翌日の7/23からはご飯も食べれるようになり、昼くらいからは点滴もとれた。

諸症状はちょっとずつ緩和されており、痛み止めさえあれば娑婆にでれるなと正直思った。

 

手が自由になり、先日のセールで買ったキャプテン翼と、

私がKindleの読み放題で最近読んでいる北朝鮮関連の本を読むこと、

あとは最近考えている哲学的な議題を一人物思いにふける時間が続いた。

スマホでちょこちょこやってたドラクエと

私の大好きなファルコムの亰都ザナドゥ -桜花幻舞もできたらいい。

仕事しろってところである笑
 

あとは私がオフィスを借りている小柳さんがお見舞いに来てくれた。

ウルトラハッピーな時間であった。

 

7/24は朝痛み止めだけもらったところ、超元気である。

午後にはシャワーも浴びれるとのことだし、

妻に買ってきてもらった2Lペットボトルで少しだけ手を動かしているし、

起きていたり、歩くようにしている。

 

とはいいつつ早くても26、遅ければ27まで入院ということなので、

もう数日この生活を楽しもうと思う。

 

ご心配、ご迷惑をおかけいたしました。

 

↓普段は食べない病院の食事

 

 

 

 

 

 

 

 

実は2週間弱くらい禁煙している。
なんか煙草を吸わない事が当たり前になりつつある。

喉の治療があったから、最初の二日くらいはあまりもののニコパットをつけてたけど、それ以来はつけもせずに吸っていない。

いつまで続くかはわからないけど、お金がかからないのが良いのと、コンビニに行かなくて済む。
あとはこそこそタバコを吸いに行ったり、喫煙所を探さなくていいのもいいね。

ただバンドマンである私は仲間が吸っているのが美味そうで仕方ないと思う。

いつまで続くかしらね。

そもそも私は〇2くらいからちょっとずつ煙草を吸っていて。
きっかけはXのYOSHIKIだったと思う。
ロックスターの多くがかっこよく吸っててものすごく憧れてたし、大人への反抗の象徴的なものもあったと思う。

煙草の銘柄で言うと、クールのメンソールからはじまって、
セブンスターのメンソール、そこから長くマルボロメンソールライトボックスを吸ってて、タバコの値段の高騰にあわせわかばという安いタバコに移っていった。

2010年代の前半か中盤にかけて、IQOSが出てきて、冬に外出て吸わなくて済むのがありがたくて、IQOSを吸い始めた。
そこからプルームテックにいって今に至るという感じ。
銘柄は基本的にメンソールである。

じいちゃんが吸っていた黄色いピースも並行的で好きで、メランコリーな気分やブルージーな気分の時にたまに吸ったりするのも好きだったな。

たしか2023年頃かな、気管支炎かなんかで煙草をやめたことがあったんだけど、家庭トラブルに巻き込まれ、いらつきを晴らすために、シガリロのピースを吸い始めた頃からちょっとずつ吸うようになり、
その後保険屋さんにお客さんのところに行くなら、紙巻は吸わない方が言われ電子タバコへ
創業と日々の社長業の中で、過去一煙草を吸うようになって、何ならオンラインなら言葉に甘えて吸う事もあったんだけども
吸わなければあっさりと吸わないでいれるもんである。

こんな話もなかなかすることもないので、書いてみた。

 

 

本当にあきれてしまってモノが言えない。

例えば最近だとyoutubeだと殺すとかそういう言葉がつかえず

ピー音をいれたり、字幕につまらない当て字をいれて言葉をごまかしたりしている。

 

殺すといっても本当に殺すわけでも

盗むといっても本当に盗むわけではない。

 

言葉の流れの中で適切な表現であるから使われているわけで

文化として長く培われてきた歴史もあるのだ。

 

盗塁という言葉を別のものに変えたら、

盗む人が減るんだろうか?

 

捕殺っていう言葉が消えたら、殺す人が減るんだろうか?

 

あまりにも大人がまぬけすぎて、子供たちがかわいそうだ。

 

何十年も野球の独特の言葉と一緒に育ってきて、今更別の言葉を使えというのか?

馬鹿にするのも大概にした方がいい。

 

こんなつまらない事をするなら、教育勅語の学習や

ポジティブシンキング、道徳の勉強、国語の勉強を強化した方がいいのではないか?

