3Kという言葉がある。

今、日本ではあまり良い意味で使われていない言葉であって、よくブルーカラーの人たちの仕事のことを、汚い、きつい、きびしいと、そんなふうに言ったりする。 それがそうだとか違うだとか、一概には言えないところもあるのだが、一般的にはそんな使い方をすることが多い。

 

だけど、僕が今日書く3K、3つのKについては、まったく意味合いが違うということをまず申し上げておきたい。

実は僕が会社を経営しはじめてから、大変お世話になったKさんが3人いる、そういうお話だ。

 

ひとり目のKさんは、不動産業をやっていて、マンションやビル、賃貸や駐車場を持っている方で、それも東京の一等地から沖縄、新潟までお持ちになっている。 多分3人のKさんの中では一番年上なのかもしれないし、僕の会社を調べればそのKさんの名前はわかる、そんなKさんだ。

 

この人は元々、僕がサラリーマン時代から薄くは知っていて、すごい勢いとノリと、

ちょっと大人っぽくないような落ち着きのなさみたいなものがありながらも、いい人なんである。

 

僕は最初経営をはじめたときに、

「経営者っていうのは人脈だよ」 「経営者との人脈だったり、経営者と遊んだり、経営者とお付き合いしなさい」

と、あるおじいちゃん経営者に言われたことがあって、そこで数少ない相談できる経営者のひとりが、このKさんだったのだ。

 

Kさんがきっかけで僕は守成クラブに入り、今の人脈だったり、今お付き合いしている人たちは、ほぼすべて元を辿ればそこから来ているということになる。 会社を登記させてもらっているのも、このKさんのビルだし、散々ごちそうにもなっている。

これは3人のKさんみんなにご馳走になっているのだけれど、本当にありがたいし、ゆくゆくは次の世代にやってあげなくちゃいけないと思っている。

この人は細かい相談事をするというよりも、遊びながら物事を解決してもらったり、結果に繋がっていたりみたいなことが多い。 あとはやっぱり父のような存在でもあって、これは3人ともそうなんだけれど、この人がいなかったらうちの会社ももっと大変だったなと思う。 

特に、守りの部分でね。

 

ふたり目のKさん。

この人は僕が人脈を広げはじめたときに、えびな会という会で出会った。 

この人は3人のKさんの中では唯一お酒を飲む人で、それもかなり飲まれる。

僕はこの人に、無償の愛というか、いわゆるBNIでいうところのギバーズゲインとか、利他的精神とか、そんなものを学んだ。

 

本当に自分の子供かというぐらい、多分お金も使わせてしまっているし、いろんなことを親身に教えてもらった。

 

口数が決して多い人ではなくて、端的なところもあるんだけれど、ベランメー調で、

いかにも配管清掃の会社をやっているブルーカラーの大将みたいな雰囲気が、パッと見ると確かにある。 

たぶんあえて出しているところもあるんだろう。 

僕も最初はそういう人かなと思っていたんだけど、実はMBAも取られているし、

結構華麗なる一族で、100億規模の会社の代表取締役を長年経験してから今の会社をやられている、そんな経緯がある方だ。

 

口数は少ないのだけれど、僕が一番困ったときとか、どうしたらいいかわからないときとか、

これはやばいなと思ったときに、まず相談するのがこの人だ。 

込み入った話を一番相談しやすい、困ったこととか、そういうときに真っ先に顔が浮かぶ。

 

結局僕はこの人経由で、多分一番多く人を紹介してもらっているかもしれない。 

本当に、世話になっているという言葉ではきかないような感じだ。

 

本当に困っているときとか、やべえときとかに、僕から言葉を吐き出させるのが上手い人でもある。

何度も助けてもらっているし、なかなか本当にこの人には返しきれなくて、下の人に返すことになるんだろうなと、

そんなふうに思わせてくれるKさんだ。

昔、前職でも僕がそんなふうに思ったKさんがいたりもして、 

僕はKから始まる苗字の人にすごくお世話になる運命なのかもしれない。

 

最後にもうひとり、三人目のKさん。

この人は投資家さんで、この方もえびな会で出会ったのだけれど、ギターを弾く人である。 

本当に何十社も投資をされていて、投資家という立場が自分を社会貢献させている、

ということを多分信念として持たれている方だ。

 

今、僕は音楽を作るとか、音楽を映像につけるとか、効果音を作るとか、そんなお仕事が多かったりはするのだけれど、

いわば音楽としてはホワイトカラー的な領域で、この方との出会いが

時代のトレンドであるブルーカラー的な領域に私の音楽の仕事を発展させる契機になっている。

 

この人はギターもすごく上手くて、Charとか、そういったロックに影響を受けて、

かなり味のある、テクニカルで理論がすごくある、そんなギターを弾かれる。

 

