あっという間に3月も終わる
久しぶりに、つれづれと書いてみようと思う。
3月末。気がつけば19日、20日、21日と日付だけがどんどん進んでいく。毎日が地続きで、大きなイベントがあったかと聞かれると、あったといえばあったし、なかったといえばなかったような、そんな曖昧な感覚で過ぎていった。何があったっけな、と振り返っても、記憶がぼんやりしている。それくらい、日常の連続だったということだと思う。
ライブの話
ライブをやった。ほとんど準備もしないまま本番を迎えて、それ以外のことは正直あんまり覚えていない。
今回のセットリストで披露したのが、ナイトレンジャーの「Don't Tell Me You Love Me」だった。1982年のデビューアルバム『Dawn Patrol』に収録された、彼らの出世作とも言える一曲だ。昔からハードロックの中でもかなり好きな曲で、ずっと弾きたいと思っていた。
ただ、これが本当に難しかった。昔好きだった曲を今になって改めて弾くと、こんなに大変なのかと思い知らされる。好きという気持ちと、実際に指が動くかどうかは全く別の話だ。
昔まともに弾けなかったのも無理な話だな。
経営者コミュニティのリーダーズ就任
そうそう、一つ大きな話があった。某経営者コミュニティのリーダーズの一人に、来期から半年間就任することになった。その準備を仕事しながらやるのがまためちゃくちゃ忙しかった。
脳がこの情報量を処理しきれているのか自分でも怪しいくらいだ。
経営者コミュニティでのリーダーズというポジションは、ただ参加しているのとは全然違う。
自分が引っ張る側に回るわけで、責任の重さも、やるべきことの量も、一段上がる。それが来期から半年間続くと思うと、身が引き締まる思いもあるし、正直なところ大変だなという気持ちもある。
だが人から頼まれて頂く立場と言うものは成長や格にもつながるので、なんとかやりぬこう。
つれづれなるままに
まあ、そんな感じだ。何か劇的なことがあったわけじゃない。
でも、ライブがあって、経営者コミュニティの新しい役割があって、日々の仕事があって。振り返ってみると、何もなかったわけじゃなくて、むしろ地味に濃い日々だったのかもしれない。
つれづれなるままに書いてみたけれど、こういう「何でもない日常の記録」みたいなものも、後から読み返すとけっこう面白かったりする。3月末の、ちょっとした記録として残しておく。
ムーの世界が現実に近づいてきた
宇宙人の話なんて書くと、やっぱり笑われるようなネタだと思う。都市伝説の番組とか、雑誌のムーみたいな世界の話だろうと。僕自身も別に宇宙人が好きなわけじゃないし、いるともいないとも、なかなか自分の中で結論を出しづらいテーマだった。
宇宙はすごいスピードで膨張し続けていると言われていて、人間が考えるようなスケールの大きさではないという。可能性の世界で言えば、いるんじゃないかと思える。一方で、この地球という環境があまりにも奇跡的な確率で生物の誕生に適した形で生み出されたことを考えると、いないんじゃないかとも言える。意図的に、神様のような存在が、日本酒や焼酎を精密に同じ味で生み出すように計算して作ったという概念で捉えるなら、地球以外に生命体はいないと考えてもいいんじゃないかとすら思っていた。
ただ、今回は少し様子が違う。
オバマとトランプが語り始めた
元アメリカ大統領のオバマさんが、2026年2月に公開されたポッドキャスト番組で宇宙人は存在するということを語った。かなり真面目なトーンでの発言だった。それだけだったらジョークとも取れるし、番組の雰囲気に合わせた軽口だったのかもしれない。
しかし、その後にトランプ大統領が反応した。オバマは機密情報を明かした、重大な過ちを犯したと言うのだ。これはちょっとすごいことだなと思った。トランプさん自身も、UFOや地球外生命体に関する政府の機密文書を公開するよう国防総省に指示すると表明している。
