Facebookの仲間たちに週二回更新で見せていくブログなので、
結構コアな内容を書いていこうと思う。
3年前、私は13年勤めていた前職をやめた。
人生一度きり、このままでは仕事を好きになる事もなく、
ただ漠然と趣味に逃げるような生き方になっちゃうなとも思っていたし、
当時会社に入ってくる若者達がなんとなく型にはまってしまうのを見ていて、
私も含めた可能性のある日本人が組織の中で埋没していくよりかは、
何か新しい価値を生み出すために挑戦する方が社会にとって明るいのになと
気持ち悪さを感じていたのもあった。
そんな時期にちょうど10年選手を超えていた私も割の良い退職制度が使える段階に来ていたのもあり、迷った。
その制度はいつも使えるわけでもないし、会社の規定はいつ変わってもおかしくはないものだから、
今が人生を変えるチャンスだなとその時思った。
そして当時は35歳、運動はバンド活動しかやった事のない私が、
将来40歳、45歳になって会社を出るという決断をするとしたら、体力がもたないだろうと想像もしたし、
年を取ると新しい価値観や知見、人生を受け入れるのに頭がついてかないかなとも思った。
当時AIの黎明期が始まろうとしていた時期、ここで世の中が大きく変わる転換期に、
会社でのうのうと日々の仕事をしていただけでは世の中に取り残されちゃうかもしれないなっていう危機感もあった。
実は当時は音楽を制作するという仕事に対して、かなり諦めの気持ちもあったり、
音楽を作るだけが世の中に貢献できることではないなっていう気持ちもあったのだけど、
唯一ロックンロールをプレイする、本気でバンド活動をして、多くの人に認知されたり、
100人、1000人、10000人というお客さんの前でロックをやるという夢を捨て置いている事だけがどうにも気持ち悪かった。
会社勤めをやりながらでもできただろうが、
どうしても昔の仲間とずるずる同じ事を淡々と続ける草野球のような活動が続いていくんだろうと思ったし、
事実そうなっている自分が死ぬほど許せなかった。
ロックに対する想い以外は何もなかったから、とりあえず退職金やハローワークに行きながら、
人生を見つめなおす時間を少しだけ持って、その上で自分には何ができるのか
その事を探そうと思い、会社を退職する事にした。
自分ではわからないけどすっかりサラリーマン脳にもなっているだろうしと思ったので、
その辺りも含めて、見つめなおしたかったのだ。
会社を辞めるときは自分のやりたい事がしたいと上司を説得して、制度を使う事が許された。
ありがたい話であった。
会社では頑張っている時期も頑張ってない時期もあったし、楽しくない時間も結構あった。
しかし幸いなことに最後の部署は仕事はそこまで面白くなかったけど、会社内での人間関係が良く、
グループ会社の人も含めて幅広い部署に仲の良い知り合いがいて毎日楽しかったし、
居場所や家族感、そして若い時より人間的に成長をしていて、
ご飯を食べさせてくれた会社に対して愛と感謝の気持ちを感じられていた。
そしてみんなやめないでよ、寂しいよと言ってくれたり、
決断をした私にいろんな人がいろんな話をしてくれてありがたかったし、ためになった。
一方で引継ぎをしていくと、
自分は会社の歯車の一つだったんだなと痛いほど、わかってきて、
別に自分がいなくなっても何事もなかったように会社は回っていくんだろうとブルージーな気持ちも覚えた。
そして会社を辞めることにしたと奥さんに話したところ、
ワインを持ってきて、お疲れさまと言ってくれた。
安定を捨てて、苦労をかけるかもしれないのに、そんなふうにしてくれてありがたかった。
会社を辞める日がその時の部署の人達が開いてくれた送迎会で、
私の好きな大衆酒場やスナックをセレクトしてくれて、みんなと抱き合って泣いた。
そして私の13年間が終わった。
その翌日いつもみたいに出社しない私の目に映った「筋肉少女帯自伝」という本を一気読みしてみると
サラリーマンとして13年間も頑張ったけど、自分の価値感の奥底にロックの人達から影響をうけた想いがあって、
それが今回の決断に至らせた自分の根深いところにある情熱なんだろうと思った。
だから、今後は大変かもしれないけど、きっとロックな人生を歩んでいく事になるんだろうなと思った。
そしてそんな話を弟としたところ、勧められたハミルトンのヴェンチュラエルビスプレスリーモデルを買って、
それを左腕につけた時に、私の第二の人生がスタートした。