人間的には、例えばトランプ大統領に対しても、僕にしても、決して態度を変えることがない。 

ひとりの人間として、何を思っているか、どういう考え方をしているかを見抜く、本当に素晴らしい方である。

 

これから自分が一緒に事業をやるというと、多分この人ということになっていて、

実際に今、音楽ではなく社会人サークルのようなコミュニティの中で、

これも資本家や投資家の方が1億円ほどお金を集めていて、

それで社会人サークルを展開していくという事業の中の、音楽部門をこの方と一緒に担当している。

 

ここで、いわゆるブルーカラーの音楽、例えば音楽をやりたい人、

久しぶりにギターを持って若い日の熱をもう一度自分の人生に復活させたいという人たちのために、

音楽を教えたり、音楽をやる場所を提供したり、仲間を作ったりする、

「大人の経営音楽部」というサービスを展開していこうと考えている。

 

僕はこの方からも、

「君は音楽っていうニッチで売りにくい商材だけど、夢があるものに対して、

一生懸命、全力で取り組んでいる。そのことで自分の人生も変わった」

 

と言ってもらえていて、音楽をプレイする、音楽で仕事してて楽しいねっていうところから、

心が動いたと、感謝していると言ってくれる。 

こちらこそですよ、というところで、僕自身はこの人がいなかったら、今の動画ビジネスの礎もなかった。

 

この人が紹介してくれた人との出会いが、動画制作という技術をうちの会社にもたらし、

ひとつの商品をローンチするところまで持ってこれた、というところがある。

 

そういう意味ではこの人は、前の2人のKさんとはちょっと違っていて、共同事業者という色がある。 

ビジネスの面では一番ドライだし、一番厳しいところがある、それは投資家さんだからね。 

だけど僕は、この人のあったかさや、ギターを弾けること、同じ価値観を共有していること、

そこもすごく嬉しいなと思っている。

 

そんなふうにして、3人のKさんにお世話になって今に至る、というところである。

 

こんな感じで、ここ何回かでは今、自分が考えていることや、

どんな人と関わっているか、趣味のことなどを書いていこうと思っている。

前回のブログの続きだ。

6月か7月くらいに運命的な出会いがあった。

 

ライブの帰りに寄ったバーで喫煙所で話しかけてくれた

なまりが強い日本語の男が、なんと韓国人のセミプロのギタリストで、

彼と意気投合して寿司まで奢ったところ、

かなり深い仲の友人となり、彼がソウルに帰った後も、毎日LINEをする友達になった。

 

そのうちに毎日韓国に来てという話になり、根負けして生まれて初めて韓国の地を踏む事になった。

 

私は政治的なスタンスの関係で、よく勘違いされるのだが、

大変韓国が好きで、子供の頃から韓国料理の美味しさに深く感動していたし、

冬のソナタで見たユンソナの美しさにも子供ながらに見ほれていたものであった。

 

一方で学生の頃に愛国に目覚めた私は、いろいろな史実を知るにつれ、

韓国については複雑な想いを持つようにもなった。

一時期は怒りさえ感じた韓国であったが、

むしろ自虐史観と既得権と弱腰に寄り過ぎた日本の構造にこそ問題があるという考え方に徐々にシフトしていった。

あとは韓国に対して思うところがあるとはいえ、

韓国の方をチョンと言ったり、韓国料理や文化の事を下に見て悪く言うような連中は大嫌いだった。

それこそが差別であり、政治的なスタンスとは明確に区別をしなければならないと考えている。

一方で譲ってはならないことは譲らない、それは韓国だけでなく諸外国に対して、全て同様のスタンスでいき、

日本の発展に尽くすのが、公僕や立場を持った人々のあるべき姿だと考える。

一方で韓国については一つだけ、五年間で政権を交代しなければならないというルールがあるため、

国としての一貫性を担保できない事、その事が財閥主体の極端な学歴社会や

その他社会の大きな歪みを生み出している根本にあるのだと感じた。

 

会社員時代はこういう話をあまりできなかったのだが、こういうスタンスでいるため、

日本語しか話せないのだが、

外国人や韓国の人ともずっと仲良くしてきたし、友達もいっぱいいる。

 

そんななので、その時に出会ったヨン君とは日夜ギターの話、政治の話、音楽の話、文化の話、

韓国や日本のローカルピーポーの暮らし、友達の話をたくさんした。

日本語が喋れる現地の韓国人の人ははじめてだから、世界が広がり、視座が高まる素敵な体験だった。

 

ヨン君は年こそ6つくらい違うが日本人以外では初めての親友と呼べる存在であり、

外国の人とここまでの友情を築く事ができるのが、形だけの世界平和ではなく、

人と人とが絆をもってつながる世界平和なんだと思った。

 

