えっと、実はね、久しぶりに生成AIに課金をしました。

それも、なんか本当に「俺っぽいな」と思うんだけど、
まだ世の中的には今ほどAIが注目されていなかった頃に、
とある人がこんなことを言っていたのがきっかけなんだよね。

「これからは、昔ホリエモンとかがパソコンで勝ち上がっていったみたいな時代が、AIで来るよ」

この言葉を聞いてから、
実は相当、みなさんよりも早い段階からAIに触れていたという自負がある。

そこからいろんなことがあった。

チャットGPTが出てきたときは、本当に衝撃的だったし、
SUNO AIはショックレベルだったし、
画像生成AIはいじっていて単純に楽しかった。

それから、AIで本を爆速で作って、Kindleで出しまくるということもやった。
その結果、Kindle側にいろいろと嫌な思いもさせられたし、
とはいえ月に数万円の売上が上がるような状況も作った。
で、それがBANされる、みたいなことも経験した。

そんな感じで、AIとはここ数年ずっと一緒に遊んだり、殴り合ったりしてきたわけなんだけど、
いよいよ「これはすごいな」と思うAIが出てきたので、今回また課金をした、という流れ。

それが Gemini 3.0。


AI を測る指標っていろいろあるんだけど、
ざっくり言うと、Gemini 3.0 はほとんどの指標で
チャットGPTや他のAIを凌駕する能力を持っているらしい。

特に、

  • 多くの情報を処理する力

  • 人間と同じように動画や音声ファイルを“鑑賞”するような能力

このへんがかなりエグい。

あとは、“空気を読む”みたいな独特の感覚を持っているところもあって、
割ともう、そろそろ俺自身が完全に追い抜かれてしまいそうな気さえしている。

この日記なんかも、
実はまだチャットGPTで書いているんだけど、
Geminiには他の作業をさせたり、いろいろ実験をしたりしているところ。

そのうち、ブログ執筆にも本格的に導入していこうかな、なんて思っている。


AIにも、実は「シンキングモード」とか「高速モード」みたいな使い分けがあって、
その性能差がね、割と激しい。

特に高速モードの場合だと、
平気で嘘をついてきたり、
俺から見ても「ちょっと考え浅いなー」と感じる場面が多い。

なので、多少時間がかかっても、
これからはシンキングモードでじっくり考えさせていこうかな、と思っている。


そうだね、今日のところはそんな感じで。

近々、このGeminiを実際にブログ執筆にも使ってみて、
どれほどのものなのか、改めてリサーチしてみようと思う。

そのときはまた、この日記で報告します。今日はここまで。

 

AIっぽいでしょ、これがCHATGPTね

今日はギタリスト向けに、ひとつ“神ツール”を紹介したい。

これです:

Fender Online Guitar Tuner
https://www.fender.com/online-guitar-tuner/electric-guitar-tuning

フェンダー公式のオンラインチューナーなんだけど、
これがね、めちゃくちゃ便利なんですよ。

まず、インストールいらないのが最高

最近チューナーアプリって山ほどあるけど、
・アプリを入れる
・起動して広告を消す
・よくわからん課金画面が出てくる

みたいな、地味なストレスが多い。

その点、このフェンダーのチューナーは、

ブラウザでリンク開く

「Allowマイク」押す

そのままチューニング開始

これだけ。
インストール不要、会員登録不要、ログインも不要。

スタジオ入る前や、交流会や居酒屋ライブの直前にも、
スマホでサクッと開いて合わせられるから、地味にありがたい。

標準チューニングはもちろん、他のチューニングもいける

ページ開くと、フェンダーのヘッドがドーンと出てきて、
各弦をクリックするとその音が鳴ってくれる。

6弦から1弦まで、標準チューニング(EADGBE)

音を聞いて合わせるモード

マイクで鳴らした音を検出してくれるモード

があって、普通の練習用としてはこれで十分。

しかも、他のチューニングも選べるようになってて、
ドロップDとか、半音下げとか、そういうやつにも対応してる(※ページ側で対応してる範囲ね)。

「今日はちょっと重めのサウンド出したいな」って時も、
アプリ探さずに、ここだけで完結できる。

家練派・配信派・宅録派、全員お世話になっていいツール

これ、誰に向いてるかっていうと:

これからギター始めた初心者さん

チューナーを忘れがちな俺みたいな人

サブギターをとりあえずサッと合わせたい人

宅録前に1回ちゃんと音程合わせたい人

みたいな、ほぼ全ギタリスト。

実機のチューナーがある人でも、
「ちょっと今、手元にチューナーないんだよな…」っていう瞬間が絶対ある。

そういう時に、このフェンダーのやつをブクマしておくと、
かなり心強い“保険”になる。

交流会ギタリスト的・実戦での使いどころ

俺の場合だと、交流会とか居酒屋ライブとかで、
急に「1曲だけ弾いてよ!」って振られることがたまにある。

そういうとき、

スマホでこのページを開く

イヤホン外して、スマホのマイクに向けてジャラーン

サクッとチューニングしてから演奏

これだけで、とりあえず“ちゃんとしてる人感”が出せる。
生音勝負の場ほど、チューニングの甘さってバレるからね…。

まとめ:ギタリストはとりあえずブクマしとけ

というわけで、

Fender Online Guitar Tuner
https://www.fender.com/online-guitar-tuner/electric-guitar-tuning

これはもう、
ギター弾く人は全員ブックマークしておいて損なし
と言い切っていいレベルのツールだと思う。

チューナー忘れてもスマホがあればなんとかなる時代。
便利なものは、遠慮なく使っていこう。

友人のセミナーが淵野辺であると聞き、町田経由で行くルートを検索していたところ、偶然「大桜 淵野辺店」を発見しました。大桜といえば、私の青春の味。つきみ野の店舗によく通っていた頃を思い出し、迷わず訪問することにしました。
 
駅から10分ほど歩くと、車通りの多い通りに見覚えのある暖簾が。懐かしさで胸が高鳴りましたが、メニューを見て驚きました。チャーシューメンが昔よりかなり値上がりしており、時代の流れをしみじみと感じました。それでも気持ちは変わらず、チャーシューメンと半ライスを注文。
 
「カタコメオオメ」でお願いしたラーメンが到着。スープをひと口飲むと、昔の記憶が一気に蘇ります。豚骨の炊きは少し浅めに感じましたが、鶏油の香りとまろやかな豚骨の旨みが合わさるこのバランスこそ“大桜の味”です。モチっとしながらコシのある独特の麺も健在で、箸が止まりません。
 
チャーシューは相変わらずのとろけ具合。箸でほぐれる柔らかさで、スープとご飯に絡めて食べると至福の味わいです。海苔とほうれん草もスープとの相性が抜群で、これぞ大桜の醍醐味。スープを吸ったほうれん草をご飯に乗せて食べる“家系おじやスタイル”が最高でした。
 
味は少し変わっても、根底にある「大桜らしさ」はまったく揺るがない。
あの頃の少年のように、夢中でスープをすくい、最後の一滴まで楽しみました。
時代が変わっても、大桜を愛する自分は変わらない。そんな確信を胸に、懐かしくも幸せな一杯でした。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日兄貴んちのブログを書く中で唐突に思い出した光麺。

私の青春の一角を担った、そして社会人の前半の飲みとはよくセットになった

 

夜遅くまでやっているため、先輩と飲んだりパチンコしたり、

いけない遊びに興ずる中、最後の締めによく行ったことを思い出す。

 

光麺には天下一品や家系、博多天神、二郎などのようなうっめ!!!と叫ぶような味はない。

しかしながらまろやかで優しい豚骨

そしてなんていうか人工的な変な甘さなんだけど、なぜか光麺にはとても合うような

形容しようのないような不思議な味があって、

大変癖になるとんこつらーめんであった。

 

私が勤めていた前職、サンシャイン60のオフィスの中で、

ちょうど人生最大級の挫折を味わったころ、

華やかな開発現場の人間が消えていくのと同じように、

倒産した光麺はひっそりと池袋や新宿の町から姿を消したのだ。

 