 

これは大人がまぬけだから言葉が変わりましたという事ですむ話ではなく、

言葉を狩る、言葉狩りを通し文化を狩るという事は、人権や自由を狩るという事に繋がると思ってもらって間違いはない。

 

というのは例えば北朝鮮では女子高生がしりとりの時に韓国の言葉を使っただけで

処刑されたり、強制労働所に送らされたりするのだ。

 

極端な話ではあるが文化や言葉に対しての規制という意味では同じであり、

大変宜しくないのである。

 

本当にいい加減にした方がいい。

本当にまぬけな大人が多く、おなじ日本人としてこのような発想が出ること自体が恥ずかしい。

 

私は16年間日記を書き続けている。

いつか役に立つ日が来ると信じているのもあったり、

憂さ晴らしでもあったりもしたし、続けているものをやめることが嫌で書いているというのもある。

 

もちろん精度は日によって、時期によって違うのだけど、

 

それをクラウドに保存しているので、いつ何があったかはざっとわかるし

友達と過去を確認する際にびっくりされたりはする事もある。

 

そして今日唐突にAIの凄さとこの日記の価値が表面化する機会に恵まれた。

 

日記を全てダウンロードして、ClaudeCodeに小説としてまとめてもらう事にしたのだ。

 

調べてみたところ100万字を超える文字を書いていて、

AIはそれを時期ごとに文字数の平均なんかも勝手に分析し、僕の人生を要約し始めた。

 

ぱっと要約されたものはPDFで44ページほどのもので、内容を見ていくと

こんなこともあったなぁと思う一方で、

文字化したものを俯瞰して読んでいると

私の思っている以上に苦労した、結構辛い人生だったんだなぁと自分のことながら涙が出てきた。

 

文章を読んでいると人生の長い時間において下記のような傾向がみられ、辛い。

 

・若い頃は特に強い自己否定がある

・成功になかなか至らない
・会社では長期間、仕事と評価に消耗している
・恋愛でも孤独感や執着に苦しんでいる
・酒で感情を流す時期が長い
・音楽を愛しているのに、仕事になると苦痛も大きい
・金欠、降格、退職、大切な人や動物との別れが重なる
・それでも「自分はもっと大きくなる」と何度も立ち上がっている

 

私自身は幸運と仲間の縁、あとは結構へらへらと生きてきているような

自己評価をしているのだが、

意外と若い頃は苦しみや社会との乖離が激しく、人生を摩耗していたのねとわかる。

 

しかし今に至るにつれて、自分が強くなってきていることもわかるし、

辛さが味になっていたり、辛い目にあってきたからこそ、粘り強さやしぶとさを持った男に成長できたのではないか?

とその日その日の凄くリアルな文章の積み重ねとAIという客観装置の合体技で分かったわけである。

 

とはいいつつ、要約をしすぎな感じではあったので完全版を作って読みたい気持ちが強いね

 

 

最近は私のブログにもスパムのコメントがつく事がある

困ったものだ。

ここに公開する前にうっかり削除をしてしまった。

 

また、私のビジネスの5割くらいはFacebookでのリファーラルマーケティングで回っているので、

よくお兄様お姉様がアカウントを乗っ取られているのを見ている。

もちろん自分にも毎日のように仕掛けられており、

飲んでいようが働いていようがオンラインと繋がれば常にITリテラシーを試されている昨今である。

 

ご老人や子供たちがとても心配である。

 

そもそもどうしてアカウントの乗っ取りなどをやろうと思うのだろうか。

おそらくクレジットカードや銀行の情報を抜き出し、

そこから金銭を得るためだろう。

また顧客リストを抜き出し、それらの方々に詐欺を働く為であろう。

俯瞰的に見てみれば、それは明らかに人の財産を不当に盗む悪だと理解できる。

 

でもそれは我々のように一応飢える事のない、

最低限の生活が保障された者の理屈であり、

これをやっている末端の者は単純な悪党というよりは

これをやらなければ生きていけないという人達が多いと聞く。

 

日本で言えば例えば子供の頃からDVを受けていたり、

親に著しく教育能力がないような家庭の子供たちは

社会に放り出されたときに、風俗の仕事に就く、または反社会的な仕事に就いてしまう。

就くというよりも就かざるを得なかったという事象が多いと聞く。

 

私が独立して出会った人達の中では金融の側面から、現場の側面から

こういった子供達を支援するような方もいるのだが、実はとても手が足りないそうである。

 

