12月、11月と、スケジュール表を見ながらずっと振り返って書いてきたんですが、
改めて見返してみると、本当にあっという間だったなと思います。
もっといろんなことができたんだろうな、とも思うんですが、
その時の自分なりには、かなり必死だったんだと思います。
記憶をたどってリアリティを保って話せるのは、
多分10月くらいがギリギリかな、という感覚もあるので、
今回はこの辺でやめておこうと思います。
この時期も、妙な出会いが本当に多かったですね。
今振り返ると、なかなか面白い。
いくつか印象に残っているのは、
コンサルを誘われることが何度かあったことです。
その中で、「営業を断る」という経験をしたのが、妙に心に残っています。
どんな人に対しても「NO」を突きつけるというのは、
本当にエネルギーのいることだな、と感じました。
基本的に、目上の人や「この人だ」と思う人に対しては、
YESと言っていくのが、僕らみたいな職種の仕事の基本原則だと思っています。
その中で、ちゃんと見極めて、
目の前にいる血の通った人間に対して、
「違う」「やらない」とはっきり言うのは、簡単なことではないですね。
そう考えると、前職でサラリーマンをやっていた頃、
仕事上の断りや判断を、上長や経営者サイドが引き受けてくれていたんだな、
という感謝の気持ちも自然と浮かんできました。
あとは、パ・リーグだけの経営者飲み会があったりもしました。
コロナ以降、若い人は飲み会に行かない、なんて話も聞きますが、
この世界ではあまり関係ないな、とも思います。
そもそも「パ・リーグで飲む」って、かなりニッチな話ですしね。
一対一でいろんな人と話す機会も多かったので、
この時期に知り合いがかなり増えているのも分かります。
この頃は、どんな会でも
「1回目だけは必ず行く」と決めていた時期でもありました。
綾瀬でスナックの会があったり、
仕事の面では、定期的にがっつり仕事をくれるお客さんとの仕事が始まった時期でもあります。
営業だけでなく、
とにかく業務量をこなさなければいけない状況になって、
効率化をどうするか考える余裕もなく、
「とにかく間に合わせる」という感覚で動いていました。
その中で、前職で開発業務をやっていた頃の、
あの熱っぽいクリエイター感覚を、久しぶりに思い出したのも印象的です。
それ以外で面白かったのは、
僕が参加している守成クラブで、コンサートをやらせてもらったことですね。
この頃から、
音楽を中心に本当にいろんな仕事をしている中で、
「本当にミュージシャンなの?」と疑われるような場面が出てきました。
これは、今までずっと音楽をやってきた人間としては、
正直、信じられないような感覚でした。
でもそこで気づいたのが、
どんな人に対しても「音楽家なんだよ」ということを
きちんとアピールして、ブランディングして、信頼を勝ち取るには、
生演奏をどう取り入れていくかが、実はものすごく重要だということです。
それに気づけたのも、この月だったんじゃないかなと思っています。
ここまで振り返ってみて、
やっぱり、無駄な月なんて一つもなかったな、というのが正直な感想です。
今日はこの辺で終わりにします。
