宇宙人だったり、宇宙人に相当するもの。都市伝説の世界で言えば地底人とかレプティリアンとか、ああいうものの存在が割と現実味を帯びてきたのかなと感じている。
AIの次は宇宙だ
もちろん今、生成AIというものがある。僕が20歳とか20代前半の頃は、AIなんて年末の都市伝説番組で耳にするような話だった。
現実味がないというか、遥か未来のSFのような話。その頃からシンギュラリティという概念には興味があったけれど、とはいえやっぱり未来の話だと思っていた。それが今、こうしてAIに向かってブログを書いているわけだ。
そうなってくると、AIの次は実は宇宙なんじゃないかと思えてくる。技術的にも科学的にも、宇宙というのはこれから相当重要な領域になると言われている。イーロン・マスクの火星移住計画もそうだし、AIの莫大な電力需要や通信網の拡大のために基地局をどんどん宇宙に出していくという話もある。
さらに言えば、生成AIによって個人の遺伝子を医療的に書き換えられるような時代が来る可能性もある。病気の克服だけでなく、遺伝子を変えられるということは、宇宙空間や紫外線に対する人類の生物学的な限界を超えることにもつながる。
そうなれば、ガンダムのコロニーみたいに宇宙空間に住んで、地球以上に太陽光エネルギーを受けられる環境が実現しないとも言い切れない。宇宙で太陽光発電をするなんて、今は技術的な話に聞こえるけれど、その先にはもっと大きな現実が待っているかもしれない。
社会構造がひっくり返る
宇宙人というものが本当に存在するとなったら、社会は完全に変わるだろう。
やっぱりガンダムの世界に近いのかなと思う。今は国と国という関係性で世界が動いているけれど、地球と宇宙人の住む星という単位の交渉が必要になってくる。
そうなると、地球としての連帯が求められる。地球として意思決定をして、宇宙人と交渉していくということが必要になるはずだ。
宇宙人がどういう存在なのか、どれくらいの技術や知識レベルを持っているのか。そんなことが現実の議題になったら、今の世界の社会構造は多分ひっくり返る。
僕はどういうふうになるか正確にはわからない。ただ、オバマさんが言う通りに宇宙人が存在するのだとしたら、今の社会構造はガラッと変わる。
そのことだけは、ここに予言しておく。
WBCが、終わってしまった。
準々決勝ベネズエラ戦、5対8。日本代表は初めてベスト4入りを逃し、マイアミの地で連覇の夢が途絶えた。正直、めちゃくちゃ悔しい。そしてそれ以上に心配しているのが、日本に帰ったときに選手たちが叩かれてしまうんじゃないかということだ。
どうか、それだけはやめてほしい。
まず、選手たちに「お疲れ様」と言いたい
日本代表は本当によく頑張った。前回、栗山監督のもとで成し遂げた優勝は伝説的なWBCだった。あの記憶を引っ張りながら、もう一度同じことをやるというのは想像以上に大変なことだ。プレッシャーも半端じゃない。
その中で大谷翔平は、やっぱり化け物である。
初回、アクーニャJr.に先頭打者ホームランを打たれた直後、その裏で大谷が即座に先頭打者ホームランを打ち返した。チャンスでの強さはもちろんだが、世界最高峰のピッチャーを一発で仕留める。今の野球のレベルがここまで上がっている中で、本当にそれができてしまう選手がいるのだということを改めて見せつけられた。
ベネズエラ戦、苦しい試合だった
試合の流れを振り返ると、いくつかのターニングポイントがあった。
まず3回、佐藤輝明のタイムリーツーベースに続いて森下翔太が3ランホームラン。一気に5-2とリードを奪ったあの瞬間、いけると思った人は多かったはずだ。しかしそこからベネズエラの反撃が始まる。
5回にM.ガルシアの2ランで1点差に詰められ、6回にはW.アブレイユの逆転3ランを浴びた。あのアブレイユの一打は本当に重かった。伊藤大海は立ち上がりから捕まってしまい、メジャーの打者の破壊力をまざまざと見せつけられた形だ。
