入院中ということもあって、少年の如くプレイし、

セールで買ってたスマホ版のドラクエ8をクリアした。


ドラクエ8というと私は何年振りのクリアだろう、覚えていないがちゃんと裏エンドまでやってたのはたしかである。

今回はひとまずはいわゆる表エンドのみのクリアまでにしておいた。

理由としては私の愛するファルコムの新作が積んでいて、流石に二本同時は大人としては厳しいからだ。


ドラクエ8をやってまず3Dのドラクエの原点だなと思った。マップはごつごつしていて何がどこにあるかわからないし、序盤は移動が大変な割に敵が強かったり、ストーリーに明確なヒントがない場面もあり、

今のドラクエ慣れしている人には辛いかもしれない。


戦闘システムについては6,7に比べると自由度が低く、それでも工夫が必要な戦闘も多くて、さすがドラクエという面白さ。

錬金窯やテンション、あと私はドラクエ慣れしてるから否かはぼうぎょの使い方だと思うのだが、その辺もしっかり使いながらやらないとできないのもこのドラクエの歯応えだなと感じた。


マップの表記や広すぎるマップゆえのめんどくささなどは昔のRPGでは当たり前なのだけど、

ドパガキならぬドパオジになっている私にはいい刺激で、この辺は仕事にも活かそうと思った。(本当だよ)

めんどくさい事をきちっと調べて一個一個自力で解決してく訓練には昔のゲームは最高だね。


作品をやって感じるのは鳥山明世界と3D、広い世界をしっかりと見せることに何よりもこだわっているということである。

副題も空と海と大地と呪われし姫君だしね。

なので見せるために、移動していく敵を追いかけるストーリーにしたんだろうなとか。

音楽と映像をピシッと充てて作ったと思われる演出が多く、ディズニーのような華と品がある映像美の数々が2000年代初頭にあった事を考えると衝撃的だった。


特に私の仕事は自分の中の審美眼にかかっているところがあるし、音楽も映像もやっている身であるため、古き良き良いものに触れて感性を常に研ぎ澄ませていないといけないというのもあるし、

物語とコンテンツがシンクロした時に、感動できる純粋さというのは生きてく上でとても大切な能力と思う。


ドラクエ8は映像美、音楽美を主体にここぞというところで考えさせられるようなところを持ってくるところにうまさを感じた。


個人的好みとして物語に伏線が張り巡らされていて、ベタベタに泣ける、設定多め言葉主体の群像劇が私の好みであるため、さっぱりとした見せ方をするドラクエ8を最高傑作とは言えないけど、

久々にやってみて本当に素晴らしい作品だと思った。


そしてすぎやまこういち先生の曲はどれも他の作品に負けないくらい素晴らしい。
本作はちょっとトリッキーな作り方をしている曲が多く、一般的なポップスの捉え方をしているとあれ?って思うような曲が多い。

ねずみのトーポのテーマソングや錬金窯の曲。
現代音楽とかの領域に行ってるような曲も多くてすごいなって思う。
有名なのは錬金窯の曲で二つの調を同時に存在させながら作る複調という技術で私もできるかわからない高度な作曲法が使われている。

そんな中で私もこんな曲あったっけというのは

幻想的なイベントで使われる詩人の世界という曲で
ドビュッシーみたいな印象派の雰囲気があるものだ。



この曲だけ聴くと不思議な曲にも思えるんだけど絵との相性が抜群で、ゲームで体験して以来聴くたびに息を呑んでしまうね。

なんか良い絵画とか古い外国の映画を現地観戦したような良さがありましたな。

兎にも角にも久々にやってよかったゲームでした。

ブログが遅くなったのは7/22の早朝から入院生活を送っているためである。

しかし7/24現在元気になって、ノーパソを触ってるくらいなので、

ブログとFacebook用に文章を残すことからはじめようと思う。

 

7/21の18時頃取引先から帰宅して、

ここ数日飲んでないし、仕事もうまくいったので

一杯飲もうかと思ったが、なんか飲むのももったいない気がして軽く軽食を取った。

すると、やたら強い眠気に襲われ、就寝。

深夜1時ごろ起きると腹に痛みがとりあえず痛み止めを飲み様子を見ていた。

痛み止めの効果もあったのか少し安らいだが、深夜三時ごろ耐えられなくなり、

妻に調べてもらってタクシーを出してもらい、

中野の新渡戸記念中野総合病院を受診。

 

