2024年4月10日
「セキュリティ・クリアランス制度」、「適正評価制度」などと訳されているが、何に対する「適性」かといえば、重要機密情報にアクセスすることについての「適性」であり、本人の能力を評価するのではなく、わかりやすくいえばスパイ行為を働くおそれがないかどうかを評価するのだ。これまで対象となる情報が防衛・外交・スパイ防止・テロ防止の4分野であったのに対し、今回経済安全保障という観点からの重要な経済情報、技術情報が加わることになる。これまでは対象となる人間はそのほとんどが公務員だったが(97%)、今回は民間人が多数対象となると予想されている。
簡単にいえば、敵国に渡っては困る情報を取り扱える人間は民間人であってもあらかじめ国が調査し、合格しなければそのような情報を取り扱えなくなるということだ。企業の立場でいえば、国でアウトとされた従業員は特定の部署には配属できず、問題ない部署に回さなければならなくなるという、人事の強制が行われるのだ。
この「セキュリティ・クリアランス制度」を導入する法案が9日衆院で可決され、参院に回された。共産党とれいわ新選組を除く野党もこぞって賛成したという。
この制度の問題とされたのは、企業活動が制約を受けないか、プライバシー侵害が起きないかなどであったそうだが、野党は制度運用に対する国会の監視によって問題を回避しうるというような理解を示して賛成に回ったらしい。
制度の必要性を一定程度認めざるを得ない現実、すなわち弱肉強食の国際的な敵対関係に我が国も巻き込まれているという現実、があることは確かだが、「セキュリティ・クリアランス制度」は長期的には人類に深刻な悪影響をもたらすことが考えられ、制度を導入せざるを得ないことは世界にとって極めて不幸なことと言わざるを得ない。
国による「適性調査」は新しく内閣府に設立される機関によって行われるらしい。そして、調査項目としては、家族の国籍、本人の犯罪・懲戒歴、飲酒の節度、借金の状況、過去10年の海外渡航歴、税金の滞納歴などが挙げられている。
しかし、制度が狙いとしているところを考えれば、すなわちスパイ行為の排除を考えれば、実際には以上のような調査項目に限られるはずがないことは明らかであろう。
すなわち、スパイが生れるのは、経済的動機、異性関係といった個人的な事情にとどまるものではなく、思想信条、宗教その他による敵国との同調が大きな原因となるからである。
したがって、対象者の思想信条、政治的傾向、支持政党、具体的国際紛争に対してとった立場等が調べられないはずがない。
新調査機関が同じ内閣府に所属する内閣情報局、公安調査庁、また警察庁と横の連携を図るのは極めて当然のことであり、それをしないことはむしろ職務怠慢ということになる。
「セキュリティ・クリアランス制度」を前にして、国家の重要機密情報になるような先端科学、先端技術にたずさわる優秀な学生たち、また若き研究者たちは、法文、諸規則、政府答弁が外見的にどうなっていようと、当然にこのような調査がなされることを予測するであろう。
平和主義、国際協調主義が社会の好戦的な雰囲気の中でしばしば利敵行為と見なされ、弾劾されたことに彼らは鋭敏にならざるを得ないであろう。
その結果、研究技術分野で将来名をなそうとする彼らの多くに起る対応は、政治的問題に耳をふさぎ、政治的関心を抑え、自分の専門の研究分野に閉じこもる、すなわちノンポリ、専門バカの道であろう。
理科系、技術系の最優秀の人材から、湯川秀樹、アインシュタイン的な政治的な良心を発揮しようとする人物が生れてくる可能性が著しく狭められるのである。
今年のアカデミー賞受賞映画、話題の「オッペンハイマー」が示唆するところは、ここにもあったはずである。
極めて優秀な研究者たちの頭脳から発せられる貴重な人類レベルの警告を受けるチャンスを我々は失うかもしれないのである。
すなわち「セキュリティ・クリアランス制度」の表面的な制度を検討するだけでは、この制度が本質的なところから検討されたことにはならない。
野党の広い視野に立った本格的な対応を望むところである。