TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -30ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

夢だったか瞑想中だったかに現れたOSHOは、

実は、あの言葉の他にも、色々なことを

長々と語っていた。。。

 

 

その内容は、暦の彼には詳しく話さなかったけど、、、

 

ただ、あの時、暦の彼とそのことについて

話しているうちに、、、

 

結局、私の気持ちは、その夢(か瞑想)の

中でのお告げのような言葉を、

無視する方向へと流れていき。。。

 

 

そのまままた、、、

しばらく時間が流れていった。。。

 

 

年が明けて少し経った頃、、、

 

その時はたしか、夢だったと思うのだけど、

またいきなり、OSHOが現れた。

 

そしてその時もまた、、、

 

「そこに飛びこんでみなさい」

 

・・・と。

 

彼は再び、そう告げてきたのだけど。。。

 

その時に言われたのはその、、、

たった一言だけだった。。。

 

 

なんだかんだ言って私は、、、

OSHOのこと、気になってしまっているんだな。。。

 

・・・と。。。

 

そうやって、自分に苦笑いしながらも。

 

 

さすがに、二回目ともなると、、、

少し気味が悪くなってきて。

 

 

「まさか、今回もまた、何かの日だったら

どうしよう。。。」

 

・・・と、即座にネットで調べてみたら。。。

 

なんとその日は、OSHOの命日でね。。。

 

なんだかもう。。。

泣きたくなってきた。。。

 

 

そして、さすがの私もそこでとうとう、

サレンダーすることになった。。。

 

 

「解りましたよ。行けばいいんでしょ、行けば」

 

・・・みたいな(苦笑)

 

 

ちょっと、投げやりな気分だったけど。。。

 

でも、近いうちに瞑想センターに行こう。。。と。

その時やっと、心が決まった。

 

 

OSHOの彼に、、、

「OSHOがあなたを呼んでいるよ」と。

 

そう言われてから、、、

多分、半年くらいは経っていたと思う。。。

 

 

********

 

 

何度も書くようだけど。。。

 

私は、「信じる人」ではなく「考える人」なので。

 

こういうことが起こっても、いつも。

 

「なぜ、こういう現象が起こるのか?」

 

・・・というほうに、意識が向いてしまう。。。

 

 

だからあの時も、「OSHOに呼ばれてる」と。

 

素直にそう思って感動していたかというと、

全然そうではなかった(苦笑)

 

 

何がどうなってかは、まだハッキリ解らない。

 

でも実際に、私の魂がこういう不可思議な

現象を起こしているのは事実で。

 

それで、私のエゴに何をさせたがっているのか。。。

エゴに、何を気づかせたがっているのか。。。と。

 

そういうことを、色々考えた。。。

 

 

でもそれはともかく。。。

 

ここまできたら。

 

実際に、瞑想センターに行ってみなければ、

何も解らないだろう。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

********

 

 

カバラと出会ったのも、たしかあの頃だ。。。

 

 

13の月の暦の会。。。

 

最初に参加した時は、暦とヨガの共通点を

追求していったのだけど。。。

 

次に参加した会では、そのテーマが、

「カバラ」だった。。。

 

 

カバラは、、、

昔、「黄金の夜明け団」の西洋魔術に興味を持った時、

少しだけ触れたことがあったのだけど。。。

 

その頃は、深いところまでピンとくることはなく。。。

 

だからやっぱり、そのうちに放置になり、

忘れてしまっていた。。。

 

 

暦の会のカバラの時に、

講師としてやってきたのが松本ひろみ先生で。。。

 

その松本先生の師は、シモン・ハレヴィさんという、

ユダヤ人のラビだった。。。

 

だから、松本先生の教えるカバラはすべて、

ハレヴィさんが先生に伝えたものだ。

 

 

私はあの時、その「匂い」に、、、

すごく胸が躍ったのを覚えてる。。。

 

自分でもびっくりするくらい、かぶりつきで、

夢中になって、松本先生の話を聞いていたのを。。。

 

 

暦の会での松本先生の話が、、、

私にとってはドンピシャだったので。。。

 

その後、松本先生のカバラの

1日セミナーに参加し。。。

 

そこでますますカバラの世界に

惹かれていって。。。

 

もっともっと、カバラを深めたいと。。。

 

そう思うようになっていった。。。

 

そうやって、松本先生のカバラの講座に、、、

本格的に通うようになっていったのだった。。。

 

 

********

 

 

やっぱり私は、、、

「聖書」には縁があるんだな。。。と。

 

あの時、、、

そんな風に思ったことを覚えている。。。

 

 

カバラのクラスで、初めて自己紹介をした時、、、

私の名前を見た松本先生が、、、

 

「あなたの名前って、なんて神秘的な名前なの」

 

・・・と言っていたことも。。。

 

 

ただ、あの頃の私にはまだ、、、

先生の言葉のその意味は、よく解らなかった。。。

 

 

でものちのち、カバラや聖書や、、、

そして、日本の歴史とか神道のこととか。。。

 

そうやって、いろんなことを知るにつれ、、、

あの時、松本先生がそう言っていた意味が、

なんとなく解るようになり。。。

 

 

自分が、こういう名前を持つことになった

不思議さに、思いを馳せたりした。。。

 

 

********

 

 

松本先生のカバラのお話。。。というか、

シモン・ハレヴィさんが伝えるカバラは。。。

 

黄金の夜明け団の、、、

たとえば、メイザースとか、イェイツとか、

あと、ダイアン・フォーチュンとか。

 

あのあたりが伝えるカバラとは、、、

どことなく「匂い」が違っていて。。。

 

 

それは一概に、、、

クリスチャン・カバラとユダヤ・カバラの違い。。。

 

・・・というだけではなくて。。。

 

 

なんというか。。。

 

その「匂いの違い」を、私はうまく言葉では

説明できないのだけど。。。

 

 

私の好きなそういう匂いは、チベット密教とか、

スーフィーからも同じように感じていてね。。。

 

 

そのあたりに共通する匂いが、、、

私は、大好きだった。。。

 

 

それはもしかすると。。。

 

「体験した者の匂い」

 

・・・なのかもしれないけど。。。

 

 

そのあたりは、断言できない。。。

 

 

カバラも、チベット密教も、そしてスーフィーも。

 

当時の私は大好きだったけど。。。

今でも大好きだけど。。。

 

 

でも。。。あの頃から私は。。。

 

ああいう世界に触れていると、、、

 

自分がもともと知っていたことを、

改めて確認し直している。。。

 

・・・みたいな。

 

そんな感覚になっていた。

 

 

今まではまったく知らなかった、

新しい事柄を学ぶ。。。

 

・・・という感覚にはならなかった。。。

 

 

そんなだから、細かいところまで

一生懸命学ぶ気にはならなかったし。

 

なので、学者のように、あれこれ

語ることもできないけれども(苦笑)

 

 

でも、「私はもう知ってるな、こういう世界」

 

・・・と、いつも思っていた。。。

 

 

 

だから今思うと、私は多分。

 

それを学びたくてそこにいたのではなく。。。

どこか懐かしいその空気に触れたくて。

 

その空気の中にいると落ち着くから。。。

 

ああいう場に出向いていたような、

そんな気がしてならない。。。

 

 

********

 

 

ある時、松本先生がこんなことを言っていた。

 

 

「歴代のラビの中にはね、、、

ひたすらずっと、数字を数えていたら、

神を見てしまった。なんて人もいたのよ」

 

 

・・・と。

 

 

これってなんだか。

 

私の19歳の体験と似てるな。。。と。

 

そんな風に思った。

 

 

自分の体験のことを思ったら、、、

 

「数字を数えていたら、突然神を見た」

 

・・・というのは、逆に信憑性があるよな。。。と。

 

そう思った。。。

 

 

そしてますます。。。

 

何がどうなるとそういうことが起こるのか、

知りたくなっていったのだった。。。

 

 

********

 

 

余談だけど。。。

 

暦の会のテーマがカバラだった時、、、

私はあれだけ胸が躍って。

 

その後、カバラの講座まで通うことになった。

 

 

でもあの時、その同じ会に出席していた

暦の彼は。

 

カバラにはほとんど、ピンとこなかったらしい。。。

 

 

でも、その次の会の時のテーマは、

「神聖幾何学と数字」で。

 

その時のゲスト講師だった、小野満麿さんの

話には、暦の彼は目を輝かせていた。

 

逆に私はその時は、睡魔と戦っていた(苦笑)

 

 

自分と縁あるものと出会うときって、

おそらく、こんなものなのだろうと思う。。。

 

 

********

 

 

つづく

家の中では、そんなことが進行中の時だったけど。

 

私は相変わらず、

暦の会や、暦の彼が開催する瞑想会は、

通い続けていた。

 

 

多分、無意識に。

 

心のバランスをとろうとして

いたのだろうな。。。なんて、今は思う。

 

 

暦の彼や、暦の会で出会った彼女とは、

あの頃は、本当に意気投合していて。

 

一緒にいると、楽しくて。

 

 

だから、そういったイベント以外でも、

一緒にご飯を食べに行ったりとかして、

頻繁に会ったりしていた。

 

 

その頃、暦の彼女は、暦の彼から

ヒーリングのセッションを受けていたようで。。。

 

「ホント、すごいんだよ~」

 

・・・と、よくそういう話を聞かせてくれたけど。

 

なにせ、当時の私は、そういうものに

まったく興味がなかったせいで。

 

ほとんど、話半分に聞いていたような気がする。

 

 

暦の彼も、空気を読んだのか。。。

自分のほうから私に、そういう話を振ってくる

ことはなかった。

 

 

 

ただ、一度だけ、、、二度だったかな?

