TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -31ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

仕事も辞めて、だいぶ時間に余裕を

持てるようになったので。。。

 

たしか、あの頃から、、、

「瞑想」というものに、少し真面目に

取り組むようになっていったのだと思う。。。

 

 

そこには、以前、レイオルトに、、、

 

「歌いながら瞑想しなさい」

 

・・・と言われたことが、大きく影響していた。。。

 

 

そして、それによって起こった、

OSHOの彼とのシンクロ。

 

その彼が、「瞑想」をものすごく

重要視して、そして実践していたこと。

 

・・・などなど。

 

 

やっぱりそこにも、「流れ」があったように思う。

 

 

夫には、19歳の体験のことなどは話したり、

ウイングメーカーのことを初めて知った時も、

一緒に、そのサイトを見たりとか。

 

そういうことは、していたのに。

 

思いきりスピリチュアルみたいな話は、

その頃は、まだなんとなく、話しづらかった。

 

魂がどうの。とか。

カルマがどうの。とか。

 

そういう話は。

 

 

ある時、ちょっとしたノリで、弟にチラッと。

「オーラが見える」と話したら。

 

「眼科に行ってくれば?」なんて

言われたこともあったけど(笑)

 

 

夫も、弟ほどではなかったけど、

どちらかと言えば、そんな感じだったし。

 

それ以前に、今までは私自身が、

「瞑想なんて怪しい」と思っていたから。

 

今更、夫の前で瞑想するのは、

少し、気恥ずかしい感じがした(苦笑)

 

 

昔。。。

毎朝、般若心経を唱える母を見て、

子供の自分がドン引きしていたことを思ったら。

 

子供たちの前でも、やりづらく。

 

 

昼間は、バタバタするし。。。

両親も部屋を出入りするし。。。と。

 

 

結局。。。

 

当時、夜、私が安心して、ひとりでゆっくり

できたのは、お風呂の中だけで。。。

 

 

なので、

あの頃はいつも、お風呂の中で瞑想していた。

 

 

********

 

 

けれども。。。

それは、意図したわけではなかったけど。

 

そこに「水」があったことが。

瞑想をするにあたって、大きく作用していたような。

 

そんな気がしてならない。。。

 

 

水の中で瞑想することで。

 

初心者の私でも、なんというか。

いきなり、深い瞑想に入ったりすることが、

よくあったなぁ。。。と。

 

今更ながら、そんな風に思ったりもする。

 

 

瞑想し始めて、最初の頃は。。。

ヴィジョンが見えてくるものが、よくあった。

 

 

そんなヴィジョン系のもので、

今でもよく覚えていることがあり。。。

 

 

その時の瞑想中に見たヴィジョンでは、、、

 

私は、ネイティヴ・アメリカンの女性になっていて、

なぜか、崖から落ちそうになっていた。。。

 

崖っぷちにぶらさがっているのだけど、

その、崖につかまっている私の手を、

禿のおじさんが踏みつけてくる。。。

 

しばらくは、必死で耐えているのだけど、

もうダメだ。。。と、手を放してしまった。

 

そのまま私は、真っ逆さまで落ちていくのだけど。

 

不思議なことに、地面に激突する前に、

フワッて感じがして、一瞬で空を飛んでた。

 

そして、次の瞬間にはもう。

その時、自分が会いたかった人の隣に

浮かんでいた。。。

 

 

私はその時、透明人間だから、、、

その人に私の姿が見えるわけがないのだけど。

 

その人は、怖い顔をして、

睨むようにジーッとこっちを見ていてね。

 

「あれ?もしや、見えてるの?」

 

・・・と思ったところで、そのヴィジョンは終わった。

 

 

そんなヴィジョンを見ても、、、

私は相変わらず、また、妄想だ。。。と。

 

スルーしようとしていた。

 

 

瞑想中に、なんらかのヴィジョンを見たとしても。

普段はそれを、あまり気にしないことにしていた。。。

 

「夢」を見たのと同じ感覚で。

 

 

けれどもあの時は、、、

瞑想後、なんだか、指がチクッとするな。と思って、

自分の指先を見たら、なんと、血まめができていて。

 

それは、たった今、ヴィジョンの中で、

禿のおじさんに踏みつけられていたところと

同じだったので、ちょっと。。。

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

・・・となった。

 

 

これは、まさか。。。

あの、禿のおじさんに踏まれたところでは?

 

・・・と、瞬間的に、私はそう思ったりもしたけど。

 

 

そのあとすぐ、またいつものように、

思考は、あれこれ考え始めていた。。。

 

「なぜ、こういうことが起こるんだろう?」

 

・・・と。

 

 

結局、その答えは、今でも解らないけどね。。。

 

 

そして、そのヴィジョンに関しても、、、

その後、占い師の彼と多少の一致が

あったりしたので、また。。。

 

「・・・・・・・」

 

・・・となった。

 

 

こういう一連の出来事があったので、、、

あの時の、あのヴィジョンのことは、今でも、

よく覚えていたりする。。。

 

 

 

ある時は、瞑想をしていたら、、、

自分の身体が、どんどん膨張していくのを感じ。。。

 

それは、どんどん、どんどん、大きくなっていき。

しまいには、家の外まで広がっていき。。。

 

そして面白いことに。。。

 

その広がった自分の身体の中に入っているものを、

全部、「自分」だと感じたりしていた。

 

 

 

また、ある時は、、、

 

これは、今思うと、ハート・チャクラが

開いたのだと思うけど。。。

 

突然、光に包まれ。。。

とんでもない至福感に包まれ。。。

 

あぁ、、、すべてが繋がっている。。。

すべてがひとつなんだ。。。と。

 

そう感じたこともあった。

 

 

「自分以外のもの」が消え去り、、、

全部が自分だと感じ。。。

 

それはもう、自然と涙が溢れてくるほどの、

「愛」の体験だった。

 

 

でもね。。。

 

これは、19歳の時に体験したものとは、

全然、別物の体験で。。。

 

それが、完全に別物であると。。。

 

体験した私には、その違いがものすごくよく

解るのだけど。。。

 

この違いを、言葉で説明することもまた、

少し、難しい。。。

 

 

ただ、ひとつ言えるとしたら。。。

 

この、愛の体験の時には、

まだそこに、「人間Lyrica」の意識があったこと。

 

「すべてはひとつだ」

 

・・・と、そう感じてたのは、「人間Lyrica」だった。

 

 

19歳の体験の時には、、、

「人間Lyrica」は、どこにもいなかった。

 

そこには、「すべてである私」のほうの私以外、

誰もいないし、何もなかった。

 

なかったけど、すべてがあった。

 

 

・・・ということで、このふたつの体験は、

言葉にしてしまうと、とても似ているし、

「同じ体験」に聞こえてしまうけど。

 

でも、全然違うものだった。。。

 

 

 

そうやって、色々な不思議体験を、、、

 

お風呂瞑想中にはたくさんしたし。

それは、とても面白い体験だったけど。

 

 

けれども。

 

19歳の時のあの体験と同じものは、

一度も起こったことはなかった。

 

 

********

 

 

あの、リンポチェのお話会の時に、、、

そこで少し、「ヴィパサナ瞑想」をした。。。

 

 

この瞑想をして、

インドの王子さまは悟ったらしい。。。

 

 

あの時の、ヴィパサナ瞑想は、、、

ほんの、練習程度だったけど。

 

リンポチェは、こう言っていた。。。

 

 

「瞑想は、きちんとした形で行うほうがいい」

 

・・・と。

 

 

私の、お風呂瞑想は。

ほとんど自己流の、適当にやっていたもので。。。

 

「正しい瞑想の方法」

 

・・・というものは、よく知らなかった。

 

 

けれども、もし、「正しい方法」で瞑想をしたら、

あの時のあの体験が起こるのだろうか?

 

・・・と。

 

 

「悟り装置」以外の方法って、

本当に存在するのだろうか?

 

 

・・・と、私はそれを、自分で確かめたかったの。。。

 

 

だから、ちゃんとした瞑想を教えてくれる、

「瞑想の先生」というものを。

 

探してみたくなってきたのだった。

 

 

********

 

 

つづく

『月の庭』のようなイベントで展開される場は。。。

 

私にとっては、「非日常」の空間だった。。。

 

 

そういう、非日常空間の中では、、、

自分の意識が普段とは変わって。

 

陶酔感を味わえることは、、、

昔から知っていた。。。

 

 

若い頃、あんなにライヴ通いに

熱中していたのも。。。

 

その心地よさを求めてだったから。。。

 

 

若い頃は、ロックのコンサート。。。

みたいな形の刺激がフィットした。。。

 

けれども、大人になると。。。

当時とは、また違った形での「刺激」が

必要になったのだろうな。。。とも思う。。。

 

ずっと同じ「形」のままだと、

飽きが来てしまう。。。というか。

 

感覚がマヒして、刺激が刺激ではなくなる。。。

 

「非日常」が「日常」になる。。。

 

 

だから。。。

 

未知の刺激。。。を求め始める。。。

「非日常」の陶酔感を得るために。。。

 

 

それが私の場合、、、

 

その時の自分にフィットした「刺激」が。

スピリチュアル的なイベントだったのだろう。。。

 

 

あの頃はまだまだ。。。

 

そういう「刺激」を求めていた。。。

 

 

********

 

 

そんな「非日常」とは裏腹に。。。

 

「日常」ではまた、問題が起こり始めていた。

 

 

 

『月の庭』のイベントに行ったのは、

2006年の11月の満月の夜だったけど。。。

 

そこから遡ること、約2ヶ月。。。

 

 

あれは。。。

忘れもしない、2006年9月の満月の夜。

 

私は家で、大爆発を起こしていた。。。

 

 

 

実家で、私の親と同居するようになり、

半年ちょっと過ぎたあたりだった。。。

 

 

まったく予想もしていなかった

娘夫婦との同居生活は。。。

 

案の定、私の両親たちに、

ストレスを与えていたようだった。

 

 

ただ、、、

 

さすがに両親も、私が哀れに見えていたのか(涙)

私に対して、何か文句を言ってくることはなかった。

 

夫に対して、いろいろ思うことがあったのは、

見ていて解ったけど。。。

 

けれども、夫に対しても、、、

両親は、直接何かを言ったりはしなかった。。。

 

 

けれども、そんな両親たちが、、、

そのストレスのはけ口にしているのが、

子供達だった。。。

 

多分、父も母も、完全に無意識だったと思う。

悪気もなかったのだと思う。。。

 

けれども、そういう、、、

 

「悪意なき悪意」

 

・・・というものは、ちょっとやっかいで。

 

 

私もいろいろ、対応が難しかった。。。

 

 

だって親達には、その「自覚」がないから。。。

 

下手に何かを言ったら、、、

よけいに、めんどくさいことになりそうで(苦笑)

 

 

でも、、、

人って、無意識でいるとこうやって。。。

 

どうしても、「弱い者」に対して、

その攻撃性を向けてしまうものなのか。。。と。

 

なんだか、、、悲しい気持ちになっていた。。。

 

 

夫と結婚して、彼の実家で同居していた頃も。。。

 

やはり、半年を過ぎた頃から、

いろんなことが起こり始めた。。。

 

その時、夫がチラッとこぼした言葉を、、、

今でも覚えてる。。。

 

 

「うちの親がこんな風になるなんて、

思ってもいなかった」

 

・・・・と。

 

 

なんだか夫は、、、

ショックを受けていたようだった。。。

 

 

結婚して、子供を生んで。。。

 

