2026年3月11日。東日本大震災から、とうとう15年が経とうとしている。
あの日の記憶
2011年3月11日、俺は社会人1年目だった。ちょうど自分の部署がブラックだということに気づき始めた頃だ。
当時から今の家に住んでいて、一緒に暮らしていたおばのことが心配で、すぐに帰った。
帰ったら、瓦礫というか、倒れた棚や食器に埋もれたおばを救出した。あの光景は今でも覚えている。
それなのに、ブラックの極みみたいな野郎から「てめえ帰んじゃねえよ」としつこく連絡が来た。
家族が埋もれてるのに何を言ってるんだ、こいつは。そしてそいつも帰ってたのだ、俺より前に。
そして、そんな日なのに、いつもの飲み屋に行った。本当にバカな20代の自分。
1週間の休みが出たとき、正直に言えば、ブラック部署から解放されたことが嬉しかった。
東北にも行かず、テイルズの派生作品みたいなRPGをやっていた。今思えば、なんてことだろうと思う。
我欲と天罰
当時、石原慎太郎が「天罰」と発言して、すごい非難が起こった。
石原さんも謝罪をしたけれど、その後に『我欲と天罰』という本を出した。俺は時たまこの本を読み返す。
あの本が突きつけていたのは、日本社会のひどい官僚主義、ひどい既得権益の構造だった。
またモラルの低下が書かれており、亡くなった親の死を隠して、生活保護や年金をもらい続ける人間がいる。
象ですら仲間が死んだら埋葬するのに、人間が我欲のために、亡くなった人へのリスペクトすら失っている。
あの本はそういうことを問題視していた。
俺もまさにその通りだと思っていた。
15年経って、どうなった
15年経ってどうだろうか。
日本は本当に沈没しかけているような、かなりひどい状況になってきた。
昔はビール500円でも「結構高いな」と思っていたのに、今はビール500円で飲めたら「安いな」と思うくらい物価は上がった。
給料は上がるどころか下がっている。移民の問題、外国にお金を配る話、相変わらず根本的な問題には誰も触れようとしない。
既得権益を突き抜けて世の中を変えようとするトリックスターたちは、
すべて檻に叩き込まれるか、社会的信頼を失わせられる。そんな社会がずっと続いている。
能登の震災もあった。東北の復興だって、まだまだ傷跡が残っている。
本当に偉い人なんだったら何とかしてやれよ。何のためのルールなんだ、何のための権限なんだ。
15年経って今みたいな社会になって、今生まれてきた子供やこれから生まれてくる子供に、
一体何を引き継げばいいんだという状況だ。社会の一員として、本当に申し訳なく思う。
もちろん、自分なりにもがいてきたつもりではいるけれど。
作る側の人間
自分がまず既得権益の仕組みにぶら下がって、
その後に子供や家族をぶら下げて、誰かが血の滲むような思いで作ったものを食いつぶしていく。
そういう構図がこの国にはある。
でも、「作る側」の仕事が大事なんだよな、やっぱり。
コップに入れた水はいつか飲み干してなくなる。コップ自体も割れてしまったら、また新しく作らなくちゃいけない。
この「新しく作る」という意識を持っている人が、あまりにも少ない。
力のある人たち、能力を持っていると自負する人たちは、まず社会に貢献するべきだろう。社会に還元するべきだろう。
この国の良さを、忘れるなよ
コンビニに行けば、おにぎりが最高に美味しくて、安くて美味いお酒がいくらでも買えて、
ちょっとした時に入ったスナックのママがすごく優しくて、料理上手で。
東京から電車で1時間も乗れば田園が広がっていて、緑や花がこんなに綺麗で。
どこの街に行っても街があって、美味しいものがあって、泊まるところがあって、文化がある。
そういう国を、守らなくちゃいけないんじゃないのか。
失ってみて初めてわかるんじゃないのか。
みんな黙ってて、本当にこんなもんでいいわけがない。
悔しいよ。本当に優しい人が全然報われない。いい人が隅っこに追いやられていく。
実際に価値を作った人が、正当に評価されない。
15年経った今も、変わらないこの社会に対して、強い憤りを感じている。