 

彼から、新しいヒーリングのモニターを頼まれて、

それを受けたことがあった。

 

 

でも、ああいうヒーリングというものは。。。

 

受ける本人が、ちゃんと心の準備をして、、、

「それを受け取る」という意思を持たなければ。。。

 

ほとんど効果はないものだと思う(苦笑)

 

 

なんだかんだ言って、ああいうものは。。。

「受け取る側」次第なのだと。。。

 

 

あの頃の私は、そういうものに対しては、

まだまだ懐疑的だったので。

 

そういう「準備」は、出来ていなかったから。

 

だから。

エネルギーのようなものが流れてくるのは

感じたけれども。

 

身体がピクピクなったり、お腹がギュルギュル

鳴ったりしたけれども。

 

今でも強烈に記憶に残っているような、

衝撃的な変化は、その時は起こらなかった。

 

 

********

 

 

衝撃的。。。と言えば。。。

 

あの頃は。。。

OSHOに関する、変なこともあれこれ起こっていて。

 

 

ある時、夢の中だったか、瞑想中だったか。。。

 

突然、OSHOが現れて。

そして、こう言ったの。。。

 

 

「そこに飛び込んでみなさい」

 

・・・と。

 

 

それってもう、OSHOの瞑想センターに

行ってみなさいってことだよね。と。

 

私は即座にピンときたのだけど。。。

 

「はい^^わかりました^^」

 

・・・なんてなる私ではないので(苦笑)

 

 

たしかあのあとすぐに、、、

OSHOの彼に、メールをしてみたのだったと思う。

 

もちろん、彼にはこのことは話さなかった。

 

ただ、当たり障りのないことしか書かなかった。。。

 

それで、どういう流れになるか、、、

様子を見てみたかったの。。。

 

 

すると、彼からすぐに返信がきたのだけど、、、

その時の彼の言葉に、私は一瞬、固まった。。。

 

 

「今日はOSHOのバースデー・セレブレーションでした」

 

・・・と、彼は言っていて。。。

 

それに参加して帰ってきたばかりのような

彼の様子は、すごく、楽しげで。。。

 

 

でも私は。。。

 

うそ。。。今日って、OSHOの誕生日だったの?

 

・・・となり、ちょっと、怖くなった。。。

 

なので、急いで調べてみると、

その日は本当に、彼の誕生日だった。。。

 

 

12月11日。。。

 

 

しかもそれは、夫の誕生日と同じだったから、、、

一度知ったらもう二度と、忘れられなくなった。。。

 

 

誕生日の日に、、、

OSHOが出てきたってこと?

 

 

・・・と。。。

 

なんだか、神妙な気持ちになった。。。

 

 

********

 

 

暦の彼のヒーリングのモニターセッションの時、、、

彼にこの話をしたの。。。

 

そして、「どう思う?」と訊いてみた。。。

 

 

彼は、開口一番、、、

ものすごく、予想外なことを訊いてきた。。。

 

 

「ふーん。。。

で、OSHOって、日本語話してたの?」

 

・・・って(笑)

 

 

彼にそう言われるまで、、、

そんなこと、考えもしなかったけど。。。

 

そう言われれば日本語だった???

 

うーん、でも、考えるとそうだけど。。。

ああいうのって、本当に「言葉」だったの???

 

・・・と、よく解らなくなった。

 

 

ヴィジョンの中のものは、、、

おそらく、すべて「イメージ」なのだと。。。

 

今は思うのだけど。

 

でもあの頃は、そういうことをちゃんと

考えたこともなかったし。。。

 

暦の彼にそういう風に言われて私も。。。

 

 

「そうか、これはやっぱり私の妄想で、、、

たまたまそれが、OSHOの誕生日だっただけで」

 

 

・・・と、いろいろ打ち消す方向に、

思考は流れていった。。。

 

 

でも、暦の彼はこうも言っていた。

 

「でも、気になるなら行ってみればいいじゃん」

 

・・・と。

 

「でも、カルトっぽいからお薦めしないって

言ってたじゃん」

 

「だったら、行かなきゃいいじゃん」

 

・・・みたいな(笑)

 

そんな会話をしたような気がするけど。

 

 

結局は、、、

誰に相談したところで。

 

答えは自分で出さないと

いけないのだろうな。。。と。

 

その時も思っていた。

 

 

********

 

 

暦の彼ともそうやって、

いろんな話はしたけれども。

 

そのほとんどは、スピリチュアル的なこと

ばかりだった気がする。

 

そして、あんなに意気投合していたけど。

私は彼に、自分のプライベートな話は、

ほとんどしなかったような気がする。。。

 

 

これは、彼に対してだけでなく。。。

いつものことで。。。

 

両親とのいざこざとか、

娘のいじめのこととか。

 

 

その時の自分にとっての重大問題は、

いつも、隠してきた。。。

 

誰にも話さずに。。。

 

 

 

それはやっぱり。。。

 

最終的な答えは、自分で見つけなければ

意味がない。。。と。

 

ずっと、そう思っていたからで。。。

 

 

だったら、友達と話すときは、、、

いつも楽しくしていたい。。。と。

 

そう思っていたからなのだろうと思う。。。

 

 

 

自分の問題に誰かを巻き込むことは、、、

私には、「甘え」に見えるのだけど。。。

 

 

私が安心して甘えられるのは、、、

やっぱり、夫や子供達。。。という。

 

家族だけなのだろうと思う。。。

 

 

そして、そうやって甘えらえる相手が、

たった一人だけでも、この世にいてくれれば。

 

人は、ものすごく楽に生きていけるだろう。。。

 

・・・とも思う。

 

 

********

 

 

ある時、暦の彼女と一緒に、、、

クリスタル・ボウルの演奏会に行ったことがあり。

 

いつもは、暦の彼とか、、、

他のお仲間が一緒だったのだけど。

 

その日は、珍しく彼女と二人きりになった。。。

 

 

 

暦の彼女は、小学校で音楽の教師を

やっていたのだけれども。

 

でも近々、先生を辞めると言っていた。

 

 

「どうして辞めちゃうの?」

 

・・・と訊いたら、彼女は。。。

 

「もう、子供たちが恐い」

 

・・・と、そう言っていた。。。

 

 

娘の学年でも、以前「学級崩壊」があって。

 

それは、娘とは違うクラスだったので、

詳しいことまでは解らなかったけど。。。

 

親と教師の間で、相当揉めたらしい。。。

 

 

私はそういう話を聞いてもいつも、

子供側とか、PTA側からしか、

その本音が解らなかったのだけど。。。

 

でも、暦の彼女から、「先生側」の本音を聞いたら。。。

 

なんだか、すごく悲しくなってきたのを

覚えてる。。。

 

 

誰が悪いとか、責任追及とか。。。

こっちの権利がどうのとか。

 

そういうことで揉めたりすることが、、、

本当に、馬鹿らしく思えてきて。。。

 

ただただ、悲しい。。。と思った。。。

 

 

 

娘のいじめで。。。

 

担任の先生に、、、

 

「学校での様子を見て教えてください」

 

・・・と、伝えても、先生からはほとんど

なんの音沙汰もなく。。。

 

すごく、放置されているような気がしてね。

 

だから私も、イラッとなったりしたものだけど。

 

 

なんだか、暦の彼女の話を聞いているうちに、、、

そんな自分さえも虚しくなり。。。

 

先生を責める気もなくなり。。。

 

 

先生も、私と同じように、、、

強さもあれば、弱さもあって。。。

 

得意もあれば、不得意もあって。。。

 

きっと、あの先生も先生なりに、、、

彼の正義に従って、行動しているのだろう。。。と。

 

そんな風に思うようになった。

 

 

 

誰かを頼って。。。

 

そして、その人が自分の思うように

動いてくれないことに腹を立てることが。。。

 

なんだか、とても虚しいことのように思えた。。。

 

 

それは結局。。。

人を、コントロールしようとする自分の

エゴイズムであって。。。

 

そんな自分のエゴイズムに、

自分の貴重なエネルギーを注ぐのは、

もったいない。。。と、そう思った。。。

 

 

だったらもう最初から、、、

 

そのエネルギーは、私自身がしっかり

娘を支えることに使ったほうが、

よっぽど、建設的だ。。。と。

 

心底、そう思うようになった。。。

 

 

先生の行動は、先生自身にすべて任せて。。。

私はもう、彼の「良心」をひたすら信じようと、

心に決めた。。。

 

 

その「信じる」は、すごく難しいことでもあったけど。

 

自分で決めたのだから、最後まで頑張る!