ついに韓国の地にもおりた。

海外にも数多く行きタイに長く住んでいた私からしても一番過ごしやすい国だった。

現地の人達は親日で日本のものが当たり前にある。

ウォシュレットのトイレも地下鉄に行けばあるし、料理も酒も美味しい。

韓国人は仲間意識が強く、ヨン君の友達の私も仲間として受け入れてくれた。

「ゴンベ!」という掛け声とともに何度も何度も乾杯をしてチャミスルをあける。

炭酸の酒をあまり飲まないから不思議と冷静に飲み続けることができ、本当に楽しい時間を過ごした。

次第に私が飲んべえなんだと日本語で話しているうちに、「ノンベ!」という掛け声に変わっていった。

 

韓国では現地のKBOの観戦もしたし、食べたいものも8割くらいは食べた。

私の好きな韓国のゆるきゃらモランのアンテナショップも行った。

 

その後、日本に帰国して、いよいよ次の仕事を考えている際に、

ヨン君と一緒にギターを韓国に売る仕事はどうかと考えた。

 

韓国では日本のギターは高く、種類も豊富ではない。

だから韓国のギタリスト達は個人輸入で日本のギターを買うという。

しかしそれには例えば言語の違いや楽器の状態などの痒いところに手が届かない事があり、

日本で検品ができて、韓国に日本語がわかりギターの詳しい彼がいる。

何より大好きなギターを仕事に出来ることは楽しい。

 

そんな事でギターを売るという事を考えた時に、古物商の資格を取る必要があるという事を知った。

そこで個人事業主か法人かという事で、ロックンローラーとしてかっこつけの私は

「社長」

ということにこだわったのである。

 

その辺りの会社創業時の話などを今話すのは少し重い。

 

しばらくは私の価値観や趣味について一つずつ深堀していくというのをやりたい。

自分の整理にもなるし、改めて自己紹介となるためだ。

 

旅行が終わった私はいよいよ2023年4月1日になり、

幼稚園に入る前以来の無職となった。

 

再就職ということは一切考えてなく、サラリーマンでいるなら、

やめた意味はないということで、人生経験と半年間のお金をもらいにハローワークに行っていた。

 

私の友人がハローワークの独特の重い空気にはやられるものがあると言っていたが、たしかに空気が重たい。

私は本を読んだりネットサーフィンをしてやり過ごしていたが、繊細なタイプには辛いかもしれないと思った。

 

当時は個人事業で開業するんだろうなって思っていて、ハローワークからお金がもらえなくなったら、

なんかしてみようかなと思っていた。

 

サラリーマンをやめても意外と早起きで、早く起きてはいろいろなことをしていた。

 

やめてすぐにはまっていたのはAIだ。

特にCHATGPTと画像生成AIにハマっていて、電子書籍で無限に本を出せば

飯を食えるくらいの不労所得は得れるのではないかと仮説を立てて、

写真集やいろいろな本をAIで生成して某プラットフォームに出す実験をしていた。

 

そうこうしているうちに月に5万円くらいは出せるように成長させたビジネスだったが

写真の内容に問題があると言ってアカウントをバンされてしまった。

 

だったら有名なK社の出している雑誌はもっとおかしいだろうと某社に訴えたが無視である。

粘り強く2度チャレンジしたが、結局駄目であった。

アメリカ企業の傲慢さと日本の既得権益の嫌なところがでた事件であった。

 

残ったのは生成AIを操る能力だった。

黎明期の生成AIは工夫をしなければ化け物を生成するような体たらくで、

可愛い女の子の写真を一つ生成するにもかなりの工夫が必要であった。

AIは決まった答えしか出せない、限られたソースの中で作るから人間を超えられないというが、

そういう人達に限って使い込んでないと思う。

指示の正確性や粒度をどうやって高めていくか、複数のAIを使ったり、音声入力を入れてみたりと

工夫に工夫を重ねて、私流のAIのイロハを開発していった。

 

また別ではサポートギタリスト、スタジオギタリストのような事をやっていた。

ちょうど苫米地英人さんの本をはじめて読み強い衝撃を受けた私は、

ギタリスト、ロックンローラーとして次のステップに行くにはコンフォートゾーンを飛び出す必要があると感じて、

今までの人脈の外でやってみようと考えた。

中でもColdrainのコピーバンドがきつかった。極悪な刻みと16分の裏で入るリズムが

リズムが弱かった私にはすこぶるきつく、その分頑張ったらギターがうまくなった。

あとはテンションコードをひたすらカッティングしていくという事なんかもあった。

その過程の延長線上に今組んでいるLOVETWINの結成があったり、

明らかにギタリストとして成長した実感も残り、有意義な事であったし、

サウンド屋さんという職能も誇れるものだけど、自分はバンドマンだなと確信に近く思えた。

 