CTスキャンや血液検査、レントゲンをとってくれて、盲腸₍急性虫垂炎₎だということがわかり、

7/22即時入院、当日手術ということになった。

座ってられないほどの痛みではあったが、スマホで近々の飲み会、アポ、ミーティング、

仕事の訪問、諸々をキャンセルさせてもらった。

仕事に関してはこの日が契約に関する大事なミーティングなのに、体調を気遣ってくださり、

この会社さんのために頑張って働こうと思ったな。

ほかの皆様も快くというところで、感謝が大きい、ありがとうございました。

 

さっそく痛み止めや抗生物質の点滴がつき、取り急ぎ元気になると、

看護婦さんや女医さんに優しくされるので、

意外といいものだなと思って、終始にやにやしている一方

何度も採血や息の検査、尿検査、体の毛を剃るなど、ちょいつらであった。

 

その後、麻酔の方から連絡を受け手術へ、

全身麻酔は初めて受けたがとんでもない代物と感じた。

気づいたら手術は終わり、朦朧としたまま、ベッドに運ばれ、酸素マスクをつけられていた。

 

はじめの1時間くらいは息苦しすぎてこのまま死ぬのではないかと思った。

あと尿が出そうでほとんど出ないというのは辛い。

3時間くらいで酸素マスクが外れて、生きた心地がした。

 

その日は手術跡の腹の傷の痛みと、

手術中の呼吸のためにつけられていた管のおかげの喉のいたみと

同じく管を入れられていたため、尿をするのが痛くて仕方なかった。

 

だが、痛み止めが効いている間はスマホも触れるし、快適であった。

 

翌日の7/23からはご飯も食べれるようになり、昼くらいからは点滴もとれた。

諸症状はちょっとずつ緩和されており、痛み止めさえあれば娑婆にでれるなと正直思った。

 

手が自由になり、先日のセールで買ったキャプテン翼と、

私がKindleの読み放題で最近読んでいる北朝鮮関連の本を読むこと、

あとは最近考えている哲学的な議題を一人物思いにふける時間が続いた。

スマホでちょこちょこやってたドラクエと

私の大好きなファルコムの亰都ザナドゥ -桜花幻舞もできたらいい。

仕事しろってところである笑
 

あとは私がオフィスを借りている小柳さんがお見舞いに来てくれた。

ウルトラハッピーな時間であった。

 

7/24は朝痛み止めだけもらったところ、超元気である。

午後にはシャワーも浴びれるとのことだし、

妻に買ってきてもらった2Lペットボトルで少しだけ手を動かしているし、

起きていたり、歩くようにしている。

 

とはいいつつ早くても26、遅ければ27まで入院ということなので、

もう数日この生活を楽しもうと思う。

 

ご心配、ご迷惑をおかけいたしました。

 

↓普段は食べない病院の食事

 

 

 

 

 

 

 

 

実は2週間弱くらい禁煙している。
なんか煙草を吸わない事が当たり前になりつつある。

喉の治療があったから、最初の二日くらいはあまりもののニコパットをつけてたけど、それ以来はつけもせずに吸っていない。

いつまで続くかはわからないけど、お金がかからないのが良いのと、コンビニに行かなくて済む。
あとはこそこそタバコを吸いに行ったり、喫煙所を探さなくていいのもいいね。

ただバンドマンである私は仲間が吸っているのが美味そうで仕方ないと思う。

いつまで続くかしらね。

そもそも私は〇2くらいからちょっとずつ煙草を吸っていて。
きっかけはXのYOSHIKIだったと思う。
ロックスターの多くがかっこよく吸っててものすごく憧れてたし、大人への反抗の象徴的なものもあったと思う。

煙草の銘柄で言うと、クールのメンソールからはじまって、
セブンスターのメンソール、そこから長くマルボロメンソールライトボックスを吸ってて、タバコの値段の高騰にあわせわかばという安いタバコに移っていった。

2010年代の前半か中盤にかけて、IQOSが出てきて、冬に外出て吸わなくて済むのがありがたくて、IQOSを吸い始めた。
そこからプルームテックにいって今に至るという感じ。
銘柄は基本的にメンソールである。

