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arisionのブログ

思いついたことを書いています。
思いつかないと書かないので、更新は不定期です。

私は、インターネットで買い物をする場合、ヨドバシ・ドット・コムとアマゾンを、よく使います。
信頼性と価格を考慮した結果です。
ヨドバシの価格から、付与されるポイントを差し引いた金額が、ほぼアマゾンの価格です。
なので、場合によって両方のサイトを使い分けていました。
ただ、あとからポイントを貰うより、支払金額そのものが安い方がいいので、アマゾンを使うことが多くなっていました。

最近、アマゾンが、商品の種類によって、従来は送料無料だったものを、二千円未満は送料有料にしました。
送料が無料であるヨドバシとの、パワーバランスが、崩れました。

この度、二千円未満の欲しいものがあって、改めてどこで購入するか、考えました。

1.アマゾンで購入すれば、送料が掛かり、ヨドバシより
  割高です。
2.ヨドバシで購入すれば、貰うポイントを差し引いた
  金額が、アマゾンの価格とほぼ同じで、アマゾンの
  送料を含めれば、ヨドバシの方が割安です。
  ただ、現金で支払う金額がポイント分だけ高くなり、
  ポイントはヨドバシでしか使えません。
3.アマゾンで、別のものを一緒に購入して、合計価格を
  二千円以上にすれば、送料が無料になり、割安です。

このように考えると、3案が良いような気がするのですが、アマゾンの戦略に嵌められている気がして、気が進みません。
アマゾンのプライム会員になると、送料は無料になりますが、会費が発生するので、それも嫌です。
そして、いろいろ考えた結果、いい案を思いつきました。

4.ヨドバシで購入するが、購入する際に、買い物で
  貰う分と同じだけのポイントを使用する。

4案ですと、支払う金額はアマゾンの価格とほぼ同じで、かつ送料は無料です。
しかも、ヨドバシのポイントの増減はありません。
別のものを、一緒に買う必要もありませんので、企業の戦略に嵌められたという敗北感も、感じないで済みます。

当面は、この方法で、ネット通販を利用したいと思います。


espoirさん(2015/11/4 上野路上にて)
左:mizukiさん 右:asamiさん

前回のブログで書きました通り、私は、歌手ユニットespoirさんを、応援しています。
今回は、どこが魅力なのか、書いてみます。

1.歌の魅力
歌手ですから、歌がよくて応援しているという点は、勿論あります。
かつては、別の人が作った曲を歌っていたそうですが、最近歌う曲は、歌詞もメロディも、総てお二人が作っています。
シンガーソングライターユニットです。
まず、歌詞が良いです。
espoirというユニット名は、フランス語で「希望」という意味だそうですが、ユニット名通り、希望に溢れた歌詞です。
夢、希望、応援といったテーマの曲が目立ちます。
メロディも、良いです。
明るい曲から、激しい曲、じっくり聴かせる曲まで、揃っています。
現在は、非常に暗い世相だと感じていますが、世相の暗さを忘れさせてくれます。
「パンチ系voiceのmizukiとハイトーンvoiceのasami」と、espoirさんのオフィシャルブログに書いてありますが、二人の声の使い分けが、絶妙です。
asamiさんが高音で延ばしたところに、mizukiさんが声をかぶせるところが特に良いのですが、このお二人にしかできない表現だなあと思います。
あと、歌に込めた感情が、伝わってくる気がします。
「音程がいい歌手」は多々いますが、感情が伝わってくると思える方は、なかなかいません。

2.二人の関係
お二人それぞれが、魅力的なキャラクターです。
でも、私がそれ以上に注目しているのは、二人の関係です。
勿論、本当のところは、当人にしかわかりませんが、ツイキャスなどで、二人が話しているところを見ると、とても好ましいです。
お互いに、言いたいことが言える関係に、見えます。
お互いに、相手の努力と実力を認めている気がします。
世間によくあるコンビでは、どちらかが一方的にえばっていて、もう一人の人が相手に気を使っていたりします。
私は、そういうコンビを見ると、嫌になってしまいます。
気を使う方の人が、可哀そうに思えてしまいます。
espoirさんは、二人で対等な関係でやっているように見えます。
見ていて、とても気持ちがいいです。
素晴らしい人間関係だと思います。
私にとって、この点が、歌と共にもう一つの魅力です。

私が、勝手なことを書いていますため、もし、espoirさんのお二人ご本人が読まれて、不快な点がありましたらご容赦ください。
ご指摘いただければ、修正・削除いたします。


espoirさん
espoirさん (2016/03/02 上野路上にて)

昨年の9月のことです。

国会議事堂前からの帰り道、散歩がてら、かなりの距離を歩きました。
東京駅を超えて、神田を超えて、秋葉原を超えて、上野まで歩きました。
上野駅不忍口のガード下で、二人の女性が、路上ライブをやっていました。
espoir(エスポワール)というユニット名の、歌手でした。

