『月の庭』のようなイベントで展開される場は。。。
私にとっては、「非日常」の空間だった。。。
そういう、非日常空間の中では、、、
自分の意識が普段とは変わって。
陶酔感を味わえることは、、、
昔から知っていた。。。
若い頃、あんなにライヴ通いに
熱中していたのも。。。
その心地よさを求めてだったから。。。
若い頃は、ロックのコンサート。。。
みたいな形の刺激がフィットした。。。
けれども、大人になると。。。
当時とは、また違った形での「刺激」が
必要になったのだろうな。。。とも思う。。。
ずっと同じ「形」のままだと、
飽きが来てしまう。。。というか。
感覚がマヒして、刺激が刺激ではなくなる。。。
「非日常」が「日常」になる。。。
だから。。。
未知の刺激。。。を求め始める。。。
「非日常」の陶酔感を得るために。。。
それが私の場合、、、
その時の自分にフィットした「刺激」が。
スピリチュアル的なイベントだったのだろう。。。
あの頃はまだまだ。。。
そういう「刺激」を求めていた。。。
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そんな「非日常」とは裏腹に。。。
「日常」ではまた、問題が起こり始めていた。
『月の庭』のイベントに行ったのは、
2006年の11月の満月の夜だったけど。。。
そこから遡ること、約2ヶ月。。。
あれは。。。
忘れもしない、2006年9月の満月の夜。
私は家で、大爆発を起こしていた。。。
実家で、私の親と同居するようになり、
半年ちょっと過ぎたあたりだった。。。
まったく予想もしていなかった
娘夫婦との同居生活は。。。
案の定、私の両親たちに、
ストレスを与えていたようだった。
ただ、、、
さすがに両親も、私が哀れに見えていたのか(涙)
私に対して、何か文句を言ってくることはなかった。
夫に対して、いろいろ思うことがあったのは、
見ていて解ったけど。。。
けれども、夫に対しても、、、
両親は、直接何かを言ったりはしなかった。。。
けれども、そんな両親たちが、、、
そのストレスのはけ口にしているのが、
子供達だった。。。
多分、父も母も、完全に無意識だったと思う。
悪気もなかったのだと思う。。。
けれども、そういう、、、
「悪意なき悪意」
・・・というものは、ちょっとやっかいで。
私もいろいろ、対応が難しかった。。。
だって親達には、その「自覚」がないから。。。
下手に何かを言ったら、、、
よけいに、めんどくさいことになりそうで(苦笑)
でも、、、
人って、無意識でいるとこうやって。。。
どうしても、「弱い者」に対して、
その攻撃性を向けてしまうものなのか。。。と。
なんだか、、、悲しい気持ちになっていた。。。
夫と結婚して、彼の実家で同居していた頃も。。。
やはり、半年を過ぎた頃から、
いろんなことが起こり始めた。。。
その時、夫がチラッとこぼした言葉を、、、
今でも覚えてる。。。
「うちの親がこんな風になるなんて、
思ってもいなかった」
・・・・と。
なんだか夫は、、、
ショックを受けていたようだった。。。
結婚して、子供を生んで。。。
そうやって自立したあとに、また改めて
自分の親と一緒に暮らしてみると。。。
今までとは違う、親の一面が、
いろいろと見えるようになってくる。。。
それまでは、「親」以外の何者でもなかった人が、、、
「ひとりの人間」に見えてきたりする。。。
そうやって、「ひとりの人間」として親を見た時、、、
彼らの「弱さ」があれこれ見えてきて。。。
だから、子供はショックを受けるのかもしれない。。。
子供にとって親というのは、、、
絶対的な存在。。。というか。。。
「自分よりも優れた完璧な人」みたいな。。。
そんなイメージが、無意識にあるのだと思う。。。
それが、崩れていくとき。。。
やっぱり、ショックを受ける。。。
私も、そうだった。。。
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娘にも息子にも、それぞれ「個性」があって。。。
その個性にあった褒め方、叱り方がある。。。と。
私は常々思っていたのだけど。。。
私の親たちは、孫を叱るとき。。。
特に、息子に向かって。
「この子にそれを言っちゃダメだよ」
・・・みたいなことを、よく言っていた。
けれども。。。
こうして同居することになり、
両親に迷惑をかけることになったことに、
