OSHOの彼が、どんな風にしてOSHOと出会い、
弟子になっていったのか。。。
・・・という経緯は、以前聞いたことがあったけど。
私はそれを聞いた時もやっぱり、、、
あぁ、彼も、成るべくして成っているんだな。。。と。
そう思ったのを覚えてる。
私がウイングメーカーに、初めて出会った時に
感じたこと。。。
「やっと見つけた」
・・・という、あの感覚。。。
それまでに自分に起こっていた様々な出来事が、
そこにすべて、収束したようなあの感覚。。。
そういう感覚をおそらく。。。
OSHOの彼も、OSHOに出会った時に、
感じたのだろう。。。と。
そんな風に思っていた。。。
暦の彼は、、、
たしかに、OSHOの瞑想には詳しくて、
その経験も豊富なのだろうけれども。。。
彼は、OSHOの彼ほどの、
「深刻さ」は持っていなかった。。。
暦の彼から漂うあの「ライトさ」は。。。
「OSHOに対する愛」
・・・の重さの違いなのだろうと。。。
そんな風に思った。。。
ウイングメーカーのフォーラムで出会った人たちと、
ミクシィで会話していた時に感じた。。。
「きっと、私以外の人にとってウイングメーカーは、
『たくさんある気になるもののうちのひとつ』なのだろう」
・・・というあの感じ。。。
多分、暦の彼にとってのOSHOも。
そういう感じだったのではないのかな。。。と。
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あるコミュニティに集う人はみんな、、、
それぞれのドラマを抱えていて。。。
そのドラマの先に、「運命の出会い」があり。。。
そういう出会いが起こった時はまるで。。。
長い旅路を経て。。。
やっと、家に帰ってきたかのような感覚になる。。。
そこには、、、「愛」があるの。。。
OSHOの彼が集うコミュニティには。。。
そういう、「愛が重い人」が多いのかもしれないな。
・・・と、そんな風にも思った。。。
けれども、そういうものは、、、
「部外者」というか、ただ、外から眺めているだけの
人達からは、少し、不気味に見えたりすることも、
きっと、あるのだろう。。。と。。。
人は、、、理解しづらいものに対しては、
本能的に警戒するものだから。。。
だから、そういうものは、すべて、、、
「カルト」
・・・という言葉で、ひとまとめに
されやすいのだろう。。。と。
そんな風に思ったりもした。。。
カルト、、、と聞いて思い出したのは、、、
昔、母がそういうおかしな新興宗教に
ひっかかったこととか。。。
オウム真理教の事件とか。。。
そういうものに、傾倒していく人たちの気持ちが、
さっぱり解らなかった以前の私に比べると。。。
その頃の私には、少し変化が見えるように
なっていた。。。
昔は。。。
「部外者」の立場からしか、その景色を
眺めることしかできなくて。。。
だから、そういう集団はすごく、、、
薄気味悪く見えた。。。
「教祖」も、ただのおかしな人にしか
見えなくて。。。
だから、そんな人に心酔してついていく人達は、
「洗脳されている」とか、「騙されている」とか、
「弱みを握られている」。。。とか。
そんな風にしか見えなかったし。。。
そういう彼らに対して、、、
慈悲の気持ちを持つことは出来なかった。。。
けれども、ウイングメーカーと出会ったり、
OSHOの彼と出会ったりすることによって。。。
自分がそれを体験したり、、、
同じ感覚を体験をした人に出会うことで。。。
いろいろと、理解が深まったような気がした。。。
体験を重ねることによって、、、
「想像力」が増したの。。。
一見、理解できないような場に、ハマっていく人たち。。。
きっと、ああいう人たちにもそれぞれ、
ひとりひとりのドラマがあり。。。
彼らもまた、部外者からは理解できない、
「あの感覚」を、その教祖なり、コミュニティなりに、
感じたのだろう。。。と。。。
そんな風に思うようになっていた。
きっと。。。運命のようなものを、、、
感じたのだろう。。。と。。。
どんな人との出会いも、すべて「縁」。。。
だから、道を間違ってしまった未熟な
師匠に出会ってしまうことも。。。
そのせいで、今回の人生を棒に振ってしまうことも。
すべては、「縁」によって起こっている。。。
そう思ったら。。。
なんとも言えない気持ちになった。。。
簡単に、、、人を責められなくなった。。。
そして、、、その縁が、、、
