パパ・パパゲーノ -76ページ目

糟糠の妻

 小倉千加子さんのコラムで、ポール・マッカートニーの離婚慰謝料から、日本のことに話が飛んで、「糟糠の妻は堂より下さず」という精神がまだ残っているので、日本の妻のほうが地位が安定している、というように結んでありました。「下さず」は「くださず」とも「おろさず」とも読むようです。


 「糟糠の妻」なんて久しぶりに目にしました。「糟」は酒カス、「糠」は米ヌカのことですね。転じて粗末な食事のこと。貧乏な時代を共に過ごした妻であるから、夫が仮に富貴栄爵の地位に登っても、追い出すようなことはしない、というような意味だそうです。「堂」の意味がよく分かりません。表座敷をそういうとも言います。裏の座敷が「室」です。「母堂」「内室」というように、家にいる女の、位による呼び分け方にもそれが反映しています。


 もちろん、出典は中国の古典です。日本語の中でもずいぶん古くから使われていたようですが。


  たしかに、名声を得た人が、最初の奥さんと別れて、若い女優などと再婚すると、「糟糠の妻を捨てた」などと、ヤッカミ半分の悪口を書かれることはあります。どうしたって同情は糟糠の妻に集まることになる。


 英語にはこんな表現はないでしょうね、おそらく。


クローバー        クローバー         クローバー        クローバー        クローバー

 

エディタ・ソフト

 昔は、400字詰めや200字詰めの原稿用紙に手書きで文章を書き、それを、活字で組んで本にする、という、基本的には15世紀にグーテンベルクが発明したままのやり方で印刷物を作っていました。活版印刷と呼ばれる方法です。


 今では、鉛の活字で組んだ印刷物はほぼ姿を消しました。(お酒のビンに貼ってある銘柄名のシールは今でも活版印刷だと聞いたことがあります。)今や印刷物は、コンピュータ製版がとって変わりました。


 原稿も、ワープロソフトで打ったものがEメールで届きます。面白いことに、手書き時代に誤字・脱字の多かった人は、ワープロでも、誤変換が多かったりすることです。


 いったんテキスト・ファイルにして、編集し直す必要があります。整理して印刷所に渡すほうが、あとあと手入れが少なくてすむからです。


 だいぶ前から、MIFESというエディタ・ソフト を使ってきました。今ヴァージョン8です。2万円以上します。サイトから直接ダウンロードもできる。最初は、大き目の箱に入ったソフトを電気屋で買いました。


 「秀丸」という、安い使用料で使える(ネットからダウンロードできる)ソフトもあります。しかし、マイフェスのほうがはるかに能力が高い。32万行のデータを扱ったことがありますが、一瞬のうちにある作業が終わったときなど感動しました。リンクを張っておきますから、まだ使ったことのない編集関係者はごらんになってみてください。


チューリップ黄        チューリップ赤        チューリップ紫        チューリップピンク        チューリップオレンジ


 


 

黄色い花・白い花

 
 先週(3月19日)皇居東御苑でまだ咲き残っていたサンシュユの花です。毎日新聞社の正面(平河門)から入ると、もっと丈の高い立派なサンシュユの木がありますが、もうすっかり花が終っていました。

















 こちらは同じ日に見た、ミツマタの花。和紙の原料ということは教わったことがありますが、プロセスは知りません。黄色と白との配色が素敵です。









 こちらは、今日の写真。ご近所さんのお庭。ボケの赤い花がまだ残っているのに、ハクモクレンが真っ盛りです。このあたりでは、モクレンの木がたくさんで、みんないっせいに白い花弁を広げました。




仰げば尊し

 卒業式のシーズンですが、今でも「仰げば尊し」の歌は歌われているのでしょうか。歌詞は、次のようでした。文字使いはむかし教わったのと少し違うかもしれません。


  仰げば尊し わが師の恩

  教えの庭にも はや幾年(いくとせ)

  おもえばいと(と) この歳月(としつき)

  今こそ別れめ いざさらば


  互いにむつみし 日ごろの恩

  わかるる後にも やよ忘るな 

  身をたて名をあげ やよはげめよ

  今こそ別れめ いざさらば


  朝夕なれにし 学びの窓

  ほたるのともし火 つむ白雪

  忘るるまぞなき ゆくとし月

  今こそ別れめ いざさらば


 まず語釈。

 いと:たいそう。 疾し:速い。 今こそ別れめ:今日こそ、お別れしましょう。

 むつみし:仲よくした《古語「むつぶ」から、おそらく》。 やよ:やあ《よびかけ》  

 つむ:積もる。


 子どものころは、「いととし」が分からなかった。「糸」が「年」とはなんだろうと思いませんでしたか?

 「今こそ別れめ」は、古典文法で言う「係結び」というものでした。「め」は「意志」や「推量」をあらわす助動詞の已然形。


 ずいぶん複雑な歌詞なのに、なんども歌っているうちに、メロディーとともに口をついて出てきます。意味はあとで調べればいずれ分かりますから、いつまでも子どもたちに歌わせてもらいたいと思います。


 係結びで思い出した季節の和歌。「ぞ」が係助詞ですね。


 見渡せば柳桜をこきまぜて 

  みやこぞ春の錦なりける


クローバー        クローバー        クローバー        クローバー       



ティツィアーノ

 ウルビーノのヴィーナスが日本にやってきました。上野の国立西洋美術館で5月18日(日)まで展覧会があるようです。

 これを描いたのはティツィアーノというイタリア・ルネサンス期の画家です。ヴェネツィア派の代表者と目されています。この絵は、フィレンツェのウッフィーツィ美術館の所有です。5年ほど前、この絵が見たくて、フィレンツェに行きました。感動しました。上野に会いに行かなくちゃと思いながら、まだ果たせません。マネの『オランピア』という絵のヌードも、これと構図がよく似ています。こういうのも一種の引用と言えると思います。

 今では、ウッフィーツィの分館扱いになっているはずですが、アルノ川の対岸(ヴェッキオ橋を渡った先)にある、ピッティ宮殿の中の美術館に、もう1枚ティツィアーノの傑作がありました。それが、『懺悔するマグダラのマリア』です。来日したことがあるか否かは知りませんが。

 懺悔するほかになさそうな、生命力に満ちた女人像です。

 フィレンツェのあと、ヴェネツィアに行って、教会の宗教画(巨大なものでした)の多くが、この画家のものでした。ヴェネツィア派だから当然ではありますね。

 宗教画のほうは、キリスト教の知識がないので面白いとは言えないものでした。結局、豊満な女体に魅かれていただけだったみたいで、ティツィアーノ先生には申し訳のないことでした。

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