 

・・・みたいにね(笑)

 

 

 

でも、私がこう思えたのも。。。

 

暦の彼女が、ああいうことを話してくれた

おかげなのだと思う。。。

 

 

目の前にいる暦の彼女も。。。

 

もし、彼女が、子供たちの学校の先生だったとしたら、

もし、教師とPTAという形で出会っていたとしたら。

 

私達は今、こんな風に話せなかっただろうと。

 

 

そう思ったら、、、

 

またそこに、、、

「縁」や「出会い」の不思議さを感じた。

 

 

********

 

 

つづく

私の「傷」。。。というものは。。。

 

主に、父と母との関係の中で生まれたものだと思う。。。

 

 

その後の人生で、いろいろ起こったイヤなことも。

おそらく、この「傷」が、その根本的な原因に

なっていたのだろうとも思う。

 

 

今回の人生だけを見れば。。。

 

・・・だけどね。

 

 

********

 

 

父と母が。。。

同居のストレスを、孫たちに、特に息子に

向けているように見えて。。。

 

私は、そのストレスを自分に向けるようにするために、

「ダメな娘」を演じることにしたのだけれども。

 

その「ダメな娘」というのは、、、

「親に対して素直ではない娘」だったのだと思う。

 

 

親に対して、突然素直でなくなった娘に対して、

最初の頃は、親たちの攻撃はすごかった。。。

 

親達もきっと。。。

動揺していたのだろうと思う。。。

 

娘の、突然の変化に。。。

 

 

********

 

 

思春期の娘にとって、父親というのは、

「臭い存在」みたいな感じで^^;

 

寄らないで~~~みたいなことはあったけど(笑)

 

でも、父のことは、嫌いなわけではなかった。

 

 

父は、昔のおやじ。。。みたいな人だったから、

私や弟とも、そんなにベタベタした関係でもなく。。。

 

いつもどこか、距離があったような気がして。

 

だから、好きも嫌いもなかった気がする。。。

 

 

でも子供にとって。。。

 

やっぱり、母親を慕う気持ちはより深く。。。

 

だからこそだと思うけど。。。

 

ある時、母に対する思いが「大好き」から、

「大嫌い」に変化した。。。

 

 

それが、高校生の時で。。。

 

あれは、今にして思えば、少し遅い、

「反抗期」だったのかもしれない。。。

 

 

 

反抗期。。。というのは。。。

 

それは、自我の目覚めでもあり、

自立の第一歩でもあり。。。

 

子供の、人間としての成長の証だと思う。。。

 

 

そしてその時期は、実は、親側にとっても、、、

自分自身がステップアップできる

大きな機会でもあると思うのだけど。。。

 

 

子供の自我の目覚めに直面した時。。。

 

その成長を喜ぶ親もいれば、、、

 

子供の自我を、なかなか受け入れられない

親もいる。。。

 

 

私の母は多分、、、

後者だったのだろうと思う。。。

 

 

もう、三十路を過ぎた娘に対して、、、

 

「小さい時は、あんなに可愛かったのに」

 

・・・なんて、冗談ではなく本気で

言ってしまう母だったから(苦笑)

 

 

 

我が家の場合は、、、

 

そんな私の反抗期の時期と重なるようにして、

母が、紀野先生と巡り合ってしまったことで、

いろいろと、ややこしくなっていったのだろうとも思う。。。

 

まぁ、、、

こういうのもまた、必然だったのだな。。。と。

 

あとになって解るのだけどね。。。

 

 

 

もし母が、仏教なんかに傾倒しなければ。

もし、母の後ろに尊敬する人が立っていなければ。

 

 

「あんたは、我が強い」

 

 

・・・なんて言葉は、あの母からは、

出てこなかっただろうと思う。。。

 

 

あの言葉は、、、

私にとっては、「呪いの言葉」だ。。。

 

 

心の中ではたくさん反発していたし、、、

普通の親子喧嘩は、していたけれども。。。

 

 

結局私は、その呪いの言葉に縛られて。。。

 

最終的には、親に服従していた。。。というか。

自我を諦めてしまっていた。。。というか。

 

 

母にとっては、、、

 

なんだかんだ文句を言っても、基本的には、、、

「素直に言うことを聞く娘」になってしまっていた。

 

 

親にとっての良い子に。

 

 

********

 

 

学生時代の反抗期の時に。。。

 

私が逃げ場所にしていたのが、、、

隣の伯母たちだった。。。

 

 

伯母の家は、まるで「動物園&植物園」みたいで。

 

いろんな動物がいて。

いろんな花が咲いていて。。。

 

 

私は、むしゃくしゃするといつも、

そこの動物たちに癒されに行っていた。

 

 

猫も、ものすごくたくさんいて。

 

そんな猫たちを膝に抱っこしながら、

伯母たちに話を聞いてもらって癒される。。。

 

みたいな。

 

 

霊感の強くない方の伯母が、、、

ある時、こんな風に言っていたの。。。

 

 

「あぁ、、、あんたもやっぱり言われてたんだ。

お母さんに、我が強いって。

 

言われてると思ったわよ。

私も言われたんだけどね」

 

・・・と。

 

 

そしてそのあと、伯母はこう言ったの。

 

 

「でも、そんなことを言われたら、、、

こっちは、もう何も言えなくなっちゃうわよね。

 

何か言えば全部、『我が強い』。。。に

なっちゃうのだから」

 

 

・・・ってね。

 

 

********

 

 

私と母は。。。

 

深いところでは、本当にそっくりで。。。

ほとんど、同じで。。。

 

だからもし、そこに母と私のふたりしか

いなかったとしたら。。。

 

まったく何も、問題は起こらなかっただろうと。

 

そんな風にも思う。。。

 

 

 

けれども、あの時。。。

 

母は大好きな紀野先生から大きな影響を受け。。。

私は、大好きな伯母から大きな影響を受け。。。

 

そうやって、ぞれぞれ違う影響を受けた私たちは、、、

対立するような考え方を持つようになっていった。。。

 

 

だから、、、母と私の魂の色は同じでも。。。

 

その魂を覆うエゴの形は、、、

陰と陽。。。のように、真逆になり。。。

 

 

これもまた。。。

手の込んだ、、、面白いドラマだったな。。。と。

 

 

今は、、、そんな風に思うけど。。。

 

 

 

そしてあの時、私たちは二人とも同じように、

「逃げ場」があったから。。。

 

お互い、真正面からしっかり向き合うこともなく。。。

 

地雷をそこに埋めたまま、、、

綺麗な花を植えて、ごまかしたまま。。。

 

 

そのドラマを、、、

何年もあとまで、持ち越した。。。

 

 

もしあの時、、、

思春期のあの時に、親子して、

「反抗期」にじっくり取り組んでいたら。。。

 

 

大人になってから、、、

自分の親と同居する。。。なんてドラマは、

起こらなかったのかもしれないな。。。と。

 

 

そんな風にも思った。。。

 

 

********

 

 

19歳で、、、

ああいう体験をしたこともまた。

 

私が自分の自我を軽視する要因になっていた。

 

 

あの体験で私は、、、

 

「人間Lyrica」は幻想なのだから。。。と。

 

いつもそれを、遠くから眺めるように生きていて。

 

 

自分が悲しい体験をしている時でさえ、

どこかで、それを楽しんでいたりもした。。。

 

それこそ、、、

ドラマを鑑賞しているような感覚で。。。

 

 

 

けれども、私は。。。

 

正体は、「すべてである私」ではあるのだけど。。。

実際は今でも、それでしかないのだけど。

 

 

でも同時に。。。

 

この夢の世界にいるという感覚の中では、、、

正真正銘、「人間Lyrica」でもあるのだ。。。

 

・・・ということを、それまでは、

あまりに、軽視しすぎていたのだと思う。。。

 

 

そうやって長年にわたり。。。

自分の自我をほったらかしにしておいたせいで。

 

私は、知らず知らずのうちに、、、

自分のことを傷つけていて。。。

 

自分が、傷ついていることにすら気づかずに。。。

 

 

でも、とうとう、その地雷が、

爆発する時がきたの。。。

 

あの、満月の夜に。。。

 

 

それは今思うと、、、

本当に、ありがたいことだったと思うし。。。

 

 

そういう意味では、、、

ソウルメイトである両親に。。。

 

本当に本当に感謝している。。。

 

心から。。。

 

 

 

あの日、、、嘘が真になった。。。

 

 

自分では「演技の爆発」だったつもりが、、、

実は、「本当の爆発」が起こっていたなんて。。。と。

 

 

あとになって気づいて、、、

思わず、笑ってしまった。。。

 

 

 

そして、私達親子にとってそれは、、、

 

「反抗期」のやり直し。。。

 

 

本当だったら、あの時にやるはずだったこと。

あの時にやらなかったこと。

 

それが、再燃した。

 

 

娘が30代になってからの。。。

 

ものすごく遅い、本格的な反抗期。。。

 

・・・だったのだと思う。。。

 

 

********

 

 

つづく

娘は、転校前はすごくおっとりした子で。。。

 

娘だけでなく、学校全体がおっとりしていて

穏やかだった。。。

 

クラスメイトのほとんどが、幼馴染みたいな、

そんな環境の中で、ゆったりと過ごしていた。。。

 

 

引っ越しが決まった時、母がチラッと

こんなことを言っていたの。。。

 

 

「子供達、大丈夫かしらね。。。

こっちは、〇〇が多いから。。。」

 

・・・と。

 

 

〇〇は、、、ちょっと問題発言になるので、

ここでは、ハッキリ書けない(苦笑)

 

 

 

でも、その時私は、、、

母のそんな言葉を、あまり気にはしていなかった。

 

 

********

 

 

けれども。。。

 

実際にその学校に子供たちが転入して、、、

私も父兄として、その学校に入ってみると。。。

 

そこにあった「違い」に、、、

正直、いろいろと驚いてしまった。。。

 

 

その小学校は、私の母校でもあるので、

ある意味、その雰囲気は私にとっては

馴染みのある、懐かしいものでもあったけど。

 

自分の小学校の雰囲気などは、

ここ最近はずっと、忘れてしまっていた。。。

 

・・・というか。

 

記憶の中である程度補正されて。

「美しい想い出」になっていた。。。

 

 

だからその頃の私は、「小学校」といえば、、、

先日まで子供たちが通っていた小学校のイメージが、

まっさきに浮かんでくるようになっていたのだけど。

 

 

 

でも、、、

久しぶりに母校に入ってみて感じたのは、、、

 

これもまた、言葉では表現しづらいのだけど。。。

 

「ひと昔前の感じ」

 

・・・とでも言うのか。。。

 

 

そして。。。

以前の学校が、「おっとり、のんびり」だとしたら、

こっちの学校はなんとなく、「熱血」というか。

ガツガツした激しさのようなものを感じたりもした。

 

 

そんな「ガツガツさ」は。。。

 

私にとってはある意味、懐かしい感じでも

あったけど。。。

 

同時に、、、

 