もし、前世からずっと続いているのだとしたら。。。
今の自分の言葉や行動のひとつひとつが、
のちのちまでずっと、影響していくのだとしたら。。。
・・・と、そう考えたら。。。
今、この瞬間の行動、在り方。。。
・・・というものの、重みが増したような気もした。。。
もし私が、、、おかしな教祖と出会って、
その人に「運命」を感じたとしたら、そこに縁があり。。。
そして、その人の指示に従って、
自分の人生が、ボロボロになったとしても。
それは、縁によって起こったことであり。。。
だから、、、
すべては、自己責任であり。。。
誰のせいにもできない。。。と。。。
「人間Lyrica」として。。。
人として。。。
自分の人生に責任を持つ。。。
・・・ということの、本当の意味を知ったような
気がした。。。
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そうしているうちに。。。
暦の彼の開催する、
瞑想会の日がやってきた。
瞑想会を開くのは、彼にとっても初めてのことで、
なので、最初は手探りの状態でのスタートだった。。。
セッティングを手伝って。。。と頼まれ、
私と、暦の会で出会った彼女で、
いろいろと、お手伝いをしたりして。。。
けっこう、ワクワクしていた。
「今日は何人くらいくるの?」と聞くと
「そんなにたくさんはいないよ」と彼は言っていたのだけど。
瞑想会に集まった人たちは、、、
思ったよりも人数が多くて、びっくりした。
その中には、暦の彼のクライアントさんが多く、
なので、「ヒーリング」に詳しい人も、
結構、いたのだったと思う。
当時の私は、、、
そういった、ヒーリングにはまったく興味がなく。
レイキですら、胡散臭いものだと思っていた(苦笑)
・・・というか。
「ヒーリング」自体が怪しいと思っていたわけではなく、
「現代ヒーラー」に対して、結構、批判的だったのだと思う。
・・・というのも、当時の私にとって、
エネルギー・ヒーリングというものは。
「長い間修行を積んで、マスターになってから、
やっと会得する技術」
・・・だったので。
講座を受講して、資格を取得して、
そんな簡単にヒーラーになるなんてことは。
あり得ないことだった。
「お金を払ってヒーラーになるなんて。
そんなのは、みんな偽物だと思う」
・・・と、暦の彼に、何の気なしに無邪気に
言ったりしたことがあり。。。
「ええと、僕もそうなんだけどね」
・・・と言われ、「あ!!そうだった!!!」と、
隠れる穴を探したくなったけど(笑)
笑ってごまかした。
あの瞑想会では、念願のナーダ・ブラ―マ瞑想を
体験できたのだけど。。。
なんだか、その瞑想の体験のことは、
実はあまりよく覚えていなくて(苦笑)
その後の出来事のほうが、、、
今の私の記憶に、色濃く残っていたりする。。。
瞑想後に、、、
ペアを組んで、軽い、ヒーリング実験の
ようなものをしたのだったと思う。。。
私のように、ヒーリング経験がまったくない人は、
エネルギーを送ってもらって感じてみる側で。
ヒーリングを学んでいる人が、送る側になった。
その時に、私とペアを組んだ女性が、、、
当時、ヒーリングを学び中の、ヒーラーの卵で。。。
その彼女は、私にエネルギーを送ろうとした時に、
急に、こんなことを言い出した。。。
「え?!癒そうと思ったら、なんだか、
こっちが癒されちゃったんだけど。。。
あなたから、何か、エネルギーが出てるよ」
・・・と。。。
それを聞いた他の人達が寄ってきて。。。
どれどれ?となり。。。
その彼女が、、、
「ここ、ここ、ここから出てる」
・・・というと、ヒーラー系の人達が、、、
「わぁ。。。本当だ~~」
・・・と言いだした。
私は、、、正直に言うとね。。。
こんなこと、書いたら怒られると思うけど。。。
「みんな、思い込みの激しい人たちなんだな」
・・・と(苦笑)
そんな風に思って、ほとんどまともに
聞いていなかった。。。
でもその時、あそこにいた人達に言われた言葉。。。
「あなたは、ヒーラーに向いてるよ。
絶対に、ヒーラーになったほうがいいよ!」
・・・というあの言葉は。。。
自分でも気づかないうちに、、、
随分と、のちの私に影響していったようで。。。
出会いって、、、
本当に、面白いものだ。。。と。。。
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つづく