そうやって自立したあとに、また改めて

自分の親と一緒に暮らしてみると。。。

 

今までとは違う、親の一面が、

いろいろと見えるようになってくる。。。

 

 

それまでは、「親」以外の何者でもなかった人が、、、

「ひとりの人間」に見えてきたりする。。。

 

そうやって、「ひとりの人間」として親を見た時、、、

彼らの「弱さ」があれこれ見えてきて。。。

 

だから、子供はショックを受けるのかもしれない。。。

 

 

子供にとって親というのは、、、

絶対的な存在。。。というか。。。

 

「自分よりも優れた完璧な人」みたいな。。。

 

そんなイメージが、無意識にあるのだと思う。。。

 

 

それが、崩れていくとき。。。

やっぱり、ショックを受ける。。。

 

 

私も、そうだった。。。

 

 

********

 

 

娘にも息子にも、それぞれ「個性」があって。。。

 

その個性にあった褒め方、叱り方がある。。。と。

私は常々思っていたのだけど。。。

 

私の親たちは、孫を叱るとき。。。

特に、息子に向かって。

 

「この子にそれを言っちゃダメだよ」

 

・・・みたいなことを、よく言っていた。

 

 

 

けれども。。。

 

こうして同居することになり、

両親に迷惑をかけることになったことに、

責任を感じていたので。

 

そういう両親に対して。。。

私も、何も言えずにいた。。。

 

遠慮の気持ちがあったの。。。

 

 

・・・と同時に、子育てに対して私が重要だと

思うポイントと。

 

親達が重要だと思っているポイントが

ズレすぎていて。。。

 

私も多少、ストレスを感じたりもしていた。。。

 

 

 

そして、ある日。。。

 

とうとう、恐れていたことが起こってしまった。

 

 

夕食時、息子がおかずを残すと。。。

父と母が、息子を叱った。。。

 

 

私は、父と母、そして、息子の様子を

同時に観察しながら。。。

 

「この子に、そういう叱り方はしないでほしい」

 

・・・と思っていたけど。。。

 

黙って見ていた。。。

 

 

すると。。。

 

それまで黙っていた息子が、いきなり立ち上がり、、、

ものすごい怒りエネルギーを振りまきながら、

何も言わずに、部屋を出ていってしまった。

 

 

一瞬、部屋の中が、、、シーンとなった。

 

 

母が、ちょっとオロオロしながら、私に、、、

 

「あんた、ちょっと様子見てきなさいよ」

 

・・・と言ってきたけど。。。

 

 

私はそのまま、食事を続けた。。。

息子のことは、追わなかった。。。

 

ちょっと、見てくるわ。と言った母を制止し、

落ち着かない親達が、息子の話を振ってきても。

 

私は、何も答えなかった。。。

 

息子のこと以外の話題だったら、、、

普通に話していたけどね。。。

 

 

娘は、、、

あの時まだ、小学生だったにも関わらず、、、

 

見事に、私の心を読み。

 

私とまったく同じ態度をとっていた。。。

 

 

そのあと、普通に後片付けをして。

息子のいる部屋に戻った。。。

 

 

息子は、部屋でひとりでゲームをしていた。

 

そこへ、私と娘が戻ると。。。

息子は、「おかえり」と言い。

 

私達三人は、さっきのことは、

何もなかったかのように、、、

 

いつも通り、みんなで笑って過ごした。。。

 

誰も、リビングでのことには、

触れなかった。

 

 

そして次の日からも、、、

またしばらく、普通の日々を過ごしていた。

 

 

 

でも。。。

実はあの時、私は決心していたの。。。

 

 

夫にも、誰にも言わずに。。。

ひとりで、心の中で。

 

 

もし、次に、両親があれをやらかしたら。

 

その時は、私が思いきり爆発しよう。。。と。

 

 

私が思いきり、「ダメな娘」を演じて。

 

両親がストレスをぶつける矛先を、

子供達ではなくて、自分に向けよう。。。と。

 

ずっとこのままだったら。。。

息子の心に、傷が残りかねない。。。と。

 

そのことが、心配だったから。

 

 

そして、それが起こったのが、、、

2006年の9月の満月の夜だった。。。

 

 

********

 

 

あの時の爆発の影響は。。。

 

その後、何年も尾を引くことになった。。。

 

 

「息子のため」。。。と。。。

 

あの時、私のエゴはそう思っていたけど。。。

 

 

でも本当は、それは。。。

私自身を癒していく旅の始まりであったことには。。。

 

ずっとあとになってから、

気づいた。。。

 

 

19歳であの体験をして以来、、、

 

いつも、どこか楽観的で。。。

なんでも成るように成ってる。。。と。

 

そして、すべてが幻想なのだ。。。と。

 

心底、そう思って生きてきた。。。

 

 

だから、どんなに大変なことが起きても、

あまり、深く思い悩むことはなかった。。。

 

 

でも、あの爆発がキッカケとなり、、、

 

それでもやっぱり、「人間Lyrica」は、

傷つくこともあれば、悲しむこともあったんだ。

 

・・・と、やっとそこに、、、

気づいてあげられるようになっていく。

 

 

今までずっと、無視し続けてきた、

自分の中の「インナー・チャイルド」の

泣き叫ぶ声に。。。

 

 

初めて意識を向けるキッカケとなったのが、

 

あの時のあの、「爆発」だったのだと思う。。。

 

 

 

「浄化・癒し」の旅は。。。

これまでとは違って、あれこれ大変なこともあり。

 

今までみたいに「すべて幻想」で片づけていれば、

人生もっと、ラクラクだったんじゃないの?

 

・・・と、途中で何度も思ったりしたけど。。。

 

 

でも、それではきっと。。。

 

人の痛みを、ちゃんと理解できない人に

なっていたかもしれないな。。。

 

・・・とも思う。。。

 

 

 

その頃から私は、風邪を引きやすくなり、

体調を崩すことが多くなり。。。

 

仕事も一旦、やめることになった。。。

 

 

 

そういう時期でもあった。。。

 

スピリチュアル的な場に、、、

あちこち、出向くようになったのは。。。

 

 

********

 

 

つづく

その女性は、私たちのほうに向かって

歩いてくると、、、

 

「今日、来ていた方々ですよね?」

 

・・・と、声をかけてくれた。

 

 

彼女は、梅野泉さんという方で。

 

あのリンポチェの、お弟子さんなのだと、

教えてくれた。

 

 

私達の親世代。。。とまではいかないけど、

だいぶ年上の人だった。。。

 

 

今日は、来てくださってありがとうございます。

どちらから、いらしたの?

 

・・・みたいな、そんな挨拶のような

言葉を少し交わした後。。。

 

梅野さんは私に向かって、こう言った。

 

 

「今日は、あんな素敵な質問をしてくださって、

ありがとうございます」

 

・・・と。

 

 

梅野さんが言っていた質問というのは、あの、

 

「演技の優しさでもいいのですか?」

 

・・・という質問のことだと、すぐに解った。。。

 

 

少しの間お話した後、梅野さんが、、、

 

近々、素敵なイベントがあるから、

よかったら、いらしてくださいね。と。

 

たしか、そのイベントのリーフレットを

渡してくれたのだったと思う。。。

 

そしてその日は、そこでお別れした。。。

 

 

私達はもちろん、三人揃って、

それに参加することを、その場で即決。。。

 

こうしてまた後日。。。

会う約束をした。。。

 

 

********

 

 

そのイベントに行った時のことを綴った、

昔の日記を読み返すと。。。

 

当時の私の、すごく盛り上がった気持ちが、

伝わってくる。。。

 

 

 

月の庭 ~唄い踊る女神たちの祭り~

 

 

月のしずくから生まれた女たちは  

「月の庭」をこの地上に作ることを思いついた。  

 

淋しい夏の終わりだった。  

 

アレクサンドリアからナイルを下り、古い神殿で沐浴し、  

裸身を月の光にさらし、祈り、そして夜の旅に出た。  

 

善も悪も、何の意味も持たない砂漠こそが、

祈りの庭にはふさわしい。  

 

月の光で編まれた衣をまとい、

透明な意識だけを友にした。  

 

女たちはすでに脱ぎ捨てたのだ。  

哀しみと絶望のしみついたピエロの衣裳を。  

 

 

~梅野 泉さんのポエム「月の庭」より~    

 

 

 

昨日2006年11月5日の満月の夜。。。  

 

東京の沙羅舎で行われた月の女神たちのお祭りは。。。  

 

私にとっては階段を、一気に2,3段昇ってしまったような。。。  

 

そんな不思議な感じがした。。。とても素敵なイヴェントでした。    

 

 

オープニングセレモニーの「浄めの儀」は。。。

 

小さな、それでもとても厳かな感じのする

ストーンサークルを囲む、白い衣装を身にまとった

3人の男性達によって執り行われました。。。    

 

 

古代の土笛を吹く宇々地さん、

沙羅舎のオーナーでもあるダンスのデヴァダスさん、  

そして舞踏家の伊藤虹さん。    

 

 

デヴァダスさんと伊藤虹さんの神聖な踊り。。。

「舞」という表現が一番ぴったりかな。。。  

 

とても素敵でした。  

 

 

デヴァダスさんは、モダンやクラシックバレエを基礎に

ヨガや気功、古神道や古武道などの方法を取り入れた、

新しいダンスの確立を目指して、独創的な舞台を  

展開されている方なのだそうです。。。  

 

 

伊藤虹さんは舞踏家。。。

 

日本の舞踏はあまり詳しく知らなかったのですが、  

以前大好きなロシアのダンサー、ルジマトフの

踊りを観て以来、とても興味を持っていました。。。  

 

 

やっぱり。。。魂の叫びを感じるような踊りは最高です!!!  

こういうものに触れるたびに、私はまた踊りたくなってきて、  

ストレッチを再開するのです(笑)    

 

 

そして、宇々地さんの「古代土笛」の響き。。。

もう。。。クラクラきました。。。  

 

頭にズーンと響いてきて、私はずっと。。

頭のてっぺんが痛いくらいでした。。。  

 

微妙に真ん中からはズレた位置でしたが^^;    

 

 

私は。。。この儀式の間、

なんだかとても懐かしい気分でいました。。。  

 

 

ストーンサークルを囲んで行う神聖な満月の儀式。。。  

自然と背筋がピッと伸びてしまいます。。。  

 

 

昨日は室内だったけれど、これがもし、屋外。。。

本物の月の光の元で行われたら  

どんなに素敵だろうと思っていました。  

 

 

昨日は蝋燭の炎でしたが、煌々とかがり火をたいて。。。  

 

場所は。。例えば海。。。

砂浜で空は満点の星空で。。。。  

 

なんて、いろいろ想像してしまいました。。。    

 

 

そのあと、天地(アマチ)という

ネイティヴジャパン女性ヴォイスユニットの  

「天と地をつなぐ」祈りの唄が始まりました。。。    

 

ネイティヴっぽい、いろんなおもしろい楽器を使ってました。。。  

 

そして、古代レムリアのマントラが静かに唄われました。。。  

 

これは、古代レムリア文明のマントラに

彼女達がメロディーをつけたそうですが。。。  

 

「6回繰り返します。。。

自分の内に向って、こう在りたいというヴィジョンを  

イメージしながら聞いてくださいね。」

 

って、おっしゃってました。。。    

 

 

そのあと、

素敵な女神達「Ha-nau(ハーナウ)」による

唄とフラダンス。。。  

 

ハーナウって、

ハワイ語で「誕生」という意味だそうです。。。  

 

とても長い黒髪にガーベラの花を飾った彼女達の踊りは、

神秘的であり、そして官能的でもあり。。。  

 

女性ならではの美しさ。。

神聖な色気を感じました。。。  

 

なんだか、同じ女性の私まで目が釘づけ状態(笑)  

 

女神だわ。。って(笑)  

 

フラダンスも素敵。。。と、

すぐ影響される私なのでした。。。    

 

 

そうそう、昨日の出演者の方々が着ていた衣装は

「Little EAGLE」といって、Kaoricoさんという方が

デザインされているブランドだそうですが、

これがまた!!!  