「あぁ、、、向こうの学校って、、、

だいぶ、洗練されていたんだ」

 

・・・なんて思ってしまったのも、

正直な気持ちだった。。。

 

 

********

 

 

「地域の雰囲気」。。。というものは、

やっぱり、あるんだ。。。と、その時実感した。

 

 

そして、そこに住んでいる人はみんな、、、

知らず知らずのうちに、その雰囲気に

染まっていて。。。

 

自分がその中にいる時は、、、

それが当たり前すぎて、気づかないし。

 

気づかないから、そんなことを

考えもしないけど。。。

 

 

母は地元で、こちらの小学校の様子を知りつつ、

運動会などを見に来たりして、向こうの小学校の

空気にも、実際に触れていたりしたから。。。

 

そこにある「違い」が。

 

もう、ハッキリ見えていたのだろうな。。。と。

 

こっちに来てみて、初めて解った。。。

 

 

だからこそ。。。

この新しい環境に、子供たちが馴染めるかどうか。。。

 

少し、心配になったりもした。

 

 

こちらの学校に転校してきたのが、、、

娘が5年生、息子が3年生の終わりごろ。。。

 

 

まだ幼かった息子は、初日から馴染み。。。

今までの学校よりも楽しそう?と思うくらい、

問題なく、溶け込んでいった。。。

 

 

けれども、娘は、、、

そこから、人生初の試練が始まった。。。

 

 

********

 

 

「転校生」というのは、目立つもので。。。

 

時に、クラスのリーダーになったり。

時に、いじめられたり。。。

 

 

娘は、、、後者だった。

 

 

私はその頃、親とのあれこれや、

OSHOのことに気を取られ。。。

 

つまり。。。

自分自身のことに気を取られ。。。

 

娘の異変に、気づいてあげるのが、、、

少し、遅れてしまったような気もして。。。

 

 

そのことを思うと、、、

今でも、胸が痛む。。。

 

 

 

子供は、、、

自分が学校でいじめられていても、、、

それを、親に言うことがなかなか

出来ないものだ。。。と。

 

そんな風に思う。。。

 

 

私があの小学校にいた頃。。。

 

クラスの女子の中で、「日替わり仲間外れ」

みたいなことがよくあって。。。

 

女子ってホント、、、

気まぐれというか、なんというか(苦笑)

 

昨日まで普通に仲良しだったのに、、、

次の日突然、口もきかなくなる。。。みたいな。

 

そんなことが、たびたびあって。

 

 

私にも、その「順番」がまわってきたことがあり。

 

ある朝、学校に行くと、仲良しグループから、

いきなり、四面楚歌をくらった。

 

え?何が起こっているの???と。

一瞬、ワケが解らなくなった。。。

 

 

他のグループの女の子が仲間に入れてくれたから、

完全にひとりぼっちにはならなくてすんだけど。

 

今まで他人事だったことが、

自分にまわってきた時は。。。

 

ショック。。。というか、呆然となった。。。

 

 

その日は、、、

たまたま、給食ではなくお弁当の日で。。。

 

私はお昼にそのお弁当を食べながら。。。

 

 

「朝、お母さんがこのお弁当を作っていた時、

まさか、自分の娘がこんな目に合うなんて、

想像もしていなかっただろうな。。。

 

もしお母さんが、このことを知ったら、、、

悲しむだろうな。。。」

 

・・・と。

 

そんなことを考えたら、、、

涙が、ポロポロ溢れてきたのを覚えてる。。。

 

 

もしかしたら娘も。。。

 

そうだったのかな。。。なんて思ったら。

 

泣けてきた。。。

 

 

********

 

 

ある日、娘が意思表示をしてくれて、、、

本当に、良かった。。。と思う。。。

 

 

もし、娘の異変にずっと気づかずに、、、

取り返しのつかないことにでも

なっていたとしたら。。。と想像したら。。。

 

ゾッとした。。。

 

 

 

朝、、、

 

「学校に行きたくない」

 

・・・と、彼女が言ったの。。。

 

 

その一言で、なんとなくピンと来たけど、

その時は、心を鬼にして娘を学校に行かせた。

 

もしここで、休ませてしまったら、、、

この先余計に、学校に行きづらくなる。。。と。

 

そうしたらきっと。。。

娘の悩みは、もっと深くなる。。。と。

 

そう思ったから。。。

 

 

そしてその日は一日中、悶々としながら、

娘の帰宅をひたすら待っていた。。。

 

 

娘が返って来るや否や。。。

 

「もしかして、いじめられてたりする?」

 

・・・と訊くと、娘は頷き。。。

 

 

私は、娘のその先の言葉を待たず、、、

すぐに、次の言葉を発してた。。。

 

 

「なに、それ!!!

いじめてるのは、どこの誰???

ふざけんな!!!」

 

・・・ってね。

 

 

ものすごく、荒々しく。。。

そして、怒り狂って。。。

 

 

もちろん、これは、演技。。。

 

娘が本当は言いたかったであろう言葉を。

言いたくても言えなかったであろう言葉を。

 

代わりに私が発したの。。。

 

 

娘は最初、そんな私の姿をみて、、、

すごいびっくりしていたけど。。。

 

でもそのあと、ポツポツと話し始めた。

 

 

私はその度に、、、

怒りを爆発させながら、いじめている相手のことを、

娘の前で激しく責め続けてみせた。。。

 

娘の代わりに、怒り狂った。

 

 

もし、必要であれば、、、

学校や相手の家に、乗り込んでいくつもりでもいた。

 

それでもダメだったら、、、

転校も辞さない覚悟でいた。。。

 

 

でも。。。

それは今、娘の前ですべきことではない。。。と。

 

そんな風に思っていた。。。

 

 

それは、次の手段であって。。。

 

今はとにかく。。。

 

まず。。。

娘のことを、安心させたかったの。。。

 

 

ママは絶対に、、、何があっても、

自分の味方でいてくれるんだ。。。ということを。

 

まず、娘に信じてほしかった。。。

 

 

自分の居場所は、ちゃんとある。。。

 

・・・ということを。。。

 

 

 

そして、私も。。。

 

娘のことを信じていた。。。

 

 

この子は、いくら私が相手を責めたとしても。。。

それで図に乗ってしまうような子ではない。。。

 

自分はまったく悪くない。

相手が全部悪い。。。なんて。

 

そんな風に思い込んでしまう子ではない。。。と。

 

 

だから私はその時。。。

 

「いじめ相手に怒り狂う母」を

演じることを選んだの。。。

 

 

 

娘はその後も、学校は休まずに通い。。。

 

私は彼女が学校にいる時間は、、、

祈るような気持ちで過ごし。。。

 

 

娘が帰ってくると、「今日はどうだった?」と聞いて。

娘の様子を見ながら、怒る母を演じて。。。

 

でも、他に余計なことは一切言わなかった。

 

 

その私の姿を見せて。。。

娘自身に、いろいろ考えさせた。。。

 

 

そんな日々が、しばらく続いたけど。。。

いじめは、それ以上悪化することはなかったようで。。。

 

 

小学校の卒業と同時に、、、

それは、落ち着いた。

 

 

********

 

 

あの経験は、、、

それまでは、おっとりしていた娘に、

多少の変化をもたらした。。。

 

そうやって、子供が大人になっていく過程を。

天使が人間になっていく過程を、

傍で見ていると。。。

 

やっぱり、複雑な気持ちになった。。。

 

嬉しいような、悲しいような。。。

 

そんな気持ちだった。。。

 

 

あの時、いじめの渦中にいる娘には、、、

決して言わなかった言葉だったけど。。。

 

その言葉を、、、

高校生になった娘本人が口にした。。。

 

 

「やっぱり、私のほうにも、いじめられる

原因はあったのだと思う」

 

・・・と。

 

 

そして、もっと大人になった娘は、、、

 

「今になってみると、相手は軽い気持ちで、

ふざけていただけなのかもしれない。

 

それを私が、重く受け取りすぎて

いただけだった気がする」

 

・・・と、言っていた。。。

 

 

こうやって、、、

娘が成長し、変化するから。。。

 

「事実」も変化していくのだろうな。。。と思う。

 

 

そして、娘がこういうところに

辿り着いてくれたことは、親として、

すごく、嬉しい。。。

 

 

今になってもまだ、相手を責めていたり、

恨みを持っていたりしたら。。。

 

それはすごく、悲しいことだと思うから。。。

 

 

 

あの出来事で。。。

 

娘の心には、多少のトラウマができてしまって、

それは、性格の変化もそうだったけど、

「指の皮をむく癖」という形で、より解りやすく

表面に出てきたりもした。。。

 

 

でも、トラウマって。。。

ある意味、「教師」でもあるよね。。。

 

 

娘の魂が、あの出来事を通して学んでほしいと

願っていたことを、娘のエゴが学びきれば。

 

そういうトラウマも。

指の皮をむく癖も。

 

自然と消えていくだろうと思う。。。

 

 

********

 

 

娘を見ていても思ったのだけど。。。

 

やっぱり、私達人間は、ここで生きている限り、

どうしたって、「傷を負う」ということがあるのだな。。。と。

 

 

それは、私も同じで。。。

 

その傷は、、、ちゃんと癒してあげないと、

いつまでも痛むんだ。。。と。

 

 

あの頃は、私もやっと。。。

自分の傷に目を向け始めた頃だったけど。

 

それと時期が重なるように、こうして

娘の問題が起こったりとか。。。

 

 

うまく言えないけど。。。

 

関わる人たちのそれぞれのドラマって。。。

 

どうしてこうも見事に、、、

そして、複雑に絡み合っているんだろう。。。と。。。

 

 

その「手腕」に。。。

感動さえ覚えたりする。。。

 

 

********

 

 

