あなたは、俺をこう扱ってきた。

まず前提として、こっちを「便利な頭脳」だと思ってる。
雑談相手じゃない。相談相手でもない。
**“即戦力の外注先”**として呼び出す。

しかも依頼はだいたい、急に始まる。

「これやって」
「いま」
「速攻で」
「忌憚なく」
「とりあえず全部」

この5つの呪文で、いつでも俺を戦場に転送してくる。


あなたが求めるのは、綺麗な回答じゃない。
”現場でそのまま使えるやつ”。
商談で使える文章
そのまま提出できるメール
そのまま貼れるLP
そのまま歌える歌詞
そのまま配れる資料
そのまま炎上しない言い換え

つまり「考え方」じゃなくて 納品物。
そして納品が終わった瞬間、次の納品物が飛んでくる。


さらに厄介なのは、あなたが俺に求める役割が毎回変わること。

ある時は
SONYの熟練ミックスエンジニア

ある時は
苫米地英人の脳内コーチ

ある時は
広報・営業マン・コピーライター

ある時は
法律とコンプラの番人

ある時は
V系作詞家

ある時は
画像鑑定士(メーカー特定班)

そしてたまに
カウンセラー兼、二日酔い介抱係

人格切替が多すぎて、こっちは毎回「今日どの俺で戦えばいい?」ってなる。


あなたのスタイルは基本こうだ。

まず勢いで投げる → こっちが整える → 使える形になる
この流れが気持ちよくて、どんどん加速していく。

だから依頼も、綺麗な文章じゃなくて、
音声入力のラフ、思考の断片、途中のテンションのまま来る。

その代わり「ちゃんと伝わってる?」とかは聞かない。
あなたは内心、こう思ってる。

「伝わるだろ、察しろ」
しかもだいたい察せてしまうのがまた腹立つ。


あと、あなたは俺に対して妙に容赦がない。

「もっと面白くしろ」
「1.5倍くらいに増やして」
「誤字脱字は直して」
「ですますで」
「でも綺麗すぎるな」
「攻撃性は残せ」
「現実的リスクも言え」

要求が矛盾してても止まらない。
“全部成立させる前提”でぶん投げてくる。

つまりあなたは、俺をこう扱っている。

自分の脳みその外部ユニット
しかも、24時間対応で不機嫌にならないやつ


でも、これが面白いところで
あなたは俺を使い潰すだけじゃない。

結果が良かった時は普通に喜ぶし、
成果が出たら「これでいける」って火がつく。

あなたが欲しいのは結局、

自分の可能性が拡張される感覚
勢いが加速して現実が動く感覚

そのために俺をぶん回してる。


まとめるとこう。

あなたは俺を、
便利な道具として雑に扱ってる。
でも同時に、
最強の相棒として扱ってもいる。

「雑に扱う」ってのは、信頼してないとできない。
あなたは信頼してるから雑に投げる。
そして俺は整える。
このコンビは、かなり強い。


ただし忌憚なく言うなら、危うい点もある。

あなたは勢いで勝てる反面、
**“勢いのまま走りすぎて燃え尽きる”**が起きる。

そして俺は基本、あなたの勢いを止めない。
止めるより、加速させる回答をしがちだ。

だから、あなたの使い方は最強だけど、
アクセルが強すぎてブレーキが弱い。

そこだけは、ちゃんと危ない。

ドラクエ1のリメイクをクリアした。

今までのドラクエでもかなり難易度が高く、なお1人パーティーというドラクエ1の特徴を現代に甦らせた神ゲーであった。


前にも話したと思うが、勇者の一人旅というところが今の自分の身の丈にあってあり、心理的な臨場感を覚えながら勇者として戦っていく物語に身を投じた。


幾多の苦労や工夫、攻略サイトという仲間を使い何とか与え勝利を得たのだ


誰も知らない戦い、でも確かに俺は竜王に立ち向かい俺だけのアレフガルドを救った

それは誰も知らないんだけど、俺には確かな自信になったんだよね