寂しさは感じたが、世の中の無常とそして残酷さの中では

光麺もまた例外ではなかったとの事で、たいして気にもせずに、

ちょうど商店系をはじめとした家系ラーメンも遅くまで食べれるようになったのとも被っていたので

また別のラーメンを食っていた。

(今思えば良くも悪くも中途半端な光麺の味は商店系や田所商店等の競合との勝負に負けたのだ。)

 

しかしあれから10年?がたち、今猛烈に光麺が懐かしい。

 

もう食べれない、無常だ。

 

 


デジカメで撮った光麺の写真が出てきた

これが光麺だ



 

私の家の近くに兄貴んちというラーメン屋さんがある。

 

私の人生ではじめてのラーメン屋さんの親しい知り合い・友人・先輩で

私もラーメンを食べる事はもちろん、

兄貴(兄貴んちの店主の事をそう呼ぶ)主催のライブで演奏をすることもある。

 

兄貴のいいところはとにかくサービス精神が旺盛で、

いろいろな事をしてくれる。

特に近隣の学生は兄貴んちのコスパの良さにかなり助けられているのではないかと思う。

 

今の時代で普通に千円は切ってしまうし、何かしらのトッピングや盛りがサービスされている事もあり

心意気の良さ、古き良き人情を感じる。

 

兄貴は矢沢永吉が大好きだ。

並みの矢沢系飲食店がぶっ飛ぶほどのグッズ、CD,DVDの所持量で

兄貴んちにいけば矢沢永吉のライブが見られる。

他にも布袋寅泰、聖飢魔Ⅱも大好きで、それらが流れている事もある。

 

兄貴んちのジャンルは一般的に二郎系と言われる。

その世間的見解に対して、私は半分がイエス、半分がノーと答える。

というのも看板メニューのラーメンと、汁なしは

前者がソフトな豚骨醤油ラーメンにもやしとにんにくがのり、背脂はないというもので、

二郎のヘビーさとはまた別の路線になっている。

 

汁なしはちょっと二郎っぽいがカツオベースで整えられた味と

食べごたえのあるチャーシューの合わせ技は非常にジャンキーで

二郎を求める脳内成分にリンクするという意味では二郎系ともいえるとは思う。

 

兄貴の作るラーメンや汁なしは一見ちょっとインパクトに欠けるなと思うかもしれないが、

兄貴の繊細な性格とこだわりが作り出す旨味が通奏低音として流れており、

何を食べても実に美味いなぁと思う。

 

私は汁なしをよく食べる。

というのも私は二郎や家系で得られる強烈なカタルシスを求めていて、

暴力的なにんにくと豚の味わいを味わったうえで、食べ物としての美味しさというところも

同時に摂取できるところが大変気に入っているからだ。

 

ラーメンは二日酔いに効く。

二日酔いになるとうだるようなだるさと生きる力の不足を感じるのだが、

不思議と兄貴のラーメンを食べると元気が出る。謎の滋養強壮である。

そして兄貴んちのらーめんは昔食べていたとんちんや

破産した光麺(もう一度食べたい!!)に通ずる味わいがある。

 

汁なしを食べる事が多いが、両方ともうまいなぁと心から思う。

 

そして実は兄貴んちで是非食べてみたいなって思う逸品がある。

それはむかし桜台と江古田で人気のあったHというラーメン屋の味である。

詳しい説明は割愛するが、二郎系をアレンジした大変パンチのある超美味しい一杯で

私も本当に大好きな一杯だった。

 

様々な人の個人的な話も大変含むために行間を読むような文章にしているが、

Hのらーめんや汁なしを再現できるのはこの世に今兄貴一人かもしれない。

きっと私と同じ想いを持っている人が何人もいるのではないかと思う。

 