もう一つ、ポイントだったなと思うのが、森下のホームランで盛り上がった直後の村上の打席だ。3ボールからもう1球、おそらく甘めのストレートが来るだろうという場面で、実際に甘い球が入ってきた。しかしそこを見逃してしまった。あそこで一本出ていたら、試合の流れは完全に日本に傾いていたかもしれない。
そしてやはり、大舞台でのフォアボールやミスは命取りになる。隅田のフォアボール、種市の牽制での悪送球。野球においてプレッシャーは誰にでもかかるもので、個人を責めるつもりは全くない。ただ、一つひとつのプレーが勝敗を分けるのが国際大会の怖さであることは間違いない。
メジャーリーグとの実力差が如実に出た
今回、強く感じたのがMLBとNPB・その他リーグの実力差だ。
自分はロッテの種市投手にかなり期待していた。実際、1次ラウンドでは無双と言っていいくらいの投球を見せていた。しかし決勝ラウンドでベネズエラのメジャーリーガーたちと対峙したとき、あれだけの球をしっかり捉えられてしまう。種市のレベルでもそうなるのかと、正直驚いた。
韓国のメジャーリーガーもすごかった。ベネズエラに至ってはほぼ全員がメジャーリーガーで、バナナみたいに曲がる変化球、圧倒的なスピード、そしてパワー。何より意外だったのが、南米の野球は大雑把で精度がないというイメージとは全く逆だったことだ。細かいところまでしっかりした野球をしてきたうえで、ここぞという場面で大きい当たりを打ってくる。そういう野球に見えた。
ある意味で、日本がこれまで得意としてきた「アジアの野球」
スモールベースボールとか緻密さみたいなものは、もはや日本だけの武器ではなくなりつつあるのかもしれない。
メンバー選びについて思うこと
井端監督に対して采配がどうだとかいろいろ言われているのは知っている。ただ、まず言いたいのは、複数の候補が断ったという話がある中で引き受けてくれた井端さんへの感謝だ。
そのうえで少し感じたのが、メンバー選びの部分である。たとえば今回、平良や松山といった当初期待された選手が選ばれなかった。佐々木朗希も来られなかった。それぞれに事情があったのだろう。
ただ、そういう状況であるならば、もう少し日本の野球らしい選手
特にベテランを加えて、緻密で相手が嫌がるような野球ができるメンバーを決勝ラウンド向けに組んでいく手もあったんじゃないかと、勝手ながら思う。
日本の野球のこれから
決勝ラウンドに出てきたのは、ベネズエラ、ドミニカ、アメリカ、イタリアといったハイレベルなチームばかりだ。
どんなことが起きてもおかしくない。今回の結果は、勝負は時の運でもあるし、同時に力負けだった部分もある。
これから日本はメジャーリーガーも増えていくだろうし、次はプレミア12にも挑むことになる。そこに向けて考えてほしいのが、
「日本の野球とは何なのか」ということだ。
歴史を振り返り、日本の強みを改めて整理してほしい。
監督選びについても同じだ。NPBの監督としてしっかり実績を残した人が、代表を率いてほしい。経験値というものは、こういう国際大会の一戦一戦で必ず生きてくる。
とにかく侍ジャパン、お疲れ様でした。
悔しいけれど、この経験は必ず次につながる。日本野球の未来を信じている。
会社をやってきて、もう間もなく2年になる。
本当にいろんなことがあった。そして、まさに今もいろんなことがある真っ最中だ。いいことと、解決しなくちゃいけない課題が次から次へと出てくる。毎日がその繰り返しで、終わりはない。
日々の判断、その重さ
経営をしていると、日々あらゆる判断を迫られる。
ここはうまくやらないと揉めるな、という場面での言葉遣いや対応の仕方。謝るべきなのか、それとも毅然とするべきか。押すべきか、引くべきか。投資するべきか、しないべきか。
どれも正解がない。というか、正解は後からしかわからない。その中で、毎回何かしらの答えを出し続けなければならない。これが経営というものの日常だ。
そしてこの2年でよくわかったことがある。判断の質を左右するのは、知識でも経験でもなく、結局のところ自分自身の心持ちだということだ。