一方で精神的にきついようなトラブルに何件か巻き込まれ、

せっかくの期間になぜ?と思ったのだが、逆に無職でなければ対応できなかったし、

苫米地式の問題解決を実施し、身に染みこませるには十二分の実戦体験だったと思うと、運が良かったかもしれない。

 

トラブル対応をはじめ、会社の外の人と大人としてはじめてまともに触れ合ったのがこの時期であった。

 

私は自分が頭がいいとは決して思ってはいないが、会社のなかにいると自然と

他人が自分と同程度の頭脳やリテラシー、知見を持っている事を前提にお付き合いをする癖がついていた。

会社というところはある一定の基準にリテラシーが収まっているもので、それで済んでいたが、

私が自分のリテラシーで物事を進めると相手を怒らせたり、どうにも話がかみ合わない事が起こってきた。

その事がとても悩ましかったが、よく考えると苫米地さんの理論に置き換えれば抽象度の問題であり、

結局は、人はそれぞれ違って、突き詰めれば「みんな違って、みんないい」という事で、

そんな小学生でもわかるような事がはじめて腑に落ちたのであった。

前回のブログはFacebookで読んだ人からも、コメントや感想をもらうことがあって嬉しかった。

先日、倫理法人会で壮絶な人生を歩んだ方のお話を聞いたのだが、公式の場で人生の良いこと悪いこと、清水とヘドロを全て吐き出してしまうと、良い意味で人生が変わると言われたのだが、こうして書いてみると、妙にスッキリすることもわかる。

 

ということで、先日のブログの続きだ

会社の最終出社日が終わるととりあえずは、前職の人たちの送別会が数週間にわたって続いていた。

なるほど、13年もいると、なんだかんだで一区切りをつけないといけない人間関係や筋というものがあるのだとわかった。そしてもしかしたら、自分が誰かにとって記憶に残るような存在でもあったのかな?と思うと、そこもありがたかった。

 

それらが終わってしまうと、ぽっかりと穴が空いたような気分になって、あまりに暇なのか、このブログに、アイスクリームの感想などを書き始めた。

 

そして、2023年あの伝説のWBCが始まると同時に、僕はあてもない旅に出た。

 

理由もなく、大阪行きのバスを取った。

そのまま気迫で和歌山ラーメンを食べるためだけに和歌山まで行ってきた、私が食べたラーメンでも10本の指に入るうまさだった。

夜は前職の後輩と飲んで、確か適当にとったホテルか何かに宿泊して、その後は青春18切符を買って、西へ西へとひたすら揺られていった。

時が止まったような車窓の中でうっとりしながら、世の中は何て広く美しいんだろうと思い、途中下車した尾道のラーメンのあまりの美しさに感動した。

 

広島では原爆ドームに20年ぶりくらいに訪れて、日本を守っていかなくちゃいけないと言う気持ちを新たにした。

広島の夜は2件の酒場とお好み焼きで終わった。

割と日本全国、酒場などに行くとよくしてもらえるタイプだが、広島の人はよそ者に冷たくそこは寂しかった。

ちょうどジョジョの新作ジョジョランズが開始されたタイミングでそれが読みたくて快活クラブに泊まった。

 

翌日は厳島神社を観光、焼きたてのもみじ焼きを食べてとことんまで見る。

みんな海外旅行を夢見て、海外に出かけるが

海外旅行も人並みに行っている私が今心から思うのが日本がいいよって言うことだ。

世界一美しいかもしれない自然と、おそらく世界一おいしいご飯と世界一清潔な環境があり、例えば、チリのような地球の裏側から大枚を叩いて、僕たちの当たり前を体験しにくる。

 

アナゴの丼を食べた後、西へ西へとひたすら行く。

私が昼寝をこいていると老人が当たり前のように酒を飲んでいた、電車で酒を飲むと煙たがられるのは都会だけだと聞いていたが、のどかな風景に老人が溶け込んでいて、それはそれは風情があった。

 

下関で降りることを決めサウナカプセルを予約、

サウナカプセルに荷物を置いて地元の有名な店でふくの白子と地酒を頼んだが頬が落ちるうまさ。

サウナに少し入りカプセルのロビーに行くとおっさんが集まって日本と中国の試合を見てた。

私も興奮しながら見てたが、一生に一度あるかわからない下関の夜は地元の人と交流しようと思いスナックに足を運んだ。

下関の人達は亡くなられた安倍晋三さんを大変尊敬していて根っからの愛国者である私も居心地良く飲めたし、聞いてもいないような話を、いつまでも聞かせてくれるような店主や飲兵衛たちがいて、実はタコがおいしいんだよって言うタコ祭りをしながら、夜はふけていった。

翌日は唐戸市場に行って世界一安くて世界一おいしい寿司を食べた。

食道楽の私をもってしても、あそこ以上の魚のテーマパークを私は知らない。

椰子の木を見ながら、日本酒と寿司をやっていると13年間も働いてきてよかったなぁと心から思った。

 

