実名と匿名
KY(空気読めない)とかJK(女子高生)とか、ローマ字で表記する隠語が大はやりのようです。KYはもともとは「空気読め」というものだった、という説もあります。言わんとするところは「読めない」と同じでしょうが。
「究極の婉曲表現」というキャッチ・コピーをつけて、これ式の単語を集めた本も出ています。ケータイのメールなどでJKたちが使っているのでしょうか。
山本七平に『「空気」の研究』(文春文庫)という本があります。日本では、「空気」に逆らった行動をとるのははなはだ困難である。大東亜戦争にズルズル入り込んでいったのも、この「空気」というものに流された結果であった。というようなことが書いてありました。
唐突ですが、日本で書かれているブログの数はどのくらいでしょうか。1千万はあるかなあ。私のこれもそうですが、おそらく90%くらいは匿名ではないかと予想します。実名で書いても不都合はないはずですが、そうはならない。会社や学校など、大勢で同じ方向へ進んでいくことになっている組織に属していれば、いくら私的な日記と言っても、差しさわりが生じるケースが出てこないとも限らない。どうしても匿名になります。
そのつもりはなくとも読んだ人を傷つけてしまうかもしれません。たまたま読んだブログにコメントする場合にも、ペンネームをつけてしまいますね。いつでもどこでも言いたいことを言い合う、のが良いともかぎりませんので、むずかしいところです。
もちろん、作家や学者やジャーナリストで、実名で日記を公開している方はたくさんいます。批評の応酬などが必要なケースでは実名のほうが読んでいるほうはありがたい。それから、映画スターや野球選手も、実名(スターは芸名)で書いていますね。
とりとめのない感想になりましたが、当欄はペンネームのままで行きます。と書いて気がつくのですが、みなさん、「名を名乗るほどの者ではござらぬ」という気分が強いのかも知れません。
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ロベルト・デヴェリュー
タイトルのカタカナ表記がさまざまあって、どれにするか迷います。原題は、Roberto Devereux という綴りです。エセックス伯の名前ですから、フランス風の姓になっているのか、ちょっと調べがつきません。イタリア名前ではありませんね、明らかに。ロベルトはロバートに当たるイタリア名。これはいいとして、姓の表記は、
デヴルー デヴェルー デヴェリュー デヴリュー
という具合。一番多いのは「デヴェリュー」です。どの場合もアクセントは最後の音節にある。今年11月に日本各地で演奏会形式のこのオペラが上演されますが、それの前宣伝チラシも「デヴェリュー」です。
詮議はこの程度にして、オペラそのものについて。タイトルは、チューダー朝最後の王(女王)エリザベス1世(即位:1558-1603)が恋をした伯爵の名前です。サラという相思相愛の女がいたのに、サラはノッティンガム公爵と結婚させられてしまう。この4人の愛憎がからみあいながら劇は進行します。オペラの主題は、女王エリザベッタの、威厳と嫉妬と恋心のあいだを揺れ動く心理劇というおもむきが強い。
どういうわけか、このDVDでは、登場人物がすべて現代のスーツを着ています。そのせいか、物語の生々しさが多少減じているようです。女王を演じるグルベローヴァの怒りに燃えたものすごい形相も緩和されていますから、これでよいとすべきでしょうか。リンクした YouTube では時代物の衣装です。
映画『恋に落ちたシェイクスピア』でジュディ・デンチが演じたのがエリザベス1世ですね。ケイト・ブランシェットもこの女王を演じた。「イングランドと結婚した」と言って、独身で通した女王様でした。

ジュリア
テレビのリモコンでチャカチャカ画面を変えているうちに、思わず目に止まったシーンから見続けて、ついにおしまいまで見てしまう、そういう経験はありませんか? 連休中に、何度目かのそういう機会が訪れました。
ジェーン・フォンダが、1930 年代の洋服姿で現われて、タイプをたたいています。やたらにタバコを吸う。劇作家だということが分かってきました。リリアンと呼ばれているので、もしや、リリアン・ヘルマンの役かと思ったらその通りでした。名前しか知らない作家ですけれど。