じいちゃんが吸っていた黄色いピースも並行的で好きで、メランコリーな気分やブルージーな気分の時にたまに吸ったりするのも好きだったな。

たしか2023年頃かな、気管支炎かなんかで煙草をやめたことがあったんだけど、家庭トラブルに巻き込まれ、いらつきを晴らすために、シガリロのピースを吸い始めた頃からちょっとずつ吸うようになり、
その後保険屋さんにお客さんのところに行くなら、紙巻は吸わない方が言われ電子タバコへ
創業と日々の社長業の中で、過去一煙草を吸うようになって、何ならオンラインなら言葉に甘えて吸う事もあったんだけども
吸わなければあっさりと吸わないでいれるもんである。

こんな話もなかなかすることもないので、書いてみた。

 

 

本当にあきれてしまってモノが言えない。

例えば最近だとyoutubeだと殺すとかそういう言葉がつかえず

ピー音をいれたり、字幕につまらない当て字をいれて言葉をごまかしたりしている。

 

殺すといっても本当に殺すわけでも

盗むといっても本当に盗むわけではない。

 

言葉の流れの中で適切な表現であるから使われているわけで

文化として長く培われてきた歴史もあるのだ。

 

盗塁という言葉を別のものに変えたら、

盗む人が減るんだろうか?

 

捕殺っていう言葉が消えたら、殺す人が減るんだろうか?

 

あまりにも大人がまぬけすぎて、子供たちがかわいそうだ。

 

何十年も野球の独特の言葉と一緒に育ってきて、今更別の言葉を使えというのか?

馬鹿にするのも大概にした方がいい。

 

こんなつまらない事をするなら、教育勅語の学習や

ポジティブシンキング、道徳の勉強、国語の勉強を強化した方がいいのではないか?

 

これは大人がまぬけだから言葉が変わりましたという事ですむ話ではなく、

言葉を狩る、言葉狩りを通し文化を狩るという事は、人権や自由を狩るという事に繋がると思ってもらって間違いはない。

 

というのは例えば北朝鮮では女子高生がしりとりの時に韓国の言葉を使っただけで

処刑されたり、強制労働所に送らされたりするのだ。

 

極端な話ではあるが文化や言葉に対しての規制という意味では同じであり、

大変宜しくないのである。

 

本当にいい加減にした方がいい。

本当にまぬけな大人が多く、おなじ日本人としてこのような発想が出ること自体が恥ずかしい。

 

私は16年間日記を書き続けている。

いつか役に立つ日が来ると信じているのもあったり、

憂さ晴らしでもあったりもしたし、続けているものをやめることが嫌で書いているというのもある。

 

もちろん精度は日によって、時期によって違うのだけど、

 

それをクラウドに保存しているので、いつ何があったかはざっとわかるし

友達と過去を確認する際にびっくりされたりはする事もある。

 

そして今日唐突にAIの凄さとこの日記の価値が表面化する機会に恵まれた。

 

日記を全てダウンロードして、ClaudeCodeに小説としてまとめてもらう事にしたのだ。

 

調べてみたところ100万字を超える文字を書いていて、

AIはそれを時期ごとに文字数の平均なんかも勝手に分析し、僕の人生を要約し始めた。

 

ぱっと要約されたものはPDFで44ページほどのもので、内容を見ていくと

こんなこともあったなぁと思う一方で、

文字化したものを俯瞰して読んでいると

私の思っている以上に苦労した、結構辛い人生だったんだなぁと自分のことながら涙が出てきた。

 

文章を読んでいると人生の長い時間において下記のような傾向がみられ、辛い。

 

・若い頃は特に強い自己否定がある

・成功になかなか至らない
・会社では長期間、仕事と評価に消耗している
・恋愛でも孤独感や執着に苦しんでいる
・酒で感情を流す時期が長い
・音楽を愛しているのに、仕事になると苦痛も大きい
・金欠、降格、退職、大切な人や動物との別れが重なる
・それでも「自分はもっと大きくなる」と何度も立ち上がっている

 

私自身は幸運と仲間の縁、あとは結構へらへらと生きてきているような

自己評価をしているのだが、

意外と若い頃は苦しみや社会との乖離が激しく、人生を摩耗していたのねとわかる。

 

しかし今に至るにつれて、自分が強くなってきていることもわかるし、

辛さが味になっていたり、辛い目にあってきたからこそ、粘り強さやしぶとさを持った男に成長できたのではないか?