いよいよ西がなくなってきた。

各駅停車で海を超えると言う体験をして、私は生まれてはじめて北九州の地を踏んだ。

小倉に寄り道をして資さんうどんを食べた。

わざわざ前職の北九州出身の同期に電話して肉ごぼううどんを食べればいいと言う情報を得て

ストレートの焼酎と一緒に食べると九州にやってきたなぁと思った。

 

翌日は飛行機で東京に帰ることにした

またまた、サウナカプセルを福岡にとって

後はダラダラと飲み歩いた。

 

有名な長浜ラーメンを食べたり、九州餃子を食べたりしたが、

なんとなく記憶に残ってるのは、普段は敵として戦っているソフトバンクのファンの人達と屋台で飲みながら、

日本対韓国の試合を応援したことだ。

趣のある旅に感謝して少しサウナに入って眠った。

翌日は、始発もない時間だったのでタクシーで空港まで行った。

空港の立地の良さは、福岡は日本一だろうな。

 

今回は、忘れられない旅を思い出して、長文になってしまった。

次回以降は私が会社を起こすまでの紆余曲折や経緯といったものを書いていければなぁと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Facebookの仲間たちに週二回更新で見せていくブログなので、

結構コアな内容を書いていこうと思う。

 

3年前、私は13年勤めていた前職をやめた。

人生一度きり、このままでは仕事を好きになる事もなく、

ただ漠然と趣味に逃げるような生き方になっちゃうなとも思っていたし、

当時会社に入ってくる若者達がなんとなく型にはまってしまうのを見ていて、

私も含めた可能性のある日本人が組織の中で埋没していくよりかは、

何か新しい価値を生み出すために挑戦する方が社会にとって明るいのになと

気持ち悪さを感じていたのもあった。

 

そんな時期にちょうど10年選手を超えていた私も割の良い退職制度が使える段階に来ていたのもあり、迷った。

 

その制度はいつも使えるわけでもないし、会社の規定はいつ変わってもおかしくはないものだから、

今が人生を変えるチャンスだなとその時思った。

 

そして当時は35歳、運動はバンド活動しかやった事のない私が、

将来40歳、45歳になって会社を出るという決断をするとしたら、体力がもたないだろうと想像もしたし、

年を取ると新しい価値観や知見、人生を受け入れるのに頭がついてかないかなとも思った。

当時AIの黎明期が始まろうとしていた時期、ここで世の中が大きく変わる転換期に、

会社でのうのうと日々の仕事をしていただけでは世の中に取り残されちゃうかもしれないなっていう危機感もあった。

 

実は当時は音楽を制作するという仕事に対して、かなり諦めの気持ちもあったり、

音楽を作るだけが世の中に貢献できることではないなっていう気持ちもあったのだけど、

唯一ロックンロールをプレイする、本気でバンド活動をして、多くの人に認知されたり、

100人、1000人、10000人というお客さんの前でロックをやるという夢を捨て置いている事だけがどうにも気持ち悪かった。

 

会社勤めをやりながらでもできただろうが、

どうしても昔の仲間とずるずる同じ事を淡々と続ける草野球のような活動が続いていくんだろうと思ったし、

事実そうなっている自分が死ぬほど許せなかった。

 

ロックに対する想い以外は何もなかったから、とりあえず退職金やハローワークに行きながら、

人生を見つめなおす時間を少しだけ持って、その上で自分には何ができるのか

その事を探そうと思い、会社を退職する事にした。

自分ではわからないけどすっかりサラリーマン脳にもなっているだろうしと思ったので、

その辺りも含めて、見つめなおしたかったのだ。

 

会社を辞めるときは自分のやりたい事がしたいと上司を説得して、制度を使う事が許された。

ありがたい話であった。

 

会社では頑張っている時期も頑張ってない時期もあったし、楽しくない時間も結構あった。

しかし幸いなことに最後の部署は仕事はそこまで面白くなかったけど、会社内での人間関係が良く、

グループ会社の人も含めて幅広い部署に仲の良い知り合いがいて毎日楽しかったし、

居場所や家族感、そして若い時より人間的に成長をしていて、

ご飯を食べさせてくれた会社に対して愛と感謝の気持ちを感じられていた。

 

そしてみんなやめないでよ、寂しいよと言ってくれたり、

決断をした私にいろんな人がいろんな話をしてくれてありがたかったし、ためになった。

一方で引継ぎをしていくと、

自分は会社の歯車の一つだったんだなと痛いほど、わかってきて、

別に自分がいなくなっても何事もなかったように会社は回っていくんだろうとブルージーな気持ちも覚えた。

 