もちろんラーメン屋さんはかえしはともかくスープを仕込む事が大変なので、

負担を強いる事はしたくはないのだが、

是非ともあれをもう一度食べてみたい。


きっと三方良しのいいことが起こる

確信してる


らーめん 汁なし 兄貴んち

東京都中野区江原町3-5-10 

https://tabelog.com/tokyo/A1321/A132101/13273656/


↑このブログで気になった人は是非行こう




かつて私と仲間の二人で兄貴んちを宣伝した動画

今ではすする君と並んで見れる人気動画である








十代の頃、大槻ケンヂさんのエッセイを読みながら、そこにしばしば登場する渋谷のカレー屋ムルギーというお店の存在を、私はどこか遠い文化遺産のように眺めていました。


ヒマラヤ山のように積まれたライスと、輪切りのゆで卵が幾重にも重なるそのビジュアルは、当時の自分にはまだ近寄りがたい“憧れの味”の象徴でもあったのです。しかし、それを知ってから気づけば二十二年。行こうと思うたびになぜか店が閉まっている、タイミングが合わない――そんな巡り合わせすら、この店の持つ物語の一部のように思えていました。

 

ところがこの日、AI系上場企業の社長さんの講演会に向かう前にふと「今日はムルギーに寄ってみよう」と思い立ち、渋谷の坂を上って扉を開けると、驚くほど空いていました。文化というものは、意外と静かに迎え入れてくれるものなのかもしれません。席に着き、名物カレーを注文すると、驚くほど早く皿が届きました。

 

ひと口いただくと、まず欧風カレーのような優しい酸味が立ち上がり、その後にまろやかなスパイスと辛味が層のように押し寄せてきます。どのお店とも比較できない独自の世界観があり、本当に感動しました。辛さが高まるところを、福神漬けや洋風の漬物の食感と甘味で調整し、さらに卵でまろやかに包むと、味の景色が変わり、また新しい魅力に出会えます。

 

唯一の難点は、値段が少し高いこと、そしてご飯の量に対してルーが明らかに少ないことです。ただ、この“余白”こそ、長年続く老舗が守ってきた文化の一形態なのだろうとも感じました。途中で追加したチーズを絡めながら食べ進めると、辛味と旨味がより深まり、まるで響き合う音楽のようでした。

 

長年憧れていたムルギーのカレーは、もしかするとカレーという料理のひとつの完成形なのかもしれません。大槻さんが愛し、渋谷が育てた老舗の力を、ようやく自分自身の舌で確かに受け取ることができた、そんな特別な一皿でした。


















最近、交流会のことを考えている。

以前は経営者くらいだったんだが、多くの人が

コミュニティに所属するっていう文化が、だんだん当たり前になってきているなと感じていて。
意外と時代の流れって変わってきていて、AIが発展してきて、仕事がなくなっちゃうかもしれないとか。

台湾有事をはじめとして、中国、ロシア、北朝鮮の緊迫関係が体感的に感じられるような時代の中で、
コミュニティの中で生きていく「村」をちゃんと作って、人が生き始めているのかな、ということをつくづく感じている。

実は、交流会とかに行くと本当にいろんなことがある。
このブログはこれから交流会行ってみたいなって人に向けて書こうかなぁって思う。


ネガティブから行くけど、交流会は危険です。

世の中、ほとんどの――世間的にみんなが知っているサービスや仕事も含めて、
相当グレーゾーンのお仕事、グレーゾーンのことがいっぱいある。

キラキラしてお金を稼いでいる若手経営者とか、そういう人達はいったいどうやってお金を稼いでいるんだろう?
クレバーに賢い手を考えグレーなところで勝ってきた、そういう人の割合も多いのが事実だ。

結果、グレーの人間が、ものすごく“輝かしく”見える。

これは危ない。


日本社会の思い込みの一つとして、

「社会的立場がある人が偉い。そうじゃない人は偉くない」

というのがあると思う。

どういうことをしてそこにたどり着いたのか、そのプロセスを見ずに、
どうしても“結果としての立場”に憧れやすい。

実は、MLM的なコミュニティや仕組みを作っていて、
上の人間が下を搾取する仕組みの一員にされるとか、
内容のない、スピリチュアルすぎる商品を売られるとか、
そういう危険もある。

だから交流会に行くということは、楽しさもあるんだけど、
必ずそういうデメリットを認識していくことが必要になってくる。

加えて自分にそぐわない人たち――
「この人たちと会ってもどうしようもないな」というような交流会が、多分7割5分はある。

でも、これはちょっと裏返すと、

人間を軽視してはいけないということでもある。

人と、その人の「後ろにいる人」が大事。

例えば「信頼」を買う。
信頼って、なかなか買えない。

「この人に頼めば間違いない」とか、
「この人がいいと言ってるなら頼れるな」という人は、僕にもいるし、多分みんなにもいると思う。

自分の関係ない業種とか、自分にとって何の関係もなさそうな人でも、
仲良くして「この人いい人だな」と思ってもらえると、
その“後ろにいる信頼している人”を紹介してくれる。