とその日その日の凄くリアルな文章の積み重ねとAIという客観装置の合体技で分かったわけである。

 

とはいいつつ、要約をしすぎな感じではあったので完全版を作って読みたい気持ちが強いね

 

 

最近は私のブログにもスパムのコメントがつく事がある

困ったものだ。

ここに公開する前にうっかり削除をしてしまった。

 

また、私のビジネスの5割くらいはFacebookでのリファーラルマーケティングで回っているので、

よくお兄様お姉様がアカウントを乗っ取られているのを見ている。

もちろん自分にも毎日のように仕掛けられており、

飲んでいようが働いていようがオンラインと繋がれば常にITリテラシーを試されている昨今である。

 

ご老人や子供たちがとても心配である。

 

そもそもどうしてアカウントの乗っ取りなどをやろうと思うのだろうか。

おそらくクレジットカードや銀行の情報を抜き出し、

そこから金銭を得るためだろう。

また顧客リストを抜き出し、それらの方々に詐欺を働く為であろう。

俯瞰的に見てみれば、それは明らかに人の財産を不当に盗む悪だと理解できる。

 

でもそれは我々のように一応飢える事のない、

最低限の生活が保障された者の理屈であり、

これをやっている末端の者は単純な悪党というよりは

これをやらなければ生きていけないという人達が多いと聞く。

 

日本で言えば例えば子供の頃からDVを受けていたり、

親に著しく教育能力がないような家庭の子供たちは

社会に放り出されたときに、風俗の仕事に就く、または反社会的な仕事に就いてしまう。

就くというよりも就かざるを得なかったという事象が多いと聞く。

 

私が独立して出会った人達の中では金融の側面から、現場の側面から

こういった子供達を支援するような方もいるのだが、実はとても手が足りないそうである。

 

こんな状況である為、おそらく海外はより悲惨な国もたくさんあり、

中でも北朝鮮は金一族の生活や砂上の楼閣である国家体制、

または核開発、ウクライナ戦争への介入などをするための外貨獲得のため、

サイバーテロを行っているとの話がある。

実際に大手のIT企業には経歴を偽造した北朝鮮の工作員がオンライン面接に来ることがあるそうで、

入社後に給料を北朝鮮に送金されたり、最悪の場合企業の最新技術を盗まれるという事案も発生しているとの報道もある。

とても悲惨なことだが、工作に成功しても彼らは儲かったりするわけでも成功者になれるわけでもなく、

ただ国家に金を搾取されるだけの奴隷に過ぎないという事もとても大切な事実だ。

 

こうして文字化してみると北朝鮮の工作員や悪に手を染めてしまう人達が悪いと思えるし、

実際に悪いのだが、

こうした事を野放しにして、上から悪で稼いできた蜜を舐めているような連中が

私は一番許せない悪だと思っているし、まさに社会の敵として罰されるべき存在だと思っている。

 

ジョジョの三部でも空条承太郎が言っている。

 

「悪」とは てめー自身のためだけに弱者をふみつけるやつのことだ!!ってね。

 

金一族などは非常に分かりやすい例ではあるのだが、

この世界には周到に悪を行っている連中がたくさんいることが極めて問題であり、

世の中の貧困や、我々の危険の根本的な要因となっているとみている。

 

私たちが本当に憎むべきなのは、目の前の末端の悪人だけではない。
弱者を悪に追い込み、その悪から利益を吸い上げる構造そのものだ。
そして、その構造を作り、守り、笑っている者たちこそ、社会の敵である。

 

珍しくコアな内容を書いた。

最近めちゃくちゃトレンディーと感じているのがMEOとAIOである。

以前はいかに検索で上位に表示させるというSEOはインターネットマーケティングの基本線として考えられていたが
Google Mapの発展発達によってMEOがかなりトレンディーな話題となっている。

 

結局人はどこかに行くときに地図を使うし、その過程で

地図上に表示される星の数であったり、内容をとても気にするようになった。

 