 

なんて私好みのスタイルなの!!って、

感動するくらい素敵なお洋服でした。  

 

Kaoricoさんもシャーマンの雰囲気が漂う、  

とっても素敵な方でした。。。    

 

 

そしていよいよ、ニチャン・リンポチェのお弟子さん。。。

梅野泉さんによる詩。。。  

 

 

「月の庭」の朗読です。。。  

 

 

梅野さんは、エジプト、アレクサンドリア育ちでいらっしゃるそうで、  

ダライ・ラマのインタヴューなどもされたことがあるそうです。。。    

 

 

宇々地さんの土笛をバックに静かに、

でも力強く詩を。。。唄うように読みあげる梅野さん。。。  

 

なんだか、この時だけ、

今までとちょっと空気が変わりました。。。  

 

やっぱり。。彼女はすごい。。。

 

この感覚。。。

あまり言葉に出来ないくらいです。。。    

 

 

最後は出演者全員と、集まっていた方々による

歌と踊りのセッション。。。  

 

フラダンスの女神に手を引かれて、

気づけばセンターでスポットライトを浴びて  

踊っていた私たち。。。  

 

気づけば隣には宇々地さんが古代の太鼓を響かせていて。。。  

気づけば梅野さんにハグしている私たち(笑)    

 

今思い出すと、あれ?って感じです(苦笑)  

 

恐るべし。。。満月パワー。。。    

 

でも。。。

とってもとっても素敵な満月のお祭りでした。。。

 

 

********

 

 

梅野さんが誘ってくれたそのイベントは、、、

 

まるで、何か、「聖なる儀式」に参加したかのような、

そんな高揚感をもたらしてくれた。

 

 

それが、 「歌と踊り」で構成されていたというのは、 

 まさに、私のツボのど真ん中を突いていたし。。。 

 

一緒にいたお仲間と、共にその場のそれを

共有しあえた嬉しさとか。

 

 

いろんなことが相まって。。。

私は、すごく感動していたし。

 

すごく、楽しかったのだと思う。

 

 

だから。

 

あんな感動を再び、味わいたい。。。と。

 

多分、そういう気持ちだったのだと思う。。。

 

 

私は、その後、

様々なスピリチュアル系イベントに、

足を運ぶようになっていった。。。

 

 

おそらく、無意識に。。。

 

 

「あの時のあの感動」を、

また、もたらしてくれる場。。。

 

・・・というものを、探し求めていたのだろう。。。と。

 

今は、思う。。。

 

 

********

 

 

つづく

そのリンポチェのお話会というものは。

 

私にとっては、人生初の。

 

「スピリチュアル的イベントに出かける」

 

・・・という経験だった。

 

 

 

精神世界のことに関しては。

 

それまでは、家でひとりで本を読むか、、、

ブログを書くか。。。

 

あとは。

 

ネット上でお仲間と語り合うかくらいしか、

していなかったし。

 

それだけで、十分だった。。。

 

 

 

スピリチュアル的なワークショップとか講座とか、

瞑想会に、お話会などなど。

 

そういうものには、それまで、

興味を持ったことすらなかった。

 

 

随分前に、日本でウイングメーカーの

ワークショップが開催されたことは知っていたけど。

 

あの、大好きなウイングメーカーの時でさえも、

そういうものに参加する気は、

まったく起きなかったくらいで。。。

 

 

しかも、こういうワークショップのほとんどが、

びっくりするような高額で。

 

そこには違和感しかなく。。。

 

 

こういう道は、孤独に進むのがいい。。。と。

 

そんな風に思っていた。。。

 

 

 

だから、

 

もしあの時、あのOSHOの彼が、

「チベット」という言葉を口にしなかったら。。。

 

もしあの時、主婦の彼女が、突然

あんなことを言い出さなければ。。。

 

そして、リンポチェのお話会が、

良心的な金額でなければ(ここは重要 笑)

 

 

そこに「流れ」を感じなければ。。。

 

 

そういうことに関しては、わりと頑固だった私が、、、

自分からあんなに簡単に動くことなんて、

絶対になかっただろうな。。。と思う。

 

 

私の人生では。

 

こうやって新たな一歩を踏み出すときって。

いつも、こんな感じだった。。。

 

 

自分の意思で動いているという感覚は、、、

なんだか、薄くて。。。

 

 

エゴはただ。。。

流れを読んでいるだけ。みたいな。

 

そんな感覚。。。

 

 

なぜなら。。。

それは、向こうから勝手にやってくるから。。。

 

 

そして、後ろから何かに押されて、

前に飛び出してしまった時は。

 

とりあえず、行ってみるか(やってみるか)

 

・・・みたいな感じで、物事が動いていく。。。

 

 

 

だからいつも。。。

 

すべての出来事は、繋がっている。。。と。

 

そう感じてしまう。。。

 

 

あの出来事があったから、これが起こった。

これがあるから、あれが起こる。。。

 

・・・と、その繋がりを、どんどん

辿っていったとしたらきっと。

 

赤ちゃんの頃まで、辿り着けると思う。。。

 

もしかしたら。。。

赤ちゃん以前の、、、前世にまで。。。

 

 

今にして思えば。。。

 

奇跡のようにも思える、、、

スピリチュアル的なイベントへの初参加。。。

 

・・・という出来事。。。

 

 

ああいう一連の流れというものは、、、

 

自分の魂が、背中を押している時なのだろうなと。

 

 

いつも。。。

そんな風に感じてしまう。。。

 

 

********

 

 

のちのち、このリンポチェ以外にも、

チベットのお坊さん。。。ラマ僧たちには、

たくさん出会うことになっていくのだけど。。。

 

知れば知るほど、ラマ僧の人達が、、、

とても好きになっていった。。。

 

 

ラマ僧たちって、仏教のお坊さんだから、

もちろん真面目な感じではあるのだけど。。。

 

ガチガチに堅いわけでもなく。。。

 

なぜだかみんな、どことなく。

 

お茶目(笑)

 

・・・な感じがしてしまってね。

 

 

このお話会の時に会ったリンポチェさんも、

すごく穏やかで、静かで。。。

 

でも、どこか、ユーモラスで、

やっぱりちょっと、シニカルで(笑)

 

 

リンポチェは、、、

 

 

「仏教のある一派では、女性は悟れないと

言われているんです。

 

でも、大丈夫。

 

大乗仏教では、そんなこと言ってませんから、

安心してください」

 

 

・・・と言っていた。

 

 

会場に来ていたすべての女性達に対する、

リンポチェの「思いやりの心」をそこに感じて。

 

私は、その優しさに、感動していた。。。

 

 

そして。

 

「あなた方が今生、こんなに良い国に

生まれてこられたのは。。。

 

前世で善い行いをしたからなのですよ」

 

・・・とも言っていた。。。

 

 

これは。。。

 

仏教のお坊さんらしい言葉だな。。。と。

 

そんな風に思った。。。

 

 

 

今の私の記憶の中に、意外にも、

かなり鮮明に残っていたのは。

 

彼のこんな言葉。。。

 

 

ちょっと。

いたずらっ子の目をしてリンポチェは。。。

 

こんなことを言ってた。

 

 

「(中国の侵攻後)多くの仲間が

アメリカに亡命したけれども、

 

その人たちは、みんな。

豚になってしまいました」

 

・・・って。

 

 

この「豚」って言葉。。。

 

これは、ただ、たくさん食べて

太ってしまったよ。

 

・・・という意味だけではないのだろう。。。と。

 

私は、あの時思っていた。。。

 

 

仏教徒たちの中で、伝統的に。

 

「豚」が、どういうイメージで捉えられて

きたかを考えれば。。。

 

リンポチェが、その言葉に込めた意味。。。

本当は、何を伝えたかったのかが。

 

なんとなく、解るような気がした。。。

 

 

こんな皮肉でも。。。

 

それが、「批判」ではなくて。

「憐み」の心から出た言葉だったりすると。

 

聞いていて、気分が悪くなることもない。。。

 

 

リンポチェのとても優しい気持ちが。。。

 

そこから流れ出しているのを、、、

あの時も、すごく感じていた。。。

 

 

********

 

 

これから何年も後のことだけど。

 

 

ある時、ラマ僧たちと、実際にたくさんの

交流を持った経験のある人が、

こんなことを言っていた。

 

 

チベットのお坊さんたちはみんな。

普段は、「ただのおじさん」にしか見えなくて。

 

聞いても、あまりあれこれ

話してはくれないのだ。。。と。

 

 

ただ、彼らに一度認めてもらえると。。。

 

今までとは打って変わって、

いきなり、とんでもなく深いことを

話しはじめるんですよ。。。。

 

・・・と。

 

 

********

 

 

リンポチェのお話会が終わったあと。。。

 

私達三人は駅に向かい、そしてそこで、

長々と立ち話をしていた。。。

 

初めてリアルで会えたことが嬉しくて。

そして、楽しくて。。。

 

そのまま別れるのが惜しかったのだ。。。

 

 

相当長い間、そこで話していたのだけど、

もしあのまますぐに帰っていたら、、、

 

物語はまた、、、

違った展開になっていたのだろうと思う。。。

 

 

私達がそこで話していると、、、

 

ひとりの、見覚えのある女性が、

こちらに向かって、歩いてくるのが見えた。。。

 

 

********

 

 

つづく

気を許した異性と、1対1で、割と深い話をすると、

ほとんど必ずといっていいほど出る話が。。。

 

「男とは」「女とは」

 

・・・っていう話だと思うのだけど。

 

 

占い師の彼とも、

よく、そんな話をしたような気がする。

 

 

夫とも、よくそういう話はしたけどね。。。

 

いろんな男性から、いろんな話を

聞いてみたかったんだよね。。。

 

 

そうすれば、そこには、

「その人個人」の意見ではなくて、

「男性全体に共通した意見」というものが、

よく見えると思ったから。。。

 

 

私は、夫と暮らしていて、

日頃から、、、

 

「男の人って、どうしてこうなの?」

 

・・・と思っていたようなことを、

占い師の彼に、あれこれ訊いたりした。

 

 

それは。。。

 

長年夫と暮らすうちに。。。

そして、男の子を育てているうちに。

 

もう、だいぶ解っていたことだったけど。

 

 

男性と女性というのは。

まったく違う生き物だ。。。

 

・・・ということが。

 

いろんな男の人と、深く話せば話すほど、

確信に変わっていったりもした。

 

 

いつだったか、先輩ママが。

 

「結婚して、ましてや子育てをすると、

忍耐力が、かなり養われるよね」

 

・・・と言っていたけど(笑)

 

 

そうやって、まったく違う生き物同士が、

同じ屋根の下で暮らすのだから。。。

 

それはそれは。

忍耐も養われるだろうし。

 

 

そこでは、いろんなことが

学べるのも、当たり前だよね。。。

 

なんて思ったりもした。

 

 

 

『話をきかない男・地図の読めない女』

 

・・・というのが、昔、流行ったりもしたけど。

 

「男女の違い」

 

・・・についてをテーマに、自分とは違う生き物である

男の人と、あれこれ語り合うことは、

すごく面白いものだな。。。と。

 

そんなことを実感していた時、ふと。。。

 

 

だったら。

 

私はどうして、女性に生まれてきたのだろう?

