風邪を引いてた事もあり、短期間集中型でドラクエ2hdを完全にクリアした。


ドラクエの祖であるロトの物語が綺麗に収まっていると同時に、シリーズ全ての世界観が今後繋がっていくような収まりの良さであったこと

ファミコンやスーファミで書けなかった濃厚な物語や語られなかった伏線。

シリーズの長年のファン、人生の一つの大きなルーツにドラクエを持つものとしてはまさに感無量といったところである。


ドラクエ2は勇者の子孫の少年少女達の成長譚であるのだが、

今回彼らの成長を見せるために様々なキャラクターを配置して彼らの生き様を通して、主人公達の成長を見せるのが最も良かったと思う。


特にドラクエのスタッフ達も歳をとっていろいろと経験をされた中で大人だからわかるような切なさや、社会矛盾。

理想と現実、大人だからわかるような哀しさ。

そういったものが物語に入っていた。


特にとあるキャラクターが命を落とすところは、もう絶対に魔王をやっつけなくてはならないと

ゲームの世界に強く感情移入をしたものであった。


音楽は現代の音質でリニューアルされており、すぎやまこういち先生の音楽の素晴らしさを再確認した。


すぎやま先生の曲は多くを語らずとも、今生きている人生と強くリンクして、ゲームが終わった今でさえも、毎日ドラクエ2の遥かなる旅路を聴き、傘もなく雨の中に飛び出した社会人ライフを勇者の旅に見立てて頑張っている。


システム面もキャラクターの育成自由度をあげた巻物システムや

現代のドラクエ的な4桁のダメージを叩き出せる必殺技

防御系を戦略的に使っていく楽しさ。

または便利ボタンやしのびあし、トヘロス、せいすいの効果の高さ。

ちょっとチート的なレベル上げなど、忙しい社会人にとって嬉しいシステムもあった。


やくそうをたくさん持てるところは序盤魔法の使えないローレシア王子の旅にはありがたかった。


マップも美しかった。

海の街のザバン、ネイティブアメリカンなテパ

地下の街ペルポイ

ハーゴンの神殿につらつらと雪がふるなんとも言えない情感。


ロンダルキアの洞窟のなんとも言えない不気味さ。


ドットでできるドラクエの最高傑作なのではないかと思った。



人と会う仕事をしていると、人を雇う側と、雇われる側の双方から相談が行く事になり

そういった事も世の中や人のためになればと積極的に取り次ぐこととなる。

 

意外と思うのが、ここにいけば人生がとりあえずすごくいい方に進むし、

雇われる側の意思決定でそれが決まるシチュエーションでありながら

なぜか意思決定ができずに放棄してしまうみたいなことがよくある。

 

もちろんうつや心の病気を抱えているケースもあり、デリケートな問題だとは思うのだが

そういう人に限って繊細でよい人間だったりして、

とても悔しいなって思う。

 

心の病といえば誰しもがそうかもしれないし、

私だってうまくできないことや人並以下のところはたくさんあるんだけど

やっぱり何かしらの傷から生まれた心の病はその人にとって取り返しがつかないほど重いんじゃないかなって思う。

 

そういう人に共通して自己肯定感、自己効力感の欠如を感じる。

どうにかして君はそこにいて、それだけで本当に素晴らしいことなんだよと

君を必要としている人がいるんだよとわかってほしいなって思う。

 

社会はずるがしこい人間が表面的に得をするようなところがある中で、

繊細な人が幸せに生きていける方法はないんだろうか。

 

一年以上前から一つの曲を毎日聴くのをはじめている。

きっかけは果てしなき闇の彼方にという曲がその時の自分にはとてもピンとくる曲で

毎日、毎日、先の見えない闇の中を歩いていくと自分に言い聞かせるように聴いていた。

 

そのうちにガンダムのジークアクスの主題歌のプラズマに切り替わった。

これはあの時会社を辞める決断をしていなかったら今はどうだろうかと考える感じで聞いていた。

大変ではなかったかもしれないが、何も変わらず同じことを繰り返していたんだろうなと思うと

今でよかった、だから頑張ろうと思えた。

 

今はドラクエ2の遥かなる旅路を聴いている。

困難な毎日かもしれないけど、たくさんの問題やプレッシャーもあるけど、

こういった道を自分のために世の中のために選んだ自分は勇者なんだと心の中の勇気を奮い立たせるために聴いている。

自然と前向きにそして例えば話をするだけでもメッセージを送るだけでも臆するような怖さの前に勇気を出すことができる。

すぎやまこういち先生偉大だ。

どこでも住めるならココ住みたい

 

 

 私は最近になって広尾の豪邸に住む知り合いにもあったし

タワマンに住む仲間も増えてきたのだが

 

