がん悪液質とは、がんの進行に伴って出現する、筋肉量の持続的な減少を特徴とする状態で、体重減少、食欲不振、倦怠感などの症状を伴います。飢餓状態でも体重減少を伴いますが、がん悪液質の場合は、筋肉の分解や安静時のエネルギー消費が高まることによって体重が減少します。今回の健康塾は「がん悪液質って何だろう?」の謎解きです。
がん悪液質は進行がん患者の約80%に認められたとの報告があります。がん悪液質による体重減少と食欲低下などの症状は、患者の生活の質を低下させるだけでなく、抗がん剤の治療効果を弱めたり、副作用を強めたり、さらには寿命にまで影響を及ぼすこともあります。
がん悪液質のメカニズムはいまだ不明な点が多いですが、近年少しずつ分かってきたことがあります。
がんから放出されるタンパク質を分解するように誘導する因子が関係することや、脳の中にあるホルモンをコントロールする部位の異常が分かってきています。中でもがん細胞から分泌される炎症性サイトカインは、代謝の異常や食欲不振に関連していると考えられています。最近ではさまざまな伝達物質を介した炎症の現れが悪液質なのではないかともいわれています。
一般に、がんの進行により、亡くなるまで徐々に栄養不良になっていきます。がんの種類によって、悪液質が生じやすいものや悪液質が生じにくいものがあり、生じたあとの進行パターンもさまざまです。
がん悪液質の特徴的な症状には体重減少や食欲不振があります。
全身性の炎症によって筋肉や脂肪組織が分解され、食欲が抑えられるなどした結果、体重減少を生じます。
悪液質による栄養不良には、筋肉の分解促進、血糖を下げるインスリンのはたらきの低下、脂質の分解の促進など全身の炎症によるさまざまな代謝異常が関係しています。この代謝異常が進行すると、栄養療法を行っても有効な治療にならず栄養不良が改善されなくなります。
食欲がないなかで、「きちんと食べて体力をつけなさい」などと言われるのは、とてもつらいことです。「食べないとダメだ」と、家族が無理に食事を勧めるような場面もありますが、これによって、患者さんと家族との間に壁ができてしまうこともあります。また、痩せてしまった自分の外見を気にして、外出を避けるようになり、社会から孤立してしまう可能性があります。元気だった頃との比較で考えるのではなく、今のあるがままの状態を受け止められるように、周囲も配慮できるとよいでしょう。
心疾患や感染症などの慢性疾患に伴う痩せという現象は,医学の歴史のごく初期より知られ,古代ギリシャ,ペルシャ,
中国,そしてわが国の医学書にもその記述があります。
しかし人類との長い歴史にもかかわらず,悪液質の病態の全容は未だに明らかでなく,標準治療は存在しない.その大きな理由は,悪液質の発症に複数の病因が関与し,それぞれの病因が肉眼解剖学的には不可視であるためである。長い間,悪液質は基礎疾患の進行に伴う不可避な状態と理解され,治療や研究の対象とならなかったと考えられています.