どうして、母親になりたかったのだろう?

 

・・・と。

 

 

そんなことも、だんだんと、

気になるようになってきたものだった。

 

 

******** 

 

 

ホピの彼女と、主婦の彼女と一緒に、

リンポチェのお話会へと向かった。。。

 

 

ふたりとも、ネット上での印象と、

実際に会った時の印象にギャップは感じなかった。

 

それに、今までのこともあって。

会った最初からすぐに、打ち解けていた。。。

 

 

彼女たちは、ふたりとも。

私とは同世代だったし、住んでいる場所も、

みんな関東だったし。

 

同じように主婦で、子供のママで。

 

 

「精神世界」というキーワードを抜きにしても、

すぐに仲良くなれる要素は、たくさんある人達だった。

 

 

もし彼女たちと、最初に出会ったのが、

ネット上ではなくて、リアルの中でだったとしたら。。。

 

私はきっと、彼女たちとは精神世界の話など、

ましてや、アトランティスの話などすることもなく。

 

ただ普通に、気の合うお友達として

仲良くお付き合いしていたのだろうな。と。

 

そんな風に思っていた。

 

 

でも、、、

ネットを通して出会ったからこその、今か。。。

 

・・・と思ったら。

 

やっぱり、出会い方でもなんでも。

 

成るようにして成っているのだな。。。と。

 

そんな風に思った。

 

 

あの時の、お話会の内容は、、、

昔のブログに、詳しく書いてあったので。。。

 

その一部を、転載しておこうと思う。。。

 

 

********

 

 

リンポチェのお話会

 

 

 昨日は、都内の不思議な空間に、

チベットのリンポチェのお話を聞きに行きました。    

 

 

お話のテーマは「やさしい心」でした。    

 

 

極楽浄土に辿り着くための一番の近道は、

「やさしい心」を持つことだそうです。  

 

 

そして、やさしい心というのは、

「母親が子供に対して抱いている心」だと。。。    

 

リンポチェはお話されていました。。。    

 

 

 

母親が子供に対して抱いている心。。。    

それは、母親だけが持っているというものではありません。。。  

 

でも、至らない私は、子供を持つことで、

初めてそれを実感することが出来ました。。。  

 

だから、子供を持てたことには感謝なのです。。。    

 

 

昨日のリンポチェのお話からは、

私が最近思っていたこと。。  

 

 

「今生、私はどうして母親になることを選んだのだろう?」

 

ということに対するひとつの答え。。  

 

それを頂いたような気もしました。   

 

 

 「母親が子供に対して抱く心」というのは、

他者の喜び、苦しみ、そういったものを、  

まるで自分のことのように感じることなのではないかな?

 

って私は思います。  

 

 

子供が嬉しそうだと、私も嬉しい。。。  

 

子供が苦しんでいると、

自分の身が引き裂かれるように苦しい。。。  

 

自分のことはどうでもいいから、

子供の幸せを願ってしまう。。。  

 

 

こんな気持ちを子供だけでなく、

全ての他者に抱くことが出来たら。。。    

 

 

そして、リンポチェはやさしい心を持つためには、

「仏陀の真似」をすればいい。。とおっしゃっていました。 

 

 

最後の質問コーナーで、リンポチェに質問をしました。  

 

私は、日頃から思っていたことを聞いてみました。。。  

 

 

仏陀の真似をすること。。。  

 

もし、自分の嫌いな人が成功をした場合、

その時私の心の中には醜い感情。。。

「嫉妬」が浮かびます。  

 

でも、それを抑えて表面上では「おめでとう。」と

笑顔で言うことは出来ます。  

 

でも。。。

その感情そのものが湧きあがってくること。。。  

その感情そのものを止めることはまだ出来ません。  

 

私はまだまだ自分で自分に言い聞かせている状態。。。  

 

「フリをしている」だけなのです。。。    

 

 

演技の優しさでも、それを投げれば

相手からは「愛」が返ってくることは、実感しています。。。  

 

そしてその愛で、私も本当に優しくなれるのです。。  

 

でも。。。この「フリをすること」。。。

これでもいいの??って、ずっと思っていました。。。

 

 

これをリンポチェに聞いてみたのです。。。    

 

リンポチェはおっしゃっていました。    

 

 

「例えば、相撲取りは、生まれた時から相撲取りではない。。   

お母さんのお腹にいたときは相撲取りではなかった。。。   

でも、訓練を重ねてだんだんと立派な相撲取りになっていく。。。   

 

 

心も同じです。。。

 

 

心の訓練を重ねれば、

いつかは立派な心になっていくのです。   

 

だから、それでいいんですよ。」

 

 

リンポチェのお話は、私を心から納得させて下さいました。  

 

彼の言葉だけでなく、彼から漂ってくる

「何か」が私を納得させて下さいました。

 

 

********

 

 

あの時は本当に、、、

リンポチェのあの言葉に、心から

納得したのを覚えてる。。

 

 

でも、のちのち。

 

私の気持ちも、いろいろ変わっていったけど。

 

それもまた、先の話になる。。。

 

 

 

思うに、女性は。。。

 

もしかしたら、私だけかもしれないけど(苦笑)

 

 

「その人が何を話しているのか」ではなくて、

「その人の発しているエネルギー」のほうを、

無意識に、重要視しているような気がしないでもなく。

 

 

あの時、あのリンポチェの言葉に対して、

私が素直になれたのもきっと。

 

リンポチェから漂ってきていたエネルギーが、

私には、心地よかったからなのだろうと思う。

 

 

 

もし、リンポチェと、まったく同じことを

言っている人がいたとして。。。

 

でも、その人から漂うエネルギーに対して、

無意識にでも、「なんか、イヤ」と感じたとしたら。

 

その人が口で何を言っていようとも。。。

 

話の内容云々の前に、

生理的に、シャットアウトしてしまうだろうと思う。。。

 

 

どんな波長が、心地良いのか。

心地よくないのか。。。というのは。。。

 

その時の自分の状態によって。

 

いろいろ、変わるけどね。。。

 

 

********

 

 

つづく

何の知識もなく、なんの準備もなく、

ああいった覚醒体験が起こったとしても。

 

それで、気が狂う。。。とか。

廃人になる。。。とか。

 

そんなことは、ないだろう。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

私自身が、そうだったから。。。

 

 

あの意識の中に、すっぽりとおさまった時は。。。

自分が、元に戻った感覚しかないし。

 

今まですっかり忘れきっていたことを、

「あぁ、そうだった」と思い出すだけなのだし。。。

 

 

ただ、その意識になりきる、ほんの一歩手前に。

とんでもなく深い、「闇」のようなものが

あるのだろうな。。。ということは。

 

なんとなく、実感している。。。

 

 

なぜなら、あの時。。。

 

あの、学校のコミッティーの彼女の顔が

浮かんで、我に返りかけた時。。。

 

私は、ものすごい、恐怖を感じたから。。。

 

 

あの恐怖を感じていたのは、間違いなく

「人間Lyrica(エゴ)」だったけど。

 

エゴは、、、

自分が消えてなくなってしまう恐怖を。

 

自分が死んでしまう恐怖を。

 

そこで、感じていたのだと思う。。。

 

 

エゴにとっては、それは。。。

とんでもない、恐怖だ。。。

 

 

私の場合は、偶然、一足飛びにそこを超えて、

気づいた時には、「すべてである私」の

意識に入っていたけど。

 

 

たとえば、なんらかの方法があって。

意図的に、段階的に、そこに入ろうとした時は。

 

もしかしたら、あの「闇の膜」が。

 

そこに立ちはだかってしまうことも、

あるのかもしれない。。。

 

 

もし、私がそういう順番で、道を辿っていたとしたら。。。

 

もし。。。

あの「死」という、通過ポイントを、

しっかり踏んでから、「源の意識」に入りこむ。

 

・・・という、順路をまともに辿っていたとしたら。

 

私は多分、あそこで引き返していたと思う。

 

 

あんな怖い思いをしてまで、

その先に進みたい。。。なんて。

 

そんな風には、絶対に思わなかったと思う。。。

 

 

私には。。。

あの恐怖に、立ち向かう勇気は。

おそらく、、、ない。

 

 

だからこそ。。。

 

何の準備もなく、そこに向かうのは危険だ。と。

 

そう考える人がいるのも。

 

なんとなく、解る。

 

 

心の弱い人が、なんの準備もなくあの道に向かったら、

精神的に、おかしくなることもあるかもしれない。。。と。

 

 

私は。

そう思うから。

 

 

********

 

 

OSHOの彼は。。。

 

「弟子にならないと、教えられないこともある」

 

・・・と、そう言っていたけど。。。

 

 

あの頃は世の中でも、彼のこの言葉とは、

まったく真逆の流れが起こっていた。。。

 

 

あの頃は。。。

 

「これまで隠されてきたもの」が、

どんどん、公開されはじめた時代でもあった。。。

 

 

「インターネットの出現」という現象は、

そのことを象徴的にあらわした、

とても、解りやす出来事だったと思う。

 

 

本当に、長い間隠されていた様々なものが、、、

白日の下にさらされていったけど。。。

 

宗教的、精神的な世界でもまた、

そういう流れが起こっていた。。。

 

 

それまでは、伝統的なコミュニティの中でのみ、

密かに語り継がれてきた教えが。。。

 

広く、一般の世界に流出することになった。。。

 

 

あの頃の私は。

そういう流れを観察しながら。。。

 

 

こういう現象が起こるということは。

 

多くの人達に、それを受け取る準備が

出来たからなのだろう。。。と。

 

そんな風に思っていた。

 

 

あの頃は。。。ね。

 

 

********

 

 

占い師の彼は、、、

 

「私は、OSHOの彼とも、

前世で会っていたんですよ」

 

・・・と。

 

そんな風に言いきっていた。

 

 

私は、、、

 

「出会う人は、みんな何かしらの縁がある」

 

・・・とは、本当に思っていたけれども。

 

そんな風に言いきれるほど、自信をもって

何かを見たわけではないし。

 

そのあたりは、もう。

保留しておくしかなかった。

 

 

でも。

 

フォーラムの彼女と、初めてヴィジョンが

シンクロした時は。。。

 

なぜ、こういうことが起こるのだろう。。。と。

あれこれ分析したりする冷静さがあったし。

 

 

主婦の彼女や、少女のような彼女たちと、

アトランティス話に花を咲かせていながらも、

 

「こういう話で、暴走してはいけない」

 

・・・と、自分に言い聞かせながら、

どこかそこに、一線を引いている自分がいたけど。

 

 

でも。

 

占い師の彼と話していくうちに、、、

 

そういう分析や観察をする余裕もなくなるほど、

次から次へと、いろいろ起こりはじめるし。。。

 

同時に、新たな記憶?が思い出されるし。

 

・・・の連続で。

 

 

これはもう、あれこれ抵抗してないで、

そのまんま受け止めてしまったほうが、

話は早いのではないか。。。と。

 

そう思うようになった。

 

 

そして多分。

 

私が占い師の彼のことを、人として、

尊敬していたから。

 

・・・というのも、そういう風に思うようになる、

ひとつの要因でもあったのだと思う。

 

 

 

もし、本当に前世というものがあって。

 

そして、様々な前世で何度も出会っていて。

更に、より魂が近かったりする人と出会ってしまうと。

 

こういうことが起こったりするのだろうか。。。と。

 

そんな風に思ったりもした。

 

 

そうやって、掘り起こされていく記憶の中に、

あの、OSHOの彼も、やっぱり出てきて。

 

やたら鮮明に見えたその姿形を、

占い師の彼に伝えると、彼は。。。

 

「やっぱり、そうでしたか」

 

・・・と、言っていた。

 

 

OSHOの彼本人にも、いちお。

それを伝え、そして訊いてみた。

 

「身に覚え、あったりする?」

 

・・・と。

 

 

すると彼は。

 

「その記憶は、自分はまだ捉えていない」

 

・・・と言っていたけど、なぜかそれに加えて。

 

「僕は前世で、マスターと一緒に、

チベットにいました」

 

・・・と言っていた。

 

 

なぜこの人は、、、

ここで急にチベットの話をする???