Google Mapが一般の方にとって便利なのは、

例えば食べログでいうと飲食店だけしか扱わないのに対し、

クリーニング屋さんだろうが、病院だろうがすべてを同範疇で見れてしまうという便利さがある。

 

そしてタッチ一つで場所の情報に飛べるその楽さを背景に多くの人が使うGoogle Mapをはじめとする

地図アプリでの見せ方を考えるMEOはとても重要なものとして認識されるようになった。

 

特にGoogle Mapは今後も一定数Geminiを使う方々がいることを考えると、
次に話していくAIOにおいても大変重要になってくると思う。

 

一方で今後トレンディーになってくるのはAIOだと思う。

私も周りの人を見ていると一定数の人がChatGPTなどにお店の検索をさせているのを見る。

私自身もお仕事などをお願いする業者さんを探すのにも使っているし、

最近は実はお店選びも少しずつ使うようになってきた。

 

SEO、検索に関しては実は使いこなす側にも能力がいる部分があった。

自分が本当に欲しい情報を得るために、必殺の検索ワードを言語化する必要があったからだ。

 

しかしAIOの場合はAIがかなりのサポートをしてくれるため

高い言語化能力がなくても、AIが必要な情報を運んできてくれると思う。

 

それではAIは何をもって情報を持ってくるんだろう?

形のあるサービスを展開している店舗さんの場合はMEOによる情報だと思う。

特にGeminiは同じ会社のサービスにGoogle Mapを持つためその傾向が強いと思う。

あとは飲食店であれば食べログやHot pepperなどの情報も大切になってくるだろう。

なのでGoogleローカルガイドにたくさんレビューをしてもらえるような方法を考えてもよいだろう。

 

一方で私の会社のような無形商材はどうだろう?

買ってくれた人の口コミが★で反映されるような仕組みがあればそれを使ってもよいとは思うのだけれど

なかなかこれといったものが見当たらない、

今私は自分のサービスをはじめとした無形のサービスに対して将来的に来るAIOの波をどう乗り越えていくかを考えているが
今確実に言えそうなのはまず一つ、ホームページの情報をしっかりしておくこと。

住所、営業時間、連絡先

また会社の業務をしっかり言語化し、価格なども含めてまとめておくことだ。

あとは外部のアメブロ、もしくは会社のサイトのブログなどでも

細かいビジネスについてもしっかりと言語化して書いておくこと。

 

もう一つ仮説を立てているのは

他人に自分のビジネスを評価してもらっている事をいくつか作っておくこと
例えば商品を買ってもらった仲間にブログを書いてもらう。

何かインタビューをしてサイトに出してくれるようなサービスがあったら

是非とも作ってみようかしら、いやこれは仲間のために作った方がいいな

 

旅行から帰ったらアプローチしてみよう

 

