不動産には、土地と建物があります。
建物は、誰かが相応の負担をして作るものなので、所有者が居るのは分かります。
自分が、電気屋さんでパソコンを購入すれば、自分のパソコンであると認識するのと似ています。
しかし、土地の所有権って何だろうと、考えてしまいます。
土地は、誰かが作ったものではなく、地球に元々あったものです。
誰のものでもないし、あえて言うなら、みんなのものだと思います。
動物も植物も含めて、みんなのものだと思います。
それがなぜ、個人の所有になっているのだろうと、不思議に思います。
さらに、親が地主なら、それを相続した子供も、地主になります。
この国に、同じように生まれても、生まれた時点で差があるって、不公平この上ないと思います。
この国では、土地の所有権を、国が管理しています。
なので、国という概念が消滅してしまえば、土地の所有権も消滅してしまうかもしれません。
土地の所有権は、とても曖昧な権利だと思います。
こんなことを考えると、サラリーマンが長い間に得た給料を注ぎ込んで、土地や家を購入することが、空しく思えてきます。
私は、学校を卒業した後、会社に就職しました。
その会社で、嫌なことがあろうと我慢して、何年も勤めました。
或る時に、リストラの対象になりました。
私は、割増の退職金をもらって、会社を辞めました。
その後、別の会社に勤めたり、ハローワークの一年契約の職員をやったりしました。
そして、整体学校に通ったことをきっかけに、自営業を始めました。
自営業を始めてみて、会社員との違いを痛感しました。
一番いいところは、何でも自分の意思で決められることです。
逆に、会社員の煩わしいところは、上司の判断を仰がなければならないことです。
自営業を始めなければ、一生気付きませんでした。
考えてみると、私が受けた学校教育では、自分で判断して決めるということが、殆どありませんでした。
授業とは、教師が「唯一の正解」を持っていて、正解そのものを覚えたり、正解の探し方を伝授される事でした。
例え、生徒が正しい主張をしても、教師に否定されたらそれは不正解でした。
教師への反論は、許されませんでした。
結局学校とは、組織の歯車となって働く人の養成所だったのかなと、思います。
政治家にしても、会社の経営者にしても、「一人一人が意見を持たない」とか、「自分で判断しない」ということは、とても都合のいいことだと思います。
言われたことに黙々と従う、国民や社員は、とても扱いやすいことでしょう。
学校教育の目的は、人々を従順にし、従順でない人は排除することなのかなと思います。
学校教育には、一人一人の個人が幸せになる事とは別の価値観が、潜んでいる気がします。
2000年当時、私は東北地方のある街に住んでいました。
その頃、テレビでよく、プロレスを観ていました。
2000年1月4日に、新日本プロレスのビッグマッチがあり、私はテレビで観るのを楽しみにしていました。
ビッグマッチは二試合ありました。
一つは、武藤対蝶野の決戦で、もう一つは健介対天龍のIWGPタイトルマッチでした。
どんな試合になるのか、楽しみでした。
一方、この年の2月だったと思いますが、私の住む街で新日本プロレスの興行があるとの事で、1999年の年末頃から、街中にポスターが貼られていました。
ポスターでは、蝶野と健介が大写しになっていました。
このポスターを見て、私は唖然としました。
ビッグマッチの結果、蝶野と健介が勝つことを暗示するようなポスターです。
もし、二人とも負けてしまったら、とても間の抜けたポスターになってしまいます。
逆に、二人とも勝ったなら、プロレスには予めストーリーがあるのかな?ということになりそうです。
まあ、真剣勝負の結果、偶然この二人が勝つ可能性も、ありますが。
そして、試合当日になり、私はテレビで中継を見ました。
勝者は、蝶野と健介でした。
間の抜けたポスターには、なりませんでした。
そして、私は悟りました。
プロレスは、こういうものなのだと。
この話は、読んで気分の悪くなる方もいるかもしれないことを、最初にお断りしておきます。
少なくとも、楽しい話ではありません。
私は、小学生の頃、受験勉強をさせられ、合格した私立中学校へ通いました。
その中学校で二年生の時の担任教諭に、もの凄い違和感を感じました。
四十代後半か五十代前半くらいの年齢のおじさんで、写真撮影が趣味の人でした。
初めて違和感を感じたのは、一学期の遠足の時でした。
クラスごとに列になって山道を歩いていて、前の方が女の子で後ろが男の子でした。
あるスポットで、先頭に居た担任教諭が列を外れて、後ろから来る生徒一人一人の写真を撮り始めました。
私は、担任の教諭がクラス全員の写真を、一人一人撮るのだなと思っていました。
ところが、女の子が通り終わったら、男の子は撮らずに、列の先頭に戻ってしまいました。
私は、担任教諭たる人はクラス全員に平等に接するものと思っていたので、驚きました。
女の子だけを撮影したくて、その通り実行したようです。
欲しいのは女の子の写真だけだとしても、男の子も含めて写真を撮るのが、担任教諭だと思います。