 

・・・と思いつつ(笑)

 

チベットのあの香りは、私も大好きだけどね。と。

 

以前読んだ、チベットのリンポチェの本のこと。

「ゾクチェン」のことを、懐かしく思い出していた。

 

 

その日だったか、その翌日だったか。。。

 

アトランティス話をいつも話したりしていた、

あの主婦の彼女が。。。

 

突然、こう言った。。。

 

 

「都内で、チベットのリンポチェのお話会が

あるそうなのだけど。

 

なぜか、行かないといけない気がするので、

急だけど、行ってきます!」

 

・・・と。

 

 

彼女は、フワフワ話にのめり込んでいながらも、

でも、主婦であり、子供たちのママでもあることから、

一方では、とても現実的な人でもあり。

 

まぁ、女性って。

みんなそうなのかもしれないけど(笑)

 

 

だから、そういう、スピリチュアル系のイベントに、

あれこれ行きまくるような人ではなかったのだけど。

 

なぜだかあの時だけは、急に、

「行ってくる!」なんて言い出すので。。。

 

私はすごく、びっくりした。

 

 

あぁ、でも、今思い出したけど。。。

彼女はものすごく、直感が鋭い人だったな。。。

 

 

だから私は、びっくりしながらも。。。

 

彼女のその言葉を聞いた時は、

もう、間髪入れずに。

 

 

「私も一緒に行く!」

 

 

・・・と言っていた。

 

 

なぜならそこに、「流れ」を感じたから。。。

 

 

この時は、私自身が、何かに、

「呼ばれている」のを、強く感じたから。

 

これは、行かないとダメだ。と。

 

そう思ったの。

 

 

すると、私たちのその会話をみていた、

あの、ホピの彼女もまた。

 

「私も行くー!!」

 

・・・と言いだし(笑)

 

 

私達は三人で、そのお話会に

参加することになったのだった。。。

 

 

そのお話会は、その出来事の翌日か、

その翌日だったか。くらいの。

 

本当に急な話だったのだけど。

 

そういう時というのは、いつも。

話はすんなりまとまるし。

 

物事は、スムーズにいくものだよね。。。

 

 

 

その頃の私はもうすでに。

 

「ネット上の人とは深入りしない」云々は。

 

どうでもよくなっていた(笑)

 

OSHOの彼に会ったことで、

そのポリシーはもう、完全に崩れ去っていたから。

 

 

だから、何の抵抗も感じることもなく。。。

 

彼女たちに会うことが出来た。。。

 

 

********

 

 

つづく

「占い師の彼」もまた。。。

 

強力な「アンカー」であり、

「ストッパー役」をやってくれた人だった。。。

 

 

 

「そこで止まってはいけない」

 

「弟子にならないと、教えられないこともある」

 

 

・・・という、OSHOの彼からの言葉。

 

その言葉に、、、

当時の私は、とても混乱していた。

 

 

19歳の時のあの体験で観たものは、、、

 

私にとって、唯一信じられる完璧な真実で。

 

それが、あの時以来ずっと、

私の根幹にあったもので。

 

 

だから、あれ以上先があるなんてことは、

とても信じられなかった。

 

 

けれども私は。。。

 

それこそ、マスターや師のもとで、

指導を受けながら修行し、悟ったわけではなく。

 

それは、本当にただただ偶然に

起こったものであり。。。

 

 

そして、あの時自分に何が起こったのかということが、

自分の中で、やっとクリアになったのも。

 

そこからほんの、数年前の出来事で。

 

 

つまり、当時の私には、「体験」はあったけれども、

「知識」というものがまったくなかったせいで。

 

 

「それは違う」とか。

「もっと先がある」とか。

 

 

そういう風に、ああいう人に断言されたことで。

 

どんどん、自信がなくなってきてしまっていた。

 

 

 

だから。

 

当時、OSHOのことは、

何も知らなかったにも関わらず。

 

 

もし、OSHOの弟子になったとしたら。。。

 

今の自分の中にある、このモヤモヤが、

解決したりするのだろうか?と。

 

 

そんなことを考えるようになったりした。

 

 

でも、弟子になるって、一体どういうこと?

 

私は今、OSHOに対して、そこまでの

情熱を感じていないのに。

 

しかも、そのOSHOはもう、

今はこの世にいないのに。

 

何を教えてもらうというのだろう?

 

 

しかも。

 

言葉で説明なんてできない「すべてである私」を

超えた先に、もしかしたらあるかもしれないものを。

 

誰かから教えてもらうことなんて、

出来るのだろうか?

 

 

弟子になった人だけが、

知ることが出来る真実?

 

 

本当に、そんなものがあるの???

いや、あるはずないだろう。。。

 

でも。。。

 

・・・と。

 

そんなことで、頭はグルグルになっていた。

 

 

 

そんな中。。。

 

 

それと同時進行で、あの占い師の彼と、

毎日、怒涛のメール交換をするようになっていて。

 

 

今思うと、あの時彼とメールをするようになった

タイミングというものは、もう、本当に、

完璧な流れだったのだな。。。と。

 

感動してしまうくらいなのだけど。。。

 

 

そうやって、占い師の彼と対話をしていたからこそ。

 

私は、自分の頭の中のグルグルに。。。

そういう混乱に、完全に飲み込まれてしまうことなく、

自分を完全に見失うことなく。

 

自分にとっての、正しい選択をすることが

出来たのだろうとも思う。。。

 

 

ちゃんと、冷静になって。

じっくり考える。

 

 

・・・ということを、完全に放棄せずに

すんだのだろうと。

 

 

********

 

 

この、魂が起こすドラマというものはそうやって。

常に完璧に起こっているものだとも思う。

 

 

ドラマ上で関わるソウルメイトたちが、、、

その同じ出来事を通して、まったく同じことを学ぶかといったら、

そういうわけではないけれども。

 

 

でも、それぞれの魂たちが一緒に協力して起こすドラマは、

それぞれが見事に絡まって、ひとつのシーンを作っていて。

 

そのシーンには、、、

そこに関わったどの人にとっても、

必ず、大切なメッセージが含まれるように

創られている。

 

 

だから。。。

 

どんな人に会っても、どんなことが起こっても。

 

関わる相手は、全員がソウルメイトだし、

その全員が私に、大切な何かを運んできてくれる

マスターでもある。。。

 

・・・と。

 

 

そんな風に思っていたりする。。。

 

 

********

 

 

占い師の彼とも。。。

 

実は、例のヴィジョンの話をたくさんしていた。

 

彼はそれを、「アトランティス」ではなくて、

「ムー」なのでは?と思っていたらしい。

 

 

あの頃はそれを、レムリアだとか、

シリウスだとか。

 

いろんな人がいろんなことを言ってたけど。

 

 

私はそのあたりは、

自分ではよく解らない。

 

 

「アトランティス」と呼んでいる人が多かったので、

私もそう呼んでいるだけで。。。

 

 

実際のところは。

今でも、解らない。

 

 

 

占い師の彼とも、話せば話すほど、

やっぱり、いろいろとヴィジョンは一致していき。。。

 

不思議な気持ちになった。

 

 

彼が、私と話し始めた最初の時に、

こんな風に言っていたのを覚えてる。

 

 

昔、自分もあの体験で、もう少しで

現実逃避しかけた。

 

心の準備を大きく超えて、ああいう体験をすると、

どうしても気持ちがそちらに向かってしまい、

自分を見失う結果になる。。。

 

そして、それを取り戻すのに、

大変な苦労をしなければならなくなる。。。

 

自分は今ですら、尾を引いているから、

見ていて、心配していた。

 

・・・と。

 

 

彼のこの言葉を聞いて、

かえって私も、安心したのを覚えてる。

 

 

私は、その場の雰囲気とか集まる人に

自分のノリを合わせてしまうところがあるから。

 

彼の目には。

私が、そのヴィジョンに夢中になっている、

フワフワした人に見えていたのかもしれない(苦笑)

 

 

でも、個人的に深く話しこんでいくうちに、

彼の私に対する印象も。。。

 

最初とはだいぶ、、、

変わっていったような気がする。。。

 

 

 

フワフワノリが、悪いとは思っていない。。。

 

その人にはその人の。

生き方があるからね。

 

 

でも私は、そういうノリの中だと、

少し、息苦しさを感じるタイプで。。。

 

 

だからあの時の、占い師の彼の

ああいった発言や態度は。

 

そんな私に、「この人になら話しても大丈夫だ」

という安心感を抱かせたし。

 

 

だからこそ、私たちは。

 

安心して、お互いの見たヴィジョンについて、

あれこれ語り合うことができたのだと思う。

 

 

 

そして、そうやって長い間語り合ううちに、、、

 

あまりにもたくさんのことが、

一致していくうちに。。。

 

 

私もとうとう、、、

考えを改めるようになってしまった。

 

 

 

それまで、本当に長い間、、、

 

「前世はない」

 

・・・と、思い続けてきた私だったけど。。

 

 

「あぁ。。。あるんだね、前世って。

ハハハ(泣笑)」

 

 

・・・みたいに(笑)

 

 

なんというか。

 

もう、笑うしかないくらいの心境というか。

 

これはもう、「前世はある」と考えたほうが、

自然だよね。。。と。

 

 

だんだんと。

そんな風に思うようになっていった。

 

 

 

・・・と同時に。。。

 

だとしたら、人は死んでも、、、

「すべてである私」に還ることは出来ないの?