リリアンが作家として成功して、ソ連の演劇協会から招待を受けて、パリ―ワルシャワ経由の列車でモスクワに行くことになります。反ナチの運動をヨーロッパでしている、親友ジュリアの元へお金を運ぶ役目を引き受ける。ジュリアはベルリンにいるので、ワルシャワを通らずに、経路の変更をしてベルリンに向かいます。この列車のシーンが手に汗を握る展開です。
共産主義びいきの、ユダヤ人のアメリカ作家が、ナチ支配下の都市を通過してモスクワへ行こうというのですから、命がけでした。お金(5万ドル?)の隠し場所も巧妙です。
ここに書いたのは、映画の本筋ではありません。複雑な時代背景・政治状況と、錯綜する人間関係とをヴィヴィッドに描いた傑作です。女優メリル・ストリープの映画初出演作でもあるとのこと。
この映画は、リリアン・ヘルマンの自伝をもとにしたものだそうで、リリアンに扮したのがジェーン・フォンダ。ジュリアにヴァネッサ・レッドグレーヴ(トム・クルーズの『ミッション・インポッシブル』第1作で、東側スパイの元締を演じたあの女優)でした。びっくりしたのは、この女優ふたりは同じ年齢なのですね。
1977 年公開のこの作品は、 1978 度の3つのオスカーを獲得しました。ヴァネッサが助演女優賞、リリアン・ヘルマンと生涯を暮らしたハードボイルド作家ダシール・ハメット(『血の収穫』『マルタの鷹』など)を演じた、ジェイソン・ロバーズ(アメリカ大統領の役をよくやる役者)が助演男優賞、それと脚本賞。ジェーン・フォンダは主演女優賞にノミネートされましたが残念ながらはずれた。この年はダイアン・キートンが『アニー・ホール』で受賞。
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オペラ座の「座」
今では『オペラ座の怪人 』というタイトルで通っているこの作品は、もとガストン・ルルーという探偵小説家が20世紀初頭に発表して評判になったものだそうです。何度も映画になった。私がこの作品の名前として記憶しているのは『オペラの怪人』でした。「座」というのは、おそらくアンドルー・ロイド=ウェバーのミュージカルに邦題を付けた頃からの、比較的新しい表記法でしょう。
パリの、オペラ座に出る地下鉄の駅名も、ただ「オペラ」とのみ記されているだけです。大文字で Opera と書いてあれば、劇場(の建物)を指すようです。いわゆるオペラ(歌劇)も、opera ですから、まぎらわしいときもあります。原題の「ル ファントーム ドゥ ロペラ」は、「オペラ劇場の亡霊」というような意味でしょう。
芝居小屋に「座」をつけた理由はよく分かりませんが、歌舞伎を演じる劇場を、江戸時代から「中村座」とか「八千代座」とか称していたそうです。「歌舞伎座」と言えば、銀座のあの劇場を指しますし、「南座」と言えば京都四条のあの劇場を指す。ところが、「前進座」というのは劇団の名前ですね。劇場のほうは「前進座劇場」と言うそうです。
「座」という文字がつく語には、楽市楽座、金座・銀座、上座・下座、旅芸人一座、などがあります。がんらいは「すわる場所」を指していました。「車座」などは「すわり方」ですね。「一座」は「集団で一緒にすわること」も言います。銀座の座は「ギルド」の意味。「メンバーに座席が確保された団体」ということでしょうね。
劇団を意味する「座」から、芝居をする場所・建物に意味が変っていったのだろうと想像します。
ミラノにあるオペラ・ハウスは、「スカラ座」と日本語では表記されます。ヴェネツィアのそれは、「フェニーチェ劇場」です。もっとも、50年くらい前までは「フェニーチェ座」と書く人もいました。
東京・竹橋の国立近代美術館の地下ホールで中国の 1940 年代の映画が何本か上映されたことがあります。もう20年くらい前かしら。そこで見た映画は、中国語でやるミュージカルで、「オペラの怪人」そのままの筋立てでした。タイトルは忘れましたが、翻案という分野の作品です。その日は、グロータース神父をお見かけしました。戦前北京で封切られたときに見たので、なつかしくてまた見にきたのだ、とおっしゃっていました。
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