arisionのブログ

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思いついたことを書いています。
思いつかないと書かないので、更新は不定期です。

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小学生の頃、毎年、遠足がありました。
遠足が、楽しかったのか、嫌だったのか、よく覚えていません。
楽しい時間と、嫌な時間が、織り交ざっていたような気がします。

私は、現在は取り立てて背が高くはありませんが、小学生の頃はクラスで一番か二番くらいの背の高さでした。
小学校は、何かというと背の順に並ばされるので、いつも後ろの方に並んでいました。

遠足の時も、背の低い順に列を作って並びます。
団体行動の時は、常に列になったまま、移動します。
見学先の人から何か説明を受けたり案内をされたりする場合、その人は私達生徒の列の前の方に、担任教諭と一緒に居ます。
例えば、珍しい物の前で説明がある場合、列の前の方の生徒はその対象が見えますが、私達後ろの方の生徒は、対象物が見えません。
見えないのに、説明だけ受けても、何の話か分かりません。
説明する人の声が小さい場合は、説明していることさえ気が付きません。

漸く列が移動して、説明されていた物の前まで来ても、どれの話か、何の話か分かりませんし、そもそも列が動いているので立ち止まる時間さえありません。
列が動き出すと着いて行って、列が止まると立ち止まる、ただそれだけです。

同じ生徒なのに、説明を聞ける子と聞けない子がいて、それが背の高さで決まるというシステムは、不公平だなと、今となっては思います。
今なら、「見えません」「聞こえません」「もっと大きい声で説明してください」なんてことも言えますが、小学生の頃には言えませんでした。

何十年経っても忘れられない、理不尽な扱いを受けた思い出でした。

嫌な思い出としては、ごく軽い方の思い出ではありますが、いまだに心に引っ掛かっています。

 

私は、応援していた歌手さんがいました。

メジャーデビュー前の方です。

このところの活動に、しっくりこないものがありまして、現在は応援を見合わせています。

 

最近、ファンが増えてきたのですが、それに連れて活動スタンスが変わっているような気がするのです。

明確に表現するのが難しいのですが、活動スタンスが少しずつ、お金持ち向けになりつつある気がして、違和感を感じていました。

そんなタイミングでの、出来事です。

 

歌手さんが、ライブハウスで、ワンマンライブをやることになりました。

当初は、立ち見のみとの話でした。

その前提で、私は、前売りチケットを購入しました。

その後、突然、最前列に特別席を設けるとの発表がありました。
価格は、立ち見の約三倍です。
私は、この話を聞いて、嫌な気分になりました。

全員が同じ価格で、同じ条件なら、早く行った人が前の方に陣取ります。
遅く行った人は、早く行った人の頭越しに、ライブを見ることになります。
これには、抵抗ありません。

特別席は、買おうと思えば買えない価格ではありません。

買うのは、情報を早く把握した人で、なおかつ生活に余裕のある人になると思います。
生活に余裕のある人の席ということは、簡単に表現すると、お金持ち席かなと思います。
ここのところが、引っ掛かります。

私は、発表直後に知りましたので、特別席を買おうと思えば買えました。

しかし、買う気にはなりませんでした。

 

私は、間違っても、お金持ち席には、座りたくありません。
後ろの立ち見の人から、あの人はお金持ちだと意識されたくありません。
お金を持っていることによって、優位に立つということが、嫌です。
後ろの立ち見の場所から、ステージを見る場合、お金持ち席の人たちの後頭部が、嫌でも目に入ります。
お金持ち席の人たちの後頭部越しに、ライブを観ることになります。
これも嫌な気分です。

ライブを観る条件に優劣があるのは、仕方のないことです。
優劣を決めるのが、早く会場へ行く熱意であるなら、気になりません。
しかし、価格の違いによる優劣は、私の主観では面白くありません。

 

特別席のファンは、ファンの間でも一目置かれるかもしれません。

これも嫌です。

ファンが、お金持ちのファンと、それ以外のファンの二種類に、色分けされてしまいます。

ファンはファンで、みんな同じが嬉しいです。


電車に乗る際の、指定席やグリーン席は、気になりません。
私も、買ったことがあります。

しかし、ライブでの特別席は、とても引っ掛かります。

この違いについて、うまく説明できません。
説明できませんが、ライブハウスの特別席は、納得できません。

納得できないというのが、私の感情です。

この歌手さんのファンは、この一年で、大分増えました。
ファンが増えるに連れて、ファン全体の平均的な色というか、気質が、変わってきたということを感じています。
私以外の、他のファンの人たちは、多分、このようなモヤモヤした気持ちを感じないのだと思います。
そう思うと、私自身こそが、歌手さんのファンの枠から、いつの間にか、はみ出しているのかもしれません。