そして会社を辞めることにしたと奥さんに話したところ、

ワインを持ってきて、お疲れさまと言ってくれた。

安定を捨てて、苦労をかけるかもしれないのに、そんなふうにしてくれてありがたかった。

 

会社を辞める日がその時の部署の人達が開いてくれた送迎会で、

私の好きな大衆酒場やスナックをセレクトしてくれて、みんなと抱き合って泣いた。

 

そして私の13年間が終わった。

 

その翌日いつもみたいに出社しない私の目に映った「筋肉少女帯自伝」という本を一気読みしてみると

サラリーマンとして13年間も頑張ったけど、自分の価値感の奥底にロックの人達から影響をうけた想いがあって、

それが今回の決断に至らせた自分の根深いところにある情熱なんだろうと思った。

だから、今後は大変かもしれないけど、きっとロックな人生を歩んでいく事になるんだろうなと思った。

 

そしてそんな話を弟としたところ、勧められたハミルトンのヴェンチュラエルビスプレスリーモデルを買って、

それを左腕につけた時に、私の第二の人生がスタートした。

 

3年間毎日更新を続けてきたこのブログ。

コメントをくれたり、ブログの内容の感想をくれる人がいてはじめて、

毎日更新を続けられたと思います、ありがとうございます。

 

さて今日のブログから週二回の更新にさせて頂く事にします。

というのもブログの在り方、発信の在り方を変えようと思っているのです。

 

まずはブログの在り方。

ブログを毎日続ける、世の中に対して出しているもので習慣化ができることを目標にしていたが、

3年間の期間で、それは確実にできるようになったと実感しています。

一方で、生成AIで書いたり、なんとかコンテンツを間に合わせ、

内容の粒度が低かったり、生成AIを使う事で自分のパッションや言いたい事が言えなかったという課題がありました。

本当に言いたい事や想いを伝えられないブログに意味はないなと思うため、

思い切ってAIを使わない、その代わり頻度を減らすことで、クオリティもさることながら、

私のパッションを伝えられる場に変革していきます。

 

そして、一人の人間として荒波を乗り越えていくため、今一度思考の粒度を高めていきたいというのもあります。

私のポリシーとして母国語の言語化能力こそが、その人の思考力、問題解決能力になるというのがあって、

自分の言葉で言語化する事は大変非効率的であるが、むしろAIに対して言語化をしなければならない。

またAIが吐き出したものを脳内で解釈しなければならない時代だからこそ、

手書きの文章でブレインを強化していく必要があるように思うわけであります。

 

発信の在り方としてはFacebookに共有をしていく事にします。

Facebookにはビジネス仲間や名だたる面々がいて、ブログを出すことにメンタルブロックがあったのですが、

これを機会に、出します。

 

出し方は全文をコピーするのか、リンクを貼るのかは考えているところなのですが、

SNSは同じ文章をコピベすると良くないという話があるので、リンクを貼る事にします。

 

Facebookに出すことは大変に勇気がいることです。

ブログは私の頭の中のヘドロも聖水も含めてすべてをアウトプットする事であり、

皆さんの前で、素っ裸も同然になるわけなのです。

政治的思想もあるし、恨み妬みもあるし、世の中のタブーに対しての問題意識や正義感や愛もあります(笑)

しょうもない趣味もあれば、高尚な技術や、営みもあります。

 

だけどさらけ出し、どんな人間なのかを理解してもらった方がその人が信頼に値するか、

一緒に遊んで楽しいか、お仕事を一緒にしたいか、したくないか、

白黒もはっきりとつくし、むしろ良い事なのではないかと考えます。

 

