糟糠の妻
小倉千加子さんのコラムで、ポール・マッカートニーの離婚慰謝料から、日本のことに話が飛んで、「糟糠の妻は堂より下さず」という精神がまだ残っているので、日本の妻のほうが地位が安定している、というように結んでありました。「下さず」は「くださず」とも「おろさず」とも読むようです。
「糟糠の妻」なんて久しぶりに目にしました。「糟」は酒カス、「糠」は米ヌカのことですね。転じて粗末な食事のこと。貧乏な時代を共に過ごした妻であるから、夫が仮に富貴栄爵の地位に登っても、追い出すようなことはしない、というような意味だそうです。「堂」の意味がよく分かりません。表座敷をそういうとも言います。裏の座敷が「室」です。「母堂」「内室」というように、家にいる女の、位による呼び分け方にもそれが反映しています。
もちろん、出典は中国の古典です。日本語の中でもずいぶん古くから使われていたようですが。
たしかに、名声を得た人が、最初の奥さんと別れて、若い女優などと再婚すると、「糟糠の妻を捨てた」などと、ヤッカミ半分の悪口を書かれることはあります。どうしたって同情は糟糠の妻に集まることになる。
英語にはこんな表現はないでしょうね、おそらく。
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エディタ・ソフト
昔は、400字詰めや200字詰めの原稿用紙に手書きで文章を書き、それを、活字で組んで本にする、という、基本的には15世紀にグーテンベルクが発明したままのやり方で印刷物を作っていました。活版印刷と呼ばれる方法です。
今では、鉛の活字で組んだ印刷物はほぼ姿を消しました。(お酒のビンに貼ってある銘柄名のシールは今でも活版印刷だと聞いたことがあります。)今や印刷物は、コンピュータ製版がとって変わりました。
原稿も、ワープロソフトで打ったものがEメールで届きます。面白いことに、手書き時代に誤字・脱字の多かった人は、ワープロでも、誤変換が多かったりすることです。
いったんテキスト・ファイルにして、編集し直す必要があります。整理して印刷所に渡すほうが、あとあと手入れが少なくてすむからです。
だいぶ前から、MIFESというエディタ・ソフト を使ってきました。今ヴァージョン8です。2万円以上します。サイトから直接ダウンロードもできる。最初は、大き目の箱に入ったソフトを電気屋で買いました。
「秀丸」という、安い使用料で使える(ネットからダウンロードできる)ソフトもあります。しかし、マイフェスのほうがはるかに能力が高い。32万行のデータを扱ったことがありますが、一瞬のうちにある作業が終わったときなど感動しました。リンクを張っておきますから、まだ使ったことのない編集関係者はごらんになってみてください。
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仰げば尊し
卒業式のシーズンですが、今でも「仰げば尊し」の歌は歌われているのでしょうか。歌詞は、次のようでした。文字使いはむかし教わったのと少し違うかもしれません。
仰げば尊し わが師の恩
教えの庭にも はや幾年(いくとせ)
おもえばいと疾(と)し この歳月(としつき)
今こそ別れめ いざさらば
互いにむつみし 日ごろの恩
わかるる後にも やよ忘るな
身をたて名をあげ やよはげめよ
今こそ別れめ いざさらば
朝夕なれにし 学びの窓
ほたるのともし火 つむ白雪
忘るるまぞなき ゆくとし月
今こそ別れめ いざさらば
まず語釈。
いと:たいそう。 疾し:速い。 今こそ別れめ:今日こそ、お別れしましょう。
むつみし:仲よくした《古語「むつぶ」から、おそらく》。 やよ:やあ《よびかけ》
つむ:積もる。
子どものころは、「いととし」が分からなかった。「糸」が「年」とはなんだろうと思いませんでしたか?
「今こそ別れめ」は、古典文法で言う「係結び」というものでした。「め」は「意志」や「推量」をあらわす助動詞の已然形。
ずいぶん複雑な歌詞なのに、なんども歌っているうちに、メロディーとともに口をついて出てきます。意味はあとで調べればいずれ分かりますから、いつまでも子どもたちに歌わせてもらいたいと思います。
係結びで思い出した季節の和歌。「ぞ」が係助詞ですね。
見渡せば柳桜をこきまぜて
みやこぞ春の錦なりける
ティツィアーノ
これを描いたのはティツィアーノというイタリア・ルネサンス期の画家です。ヴェネツィア派の代表者と目されています。この絵は、フィレンツェのウッフィーツィ美術館の所有です。5年ほど前、この絵が見たくて、フィレンツェに行きました。感動しました。上野に会いに行かなくちゃと思いながら、まだ果たせません。マネの『オランピア』という絵のヌードも、これと構図がよく似ています。こういうのも一種の引用と言えると思います。
今では、ウッフィーツィの分館扱いになっているはずですが、アルノ川の対岸(ヴェッキオ橋を渡った先)にある、ピッティ宮殿の中の美術館に、もう1枚ティツィアーノの傑作がありました。それが、『懺悔するマグダラのマリア』です。来日したことがあるか否かは知りませんが。
懺悔するほかになさそうな、生命力に満ちた女人像です。
フィレンツェのあと、ヴェネツィアに行って、教会の宗教画(巨大なものでした)の多くが、この画家のものでした。ヴェネツィア派だから当然ではありますね。
宗教画のほうは、キリスト教の知識がないので面白いとは言えないものでした。結局、豊満な女体に魅かれていただけだったみたいで、ティツィアーノ先生には申し訳のないことでした。