科学の進歩により,骨格筋,脂肪組織,消化器・中枢神経・免疫系における様々な分子機構が,悪液質の発症に関わることが明らかとなりました。腫瘍から放出される液性因子や腫瘍により惹起された免疫反応と代謝変化も,その病態に関わることが示唆されています。
長い時を経て,悪液質は独立した疾患として再認識され,診断基準と病期分類が整備され,新しい治療法の開発が進み始めています。
第1章 がん悪液質とは
体重減少と食欲不振を伴うがんの合併症
がん悪液質は「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず,進行性の機能障害に至る,骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」と定義される.飢餓も体重の減少を伴うが,がん悪液質では,骨格筋の合成と分解のバランスが負に傾き,安静時のエネルギー消費も亢進する点が異なっている.がん悪液質は進行がん患者の80%に認められ,体重減少と食欲不振といった典型的な症状に加えて,化学療法の効果の減弱,副作用や治療中断の増加,さらには生存率にまで影響をおよぼす.がん患者における体重減少はその程度に応じて予後を悪化させるため,積極的な治療が必要である。
生活の質(QOL)と心理面への悪影響
がん悪液質に伴う様々な症状は,患者のQOLを著しく損なう.特に体重減少と食欲不振は,食をめぐる患者と家族との対立を生じたり,痩せた外見や食が細いことを気にして,外出や外食を控えることによって,社会的孤立を引き起こすことがある。
がん悪液質に伴う食欲不振は,患者と患者家族(介護者)との対立要因になることがある
早期介入のために今できること
― 体重減少でがん悪液質を疑い治療する
がん患者の体重減少の程度は,がん種や併存疾患,治療内容により多様である。EPCRCコンセンサス1では,「前悪液質からの介入」を推奨しているが,前悪液質を正確かつ簡便に診断する方法はない。また,がん悪液質の代謝異常を改善する治療も未だ確立されていない。そのため現実的な治療戦略は,併存する治療可能な要因から対処することである。例えば化学療法による口腔粘膜障害,下痢や悪心・嘔吐など,経口摂取に影響を与え,二次性飢餓を生じる症状(nutrition impact symptoms:NIS)を適切に治療することが治療の第一歩となる。早期からの介入によって体重減少を阻止することが,がん
治療の継続や予後の改善にもつながると考えられる。
患者の体重減少の主要因は?―――飢餓 vs がん悪液質
◎がん患者の体重減少の要因は2つに分けられ,対処が異なる
<体重減少>
要因① 食べられず痩せる
・消化管閉塞
・摂食関連症状(NIS)
原因の解明と除去
<体重減少>
要因② がん悪液質 食べても痩せる
・代謝異常 (骨格筋・脂肪の分解↑合成↓)
栄養状態に影響を与える症状(nutrition impact symptoms:NIS)
以下のような摂食を妨げる症状.がん悪液質による代謝異常と異なり,治療可能なものも多い.
・がん関連症状:疼痛,呼吸困難,早期満腹感,抑うつ など.
・治療関連有害事象:悪心,便秘,味覚・嗅覚障害,口内炎 など.
がん悪液質と「食べられない」ことの関係
普通の「食べたくない」や「筋肉が落ちた」とは異なります。
がん悪液質の症状は、主にがん細胞がつくり出す「サイトカイン」という物質によって、食欲が抑えられて「食べられない」状態になります。また、このサイトカインによって筋肉が減ったり、何もしなくてもエネルギーが消費されてしまい、体重が減ってきたりします。さらに、これを放っておくと、がんの周りの健康な細胞からもサイトカインが放出されるようになり、ますます悪くなっていくことがあります。
普通の病気のときなどに感じる一時的な「食べたくない」という症状や、運動不足で「筋肉が落ちた」という状態とは異なるので、できるだけ早く気づいて、治療を開始することが大切です。
すべてのがんで悪液質になる可能性があります。
がん悪液質はがんの種類によって異なりますが、進行がんの患者さんの40~80%にみられます。がん悪液質で自覚できる主な症状として「食欲不振(食欲低下)」と「体重の減少」がありますので、おかしいと感じたら、積極的に医療者に相談しましょう。
がんで「食べられない」のは、なぜ?
様々な原因で「食べられない」状態になります
「食べられない」という症状の背景には、「がん細胞が食道や胃、腸などの消化管を圧迫している」、「抗がん剤の副作用」、「不安やストレス」、など様々な原因があります。このほか、がん細胞からつくり出される物質により代謝異常が起こり、食べられなくなる「がん悪液質」という病気も原因の一つです。このような原因が一つであったり、いくつも重なったりして「食べられない」という症状が起こります。あなたの「食べられない」原因をしっかり調べて、適切な治療や対応を行うことで、食べられるようになる可能性があります。
「食べられない」の主な原因
□がんによる消化管への圧迫
□抗がん剤治療の副作用
□不安やストレス
□がん悪液質
「食べられない」ってどのような感じ?