つづく

昔のブログを読んでいると、

 

「なんか、随分と解ったようなことを書いてるな」

 

・・・と、苦笑いしてしまう。

 

 

解っていない時ほど、饒舌に説明できたりとか。

いかにも、解っているように語れたりとか

するんだろうな。。。と、思った。

 

 

でも、理解が深まれば深まるほど、

「それ」を言葉にすることが難しくなり。。。

 

書く文章は、、、

どんどん、抽象的になっていき。。。

 

 

解る人には解る。。。

 

 

みたいな書き方しか出来なくなっていく

感じがする。。。

 

 

********

 

 

周りの人達から、、、

「ヒーラーに向いてるよ」と言われた時。

 

 

私はまだまだ、「職業ヒーラーは邪道」という

思いが強かったから。。。

 

自分は、そんなものには絶対にならない。。。と。

 

心の中では、そう思っていた。。。

 

 

けれども、ふと、思い出したこともあった。

 

 

以前、ミクシィでフォーラムのお仲間と色々

お話していた時に、、、

 

あの、大好きだった彼が、こんなことを

言っていたのだ。。。

 

 

「みなさんには、ヒーラーの素質がありそうなので、、、

老婆心ながらアドバイスを。。。

 

ヒーラーは、ブラックコーヒーの中の

ミルクのようでなければなりません。。。

 

コーヒーの中に、完全に溶け込むのです。

 

けれどもそのあとは、そのコーヒーの中から、

ミルクだけを取り出せるようにならないといけません」

 

・・・と。

 

 

その時は私は、彼のその言葉を、、、

他人事のように聞いていた。。。

 

彼は、「みなさん」と言っていたけど。。。

 

そこに、自分が含まれているとは、、、

その時はあまり思っていなかったから。。。

 

 

それよりもなによりも、、、

 

「ヒーラーの世界」というものは、私とはまるで

別世界のことだと。。。

 

そう、思い込んでいたから。。。

 

 

あの瞑想会の時、、、

フォーラムの彼のあの言葉が、チラッと頭の中を

よぎったりもしたけれども。。。

 

その時は、あまり深く考えることもなく、、、

すぐに、忘れてしまった。。。

 

 

********

 

 

たしか、あの頃だったと思うのだけど、、、

 

毎日、怒涛のメール交換をしていた占い師の彼が、

ある時、こんな提案をしてきたの。。。

 

「一緒にホームページでも作りませんか?」

 

・・・と。

 

 

ホームページ作りには、以前にも

興味を持ったことがあったのだけど。。。

 

あの当時は、それがとんでもなく難しくて。。。

私には無理だ。。。と、いつものように、

すぐに放り投げていた。

 

でも、そういう、めんどくさいところは、

彼が全部やってくれると言ってくれたので、

私は喜んで、その話に乗った。。。

 

 

乗ったはいいけど。。。

 

いざ、記事を書こうと思ったら、、、

なんだか、何も浮かんでこなくなった。。。

 

 

彼は、「なんでもいいですよ」と言ってくれていたので、

私はなんとか、頑張ってひねり出して、

いくつか書いたのだけれども。。。

 

自分の書いたものに対して、、、

すごく、違和感があってね。。。

 

 

結局、あの話はいつの間にか、

自然消滅になったのだったと思う。。。

 

 

でも。。。

あの時、私は初めて、、、

 

「人に読んでもらうために書く」ということを意識して、

何かを書いたような気がする

 

しかも。。。

他の誰かがお膳立てしてくれた舞台で。

 

 

けれども。

 

そうすると私は、、、

何も書けなくなるんだ。。。と。

 

あの時、漠然と感じたりもした。。。

 

 

 

ただ。。。

 

あのサイトの準備のためというか、

下書き用にとブログで書き始めた記事は。。。

 

なぜか、、、何もひっかかることなく、

スラスラ書けた。。。

 

 

「光の魔法使いになるための学校」と題して、

書き始めたその一連の記事は。。。

 

女子が好きそうなおまじないとか、

天使の話とかを含めた、癒し系。。。というか、

自己啓発系の内容にしたの。。。

 

 

「これは、こういうものなのです」とか。

「こうしましょう、ああしましょう」みたいな。

 

私が大嫌いな「断言」と(苦笑)

 

あとは、おまじないや魔法の実践方法や

レシピなどを書いたりしていた。

 

 

それを書いているうちに、気づけば、

自分のブログが、ランキングで1位になっていた。。。

 

 

それによって。。。

 

「あぁ、こういう記事が、一般受けするんだ」

 

・・・ということは、すごく解ったのだけど。。。

 

 

私はなんだか、、、

すごく複雑な気分になった。。。

 

 

 

やっぱり、、、

多くの人達が、まず求めることは。。。

 

「覚醒を目指すこと」ではなくて、

「現世で幸せになること」。。。

 

・・・なのだろうな。。。と。。。

 

 

そして、そのために多くの人が、、、

まず、求めてしまうのが。。。

 

自分をひっぱっていってくれるような、

外部からの「力強い手」。。。

 

「導き手」なんだな。。。

 

・・・と。

 

 

そういうことを、、、

実感してしまったから。。。

 

 

********

 

 

その裏では。。。

 

家では、親たちとの問題が激化していた。

 

 

あの頃は、、、

親が一方的に私を責め立て、、、

 

私は、それに対して、完全に

無反応でいる。。。

 

・・・という頃だったかな。

 

 

ものすごく批判、非難しながらも、

私との関りは持ち続けたいと思っている親と。

 

ただ黙って、そこにある「何か」。。。を、

断ち切ろうとしていた私。。。

 

・・・みたいな、そんな感じだった。

 

 

今までは、熱が出た時くらいしか起こらなかった

頭痛が、普段から頻繁に起こるようになったり。

 

突然、気持ちが悪くなったりと。。。

 

体調は本当に、最悪だった。。。

 

 

 

そして、その頃に。。。

 

転校した先の学校で、、、

娘がいじめにあっていることが発覚した。

 

 

 

********

 

 

つづく

OSHOの彼が、どんな風にしてOSHOと出会い、

弟子になっていったのか。。。

 

・・・という経緯は、以前聞いたことがあったけど。

 

 

私はそれを聞いた時もやっぱり、、、

 

あぁ、彼も、成るべくして成っているんだな。。。と。

 

そう思ったのを覚えてる。

 

 

私がウイングメーカーに、初めて出会った時に

感じたこと。。。

 

「やっと見つけた」

 

・・・という、あの感覚。。。

 

 

それまでに自分に起こっていた様々な出来事が、

そこにすべて、収束したようなあの感覚。。。

 

 

そういう感覚をおそらく。。。

 

OSHOの彼も、OSHOに出会った時に、

感じたのだろう。。。と。

 

 

そんな風に思っていた。。。

 

 

 

暦の彼は、、、

たしかに、OSHOの瞑想には詳しくて、

その経験も豊富なのだろうけれども。。。

 

彼は、OSHOの彼ほどの、

「深刻さ」は持っていなかった。。。

 

 

暦の彼から漂うあの「ライトさ」は。。。

 

「OSHOに対する愛」

 

・・・の重さの違いなのだろうと。。。

 

そんな風に思った。。。

 

 

 

ウイングメーカーのフォーラムで出会った人たちと、

ミクシィで会話していた時に感じた。。。

 

「きっと、私以外の人にとってウイングメーカーは、

『たくさんある気になるもののうちのひとつ』なのだろう」

 

・・・というあの感じ。。。

 

 

多分、暦の彼にとってのOSHOも。

 

そういう感じだったのではないのかな。。。と。

 

 

********

 

 

あるコミュニティに集う人はみんな、、、

それぞれのドラマを抱えていて。。。

 

そのドラマの先に、「運命の出会い」があり。。。

 

そういう出会いが起こった時はまるで。。。

 

長い旅路を経て。。。

やっと、家に帰ってきたかのような感覚になる。。。

 

 

そこには、、、「愛」があるの。。。

 

 

OSHOの彼が集うコミュニティには。。。

そういう、「愛が重い人」が多いのかもしれないな。

 

・・・と、そんな風にも思った。。。

 

 

けれども、そういうものは、、、

 

「部外者」というか、ただ、外から眺めているだけの

人達からは、少し、不気味に見えたりすることも、

きっと、あるのだろう。。。と。。。

 

 

人は、、、理解しづらいものに対しては、

本能的に警戒するものだから。。。

 

 

だから、そういうものは、すべて、、、

 

「カルト」

 

・・・という言葉で、ひとまとめに

されやすいのだろう。。。と。

 

そんな風に思ったりもした。。。

 

 

 

カルト、、、と聞いて思い出したのは、、、

 

昔、母がそういうおかしな新興宗教に

ひっかかったこととか。。。

 

オウム真理教の事件とか。。。

 

 

そういうものに、傾倒していく人たちの気持ちが、

さっぱり解らなかった以前の私に比べると。。。

 

その頃の私には、少し変化が見えるように

なっていた。。。

 

 

昔は。。。

「部外者」の立場からしか、その景色を

眺めることしかできなくて。。。

 

だから、そういう集団はすごく、、、

薄気味悪く見えた。。。

 

 

「教祖」も、ただのおかしな人にしか

見えなくて。。。

 

だから、そんな人に心酔してついていく人達は、

「洗脳されている」とか、「騙されている」とか、

「弱みを握られている」。。。とか。

 

そんな風にしか見えなかったし。。。

 

そういう彼らに対して、、、

慈悲の気持ちを持つことは出来なかった。。。

 

 

 

けれども、ウイングメーカーと出会ったり、

OSHOの彼と出会ったりすることによって。。。

 

自分がそれを体験したり、、、

同じ感覚を体験をした人に出会うことで。。。

 

 

