仕事も辞めて、だいぶ時間に余裕を
持てるようになったので。。。
たしか、あの頃から、、、
「瞑想」というものに、少し真面目に
取り組むようになっていったのだと思う。。。
そこには、以前、レイオルトに、、、
「歌いながら瞑想しなさい」
・・・と言われたことが、大きく影響していた。。。
そして、それによって起こった、
OSHOの彼とのシンクロ。
その彼が、「瞑想」をものすごく
重要視して、そして実践していたこと。
・・・などなど。
やっぱりそこにも、「流れ」があったように思う。
夫には、19歳の体験のことなどは話したり、
ウイングメーカーのことを初めて知った時も、
一緒に、そのサイトを見たりとか。
そういうことは、していたのに。
思いきりスピリチュアルみたいな話は、
その頃は、まだなんとなく、話しづらかった。
魂がどうの。とか。
カルマがどうの。とか。
そういう話は。
ある時、ちょっとしたノリで、弟にチラッと。
「オーラが見える」と話したら。
「眼科に行ってくれば?」なんて
言われたこともあったけど(笑)
夫も、弟ほどではなかったけど、
どちらかと言えば、そんな感じだったし。
それ以前に、今までは私自身が、
「瞑想なんて怪しい」と思っていたから。
今更、夫の前で瞑想するのは、
少し、気恥ずかしい感じがした(苦笑)
昔。。。
毎朝、般若心経を唱える母を見て、
子供の自分がドン引きしていたことを思ったら。
子供たちの前でも、やりづらく。
昼間は、バタバタするし。。。
両親も部屋を出入りするし。。。と。
結局。。。
当時、夜、私が安心して、ひとりでゆっくり
できたのは、お風呂の中だけで。。。
なので、
あの頃はいつも、お風呂の中で瞑想していた。
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けれども。。。
それは、意図したわけではなかったけど。
そこに「水」があったことが。
瞑想をするにあたって、大きく作用していたような。
そんな気がしてならない。。。
水の中で瞑想することで。
初心者の私でも、なんというか。
いきなり、深い瞑想に入ったりすることが、
よくあったなぁ。。。と。
今更ながら、そんな風に思ったりもする。
瞑想し始めて、最初の頃は。。。
ヴィジョンが見えてくるものが、よくあった。
そんなヴィジョン系のもので、
今でもよく覚えていることがあり。。。
その時の瞑想中に見たヴィジョンでは、、、
私は、ネイティヴ・アメリカンの女性になっていて、
なぜか、崖から落ちそうになっていた。。。
崖っぷちにぶらさがっているのだけど、
その、崖につかまっている私の手を、
禿のおじさんが踏みつけてくる。。。
しばらくは、必死で耐えているのだけど、
もうダメだ。。。と、手を放してしまった。
そのまま私は、真っ逆さまで落ちていくのだけど。
不思議なことに、地面に激突する前に、
フワッて感じがして、一瞬で空を飛んでた。
そして、次の瞬間にはもう。
その時、自分が会いたかった人の隣に
浮かんでいた。。。
私はその時、透明人間だから、、、
その人に私の姿が見えるわけがないのだけど。
その人は、怖い顔をして、
睨むようにジーッとこっちを見ていてね。
「あれ?もしや、見えてるの?」
・・・と思ったところで、そのヴィジョンは終わった。
そんなヴィジョンを見ても、、、
私は相変わらず、また、妄想だ。。。と。
スルーしようとしていた。
瞑想中に、なんらかのヴィジョンを見たとしても。
普段はそれを、あまり気にしないことにしていた。。。
「夢」を見たのと同じ感覚で。
けれどもあの時は、、、
瞑想後、なんだか、指がチクッとするな。と思って、
自分の指先を見たら、なんと、血まめができていて。
それは、たった今、ヴィジョンの中で、
禿のおじさんに踏みつけられていたところと
同じだったので、ちょっと。。。
「・・・・・・・・」
・・・となった。
これは、まさか。。。
あの、禿のおじさんに踏まれたところでは?
・・・と、瞬間的に、私はそう思ったりもしたけど。
そのあとすぐ、またいつものように、
思考は、あれこれ考え始めていた。。。
「なぜ、こういうことが起こるんだろう?」
・・・と。
結局、その答えは、今でも解らないけどね。。。
そして、そのヴィジョンに関しても、、、
その後、占い師の彼と多少の一致が
あったりしたので、また。。。
「・・・・・・・」
・・・となった。
こういう一連の出来事があったので、、、
あの時の、あのヴィジョンのことは、今でも、
よく覚えていたりする。。。
ある時は、瞑想をしていたら、、、
自分の身体が、どんどん膨張していくのを感じ。。。
それは、どんどん、どんどん、大きくなっていき。
しまいには、家の外まで広がっていき。。。
そして面白いことに。。。
その広がった自分の身体の中に入っているものを、
全部、「自分」だと感じたりしていた。
また、ある時は、、、
これは、今思うと、ハート・チャクラが
開いたのだと思うけど。。。
突然、光に包まれ。。。
とんでもない至福感に包まれ。。。
あぁ、、、すべてが繋がっている。。。
すべてがひとつなんだ。。。と。
そう感じたこともあった。
「自分以外のもの」が消え去り、、、
全部が自分だと感じ。。。
それはもう、自然と涙が溢れてくるほどの、
「愛」の体験だった。
でもね。。。
これは、19歳の時に体験したものとは、
全然、別物の体験で。。。
それが、完全に別物であると。。。
体験した私には、その違いがものすごくよく
解るのだけど。。。
この違いを、言葉で説明することもまた、
少し、難しい。。。
ただ、ひとつ言えるとしたら。。。
この、愛の体験の時には、
まだそこに、「人間Lyrica」の意識があったこと。
「すべてはひとつだ」
・・・と、そう感じてたのは、「人間Lyrica」だった。
19歳の体験の時には、、、
「人間Lyrica」は、どこにもいなかった。
そこには、「すべてである私」のほうの私以外、
誰もいないし、何もなかった。
なかったけど、すべてがあった。
・・・ということで、このふたつの体験は、
言葉にしてしまうと、とても似ているし、
「同じ体験」に聞こえてしまうけど。
でも、全然違うものだった。。。
そうやって、色々な不思議体験を、、、
お風呂瞑想中にはたくさんしたし。
それは、とても面白い体験だったけど。
けれども。
19歳の時のあの体験と同じものは、
一度も起こったことはなかった。
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あの、リンポチェのお話会の時に、、、
そこで少し、「ヴィパサナ瞑想」をした。。。
この瞑想をして、
インドの王子さまは悟ったらしい。。。
あの時の、ヴィパサナ瞑想は、、、
ほんの、練習程度だったけど。
リンポチェは、こう言っていた。。。
「瞑想は、きちんとした形で行うほうがいい」
・・・と。
私の、お風呂瞑想は。
ほとんど自己流の、適当にやっていたもので。。。
「正しい瞑想の方法」
・・・というものは、よく知らなかった。
けれども、もし、「正しい方法」で瞑想をしたら、
あの時のあの体験が起こるのだろうか?
・・・と。
「悟り装置」以外の方法って、
本当に存在するのだろうか?
・・・と、私はそれを、自分で確かめたかったの。。。
だから、ちゃんとした瞑想を教えてくれる、
「瞑想の先生」というものを。
探してみたくなってきたのだった。
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つづく