私は、あまり路上ライブを立ち止まって聴くことはないのですが、そのときは何故か興味をひかれて立ち止まりました。
元気な曲や、スローな曲など、何曲か聴きました。
聴いていて、いいなあと、思いました。
CDとグッズの即売もやっていました。
それで、曲の合間に声を掛けて、CDを売ってもらいました。
路上ライブはまだ続いていましたが、その
日はそれで帰りました。

翌日の朝、前日購入したCDをパソコンに入れて、曲を取り込みました。
聴いてみると、とても良いのです。
繰り返し聴いていたら、いつの間にか三時間経っていました。
早速、espoirさんのアメブロに、CDの感想を書きました。
それ以来、都合がつけば、路上ライブの場所へ行き、生歌を聴いています。

昨年末に、ライブハウスでのワンマンライブがあり、生まれて初めてライブハウスという場所に入りました。
路上では等身大に見えるお二人が、ステージの上では、大きく、輝いて見えました。
歌手って、ステージの上で輝くものなんだなと、思いました。

このままだと、大倒産時代が、来るような気がします。
大企業が儲かるのは、庶民が購入するからという面が大きいと思います。
勿論、業種によりますが。
庶民を締め付けて、庶民がお金を使わないようになってしまったら、しわ寄せを受けるのは、結局、大企業だと思います。

かつて、山一證券や北海道拓殖銀行が、倒産した時代がありました。
そんな時代が、すぐそこまで、来ている気がします。
いや、もっとすごいかもしれません。
根本的な景気対策がされないと、悲惨な時代に突入しそうな気がします。

私の場合、初対面の人に対して、どんな風に話しかけようかとか、顔で判断する要素が大きいと思います。
会話を始めると、今度は、相手の表情が気になります。
ある話題に対して、相手の表情に表れる感情が、自分の感情に近いと、相手との距離を近く感じます。
自分が温かいと感じる話題について、相手の人の表情が温かいと思えば、価値観が近いと思います。
自分の感情と相手の表情が反するものであれば、この人とは付き合い難いと、思ってしまいます。

人と人の距離感は、いろいろな事象に対する感情が、自分と似ていると感じるか違うと感じるかの積み重ねによって、できるものだと思います。
ただ、表情とか感情をどれだけ重視するかということも、個人毎に異なります。
世間には、感情に敏感な人もいますし、無頓着な人もいます。
ですので、自分が相手に対して感じる距離感と、相手が自分に対して感じる距離感は、若干違っているはずです。

初対面の際に、顔で判断した印象と、話してみて表情で判断した印象は、しばしば違います。
だから、初対面の人に対して、できるだけ先入観を持ちたくないと思っています。
そうは思っても、やはり先入観を持つことは、避けられません。


以前、ある地方議会の議員のセクハラ疑惑のニュースを見ました。
私は、その記事の議員の名前のところは読まずに、インターネットでその地方議会の議員紹介ページを見てみました。
そうしたら、全議員の顔写真が掲載されていました。
写真を見て、私は、「セクハラ疑惑はこの議員に違いない」と、思いました。
もう一度記事を見て、名前を確認したら、当たっていたので笑ってしまいました。(所属政党はご想像に任せます。)
セクハラが事実かどうか分からないので何とも言えませんが、「顔で判断」というのも、間違いではないのかなという気も、少ししました。

行政の姿勢として、国民年金の支給額を減らしたいという方向を、感じます。
老後であっても、年金だけで暮らそうとせずに、現金収入のある仕事をしてほしいのかなと、思います。

所得税の配偶者控除を無くそうという話を、ときどき聞きます。
配偶者控除が無くなれば、納税額が増えて、実質的な収入は減ります。
家庭内の実質的な収入を維持するためには、現金収入を増やさなければなりません。
手っ取り早く現金収入を増やすには、配偶者の働く時間を増やすということになります。

これらの事を考え合わせると、賃金の発生しない家の中の仕事の時間を減らして、賃金の発生する仕事の時間を増やすことを、奨励したいのかなと思います。
家の中の仕事とは、例えば、育児、調理、洗濯、掃除、孫の世話などです。
いずれも、納税の伴わない仕事です。
一方、賃金の発生する仕事とは、納税の伴う仕事です。
納税の伴わない仕事の時間を減らして、納税の伴う仕事の時間を増やすことを、奨励したいのかなと思います。
「一億総活躍社会」とは、「一億総納税社会」ということなのかなと、思いました。

行政の立場からすれば、税収を増やしたいのだと思います。
しかし、家の中の仕事の時間を減らすということは、一面、育児の時間も減らす方向ということです。
子供が成長して賃金のある仕事に就けば、納税者になります。
税収を増やすための、根本的な対策は、子供を増やす事だと思います。

短期的な視点で考えるか、長期的な視点で考えるかの違いなのかなと、思いました。

最近、捕物小説を、よく読みます。
現実の世界と直接関係がない、ファンタジーの世界なので、気楽に読める気がします。
あくまでも小説であって、作者が都合のいいように話を作っているとは思います。
でも、時代考証もしているはずと思い、小説の中の社会と現在の社会を、つい比較してしまいます。

江戸時代は、健康保険がありません。
だから、家族が怪我をしたり病気になると、医療費が大変な負担になったようです。
一家の働き手が健康を害したりすれば、一家の収入が途絶えてしまい、大変なことになるようです。