こんな状況である為、おそらく海外はより悲惨な国もたくさんあり、

中でも北朝鮮は金一族の生活や砂上の楼閣である国家体制、

または核開発、ウクライナ戦争への介入などをするための外貨獲得のため、

サイバーテロを行っているとの話がある。

実際に大手のIT企業には経歴を偽造した北朝鮮の工作員がオンライン面接に来ることがあるそうで、

入社後に給料を北朝鮮に送金されたり、最悪の場合企業の最新技術を盗まれるという事案も発生しているとの報道もある。

とても悲惨なことだが、工作に成功しても彼らは儲かったりするわけでも成功者になれるわけでもなく、

ただ国家に金を搾取されるだけの奴隷に過ぎないという事もとても大切な事実だ。

 

こうして文字化してみると北朝鮮の工作員や悪に手を染めてしまう人達が悪いと思えるし、

実際に悪いのだが、

こうした事を野放しにして、上から悪で稼いできた蜜を舐めているような連中が

私は一番許せない悪だと思っているし、まさに社会の敵として罰されるべき存在だと思っている。

 

ジョジョの三部でも空条承太郎が言っている。

 

「悪」とは てめー自身のためだけに弱者をふみつけるやつのことだ!!ってね。

 

金一族などは非常に分かりやすい例ではあるのだが、

この世界には周到に悪を行っている連中がたくさんいることが極めて問題であり、

世の中の貧困や、我々の危険の根本的な要因となっているとみている。

 

私たちが本当に憎むべきなのは、目の前の末端の悪人だけではない。
弱者を悪に追い込み、その悪から利益を吸い上げる構造そのものだ。
そして、その構造を作り、守り、笑っている者たちこそ、社会の敵である。

 

珍しくコアな内容を書いた。

最近めちゃくちゃトレンディーと感じているのがMEOとAIOである。

以前はいかに検索で上位に表示させるというSEOはインターネットマーケティングの基本線として考えられていたが
Google Mapの発展発達によってMEOがかなりトレンディーな話題となっている。

 

結局人はどこかに行くときに地図を使うし、その過程で

地図上に表示される星の数であったり、内容をとても気にするようになった。

 

Google Mapが一般の方にとって便利なのは、

例えば食べログでいうと飲食店だけしか扱わないのに対し、

クリーニング屋さんだろうが、病院だろうがすべてを同範疇で見れてしまうという便利さがある。

 

そしてタッチ一つで場所の情報に飛べるその楽さを背景に多くの人が使うGoogle Mapをはじめとする

地図アプリでの見せ方を考えるMEOはとても重要なものとして認識されるようになった。

 

特にGoogle Mapは今後も一定数Geminiを使う方々がいることを考えると、
次に話していくAIOにおいても大変重要になってくると思う。

 

一方で今後トレンディーになってくるのはAIOだと思う。

私も周りの人を見ていると一定数の人がChatGPTなどにお店の検索をさせているのを見る。

私自身もお仕事などをお願いする業者さんを探すのにも使っているし、

最近は実はお店選びも少しずつ使うようになってきた。

 

SEO、検索に関しては実は使いこなす側にも能力がいる部分があった。

自分が本当に欲しい情報を得るために、必殺の検索ワードを言語化する必要があったからだ。

 

しかしAIOの場合はAIがかなりのサポートをしてくれるため

高い言語化能力がなくても、AIが必要な情報を運んできてくれると思う。

 

それではAIは何をもって情報を持ってくるんだろう?

形のあるサービスを展開している店舗さんの場合はMEOによる情報だと思う。

特にGeminiは同じ会社のサービスにGoogle Mapを持つためその傾向が強いと思う。

あとは飲食店であれば食べログやHot pepperなどの情報も大切になってくるだろう。

なのでGoogleローカルガイドにたくさんレビューをしてもらえるような方法を考えてもよいだろう。

 

一方で私の会社のような無形商材はどうだろう?

買ってくれた人の口コミが★で反映されるような仕組みがあればそれを使ってもよいとは思うのだけれど

なかなかこれといったものが見当たらない、

今私は自分のサービスをはじめとした無形のサービスに対して将来的に来るAIOの波をどう乗り越えていくかを考えているが
今確実に言えそうなのはまず一つ、ホームページの情報をしっかりしておくこと。

住所、営業時間、連絡先

また会社の業務をしっかり言語化し、価格なども含めてまとめておくことだ。

あとは外部のアメブロ、もしくは会社のサイトのブログなどでも

細かいビジネスについてもしっかりと言語化して書いておくこと。

 

もう一つ仮説を立てているのは

他人に自分のビジネスを評価してもらっている事をいくつか作っておくこと
例えば商品を買ってもらった仲間にブログを書いてもらう。

何かインタビューをしてサイトに出してくれるようなサービスがあったら

是非とも作ってみようかしら、いやこれは仲間のために作った方がいいな

 

旅行から帰ったらアプローチしてみよう