 

歌手さんには、悪気はないと思います。

不作為の結果だと思います。

不作為の結果とはいえ、私が嫌な方向に向かって活動していると感じます。

私自身が、ファンのカテゴリーから、いつの間にか外れていたのだと思います。

私が会社員だった頃の話です。
ある工場に勤務していました。
私は、コンピュータシステムの維持・開発を行う部門に所属していました。
工場の製造現場は、製造機械を、24時間常に稼働していました。
機械を運転する人は、交代勤務で、常に誰かが機械の運転をしていました。

会社の命令で行かされた場所です。
家など、当然、ありません。
工場の近所に社宅があって、そこに住んでいました。

社宅には、内線電話がありました。
工場の製造現場で、コンピュータシステムが不調になると、内線電話で連絡が来ました。
夜中でも、休日でも、連絡が来ました。
時には、家族で出かける直前に電話が来ました。
そんな時は、外出をやめて、工場へ行き、復旧作業にあたりました。

携帯電話は、まだ一般的にはなっていない頃でした。
ですので、外出した後は、工場からの連絡は、届きませんでした。

この工場は、現在もあって、かつての私と同じ仕事をしている人がいるはずです。
現在は、携帯電話がありますので、外出した後でも連絡がとれます。

かつての私と同じ仕事をしている人は、家族旅行中であっても、子供の運動会であっても、システム不調の連絡があれば切り上げて、工場へ行くのかもしれません。

外出中でも、工場のシステムに侵入して調査をすることも、できるのかもしれません。


携帯電話は、便利なものです。
家族での外出中に、勤務先からの連絡が入ると、「こんな便利なもの要らない!」と思っても、不思議ではありません。

子供が出演する劇の上演中だけは、携帯電話を切って、圏外だったことにしようと思っても、不思議ではありません。



 

 

私が、会社員だった頃に思ったことです。
会社の中の矛盾や不合理な部分の犠牲になるのは、無力な社員なんだなあと思います。

私のいた会社が、業績悪化で、傾きました。
中間管理職や一般社員が、リストラされました。
私も、リストラの対象になり、辞めざるを得ませんでした。
経営者は、交代しませんでした。

業績を悪化させた責任は、経営者にあると思います。
本来、辞めるべきなのは、経営者だと思います。
経営者の交代こそ、根本的な対策ではないかと思います。

私のいた会社の労働組合は、とても物わかりがよくて、経営方針に抵抗しませんでした。
社内の矛盾や不合理の犠牲になるのは、声を上げることのできない、無力な社員なんだなと思いました。

 

ちょっと話は逸れますが、与党が行う政治の評判が悪いと、次の選挙でその政党は大幅に議員の人数が減ります。

そういうとき、政権の中枢に居た議員は当選して、与党の末端に居た議員が落選します。

本当に落選すべきは、政権の中枢に居た議員だと思います。

これも、弱いところへのしわ寄せだと思います。

 

私は、一頃、アマゾンでよく買い物をしました。

ポイントサイトでたまったポイントは、可能であればアマゾンのポイントに変換していました。

ですが、最近は、アマゾンで買い物をしなくなりました。

 

本は、ブックオフのリアル店舗か、ネットオフで購入しています。

アマゾンの最低価格は一冊258円ですが、ブックオフとネットオフの最低価格は108円です。

価格という点で、アマゾンの魅力は薄れています。

今後、ヤマト運輸との輸送価格交渉の結果、価格での魅力は、、ますますなくなってゆくと思います。

 

アマゾンは、到着の速さに拘っているように感じます。

私自身に関しては、到着が一日後であっても二日後であっても、大して違いません。

アマゾンは、拘るところを間違っている気がします。

 

私の家への配達に関して、配達員さんの感じの良し悪しを、家内から聞きます。

私が居れば、私が受け取ることもあります。

一番感じがいいのは、ヨドバシドットコムという気がします。

 

私の主観ですが、アマゾンの目指す事業像が、消費者の気持ちと乖離している気がします。

アマゾンという巨象が、意外にあっさりと倒れる日が、近いような気がします。

私の生活圏に、路面電車が通っています。

私も、極く稀に、乗ることがあります。

路面電車には、勿論、座席があります。

でも、乗ったときは、いつも必ず、座れません。

 

路面電車の乗客は、お年寄りが多いです。

お年寄りの比率は、他の公共交通に比べて、かなり高い気がします。

私が乗車すると、いつも混んでいて、座れません。

ときどき、座席に座っている人が降りて、座席が空くことがあります。

でも、座れません。

私より遥かに年上の人が、何人も立っているのに、座るわけにゆきません。

 