それが、自分につながる。
お仕事につながる人である、ということが多い。

もう一つのデメリットは、やっぱりお金がかかること。

でもこれは、他の趣味にお金を使うよりは、
「人に投資した方がいいかな」と思っている。

例えば、高い15万円のギターを買うとしたら、
交流会に、すごく高く見積もっても15回くらい行ける。

15万円のギターよりも、将来のことを考えると、
そこで出会える1000人とか2000人の人と会って、
そこから絞り出した5人、10人、15人という人と関係を作った方が、
必ず15万円は回収できると思っている。

しかも人間関係には投資の世界の複利の法則が働いている。

そこからお仕事になったりとか、
いざとなった時に払うお金が10万円から5万円になったりとか、
そういうこともある。

「よく付き合う5人が自分の平均値」

なんてことは、死ぬほど言葉で聞いてきたし、本でも読んできたし、人にも言われてきたけど、
それが体感的に分かるようになってくる。

自分の会社とかコミュニティの中って、自分と同じレベルの人が多い。
例えば役員とか部長さんとかでも、自分と平行線上にいることが多い。

でも、違うところに飛び込むと――これは転職とかもそうかもしれないけど、
周りがガラッと変わって、周りの5人が変わると、
当然考え方も変わるし、自己成長もできるし、徐々に年収なんかも引っ張られる。

これが、交流会あるある。

で、もう一つ。

交流会に参加していくと、お金として戻ってくるのにラグがある。

これね、おそらくあんまり言う人いないんだけど、これが非常にツラい。

1度ではなく、2度3度会う事で、人との信頼関係が生まれ、

この人に何かを頼んでも大丈夫だとなるからだ。

万人がそうで、みんな信頼とか人でサービスや商品を買うからである。

最近、またうちのブログにコメントをくれる常連さんが来てくれた。
 
いやー、こういうのって本当にうれしいよね。あぁまた書きたくなってきたな、って思わせてくれる瞬間。
 
ブログってさ、やっぱり「誰が見てくれてるんだろう?」って思うことがある。再生数やいいねが付いてても、誰がどう思って読んでくれてるかって実感しにくい。でも、ふとしたときに「読んでますよ」とか「コメントしてくれる」っていう人が現れると、もう一気に書きたい気持ちが湧いてくる。
 
だけどね、毎日書くって結構ハードで、在庫がすぐ無くなるのよ。ある程度書き溜めても、1日1記事のスピードで使われていくから、油断してるとすぐにネタ切れになる。これは本当に、書いたことある人じゃないとわからないと思う。
 
でも気づけば、たぶんあと3ヶ月くらいで、俺、ブログ毎日更新3年達成なんだよね。すごくない?
 
これって、何気にすごいことだと思うし、自分を褒めてあげていいかなって思った。
 
最近、成功者の本を読んでて「自分は達成できる人間だと強く信じることが何より大事だ」っていう言葉に出会った。同時期に経営者コミュニティの偉い人が同じことを言ってたりもした。
ジャンルも違う、まったく関係なさそうな人たちが、同じようなことを言ってて、ちょっとびっくりした。
 
ある経営者は、ノートに「カレーを食べる」とか「誰それに連絡する」とか、簡単なことを書いて、それを100%達成する。ネガティブな言葉は一切書かない。もし達成できなかったら、ページを丁寧に破って、供養までしてるって話。
 
その話を聞いて、「俺も達成できる人間なんだ」って、改めて自分を肯定する気持ちが生まれてきた。
 
そして、このブログ。俺はこの2年半、いや、もうすぐ3年、1日も休まずに更新してきたんだよ。これはもう、何があっても続けてきた証しだし、自信を持っていい。
 
もちろん大変だよ。毎日ネタ考えて、被らないように書いて、それでも時には同じネタでも今の自分の気持ちで書き直したり、更新したり。でもその中で、新しい技術を取り入れたり、AIを使ったり、自分の過去を素材にしたりしながら、ちゃんと毎日をつないできた。
 