ですので、このブログを毎日楽しみにしてくれた方には申し訳ないのですが、

より本質的でKellyであり伴 建介である、

私から心からのご提案、ご意見、そして読み物として価値があるものを提供していきたい。

今日で3年間の毎日更新が終わります。


読者の皆様には感謝しかありませんし

私も一度決めたこととやり続けました。


ですが、明日のブログに書きましたが、訳あって毎日の更新はやめることにしました。

会社の経営は楽ではないし、ブログも一つの資産ゆえに戦略的に運営していくことが必要があるわけです。


私はバンドを育ててでかいステージでやったり、

中長期的に安心して、楽しく自由に飲み歩いて、

時には人の助けになれるような人間になるために、ビジネスに集中したい。


荒波の日本や世界において小さいながらも確実で自分が舵を切れる船を浮かべて、自由で社会の一助になれるような人間になりたい。


そのためにもっと継続的で確実な売り上げを立てて、

もっと富裕層の人たちの付き合いを増やし、自分や会社の持ってるリソースをお客さんの求めるものに変化させて、船を大きくしたい。


胃から汗が出るなんて言葉もわかるようになった最近

常在戦場の中で冷静な判断力さえ失いそうになるプレッシャーもなくはないが、私は社会の構成員の一人として役に立っていけるように頑張りたい。


ビジネスをもっと成功させて、そのスキームをバンドに持ち込みたい。


そしたら夢が叶うと思う。


もう一歩、一刻も早く良い報告ができるよう、

ブログが週に2回程度になる事をどうかお許しいただけたらなと思う。

3月もあと2回ブログを書けば終わりというところまで来た。ストックがないなと思いつつも、「2回書けばいいだけ」と思えば気が楽だ。たまにこういう寝切れない夜があって、まさに今がそれ。なんとなく頭の中にはいろいろ浮かんでいるのに、行動力がついてこない――そんな日がたまにはある。
それでも、こうして徒然と言葉を口にしていけば、AIが日記にまとめてくれる。4月からはAIで企画を立てるのはちょっと封印するつもりだが、日記を書くという営みそのものは続けていく。振り返れば、AIを使ってブログを書き始めてからもう3年。黎明期からずっと使い続け、精査を重ねてきた中で、AIの文章生成能力の進化をリアルタイムで体感してきた。本当に役に立ってきたと実感する。

さて、話は変わってロッテである。開幕カードが2勝1敗で終わったのはよかった。ただ、西武との3戦目はあまり納得のいく内容ではなかった。まあ、5割をキープしながら戦っていければいいだろう。
思った以上にサブロー監督がいい。吉井さんや井口さんの時代は、どこか選手に気を使っている場面が見えた。それが悪いということではないが、サブロー監督はそういうタイプではない。「この試合、諦めない」という姿勢がはっきり見える采配をする。人事面でも覚悟が感じられる。
ただ、気になるのは守備だ。エラーにならないようなエラー、基本的な守備のレベルがかなり低い。若い選手は仕方ない部分もあるが、3塁にコンバートされた寺地、そして小川や友杉もファインプレーはするのに普段の守備が荒い。源田と比べてしまうとやはり差がある。丁寧に野球をやってほしいと感じる。
開幕して改めて思うのは、やっぱり野球は楽しいということだ。

仕事の話をすると、最近は効果音や動画に音を当てる案件が増えてきた。昔を思い出す。動画に音をつけていくと、映像がどんどん生きていく感覚がたまらなく好きだ。
特に効果音はクリエイティブだと感じる。音楽は割とシステマティックな部分があるし、降りてくる時はもう降りてきて一気に作れる。そこまで「産みの苦しみ」があるわけではない。一方で、映像に音をつけていく作業には、まさに「創作している」という実感がある。一つひとつの音を選び、タイミングを合わせ、映像と音が噛み合った瞬間の快感。これはライブ演奏とはまた違った創造の喜びだ。
……こんな徒然話でもブログにしてしまうのだから、我ながらすごいと思う。

帝王学という言葉がある。帝王学の本、帝王学のスピーチ、帝王学を教えると謳う人。世の中にはそういったものが溢れている。しかし、その中身が何なのかと問われると、正直なところなかなか見えてこないのが実情ではないだろうか。


僕が知る限り、中国古来の易経を帝王学だと言う人が多い。易経も確かに帝王学の一つなのかもしれない。

しかし僕は、帝王学というのはもっと別のところにあるのではないかと思っている。


それは、圧倒的に目上の人とお付き合いをして、その人たちの姿を見て学ぶこと。

そしてふとした瞬間に言われる指摘や言葉を、自分の中に取り入れていくこと。これが帝王学の本質なのではないかと思うのである。贅沢な話だが、本当にそう思う。


そして、人として当たり前のことが、実は帝王学だったりもするのではないだろうか。

やればできることをちゃんとやる。準備をする。人に挨拶をする。お礼のメールを出す。

率先して人のために何かをやろうとする。

こうした一つ一つのことが、帝王学の中身なのだと思う。

もちろん僕自身、そうした「人としての当たり前」にすら全然至れていないと感じることばかりである。


自分の中にある「言い訳」
僕の場合、音楽が基本的に商売である。しかし音楽というのはやはり売りづらい。

これはある意味で事実であり、僕よりも音楽を売っている人たちですら

「音楽ほど売りにくいものは世の中になかなかない」と言うくらいだ。確かに売りにくい商材ではある。
しかし最近つくづく思うのは、そもそもビジネスをちゃんと勉強したのかということである。

ビジネスに挑む態度は真摯なのか。真面目なのか。一生懸命なのか。

一つ一つの場に向けてどれだけの思いと準備とコミュニケーションを持って臨んだのか。

ビジネスをやるためのスキルを本当に勉強しているのか。こうした問いを自分に向けると、まだまだ全然できていない部分があることに気づく。
誰だって、自分なりに頑張っているつもりだし、実際それなりに頑張ってもいる。