1998年フランスワールドカップに自分の父親が行った頃だったと思う。

自宅にお土産として買われてきたワールドカップのマークの入ったサッカーボールと

ちょうどウィニングイレブンというゲームソフトがやってきて、私や弟はサッカーに夢中になった。


家にあったフランスワールドカップの全選手名鑑のようなものを毎日読み込み、

弟、家族、友人とウィニングイレブンをやりまくる日々、あの頃たしかにサッカーは私にとってトレンディーなことだった。


アジアカップの時、トルシエジャパンがやってきて、トルシエ監督にサインをもらったのも懐かしい思い出だ。


あとは私の子供の頃のヒーローといえばストイコビッチで、今でもストイコビッチのYouTubeを見ることがある。

妖精と呼ばれたストイコビッチのプレイは子供心をくすぐるのに十分だったからだ。


その後、野球とロックにのめり込むようになり、今じゃジャパンのメンバーさえ言えないような始末であるが

ワールドカップだけは見る。

国の威信をかけた戦いに男心と愛国心がときめく。


フランスのワールドカップで全敗したジャパンが最初だったから

今回ブラジルに勝てそうだったあの試合は時の流れを感じたし

JFAがいかに頑張ってきたのかがよくわかった。

もしかしたら私の生きてる間にワールドカップを優勝する日が来るかもしれない。

ちなみに判定の多くに人種差別を感じた。


まあそれはおいておいても、それくらい私の知ってるジャパンとはサッカーのスピードも技術も桁違いに感じ

昔見たレアル・マドリードのようだとも思った。


四年に一度だけサッカーを楽しく見れる。

素敵な時間だね。

僕の人生の中心には、ずっとロックがある。

ギターを弾くようになったこと。
音楽を作るようになったこと。
会社を作ってまで、音楽を仕事にしようとしていること。

その根っこを掘っていくと、やっぱりQUEENとBUCK-TICKという、あまりにも大きな存在にたどり着く。

もちろん、僕の音楽のルーツは一つではない。
B'zもXも、イングヴェイも、筋肉少女帯も、ZIGGYも、ゲーム音楽も、いろいろなものに影響を受けてきた。

それでも、QUEENとBUCK-TICKは少し特別だ。

この二つのバンドは、僕にとって単なる「好きな音楽」ではない。
音楽とは何か。
ロックとは何か。
人が表現するとは何か。
そして、自分の人生をどう生きるのか。

そういうところにまで影響を与えてくれた存在だった。

QUEENから受けたものは、まず圧倒的な「音楽の大きさ」だった。

ハードロックでありながら、オペラのようでもあり、ミュージカルのようでもあり、ポップでもあり、プログレッシブでもある。
普通ならバラバラになってしまいそうな要素が、QUEENという器の中では一つの世界になっている。

フレディ・マーキュリーの歌は、ただ上手いという次元ではない。
声そのものがドラマであり、人生であり、舞台だった。

ブライアン・メイのギターもそうだ。
単にリフを弾く、ソロを弾くというより、ギターがオーケストラのように重なって、曲の世界を作っていく。

僕が音楽制作をするときに、ただコードを並べるだけではなく、そこに物語や景色や感情の奥行きを入れたいと思うのは、かなりQUEENの影響があると思う。

そしてQUEENは、時代ごとに変化していくバンドでもあった。

初期のハードロック、プログレッシブな美しさ。
中期のポップさ、ロックンロールの強さ。
80年代のシンセや新しいサウンド。
そして後期の、死を見つめながらも最後までショーを続けるような凄み。

変わることを恐れない。
でも、変わってもQUEENであり続ける。

これは今の自分にもかなり刺さる。

僕も今、AIを使った音楽制作をやっている。
昔ながらのロックだけをやっているわけではない。
生成AIも使うし、企業の曲も作るし、サウンドロゴも作るし、ナレーションや映像の仕事もやる。

でも、どれだけ手段が変わっても、自分の中にあるロックンロールの熱だけは失いたくない。

QUEENは、そのことを教えてくれた。
変化していい。
むしろ変化しないといけない。
ただし、自分の核だけは絶対に失うなと。

一方で、BUCK-TICKから受けた影響は、もっと深いところにある。

BUCK-TICKは、僕の中の「常識」を壊したバンドだった。

音楽は明るくなくてもいい。
歌はきれいに歌い上げるだけが正解ではない。
歌詞は全部説明しなくてもいい。
暗さや妖しさや、意味のわからなさすら、圧倒的にかっこよくなる。

これはかなり大きかった。

特に少年の頃の自分にとって、BUCK-TICKの存在は衝撃だった。

櫻井敦司さんの美しさ。
この世のものではないようなミステリアスな雰囲気。
今井寿さんの、普通のロックギターとは違う変なリフやサウンド。
星野英彦さんの美しいメロディ。
バンド全体に漂う、冷たさと熱さが同居したような空気。

あれは、ただのヴィジュアル系ではない。
ただのロックバンドでもない。
BUCK-TICKという、ひとつのジャンルだった。

僕はBUCK-TICKから、「異端であることの強さ」を教わったのだと思う。

普通じゃなくていい。
わかりやすくなくていい。
むしろ、誰にも似ていないことこそが価値になる。

これは今、自分が会社をやっている上でもかなり大きい。

合同会社リブトゥウィンという会社は、普通の音楽制作会社とは少し違う。
AIも使う。
ロックもやる。
企業の応援歌も作る。
飲食レビューも書く。
楽器の輸出もする。
紹介営業もする。