私は中野区か練馬区が良いなって思う

もう住んでいるのだが、このエリア以上に自分にあうエリアがないなって思うのだ。

 

私には街が生きているような商店街、そこに行けば笑顔でお酒を飲める、うまいものがオールジャンルで溢れている

担保される治安

 

住めば緑に溢れ、都心に近い

 

 私は日本全国を仕事で歩きたいし、場合によっては世界中に行くのもありだが

私自身が帰ってくる場所は中野練馬と呼ぶ街だ

 

今住んでいる江古田エリアが私にとっては最高の街なのだが、野方や練馬、沼袋あたりも住めば同じような楽しさや幸せが担保されそうだなとも思う。

 

次点は町田駅の徒歩エリアかなと思う。

ラーメンという観点で言えばあそこ以上に充実した街は世界でおいても他にあるまい。

 

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懐かしい実家の味

 

 これについてはあまりないなーって感じがする


しいていえば母が作るじゃがいもとトマトの煮込みのような食べ物があって

それは母の酒のつまみではあったのだけれど、特に私が好んで食べたので

いつのまにかよく作ってくれるようになった気がする。


たしかベーコンも入っていて、味付けについてはなんとも言えないような味なのだ。

塩っぽさはあるのだけど、辛さで攻めるような印象もなく

どこかまろやかなようでそうでもないような絶妙な味わい


しかしそれももうしばらくは食べないなとは思う。


活字にするために母にせびってみようかなと思う。


それで作ってもらって、これはいけそうな味わいだと思えば

母はバーをやっているのでメニューに付け加えてもらうことを頼んでもいい



 

 

 

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とある交流会に参加した時に

たまたま私は演奏をするというそんな役割もあったため

少し早めに到着してリハーサルをした後は暇で

タバコを吸ったりプラプラしたりして暇を潰していた。

 

そんな中で交流会のブースに無料で蜂蜜スティックを体験してもらうというような

そんなブースが出ていたのでオーガニックの蜂蜜を1つ頂いて

それを食べてあれこれと蜂蜜を売ってるイケメンのお兄さんと話していた

 

話していると何やら人をつないだりとかそういう仕事もしているということで

それであれば1回お話をしましょうというそんな話になったのである。

 

これがもう半年近く前のことだろうか。

 

実はその蜂蜜を売っている方の人脈が大変豊富で

私自身がありえないと思ってた人と繋がったりとか

今までで一番大きな売上につながったりとかそんなきっかけになったりしたのであった

 

この話は自慢とかではなくて

逆にどんな小さいことでも見逃せないなという気づきになった話でもあるし

どこから何が起こるかわからないから

自分の身の回りのことにリスペクトを持って

人を馬鹿にしないで行動をしないといけないというそんな教訓にもなったという話だ

 

ちなみにその蜂蜜は丸の内はちみつ王子の井藤青羅さんという方が売っている。

 

彼にはしてもらってばかりであまり返せてないなと思うから

せめてこのブログでその名前を出すということぐらいさせていただきたいなと思った

 