責任を感じていたので。
そういう両親に対して。。。
私も、何も言えずにいた。。。
遠慮の気持ちがあったの。。。
・・・と同時に、子育てに対して私が重要だと
思うポイントと。
親達が重要だと思っているポイントが
ズレすぎていて。。。
私も多少、ストレスを感じたりもしていた。。。
そして、ある日。。。
とうとう、恐れていたことが起こってしまった。
夕食時、息子がおかずを残すと。。。
父と母が、息子を叱った。。。
私は、父と母、そして、息子の様子を
同時に観察しながら。。。
「この子に、そういう叱り方はしないでほしい」
・・・と思っていたけど。。。
黙って見ていた。。。
すると。。。
それまで黙っていた息子が、いきなり立ち上がり、、、
ものすごい怒りエネルギーを振りまきながら、
何も言わずに、部屋を出ていってしまった。
一瞬、部屋の中が、、、シーンとなった。
母が、ちょっとオロオロしながら、私に、、、
「あんた、ちょっと様子見てきなさいよ」
・・・と言ってきたけど。。。
私はそのまま、食事を続けた。。。
息子のことは、追わなかった。。。
ちょっと、見てくるわ。と言った母を制止し、
落ち着かない親達が、息子の話を振ってきても。
私は、何も答えなかった。。。
息子のこと以外の話題だったら、、、
普通に話していたけどね。。。
娘は、、、
あの時まだ、小学生だったにも関わらず、、、
見事に、私の心を読み。
私とまったく同じ態度をとっていた。。。
そのあと、普通に後片付けをして。
息子のいる部屋に戻った。。。
息子は、部屋でひとりでゲームをしていた。
そこへ、私と娘が戻ると。。。
息子は、「おかえり」と言い。
私達三人は、さっきのことは、
何もなかったかのように、、、
いつも通り、みんなで笑って過ごした。。。
誰も、リビングでのことには、
触れなかった。
そして次の日からも、、、
またしばらく、普通の日々を過ごしていた。
でも。。。
実はあの時、私は決心していたの。。。
夫にも、誰にも言わずに。。。
ひとりで、心の中で。
もし、次に、両親があれをやらかしたら。
その時は、私が思いきり爆発しよう。。。と。
私が思いきり、「ダメな娘」を演じて。
両親がストレスをぶつける矛先を、
子供達ではなくて、自分に向けよう。。。と。
ずっとこのままだったら。。。
息子の心に、傷が残りかねない。。。と。
そのことが、心配だったから。
そして、それが起こったのが、、、
2006年の9月の満月の夜だった。。。
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あの時の爆発の影響は。。。
その後、何年も尾を引くことになった。。。
「息子のため」。。。と。。。
あの時、私のエゴはそう思っていたけど。。。
でも本当は、それは。。。
私自身を癒していく旅の始まりであったことには。。。
ずっとあとになってから、
気づいた。。。
19歳であの体験をして以来、、、
いつも、どこか楽観的で。。。
なんでも成るように成ってる。。。と。
そして、すべてが幻想なのだ。。。と。
心底、そう思って生きてきた。。。
だから、どんなに大変なことが起きても、
あまり、深く思い悩むことはなかった。。。
でも、あの爆発がキッカケとなり、、、
それでもやっぱり、「人間Lyrica」は、
傷つくこともあれば、悲しむこともあったんだ。
・・・と、やっとそこに、、、
気づいてあげられるようになっていく。
今までずっと、無視し続けてきた、
自分の中の「インナー・チャイルド」の
泣き叫ぶ声に。。。
初めて意識を向けるキッカケとなったのが、
あの時のあの、「爆発」だったのだと思う。。。
「浄化・癒し」の旅は。。。
これまでとは違って、あれこれ大変なこともあり。
今までみたいに「すべて幻想」で片づけていれば、
人生もっと、ラクラクだったんじゃないの?
・・・と、途中で何度も思ったりしたけど。。。
でも、それではきっと。。。
人の痛みを、ちゃんと理解できない人に
なっていたかもしれないな。。。
・・・とも思う。。。
その頃から私は、風邪を引きやすくなり、
体調を崩すことが多くなり。。。
仕事も一旦、やめることになった。。。
そういう時期でもあった。。。
スピリチュアル的な場に、、、
あちこち、出向くようになったのは。。。
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つづく