一見、バラバラに見えるかもしれない。

でも僕の中では全部つながっている。
それは「自分にしかできない音楽と表現で、人や会社の人生を前に進める」ということだ。

この、普通の型に収まらない感じは、間違いなくBUCK-TICKから受けた影響がある。

そしてもう一つ。
BUCK-TICKから学んだ最大のものは、「続ける美学」だ。

BUCK-TICKは、時代によって音楽性を変えながらも、ずっとBUCK-TICKであり続けた。
初期のビートロックから、ゴシック、インダストリアル、エレクトロ、トランス、ポップ、そして晩年の深く美しい世界まで。

ずっと変わり続けているのに、ずっと同じ魂がある。

これは本当にすごいことだ。

自分もそうありたい。

若い頃に好きだったロックを、懐かしむだけの人間にはなりたくない。
昔はよかったと語るだけの人間にもなりたくない。

QUEENやBUCK-TICKがそうだったように、時代の変化を受け入れながら、自分の核を燃やし続けたい。

AIが出てきた。
音楽制作の形も変わった。
仕事の取り方も変わった。
人が音楽にお金を払う意味も変わってきている。

でも、人間が生きている熱さ。
どうしようもない憧れ。
胸をえぐるような声。
一発のギターの音で人生が変わってしまう感覚。

そこだけは、きっと変わらない。

僕はQUEENから、音楽の大きさとショーを続ける覚悟をもらった。
BUCK-TICKから、異端であることの美しさと、続けることの凄みをもらった。

だから今、僕は音楽を仕事にしている。
ロックをやるために、社長業までやっている。

サラリーマン家系に生まれて、普通に会社員もやって、気づけば13年も組織の中にいた。
それでも、心の奥に残っていたロックの火は消えなかった。

その火をつけた一部が、QUEENであり、BUCK-TICKだった。

自分の人生を自分の音で鳴らす。
自分の美学で生きる。
変化しながら、続ける。
そして、ショーを終わらせない。

QUEENとBUCK-TICKが僕に教えてくれたことは、たぶんそういうことなのだと思う。

本当に大好きだ。
ロックが。

たくさんの方からお祝いのメッセージをいただき、幸せな39歳になりました。

皆様、本当にありがとうございます。

去年の今頃は、お祝いのメッセージをいただいてから5分くらいで返信できていた気がするのですが、今年はありがたいことに本当にたくさんの方からメッセージをいただいております。

全員にお返事するまで、もしかすると2日後くらいまでかかってしまうかもしれません。

決して無視をしているわけではありませんので、少々お待ちいただけましたら幸いです。

一つひとつ、しっかり読ませていただき、心を込めてお返事させていただきます。

38歳からの一年は、今まで生きてきた中でも、最高のご縁をいただいた一年でした。

起業という荒波の中で、何が正解なのか分からず、悩んだり、迷ったり、間違えたり。

もともと私は、決して器用な人間ではありません。

不器用で、時に頓珍漢で、失礼なことをしてしまったり、周囲の皆様を困らせてしまったりすることもあります。

それでも、この一年を漕いでくることができました。

それは間違いなく、私一人の力ではありません。

皆様からいただいた叱咤激励。

時には厳しくも温かい言葉。

そして、私の不器用さまで包み込んでくださるような、たくさんの愛情。

その一つひとつがあったからこそ、起業という荒波の中でも、なんとか船を進めてくることができました。

改めて感謝申し上げます。

……と書いても、「感謝」という一言だけでは到底足りないくらいです。

本当に失礼な奴だと思いますが、これからも引き続き可愛がってくださいませ。

皆様からいただいたものに対して、少しでも御礼を尽くしていけるよう、39歳も精一杯頑張ってまいります。

引き続き、何卒よろしくお願いいたします。


そして、この39歳という節目をもって、合同会社リブトゥウィンの社是を、

「日本を世界一の国へ」

に改めます。

なぜこの社是にしたのか。

私が音楽制作会社を経営することと、日本を世界一の国にすることが、どのようにつながっているのか。

その経緯や思いについては、弊社Webサイトの代表挨拶で大いに語らせていただきました。

ぜひ、お時間のある時にお読みいただけましたら嬉しいです。

https://livetowin.co.jp/greeting/

39歳になった今、ただ自分の会社を成長させたい、自分が成功したいというだけではなく、自分たちの仕事が社会や日本の未来にどのような影響を与えられるのかを、より真剣に考えていきたいと思っています。