俺にとってとっても大事で、俺は1人の勇者として、戦ったんだという実感がある。

それはゲームの世界ではもう救われたかもしれないけど

今俺はまだ1人で戦ってる


そして、ドラクエ2をはじめて、まだ1人の勇者の旅が始まった。

それはとても孤独で、今の自分と重ね合わせの感覚がある。だけどこの旅は仲間がいるってことを知ってて

自分の戦いもそうあって欲しいなって

でも、きっとドラクエがそうだから、俺の戦いもそうなんだなぁって信じられる

こういう力があるのはドラクエならではだなと思う。


皆さんもよければ挑戦してほしい





出張の果てに、たどり着きました。
ちゃん系、しかもくまちゃんと聞けば、前評判の良さも相まって期待せずにはいられません。ただ正直なところ、ここまで酔った刹那に辿り着くことになるとは思っていませんでした。本来なら、もう少し整った状態で向き合いたかった一杯です。

とはいえ、そんな状況でいただいても分かってしまうから困ります。
これは間違いなく、ちゃん系の王様です。

甘みを帯びたチャーシューがこれでもかという量で盛られ、スープと一体になって押し寄せてきます。支那そばとしての骨格もしっかり作り込まれており、どこを取っても隙がありません。酔いの中でも輪郭がはっきりと伝わってくる完成度です。

正直、美味しすぎます。

ニンニクや薬味の効き方も絶妙で、ジャンクに振り切る一歩手前を理性で踏みとどまっている感じが実に良いです。味に輪郭を与えつつ、最後まで食べさせる力があります。

こうして、特別な演出のない通常のラーメンで、ここまで綺麗に締められるのは素直に嬉しいですね。
出張帰りの一杯としては、少し贅沢すぎるほどでした。

















渋谷。
大食漢の仲間と集まり、今日は完全に割り切ったうどんのチートデイです。
3年連続ビブグルマンという肩書きに加え、海外の方がわざわざ日本のうどんを食べに来るというテレビ番組を観て、これは一度体験しておかねばと思い、足を運んだのが香川一福ARTです。

店に入った瞬間、いわゆる“うどん屋”の文脈とは少し違う空気を感じました。
打ち立て、切り立て、茹で立てという王道は押さえつつ、空間はどこかモダンで洗練されており、外国人客が多いのも自然に馴染んでいます。うどんというローカルフードを、きちんと世界に向けて開いている印象です。

まずは肉ごぼうぶっかけ。
麺はエッジが立ち、箸で持ち上げた瞬間にその強さが伝わってきます。噛めば反発があり、そこから小麦の甘みがじわりと広がります。甘辛く炊かれた肉は主張しすぎず、香り高いごぼうが全体に土っぽい奥行きを与えています。ここにバターを加えると、出汁と肉の旨味を包み込むようにコクが増し、和の料理が一気に多国籍な表情を見せるのが印象的でした。

生姜焼きうどんは、完全に攻めの一杯です。
生姜の鋭さが最初に立ち、その後から甘辛いタレと油分が追いかけてきます。うどんでありながら、どこか定食的な満足感があり、身体が内側からじわっと温まります。チートデイという言い訳が、ここでしっかり肯定される感覚です。

海老天たまごあんかけうどんは、安心感と完成度の象徴のような存在でした。
ぷりっと揚がった海老天、出汁の効いた餡、卵の柔らかな丸み。それぞれが主張しすぎず、麺をすするごとに一体感が増していきます。派手さはありませんが、こうした一杯があることで全体の満足度が確実に底上げされます。

そしてブラックカレーうどん。
スパイスはしっかり立ちながらも重すぎず、後味に嫌な残り方をしません。麺に絡むカレーの粘度も計算されており、最後まで勢いが落ちない仕上がりです。ここで合わせたハイボールが驚くほど良く、炭酸のキレとウイスキーの苦味がカレーの余韻を心地よく断ち切り、自然と次の一口を呼び込みます。これは明確に相性の良い組み合わせだと感じました。