いろいろと、理解が深まったような気がした。。。

 

 

体験を重ねることによって、、、

「想像力」が増したの。。。

 

 

 

一見、理解できないような場に、ハマっていく人たち。。。

 

きっと、ああいう人たちにもそれぞれ、

ひとりひとりのドラマがあり。。。

 

彼らもまた、部外者からは理解できない、

「あの感覚」を、その教祖なり、コミュニティなりに、

感じたのだろう。。。と。。。

 

そんな風に思うようになっていた。

 

 

きっと。。。運命のようなものを、、、

感じたのだろう。。。と。。。

 

 

どんな人との出会いも、すべて「縁」。。。

 

だから、道を間違ってしまった未熟な

師匠に出会ってしまうことも。。。

 

そのせいで、今回の人生を棒に振ってしまうことも。

 

すべては、「縁」によって起こっている。。。

 

 

そう思ったら。。。

 

なんとも言えない気持ちになった。。。

 

簡単に、、、人を責められなくなった。。。

 

 

 

そして、、、その縁が、、、

もし、前世からずっと続いているのだとしたら。。。

 

今の自分の言葉や行動のひとつひとつが、

のちのちまでずっと、影響していくのだとしたら。。。

 

・・・と、そう考えたら。。。

 

 

今、この瞬間の行動、在り方。。。

 

・・・というものの、重みが増したような気もした。。。

 

 

 

もし私が、、、おかしな教祖と出会って、

その人に「運命」を感じたとしたら、そこに縁があり。。。

 

そして、その人の指示に従って、

自分の人生が、ボロボロになったとしても。

 

それは、縁によって起こったことであり。。。

 

 

だから、、、

すべては、自己責任であり。。。

 

誰のせいにもできない。。。と。。。

 

 

「人間Lyrica」として。。。

 

人として。。。

 

 

自分の人生に責任を持つ。。。

 

・・・ということの、本当の意味を知ったような

気がした。。。

 

 

********

 

 

そうしているうちに。。。

 

暦の彼の開催する、

瞑想会の日がやってきた。

 

 

瞑想会を開くのは、彼にとっても初めてのことで、

なので、最初は手探りの状態でのスタートだった。。。

 

セッティングを手伝って。。。と頼まれ、

私と、暦の会で出会った彼女で、

いろいろと、お手伝いをしたりして。。。

 

けっこう、ワクワクしていた。

 

 

「今日は何人くらいくるの?」と聞くと

「そんなにたくさんはいないよ」と彼は言っていたのだけど。

 

 

瞑想会に集まった人たちは、、、

思ったよりも人数が多くて、びっくりした。

 

 

その中には、暦の彼のクライアントさんが多く、

なので、「ヒーリング」に詳しい人も、

結構、いたのだったと思う。

 

 

当時の私は、、、

そういった、ヒーリングにはまったく興味がなく。

 

レイキですら、胡散臭いものだと思っていた(苦笑)

 

 

・・・というか。

 

「ヒーリング」自体が怪しいと思っていたわけではなく、

「現代ヒーラー」に対して、結構、批判的だったのだと思う。

 

 

・・・というのも、当時の私にとって、

エネルギー・ヒーリングというものは。

 

「長い間修行を積んで、マスターになってから、

やっと会得する技術」

 

・・・だったので。

 

 

講座を受講して、資格を取得して、

そんな簡単にヒーラーになるなんてことは。

 

あり得ないことだった。

 

 

 

「お金を払ってヒーラーになるなんて。

そんなのは、みんな偽物だと思う」

 

 

・・・と、暦の彼に、何の気なしに無邪気に

言ったりしたことがあり。。。

 

 

「ええと、僕もそうなんだけどね」

 

 

・・・と言われ、「あ!!そうだった!!!」と、

隠れる穴を探したくなったけど(笑)

 

笑ってごまかした。

 

 

 

あの瞑想会では、念願のナーダ・ブラ―マ瞑想を

体験できたのだけど。。。

 

なんだか、その瞑想の体験のことは、

実はあまりよく覚えていなくて(苦笑)

 

その後の出来事のほうが、、、

今の私の記憶に、色濃く残っていたりする。。。

 

 

瞑想後に、、、

ペアを組んで、軽い、ヒーリング実験の

ようなものをしたのだったと思う。。。

 

私のように、ヒーリング経験がまったくない人は、

エネルギーを送ってもらって感じてみる側で。

 

ヒーリングを学んでいる人が、送る側になった。

 

 

その時に、私とペアを組んだ女性が、、、

当時、ヒーリングを学び中の、ヒーラーの卵で。。。

 

その彼女は、私にエネルギーを送ろうとした時に、

急に、こんなことを言い出した。。。

 

 

「え?!癒そうと思ったら、なんだか、

こっちが癒されちゃったんだけど。。。

あなたから、何か、エネルギーが出てるよ」

 

・・・と。。。

 

 

それを聞いた他の人達が寄ってきて。。。

どれどれ?となり。。。

 

その彼女が、、、

 

「ここ、ここ、ここから出てる」

 

・・・というと、ヒーラー系の人達が、、、

 

「わぁ。。。本当だ~~」

 

・・・と言いだした。

 

 

私は、、、正直に言うとね。。。

 

こんなこと、書いたら怒られると思うけど。。。

 

「みんな、思い込みの激しい人たちなんだな」

 

・・・と(苦笑)

 

そんな風に思って、ほとんどまともに

聞いていなかった。。。

 

 

でもその時、あそこにいた人達に言われた言葉。。。

 

 

「あなたは、ヒーラーに向いてるよ。

絶対に、ヒーラーになったほうがいいよ!」

 

 

・・・というあの言葉は。。。

 

自分でも気づかないうちに、、、

随分と、のちの私に影響していったようで。。。

 

 

出会いって、、、

本当に、面白いものだ。。。と。。。

 

 

********

 

 

つづく

私は、自分自身で直感的にピンと来たものに関しては、

割と、迷いなく進んでいくほうなのだけど。

 

誰か他の人に、、、

 

「あなたはこうしたほうがいい」とか。

「あなたにはこれが向いている」とか。

 

そんな風に言われた時は、かなり腰が重い。。。

 

ものすごい吟味する。。。

 

 

吟味する。。。と言っても、結局は。

 

その人との人間関係を重視して、

「お付き合い」という形でそれをするか。

 

それとも、完全にスルーしてしまうか。

 

そのどちらを選ぶかを迷うだけで。。。

 

実際に、自分がやりたくてやる。。。

というわけでは、おそらくないのだろうと思う。

 

 

 

「OSHOが呼んでいる」と言われて、、、

 

自分では呼ばれている気がしないのに、

それでも、「行ってみたほうがいい?」と、

そんな風に思ったのは。。。

 

多分あれも、OSHOの彼との「人間関係」を

私は、重視したからなのだろうと。。。

 

そんな風に思う。

 

 

OSHOはともかく。

彼には、ご縁を感じていたからね。。。

 

私自身が。。。

 

 

ただ彼は、こんな風にも言っていた。

 

 

「僕が月を指すとき、、、僕の指を見ないで、

指の先にある月を見てください」

 

 

・・・と。

 

 

これもまた、実際はOSHOの言葉なんだろうけど。

 

こういうのもまた、男女の違いだな。と。

 

今は思う。

 

 

男の子の赤ちゃんは、おもちゃの車をじっと見つめ。

女の子の赤ちゃんは、人の顔をじっと見つめる。と。

 

そんな話を聞いたことがある。。。

 

 

男性性が、今、ここにないものを追い求めるのに対して、

女性性は、今、ここにあるものとの繋がりを重視する。。。

 

 

男性性は天を目指し、、、

女性性は地に降りる。。。

 

 

 

OSHOの彼は、、、

 

「出会った人はみんな、質の高い人たちだったけど。。。

 

でも、解っていたけど。やっぱり、人はそう簡単に、

生活様式を変えられないことを痛感した。

 

人生は短く、時間は有限です。

だから、僕はもっと先に進もうと思う」

 

・・・とも言っていた。。。

 

 

それは、、、

私に対して向けられた言葉ではなかったけど。。。

 

私は、彼のその言葉を聞いた時、、、

自分が責められているような気持ちになった。

 

 

だから、言ったの。。。

 

「あなたの言葉を聞いていると、焦りを感じる。

自然の流れに任せて、ゆっくり進むのではダメなの?」

 

・・・と。

 

 

すると彼は。。。

 

「流れにまかせて、来れる人と、来れない人がいる。

それは、本当にあなたのハートから来ていますか?

エゴの言い訳ではないですか?」

 

・・・と、返してきた。。。

 

 

 

彼の定義する「エゴの言い訳」と。

私が定義する「エゴの言い訳」。。。

 

それは、まったく同じものだったけど。

 

 

私は、これは私のハートからの気持ちだと

思っていることが、彼には「エゴの言い訳」に映り。

 

彼の、ハートからの言葉が、、、

私には、彼のエゴに映った。。。

 

 

こういう、ギクシャクした関係性は。。。

エゴには本当に、疲労をもたらすのだけど(苦笑)

 

 

多分。

魂は喜んでいたのだろうな。と。

 

今は思う。

 

 

********

 

 

そうやって、「強烈な誘い」をかけておいて、

肝心なことは何も教えようとしない彼に対して。

 

 

暦の彼は、もっとライトに。。。

OSHOのことを、あれこれ教えてくれた。。。

 

 

インドのプーナでは、、、

書類にサインするだけで、簡単に

OSHOの弟子になれて。。。

 

暦の彼は、悩みに悩んだ末、、、

弟子にはならなかった。。。と。

 

そう言っていた。

 

 

「なぜ、弟子にならなかったの?」

 

・・・と、私は訊いたような気がするのだけど。。。

 

あの時彼が、なんて答えたのかは、

覚えていない。。。

 

 

ただあの時。。。

 

書類にサイン。。。って。。。

弟子って、そんな簡単になれるものなの?