一口に「食べられない」といっても、自覚症状は一人ひとり違います。例えば『食べたくない』、『少し食べるとすぐにお腹がいっぱいになる』、『味がしない』、『口の中がしみる』、『食べ物のにおいで吐き気がする』、など様々です。「何か食欲がないな」と気がついたときは放っておかず、主治医や看護師など医療者に相談してください。
味がわからない
●味覚障害
吐き気
●悪心・おう吐
がんで「食べられない」のは、しょうがないの?
がんだから「食べられない」とあきらめないでください
がんになる前は「食べたくない」、「食べられない」という日があっても、長くは続かずに、いずれ「食べたい」という気持ちが湧いてきたことでしょう。
しかし、がん患者さんの場合は、がんそのものの影響や、抗がん剤治療の副作用など、様々な原因によって「食べられない」ことが長く続くことがあります。
「食べる」ことは、毎日の生活や、がんの治療において大切です。また、家族が心配して「がんばって食べなくちゃ」と励ましてくれるほど苦しくなり、楽しかった食事の時間が辛い時間に変わってしまうこともあるかもしれません。「食べられない」ことについて考えてみましょう。
「食べられない」で生じる問題
□体重の減少
□筋肉の減少・筋力の低下
□倦怠感(だるさ)
□心理的ストレス
□生活の質(QOL)の低下
□治療への影響(治療の中断、薬剤の変更、減量など)
□家族間のコミュニケーション不全(食べられないことについての思い、意見の違いなど)
現在は、食べられなくなった一つひとつの原因に対して、対策をとることができます。「がんになったら食べられないもの」とあきらめずに、主治医や看護師、薬剤師、栄養士などあなたの医療チームに相談をしてください。
ここからは「がん患者=食べられない」という思い込みを捨ててしまえるように、食べられない原因と食べるための対策などについて一緒に学んでいきましょう。
がん悪液質とは
がん悪液質の症状やメカニズムについて、分かりやすく解説しています。
そして、食べられない状態を“当たり前”とあきらめないための、がん悪液質への対応についてまとめました。
□がんで「食べられない」のは、しょうがないの?
□がんで「食べられない」のは、なぜ?
□がん悪液質と「食べられない」ことの関係
もっと知ってほしいがん悪液質の予防と改善のこと
がん悪液質セルフチェック
●患者さん本人、家族・周囲の人がチェックしてみましょう。
CACHEXIA Check List
体重減少、食欲不振がある人は、担当医や看護師に質問してみましょう。
急にやせたことが気になっています。
体重をできるだけ減らさないように、何かできることはありますか。
私や家族が精神的、社会的なサポートを受けたいときにはどこに相談すればいいですか。
食欲がないときには何を食べたらよいのでしょうか。食べてはいけないものはありますか。
食事のことは誰に相談したらよいですか。
運動をしてもいいですか。運動してもよければ、どのような運動がよいか教えてください。
次のような症状が気になる人も、医療関係者にご相談することをお勧めします。
□ 食欲が出ない
□ 食事をしてもすぐに満腹になってしまう
□ 食べているのに体重が減っている
□ がんになる前から履いていたズボンやスカートがゆるくなった
□ 常に疲労感がある
□ 筋力が低下している
□ 握力や歩行速度が低下している
□ 味覚異常か嗅覚異常がある
□ 吐き気・嘔吐がある
□ 何もやる気になれず、うつうつとしていることが多い
がん悪液質とは
悪液質は心臓病や腎臓病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などでも起こることがありますが、がんが原因のものを「がん悪液質」と呼びます。 がん悪液質は、進行がんの患者さんの約5~8割にみられます*。特に、すい臓がん、胃がん、食道がん、頭頸部がん、肺がんで起こりやすく、これらのがんでは、進行がんの患者さんの半数以上に診断時及び経過中にがん悪液質が
起こっています。がんの種類によって発症リスクは異なり、乳がん、前立腺がんなどでは病気がかなり進行するまで起こりにくい傾向があります。