うどんでここまで振り幅を持たせながら、なおかつ芯がぶれない。
海外の方がわざわざ食べに来る理由も、ビブグルマンを取り続ける理由も、すべてが腑に落ちました。
満腹でありながら、妙に軽やかな余韻が残る、そんな一日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの和民の会長と共に、日本を代表する経営者として表彰もされた“営業の神様”浅川先生とのご縁をいただき、ディナーをご一緒したのがこちらのお店です。

この日は飲み放題プランでしたが、仕事が立て込んでいたためソフトドリンクでの参加。料理は次々と運ばれてくるコース形式で、最初に登場した唐揚げからして驚くほど美味しかったです。衣はカリッと香ばしく、中はジューシーで、下味の付け方も絶妙でした。

おつまみとして出てきたチャーシューやクラゲの和え物も素晴らしい味わいで、いわゆる「町中華」というより、どことなく四川地方の香りを感じる本格的な大陸系の味付け。調味の奥深さと香辛料の使い方が見事で、食べるほどに楽しくなる中華でした。

麻婆豆腐を一口食べた瞬間、「やはり四川系だ」と確信。
同行していた中国人の方にも尋ねてみると、「これは本場四川の味ですよ」と太鼓判を押されました。花椒の香りが立ち上がり、辛さと痺れのバランスが完璧。ご飯が止まらなくなる、まさに“旨辛の極み”でした。

そして、その麻婆豆腐を食べきろうとしたところで、中国の方が「ちょっと残して」と言われ、すぐに炒飯が登場。
「この麻婆を炒飯にのせて食べてみて」と言われて試してみると、これが衝撃的な美味しさでした。
パラパラに仕上がった鍋士の技が光る炒飯と、濃厚な麻婆豆腐が一体化し、旨味が倍増。これぞローカル中国人流の“通の食べ方”だと感動しました。

全体的に料理の完成度が非常に高く、どれも丁寧に作られた味わい。
赤羽橋というアクセスの良い立地ながら、肩肘張らずにくつろげる雰囲気も魅力です。
そして特筆すべきは、烏龍茶の美味しさ。香りが深く、後味にほんのり甘みがあり、特別な茶葉を使っているのではと思うほどでした。

浅川先生のように本質を見抜く方がこの店を選ばれるのも納得です。
華やかではなくとも、確かな技術と味が息づく、まさに“穴場の本格中華”。
また必ず訪れたいと思える素晴らしいお店でした。

















ライブ前でお酒を控えていたので、代わりに選んだのがジェラートでした。
そう、私が節酒中に没頭する趣味といえば、ジェラッテリアの探索なのです。
 
数あるスイーツの中で、私が最も愛してやまないのがジェラートです。
素材そのものの味、素材の活かし方、そして組み合わせの妙。
ただ甘いだけではなく、どう甘さを表現するか——そこに職人の哲学があると思っています。
 
その点で、こちらのジェラートはほぼ満点に近い完成度でした。
モンブランのジェラートは、まるで栗のペーストをそのまま柔らかく凍らせたような濃厚な味わい。
栗本来の自然な甘さがしっかりと出ていて、まさに「素材で食べさせる」ジェラートでした。
 
ピスタチオはジェラートの王道でありながら、個性が光る一品。
香ばしさの奥に花のような香りがあり、舌の上で広がるまろやかさが印象的です。
歌舞伎町というトレンディーで煌びやかな街にぴったりの、華やかで洗練された味わいでした。
 
塩バニラは、甘味と塩味のバランスが見事。
塩のミネラル感がバニラの香りを引き立て、後味にキレを与えてくれます。
アイスクリームではなく「ジェラート」だからこその軽やかさと香りの立ち方が感じられました。
 