路面電車の、のどかな雰囲気が、お年寄りに合っていて、お年寄りに人気があるのかもしれません。

路面電車は、私にとって、座れない電車です。

別に、座れないことが不満というわけではありません。

そういう乗り物だというだけの話です。

権力って、一回持つと、手放せなくなるのだなと感じます。

 

江戸時代に、田沼意次という老中がいました。
現在でいう、総理大臣のような立場かなと思います。
権力の座にいた間は、権勢を振るったものの、権力の座を退いてからは、あわれな末路だったようです。
田沼意次に代わって権力を握ったのは、松平定信でした。
田沼意次とは、対立する立場の人でした。
松平定信は、田沼意次も、その側近も、弾圧したようです。

 

昔の都知事のある人が、最近何かと、悪者にされます。
事実関係は、関係者にしかわかりませんので、妥当なのか不当なのか、私にはわかりません。
現在の都知事は、昔の都知事とは、対立する立場のようです。
これも、対立する勢力が権力を握ったため、悪者扱いされるようになったのかなと、推測しています。

 

権力を手放す場合は、自分と同盟関係にある人が後継者にならないと、不安なのだと思います。
できれば、秘密を共有する人が後継者になることが、望ましいのでしょう。
そうでないと、犯罪者にされてしまうかもしれません。

 

権力を振るうことは楽しいのかもしれませんが、強権を振るうほど、手放すのが難しくなるのだなと思います。

 学校で習った社会科では、この国は、司法・立法・行政がそれぞれ独立した、「三権分立」とのことでした。

 「へえ、そうなんだ。」と、長らく思っていました。

 

 大人になってから、資格試験のための勉強で、憲法を学びました。

 すると、最高裁判所の長官は、内閣が指名すると書いてありました。

 任命するのは天皇なので、その点では総理大臣と同格ですが、内閣に指名されたら内閣より格下になってしまうなあと、思いました。

 三権が、分立していないような気がしました。

 

 この国の憲法の精神は素晴らしいと思います。

 私は特に、前文が好きです。

 でも、現在の世の中で、現実に起こっていることから察するに、やはり三権は分立していないようです。

 

 世界には、大統領が司法に裁かれる国もあるようですが、そんな国こそ行政権と司法権が分立した、いい国だという気がします。

私は、整体店を営んでいます。

これは、整体店のお客様の話です。

 

過去に何回かご来店されたことのあるお客様が、あるとき、予約を入れてくださいました。

予約時間になって、そのお客様がお母様と一緒にご来店されました。

お話を伺うと、お母様の誕生祝いとして、私の店での施術をプレゼントされるとのことでした。

とても嬉しかったです。

 

お客様の、お母様に対する心遣いが、とても暖かいと思いました。

さらに、私の店での施術をプレゼントとして選んでくださったことが、嬉しかったです。

このようなかたちでのプレゼントもいいものだなと、気付かされました。

 

勿論、お客様のお母様に、心を込めて施術させていただきました。

施術中、責任重大だなあと、終始、感じていました。

とても、心が温かくなりました。

私は、マンションに、賃貸で住んでいます。
かなり古いマンションです。
玄関ホールには、宅配ボックスなどなく、郵便受けしかありません。

郵便受けのダイヤルは、二回合わせて開きます。
通常は、開きやすいように、一回目の数字を合わせた後に、二回目の数字を合わせる直前の位置に、ダイヤルをセットしていました。
こうしておけば、開く際に、手間が掛かりません。

私は、ときどきネット通販で、中古書籍を購入するのですが、あるとき郵便受けの受け口の幅より広い状態に梱包された書籍が、郵便受けの中に鎮座していました。
そもそも、郵便受けを開ける直前に、ダイヤルの位置がいつもと違うことが、気になっていました。
書籍を配達に来た人が、郵便受けに書籍を入れようとして、入らなかったのでしょう。
その場合、いつもは住んでいる部屋まで、配達されます。
部屋まで配達するのが、面倒だったのかもしれません。
郵便受けのダイヤルを、試しに少しだけ回してみたら開いたので、書籍を入れて閉めておいたのではないかと思います。
他には、郵便受けの受け口より広い荷物が郵便受けの中に納まっていて、ダイヤルの位置がいつもと違っていたことへの解釈を、思いつきません。

郵便受けは、私たち家族の、プライベートな空間だと思います。
それを、他人が自由に開くことができるのは、気持ちの悪いことです。
なので、その後は、ダイヤルの位置をランダムにしておいて、開く際に数字を二回合わせることにしました。
面倒ですが、プライバシー保護を優先しました。

このようにした後、郵便受けの受け口より幅の広い荷物は、例え郵便受けに納まる大きさであっても、部屋まで届けられるようになりました。

証拠はありませんが、配達業者の人が、郵便受けを勝手に開いて荷物を入れていたのだとしたら、嫌な気分です。