●進行がんの5~8割が悪液質
ダイエットをしているわけでもないのに体重が減少し、筋肉量が減る、食欲も出ないなどの症状が出て、さまざまな機能障害と代謝異常を伴うのが、がん悪液質です。国際的には「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少を特徴とする多因子性の症候群」と定義されます。
悪液質(英語でCACHEXIA:カヘキシア)の語源はギリシャ語で、「悪い状態」を表します。
がん悪液質は食欲低下と体重減少を引き起こす合併症
体重が減るのが、がん悪液質の特徴です
●がん関連体重減少とがん悪液質
体重減少は、がんの患者さんの多くが経験す
る症状です。その要因は2つに分けられます。
1つは、「食べられないのでやせる」ことで、がん関連体重減少と呼ばれることもあります。つまり、がんそのものの存在による摂取・消化・吸収障害、治療による影響や副作用、心理的な問題、痛み・倦怠感などによる食物摂取量の低下による体重減少です。例えば、がんがあることで食道や胃がふさがって食べられなくなる、手術で食道・胃を摘出した、放射線療法や
抗がん剤の副作用による口内炎や味覚・嗅覚の異常、便秘、呼吸困難などがあるといった状態です。
もう1つは、「食べていてもやせる」、がん悪液質による体重減少です。p.5でも説明したように、がん細胞から分泌される物質や炎症性サイトカインが筋肉の減少や脂肪の分解・褐色化、代謝異常を促すため、病気になる前と同じように食べたとしても、体重が減少してしまいます。
●早い段階で体重減少を防ごう
進行がんの患者さんの多くは、「食べられないのでやせる」と「食べていてもやせる」が混在しています。どちらの影響が大きいかは、がんの種類や進行度、体質などによっても異なります。一般的には、がんが進行するに従って、がん悪液質による体重減少の影響が大きくなります。
もともとの体格にもよりますが、体重が大幅に減ると歩けなくなったり介護が必要になったりして、治療が続けられなくなることもあります。早い段階で原因を探り、できるだけ体重を減らさないようにすることが大切です。
筋肉が減少して、サルコペニアになることもあります。
●急激な筋肉量の低下が治療にも影響
サルコペニアは、加齢や病気などによって筋肉量と筋力が低下した状態です。がん悪液質になると、筋肉が減少して萎縮するサルコペニアになりやすくなります。高齢者はがんの進行とは関係なく、サルコペニアになっていることが
少なくありません。
サルコペニアになると歩く速度が落ちる、歩行が困難になるなど日常生活に支障が出ます。喉の筋肉が衰えると食物を飲み込む機能が低下し、誤嚥性肺炎を起こす危険があります。また、薬物療法の副作用が出やすく、がんの治療が継続できなくなる場合があります。
●サルコペニアの診断と自己チェック法
サルコペニアかどうかは、握力と歩行速度(あるいは、立ち上がる動作にかかる時間)、四肢骨格筋量の測定結果によって診断します。四肢骨格筋量の測定法には、精度の高い体組成計を用いるBIA(生体電気インピーダンス分析)法、X線によって骨密度や筋肉量を測定するDXA(二重エネルギーX線吸収測定)法があります。がん治療の効果をみるCT検査の画像から骨格筋量を算出する方法もあります。
患者さん自身がサルコペニアかどうかを判断するには、指輪っかテストが目安になります。また、「青信号のうちに横断歩道を渡り切れない」「手すりにつかまらないと階段を上がれない」「ペットボトルのふたが開けられない」といった状態に心当たりがあるなら、サルコペニアが疑われます。
がん悪液質の予防・治療
栄養補助食品も活用し、必要な栄養を摂る工夫を
がん悪液質に対しては栄養療法、運動療法、薬物療法などを組み合わせた集学的な治療を行います。ただ、現時点では前悪液質、悪液質に対して科学的に効果が証明されている標準治療がないのが実情です。悪液質に対する標準治療の確立を目指す臨床試験が国内で進行中です。
●食欲不振、吐き気対策には少量ずつの摂取を