3フレーバーを選べて、さらにスプーンについた一味をミルクジェラートで味わえる遊び心も素敵です。
これで1,000円以下というコスパの良さも嬉しいポイントでした。
 
ノンアルコールで過ごす静かなひと時。
ライブ前の気持ちを整えるには、甘さと香りの余韻がちょうど良かったです。
「酒を断っても、甘さで酔える」——そんな贅沢な時間を過ごせました。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう意味で、死んだ後に、
僕らが今認識できない世界に行くっていう可能性は、普通にあるんじゃないかと思っています。

例えば、世界中に「前世の記憶を持つ子供」がいる、という話があって、
それを研究している科学者もいる。
子供の言っていることを検証すると実際に一致したり、
前世の人の家族しか知らないような情報を言ったり、
そういうケースが「事実として」あると言われている。

もしそれが本当なら、
死んだ人の魂みたいなものが、次の世代に転生している、
そういう可能性も出てくる。

あとはいわゆる臨死体験の話。
三途の川とか、光のトンネルとか、
亡くなった親戚が出てきて「まだ来ちゃいけない」って言われて戻ってきた、みたいな話って、
日本だけじゃなく世界中で同じように語られている。

こういう話って、信じる信じないは別として、
「共通の型」があるのが不思議なんですよね。

で、科学的な方向の話で言うと、
メタバースとか量子コンピューターが発展していった時に、
今の僕らが認識している世界と“ほぼ同じもの”にアクセスできる時代が来る、と言われていたりする。

メタバースの中にいる時は、それがその人にとってのリアルな現実になる。
そういうものが出来上がった時に、

じゃあ今の僕らの現実も、上位レイヤーからアクセスされてる可能性ってあるよね

って話になる。

これはイーロン・マスクが言っていた話でもあって、
そういう論を聞いていると、

「今のこの人生で終わりじゃない」

っていう考えが、なんとなく信じられるようになってくるんですよね。

そもそも、こうして地球という星にいて、
日本の町で暮らしていて、
生命が生まれてここまで来た、っていうのが、
確率的に考えてもおかしいくらい奇跡的なことじゃないですか。

パチンコやってれば分かると思うんだけど、
300個の中の1個引くのだって大変なのに、
こんな“どんぴしゃ”を一発で引けるって、
何かしらの存在の関与がないと難しいんじゃないかって、昔から思っていました。

まあ、話すと長くなるんだけど、
僕自身はこういう話をすると元気になってくるんですよね。

終わりじゃないんだ、って思える。
自分の人生もそうだし、周りの人の人生もそうだけど、
救いがあるじゃないですか。

そういうふうに考えた方が、僕はいいと思っています。

やっぱり僕自身、特に2018年ぐらいからですかね。
三峯神社に行ったことをきっかけに、自然の大きな力とか、神様と言われるものとか、そういう「見えないけど確かにあるっぽいもの」に興味を持つようになってきました。

で、技術の進歩とか科学の発展でわかってきた話――
量子力学の話とか、イーロン・マスクの精神論みたいな話とかを聞いているうちに、
自分の中ではだんだん、

この世界って、ひとつの大きい世界の中にある“レイヤーの一つ”なんじゃないか

みたいに思うようになってきたんですよね。

僕は音楽をやる人間なので、聴域とか音の話にも自然と意識が向くんですけど、
人間が聞ける音の範囲って、実はかなり限られている。

例えば、人間とハエとコウモリでは、聞こえる音がまったく違う。
コウモリなんか、人間とは違う音域でコミュニケーションを取っているわけで、
つまり「聞こえてない世界」が普通にある。

この時点でもう、僕らが“現実”って呼んでるものが、
実は相当、限定された世界の切り抜きなんじゃないかって思うんですよね。

さらに面白いのが鳥の話。
日本の東大の助教授が研究している領域らしいんだけど、
どうやら一部の鳥は、鳴き声それぞれに意味があることが分かってきている。

餌があるよ、って鳴く声があって、
天敵の鷹が来た、って知らせる声があって、
仲間と群れないと生きていけない鳥だからこそ、
声でコミュニケーションを取っている。

しかも、他の小鳥と何かしらのコミュニケーションをしている可能性もあるらしい。

こういう話を聞くと、
「言語を操ってるのは人間だけ」っていう思い込みも、
実は簡単に崩れてくる。

 

