ボン・ジョヴィの「生き方」に殴られた
Forbes JAPAN で、ジョン・ボン・ジョヴィの記事を読んだ。
リンクはこれ。
👉 ロックスターから皿洗いへ ジョン・ボン・ジョヴィ夫妻の「無料食堂」
https://forbesjapan.com/articles/detail/60423?read_more=1
正直、読みながら「いや、この男はかっこよすぎるだろ」と声が出た。
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世界的ロックスターがやっていること
記事の中で紹介されているのは、
ジョン・ボン・ジョヴィと奥さんがつくった「ソウルキッチン」というコミュニティレストランの話だ。
・お金が払える人は、普通よりちょっと多めに払う
・払えない人は、お金の代わりにお店を手伝う(ボランティアとして働く)
そんな仕組みで、ホームレスや生活に困っている人たちに食事を提供している。
「無料食堂」という言い方もできるけど、施しではなく“共に生きる場”としてデザインされているのがポイントだ。
しかもコロナ禍でボランティアが入れない時期には、
ジョン本人が皿洗いまでやっていたというエピソードが紹介されていて、完全にノックアウトされた。
世界的なロックスターが、だ。
ステージの上で何万人を熱狂させる男が、キッチンで黙々と皿を洗っている。
ロックの神様の一人がやっていることが、人としてシンプルすぎて、逆に眩しい。
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ロックは「音」じゃなくて「生き方」だという現実
ボン・ジョヴィの曲は、昔からライブでもよく演奏してきた。
「It’s My Life」も、「Livin’ on a Prayer」も、何度も弾いてきたし、歌ってきた。
でも、こういう記事を読むと痛感する。
ロックって、
かっこいいリフでも、ハイトーンでも、派手なステージでもなくて、
結局「どう生きるか」なんだよな、と。
自分が今まで「ロック」だと思ってきたものが、
どれだけ“表面”だったのか、ちょっと恥ずかしくなるくらいだ。
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「ギブ」と「居場所」を作る人
ソウルキッチンの仕組みって、ビジネスの言葉に翻訳するとめちゃくちゃ洗練されている。
・払える人には、ちゃんと価値を感じてもらって払ってもらう
・払えない人にも、役割と居場所を用意する
・「お客さん」ではなく「仲間」に変えていく
ロックミュージシャンがやっていることなんだけど、
本質的には「ギブ」と「コミュニティの設計」なんだよね。
これを見ていて思ったのは、
「俺は音楽で、そしてAIで、どんな“居場所”を作れるんだろう?」という問いだった。
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日本で、自分がやるべきロック
ボン・ジョヴィはアメリカでソウルキッチンをやっている。
じゃあ俺は、日本で何をやる?
・お金がないクリエイターにも、チャンスと学びの場を作れるか
・地方の事業者や小さな会社に、音楽とAIで追い風を送れるか
・“ただのサービス提供者”じゃなくて、“一緒に戦う仲間”になれるか
音楽って、本来は「あなたは一人じゃない」というメッセージを鳴らし続ける手段だと思っている。
ボン・ジョヴィはそれを曲とステージだけじゃなく、
ソウルキッチンという“場”でもやっている。
じゃあ俺も、自分なりのやり方で
「音の力で世界を変える」を、もう一段ギア上げてやっていかないとな、と。
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まとめ:音を鳴らしたあと、何が残るか
ギターをかき鳴らして、ステージで汗をかいて、
お客さんが盛り上がってくれて、
「今日もいいライブだったね」と言って打ち上げに行く。
それもロックだし、最高に楽しい。
でも、ボン・ジョヴィの記事を読んで、
もう一つ上の問いを突きつけられた気がする。
音を鳴らしたあと、何がこの世界に残るのか?
曲なのか、
思い出なのか、
それとも「生きやすくなった誰かの人生」なのか。
ロックの神様の一人が、
皿洗いをしながら静かに答えを出している気がして、
しばらく画面の前で固まってしまった。