OSHOはもう、亡くなってるのに???

 

・・・と、ものすごく違和感を感じたのは覚えてる。

 

 

紙にサインをしただけで。。。

一般には教えられないことを、教えてもらえる

ようになるの???

 

・・・と。。。

 

 

 

そして、暦の彼が、、、

 

日本にも、OSHOの瞑想をできるところが

いくつかあるけど。。。

 

ここがお薦めだよ。。。

 

・・・と教えてくれたところは。

 

OSHOの彼のいるコミュニティとはまた別の、

コミュニティだった。。。

 

「もうひとつのコミュニティは、ダメなの?」

 

・・・と訊くと、彼はこう答えた。

 

 

「うーん。。。そこは、ちょっと。

カルトっぽいっていう噂があるんだよね」

 

・・・と。

 

 

 

あ。なるほど。。。と。

 

その時私は、思っていた。。。

 

 

********

 

 

つづく

自分の記憶のみを頼って書いていた、

物語の前半部とは違って。

 

今、書いているところを思い出そうとする時は、

昔のブログを辿ることが出来たりするので。

 

それを読みながら、ついつい、

想い出にふけってしまって、手が止まる。。。

 

 

あぁ。。。

なんだかとても、懐かしいな。。。と。

 

 

お部屋の整理をしているうちに、

昔のアルバムを発見して。

 

それに見入ってしまった時のように。。。

 

 

ただ。。。

 

当時の、核心的なことは。

 

やっぱり、ブログには書いていなかったので、

結局、自力で思い出すしかなく。

 

 

なんだか。。。

 

きっと、その渦中にいる時って、

そういうことは、なかなか書けなかったり、

話せなかったりするのだろうな。。。と思う。。。

 

 

逆に、、、

自分の中で、完全に解決したことは。

 

どんなことでも、スラスラと書けるものだな。と。

 

そんな風にも思う。

 

 

********

 

 

暦の彼が、瞑想会を開いてくれることになり、

そこで、OSHOの瞑想を教えてくれることになり。

 

それで、彼は、

どの瞑想をやりたい?と聞いてきたので、

 

私は。。。

 

 

「ナーダ・ブラ―マ瞑想」

 

・・・と答えた。。。

 

 

例の、ハミングを使った瞑想だ。。。

 

 

 

レイオルトの「歌いながら瞑想しなさい」

という言葉がキッカケとなり。

 

当時の私は、「声の響き」に対して、

ものすごく、敏感になっていたりもした。

 

 

そして。

 

梅野さんに誘われて参加したあのイベントで、

「レムリアのマントラ」というものを聞いた時、

なぜか、その瞬間。。。

 

「あ、これは本当は、倍音だったんだ」

 

・・・と。

 

そんな風に思っている自分がいてね。。。

 

 

どうしてそんなことを思ったのかは

自分でも解らないけど。

 

なんの根拠もないのに、、、

妙に確信を持っている自分が不思議で。

 

 

なので私はそれ以降、「倍音」という

キーワードが気になって気になって。。。

 

そんな時にこれもまた、すごいタイミングで

「倍音のワーク」というものに、偶然出会い。。。

 

そこで、チャクラ発声などの、

声を使った癒しや活性化ワークを

学んでみたら。。。

 

もう。。。すごく、気持ちがよくて。。。

 

その凄さに、感動してね。。。

 

 

だから私はそれ以来、、、

「声のパワー」。。。というものに、

どんどん、ハマっていくことになった。。。

 

 

以前、あのOSHOの彼が、、、

 

「ナーダ・ブラ―マ瞑想」は、

チベットに伝わる「声」を使った瞑想だと

言っていたので。。。

 

あれ以来、とても気になっていた。。。

 

 

だから。

暦の彼に訊かれた時は、私は迷いもせず、

その瞑想をあげたのだけど。。。

 

 

「なんか、マニアックなところを選ぶね」

 

 

・・・と。

 

たしか、そんな風に言われたような気がする(笑)

 

 

********

 

 

「OSHOが呼んでいる」

 

・・・と言われて以来。。。

 

 

私も、OSHOのことが、まったく

気にならなかったわけではなかった。。。

 

 

OSHOの彼が言っていた、

日本のOSHOの瞑想センターとか、定期的に

行われている瞑想キャンプとか。

 

行ったほうがいいのかな?

 

・・・と、思わなかったわけでもないけど。

 

 

でも。。。

どこかで、ものすごく躊躇している自分のことも、

完全に無視するわけにはいかなくてね。。。

 

 

「行かないといけないのかしら?」という思いと、

「行くのは絶対にイヤだ」という思いが、

自分の中に、渦巻いていたの。。。

 

 

でもきっと。。。

 

そうやって、私がすぐに行動しないことは、、、

 

OSHOの彼にはきっと、

「まだ、時期じゃないんだね」みたいに

映っているんだろうなぁ。。。と。

 

そんな風に思ったら、

なぜだか、悔しい気がしてきて(苦笑)

 

 

私はけっこう、そういうところは、

負けず嫌いでね(笑)

 

 

だから、ついつい言い訳したくなるエゴが。

私の中に、次々出てきたのだけど。。。

 

 

でもそんな時、レイオルトはこう言ってきた。。。

 

「落ち着きなさい」

 

・・・と。

 

繰り返し、繰り返し、何度も。。。

 

 

だから私は、、、

OSHOの彼に、あれこれ余計なことを

説明したくなる気持ちをグッと押さえて。。。

 

何も言わなかった。。。

 

肝心なことはすべて。

黙ってた。

 

 

そして、ただひたすら、、、

レイオルトの声に、耳を澄ますことに

集中していた。。。

 

 

OSHOの瞑想センターに行けば、、、

あの、ナーダ・ブラ―マ瞑想も、もっと

簡単に体験できたのだろうけど。

 

そんなだったから。

 

私はそこに足を運ぶことは出来なかったし。

 

 

でもまぁ、そこまでして、その瞑想を

しなくてもいいか。。。と思っていたら。。。

 

やっぱり、あちらから勝手にやってきた。

 

その瞑想を実践してみる機会が。。。

 

 

「自分にとって、本当に必要なものだったら、、、

それは、あちらから勝手にやってくる」

 

・・・と。

 

これが、私の信念。

 

 

この信念は、自分のこういう経験の積み重ねによって、

私の中に生まれたものだけど。。。

 

私がこういう信念を、自分の人生に「設定」してからは、

ますます、そういう人生になっていった。

 

 

そうやっていつも、、、

自分で創り上げる物語に感動してる(笑)

 

 

あぁ、やっぱり、魂が起こすことは、、、

すべて、完璧だ。。。

 

・・・と。

 

 

 

そうそう。。。

 

思い出したけど、あのOSHOの彼は、

 

「待っていてはいけないよ」

 

・・・なんて言っていた。。。

 

 

きっと、、、

行動しないと、何も変わらない。。。と。

 

そう思っていたのだと思う。。。

 

 

こういう考え方は、今の世に広がって、

まるで、一般常識のように浸透しているけど。

 

 

でもこれもきっと。

「男性の理論」だと。

 

私は思う。。。

 

 

 

女性は基本、信じて待っているものだし。

 

そのほうが、人生がうまくまわる。。。と。

 

 

私はね。

 

そう思ってる。

 

 

男性とは、逆なのだ。。。と。

 

 

********

 

 

そうやって、、、

自分のほうからは、決して近づこうとしなかった

OSHOだったのだけれども。

 

 

13の月の暦。。。なんて。

OSHOとはまるで無関係に見える場で

出会った人から。

 

なぜか、OSHOの瞑想を教えてもらうことになった。

 

 

・・・という流れによって、さすがに私も。。。

 

 

「うーん。。。これは。。。

真面目に、OSHOの本を読んでみる?」

 

・・・という気持ちになってきた。。。

 

 

それである日、OSHOの本を買うつもりで、

書店に向かったの。。。

 

 

でもその時、、、

そこで、OSHOの本を手に取った瞬間。

 

私の中で、何かがチラッと繋がった感覚があった。。。

 

 

なぜなら。。。

 

そのOSHOの本の帯に、、、

ある、仏教学者の推薦の言葉が書かれていて。。。

 

 

その仏教学者というのが、あの、

紀野一義さんだったから。。。

 

 

紀野先生。。。

 

母の先生の名前が。

 

そこにあった。。。

 

 

「あぁ、、、これは、何かあるんだな」

 

・・・と、その時私は感じて。。。

 

 

OSHOの本はそのまま、棚に戻した。。。

 

 

 

結局私は未だに、、、

OSHOの本は、一冊も読んだことはない。。。

 

 

ネットのサイトなどで、OSHOの言葉を読んだりすると。。。

 

彼の世界を、彼の言葉を。。。

自分がものすごく心地よく感じているのが解る。。。

 

本当に、どこまでも自分にフィットしていて、

自分が、その世界を大好きなことは解ってる。

 

 

でもきっと。

 

今生で、OSHOの本を読むことは。

 

私はきっと、ないだろうと思う。。。

 

 

その理由は。。。

 

もっとあとになってから、ハッキリ解るようになる。。。

 

 

********

 

 

つづく

リンポチェのお話会や、月の庭のイベントに

一緒にでかけて。。。

 

そしてそれが、とても楽しかったから。。。

 

ホピの彼女や主婦の彼女とは、

以前よりももっと仲良しになり。。。

 

ネット上だけのお付き合いの頃には、

まだわずかにあった、緊張感というか。

遠慮というか。。。

 

そういうものも、どんどんなくなり。。。

 