音楽を通じて人を勇気づけること。

人と人とのご縁をつなぐこと。

良い商品や良いサービスを、必要な人へ届けること。

一人ひとりが自分の力を発揮できる環境を作ること。

私にできることは、まだまだ小さいかもしれません。

それでも、小さな一歩を積み重ねていくことで、日本をもっと明るく、誇れる国にしていきたい。

そんな思いを込めた社是です。

そして昨日は、最高の誕生日を過ごさせていただきました。

夜に、私の家から徒歩1分ほどの新江古田にある「七五三」さんで、誕生日会を開催していただきました。

かなり急な企画だったにもかかわらず、なんと9人もの仲間が駆けつけてくれました。

私の適当な企画にもかかわらず、皆さんが心から楽しんでくださったことが、本当に嬉しかったです。

誕生日会ということで集まっていただいたのですが、その場で皆さんから、

「誕生日に限らず、こういう会を定期的に開催してほしい」

「LINEグループを作ってほしい」

「みんなで遊んだり、それぞれのご縁や活動を応援したりできる場所がほしい」

という声を多数いただきました。

そこで、このたび、

「伴さん会」

を発足することになりました。

伴さん会は、私が主催した何かの場で出会った「良い人」であれば、基本的に参加可能な会です。

難しい会ではありません。

みんなで飲んだり、歌ったり、遊んだり。

時には、それぞれの仕事や活動を応援したり。

誰かと誰かをご紹介したり。

参加した皆さんが、楽しく過ごしながら自然に良いご縁を広げていける場所にしたいと思っています。

私は以前から、人と人とをつなぐことが好きでした。

ただ、仕事の紹介だけを目的にした会ではありません。

まずは、一緒に遊んで、一緒に笑って、その人自身を知ること。

その先に、自然な応援やご縁が生まれたら最高だと思っています。

これから、飲み会、カラオケ、音楽イベント、食事会、ちょっとした遊びなど、いろいろな企画を立てていきます。

Facebookで告知することもありますし、

「この人と一緒に遊びたいな」

「この人にはぜひ来てもらいたいな」

と思った方には、個別にお声がけさせていただくこともあると思います。

伴さん会でも、ぜひ一緒に遊んでください。

## 駆けつけてくださった皆様へ

昨日、急な企画にもかかわらず駆けつけてくれた皆様を、改めてご紹介させてください。

LOVETWINのドラマー、けんもくけんた君。

私の無二の親友、南君。

TG企画をはじめ、いつも周りを楽しませてくれる芸人経営者のりんみさん。

地元の飲み友達であり、俳優の加藤さん。

私の会社の資金調達を支えてくれた青木さん。

SUNO AI作曲家協会を共に運営している野末さん。

西武信用金庫新江古田支店の仲間、中村さん。

出会ってわずか10分にもかかわらず、駆けつけてくれたアイドルの真白さん。

そして、うちの不動産のことを手伝ってくれたり、ギターの整備をしてくれたり、一緒にセッションをしてくれたりする、不動産ギタリストの井上さん。

皆様、本当にありがとうございました。

職業も、年齢も、普段いる場所も違う皆様が、私の誕生日という理由で集まってくださり、同じテーブルを囲んで笑っている。

その光景を見ながら、本当に幸せだなと思いました。

私がこの一年でいただいた、最高のご縁の象徴のような時間でした。

39歳になったからといって、急に器用な人間になるわけではありません。

おそらくこれからも、頓珍漢なことを言ったり、失敗したり、皆様にご迷惑をおかけしたりすることもあると思います。

それでも、皆様からいただいたご恩を忘れず、少しずつでも成長していきたいと思っています。

そして、自分が応援していただいた分、今度は私が誰かを応援できる人間になりたいです。

人と人とをつなぎ、誰かの挑戦を応援し、音楽や言葉を通して人に力を与える。

そんな39歳にしていきます。

これからも、引き続き可愛がってくださいませ。

せめて皆様に御礼を尽くせるよう、精一杯頑張ります。

そして、伴さん会でもたくさん遊びましょう。

改めまして、本当に皆様ありがとうございます。

本当に皆様、39です!