 

・・・という、新たな疑問が生まれることにもなった。

 

 

********

 

 

占い師の彼はある意味、私に、様々な「知識」を

授ける役割も持っていた人のような気がする。

 

彼は本当に、知識が豊富な人だった。。。

 

 

彼のお母さんは、イタコで。。。

 

そのせいか、彼もまた。。。

そういう「質」を持っていた人でもあり。

 

だから、知識だけでなく。

経験も豊富だった。。。

 

 

 

私は。。。

それまでにも、様々な精神世界系の本を

読んだりはしていたけど。

 

でも、そういう本を読んでも、、、

その内容にのめり込むことは、ほとんどなく。

 

つまり、そこまで関心を持てなかったの。

 

 

なぜなら、私の深いところにはいつも。

 

「すべては幻想」

 

・・・というものがあったから。

 

 

だから、その当時はまだまだ。

 

その「幻想世界の法則」には、

興味が持てずにいた。。。

 

 

でも、彼からいろんなことを

教えてもらっていたら。。。

 

自分でも気づかないうちに、、、

そういうことに、興味が湧いてきて。。。

 

 

例えば、「占星術」なんかもその一例で。

 

昔、、、西洋魔術の世界に興味を持った頃。

少しだけ覗いて、すぐに放り投げた占星術の世界。

 

その世界に再び関心を持ち始めたのも、

あの頃だったと思う。。。

 

 

私は、、、

彼とああやって話をするまでは。。。

 

「すべてである私」の視点と、

「人間Lyrica(エゴ)」の視点からしか、

世界を眺めていなかった。。。

 

そして、そのどちらの視点にとっても。

 

「幻想世界の法則」というものは、

そこまで重要ではなかった。

 

 

でも、その両者ともまた違った視点が、

そこにあることを知り。。。

 

それはきっと、「魂の視点」なのだと思うけど。

 

 

そういうことを深く理解していくうちに。。。

 

気づけば、自分の中に強烈にあった、

「すべては幻想」という思いよりも。

 

「幻想世界の法則・仕組み」の中で、

物を考えることが多くなってきていた。

 

 

私が、「カルマ」なんて言葉を

使うようになったのも。

 

彼の影響だ。。。

 

 

でも、そういうものを知ることも。。。

私には必要なことだった。。。

 

・・・ということも、今は解る。。。

 

 

そうやって、彼に授けてもらった「知識」は。

 

その後。

私にとってはある意味、「諸刃の剣」となり。

 

 

その剣によって、慢心しそうになることもあったし、

法則や正義にとらわれ過ぎて、

肝心なところを忘れそうになったりもした。

 

 

剣を得たことで。

かえって何度も、「落とし穴」に落ちた(苦笑)

 

 

でも今にして思えば。。。

そうやって、始まっていったのだと思う。。。

 

 

その、手渡された諸刃の剣を、

上手く使いこなせるようになるために。。。

 

 

単なる「知識」でしかないものを、

自分自身の「智恵」に変えていく。。。

 

・・・という学びの過程は。

 

 

********

 

 

そんな占い師の彼はね。。。

ある時、こんな風に言ってくれたの。。。

 

 

「Lyricaさん。この世界に隠された真実など、

ありませんよ」

 

 

・・・と。

 

 

この言葉もまた。。。

 

あの頃の私の胸に、深く届いた言葉だった。。。

 

 

********

 

 

つづく

「絵描きの彼」と出会ったのもまた、

ブログ上だった。

 

 

主婦の彼女には、お友達がいて。。。

その人もまた、ブログを書いていた。

 

私もそのうち、そのお友達のブログに

遊びに行くようなり、仲良くなっていった。

 

 

そのお友達の彼女は、たしかまだ、

若い子だったと思うのだけど。。。

 

私のイメージでは、繊細で夢見がちな人。。。

とてもはかなげな、少女のような人。。。だった。

 

 

そしてその彼女は、その頃、、、

主婦の彼女以上に、アトランティスのヴィジョンに

翻弄されていて。。。

 

彼女もまた、私に関するヴィジョンを見た。。。と。

 

いろいろお話してくれたりもした。

 

 

あの時彼女がね、、、

 

「Lyricaさんは、ポセイドンの妻だった」

 

・・・と言っていて。

 

私はその時は、ほとんど聞き流し、

その後、すっかり忘れ去っていたのだけど。

 

これがまた、それから10年近く経った後に、

多少、ひっかかってくることになり、

面白いものだな。。。と思ったことがあった。

 

それはまた、ものすごく先の話になるのだけどね。

 

 

その、少女のような彼女の知り合いだったのが、

「絵描きの彼」だった。。。

 

 

あの頃はそうやって、ブログを通して、

お友達の輪がどんどん広がっていった頃で。。。

 

私は、絵描きの彼とも、すぐに仲良しになっていった。

 

 

********

 

 

彼は、自分の体験を物語風にして語る、

「ストーリー・テラー」だな。。。と。

 

そういう印象を持った。

 

 

そして彼のブログには。。。

 

水彩色鉛筆を使って、彼が描いた。。。

とても素敵な絵が、いつも添えられていて。

 

私はその絵も、とても好きだった。

 

 

彼のブログ上では、

宗教やスピリチュアルに関することは、

まったく触れられていなかったけど。

 

でも。

この人はおそらく、いろんなことを

解っている人なんだろうな。。。

 

みたいな。

 

そんな印象を、私は彼に感じていた。

 

 

彼のブログから漂ってくる匂いも。。。

とても心地が良くて。。。

 

 

そしていつしか。

絵描きの彼とも、メールの遣り取りを

するようになっていった。。。

 

 

********

 

 

先日、時系列を確認するために、、、

ものすごく久しぶりに、昔のメールを読んでみた時。。。

 

そこには、当時の彼からのメールもあり。。。

 

その頃の遣り取りを読み直して、

今の私が感じたのは。。。

 

 

私はあの当時、、、

この、絵描きの彼と話していた時が、

一番、「素のまま」だった。。。

 

・・・というか、自然体だったんだな。。。

 

 

・・・ということで。

 

 

何も飾らない自分。。。みたいなね。

 

 

そして、それはきっと。

 

彼が私のことを、

ほぼ完璧に、見抜いていたからだろうと思う。

 

 

彼が思う、「Lyricaさんってこういう人」というものと、

私が自分に対して、「私ってこういう人」と思っているものが、

ほぼ完全に、一致していた。。。

 

 

「私ってこういう人」というものは、、、

それ自体が、時の経過で変化していくものだけど。

 

その、「幻想の私」に対してだって、

普通、人は、「自分フィルター」というものを

通して観察するものだから。。。

 

そこには、いつも、ズレが生じる。。。

 

 

「私ってこういう人なの」と思っていても、

他人は、「あなたってこういう人だよね」と、

まったく違う像を、そこに映し出していることが常で。

 

そのズレが時に、トラブルのもとになったりするけど。

 

 

絵描きの彼の場合は、、、

そこに、そういう「ズレ」を、全く感じなかった。。。

 

 

私が、「これが私」と思っている「像」を。

見事に見抜いていた。

 

 

その観察力、分析力、そして感受性。。。

 

本当に、すごいなぁ。。。と思った。

 

 

そして。

世の中には、こんなに鋭い

男の人っているんだ。。。と。

 

そういうところに、私はすごく感動していた。

 

 

 

そして、そんな彼は、私のことをいつも。

 

「ちっちゃいね~、Lyricaちゃんは」

 

・・・って言ってたっけ(笑)

 

 

 

彼は、こうも言っていた。。。

 

「自分には、相手の心が透けて見える」

 

・・・と。

 

 

これは、決して嘘ではないな。。。

本当のことだ。。。

 

・・・と、私もそう思った。

 

この人は、、、そうなんだろう。。。と。

 

 

そして、彼のそういうところは。。。

 

私と、まったく同じだな。。。と。

 

そんな風にも思っていた。。。

 

 

********

 

 

これは、のちのち解ったのだけど。

 

絵描きの彼と私には、ある共通点があったの。。。

 

 

それは、月星座が乙女座。。。

 

・・・ということ。。。

 

 

 

乙女座というのは、、、

繊細で、鋭くて、分析力があって。

 

だから。

いろんなことを見抜きやすいのだけど。

 

そういうエネルギーが、「無意識」に関係する

月星座にあったりすると。。。

 

やっぱりこうやって。。。

 

無意識に。。。

人の心が透けて見えてしまうのだろうか。。。と。

 

そんな風に思ったりもした。。。

 

 

そして乙女座というのは。。。

繊細なくせに、シニカルなところがあるから。

 

だから、私たちはよく。。。

 

「あなたって、ホント、意地悪だよね~♪」

 

「それは、お互い様だよ~^^」

 

・・・みたいな会話を、よくしてた(笑)

 

 

私が自分のこの「意地悪さ」を、

いかんなく(笑)発揮できる相手。

 

・・・というのは、滅多にいなくて。

 

下手をすると、ものすごく誤解されるので、、、

かなり、相手を選ぶ。。。というか。

 

それだけ、心を許した相手でなければ、

なかなか、出来ないのだけど。

 

 

でも、絵描きの彼は。。。

 

私がかなり強めに、それを出してみても。

それを理解して、楽しめる人だった。。。

 

 

シニカルさの奥にある、密かな心遣いにも。

ちゃんと、気づいてくれる人だった。

 

 

********

 

 

あの頃の私には。。。

 

あの、少女のような彼女は、

ヴィジョンに翻弄されすぎて、多少、

フワフワしてしまっているようにも見えていた。。。

 

主婦の彼女は、もう少し、地に足がついている

感じはしたけれども。。。

 

でも彼女たちからは、、、

アトランティスのことに、自ら巻き込まれることで。。。

 

現実逃避をしているような。。。

 

そんな印象を受けていた。。。

 

 

それでも、人としては良い人たちばかりだったし。

私も、彼女たちのことは決して嫌いじゃなかったし。

 

それに、魂的にはご縁がある人達なのだと、

それは、感じていたから。。。

 

私には、暴走に見えてしまうそういう話にも、

しばらくは、付き合ったりしていたけど。

 

なんとなく。。。

日に日に、その暴走が激しくなっていくような、

そんな感じがしてきたので。。。

 

 

これは。。。どうしたものか。。。と。

 

 

すべてを見て、知っているけど、

でも自分はアトランティスの話に関しては、

完全蚊帳の外であった、絵描きの彼に。

 

訊いてみたことがあった。。。

 

 

「今の、こういう状態って、、、

あなたは、どう思う?」

 

・・・と。

 

 

そこに巻き込まれていない、、、

第三者の視点からの意見を、

訊いてみたかったの。

 

 

 

 

私のその問いに対して。。。

絵描きの彼は、こういうお話を返してきた。。。

 

 

「昨日、僕の嫁さんが、こんな話をしてきたんだ」

 

・・・と、そう前置きしてね。

 

 

それは、ジョン・レノンの話だった。。。

 

 

********

 

 

ジョンとヨーコが、朝ご飯を食べていると、

ヨーコが外を見ながら言った。。。

 

「ねぇ?ジョン。昨日の夜から、

庭に変な人が居るのよ」

 

・・・と。

 

 

 ジョンは、すぐに外に出て行って、

そこにいた男の人に話しかけたのだそう。。。

 

 

 すると、何日も前から、

自分はここにいたんだ。。。と。

 

その人は答えた。。。

 

 

 ジョンは、その人を招きいれて、

朝食でも、一緒にどう?とすすめた。

 

その人の体は冷え切っていて。。。。

 

だからジョンは、彼に熱いコーヒーを

手渡してあげた。。。

 

そのコーヒーを受け取ると、

その人は、こう言ったのだそうだ。。。

 

 

「あなたの歌を聴いて、その歌詞に書かれた

内容に感銘を受けてあなたに逢いに来たんだ」

 

・・・と。

 

 すると、少し黙った後、ジョンは静かに、

こう答えた。。。

 

 

「あれは『歌』なんだ。現実の僕とは違う。。。

歌の世界なんだよ。。。」

 

・・・と。

 

 

********

 

 

絵描きの彼は、「ストーリー・テラー」だからね。

こういう形で私に、伝えてくることが多かった。

 

 

でも、これを聞いた時私は。。。

 

「あぁ、この人(絵描きの彼)は本当に、、、

よく解っている人だ。。。」

 

・・・と、そう感じていた。。。

 

 

 

あの頃の彼もまた、、、

少し前までの私のように。

 

リアルとネット上を、きっちり分けて

考えていた人なのだろうと思った。。。

 

 

ブログやメール上の私と、、、

リアルの私は違うのだ。。。ということも。

 

最初からちゃんと、承知していたのだろう。。。

 

 

そして彼自身は。。。

そこは完全に割り切っていて。

 

ネット上では、役を演じることに徹していた。。。

 

「みんなの心の中にある、魔法の世界の住人」

 

・・・という役を。

 

 

まるで、夢を売っている。

芸能人のように。。。

 

 

今にして思えば。。。

そういう在り方を貫こうとしていた人がよく。。。

 

メールで、あそこまで、

いろいろ話してくれたものだ。。。と。

 

今更ながら、そういうことが、嬉しいね。。。

 

 

 

あのOSHOの彼と、出会うことで。。。

 

自分にとって、何が本当の現実なのか。。。

 

自分が本当に進むべき道とは?