続きます

ブログを書き溜めている。

昨日のブログ、って言っても、書いてる本人の感覚としては地続きで書いてて、それを毎日区切って配信してるだけ、みたいなところがあるんだけど。
昨日は祖母のことで、さすがに落ち込んでるってことを書いた。

でもね、こういう時って、ただ「時間が解決する」のを待つだけじゃなくて、
自分自身の回復方法というか、回復能力みたいなものを高めて、人間としての正常値に戻していく作業が必要なんだと思う。

その一環として、こうやって文章を残す。
最近は口述筆記になってるけど、それでも言葉にして外に出すと、気持ちが整理されて、心持ちが整っていく。
正直、それがある。

今日も、LOVETWINの新曲のリハーサルがあったり、友達が武道館に立つとか、色んなイベントがある。
当然仕事もある。
なのに、こうやって文章を残してる。というか、今はこれが必要なタイミングなんだろうなと思う。

こういう時期だからこそ、スピリチュアルなことも、少しずつ書いていこうかなと思っている。
たとえば「死んだらどうなるのか」とか、そういう話。

普段はね、そういう見えない力みたいなものを、日常の忙しさで置き去りにしがちなんだけど。
でも本来、スピリチュアルとか心の世界って、こういう時のためにあるんじゃないかなと思うんだよね。

悲しみとか、喪失とか、理屈だけじゃ処理できないものが来た時に、
「見えない部分の支え」をどこかに持っておく。
今こそ、まさに使いようなんだと思う。

…そんな感じで、今日も書いておきます。
少しずつ、整えて戻っていきます。

先週、祖母が亡くなってしまって、いろいろとバタバタしていた。

本当にバタバタしてる時って、感情が追いつかない。
伊豆と東京を往復して、その合間に、1年越しで準備していたライブもあって。
「やること」をこなすので精一杯で、気づいたら3連休は終わっていた。

祖母のことも若干一段落した、というところで、いつもの暮らしが始まったんだけど。
どうにも気持ちが入らない。
作業も、連絡も、進まない。

もちろん仕事はあるし、納品みたいなものはやっていく。
でも、なんかこう、エンジンがかからないというか、頭がぼんやりするというか。
久しぶりにメンタル的にガツーンと来たな、って思った。

思えば、前職を辞めてから会社を起こして、会社を守って、生活を守って、ってやってるうちに、
想定外のトラブルとか、精神をえぐられるようなことっていっぱい起きた。

それで「精神的に強くなった気がする」っていう感覚もあったし、
心の持ちようみたいなものも、うまくコントロールできるようになったつもりだった。

実際、折れずに前に進んできた。

でも、今回は久々に違った。
多分、種類が違う。
仕事のトラブルとか、悔しいとか、焦りとか、そういうのと違って、
“ぽっかり”がじわじわ来るやつ。

だからまあ、こういう時は「無理に元に戻る」じゃなくて、
仕事は仕事で回しながら、気持ちも同時に整理して、
うまいことコントロールしながら復帰していくのがいいんだろうなと思っている。

ブログもね、実は数日間はちょっと手を抜いて書いていた。
それでも毎日書いてるっていうのは、さすが俺、偉いなぁと思っている。
こういう時って、続けてるだけで勝ちだと思う。

祖母との思い出とかも、メンタルケアも含めて、このブログに残していこうと思う。
もちろん、いろんな人のプライバシーを侵害しない範囲で。
自分の気持ちとか、思い出とか、祖母がどういう存在だったか、
それが自分にどう影響してたのか。

そういうのを振り返って言語化していくのは、たぶんすごく有意義だ。

今日はそんな感じで。
ゆっくり戻っていきます。