原則として前悪液質や悪液質と診断されても特別な食事に変える必要はなく、病気になる前と同じでかまいません。野菜や野菜ジュースしか摂らないなど偏った食事は避け、タンパク質、炭水化物、脂質をバランスよく摂取するようにしてください。
食欲がないときの栄養の摂り方は、担当医や管理栄養士、看護師、あるいは栄養サポートチームに相談しましょう。
個人差はありますが、食欲が落ちているときには、酸味があるもの、味が濃いもの、冷たいものが食べやすいようです。食事を小分けにしてもよいので、食べたいときに食べられそうなものを口にしてみましょう。栄養バランスのよい食事が理想ですが、アイスクリームやチョコレート、クラッシュタイプのゼリー、プリンなどでエネルギーを補うだけでもいいのです。
栄養補助食品も活用し、必要な栄養素をできるだけ口から摂るようにしましょう。
抗がん剤や放射線療法などの副作用で食事ができなくなっているときには、担当医や看護師、薬剤師などに遠慮なく相談してください。
●治療の前後の工夫で口内炎に対応を
手術や抗がん剤治療の前には歯科で口腔ケアを受けます。抗がん剤や造血幹細胞移植、頭頸部がんの放射線療法など重度の口内炎になりやすい治療を受ける際には、生理食塩水[水500ml+塩4.5g(小さじ1弱)]、抗炎症剤や痛み止めの入ったうがい薬などを口に含んで、こまめに「クチュクチュうがい」をし、口腔内の乾燥を防ぎます*。食事は熱いもの、硬いもの、酸味の強いもの、香辛料は避けましょう。とろみをつけたり、ゼリー寄せにしたり、ミキサーで流動食にしたりすると食べやすくなります。殺菌作用のあるうがい薬は口内炎が悪化することがあるので控えましょう。
●味覚や嗅覚の変化にも対策があります
抗がん剤や放射線療法などの副作用で味を感じにくくなったときには酢の物、梅肉あえ、カレー味、辛しあえ、しょうが焼きなどアクセントのある料理を試してみましょう。塩味を苦く感じるときには塩を控えめにし、だしやスープの味を生かしたり、ごま、ゆず、酢を利用したりすると食べやすくなります。何でも甘く感じるときには、砂糖やみりんは控えます。いずれ
の場合も、まずいと思うものは避けましょう。味覚や嗅覚に変化が出ているときには、料理を少し冷ましてから食べるとよいでしょう。
●無理に食べないほうがよい時期も
不応性悪液質に進行した場合には、無理に栄養を摂取しても体に取り込めなくなります。栄養バランスは気にせず、好きなものを好きなときに食べましょう。家族や周囲の人は、食事を強く勧めないようにしてください。前悪液質、悪液質の時期と同様、医師に飲酒を止められている人以外はお酒を飲んでもかまいません。
この段階での静脈栄養や高カロリー輸液の投与は、むくみ、胸水や腹水の悪化、電解質異常などを引き起こすため控えるほうがよいとされています。患者さん本人も家族も気持ちや体のつらさがある場合には、我慢せずに担当医や看護師に伝えましょう。
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がん悪液質の主な症状である体重減少や食欲不振は、がんの患者さんの多くが経験します。
かつては、がんの患者さんの体重が減ったり、抗がん剤の副作用やがんの進行で食欲がなくなったりするのは、仕方のないことだと放置されていました。
しかし、近年、がん悪液質が起こるメカニズムなどの解明が進み、体重減少や食欲不振などに対する治療の重要性が明らかになってきました。
悪液質について正しい知識をもち、早い段階で悪液質自体の治療を受けることが、生活の質の向上と予後の改善につながります。
患者さんご自身が、食事や日常生活を楽しみ、自分らしい療養生活を送るために、この冊子を活用していただければ幸いです。
がん悪液質とは
がん悪液質は食欲低下と体重減少を引き起こす合併症
●進行がんの5~8割が悪液質
ダイエットをしているわけでもないのに体重が減少し、筋肉量が減る、食欲も出ないなどの症状が出て、さまざまな機能障害と代謝異常を伴うのが、がん悪液質です。国際的には「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少を特徴とする多因子性の症候群」と定