雇用保険もありませんし、生活保護もありません。
だから、仕事が無くなってしまうと、たちどころに生活に困ったようです。
私は、リストラされて退職した後、雇用保険で、かなり助かりました。

年金もありません。
歳を取って働けなくなったら、大変そうだなと思います。
子供や孫が居れば、世話になるという選択肢はあると思います。
でも、独り身の場合、働けなくなったらどうなるのか、考えたくありません。

捕物小説を読むと、現在の社会保険制度は、よくできていると思います。
社会保険制度が、ますます発展するよう、願ってしまいます。

私が、まだずっと若かった頃の酒席での話で、今でも印象に残っているものが二つあります。
それらについて、書きます。

昭和の終わり頃だったか、平成の初め頃のことです。
同じ職場の人と数人で、仕事帰りに居酒屋へ行きました。
いろいろな話をする中で、ある先輩が、「今の(当時の)この国は、理想社会ではないか」と言いました。
平和で、貧富の差が小さいからとのことでした。
その時の私は、反論こそしませんでしたが、ピンときませんでした。

もう一つ、前述の話より後だったと記憶しています。
サッカーのJリーグが、始まった初期の頃だったと思います。
やはり、職場の人と居酒屋へ行った時のことです。
ある先輩(前述の先輩とは別の人)が、「サッカーが盛んな国は政情不安な国が多いので、この国も政情不安にならないか、心配だ」と言いました。
私は、「まさか、そんなことはないだろう」と思っていました。
将来の話なので、同席者は肯定も否定もせず、頷くだけでした。
私は、サッカーと政情不安は、直接は関係なく、考え過ぎではないかと思いました。

以上、二つの話を、最近、度々思い出します。
今になってみると、発言者の慧眼に驚くばかりです。

今回の辞任について思うことを、思いつくままに書いてみます。

スキャンダルの暴露には、暴露を主導する人が居るものと想像します。
その人が誰であるかと、その人の目的が何かが、気になります。
大臣を辞任させることが目的なら、すでに目的を果たしたことになります。
大臣本人への恨みが動機なら、これで終わりです。
そうでなく、もっと別の事が目的なら、これから続きがあるはずです。

とりあえず、後任の大臣になった人が、当面、利益を得たと考えられます。
私の主観ですが、彼が用意周到な戦略を使う人のようには思えません。
もっと別の人だと思います。

後任者は、微妙な人だなあと思いました。
一つ言えることは、答弁がヘタな上に、失言が多いという実績があります。
昨年の戦争法案の国会答弁がひどくて、委員会の審議が度々ストップしました。
今度の国会でも、同じような審議ストップや、大臣の立ち往生が、多発しそうな気がします。
彼を選んだということは、答弁は誰にやらせても同じと、考えているのでしょう。
そうでなければ、せめてもう少し関わりの強い人を選ぶはずです。
アリバイ作り的に審議時間だけを積み重ねて、一定の審議時間を稼いだら、審議の内容に関わらず強行採決という方針が、透けて見えるような気がします。

大臣として相応しくないということは、国会議員としても相応しくないと思います。
ですが、このような場合いつも大臣辞任で決着してしまうのが、不思議です。

この先、どのような続きがあるのか、見守りたいと思います。
ただ、全体像があまりに大きいと、一連の流れということさえ、分からないかもしれません。
現在の私の最大の関心事は、家族を守ることです。
具体的には、家内と子供を守ることです。
単に日常的に、生活を守り安全を守ることはもちろんです。
加えて、将来的にも家族の生活が守れるようにすることが、私の人生のテーマです。

家内は私と同世代ですので、リアルタイムで私ができることをして、守ります。
次の世代である子供の生活も、少しでも良くなるようにしたいと、いつも思っています。
子供の生活を守るために考慮することは、政治です。

「国を守る」という言葉の中でいう「国」は、「国民」の場合と「行政機構」の場合があります。
(前述の二つ以外の意味の場合も、勿論あると思います。)
同じ「国を守る」という言葉も、語る人によって「国民を守る」の場合と「行政機構を守る」の場合があります。
前者の意味では、行政機構が体を張って国民を守るということで、後者では国民が体を張って行政機構を守るということになります。
意味が、まるきり逆です。
政治家が、単に「国を守る」という場合、どちらの意味で使っているかを見極めないと、自分の気持と真逆の政治家に投票してしまう可能性があります。

政治に関心を持ったとしても、個人にできることは、限られています。
直接的にできることは、投票です。
政治の投票を棄権するという選択肢は、今の私にはありません。
候補者の主張を見極めて、必ず投票に行きます。

それ以外に、自分と同じような考えで、世間的に影響力のある人を、応援しています。
私が何らかの主張をしても、影響範囲は限定されていますので、影響力のある人を応援する方が、効果が大きいと思います。
若い頃に、労働組合に動員されて、選挙の応援をしたことがありますが、その後は政治的な活動とは無縁でした。
今では、誰にも頼まれないのに、自主的に、自分と同じような考えの人を、応援しています。
それが、家族を守ることにつながると、思います。