旅行が終わった私はいよいよ2023年4月1日になり、
幼稚園に入る前以来の無職となった。
再就職ということは一切考えてなく、サラリーマンでいるなら、
やめた意味はないということで、人生経験と半年間のお金をもらいにハローワークに行っていた。
私の友人がハローワークの独特の重い空気にはやられるものがあると言っていたが、たしかに空気が重たい。
私は本を読んだりネットサーフィンをしてやり過ごしていたが、繊細なタイプには辛いかもしれないと思った。
当時は個人事業で開業するんだろうなって思っていて、ハローワークからお金がもらえなくなったら、
なんかしてみようかなと思っていた。
サラリーマンをやめても意外と早起きで、早く起きてはいろいろなことをしていた。
やめてすぐにはまっていたのはAIだ。
特にCHATGPTと画像生成AIにハマっていて、電子書籍で無限に本を出せば
飯を食えるくらいの不労所得は得れるのではないかと仮説を立てて、
写真集やいろいろな本をAIで生成して某プラットフォームに出す実験をしていた。
そうこうしているうちに月に5万円くらいは出せるように成長させたビジネスだったが
写真の内容に問題があると言ってアカウントをバンされてしまった。
だったら有名なK社の出している雑誌はもっとおかしいだろうと某社に訴えたが無視である。
粘り強く2度チャレンジしたが、結局駄目であった。
アメリカ企業の傲慢さと日本の既得権益の嫌なところがでた事件であった。
残ったのは生成AIを操る能力だった。
黎明期の生成AIは工夫をしなければ化け物を生成するような体たらくで、
可愛い女の子の写真を一つ生成するにもかなりの工夫が必要であった。
AIは決まった答えしか出せない、限られたソースの中で作るから人間を超えられないというが、
そういう人達に限って使い込んでないと思う。
指示の正確性や粒度をどうやって高めていくか、複数のAIを使ったり、音声入力を入れてみたりと
工夫に工夫を重ねて、私流のAIのイロハを開発していった。
また別ではサポートギタリスト、スタジオギタリストのような事をやっていた。
ちょうど苫米地英人さんの本をはじめて読み強い衝撃を受けた私は、
ギタリスト、ロックンローラーとして次のステップに行くにはコンフォートゾーンを飛び出す必要があると感じて、
今までの人脈の外でやってみようと考えた。
中でもColdrainのコピーバンドがきつかった。極悪な刻みと16分の裏で入るリズムが
リズムが弱かった私にはすこぶるきつく、その分頑張ったらギターがうまくなった。
あとはテンションコードをひたすらカッティングしていくという事なんかもあった。
その過程の延長線上に今組んでいるLOVETWINの結成があったり、
明らかにギタリストとして成長した実感も残り、有意義な事であったし、
サウンド屋さんという職能も誇れるものだけど、自分はバンドマンだなと確信に近く思えた。
一方で精神的にきついようなトラブルに何件か巻き込まれ、
せっかくの期間になぜ?と思ったのだが、逆に無職でなければ対応できなかったし、
苫米地式の問題解決を実施し、身に染みこませるには十二分の実戦体験だったと思うと、運が良かったかもしれない。
トラブル対応をはじめ、会社の外の人と大人としてはじめてまともに触れ合ったのがこの時期であった。
私は自分が頭がいいとは決して思ってはいないが、会社のなかにいると自然と
他人が自分と同程度の頭脳やリテラシー、知見を持っている事を前提にお付き合いをする癖がついていた。
会社というところはある一定の基準にリテラシーが収まっているもので、それで済んでいたが、
私が自分のリテラシーで物事を進めると相手を怒らせたり、どうにも話がかみ合わない事が起こってきた。
その事がとても悩ましかったが、よく考えると苫米地さんの理論に置き換えれば抽象度の問題であり、
結局は、人はそれぞれ違って、突き詰めれば「みんな違って、みんないい」という事で、
そんな小学生でもわかるような事がはじめて腑に落ちたのであった。