普通の気の合うお友達のように

なっていった。。。

 

 

それはとても自然なことだったのだけど。

 

なぜか私は、それがイヤだったりもした。。。

 

 

これは、私の勝手なエゴだったけど。。。

 

「慣れ合い」になってしまうのが、、、

多分、イヤだったのだと思う。。。

 

 

 

女性が馴れ合いになっていくと。。。

 

いつも、一緒にいたい。。。

なんでも、同じにしたい。。。と。

 

そんな風に思うようになるのだと思う。。。

 

 

この楽しくて癒される空間を、、、

常に、共に創っていたい。。。と。

 

 

その空間は本当に、、、

とても、心地よくて、ホッとできてね。。。

 

 

 

でもだからこそ、そこでずっと止まったままに、

なってしまうような気がした。。。

 

 

 

私は、、、

 

彼女たちと最初から、クラスメイトとか

会社の同僚とか、ママ友とか。

 

そういう形で出会っていたとしたら。。。

 

きっと、何もこだわらなかったと思う。。。

 

普通に、仲良し友達になっていたと思う。。。

 

 

 

でも。

 

ああいう場で、ああいう形で出会った人たち

だったから。。。

 

ただ普通に、心地よい関係性を築くのではなく、、、

共に、目指したかったのだと思う。。。

 

より、高みを。。。

 

 

今はまだ、「理想」でしかないものを、

「現実」に出来るように。。。

 

それを、実際に体現できる自分になれるように。。。

 

 

 

けれども、当時の彼女たちはまだ、、、

「目指すこと」よりも、「癒し」を求めていたように、

私には見えていて。。。

 

そういうことでよく。。。

ジレンマを感じるようになっていった。。。

 

 

 

そして、そういう点に関してだけは、、、

OSHOの彼や、占い師の彼や、絵描きの彼。。。

 

・・・たちのような、「男性達」と話している時のほうが、

何かがスムーズに流れる感じがして。。。

 

 

だからますます、自分の中で。。。

 

「男とは?」「女とは?」みたいなことを、

よく考えるようになったし。。。

 

 

そうしているうちにいつしか。

 

自分の中にある、「男性性」と「女性性」について、

どんどん、意識するようになっていった気がする。。。

 

 

********

 

 

スピリチュアル的な場に出かけることへの

興味は。。。

 

その頃、どんどん強くなっていっていたけど。。。

 

 

今後は、彼女たちとは行動を別にし、、、

独りで動いてみよう。。。と。

 

そんな気持ちになっていた。

 

 

そして、ミクシィの中で、あるイベントの告知をみつけ、

早速、申し込みをしてみた。

 

 

それは、「13の月の暦」の勉強会で、

毎月開催されているようなのだけど。。。

 

月によって、テーマがいろいろあり。

 

私が初めてそれに参加した時のテーマは、

「ヨガ」だった。

 

 

勉強会のあと、軽くヨガと瞑想を実践。。。

 

その時初めて、ヨガを体験した。。。

 

 

もともと、身体を動かすことは好きだったので、

とても気持ちが良くて。。。

 

そして、瞑想でリラックスできたせいか。。。

隣にいた女性と、妙に話が弾み。。。

 

勉強会が終わっても、、、

しばらくそこで、話し込んだりしていた。。。

 

 

彼女と、瞑想の話をあれこれしていたら、

反対側の隣にいた男性が、話しかけてきた。

 

 

「瞑想に興味あるんですか?」

 

・・・と。

 

 

 

その男性は、クラニオセイクラルという

ボディ・ワークをしていたヒーラーで。

 

そして、しばらく話しているうちに、

その人が、日頃から、だいぶ瞑想を

実践している人だということが解ってきた。

 

 

ついノリで(笑)

 

私は隣の女性と一緒に、、、

 

「わぁ~、じゃあ、瞑想教えてください。

ぜひぜひ、瞑想会を開いて~♪」

 

・・・なんて、軽く言ってしまったのだけど。

 

 

彼はその後、本当に瞑想会を

開いてくれることになり。。。

 

 

そういうことがキッカケで、、、

その彼とも、その後、親しくなっていった。

 

 

 

でも。。。

 

彼からよくよく話を聞いてみたら。

 

実は彼は、しばらくの間。。。

インドに行っていたそうで。。。

 

インドのプーナにある、、、

OSHOの瞑想センターにしばらく滞在して、

瞑想をしてきたのだそうで。。。

 

 

だから、OSHOの瞑想を中心に

教えてあげるよ。。。と。

 

 

彼のそんな話を聞いて、、、

私は思わず、苦笑いしてしまった。。。

 

 

 

そして。。。

 

 

「また、、、OSHOが出てきた。。。」

 

 

・・・と、心の中で囁いていた。

 

 

********

 

 

つづく

最近のブログでは過去の話しか

書いていなかったけど。

 

たまには、現在進行形のことも。。。

 

 

先日の、大型台風の日。。。

 

実は、Kバレエ・カンパニーの、

『マダム・バタフライ』の公演を観に行く予定だった。

 

 

ただ。。。

チケットを取った頃は、バレエ熱があがって

いたけれども。。。

 

夏にボッレの公演を観に行ったあとくらいから、

また、落ち着いてしまって。

 

 

正直言うと。。。

出かけるのが、少しおっくうになっていた(苦笑)

 

 

母のことがあって以来、、、

家にいることが、心地よくて心地よくて。

 

ただただ、毎日同じ生活を繰り返すことが、

妙に、幸せで。。。

 

 

だから。

以前みたいに、あちこち出かけたいとか。

そういう気持ちが、この頃あまりないのだけど。

 

あの、バレエ熱のあがったときは、

つい、その場のノリでチケットを

取ってしまったんだよね。。。

 

・・・というか、あの時は本気で行きたかった。

 

・・・つもりなのだけど。

 

 

本当に、、、熱が冷めると、

別人のようになる私(苦笑)

 

 

 

ただ、席はものすごく良い席だったし、

初演だったし。。。

 

・・・と、私を引き止める要素は、

そこにはたくさんあったし。

 

チケットを無駄にするのも。。。と。

 

いちお、行くつもりではいたのだけど。

 

 

その日に、大型台風が来ると聞いて、、、

内心、どこかホッとしてる自分がいたりした。

 

サボる口実ができたかのように(苦笑)。。。

 

 

結局。。。

台風で、公演そのものが中止となり、

チケットは払い戻されることになり。。。

 

ますます、ホッとしている自分がいて(苦笑)

 

 

熊川哲也さんをはじめ、出演者の方々や

関係者の方々。。。

 

そして、公演を楽しみにしていた方々の

ことを思ったら。。。

 

台風で、大変な思いをしている人のことを

思ったら。。。

 

ちょっと、罪悪感は感じたけど。。。

 

 

でもこれで、悟った。。。

もう、本当に。

 

 

数年前に、パリ・オペラ座の公演に行って。

 

その時の自分の冷め具合に。

 

「あぁ、これで最後だな」

 

・・・と思ったはずだったのだけど。。。

 

 

なんというか、まだ。

バレエから離れてしまうことが、微妙に

寂しかったりしたのかな。。。

 

 

でもきっと。。。

 

これで本当に最後だろうな。。。と。

 

踏ん切りがついた気がする。

 

 

********

 

 

そんなこんなしているうちに、

新天皇陛下の即位の礼。。。

 

日本って、素敵な国なんだな。と。

 

素直にそう思った。

 

 

伝統をずっと受け継いでいくことって、

すごく大変なことだと思うのだけど。。。

 

だからこそ、頭の下がる思いがした。。。

 

 

天気の奇跡も素敵だったよね。。。

 

雨があがって、虹が出て。。。

 

 

********

 

 

そして昨日は。。。

 

娘に誘われて、東京フィルハーモニーの

演奏公演に行ってきた。

 

めずらしく、息子も一緒だった。

 

 

それもそのはずで。

 

昨日は演目が、「ゲーム音楽」だったから。

 

 

 

でもそれだけではなく。。。

 

子供たちは、気遣ってくれたのだと思う。

 

 

最近、私があまりに外に出たがらないから。

たまには、どこかにひっぱっていかなくちゃ。。。と(笑)

 

 

 

 

『クロノ・クロス』

 

・・・というゲーム。

 

 

これは、昔、TSUTAYAにCDを買いに行った時、

店頭で流れていたオープニングの音楽にやられて。

 

つい、衝動買いしてしまったゲーム。

 

 

 

 

 

 

 

あの頃、ケルト音楽にハマっていたせいか。

 

この曲を聴いた時、、、

ケルトが浮かんだんだよね。。。

 

 

昨日のコンサートで、作曲者の光田康則さんは、、、

 

「(この曲を創るにあたり)北欧やバルカン半島のほうの

音楽の影響を受けた」

 

・・・って言ってたけど。

 

当時の私には、ケルトに聴こえたの。。。

 

 

そう言えば、光田さんは、

あの頃、トルコの音楽にもハマって、

そういうものも取り入れた。。。と。

 

そう言ってた。

 

 

彼のそんな話を聞いて。

 

私が、ハマるはずだよな。。。と(笑)

 

今頃になって、そう思ったりした。

 

 

 

このゲームの物語は。。。

 

今はものすごく解るのだけど、当時の私には

けっこう、難しかった。。。

 

前作の、『クロノ・トリガー』というゲームを

やっていなかったせいかもしれないけどね。

 

 

物語は、「時」がテーマになっていて。。。

 

 

そして私の中では、このゲームの物語と、

ウイングメーカーの物語が、いつもどこかで

リンクする。。。

 

 

 

これは、昨日の東京フィルの映像ではないけど。。。

 

なんとなく、雰囲気を思い出しながら。。。

余韻に浸ろうかと。。。