心が受け止めきれないもの
プレッシャー、ストレス、不安、責任。経営者にはこれらが常につきまとう。
どうしても心が重くなる時がある。それは当然のことだと思う。自分一人で抱えるには大きすぎるものが、容赦なく押し寄せてくるのだから。
でもこれは、僕だけの話じゃない。世の中には、とんでもない状況の中で会社を回している経営者や、責任ある立場で踏ん張っている人たちがたくさんいる。みんな、それぞれの重さを抱えている。
問題は、心が受け止めきれないほどのものに対して、どうやって対処していくか。これに尽きる。
倫理法人会で聞いた言葉
最近、営業の兼ね合いもあって倫理法人会に参加している。
そこでよく言われるのが、「明朗——明るく朗らかに」「愛和の笑顔でいなさい」「ニコニコしていなさい」「喜んで働きなさい」ということだ。
正直、最初は精神論だなと思う部分もあった。でも、歴戦の経営者たちがその場に参加して、真面目にこういう話をしている姿を見ると、考えが変わってくる。何十年も荒波の中で生き残ってきた人たちが、口を揃えて「心のあり方」を語っている。それには、やはり理由がある。
荒波に船を出すということ
経営というのは、荒波の中に船を出すような行為だ。
穏やかな海だと思って出港しても、コロナのように一気にドーンと大波が来ることがある。リーマンショックもそうだった。そもそも日本の社会自体が30年近く停滞している中での航海なのだから、平穏な日のほうが珍しい。
その中で生き残ってきた会社、生き残ってきた人たちは、力技だけでは突破できない壁を経験している。資金力や戦略だけでは乗り越えられない局面が、必ず来る。
そういう時に何が残るかといえば、やっぱり心のあり方なのだと思う。
柳のメンタル
僕がよく自分に言い聞かせている言葉がある。「柳のメンタル」だ。
柳の木は、強風が吹いてもポキッと折れない。しなやかに揺れて、風をやり過ごす。風が止めば、またすっと元に戻る。
経営者のメンタルも、これと同じだと思っている。
硬く強くあろうとすると、いつか折れる。かといって何も感じないように心を閉ざしてしまったら、大事なものを見落とす。しなやかに受け止めて、揺れながらも折れずに立っている。それが理想だ。
明朗であること。朗らかでいること。笑顔でいること。喜んで働くこと。
言葉にすると簡単に聞こえるけれど、プレッシャーの中でこれを実践し続けるのは本当に難しい。でも、だからこそこれは真理なんだろうと思う。簡単にできることは、わざわざ何十年も語り継がれたりしない。
すべてに通ずるもの
2年やってきて、改めて思う。
心持ち、メンタルというものは、経営のすべてに通じている。判断の質も、人との関わり方も、チームの空気も、全部つながっている。自分の心が暗ければ、出てくる言葉も判断も暗くなる。自分の心が明るければ、不思議と周りも動き出す。
まだまだ道半ばだし、これからもいろんな波が来るだろう。でも、柳のメンタルで、明るく朗らかに、しなやかにやっていく。
そう決めている。
やっぱり野球というのは面白い。
先日のWBC2026、韓国対オーストラリア戦。3月9日、東京ドーム。これは歴史に残る素晴らしい野球の試合だったと思う。
韓国の執念、再び
韓国の野球は、こういう大きな舞台では、特に2006年から2009年にかけてのWBCがそうだったように、執念によって自分たちが持っている力以上のものを出す。
それによって多くの番狂わせやドラマチックな試合を演出してきた。
今回もまさにそうだった。
韓国が準々決勝に進むための条件は、5点差以上の勝利かつ2失点以内。
韓国メディアですら「果たしてオーストラリアを2点で抑えられるのか」と悲観的に報じていたほどの、ほとんど不可能に近いミッションだった。
結果は7対2。韓国の勝利。しかも見事に「5点差以上・2失点以内」という条件をクリアして、2009年以来17年ぶりのベスト8進出を決めた。