私も気づいた時にひらめいた時に人と人を繋いで

そこから友人関係になったりとかっていうこともあったり

その人たち同士が仕事に繋がったりということも往々にしてあるので

私は私で周りに貢献する意識も引き続き持ちたい

風邪を引いて一日寝込む羽目になったので

結構ドラクエ2 HDをやりこんだ。


やりこんだというよりあまりにも素晴らしくて、ついついやってしまった

手が止められなかったというのがある。


ドラクエ1も本当に素晴らしい作品であったのだが、2はあまりにも良い。


私は軌跡シリーズやペルソナのようなストーリーが重厚で群像劇で描かれるような作品が基本好みなのだが、

ドラクエ2も勇者一行の成長物語であるのと

それをうまく見せるような新キャラの導入


そして他のRPGに比べると言葉数が少ないドラクエだけれど、一言一言の重みや

脇役、敵役の存在感、そしてそれぞれの関係性が頭の中で繋がっていくにつれ、物語が重厚に

私の場合はハーゴンを討伐しなくてはならないという感覚が自分ごとになっていくような感じに引っ張られている。

最初は勇者の一人旅から仲間達と集まっていく孤独さと仲間がいる絆みたいなものの一連が現実とうまくリンクして、楽しかったのだが、

中盤、終盤にかけて哀しさや敵,味方含め、本当に考えさせられるようなものが増え、強力な没入感を感じさせられている。


私はドラクエ5とか11が好きなんだが、今回のドラクエ2 hdは最高傑作かもしれない。


久しぶりに堀井雄二先生が本当にすごいなって思った。


大人、社会の経験がある程度ある人に

すごく刺さるドラクエと思います

最近ずるずると風邪を引いている


そこまで熱はないんだが、明確に風邪をひいている感じで嫌だなあという感じ

実は周りの人もそんな人が多く、おそらくもらってしまったんだろうと思う。


冬はたしかに風邪をひきやすいようなところはあるんだけど

それにしてもコロナ以降からよりそんな傾向が増えてきたように思う。


例えば私はコロナ前は生まれて一回くらいしかインフルエンザにかかったことがなかったのだが

コロナ後に2回もかかっている。


コロナのワクチンがどうのこうのという立場ではないが、そんなことも少し考えてしまうくらい、みんな風邪をひきやすくなった。


免疫を上げるような何かはないのだろうか。


いろいろと試してみる時期が来ているのかもしれない。

先日はついついブログに気持ちを吐露してしまった。

それくらい自分にとっては大きなことだったのだが


誰しもが他人にとってはどうでもいいようなことでも絶対のこだわりはあると思う。


私にとっては先日話したことは一つ大きなことにはなっているのだが、

幼少の頃経験したことでいえばグルメということが大きい。


物心ついた時から私は食べるために生きてきたようなもので

小学校の頃タイ人のメイドさんが作ってくれたカオパット

知り合いのお爺さんがバンコクで経営してた店のモロヘイヤの天ぷら、カツカレー

伊豆長岡で食べる桜海老。

一瞬住んでいた三ツ境で食べた町中華

残念ながらその町中華は無くなってしまったが、私にとっては心の中で大きな存在であった。


桜海老については最後にばあちゃんに会ったあと三島の駅で一人飲んで食べた。




会社を辞めたあと、何度も同じような内容を含む夢を見た。

給料をもらわずにずっと一年くらい引き継ぎをしている夢だ。


もちろんそんなこともなかったし、楽しく、そしてある程度の満足を経て会社を辞めたんだが

私には会社の中で叶えられなかった、挫折したことがあり、そしてポジティブシンキングを長い期間かけて習得して苫米地式のマインドセットや抽象度のコントロールを会得し、

会社を辞め起業をして、毎日がジェットコースターのように目まぐるしく人生が変わっていく、苦しみと楽しみと驚きの連鎖のような毎日でさえ、そんな夢を何度も見た。


その内容や悔しさ、申し訳なさ、情けなさ、憤り、人に対する呪いのような気持ちを人に共有しようとは思わない。

それを握りしめて克服するために生きてきたと言えるほど、自分の中でそれはガソリンを生み出すエネルギーであるから、

今の自分を作ってくれたのも、信じられないような出会いをくれたのも、自分の中での譲れないものも作ってくれたのもそれであるから、結構前からそれに対する感謝の気持ちというのは本当に深く持っていた。


それでもそれが自分の心に癒えない深い傷として残ったのだろう。

眠りの無防備な心に映し出す事多数、その度に心の底から克服することができてないのだと思ったのだ。


私の日記にしてはネガティブな内容かと思われるだろうが、そんなことはない

実は超絶朗報なのである。


2/10の朝にかけた夢でいつものように引き継ぎをしているかのような自分に気づいた瞬間

自分の足で会社の仲間達に別れをつげ、そして一人一人となんとも名残惜しい、そして明るい別れを告げたのであった。


そして今の自分と昔の同僚が時間を立った状況で再会したような側面もあり、なんと視野の狭い、檻の中で飼われた小鳥のような人々なんだろうとメタ的に思った時に、自分の中に喩えようのない幸福感を覚えたのである。


そんな朝に社会に出て初めて私の大学の同じ学科の先輩とオンラインで話をした。

私が社会人としてデビューした職種では日本でも有数の成功を収めた方だ。

大変恐縮はしたが、これが早慶や六大学の先輩後輩にある連帯なのかと感じ、妙に照れくさいような嬉しい気持ちになった。


しかし下手なことは見せられないなと妙なプライドも働いてしまうのがクリエイターの嫌なところである。


人は誰しも他の人にわからない苦しみを抱えており、それに勝つか負けるかやり過ごすかは人それぞれだし、別に戦いを強いるつもりも、そんな権利は誰にだってないだろう。


しかし私にとってはそれとの戦いは人生にとっての死活問題であったし、それを克服する

その満足感を得ることは私にとって至上の喜びであるからにして、まだまだ頑張らないといけないと思う。


表では世のため人のため、能力のある人は社会に還元すべしと言っておきながら、極めて個人的な我欲もあるのである。


霧が晴れたような気分があると同時に、そこには戻りたくない危機感もある。

1人の男として経営者として頑張っていきたい。