「好き嫌いはあっても、表面上はクラス全員と平等に接するのが、担任教諭である」という私の常識は、この時覆され、もの凄い違和感を持ちました。
一学期の後半になり、もっと驚くことがありました。
体育の時間の、水泳の授業のときです。
私の通った中学校のプールは、校舎と離れていて、歩いて5分位の場所にありました。
体育担当の教諭が水泳の指導をするのですが、或る日の水泳の授業中に、関係のない担任教諭が、わざわざプールまでやってきました。
しかも、カメラを携えて。
そして、スクール水着を着たクラスメイトの女の子の写真を、撮り始めました。
私は、遠足の時以上に驚くとともに、「担任教諭はこういう人で、違和感があって当然の人だ」ということが、分かりました。
女の子達は、「嫌だね」などと囁き合っていました。
体育の教諭は、担任教諭に対して特に何も言いませんでした。
担任教諭の行為は、学校では特に問題にならなかったものと思います。
もし現在だったら、大問題になると思います。
私はこのことを、自分の親には言いませんでしたが、言った子もいるはずです。
親から担任教諭に抗議があっても、おかしくないと思います。
一方で、受験して入学した学校ですので、学校との関係を悪くしたくないという、父兄側の思惑もあったかもしれません。
私の知る限りは、問題にはなりませんでした。
中学校を卒業して大分経った今、なぜブログに書きたくなったのか、考えました。
述べたかったのは、次のような点かなと思います。
1.担任教諭が、「本来なら守るべき生徒」の水着写真を、無断で勝手に撮った。
2.担任教諭の行為が、学校で問題にならなかった。
この二点が、今でも理不尽に思え、私の心から抜けません。
私たち男の子は、写真を撮られませんでしたが、カメラを向けられてそれを避けようがなかった女の子達は、かわいそうだったと思います。
受験して合格して入った中学校でしたが、「生徒の気持を無視して、自分の気持に忠実」な、ひどい教諭がいました。
読む本は、古書店で購入します。
読み終わった本は、よほど心に響いた場合を除いて、古書店に買い取ってもらいます。
先日、俳優の唐沢寿明氏の著作「ふたり」を、古書店で購入して読みました。
久々に、面白い本と出会いました。
唐沢寿明氏が、苦労して俳優になったということは、どこかでチラッと聞いたことがありました。
それで、興味を惹かれました。
「役者になりたい」という一心で、何の当てもなく高校を中退して、親の家を飛び出して、苦労に苦労を重ねて、役者として生活できるようになったようです。
本の内容は、「一念岩をも通す」とか、「人事を尽くして天命を待つ」とか、そんな話です。
そうは言っても、大きな目標を達成するまで諦めないで続けることは、大変な努力と勇気が要ることだと思います。
思い通りに物事が進まなかったり、努力の結果がいつ得られるのか分からなかったり、夢が大きいほど、不安や葛藤も大きいと思います。
そんな、夢に向かって努力をしている人に、希望を与えてくれる本だと思いました。
この本は、手元に残しておくことにしました。
余談ですが、カバーの紹介文に「・・・高等学校の副読本にも採用され、・・・」と書いてあります。
前述の通り、高校を中退して好きな道に進むという内容なのです。
副読本を読んで感動した高校生が、全員高校を中退して自分の道を進み始めてしまったりはしないかと、ちょっと気になりました。
価値観には、本人が元々持っているものと、外部から植え付けられたものの二通りがあるのではないかと、思います。
さらに、外部から植え付けられた価値観は、植え付けられた時期が幼少期であるほど心の内側に、成長するほど心の外側に存在する気がします。
価値観には、互いに矛盾するものもあります。
矛盾した価値観が衝突してしまうと、悩みます。
その場合、心の内側にある価値観ほど、優先されるような気がします。
一番内側にある、本人が元々持っている価値観が最優先ということになります。
価値観が衝突した結果、優先されなかった価値観は、剥がれ落ちてゆく方向で、処理されます。
最後に残るのは、本人が元々持っている価値観です。
外部から植え付けられた価値観でも、元々持っている価値観と矛盾しないものは、残ります。
私は、幼少期には、肉が嫌いでしたが、成長するにつれて食べるようになりました。
近頃は、また、肉を食べたくなくなりました。
美味しく感じません。
魚も食べません。
そもそも、動物を殺すことが、大嫌いなのです。
動物とは、先方(動物さん)の迷惑にならない範囲で、仲良くしたいのです。
肉を食べて美味しいというのは、植え付けられた価値観で、肉が嫌いで動物さんとは仲良くしたいというのが、本来の私の価値観なのかなと、思います。
小学生の頃は、某プロ野球チームのファンでした。
高校生くらいの頃に、突然、そのチームが嫌いになりました。
そのチームや親会社の持つ傲慢さが、自分の性格とは相容れないものであると、気付いてしまいました。
それ以来、そのチームが大嫌いになりました。