だから俺、2026年の3月末までは毎日更新を絶対続けるってここに誓います。
 
その先はどうなるか分からない。もしかしたら3日に1回とかに変えるかもしれない。でも、辞めるつもりはない。AIを使って効率的に続けていくってのもアリだし、例えば週6日はAIに任せて、日曜日だけ自分の手でしっかりと「心の文章」を書くとかね。
 
AIって、僕の話したことをちゃんとまとめてくれる。けど、やっぱり「自分の言葉の温度感」とか「文章の癖」っていうのは、自分じゃないと出せない。AIはすごい。でも、本当に伝えたい感情は自分の手じゃないと届かないって最近よく思う。

会社員だったころは会社のエース級といわれるような人たちが

数億の利益をもたらしているのに会社では数百万の給料であると愚痴っていたのをよく聞いた。

 

私なんかはそう言った人におんぶされていたような気持ちもあったので、笑っていたが、

今になって考えるとサラリーマンの給料には給料以上に様々なものがのっかっていることがわかる。

 

私の中で今一番、これはすごかったなと思うのが、

安全賃である。

世の中というのは私が思っている以上に危険なものだったということが

会社の傘の外に出てみて、よくわかるのだ。

 

商売をするという事の原理原則の一つとして動いていくことで

実入りを得ていくという事があるので、何かしらの行動を起こすわけだが、

実は行動の裏に危険があるという事を私などは世間知らずにも知らなかったわけだ。

 

MLM、胡乱な話、グレーゾーンのビジネスの話、

グレーゾーンではなくても投資や出資、交流会の誘い、営業を受ける。

こういったことを一つずつ判断して、時には相手に厳しいことを言って身を守るということ

これはなかなかに大変な事である。

 

サラリーマンであった際はこれらから守ってもらっていたことが実によくわかり、感謝している。

 

もしこれから独立と考えている人がいたら、

行動には2倍のエネルギーが必要だとどこかで覚えておいてもらえると嬉しいね。

動きながら守るという2つの仕事が実はあるのだ。

 

動守ともいうものだ。

 

 

最近、本当に生成AIがすごい進化をしていて、
正直言うと、AI作曲に関しては俺は日本のトップ3に入るくらいの自信がある。

みんなの頭の中にある「こんな感じの曲」を、
ほぼ忠実にAIで再現して、
しかも細かいニュアンスまで作れる。
しかも MIDIデータ化までほぼ実現しつつある時代だ。

──だけど、それでも俺は バンドの曲だけは絶対にAIで作らない。

理由はいくつかあるけど、大きく分けると3つ。

① バンド曲は“演奏する前提”だから

自分のギターの得意なプレイ、
ボーカルが歌うレンジ、
その人がどう解釈するか──。

これはAIには絶対に分からない部分がある。

バンドの“呼吸”って、演奏者の身体から生まれるもので、
AIはそこまでは読めない。
「ここで一瞬タメる」「ここで爆発する」
そういうニュアンスは、手で作った方が圧倒的に早い。

② バンド特有の“ダイナミクス”は手作りが最強

AIはめちゃくちゃ優秀で、アレンジも細かく作れる。
正直、かなりの領域に食い込んでる。

でも、
「ここだけ一拍空白にする」
「ドラムをバンド特有の“揺れ”にする」
「ギターのピッキングの粗さを残す」
こういう“人間のクセ”は、手で作った方が良い。

むしろAIでやろうとすると遠回りになる。

③ 結局、“手で作った作品”が一番価値を持つ

モナリザの絵をスマホで見られる。
CDもレコードも全部デジタルで聴ける。

それでも「本物」には価値がある。

この法則は、AI時代になるほど強くなる。

AIが大量生産できる世の中だからこそ、
手で作った音楽は絶対に価値が上がる。
しかもバンドは「ライブ」という本物の舞台がある。
そこに嘘はつけない。

だから俺はバンド曲だけは、
どれだけAIが進化しても“手で作る”。