義されます。
悪液質(英語でCACHEXIA:カヘキシア)の語源はギリシャ語で、「悪い状態」を表します。
悪液質は心臓病や腎臓病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などでも起こることがありますが、がんが原因のものを「がん悪液質」と呼びます。
がん悪液質は、進行がんの患者さんの約5~8割にみられます*。特に、すい臓がん、胃がん、食道がん、頭頸部がん、肺がんで起こりやすく、これらのがんでは、進行がんの患者さんの半数以上に診断時及び経過中にがん悪液質が起こっています。がんの種類によって発症リスクは異なり、乳がん、前立腺がんなどでは病気がかなり進行するまで起こりにくい傾向があります。
がん悪液質では体重減少、食欲不振、疲労やだるさ、サルコペニア(筋肉量の減少や筋力の低下、p.9)といった症状が生じます。
また、手術や放射線療法、抗がん剤などの治療によるストレス、抗がん剤や放射線療法の副作用である口内炎や吐き気・嘔吐、味覚障害、嗅覚障害、あるいは、うつ状態や体の痛みなどが体重減少や食欲不振の原因になり、悪液質を進行させることがあります。
体重が急激に減って衰弱すると積極的な治療が受けられなくなり、肺炎などの合併症を生じやすくなるため、予後に影響します。
さらに、やせた外見を見られたくない、以前のように食べられなくなったことを知られたくないという気持ちから外出や外食、会食、知人と会うのを避けるなど、社会的な孤立につながることもあります。悪液質はできるだけ早い段階で治療に取り組むことが重要なのです。
●代謝異常ががん悪液質の主な原因
悪液質で体重が減るのは、がんによって脂肪の分解が促進され、また筋肉の合成が減り、分解が進むからです(図表4)。脂肪にはエネルギーをため込む白色脂肪細胞と、すぐに燃焼させる褐色脂肪細胞があり、白色脂肪細胞が褐色化すると燃焼しやすくなります。悪液質になると脂肪の分解が進み、さらに白色脂肪の褐色化も進んで脂肪が減り、燃やしてはいけない筋肉まで分解してしまいます。がんがあることで慢性的に炎症が起こり、体を守る免疫反応として炎症性サイトカインが活性化することによって、このような代謝異常が起こるのです。また、がん細胞からも筋肉の分解、脂肪の分解と褐色化を促進させる物質が分泌され、代謝異常が加速します。
さらに、炎症性サイトカインや脂肪細胞から脳の視床下部へ食欲を抑えるように指令を出す物質が分泌され、食欲も低下します。
がん悪液質の主な症状
体重が減るのが、がん悪液質の特徴です。
●がん関連体重減少とがん悪液質
体重減少は、がんの患者さんの多くが経験す
る症状です。その要因は2つに分けられます。
1つは、「食べられないのでやせる」ことで、がん関連体重減少と呼ばれることもあります。つまり、がんそのものの存在による摂取・消化・吸収障害、治療による影響や副作用、心理的な問題、痛み・倦怠感などによる食物摂取量の低下による体重減少です。例えば、がんがあることで食道や胃がふさがって食べられなくなる、手術で食道・胃を摘出した、放射線療法や
抗がん剤の副作用による口内炎や味覚・嗅覚の異常、便秘、呼吸困難などがあるといった状態
です。
もう1つは、「食べていてもやせる」、がん悪液質による体重減少です。p.5でも説明したように、がん細胞から分泌される物質や炎症性サイトカインが筋肉の減少や脂肪の分解・褐色化、代謝異常を促すため、病気になる前と同じように食べたとしても、体重が減少してしまいます。
●早い段階で体重減少を防ごう
進行がんの患者さんの多くは、「食べられないのでやせる」と「食べていてもやせる」が混在しています。どちらの影響が大きいかは、がんの種類や進行度、体質などによっても異なります。一般的には、がんが進行するに従って、がん悪液質による体重減少の影響が大きくなります。
もともとの体格にもよりますが、体重が大幅に減ると歩けなくなったり介護が必要になったりして、治療が続けられなくなることもあります。早い段階で原因を探り、できるだけ体重を減らさないようにすることが大切です。