 

・・・みたいなことが、

よく解らなくなりそうになってきていた時に。。。

 

 

こういう、絵描きの彼がそばにいてくれたことは、

本当に、ありがたいことだったと思う。。。

 

 

********

 

 

OSHOの彼との間の流れはすべて、

夫には、相談していた。。。

 

 

あの時、夫は。。。

私の話は黙って聞いていてくれたし、

何も質問してこなかった。

 

そして私の行動にも、何も干渉してこなかった。

 

 

私は、家族を捨てて出家する。。。

なんてことは、微塵も考えていなかったし。

 

今の形を壊す気は、まったくなかったけど。

 

 

でももし、そうなったとしたら。。。

 

その時夫は、どう思うのだろう?と。。。

 

それを彼に、直接訊いてみたの。。。

 

 

すると夫は、こう答えた。。。

 

「どんな答えであっても。。。

ママ本人が、正しいと思ったことならば、

それを止めることは、誰にも出来ないよ」

 

・・・と。

 

 

そこには、言葉では書ききれない、

「その場の雰囲気」というものがあり。。。

 

夫は、私の話を聞きながら。。。

 

そこにある言葉以上の何かも、、、

いろいろと、感じ取っていたのだろうと思う。。。

 

 

そして彼は。。。

「決断」は、完全に私に委ねていた。。。

 

 

 

絵描きの彼には、あの時、、、

詳しい事情までは細かく語らなかったけど。。。

 

でも、夫とのこういう会話の経緯を

サラッとだけ話したら。。。

 

叱られた(苦笑)

 

 

「Lyricaさん。。。この人は、もう完全に、

あなたのことを信頼しきっている人だよ。

 

そういう人に、そんなセリフを言わせてはダメだよ」

 

・・・ってね。

 

 

そうやって人から諭されたりすると。。。

 

どうしても納得できない時は、

逆ギレするときもあるのだけど(苦笑)

 

 

でも、あの絵描きの彼のあの言葉は、、、

ストレートに、胸に届いて。。。

 

 

「あぁ、、、ありがとう。。。

そう言ってくれて、本当にありがとう」

 

 

・・・と、心から、そう思った。。。

 

 

そしてその時、絵描きの彼が。。。

 

夫の代わりに、「ストッパー役」を

やってくれているような気がした。。。

 

 

********

 

 

つづく

OSHOの彼と、再び会った日。

 

その日は、何を話したのか、

本当に、さっぱり覚えていないのだけど。。。

 

「じゃあ、さよなら」

 

・・・と、普通に別れ、そのあと、ひとりで

街をブラブラしようとしていたら。。。

 

いきなり、全身の力が抜けた。

 

すごく、、、びっくりした。。。

 

 

フラフラして、立っていられないくらい

だったのだけど。。。

 

なんとか、根性でベンチまで辿り着き。

そこに、倒れこんだ。。。

 

 

その日はそれまで、

どこも体調は悪くなかったのに。

 

本当に急に、それは起こったの。。。

 

 

そして私は、直観的に。。。

 

「これは、あの人に関係してる」

 

・・・と感じて、すぐさま彼に電話をして、

戻ってきてもらった。

 

 

あの頃はまだ、エネルギーのことなどは、

全然理解していなかった頃だったけど。

 

なぜかあの時は、、、

今、自分に起こっていることが、そういう、

エネルギー的なものであることが。

 

不思議と解った。。。

 

 

しばらくして戻ってきた彼も。。。

すぐに、状況を理解したようだった。。。

 

「自分と会って、こういう風になった人は、

初めてだ」

 

・・・と、呆然としていた。

 

 

もちろん私も。

呆然となった。。。

 

 

でも、彼が戻ってきて少しすると、

案の定、身体に力は戻ってきて。

 

まるで、何事もなかったかのように、

普通に戻った。

 

 

そのあとも、何かを話していたけど、

やっぱり、ほとんど覚えていない(苦笑)

 

ただ。

そんな中ひとつだけ、

記憶に残ってる彼の言葉がある。

 

多分、「悟り」の話をしていたのだと思うけど。。。

 

 

「それは、『感覚』ではないんだよ。

完全な『無』なんだって、言っていたよ」

 

・・・ってね。

 

すごく、真剣な顔をして。。。

 

 

おそらく彼は。。。

 

それが、起こった時の状態を、、、

マスターか誰かに、聞いたのだろうな。。。と。

 

そう思いながら、彼の話を聞いていた。

 

 

でも、心の中で私は、、、

こう呟いていた。

 

 

「だから。。。今まで何度も、

それを書いてきたつもりなんだけど」

 

 

・・・ってね(苦笑)

 

 

言葉にできないものを、

言葉で表現しようとするとき。

 

その「言葉選び」には、

いつも悩む。

 

 

でも、どんなにその言葉を

「厳選」したところで。

 

どうしたってこうやって、、、

誤解が生じてしまうものだ。。。と。

 

 

あの時、、、

しみじみ感じていた。。。

 

 

********

 

 

実際に、悟り体験をすると。。。

 

その瞬間、全てが幻想であることを、

完全に理解する。

 

そして、本当は。

 

永遠であり一瞬であり、、、

生まれることも死ぬこともない、

「すべてである私」しか、

実在していないことを知る。

 

 

だからこそ私は。。。

 

今、こうして人間でいられることを、

愛おしいと思っていた。

 

 

その、「Lyricaとしての私」という感覚は。

「個としての私」という感覚は。

 

本当は、ただの錯覚でしかない。

 

でも。。。

それがまるで、本物であるかのように

感じられることって。

 

自分は、「Lyricaというひとりの人間である」と、

こんなにリアルな実感を持って、

思い込めていることって。

 

ものすごく、貴重なことだ。。。と。

 

ずっと、そう思って生きてきた。

 

 

だから。

 

人間でいられる(と思えている)今を、

思う存分、堪能したい。。。と。

 

そう思ってきた。。。

 

 

堪能する。。。というのは、、、

 

享楽に溺れるのではなくて。。。

現世的な成功を求めることでもなくて。

 

 

ただ、自分に起こる出来事ひとつひとつを、

 じっくりと、かみしめるように。。。

 

大切に体験して。。。

 

 

そして、その体験を通して、、、

 

幻想であるこの「エゴ」を。。。

 

この、幻想世界の法則にのっとって、

大事に大事に育ててあげること。

 

魂と同じレベルにまで、

成長させてあげること。

 

 

その魂ですら。。。

 

本当は、幻ではあるけれども。

 

 

でも。

 

そういうことも、今。

 

「自分は人間以外の何者でもない」と

思い込めている時にしか。

 

こんなにリアルには体験できない。

 

 

その貴重な短い人生の中で。。。

「人間」を十分堪能すること。。。

 

 

それが私の目的だった。。。

 

 

でも。。。

OSHOの彼と過ごしていた頃は。。。

 

まだまだここまでクリアに、、、

自分のことが、見えていなかった。。。

 

 

自分が本当は、

何がしたいのかを。。。

 

 

 

逆に、OSHOの彼は、、、

今回の人生の中で、ひたすら悟りを

目指していた。。。

 

それが、彼がここにいる目的だった。。。

 

 

人間を、「完全に生ききる」。。。のではなく。

 

「本来の自分」。。。

 

つまり、「すべてである私」の意識に還ること。

 

それを目指していた。。。

 

 

だからこそ彼は、その「エゴ」を、

捨て去ろうとしていた。

 

 

 

私達は、お互い。

 

「今、やりたいこと」

 

・・・が、真逆だったの。。。

 

 

でもあの頃は。。。

そのことに、気づけていなかったから。

 

 

だから私は。。。

あんなに混乱したのだと思う。

 

 

そして。

 

辿り方は真逆だけど、、、

結局は、同じところを目指していた。

 

「完了」。。。を目指してた。

 

 

・・・ということを理解するためには。

 

何年も何年も、時間を要したけど。

 

 

********

 

 

当時、彼から言われた、ある二つの言葉は。。。

あの頃の私の信念を、相当揺るがせた。

 

 

「もしあなたが、覚醒したとしたら。

お子さんたちも含め、もっとたくさんの人を

救えるようになる。

 

100年後には、あなたの愛する家族はいない。

形あるものは全て、無常です。

 

そして、今を生きること、愛に溶け去ること、

源泉に還るためには、あらゆる変化の中に

手放しにならなければならない」

 

・・・という言葉。

 

 

そして、もうひとつは。

 

「弟子にならなければ、教えられないこともある」

 

・・・という言葉。。。

 

 

 

彼が私に、さりげなく「出家」を促していることは、

重々気づいていた。。。

 

「OSHOが誘っている」。。。と。

 

彼は本気で、そう感じていたのだろう。。。

 

 

 

私が高校生の時に、母が紀野先生と出会い。

出家こそしなかったけれども、母の心はそれ以来、

どこか遠くへ行ってしまったような気がして。

 

それは、「母への反発心」というものを、

私の中に生み出した。

 

でも、母へのそういう反発心は、

結局、「寂しさ」の裏返しであったことは、

自分でもよく解っていた。

 

 

でも、自分のことは別によかった。。。

自分でなんとか、対処できたから。

 

 

ただ、あの頃の自分と同じような寂しさを、

子供達には決して、味わわせたくはなかった。

 

それだけは、絶対にしない。。。と。

そう、固く心に誓っていた。

 

 

けれども、そういう「固い誓い」さえも。。。

 

彼らのように生きる人たちの目には、、、

「執着」に映る。。。

 

起こる変化の中、それに抵抗して、

手放せないものに映る。。。

 

 

また、彼は。。。

 

私の19歳の時の体験の話を知っていながら。

 

「そこで止まってはいけない」

 

・・・と言った。

 

 

私だけでなく、フォーラムの彼の体験に対しても、

 

「もう少しのところなのに、そこで止まってしまうのは、

もったいないと思った」

 

・・・と言っていた。

 

 

私は。。。

 

19歳のあの時に観たもの。。。

 

あれがすべてである。。。と。

 

そう確信していた。

 

 

けれども、彼にあんなに力強く言われると。。。

 

「え。。。まさか、あの先があるの?」

 

・・・と。。。

 

そんなことは、、、とても信じがたいことだったけど、、、

そういう「不安」が出てきてしまったの。。。

 

だから、「その先って何?」と訊いても。。。

 

「弟子にならないと、教えられないこともあるんだ」

 

・・・と、はぐらかされ。。。

 

 

ますます、混乱は深まっていった。。。

 

 

 

こうして書いていることも。。。

今ではすっかり、クリアにはなっているけど。

 

あの頃は本当に。。。

頭がグルグルしたし、すごくモヤモヤした。。。

 

 

グラス・バレーの歌にもあったけど。。。

 

まさに。

 

「アイデンティティ・クライシス」

 

・・・が、起こっているような時期だった。。。

 

 

********

 

 

インドの王子様がその昔。。。

 

出家したいのに、王様であるお父さんに

許してもらえなくて。

 

それで、妻を娶って子供を作った後。

 