しかし、それをもっと突き詰めないといけないのだ。


目上の人には「見える」ということ
目上の人たちは、実践の中でそれを見ている。口数が多い人もいれば少ない人もいるが、

その人なりに気づいたことを、自分の言葉で伝えてくれる。


ここで大事なのは、自分のベースとなる人格をしっかり持った上で、言われたことをいい意味で取捨選択することである。

全部を鵜呑みにして入れてしまうと、よく野球選手がコーチによってダメにされてしまうように、

かえって自分を崩すことになりかねない。

自分の頭や行動パターンにマッチさせながら整理して取り入れていく。

僕がこうしてブログに書いたり、AIに文章をまとめてもらったりしているのも、

学んだことを自分の頭の中に定着させるためなのである。

帝王学というのは、文字通りだなとつくづく思う。

自分より目上の人たちは「帝王」なのだ。


逆に、僕は大した人間ではないけれど、僕のことを目上だと感じてくれる若い人や仲間を見たとき、

「ここを直したらもっとよくなるのに」と見えることがある。

音楽でも、生活でも、人生でも、仕事の仕方でも。

つまり、自分のことを目上としてくれる人のことは見えるのだ。

ということは、自分の目上の人には僕のことが見えている。

僕自身には見えないものが、見えている。

それをいろんな言い方や行動で示してくれる。これが帝王学だと思う。


受講する資格は「本気度」
この帝王学を受講する資格は何かといえば、やはり本気度なのだろう。

今、自分は受講していると思っている。

しかし本気度が下がったり、人間として見限られるようなことをすれば、

もうこの学問は受けられなくなる。そういう性質の学びなのだ。


なぜこんなことを話しているかというと、

昔の自分は「これ一つ勉強しておけば人生うまくいく」というものを探していた時期があった。

帝王学がそれなのではないかと思い、帝王学を探してみたのだが、全然何も見つからなかった。

その経験があるからこそ、改めて帝王学とはこういうことだったのだなと思い、まとめておきたくなったのである。

球春だ

もうすでに一試合が終わった段階に出すのは恥ずかしいが仕方がない

 

今日の試合の結果はロッテと中日しか知らない段階で

 

セリーグ

 

1位 阪神

2位 中日

3位 横浜

4位 横浜

5位 広島

6位 ヤクルト

 

 

パリーグ

1位 日本ハム

2位 ソフトバンク

3位 ロッテ

4位 オリックス

5位 楽天

6位 西武

 

私のイメージする実力で測っている。

セリーグは詳しくないが、圧倒的戦力の阪神

そして今年こそはは中日が来ると感じている。

投手力、野手陣とも目立ったスターがいて、とにかく後ろの安定が現代野球では強い。

 

広島、ヤクルトは投手が厳しそう。

 

パリーグは有原ほどの投手をライバルから引き抜いたことで大きく力の差が埋まった。

ソフトバンクはそれでも強いが連覇の難しさ、また新庄監督のミラクルを起こしてく力の強さ

そういうミエナイチカラの波及力、今年こそだろうと思う。

 

ロッテはみんな地力がないというがそんなことはない

近年の成績を見てほしい、常勝とは言わないが、常にクライマックスを走ってきた

甘いと言われるかもしれないが、去年は石川、種市の誤算、ポランコの離脱、

含有戦力を活かせない上に、朗希をVISION2025に手放すというとんでもないことをしでかした。

組織が勝つ気がなければ勝てない。

 

サブロー監督はその事をよく分かってると思う。ソトキャプテン、甘いチームカラーを引き締まる懲罰を令和のカラーに合わせてうまくやっている。

 

そして開幕投手毛利。猛練習をかしながらも打撃や走塁の理論を言語化して伝えられる西岡コーチ。

 

しばらくそこまで勝てないかもしれないが、ここ数年伸びている若手に野球が浸透してくれば

種市を筆頭に普通にやればある程度守れる投手陣とあわせてそれなりに勝ち星を稼いでくる計算が立ってる。

 

実は体質的な甘さに、新しい血のメスが入った時に球団が大きく変貌している歴史があるので、既定路線でありながらなかなかのナタを振るってるサブロー監督に想定以上の期待感を持っている。

 

とはいえ上位2チームをこすには相当なミラクルが必要だ。

 

要注意なのは楽天。

経験豊富なベテラン陣と足を使える野手陣もいて、戦略的なスモールボールで負けない野球をやってくるとダークホースになる。

キーマンはマエケンと辰巳、いい時の辰巳の怖さと嫌らしさは相手チームに脅威だ。

 

投打に連携がかけるオリックスは見栄えほどの強さは実はないように感じる。

 

西武は今井が抜けるにはあまりにチームが仕上がってない時期に抜けてしまった、成長著しい若手もいるが、一年は我慢が続くと思う。戦っていて怖いおかわりくんや外崎は全盛期を抜け、怖い選手がいなくなってしまった。