加えて、野球そのものへの興味も、無くなってしまいました。
最近自覚しているのは、「自由と平和が大好き」ということです。
自分と家族の、自由と平和は、なんとしても守るぞという意思を持っています。
こんなことを考えながら、人生とは、本来の自分の価値観を探す旅なのかなと、思うようになりました。
選挙フェスというのは、参議院議員選挙の東京地方区に立候補した、三宅洋平氏の街頭宣伝活動です。
ネットで、盛り上がっている様子を見て、実際の熱気を感じてみたいと思いました。
先ず、赤羽駅前へ。
応援の青木愛候補(比例区)
その後、秋葉原の電気街口へ。
自称「押しかけMC」の 木内みどりさん
三宅氏がミュージシャンということで、応援者もミュージシャンが多く、生歌や生演奏もありました。
夏祭りのような、雰囲気でした。
国政の現状を語る山本太郎氏と、夢を語る三宅洋平氏の話は、どちらも良かったです。
政治を変えたいという情熱が伝わってくる、具体的で迫力のある内容でした。
世界的に、富裕層による支配への否定の動きが発生していて、この国では山本・三宅両氏が先頭に立とうとしているのだなと、思いました。
大きなリスクがあり、とても勇気のいる行動だと思います。
赤羽駅前では、点字ブロックの上に聴衆が立ち止まらないように、誘導するスタッフが居ました。
地味な事ですけど、温かい気配りだと思いました。
木内みどりさんの司会もよかったです。
応援者を、サラッと、嫌味なく、持ち上げる話し方は、さすが女優さんと思いました。
ネット中継では感じられない、現場の雰囲気を知ることができて、有意義な一日でした。
山本氏と三宅氏の写真を撮らなかったことに、帰ってから気付きました。
短時間でできるゲームが何種類かあって、ゲームをした回数に応じてメダルが貯まります。
メダルを貯めると、そのポイントサイトのポイントに交換できます。
このGameParkの中で、私は大脱走というゲームが好きです。
囚人が、看守の隙をついて、鉄格子を削って、脱走するというゲームです。
GameParkの各ゲームにはランキングがあります。
大脱走ゲームのランキングで、信じられないような高得点の人が、上位に並んでいます。
どうすれば高得点が出るのか、長らく不思議に思っていました。
ググっても、判明しませんでした。
最近、その方法が分かりました。
初めは、脱走するまでの時間が短いほど、高得点が得られるものと思ってやっていましたが、そうではありませんでした。
鉄格子を削る時間が連続しているほど、高得点になるというシステムでした。
最初に看守が近づいてくるまでの間は、何もしないで、待つのです。
看守が一回近付いた後に、離れます。
そこから、削り始めます。
希に、次に看守が近づくまでの間に、脱走できることがあります。
このパターンが、一番高得点になるようです。
このことが分かってから、私も、高得点が出せることがあります。
運任せの部分が多分にありますので、根気も要ります。
私は、作文が苦手でした。
何を書いていいか、分かりませんでした。
例えば、遠足の後に、作文を書かされます。
「何を書いてもいい」といわれても、余計に、何を書いていいか、分かりませんでした。
「思ったことを書け」といわれても、思ったことを文章という出力物にまとめることが、できませんでした。
仕方なく、遠足の全行程を、当たり障りなくなぞるような作文を、書いていました。
運動会の作文も、困りました。
遠足と同様に、当たり障りなく、当日の始めから終わりまでをなぞる作文を、書いていました。
読書感想文も、苦手でした。
感想を書けといわれても、「面白かった」と「つまらなかった」以外は、思いつきませんでした。
でも、それでは、一行で終わってしまいます。
担任の教諭が、一行の感想で許してくれるとは、思えませんでした。
本の読むのは大好きでしたが、読書感想文は大嫌いでした。
何を書いていいのか、何を書いてはいけないのか分からず、自分で想像する狭い範囲に閉じこもって、当たり障りない文章を、苦労して書きました。
四百字詰めの原稿用紙で、二枚を埋めるのが、精一杯でした。
五枚も六枚も書くクラスメイトが、なぜ書けるのか、不思議でした。
子供は、無慈悲で、クラスメイトの作文にあらを見つけると、平気でけなします。
けなされるのも、嫌でした。
今にしてみれば、自分の意見や価値観に、自信が持てなかったのかなと思います。
二十歳を過ぎたいつの頃からか、突然、作文への苦手意識が無くなりました。
他人からどう思われようと、自分が思ったことを書けばいいのだということを、ようやく理解しました。
「文章」は、自分の気持を他人に伝えることができるツールであるということが、分かりました。
作文で、書いてはいけないことなんてなかったんだと、気が付きました。
担任の教諭やクラスメイトにけなされても、自分はそう思ったと、胸を張って言えばよかったのです。
今ならば、読書感想文も、自分独自の視点で、書くことができます。
小学生の頃に、これらの事が分からなかったのが、今になると残念です。