「もう、これで義務は果たしただろ!」

 

・・・と言って、妻子を捨てて出家し。。。

 

その後、悟りを開いた。。。なんて。

 

 

そんなお話も。あったよね。。。

 

 

その王子様の人生が。。。

 

それはただ、たまたまその人のドラマ

だったにも関わらず。。。

 

それなのにそれは、今の多くの人達の意識にも、

まだまだ、深い影響を及ぼしているのだと思う。。。

 

 

そして、やっぱり。

 

男性と女性というものは。。。

 

どこまでも、考え方が違うのだと思う。。。

 

 

 

今になって、こうして思い返してみれば。。。

 

 

あの頃は、OSHOの彼も私も。

お互いがお互いのことを、

全然、理解していなかったような気がする。

 

 

それどころか、自分自身のことさえも。

 

あの頃の私は、まだまだ全然、

理解していなかった。。。

 

 

だからこそ、お互い。

相手を自分の道に、沿わせようと。

 

無意識に、そういうエゴに、

囚われてしまっていたのかもしれない。

 

 

OSHOの彼という人は。。。

 

私とは、非常に近い魂を持った人なのだと。

 

そういうことは、強く感じていた。

 

 

だから、魂同士は強烈に引き合うのに、、、

近づけば近づくほど混乱が増したのは。

 

 

まだまだ、理解が浅かったからなのだろう。。。

 

まだまだ、未熟だったからなのだろう。。。と。

 

そんな風に思う。。。

 

 

 

そして、あの頃は、、、

 

不思議とそうやって、魂の近い人達が、

私の周りに一気に集まった時期でも

あったような気がしていてね。。。

 

 

 

ソウルメイト。。。という言葉はよく聞くけど。

 

「ソウル・グループ」というのもまた、

本当にあるのではないのかな。。。と。

 

そう感じたのは。。。

 

 

あの混乱のさなか。

 

私を支えてくれた人たちが、

そこに、何人もいたから。。。

 

 

私が、今回の人生の目的を見失わないように。

 

「アンカー」となってくれた人たちが、

そこにいたから。

 

 

それが、「占い師の彼」だったり、

「ホピの彼女」だったり。

 

そしてもうひとり。。。

 

今まで全く登場していなかったけど。

 

「絵描きの彼」

 

 

彼もまた、私にとって。

忘れられない人のひとりだったりする。

 

 

********

 

 

つづく

この、すごいタイミングで。

本物のマスターが今、日本に戻ってきている。。。

 

それは。。。

そのマスターに会えるという状況が、、、

すでに整っている。。。

 

・・・と、いうことでもあった。

 

私に、、、その意思さえあれば。。。

 

 

 

OSHOの彼は、こう言っていた。

 

 

弟子がマスターを選ぶのではなく。

マスターが、弟子を選ぶのです。

 

・・・と。

 

 

そして、こうも言っていた。。。

 

 

OSHOが、あなたを呼んでいるよ。。。

 

「存在」が、僕を媒体として使って、

あなたを誘っている。。。

 

・・・と。

 

 

彼はきっと。。。

 

これまでの一連の流れから。

 

あの時、私の中にその「可能性」を

感じていたのだろうと思う。

 

私がそのまますんなり、そのマスターに会い。

そして、私もOSHOの弟子となり。。。

 

この先一緒に、そのマスターのもとで、

切磋琢磨していくだろう。。。

 

・・・と。

 

 

でも私はその時、、、

動かなかった。。。

 

そのマスターに会いたいという気持ちは、

まったくなかったから。

 

 

「マスター」というものは。

 

・・・というか、宗教的な世界における「師匠と弟子」。。。

 

・・・という関係性は。。。

 

私にとっては、ある意味、

「鬼門」みたいなものだったから(苦笑)

 

 

マスターのもとで、悟りを目指して修行する。

 

・・・ということに対して。

 

私は昔から、反発心しか持っていなかったから。

 

 

その反発心の原因は。。。

 

これまでも書いてきたように。

 

ミッションスクール時代の経験や、

母との経験によるところが大きい。。。

 

 

********

 

 

それまでの母との関係性から。

 

そういう私の態度が。

彼のような人の目には、どういう風に映るのか。

 

・・・ということも。

 

だいたい、想像はできた。

 

 

昔から、母に呪文のように聞かされてきた、

 

「あんたは我が強い」

 

・・・みたいな言葉が。

 

いつ、彼の口から飛び出してくるだろう。。。

 

なんて、思ったりしていた。

 

 

 

OSHOの彼は、こんなことも言っていた。。。

 

 

本物のマスターに出会ってしまったら、、、

もう、ただただ涙を流して、

そこにひれ伏すしかなくなるよ。。。と。

 

 

彼は。。。

 

幼児期のある体験によって、長い間ずっと、

「死への恐怖」を抱き続けてきた。。。

 

その恐怖はもう。。。

とてつもなく深いものだったそうだ。。

 

でも、OSHOと出会ったことで、、、

彼は、救われた。。。

 

死から逃げることではなく、それを受け入れて、

超えていくことを学んだ。。。

 

そして、OSHOの弟子だった、今いるマスターのもとで、、、

「死を超える」ことを目指すようになった。。。

 

 

そんな話を彼から聞いた時、、、

私の脳裏に浮かんでいたのは。。。

 

母の姿だった。。。

 

 

********

 

 

彼の話す言葉は、とてつもなく深く。。。

そして、心地よく。

 

私はよく、そこに感動していた。

 

 

最初のうちは、その言葉は、

彼自身の言葉だと思っていて。。。

 

だから私は、彼はすごい人だ。。。と。

 

そう思っていたのだけれども。。。

 

 

やっぱりそのうち、彼の言葉と行動に、

なんとなく矛盾を感じるようになり。。。

 

そのうちに。

 

彼のああいった在り方は。

OSHOのそれそのものだった。。。ということが、

よく見えてくるようになってきた。

 

 

昔。。。

 

母にこう言われたことがある。。。

 

「いつもいつも、よく考えていることが大事よ」

 

・・・と。

 

 

それは、あの、ママ友絡みの離婚騒動の際。

母にあれこれ相談した時に、言われた言葉だ。

 

私は、あの時はその言葉を素直に受け止めたけど。

 

その後それが、混乱を招くことになった。

 

 

私はもともとが、「考える人」なのだ。。。

 

そういう「資質」を持って、生まれてきている。。。

 

 

それに比べて母は、「信じる人」なので。

もともと、そこまで考えない。

 

 

母のような人に、「よくよく考えなさい」という

言葉は有効に働くけれども。

 

私にはその言葉は、かえって毒になる。

 

 

本物の教師は。。。

 

弟子の性質やレベルを見て。

その人にとって適切なアドバイスを

与えることが出来る。。。

 

けれども、そこまでに至っていない弟子は。

 

師の在り方をただなぞるだけなので。

相手に混乱を振りまくことがよくある。

 

 

OSHOの彼と出会って。。。

 

最初の頃は私も、「冷静さ」を見失うことなく、

そういうことを、観察することが出来ていた。

 

 

けれども。。。

 

全く疑うことなく「完全に信じ込んでいる」人の

言葉というものは。。。

 

そこにはなんというか、妙な、力強さがあり。

 

 

私自身は、、、

OSHOに呼ばれている感覚などは、

まったくないのに。。。

 

あれ?もしかして。

私がそれを、キャッチできないだけ?

 

・・・みたいな、そんな「不安」のようなものが、

自分の中に生まれだし。。。

 

 

その不安から。

最初にはあったはずの、冷静さが、

すこしずつ、失われていったような気がする。

 

 

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当時から、私はブログでも。。。

 

19歳の時の、あの体験のことは、

いろいろ書いていた。。。

 

彼も、私のそういうブログを読んでいたはず

なのだけれども。。。

 

「核心」は伝わっていなかった。。。というか。

 

彼の中では、私のそういう体験と、

彼の言う、「死を超えること」は。

 

まったく、別物に見えていたのだろうな。。。と。

 

そんな風に感じた。。。

 

 

私があの時、経験したことは、、、

彼にとっては。。。

 

「魔境」あたりを彷徨った。。。

 

程度に見えていたのだろう。。。と。。。

 

 

よくね。。。

 

「そこで止まってはいけないよ」

 

・・・と、彼は言っていたから。

 

 

 

母との経験で痛感したことは。。。

 

 

マスターとか、その道の師のもとで、

真面目に修行を積んでいる人ほど。

 

そうでないところで、「それ」が起こるはずはない。と。

 

頑なに、そう思い込んでいる節がある。。。

・・・ということで。

 

 

だから、そういう人は基本、、、

私の話は、まともに聞いてくれない(苦笑)

 

 

最初から、、、

 

「師のもとで、ちゃんとした修行もしていないのに、

悟りなんて起こるはずがない」

 

・・・と、決めつけているから。。。

 

 

 

どんなに修行を積んでいる人であっても。

どんなに知識を持っている人であっても。。。

 

 

もしその人自身が、私と同じ体験を、

実際に経験していなければ。

 

 

いくら言葉を重ねたところで。。。

まず、信じてはもらえない。

 

否定されることのほうが、多いかもしれない。

 

 

 

逆に、、、修行をしていようが、していまいが。

 

それを本当に体験した人ならば、、、

一言だけで、すぐに通じる。。。

 

 

「すべてである私」。。。

 

「Nothing but Everything」というのは。

 

そういうものだ。。。

 

 

それにそれはもともと。

 

言葉でなんか、説明できないものなのだから。

 

 

 

それが解っていたから。。。

 

私は、彼に自分の体験のことを解ってもらおうと、、、

一生懸命説明する気は、全く起こらなかった。。。

 

最初から、それは無駄だと解っていた。

 

今のこういう状態では。。。

話せば話すほど、墓穴を掘っていくだろうと。

 

そう思っていた。

 

 

だから私は彼に、質問ばかりしていた。。。

 

マスターに、会おうともせずに。。。

 

 

 

彼にとって、そんな私の態度は。。。

 

こんなに誘われているのに、、、

まだ、気づいていないんだ。。。

 

起こる流れに対して、まだ抵抗している。。。

まだ、手放せていない。。。と。

 

そんな風に映っていただろうと思う。。。

 

 

きっと、じれったい思いをしているのだろうな。と。

 

私は、そんな風に思ってた。

 

 

 

あの頃の彼にとって、一番大事なことは。。。

 

「死を超えること」

 

つまり、「悟りを開くこと」だった。。。

 

 

 

けれども、その時の私にとっては。

 

彼と一緒に、マスターのもとで修業をして、

悟りを目指すことには、なんの興味もなかったし。

 

 

それよりも。。。

 

こういう不思議な流れで出会った

 

「彼という人間」

 

そちらのほうに、関心があった。

 

 

OSHOという仮面を被った彼ではなく、

「素の彼」の思いや考えというものを、

もっと、ちゃんと理解したい。と。

 

そう思っていた。

 

 

そこには、よっぽどのご縁があるのだろうから。

 

そっちのほうを、もっとよく知りたい。と。

 

そんな風に思っていた。

 

 

これは。。。

母に対して思っていたことと同じだ。。。

 

 

お願いだから。

 

マスターの言葉ではなく。

あなたの「本音」を話して。。。と。

 

 

 

この人生の中で。。。

 

「悟り」というものが、最大のテーマに

なっている。。。という点では。

 

彼と私は、どこまでもどこまでも一緒だったけど。

 

 

 

その時点で向かっている先というのは。

 

まったくの、真逆だったように感じる。

 

 

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つづく