2回にムン・ボギョンの2ランで先制し、3回にはイ・ジョンフの適時二塁打で追加点。5回にもムン・ボギョンがタイムリーを放って5点目を奪い、まさに「取るべき時に取る」野球を見せた。
オーストラリアが5回にグレンディニングのソロホームラン、
8回にバザーナの適時打で反撃しても、韓国はすかさず取り返す。流れを絶対に渡さない。
3度の併殺で相手の攻撃の芽を摘み、7人の継投で走者11人を出しながらも粘り強くしのいだ。
特にイ・ジョンフ。主将としてチームを引っ張り、打っては適時打、守っては終盤のダイビングキャッチで流れを引き寄せた。
韓国のベテラン投手陣も、緩急を使い、ここは絶対に打たれないという気迫のボールを投げて抑えていった。
9回、アン・ヒョンミンの犠飛でダメ押しの7点目。東京ドームに韓国選手たちの涙があふれた。
昭和の野球漫画を見ているような
この試合を見ていて思ったのは、いわゆる昔の昭和の野球漫画で描かれていたような根性論、
「絶対に負けてはいけない、負けたら終わりだ」というあの執念が、
そのまま2026年のグラウンドに再現されていたということだ。
オーストラリアが点を取ったらすぐに取り返す。流れを一瞬たりとも相手に渡さない。
データでは測れない「心」の部分が、試合の行方を左右していた。
正直、かなり感動した。
一方、アメリカは
一方で、今大会のアメリカだ。
メジャーリーガーを大量に招集し、「宇宙レベルの野球チーム」と言われるほどの戦力を揃えた。ジャッジ、ヘンダーソン、クロウ・アームストロング
名前を並べるだけで震えるようなメンツだった。
ところが蓋を開けてみれば、イタリアに6対8で敗戦。
序盤に8点差をつけられ、終盤に追い上げたものの及ばず。
デローサ監督が試合前に「準々決勝への切符は手にしている」と発言していたことも批判を浴びた。
3勝1敗で全日程を終え、イタリア対メキシコの結果次第では予選敗退という、信じがたい状況に追い込まれている。
アメリカの野球は、今やデータがすべてだ。マイナーリーグでは数字が基準に達しなければ試合にも出さない。
ピッチクロック、牽制の回数制限、野球自体がどんどんシステマティックになっている。
それがメジャーリーグ主導で進められてきた。
でも、野球ってそういうものなのか。
データでは測れないもの
韓国の野球を見ていて、強く感じたことがある。
野球は、あまりにも力の差がありすぎれば結果は明白だ。
でも、ある程度以上のレベルに達したチーム同士がぶつかると、実は勝ち負けが本当にわからないスポーツになる。
そこには、心とか、流れとか、誰もがその存在をはっきり認識しているのにデータ化できないものが確かに作用していて、試合結果を左右する。今回の韓国の「奇跡」は、まさにそれだった。
もちろん、データに基づいたウェイトトレーニングやシステマティックな練習は必要だ。
ピッチャーとバッターの相性を踏まえて打線を組むのも大事だ
俺が野球を見始めた頃に比べて、明らかに球速も打球速度も平均的に上がっている。それはデータの恩恵だろう。
でも、もう少し気持ちとか、練習量とか、「絶対に勝つ」という意志の力を信じてもいいんじゃないか。
データで最適化された野球が、なぜ韓国の執念に負けるのか。
アメリカの宇宙レベルの戦力が、なぜイタリアに足元をすくわれるのか。
そこにこそ、野球というスポーツの本質がある気がする。
久しぶりに震えた
個人的な話をすると、かつて大量失点差からの延長の裏でで藤岡選手のホームランで同点に追いつき、あっという間にサヨナラになったロッテとソフトバンクのクライマックス以来、ここまで感動した試合はなかった。
韓国対オーストラリア戦は、野球が持つ「何が起こるかわからない」という魅力を、これでもかと見せつけてくれた一戦だった。
データは大事だ。でもデータだけじゃない。
心が、流れが、執念が、試合を動かす。そのことを改めて思い出させてくれた韓国チームに、敬意を表したい。
やっぱり野球は面白い。











